『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
今日みたいに軍への誤解を解くことも目的の中にあったんだと思う。
けれどそれだけなら今まで通り……私が異能者を斬って、それを軍へ突きつけるだけでも問題ないはずで。
途端に派手になった封筒と併せて何か特別な用がある気がしてならなかった。
しかも「ルイを通じて」っていうのもちょっとデジャヴな気がして。
「ええとね……前ほど緊急の用があるわけではないんだけれど」
町田さんは書類の山の中からカレンダーの付いた一枚の紙切れを差し出してくる。
紙面上には四月の中頃から今に至るまでの一ヶ月ぐらいの日付が記されていた。
「そのカレンダーはあなたが直近一ヶ月で戦った異能者をまとめたものなんだけど、ここ二週間ぐらい大きな空きがあると思うの」
そう言われてみれば、いつもの調子ならあと一つか二つ名前があってもおかしくない。
なのに、確かにここ二週間はロムルス以降異様に音沙汰がない。
「おそらくだけど、それは偶然じゃない。ロムルスとの契約の影響が如実に出ていると考えられるわ」
——つまり、ここ二週間ぐらい私が安泰でいられたのはこの刻印のおかげってこと?
でもこの刻印は私の自由を奪いかねないもので、それでいてひどく不気味なもので。
世界はどこまで私の見方をひっくり返したら気が済むのかと愚痴りかけたところで、町田さんがそれに待ったをかける。
「けれどね、これは安心できることじゃないの。不本意な契約とはいえ、ロムルスと繋がりができた途端弱体な異能者は狙ってこなくなる。これの意味が分かるかしら」
っていきなり言われてもな、ただ数が減っただけでそれ以上の情報が無いからなんとも。
私が答えあぐねていたところで、さっきの提案以来聞きに徹していたルイが口を開く。
「……ここから先、より強い異能者に狙われやすくなるってことですか」
「正解よ、ルイくん。実力か背後にいる勢力か。何かしらの理由で、ロムルスが契約を結んだ相手に戦いを仕掛けても問題ない異能者との戦いが中心になると考えた方が良いわ」
その後に町田さんは更に「ロムルスからの加護を受けたジャン・ド・モンフォールクラスの相手が最低水準になると考えてもいいかもしれないわね」と付け加えた。
「ジャンクラスの相手が最低水準……?」
確かに、ジャン相手には最終的に辛勝できた。
けれどそれは
あれより強いやつどころか、種も仕掛けも分かった上で全快のジャンと一人でもう一回戦えと言われても勝てるか怪しい。
「つまり……町田さんたちが何かしてくれるってことですか」
軍が私へ接触してくるのは保護のため。今までの話の流れからして、そう考えるのが自然なはずだったのに。
イエスかノーで簡単に返事が出来るはずのその問いへ町田さんは答えを出し渋った果てにこう口にした。
「もちろん私たちもできる限りのことはやるわ。けれど、現実問題としてロムルス相手に十数名の兵士を失った果てに、あなたのことを守れていない。異能者相手だと、武器を持っただけの兵士は時に無力になるの」
「……つまり、私に強くなれってことですか」
「早い話はそうね」
やっぱり、そこに行き着くのか。
軍でも異能者でもない……強いていうなら世界の理不尽に対する苛立ちが膨らんでくるのを感じる。
体裁を気にしないなら何かに当たりたいところではあるけど、こればかりは軍に責任なんかありゃしない。
けれど、今日の霊兵にしろ、異能の存在そのものにしろ。
どこまで行っても私へつきまとって生活を壊してくる現実に、心の底からのため息が出た。
「最後になるけど、あなたが軍側の作戦に付き合う義務も無いし、異能者用の訓練プログラムや準備をする手立てもある。軍が不甲斐ないがためにあなたに負担を強いることにはなるけれど……どうかしら」
「…………」
そう締めくくられてからしばらく、顎に手を置いて考えた。
異能者用の訓練プログラムを提供されて、しかも軍の都合に付き合う必要はない。
都合が良すぎる魅力的な話だってのは分かるけれど、私の日常がまた一つ異能に関するもので染められるということでもあって。
ルイと会ったばかりの頃に提案された、組織からの保護提案とは違って香蓮に相談するような話でもないし。
迷った挙句ルイの方へ目を向けたけれど、彼は予想に反して首を振った。
「ダメだ、大和。それは僕が決めることじゃない、大和が決めることだ」
まあそりゃそうだよね、至極真っ当な返事。
ルイはその後に小さな呼吸を挟むと、そのあとに聞き覚えのあるフレーズを口にした。
「けれど大和がどっちの選択を選んでも、前言った『友達の悲しむ顔は見たくない』って言葉は変わらないのは覚えておいてほしい」
……それは確か、まだ私がルイを疑って掛かってた時に口にしていた言葉で。
ちょっと懐かしく思うと同時に、出かかっていた結論の背中をそっと押してくれた。
「——分かりました。私、強くなります」
その返事を聞いて、僅かに口角を上げるルイ。
私がこの話を持ち帰るか断るとでも思っていたのか、町田さんも少しばかり意外そうな表情を浮かべた。
確かに、私は日常を壊されたくはない。
帰ったら余った時間で積んでる映画を消化していきたいし、毎週末には香蓮たちと遊びたい。
それに私だって人間だ、もちろん傷つきたくないっていう我が身可愛さはある。
けれど、それ以上に私はもうあんな経験はしたくないという思いが私の決意を後押しした。
それは薄暗く、湿った空間で冷えていく友の手を握ったまま恐怖に打ち震えることでも。
圧倒的な存在を前にして、拳を一つ打たれて気を失う友の名を無力に呼ぶことでもあって。
二度と、二度とあんな経験はしたくない。
そんな確かな決意のもと、私は前のめりになって了解の旨を口にした。
「分かったわ。正直な話をすると、今日首を縦に振ってもらえるとは思ってなかったわ」
「……まあ、それは私もです」
肩の荷が降りたような表情を浮かべる町田さんを前にして、もうそろそろこの話も終わりそうだなという気配を感じ取る。
忘れちゃいけないけれど、今日は本来ルイとのお楽しみの時間。
これからのことも良いけれど、このあとせめて夕飯ぐらいは食べてから帰りたい。
でもまあ、年どころか小一時間前の私に対してですら「あんた、軍からの提案に乗ることになるから」なんて言ったら正気を疑うだろうな。
もしかしたら香蓮と仲良くするだとか、ルイを友達として受け入れるだとか。
そういう分かりやすいところじゃない、もう少し深いところでも変われてきてるのかもな。
応接間の古びた蛍光灯にあたまをぶつけ続ける蛾を見上げながら、そんなことを思った。