「空座町の偽物を創る?」
とんでもない計画に、
立案者の浦原喜助が頷く。
「ええ。
「……なるほどね」
絵島は浦原の言わんとするところを悟り、
尸魂界史上類を見ない大罪人である藍染惣右介の隠密活動は敵ながら見事で、技術開発局が全力で捜しているにも関わらず居所が掴めていない。
おそらく虚圏に居るはずだ──という推測のもと襲撃計画が組まれたが、もしもそれが外れても、こちらは模造の空座町で待ち構えていればいい訳だ。
杳として知れない足取りを追うより、よほど確実な作戦と言える。
「しかしアイツはなんだって
「…………おそらくですが」
と前置きして、浦原は自身の考えを口にした。
「どうもあの人、霊王宮に
「れ……」
あまりに壮大な話に、絵島は言葉を失った。
霊王とは死神の頂点に君臨する存在であり、全てを創ったもの、と教わる。霊王宮はその霊王がおわす神聖不可侵の領域だ。
「ご存知のとおりあそこは零番隊の皆さんが護ってますし、そう簡単には行けません。ですが、〈
「王鍵?」
初めて聞く単語に絵島は片眉を上げた。
「霊王宮の扉を開く鍵です」
〈王鍵〉の創造には二つの物がいる。ひとつは霊圧が特別に濃い土地“重霊地”。そしていま一つが十万人単位の魂魄だという。
「……空座町はその二つを満たしている街というわけだね」
浦原が無言で首肯する。
「目的は? 零番隊に入隊希望……ってわけじゃないんだろ?」
「…………僕の崩玉を奪ったことや、六車さんたちが巻き込まれた事件、尸魂界を去る時に言った“私が天に立つ”という発言を踏まえると、藍染はきっと、霊王に代わって世界を支配したいんじゃないですかね」
絵島は天を仰いだ。
浦原商店の地下に描かれた青空に向かって吐き捨てる。
「まったく誇大妄想も甚だしい馬鹿野郎だね! どうして見抜けなかったんだろ! アイツの部下だった頃のノーテンキなアタシを絞め殺してやりたいよ」
浦原は苦笑した。
「彼に心酔してたからって恥じる必要はありませんよ。僕もあの人あたりの良さにすっかり騙されてたクチです。……まあ、鏡花水月も使われていたでしょうけど」
その名を聞いて、絵島は口の中に苦いものが広がるのを感じた。
絵島は十一番隊に入る前、五番隊に所属していたことがある。たった九年と短い期間ではあったものの、当時副隊長だった藍染が手取り足取り教えてくれた。無論、鏡花水月の嘘の能力も。
『僕の斬魄刀は流水系でね。霧と水流を操って乱反射させることで敵を撹乱する能力なんだ。周りの人も巻き込んでしまうから、なかなか使い勝手が悪いのだけれど』
困ったように笑う人だと、思ったのを覚えている。
よもやあれが、催眠にかけるための儀式だったとは。
宙に漂う紫煙の向こうに、当時の記憶が甦った────
〇〇〇
百十年前。
五番隊執務室で、二人の男女が向かい合っていた。
「初めまして、絵島くん。五番隊副隊長の藍染惣右介です」
黒縁眼鏡の奥の瞳に柔らかい光を宿す藍染に、絵島は折目正しく頭を下げた。
「初めまして。絵島十兵衛綱吉です。護廷十三隊に入るのは初めてで、何かとご迷惑をおかけするかと思いますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
部屋にいるのは藍染と絵島の二人だけで、他の隊士は出払っていた。隊長の平子真子には既に隊首室で挨拶しており、藍染から実務の詳しい内容や隊舎の場所などを教わるよう指示を受けている。
藍染は手の中の書類─絵島の経歴書─を興味深げに見やった。
「なかなか面白い履歴だね。鬼道衆から剣術師範、そして護廷隊士か」
「恐れ入ります」
絵島は微苦笑を浮かべた。
我ながらややこしい来歴だと思う。
真央霊術院卒業後、鬼道衆で百年間研鑽を積み、いよいよ副鬼道長になれると思った矢先、母校の剣術師範に就くよう人事が下った。
断りたかった。断れるものなら。けれど、一介の死神に過ぎぬ絵島が、中央四十六室の命令を拒絶するなど出来るはずもない。
藍染が首を傾げた。
「真央霊術院の剣術師範といえば、柳生家の専管事項と思っていたけれど…………」
絵島の苦笑が深まる。
「──アタシの生家なんですよ、柳生の家は」
柳生家。“開祖”山本元柳斎重國の弟が興した家で、上級貴族の一である。藍染の言うとおり、代々真央霊術院で剣術師範を務めてきた、由緒正しい家柄だ。
絵島は当代の十四番目の子に生まれたが、娘であったため、生後七日で御用商人の煙草屋〈絵島屋〉の養子となった。
平たく言えば捨てられたのである。
しかし絵島屋の人達は、縁もゆかりも無い赤子に吉乃と名付け、目に入れても痛くないほど可愛がってくれた。
以来、生家とは何の関わりもない健やかな日々を送る。
真央霊術院に入学したのは、年々強くなる霊圧を抑える術が学べればと思ったからだ。
────ところが。
「どうしたわけか柳生の後継ぎがみんな
直系とはいえ女にやらせるなど言語道断……という非難が家の内外から噴出したそうだが、いつまでも師範の座を空席にするわけにもいかない。結局、“柳生に男児が産まれるまで”という条件で話が纏まった。
養父母は気の毒なくらい狼狽えていた。
絵島の心中を思えば辞退を勧めたかったに違いない。けれど柳生家は絵島屋の得意先である。受諾せねば、家業が潰れる。
ゆえに絵島は一も二もなく引き受けた。
育ててくれた両親に余計な苦労など背負わせたくなかった。
師範になるにあたり、最も苦慮したのが名前であった。
育て親がつけた吉乃の名を捨て、相応しい名前に変えるべしと命じられたのである。
歴代の師範は十兵衛の号と、綱を用いた
改名などしたくない。絵島は自分の名が好きだった。名付けてくれた養父母が大好きだった。大恩ある彼らが授けてくれた名を捨てるなど、どうして出来よう。
煩悶する間に時は過ぎ、とうとう初出仕の日がやってきた。
絵島は断腸の思いで、元の名から吉の字を取り、絵島十兵衛綱吉と改め、剣術師範に就任したのである。
ちなみに、柳生に復籍させてはどうかという意見もあったが、それだけは頑として断った。これ以上、絵島屋の人達との繋がりを断ちたくなかったのだ。
ともあれ、引き受けたからには全うしようと、百九十年間の長きに渡り数多の学生を鍛えてきた。五番隊隊士のなかにも、教え子は大勢いる。
そこそこ上手くやっていたと思う。
教えた相手がどんどん強くなる姿を間近で眺められるのはこの上ないやり甲斐を感じた。
なのに突然、剣術師範の役目を解かれた。
理由は単純で、とうとう柳生家に男子が産まれたのだ。
正統な後継ぎさえ出来れば、仮初の師範など用済みということなのだろう。
捨てられ、拾われて、また捨てられる。
これ以上の侮辱があろうか。
人をなんだと思っている。
許されるなら柳生家の者共を撫で斬りにしてやりたかった。
せめてもの意趣返しとして、十兵衛の号も綱の字も返さなかった。
返してほしくば成長した弟が直々に取り返しにくるといい。だが簡単には返さない。真剣で立ち会わせ、もしも自分より弱かったら、斬って捨ててやる。
そうした憎悪を心の奥底に押しこめながら日々を送っていたのだが。
藍染は、ふいに真顔になるや、静かな声でこう言った。
「僕は、君を捨てたりしないからね」
「…………え」
ぽかんと口を開ける絵島に、藍染は優しく頷いた。
「君が師範を辞めると聞いて、真っ先に隊長に掛け合ったんだ。彼女をぜひ、五番隊に引き入れましょうって」
「ど、どうして」
藍染と絵島に面識はない。今日が初対面だ。なのに何故。
藍染の穏やかな瞳が、絵島をまっすぐ見つめる。
「いつだったか霊術院に立ち寄った時、稽古を見学させてもらったことがある。道場のなかを回りながら的確な指導をする君は、ひときわ輝いて見えた。それが理由……かな」
「…………」
一目惚れだったよ、と
「人と人との出逢いは、偶然と奇跡の産物だ。だからこそ、巡り会えた縁を大事にしたい。約束するよ。僕から君を手放すことは、絶対にない、と」
「…………!」
鼻の奥がツンとするのを、絵島は奥歯を噛み締めて堪えた。
眦に浮かぶ光るものが見られないよう、深々と頭を下げる。
「──誠心誠意、尽くします」
己が役に立てるなら何でもしよう。
この人の為に、働こう。
藍染は「こちらこそ、よろしく頼むよ」と微笑み、絵島の肩に手を置いた。
〇〇〇
「スルッと騙されて、ほんとにもう。藍染は内心大笑いだったろうねえ」
すぱーっと煙を吐き出しながら、自嘲半分憤慨半分といった様子で絵島が言う。
「君を手放すことは絶対にない、だとさ。よく言うよ、たった九年で放りだすくせに」
「九年? ……ああ」
浦原が苦笑する。
「更木サンが十一番隊の隊長になった年ッスね」
「そうさ。あんたが追放された年だよ」
煙管をくるりと回し、溜息をついた。
まったく激動の一年だった。隊長格数名の謎の失踪、浦原喜助と握菱鉄裁の処刑宣告、そして逃亡。あまりにも立て続けに色々なことがありすぎて、瀞霊廷中が浮き足立っていた。
「いま思えば、アタシが使い勝手のいい駒になるかどうか九年かけて品定めしてたんだろうねぇ。で、使えないと判断してすぐ新隊長の剣八に体良く押しつけたと」
もともと十一番隊は血の気の多い殺伐とした隊で、事務方を担える隊士が皆無だった。それでは隊の管理に障りがあるということで、他の隊から優れた文官を移籍させようということになったらしい。
「笑えるじゃないか。異動を伝える時、藍染は涙まで流してみせたんだよ。君を手放したくない、ずっと五番隊に居てほしい、だが山本総隊長の命令には逆らえない……ってね。まあペラペラと口の回ること回ること。……とはいえ、その熱弁にほだされて二つ返事で異動を受け入れたアタシが、一番の愚かモンだけどねえ」
「…………」
浦原は黙って、絵島の湯呑みに茶を注いだ。
話を聞いていて思う。絵島はつくづく、他人に振り回されてばかりの人生だ──と。
女であるというだけで養子に出され、後継ぎが産まれるまでの繋ぎにされ、不要になったら縁を切られ。
ようやく落ち着けそうな場所が見つかったかと思えば、諸悪の根源たる男が潜んでいた。
幸せになってほしい。幼馴染として心から願う。
だが護廷十三隊の一員であるうちは、平穏などほど遠い。実際、いずれ来る藍染を迎え撃つため、浦原と一緒に空座町のレプリカを創る仕事が待っている。
いまごろ虚圏で暴れているだろう更木剣八に、エールを送った。
『ちゃんと元気に帰ってきてくださいよ更木サン。もしも十兵衛サンを泣かせたら、恨みますからね』
任せろ、とでも言いたげに、茶柱が立った。
〇〇〇
それから数日後。
絵島十兵衛綱吉は、三人組の破面が生み出した怪物〈アヨン〉と対峙していた。
アヨン戦までいかなかった……くやちい
次話でリョナらせます
藍染さんは必要ならどんな歯の浮くセリフも言える男だと嬉しい