『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第十話 霹靂、そして慈雨

柱合会議から数日後。

 

 蝶屋敷には、今日も若き鬼殺隊士たちの怒号と悲鳴が響き渡っていた。

 

「もう一回です!」

 

「む、無理だあああああ!! もう腕が動かないよぉぉぉ!!」

 

「まだ終わってねぇぞ、善逸!」

 

「伊之助さんも! あと五回!」

 

「五回だと!? 望むところだァ!!」

 

 縁側から聞こえてくる騒ぎ声に、竈門炭治郎は思わず苦笑した。

 

 那田蜘蛛山での戦いを終え、蝶屋敷へ運び込まれた炭治郎、善逸、伊之助。

 

 三人は現在、栗花落カナヲたちによる機能回復訓練を受けていた。

 

 傷は癒えつつある。

 

 だが、次の戦いに備えるためには、ただ怪我を治すだけでは足りない。

 

 全集中・常中。

 

 それを身につけなければ、鬼殺隊士としてさらに上へ進むことはできない。

 

「……全集中・常中」

 

 炭治郎は両手を握りしめる。

 

「まだ完全にはできない。でも……絶対に身につける」

 

 夕暮れ。

 

 訓練を終えた炭治郎が縁側で一人、静かに呼吸を整えていると――。

 

 コト。

 

 隣に冷たい茶が置かれた。

 

「飲め」

 

「え?」

 

 顔を上げる。

 

「獪岳さん!」

 

 そこに立っていたのは、鬼殺隊最強格の柱の一人。

 

 鳴柱・獪岳だった。

 

 黒地の羽織には雷の意匠。

 

 腰には日輪刀。

 

 いつも通り、不機嫌そうな顔をしている。

 

「お前、顔が死んでるぞ」

 

「えっ……」

 

「訓練程度でへばってんじゃねえ」

 

「す、すみません!」

 

「謝る暇があるなら飲め」

 

「はい!」

 

 炭治郎は茶を一気に飲んだ。

 

「……美味しいです!」

 

「当たり前だ。俺が選んだんだからな」

 

「獪岳さんが?」

 

「悪いか」

 

「いえ! すごく嬉しいです!」

 

 獪岳は小さく鼻を鳴らし、炭治郎の隣へ腰を下ろした。

 

「で、全集中・常中は?」

 

「少しずつですが、掴めてきました!」

 

「そうか」

 

 獪岳は炭治郎の呼吸を観察する。

 

「だが、まだ浅い」

 

「……!」

 

「息を吸う量、吐く量、筋肉への酸素の回し方。全部が甘い」

 

「そんなところまで分かるんですか?」

 

「柱を何年やってると思ってんだ」

 

 獪岳は指を一本立てる。

 

「全集中・常中ってのは、戦闘中だけ使えればいい技術じゃねえ」

 

「はい」

 

「飯を食ってる時も、寝てる時も、歩いてる時も、常に全集中を維持する」

 

「はい!」

 

「それができて、ようやく鬼殺隊士としての土台ができる」

 

 獪岳は炭治郎を見た。

 

「死にたくなけりゃ、身体に叩き込め」

 

「……分かりました!」

 

 炭治郎は深く頷いた。

 

 しばらく二人の間に静かな時間が流れる。

 

 やがて炭治郎は、ずっと気になっていたことを口にした。

 

「あの……獪岳さん」

 

「あ?」

 

「柱合会議の時に思ったんです」

 

「何をだ」

 

「しのぶさんも、カナエさんも、不死川さんも……皆さん、獪岳さんをすごく信頼していますよね」

 

「……」

 

「どうしてですか?」

 

 獪岳の眉が僅かに動いた。

 

「どうしてって何がだよ」

 

「獪岳さんは、口も悪いですし……怒ると怖いですけど」

 

「おい」

 

「でも、誰よりも仲間を助けようとする人だと思います」

 

「……」

 

「どうして、そこまで強くなろうと思ったんですか?」

 

 獪岳はしばらく答えなかった。

 

 夕焼けに染まる空を見上げる。

 

 その瞳には、いつもの苛立ちとは違うものが浮かんでいた。

 

「……昔の俺はな」

 

 炭治郎が静かに耳を傾ける。

 

「自分が生き残ることしか考えてなかった」

 

「……」

 

「怖かったんだよ」

 

 その言葉に、炭治郎は目を見開いた。

 

 鳴柱。

 

 最強の雷の剣士。

 

 どんな鬼を前にしても怯まず、仲間を守りながら戦場を駆け抜ける男。

 

 その獪岳が。

 

「死ぬのが怖かった。捨てられるのが怖かった。誰にも必要とされなくなるのが怖かった」

 

 獪岳は拳を握る。

 

「だから強くなった」

 

「……獪岳さん」

 

「でもな」

 

 獪岳は自分の拳を見つめた。

 

「強くなってみて分かった」

 

「……?」

 

「自分一人だけ生き残っても、何も嬉しくねぇんだよ」

 

 風が吹く。

 

 庭の木々が揺れる。

 

「師範も」

 

「……」

 

「善逸も」

 

「……」

 

「仲間も」

 

「……」

 

「しのぶも」

 

 獪岳は少しだけ視線を逸らした。

 

「誰も死なせたくねぇ」

 

 その言葉には、強烈な覚悟があった。

 

「だから、俺は泥を被る」

 

「……」

 

「泥をすすってでも生きる。嫌われてもいい。恥をかいてもいい。傷だらけになってもいい」

 

 獪岳の目に、青白い光が宿る。

 

「大切な奴らが生きてるなら、それでいい」

 

 炭治郎の胸が熱くなる。

 

 その言葉から感じる匂い。

 

 雷のような激しさ。

 

 けれど、その奥には――。

 

 雨のような優しさがあった。

 

「それが……獪岳さんの強さなんですね」

 

「あ?」

 

「霹靂のように運命を叩き割って……その後に、慈雨みたいに皆さんを守る」

 

「……勝手に綺麗な言葉にすんな」

 

 獪岳は照れくさそうに顔を背けた。

 

「俺はそんな立派な人間じゃねえ」

 

「でも、俺にはそう見えます」

 

「……ったく」

 

 その時。

 

「ふふっ」

 

 柔らかな笑い声がした。

 

 二人が振り向く。

 

 庭の向こうから、胡蝶しのぶが歩いてくる。

 

「また炭治郎くんに、格好いいことを言っていたんですね」

 

「しのぶ……!」

 

 獪岳の表情が僅かに変わる。

 

「別に格好つけてねえよ」

 

「そうでしょうか?」

 

 しのぶは微笑みながら獪岳の隣に座った。

 

「私は、あなたに何度も救われました」

 

「……」

 

「『無理して笑うな』」

 

 しのぶが優しく言う。

 

「『お前が死んだら俺が泣く』」

 

 獪岳は黙っている。

 

「あなたがそう言ってくれたから、私は復讐だけを生きる理由にしなくてよくなった」

 

 しのぶは獪岳の手へ、自分の手を重ねた。

 

「今の私は、生きたいと思えます」

 

「……しのぶ」

 

「あなたと一緒に」

 

 獪岳の頬が僅かに赤くなる。

 

「……人前で言うなよ」

 

「本当のことですから」

 

「そういうところだぞ、お前……」

 

 しのぶは楽しそうに笑った。

 

 その二人を見ていた炭治郎は、思わず微笑む。

 

「……すごく温かい匂いがします」

 

「炭治郎」

 

「はい?」

 

「それ以上言ったら斬る」

 

「すみません!」

 

 しのぶがクスクス笑う。

 

「獪岳さん、照れてますね」

 

「うるせぇ!」

 

 その時――。

 

「獪岳ああああああ!!」

 

 屋敷の奥から絶叫が響いた。

 

 黄色い髪が飛び出してくる。

 

「助けてくれよぉぉぉ!! カナヲちゃんに全然勝てないんだよぉぉぉ!!」

 

「うるせぇぞ善逸!」

 

 続いて猪頭の少年が飛び出す。

 

「鳴柱ァ!」

 

「今度こそ俺が勝つ!」

 

「伊之助、落ち着いて!」

 

「お前も勝負しろぉ!」

 

「だからうるせぇっつってんだろ!!」

 

 獪岳が立ち上がる。

 

 善逸は怯え、伊之助は嬉々として構える。

 

「よし」

 

「え?」

 

「そんなに元気なら、追加訓練だ」

 

「ええええええ!?」

 

「望むところだ!」

 

「馬鹿かお前らは!」

 

 獪岳が三人をまとめて庭へ追い立てる。

 

「炭治郎! お前もだ!」

 

「はい!」

 

「善逸! 泣くな!」

 

「無理ぃぃぃ!!」

 

「伊之助! 突っ込むな!」

 

「俺は猪突猛進だぁぁ!!」

 

 夕暮れの蝶屋敷に、再び騒がしい声が響き渡った。

 

 縁側では、カナエがその光景を眺めながら微笑んでいる。

 

「ふふ。獪岳は本当に面倒見がいいですね」

 

「姉さん」

 

 しのぶも笑う。

 

「ええ。口は悪いですけど」

 

「聞こえてんぞ!」

 

 庭から獪岳の怒声が飛ぶ。

 

「ふふふ」

 

 カナエは楽しそうに笑った。

 

 やがて、夜が訪れる。

 

 訓練を終えた炭治郎は、空を見上げた。

 

 満天の星。

 

 そして、その先に待つ未来。

 

 無限列車。

 

 新たな任務。

 

 新たな鬼。

 

 新たな戦い。

 

 それでも、もう以前の自分とは違う。

 

 守ってくれる先輩がいる。

 

 共に戦う仲間がいる。

 

 そして、自分もまた誰かを守れる強さを手に入れようとしている。

 

「俺も……」

 

 炭治郎は拳を握る。

 

「獪岳さんみたいに強くなりたい」

 

 霹靂のように、運命を叩き割る強さ。

 

 慈雨のように、大切な人を包み込む優しさ。

 

 その二つを胸に抱き、炭治郎は静かに決意する。

 

「俺も、誰かを守れる人になります」

 

 その夜。

 

 蝶屋敷に、新たな指令が届いた。

 

 ――無限列車。

 

 多数の乗客が行方不明となっている列車へ向かえ。

 

 そして、その任務には――炎柱・煉獄杏寿郎が向かう。

 

 さらに。

 

「……俺も行く」

 

 獪岳が指令書を手に取った。

 

 その隣で、しのぶも微笑む。

 

「私も同行します」

 

「おい、しのぶ」

 

「恋人ですから」

 

「……ったく」

 

 獪岳は小さく笑った。

 

 霹靂の雷と、慈雨の温もり。

 

 新たな戦いの幕が、静かに上がろうとしていた。

 

 

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