ホグワーツは今日も非合理である   作:汐川

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宿題の山

 イースター休暇が近づくころには、どの授業でも年度末試験の話を聞くようになっていた。

 

 休暇中に、これまで習ったところをきちんと復習しておくように。先生によって言い方は違ったが、意味はだいたい同じだった。

 

 そして当然のように、復習だけで済むはずもなく、各教科から宿題もたっぷり出た。

 

 休暇前の金曜日、真司たちは図書館のいつもの机に、四人分の課題を書き出した羊皮紙を並べていた。

 

 魔法史。薬草学。魔法薬学。呪文学。変身術。それ以外にも細かな課題がいくつかある。

 

 エイダが端から端まで眺めた。

 

「……これ、休みの宿題?」

 

「そう書いてある」

 

 マルコムは一覧を上から順に確かめている。

 

 エイダは両手で頭を抱えた。

 

「先生たち、私たちを宿題で殺す気なんだ!」

 

「宿題で死んだ生徒は聞いたことないな」

 

「じゃあ私が第一号になるよ!」

 

「いいから、終わらせるぞ」

 

「グラント、冷たい!」

 

 真司は笑いながら、最後の一枚を机に置いた。

 

 年度末試験についての案内だった。

 

「試験もあるからね」

 

「増やさないでよ!」

 

「僕が増やしたんじゃないよ」

 

 どんな問題が出るかまでは書かれていない。ただ、これまで授業で扱った範囲から試験を行うことと、休暇中にも十分復習しておくことだけは、たいへん分かりやすく書いてあった。

 

 真司はその紙と、宿題の一覧を見比べた。

 

「多いとは思ってたけど……」

 

 思わず呻いた。

 

「一年分だからな」

 

 マルコムが言った。

 

「一年分って、こんなにあった?」

 

「……あったんじゃないか?」

 

 そう答えたマルコムも、もう一度一覧を見た。

 

 どうやら本人も、少し自信がないらしい。

 

 エイダはしばらく宿題の山を睨んでいたが、やがて両手を机についた。

 

「魔女と魔法使いが四人も集まればホグワーツもできる! 宿題やるぞー!」

 

 マルコムが顔を上げた。

 

「僕らの集まりにはグリフィンドールはいないけどな」

 

「そこ?」

 

「一寮足りないね」

 

 ベアトリスまで言った。

 

「ベアトリスまで! 三寮もあるんだからいいじゃん!」

 

 マルコムは課題の一覧へ目を戻した。

 

「とにかく、箒作りも一枝から、だ。ひとつずつ終わらせていこう」

 

「分かってるよ!」

 

 エイダは羽根ペンをつかんだ。

 

 その勢いだけなら、今日中に全部終わりそうだった。

 

     *

 

 結局、四人ともイースター休暇をホグワーツで過ごすことになった。

 

 真司はもともと短い休暇には家へ帰らない。ほかの三人も、この量の宿題を持って帰るくらいなら、図書館のある学校に残って片づけてしまうことにしたらしい。

 

 休暇初日の朝から、四人はいつもの机に集まった。

 

 最初の一時間はよく進んだ。

 

 ところが、二時間を超えたあたりで、エイダの羽根ペンが止まった。

 

「うぅー……」

 

 図書館だったので、声は途中からずいぶん小さくなった。

 

 そのまま机へ額をつける。

 

「もう文字見たくない」

 

 隣にいたベアトリスが、エイダの頭をぽんぽんと二度撫でた。

 

「よしよし」

 

「甘やかすな」

 

 向かいのマルコムが言った。

 

「今ちょっと回復した」

 

「それは結構。では続きを」

 

「冷たい!」

 

「回復したんだろ」

 

「したけど!」

 

 エイダはしぶしぶ顔を上げ、また羽根ペンを握った。

 

 真司も自分の羊皮紙へ目を戻した。

 

 宿題は、やっていれば少しずつ減った。

 

 本を調べる。必要なところを読む。書く。分からなければ別の本を探す。書き終えたら一覧に一本線を引く。

 

 一つ消える。

 

 けれど、まだたくさんある。

 

「箒作りも一枝から、か」

 

 思っていたより多い枝に苦戦する休暇一日目だった。

 

     *

 

 二日目には、四人なりのやり方もできてきた。

 

 分からないところがあれば、それぞれ勝手に本を探すのではなく、誰かが探しに行くついでに必要な本をまとめて持ってくる。

 

 インクが切れれば、近い者が補充する。

 

 同じ科目をやっている者がいれば、机の真ん中に教科書を置く。

 

 ただし、答えそのものを見せることは禁止だった。

 

「ここ、どの本に載ってた?」

 

 エイダが羊皮紙から顔を上げた。

 

「そこの棚の三段目。緑の背表紙」

 

 真司が答えた。

 

「ページは?」

 

「そこまで言ったら、ほとんど答えじゃない?」

 

「ページは答えじゃないよ」

 

「探すのも宿題だろ」

 

 向かいで、マルコムが本から目を上げずに言った。

 

「グラント、先生みたい」

 

 エイダが口を尖らせる。

 

 そこでようやく、マルコムが顔を上げた。

 

「それは悪口か?」

 

「褒めたように聞こえる?」

 

 ベアトリスがくすっと笑った。

 

 少しして、そのベアトリスが真司の羊皮紙を横から覗いた。

 

「シンジ、そこ」

 

「何?」

 

「さっきと同じこと書いてない?」

 

 真司は二つ前の段落を読み返した。言葉は違うが、確かにほとんど同じことを書いている。

 

「……ほんとだ」

 

「疲れてるね」

 

「ベアトリスもさっき、薬草学やってるのに魔法史の本開いてたよ」

 

「見てたの?」

 

「見てた」

 

「じゃあ、二人とも疲れてるね」

 

 二人で笑った。

 

 向こうではエイダがまだ本を探していた。

 

「あった!」

 

 棚の間から声がした。

 

 すぐに司書から「静かに」と言われたらしく、戻ってきたときには少しだけ小さくなっていた。

 

「……あった」

 

 エイダは本を抱えて戻ってきた。声は小さくなっていたが、顔はちっとも反省していなかった

 

     *

 

 休暇中のホグワーツは、クリスマスほど静かではなかった。

 

 残っている生徒も多く、図書館には朝から何人もいた。上級生の机には一年生よりずっと分厚い本が積まれ、長い羊皮紙へびっしり文字を書き続けている。

 

 一度、エイダは隣の机の山を見て、何も言わずに自分の宿題へ戻った。

 

「どうしたの?」

 

 真司が訊いた。

 

「上には上がいた」

 

「何の?」

 

「宿題の地獄」

 

 マルコムは顔を上げなかった。

 

「よかったな。死因宿題の第一号になるには、まだ早そうだ」

 

「そこ喜ぶところ?」

 

 昼まで勉強した日は、午後に少しだけ外へ出た。

 

 芝生は冬の色をだいぶ失い、湖のそばにも春らしい風が吹き始めていた。城の中にばかりいると休暇であることを忘れそうだったが、外へ出れば授業のない日らしい静けさがあった。

 

 一度はハグリッドの小屋にも寄った。

 

 茶を飲み、少し話し、城へ戻る。

 

 そして、図書館で宿題に取り掛かる。

 

 締切は待ってくれないのだ。

 

     *

 

 休暇も半ばを過ぎるころには、一覧に引いた線の方が、残っている課題より多くなった。

 

 それが分かると、エイダは急に元気になった。

 

「あとこれと、これと、これ!」

 

「昨日まで数えたくないって言ってなかった?」

 

 ベアトリスが笑った。

 

「減ってるときは数えていいの!」

 

「便利だな」

 

 マルコムが言った。

 

「いいでしょ、別に! だって終わりが見えてきたもん!」

 

 ベアトリスが一覧を覗いた。

 

「でも本当にあと少しだね」

 

「でしょ?」

 

 エイダは得意そうだった。

 

 その日の午後には一つ減り、翌朝にはもう一つ減った。

 

 最後まで残ったのは、四人とも少しずつ違った。真司には魔法史のレポートで書き直したい箇所があり、マルコムは変身術の教科書を最初から読み返していた。ベアトリスは魔法薬学の途中まで書いた課題を一枚残していたし、エイダは――

 

「なんで私だけ二つあるの!?」

 

「途中で別のこと始めたからだろ」

 

「必要だったんだよ!」

 

「何が?」

 

「気分転換!」

 

「宿題の途中で別の宿題を始めるのが?」

 

「そのときはいい考えだと思ったの!」

 

 夕方までには、その二つも一つになった。

 

     *

 

 休暇の終わりが近づいた日の午後。

 

 エイダが最後の一行を書き終えた。

 

 しばらくその文字を見つめてから、羽根ペンを置く。

 

「……終わった」

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

 エイダが顔を上げた。

 

「終わった!」

 

 今度はかなり大きかった。

 

「全部?」

 

 真司が訊いた。

 

「全部!」

 

 マルコムが宿題の一覧を引き寄せる。

 

 上から順に確認した。

 

 エイダが身を乗り出す。

 

「どう?」

 

「……全部だな」

 

 エイダは両腕を上げた。

 

「生き残った!」

 

 ベアトリスが笑って拍手したので、真司も拍手をした。

 

「おめでとう」

 

「ありがとう!」

 

「まったく、大げさだな」

 

 マルコムもそう言いながら、一覧を畳んだ。

 

 四人の机は、休暇の初日よりずいぶん広くなっていた。本の山は低くなり、書き終えた羊皮紙はそれぞれの鞄へしまわれている。

 

「明日は何もしない!」

 

 エイダは椅子の背にもたれた。

 

「何もしない日。決めた! 日記にも明日はこう書く『今日はなんにもない素晴らしい一日だった』って」

 

「日記なんてつけてたのか?」

 

 マルコムが訊いた。

 

「つけてないよ? 例えだよ、例え!」

 

 宿題を終わらせて上機嫌のエイダは、ちっちと指を振って答えた。

 

「試験勉強は?」

 

 マルコムが言った。

 

 エイダは黙った。

 

「……明後日から」

 

「休暇、もうそんなに残ってないぞ」

 

「今それ言わないでよ!」

 

 真司は机の端に残っていた年度末試験の案内を見た。

 

 宿題は終わった。

 

 休暇を堪能することは、どうやらできないようだ。

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