それがオリ主です。
気付いた時、俺はハンターハンターの世界にいた。
不覚なことに、それに気が付いたのは10代も後半になってからだった。
東洋の島国でほそぼそと中等教育を終え、高等教育を受け始めた俺は、ガキの頃から1円も使わなかったお年玉による蓄えと、一年に及ぶアルバイトの末に購入したパーソナルコンピュータ(箱型で旧式の粗大ゴミのようなそれは、起動すると大量の熱と音、そして待ち時間を俺に提供してくれた)によってネットの海に接続し、ハンターという職業や天空闘技場という単語を目にした。
その瞬間、俺の脳裏には電撃が走った。
(やべぇ……俺ハンターハンターの世界に居るんじゃん!!)
学校のハンドボール部に所属し、そこそこの成績を収めてFラン大学に進学して、中堅の企業に進学するという漠然とした人生設計を立てていた俺はこの瞬間、前世の夢を思い出したのだ。
もしも、ファンタジーな世界に生きていたなら。
俺も百式観音を使ってみたい。
かめはめ波を撃ってみたい。
という……小学生の頃に見た夢を。
感謝の一万回正拳突きや軍艦バッグをしまくって……超人のような肉体を手に入れたいという純粋な夢と。
あわよくばその力で楽して生きたいという……世の中を舐め腐った夢を。
それはあまりにも愚かで馬鹿馬鹿しい考えだった。冷静に考えれば、ハンターハンターの世界に転生したからといって世の中甘くないことくらいわかったはずだ。
しかし俺は、目の前にある可能性という名の化け物に取り憑かれていた。
自分自身の努力次第で、生前なら何をどう努力しようとも手が届かないものに手が届くはずなのだ。
それは、ネットで公開されている天空闘技場の動画が証明していた。天空闘技場の1回戦の動画は期間限定でだが無料で公開されることがあり、そこで繰り広げられる攻防は俺でも理解できるほどに低レベルながら、まるで生前見たボクシングの国内A級ランカー同士のような白熱した攻防が繰り広げられていた。
その時俺の脳裏には、バラ色の未来しか見えていなかった。
この世界はどうやら、念能力者ではなくても身体能力に補正がかかるのだ。出なければ1回戦レベルの選手達があそこまで苛烈な攻防を繰り広げられるはずがない。
……そう思ってしまったのは、なんという浅はかな考えだろうか。哀しいかな、このときの俺は天空闘技場を舐め腐っていた。
天空闘技技とは言うまでもなく、流派を問わない格闘技の聖地である。ハンターハンターの世界においては比較的序盤に主人公達の踏み台になったが故に印象に残らなかったが、要するにあそこを訪れる猛者たちはハンターハンター世界の全人類の中から選りすぐって格闘技を収めた猛者たちなのだ。
たとえ1回戦クラスでも、生前の日本のプロたちを凌駕しているという事実。それがこの世界の過酷さを証明していると言うのに、俺は自分にとって都合のよい、間違った考えに身を任せていた。
念能力者になれば、ファンタジーな必殺技が使い放題である。
……しかしそのためには、大前提として、念能力者にならねばならない。
(……念能力の習得にはまず……鍛えればいいんだ!鍛えてフィジカルを上げて、ハンター試験に合格すればいい!!)
そこから俺が導き出した答えは、特訓だった。
まず特訓して基礎的なフィジカルを身につける。
そしてハンター試験を受験し、試験に合格する。
試験に合格してからは、念能力の師を探す。これが最も重要だったが、俺には師になってほしいハンターに心当たりがあった。
そして念を習得してからが、俺の最終目標となる発の習得である。俺はこのとき、自分が念を習得し発に到れることを疑っていなかった。
そうと決めたら、俺は行動が早かった。ここがハンターハンターの世界ならば、ファンとしてやらないわけがなかった。
まず俺は感謝の一万回正拳突きを始めたのである。
(これをやれば……俺はネテロにも近付ける!!)
その思いが、俺を駆り立てていた。
ここで説明すると、感謝の一万回正拳突きとはハンターハンター世界における最強のハンター(諸説あり)、アイザック=ネテロがかつて行った修行方法である。
現実世界の日本でも、正拳突きは毎日10回20回ならば可能かもしれない。しかし、一万回など正気ではない愚行。それはファンタジーが入り交じったハンターハンターの世界でも変わらない。
それをすれば、自分もネテロのような荘厳な百式に、或いは……ネテロの強さに近付けると憧れた。
極論すれば、このときはトレーニングすることが目的になっていた。
(いつか軍艦バッグもしてみたいなぁ。でも廃棄された軍艦なんてないよな……流星街ならあるのかな?)
自分の生まれ変わった世界がハンターハンターの世界であると理解した瞬間、俺の目標は決まった。目標はかつての憧れを、幻想をこの手にしハントすること……つまりファンタジーハンターとなることであった。
大学で一人暮らしを始めていた俺はそんな夢を抱きながら、自分のために使える時間はあった。アルバイトの時間を減らし、部屋に防音対策を施し、人知れず正拳突きを行った。
それは愚行だった。始めた時は100回どころか50回を超えたあたりで拳に違和感を感じ、70回を超えたあたりで握力がなくなっているのを感じた。本気で人を殴った経験もないのに、人を殴ることをイメージしながらトレーニングを重ねるのは滑稽と言う他ないだろう。
そんな日々のなかでも俺は、憧れを止められなかった。
まず基礎的な体力の不足を実感したので、アルバイトの時間を減らしハンドボール部のトレーニングに加えて、ランニング10キロ、腹筋100回、スクワット100回というサイタマ式のトレーニングに、背筋100回のトレーニングも追加した。人を殴る時に使う筋肉というものを知っていたわけではない。しかし、とにかく鍛えなければ正拳突きの体すら成していないという実感があった。
今にして思えば、金を払って格闘技……そう、ボクシングか空手のジムにでも向かうべきだったのだろう。そうすれば適切なトレーニングを受けられたし、アルバイトの時間も浮いたはずである。
しかし俺はこのとき、念能力の知識に囚われていた。
俺が信じたやりたいトレーニングならば、俺にとって最高の結果が出ているはず。
トレーニングの際にエアコンをつけないという誓約によって、トレーニング効果は上昇するはず。
自分が夢見た世界にいるという高揚感が、俺の身体を突き動かしていた。
***
それから2年が経過し、俺はハゲている……わけではなかった。元いた下宿は追い出され、頭を剃り、ハンドボールのサークルを辞め、留年寸前で、バイトはクビになっていた。
深く息を吸い込み、腰を深く落とし、足の踏み込みと共に拳を突き出す。始めた頃よりもサマになったと自画自賛する。
その日、一万回の正拳突きを終えたあと、俺は決意した。
(行ける……!)
何が行けると言うのだろうか。とにかく、俺は一日で一万回の正拳突きを終えたことで有頂天になっていた。
一日で一万回の正拳突きを終えられるようになり、並行してトレーニングをしてもまだ身体は動くようになった。それは単に数をこなしただけではないのかとか、強くなったかどうか確認しなくていいのかという思考は俺の片隅にはなかった。
これが終わりではない。
これはほんのスタートラインに過ぎない。ここから始まるのだと自分に言い聞かせ、俺はハンター試験の受験志願書を役所に提出した。
友人に相談し、ハンター試験は死人が出るから辞めろと言われようと。
ゼミの仲間や教授から心配そうに声をかけられようと。
両親から電話をかけられようと、俺は止まらなかった。今にして思えばそれが分岐点だったのかもしれなかった。
***
俺は他人よりもずっと運が良かったのかもしれない。もちろん、悪い方向にではあるが。
何十人という暴力の世界で生きてきた人間を目にした俺は、自分の自信というものを試されていた。皆試験前に無駄な体力を使う意図はないようで互いに言葉を交わすことはないが、不用意に近付いたり不審な動きをすれば一発殴る、とでも言いたげな顔がそこかしこにいた。
親しげに話しかけてくるトンパをスルーした俺は、試験開始時間ギリギリになって入ってきた三人組に見とれていた。
「……お」
その時、俺は不用意に何かにぶつかった。あまりにも無様、あまりにも迂闊としか言いようがなかった。
しゅっ、という音と、灼熱の鉄で焼かれたかのような感触が腕に響いた。
「……あーら残念。ぶつかったらちゃんと謝らなきゃね?」
「お……オオオ……オレのぉーーーーーー!!!」
「ひっ」
「離れろっ!!」
「うわっ!?」「ヒソカだあっ!!」
その時目の前にいた男を俺は生涯忘れないだろう。
俺の目の前には死神がいた。その死神は、俺の驚愕の顔を見るやにっこりと笑みを浮かべ、次の瞬間には何の興味も無くしたかのように歩き去っていった。
「まっ……まっ……!!」
両腕がなくなった俺は、失われる血とあまりの痛みと衝撃に意識を失いそうになりながら膝をついた。
俺は溢れ出すものに目を奪われていた。
俺の全身から、オーラが立ち上っているではないか!?
(……す……すげぇッ……!!)
オーラは黄金のようでもあり、青白くはためく炎のようでもあった。ヒソカの攻撃がきっかけとなって、皮肉にも俺は念能力に覚醒した。
まぁその代償として、両腕を失う結果になったのだが。
あまりの光景に俺は感動で息をのみ、 涙を流す。しかし、死ねない。最高のショーを見たと言わんばかりのトンパを尻目に、流れ落ちる血は俺の全身のオーラと生命力を奪っていった。
面白そうなものを観たという顔でこちらを見てくるトンパを尻目に、俺は溢れ出すオーラをいかに止血に回すかということに必死であった。
(……思い出せ……!ネテロを!!俺は……ネテロに憧れて一万回の正拳突きをしたんだろっ!!)
「うっ……うわあああっ!!」
強制的な攻撃を受けたことによる覚醒は、ショックによって一次的な練のような効果をもたらすのだろう。全身のあちこちから漏れ出すオーラで、俺は血を覆えないか、と思った。
俺の考えはベストではないが、今できるベターではあった。
腕などの四肢を切断した後で止血する際の最適な方法は、いずれもオーラの適切なコントロールに加えて、筋肉の適切なコントロールによる止血も必要だった。
俺には感謝の一万回正拳突きや、トレーニングによる身体の感覚はあった。
だが……筋肉の全てをコントロールできる域にはなかった。それは武術の鍛錬と実戦を下手達人の領域で、武術の素人で念を得たばかりの俺ができることではなかったのである。
キメラアント編のネテロや天空闘技場編のヒソカは、オーラを高度にコントロールすることで片足や両腕を喪いながらも止血に成功した。この場合必要なのは腕周りのオーラを消し、さらに達人の域に達した肉体操作技術によって血の巡りも止めて、止血を行うというプロセスが適切だったのだ。
俺が蟻編を最後に目にし、さらにこの瞬間に至るまで実に三十年という月日が流れていた。
それが功を奏した。このときの俺は、ネテロならオーラによって血を止めることもできるという勘違いによる思い込みしかなかった。
結果的に言えば、俺のネテロに対する憧れが俺の生命を救った。
溢れ出すオーラが、ヒソカの害意あるオーラによって焼き切れた俺の腕を護るように動いてくれた。俺の目にはそれは奇跡に見えたが、それは奇跡ではなく必然だった。
四大業に至るまでの方便として点、舌、錬、発がある。目標を定め、それを心で思い、行動に移し、そして……実行する。そのサイクルを行なっていたからから、俺はネテロなら止血できるという確信があった。
俺はネテロに憧れていた。実際のところネテロの強さという表面的な部分に憧れていて、その所業を無視していたのだが、とにかく憧れていたからこそ、ネテロが出来たことを思い出すことができた。
(うおおおおおおおっ!ネテロなら……ネテロならこれくらいできるっ!!!)
俺のヤケクソのようなオーラが、流れ出そうとする血を腕のように包み込む。オーラが少しずつ縮まると共に弱まっていき、次第に血の巡りが穏やかになる。
(すげぇ!!ネテロ……すげぇッ……!これがオーラ……!)
後になって気付いたのだが、これは強化系の基礎であるオーラによる自己治癒能力の強化であった。オーラによる肉体強化は、時として非合理に人間の限界を超えることがある。
感謝の一万回正拳突きは……無駄ではなかったのだ。
俺はこの瞬間、この目で会ったこともないアイザック=ネテロに心の底から感謝した。そして念の世界に心の底から感謝した。
俺のネテロに対する崇拝の念の賜物か、止血はうまくいった。オーラによる止血は噴き出す血を抑え、俺はその状態のまま医務班に回収されてハンター試験を脱落した。
ちなみにオリ主には蟻編までの知識しかありません。
途中でワン◯ースに浮気した不埒者だからそうなるんだ。