我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
砕蜂殺害事件を独自に追う五番隊隊長。複数の仮説を検討しながら、矛盾を一つずつ洗っていく。
日番谷冬獅郎
合同捜査班の一員。砕蜂の死と古男の様子を目の当たりにし、事件への感情も強くなっている。
涅マユリ
科学的検証を重視する十二番隊隊長。容疑者の動機についても独特の観点から仮説を提示する。
更木剣八
現場検証では問題行動が多い一方、戦闘経験から来る推理は意外にも鋭い。
卯ノ花烈
四番隊隊長。砕蜂の検死を担当し、遺体については自ら厳格に管理している。
「卯ノ花隊長。砕蜂隊長の検死の結果はどうだったかな?」
血のついた袖から受け取るカルテに、砕蜂の名。
夫自慢を聞かされずに済む日が来て、ほっとするどころか、日番谷には紙を読むのも苦痛だった。
「こちらです。……間違いありません。砕蜂隊長は、ご逝去されました」
「俺たちが聞きたいのはその先だ。傷口の状態について、何か手掛かりは出たのか?」
「刺された傷口は一度のみ。的確に急所を深く抉り抜いています」
「チッ……結局、あの現場に突き刺さってた長刀で一突きにされたってことかよ」
「……医学的には、そうなります」
「ふむ……カルテの紙切れ一枚では納得がいかんネ。詳しく我々にも、その遺体そのものを調べさせてもらいたいが……構わんだろうネ?」
「――なりません。お渡しできるデータはこれで全てです」
「隊長格の死神の魂魄は、死しても容易に尸魂界の大地へは還れません。魂葬礼祭を執り行う前に、不要な手出しは決して許されません。……何より、彼女は一人の女性です」
女性と聞いて、申し出を引っ込めるような男ではない。
マユリに通じる遠慮があるなら、普段からもう少し平和であろう。
「しかし卯ノ花隊長、これは瀞霊廷開闢以来の緊急事態だ。手荒な真似は決してしないと約束する。真相を突き止め、彼女の冥福を祈るためにも……直接検死させてもらえないだろうか?」
剣八とマユリを連れて、よくぞそこまで請け合える。借金取りを二人連れて家へ上がり、ゆっくりお茶でもと言うくらいの説得力はある。
相手がお茶を淹れてくれるかどうかは、諸君の想像にお任せしよう。
「――なりません。……どうしてもとおっしゃるのなら、この私が直接お相手いたしましょう」
まずい。日番谷の喉に、出かかった言葉が引っ掛かる。ここで刀を抜くなよ。
頼むから、今日くらいは――。
「……へッ! 面白えじゃねえか……!!」
約一名、面会拒否を対戦申し込みとして受理。
「……いや。ここで無益な諍いを起こす時ではないね。出直すとしよう」
「おい、良いのかネ!? 藍染隊長!! 待ち給えヨ!!」
「ちっ……やれやれだぜ……」
「更木。戻るんじゃねえぞ」
「まだ何もしてねえだろうが」
◇◇
「……おい藍染。いくらなんでも怪しくねえか? あそこまで頑なに遺体を見せねえなんて、何か都合の悪いことでも隠してるとしか思えねえぞ」
「ああ。気になる態度ではあったね。だが、あそこで強引に踏み込んでも最悪は戦闘に発展する。今この戦時下でそんな内紛を起こせば、瀞霊廷は修復不可能な大混乱に陥るだろう」
「くくく……決まっているだろう! あの卯ノ花という女は、昔から戸川に横恋慕をしていたはずだヨ!! 妻である砕蜂が邪魔になり、痴情のもつれで自ら手を下したのではないかね!?」
検死の次は恋愛相談である。担当は涅マユリ。相談する前から人生を誤った気がする人選だが、本人に迷いはない。
「……普段なら笑い飛ばすところだが、さっきの威圧感を見せつけられちゃあ、完全にあり得ねえとは言い切れねえな……」
「そういえばあの女、いつかの隊首会でも『独占欲の強い女はそう長く生きられない』とか不吉なこと抜かしてやがったな」
「その可能性も頭の片隅には置いておこう。だが……仮に彼女がそんな凶行に及んだとして、戸川君が彼女に靡くとは到底思えないがね」
悪ふざけだろうと笑う、あの顔。
泣かなければ悲しくないと、誰が決めた。あの時の自分を殴ってやりたい。
謝りに行く時、何を言えばいい。今さら慰めなど口にできる立場か。犯人を捕らえたという報告なら、あの男も聞いてくれるだろうか。
できれば、その時は一人で行きたい。
「ならば、コチラの筋書きはどうだネ? ――『戸川が主犯で、卯ノ花はその共犯』という線だヨ。四十六室の裏を探らせていた砕蜂隊長をあえて殺害して瀞霊廷に混乱を生じさせ、その罪を全て四十六室に擦り付けて糾弾する。そうして得た発言権を盾にすれば、黒崎一護の処刑放免を勝ち取る口実としてはお釣りが来るだろうネ!」
「なるほど……。僕が同じ立場なら考えつきそうな策だね。だが……犯行の難しさが最大のネックだ。いくら夫とはいえ、あの警戒心の強い砕蜂隊長が、狭い通路で長刀を構えて突っ込んでくる相手を無警戒で見逃し、刺されるがままになるとは思えない」
「……お前、感心するとこか、今のは」
「検討する価値はある、という意味だよ」
同じ立場なら考えつく、とまで聞かされるとは。
藍染が頭の切れる男だとは知っている。知ってはいるが、できれば犯人役の適性については、もう少し黙っていてほしかった。
「それに……黒崎を助けるために、妻を犠牲にするなんて性急すぎるだろ。処刑期日まではまだ丸々二週間あるんだぞ? 明日執行ってわけでもねえのに、そこまで切羽詰まった手を打つはずがねえ」
「では、ほかに案でもあるのかネ?」
「ねえから考えてるんだろうが。何でも戸川に押しつけりゃ済む話じゃねえ」
「何でも、ではないヨ。可能な手段を順に――」
「お前ならやりそうな手段を、の間違いじゃねえのか」
このままでは、砕蜂を殺す方法についてマユリの特別講義が始まってしまう。
受講料を請求される前に止めねばなるまい。
「――いかなる犯罪なり謀略なり、『主犯は必ず何らかの形で得をしている』はずなんだ。手練れの黒幕ほど、表向き最も得をする別の人間を用意して隠れ蓑にしたりもするが……自らが損を被ることは決してない。……では、この暗殺で現時点で得をしている候補は誰だろう?」
「先程も言ったが、卯ノ花だネ。砕蜂が死ねば、いずれ戸川を手に入れられる可能性がある。少なくとも目障りな正妻はいなくなるわけだ。千年も我慢してきた女だ、それくらいの博打に出てもおかしくはないヨ」
「俺はやっぱり四十六室の連中じゃねえかと思うがな。隠密のチビに嗅ぎ回られて、埃しか出てこねえような腐った奴らだ。下手人が分からねえまま闇に葬れば、一番得をするのは奴らだろ」
どちらへ話を聞きに行っても、無事には帰れそうにない。
日番谷には、報告書を受け取る山本の顔まで想像できる。いっそ今のうちに謝っておくべきか。
古男も、その山本の頭を平気で叩く男だった。あんなふざけた真似の数々を、砕蜂も止めようとはしなかった。夫婦揃って人が悪い。まさか、今回まで――いや。
「……さっきの涅の話を真に受けるなら……戸川自身も得をする、のか? 黒崎を助けるための政治的カード……。――だが待てよ……!! それなら、『死そのものを偽装している』としたらどうだ!?」
「ほう……?」
「卯ノ花をも抱き込んで、砕蜂の死体を丸ごと偽装しているんだよ! 検死を担当するのが卯ノ花一人なら、偽装なんていくらでも通る! 黒崎を助け出した後で『実は生きていた』と事実を明かせば、誰も死なずに済むし、筋も通るじゃねえか!」
悪趣味な芝居なら、後でいくらでも怒鳴ればいい。古男も砕蜂も、二人揃えて説教すれば済む。何なら、総隊長の前へ引きずっていってやる。
途中で夫婦漫才を始めても、今度ばかりは終わるまで待ってやらない。謝るのは、その後でも遅くない。
「なるほど……。 いわば『狂言誘拐の極限強化版』というわけだネ。四十六室を追い詰める芝居としては、確かに完璧なお釣りが来るヨ!」
「お釣りお釣りって、お前はさっきから何を買ってんだ」
「比喩だヨ。話の腰を折るんじゃないネ」
十二番隊御用達の店では、隊長の死で何か買えるらしい。
領収書の但し書きが大変なことになりそうだが、ここで経理の心配をしている場合でもあるまい。
マユリと意見が合うのは気に食わない。
あの夫婦に文句を言いたい人間なら、瀞霊廷には山ほどいる。
先頭に並ぶ権利くらい、日番谷にもあるはずだ。
「でもよォ……そう考えちまったら、また最初の振り出しに戻るんじゃねえか?」
「何だよ。今度はどこが気に入らねえ?」
つい、返事に棘が混じる。ほかならぬ剣八から異論とは。
引き返そうと提案すれば、真っ先に賛成するものとばかり思っていた。
もちろん、賛成する理由については聞かないでおくつもりだったが。
ここで藍染まで否定するなよ。日番谷には、もう一度あのカルテを読む気にはなれなかった。
「そうだね……。もし日番谷隊長の言う通り『偽装による政治工作』が目的なのだとしたら、戸川君は今頃、最愛の妻を失った悲しみを『四十六室への激しい怒り』に変えて、すぐさま糾弾の先頭に立っていなければおかしいはずだ。山本総隊長も彼には昔から甘い……彼が声を荒らげて告発すれば、総隊長すら味方に引き込めたかもしれない。――なのに、彼がそうした行動を一切起こさず、ただ自室に引き籠もって沈黙しているのは……」
■ 魂葬礼祭
隊長格の死神が死亡した場合に関係する特殊な葬送儀礼。
強大な霊力を持つ死神の魂魄は、通常の死神と同じようには尸魂界へ還元されないため、一般的な葬儀とは異なる処置が必要となる。
■ 検死と四番隊
死神の負傷・死亡に関する医学的検証は、四番隊が専門領域として扱う。
特に隊長格の遺体は霊圧そのものが特殊であり、研究目的で自由に解剖・採取できる対象ではない。
■ 偽装死
実際には生存している人物について、遺体・検死記録・証言などを操作し、死亡したものとして扱わせる工作。
今回の日番谷の仮説では、検死を担当する側まで協力者であれば、外部から真偽を確認することが難しくなる。
■ 犯罪における利益
事件の動機を考える際、
「事件の結果、誰の状況が有利になったか」
は重要な手掛かりとなる。
ただし、表面的に利益を得た人物と実際の主犯が一致するとは限らず、さらに「本当にその利益を利用する行動を取っているか」まで検証する必要がある。