そのモンスターに出会ったのは偶然であった。
育てているアプトノスが珍しく怯えていたから、恐る恐る牧場の端っこに様子を見に行ってみると、そこにはランポスの死体があった。
新鮮な死体だった。恐らくは群れからはぐれたのだろうか。一匹だけで、他に仲間がいる様子はない。それは稀にあることだ。そのたびに何匹かのアプトノスが犠牲になり、急いでハンターに討伐をお願いする。少々気には障るが、その程度だ。
しかし、その日は事情が違った。
そこには一匹の飛竜が居た。
子供だ。全体的に黒い色で、ランポスの死体の上に乗ってその死体を食べている。それが何なのかは分からないけれど、その爪と翼、そしてまだ未発達ながらも特徴的な鶏冠から、なんとなくその正体が分かった。
「ら、ライゼクス…?」
そう呟くと、こちらに気付いたのだろう。その子供、赤ん坊とも言っていいライゼクスは、その赤い目を私に向けた。
思わず、一歩後ずさった。一応、銃は持ってきている。しかし、碌に撃ったことは無い。偶に迷い込むファンゴなどを追い返す程度で、ハンターのように狩りが出来る訳ではないのだ。
その体長は精々が大型犬程度。ランポスよりも少し小さい程度だが、それでも鋭い爪と牙、尾の突起が強者としての風格を漂わせている。
ライゼクスの赤子は、生まれてすぐに親から放置され、自分で食べ物を見つけることを強いられるのだという。その為死亡率が高く、幼い頃から厳しい生存競争に晒される為か、極めて凶暴だ。
それこそ、見かけた生物をすべて襲撃するほどに。
ライゼクスの赤子がてくてくとこちらに向かってくる。
「ひっ」
思わず銃を向けるが。ライゼクスの赤子はそれに首を傾げるも、すぐにもう一度近づいてきた。
もう、やるしかない!その覚悟と共に、引き金を引く。
パァンッという音と共に、銃弾が発射されそれがライゼクスの頭へと向かっていく。
「がう」
が、あっさりと鶏冠に弾かれて、銃弾は地面に埋まった。
「…う、うそ」
子供のくせにそんなに硬いのってあり?ランポスにだって通るのに。
そんなことを考えているうちに、ライゼクスは足元まで来ていた。本当は逃げなければならない。けれど、足が竦んでしまって、まともに動かない。
ライゼクスが口を開けて、その鋭い歯と、ざらざらとした舌が目に入る。
このまま食われてしまうのだろうか。そう思っていたのだが、一向にライゼクスはその恰好から動かない。
「…?」
はて、いったいどういう事だろうか。ライゼクスは口を開けたまま、それ以上何もしない。もしかして自分が立っている場所が邪魔だからどけと言っているのか?そう思い、少し移動するが、そうするとライゼクスもまた移動する。もう一度移動すると、それにもついてくる。しかも、口は開けたままだ。
その時、自分が持っているものを思い出した。
屠殺した鶏の肉が、背負った籠に入ったままだったのだ。アプトノスの様子から何かの死体だろうとあたりをつけてきたので、下ろすのが面倒でそのままだった。
試しに、それをライゼクスの前にぶら下げてみると、
「がうがう!」
それそれぇ!と言わんばかりにもう一度口を開けた。
どうやら先ほどから口を開けていたのは、私を食べようとしていたわけではなく餌が欲しかったということらしい。
仕方なく、私は鶏をそのままライゼクスの口に落とす。すると、ライゼクスはそれを一端地面においてもぐもぐと食べ始めた。その様子を見ていると、少し可愛いような気がしないでもない。
だが、この子はモンスターだ。しかも、凶暴さでは自然界でも突出していると言われるライゼクス。餌付けをしたからとここに住まれては敵わない。
鶏を食べている間に退散しよう。そう思った私は目を離さないように後ずさりで逃げようとするが、それに気付いたライゼクスは鶏を持ち上げて私に追従した。私がいったん止まると、また地面に置いて食べ始める。
「か、確実にロックオンされてる…」
やっぱり食べる気か?とも思ったが、そんな雰囲気は感じない。どちらかというと、親について行くひな鳥に近いような…。
いや、あり得ない。親だって育児を放棄するような種族の子供が、そんなことをするとは思えない。
結局、鶏が食べ終わるまで、ライゼクスの様子を見ることになった。すると、ライゼクスは何かを思い立ったのか、すぐにぺたぺたと歩いて牧場の敷地の外へと消えて行ってしまった。
「…なんだったんだろう」
そんなことを思いながら、その日は家に帰った。
※
そして、次の日。
またアプトノスが怯えていた。
嫌な予感がしながらもう一度銃を構えて向かうと、そこには先日のライゼクスが居た。私に気が付くと、てくてくと歩いてきて、そして首を傾げた。今日は鶏肉を持ってきていない。それに気付いたのか、ふん、と拗ねたように顔を背けて、再び森の中へと帰っていった。
そして、その次の日も。
その次の次の日も。
ライゼクスは朝に一度この牧場に現れると、餌をねだる。もしなければ、いじけたように森に帰る。その時鶏を持っていたら、それを渡すまでは意地でも帰らない。
「…一度餌付けしたのがまずかったかなぁ」
野生動物に餌付けをしてはいけない。それは嫌と言うほど知っているはずだったのに、なぜあんな行動をしてしまったのか。
いや、あそこで餌付けをしていなければ、食べられていたのは私だったのかもしれない。そう思えば、あの行動が間違っていたとは言い辛い。
けれど、毎日顔を見ていると、どうしても情が湧く。特に、無警戒に近づかれて餌をねだられると、余計に自分を慕っているのではないかと勘違いしてしまう。
それは困る。
だって、もうハンターを呼んでしまったのだ。
※
ハンターは日の出前にやってきた。毎日、朝方になるとやってくると伝えたからだ。私でもがんばれば駆除できないことは無いかとも思ったが、心情的にも安全的にも、ハンターに任せた方が安心だろうと思ったのだ。
「ライゼクスかぁ。いくら子供とはいえ、少し憂鬱だなぁ」
この村のハンターさんは割と温厚な性格だ。元々中央のギルドに居たらしいのだが、本人が田舎の出だったこともあり、都会暮らしがあまり合わなかったらしい。それなりに評価されていたらしいが、老いを感じるという事で引退し、奥さんの実家があるこの村にやってきたらしい。
この牧場は村から少し離れているけれど、呼べばすぐに来てくれる。何故すぐに呼ばなかったのかと言えば、毎日来るようになるとはさすがに思っていなかったからだ。
「しかし、モンスターが出るようじゃ嬢ちゃんもここに居るのは危ないんじゃないか?もう少し村の方で暮らしても良いと思うが」
「…いえ、両親が残してくれた家なので」
「そうか。まあ、それならしつこくは言わないけどさ」
ハンターさんは言葉少なに言った。確かに、危ないことは危ない。ランポスだって偶に迷い込むし、ファンゴも来る。その時は一応銃を撃つけれど、それで逃げるモンスターばかりでもないし、一歩間違えたら家から出た瞬間にランポスに遭遇することだってあるかもしれない。
でも、両親との思い出が詰まっているこの家と牧場を捨てたくはなかった。
そんな世間話をしているうちに、アプトノスたちの声が届いた。流石に毎日姿を見ていれば慣れるのか、アプトノスはライゼクスが来ると高い声で合唱して知らせてくれるようになった。簡易的な見張りみたいなものだ。
すぐにハンターさんを連れて見に行った。そこにはいつも通り、ライゼクスがてくてくと歩いて森から出てきていた。
そして、いつも通りに私に近づこうとするが、隣に居る男を見て足を止めた。首を傾げているのは、見知らない人間が居て警戒しているのだろうか。心なしか表情も強張っているように見える。しかし、威嚇する様子も見せない。
「…ありゃ、こりゃ本当に大人しいライゼクスだな。珍しい」
そう言いながらも、ハンターさんは武器から手を離さない。身の丈ほどの大剣を背中から取り出すと、それを構えた。そうなると、ライゼクスも構えざるを得ないだろう。
そう思ったのだが、ライゼクスは構わずてくてくと歩いてきた。
その様は、まるで自分がこれから狩られるなどとは全く思っていないようだ。
「…やめて」
思わず、小さく声を出してしまう。来ないでほしい。それ以上近づかれたら、ハンターさんが大剣を振り下ろしてしまう。
「お願い、来ないで」
どこかに行ってほしい。どこかに行って、自分の目の届かないところに居てほしい。
お願いだから、それ以上近づかないでほしい。
その思いは届かない。ライゼクスは私に向かって一直線だ。
そして、遂にハンターさんの大剣の射程に入った。と、同時に、その大剣が振り下ろされる。早い。止まらない。
死んじゃう。
「やめて!!」
思わず大声で叫んだ。
すると、勢いがついていたはずのハンターさんの大剣がぴたりと止まった。ライゼクスは何もなかったかのようにハンターさんの横を通り抜けて、私の足元まで来て、いつも通り口を開けた。
しかし、何もないとわかると、やっぱりいつも通り、ふん、と鼻を鳴らして、森の中へと帰っていった。
その一部始終を見ていたハンターさんは、がしがしとヘルムの上から頭を掻くと、こういった。
「…ありゃ、自然界で生きて行けるのかね」
「無理かもしれません」
私が止めなければ、ハンターさんの大剣はライゼクスの首を断ち切っていただろう。にも拘らず、ライゼクスは私のところに来た。
すべてわかっていた?そんなはずがない。奴には、警戒心がないのだ。
「だが、身体がでかくなれば自然と凶暴になる。手に負えなくなるかもしれないぞ」
「…わかってます」
「明日も来るか?」
「…少し、時間をください」
そう言うと、ハンターさんは気にした様子もなく、「はいよ」と言って、その日は帰っていった。
そして、次の日もライゼクスは来た。鶏肉を上げた。美味しそうに食べていた。
※
事件は、ハンターさんに来てもらった三日後に起きた。
ランポスの群れが襲来したのだ。
アプトノス達が大きな声を出しているのを聞き、即座に狼煙を上げた。村にはそう簡単に侵入されないように堀と防壁がある。門さえ閉めればそう簡単に落ちることは無い。これで村は大丈夫。後は、自分の身を守るだけだ。
そう思い、銃を構えて外に出る。
すると、そこには電が光っていた。
ランポスの群れの真ん中で、けたたましい摩擦音を立て、いつもの黒色ではなく、蛍光色に発光しているライゼクスが居た。既に何匹かのランポスが地に付せ、身体を痙攣させている。ぎゃあ、ぎゃあ、と鳴くランポスがライゼクスを包囲するが、それに対してまるで鬱陶しいとでもいうように、全身を震わせる。すると、全身の光が強まり、周囲に球状の雷撃が放たれる。
それによって、何匹かのランポスが再び倒れたが、ライゼクスの身体から蛍光色が取れ、いつもの黒色に戻ってしまう。それが開戦の合図と言わんばかりにランポスが一気にライゼクスに対して襲い掛かる。ライゼクスは飛び掛かってきたランポスの攻撃を避けてその鋭い爪で身体を貫くが、流石に何匹も同時に襲ってきては分が悪い。そもそも、ライゼクスの体格はランポス一匹よりも小さいのだ。いくら放電が出来るとは言っても、多対一で簡単に勝てるわけがない。ライゼクスは何匹かに深手を与えていたが、それよりも先にランポスに抑え込まれてしまう。それを皮切りに、何匹ものランポスがライゼクスに群がっていく。
「っ!」
考えるよりも先に、身体が動いた。
銃声がなり、ランポスの身体に風穴が開いた。
けれど、それだけだ。
撃たれたランポスは身体に穴が開いているはずなのに、すぐに私を視認すると、ぎゃあぎゃあと甲高い鳴き声を上げる。まるで、あいつが新しい得物だと周りに教えるように。
実際その通りだったのだろう。ライゼクスに襲い掛かっている以外のランポスがこちらに向かってきた。私は銃を撃ち続けるが、すぐに打ち止めになる。
「く、ハンターさんはどうやってこんな少ない装弾数で…!」
リロードを挟む暇もなく、ランポスは目の前までやってきていた。銃を盾にしてランポスの爪と牙を防ぐが、それも長くは続かない。
徐々に力で押され、地面に押し倒される。どうにかしなければ、すぐに別のランポスがやってくる。けれど、どうにもならない。銃を捨てれば反撃できない。走ってもランポスからは逃げられない。
死ぬ。
そう思った時、もう一度、緑色の閃光が走ったかと思うと、私を押し倒していたランポスの首にライゼクスが食らいつき、そのまま噛み千切った。ランポスの首には強靭な骨も筋肉もあるというのに、顎の力だけでそれを噛み千切ったのだ。いつもはあんなにも無警戒だというのに、戦うともなればこんなに強いのか。その生来の強さに驚愕しつつ、すぐに起き上がって銃をリロードする。
こちらに向かってきているランポスの数は残り少ない。とはいえ、まだ5匹以上は居る。これを経験が少ない私の銃で退治するのは無理がある。
「いつも通り、家で大人しくしておけば…!」
とはいえ、それは出来なかった。様子を見た時点で、見捨てるという選択肢は頭の中から消えてしまった。我ながら感情に振り回され過ぎだ。
ライゼクスの方は、また蓄電出来たのか、再び蛍光色に身体を輝かせている。しかし、その身体には痛々しい傷跡が残り、赤い血が流れている。いつもより覇気があって頼もしい限りだが、それでも何処か無理をしているようにも見える。
「…あんたも、損なことするね」
別に放置しても良かったのだ。アプトノス達は何匹か食べられてしまうだろうが、そのうちハンターさんが来てランポスを撃退し、この牧場の味を覚えた個体を駆逐するため森の巣を潰しに行くだろう。それまでこの牧場に来なければ、傷を負うこともなかった。
だが、そんな人間の事情などライゼクスが知るわけがない。
そして、ライゼクスの事情を私も知らない。
何のためにランポス達と戦っているのか、本当のところは分からない。ここを縄張りだと思っているのか、それとも成り行きなのか、何か因縁があったのか。それは知らない。私のことを何だと思っているのかも、分からない。
だが、それでも今は同じ目的の為に戦っている。それだけは確かだった。
「やりますか」
「ぐるああああああああああああ!」
いつもの「がう」という気の抜けるような鳴き声とは違う。本物の咆哮が飛び出す。体格が小さいので迫力も小さいが、それでも頼もしいことには変わりなかった。
ライゼクスは口から鶏程度の球状の玉を吐き出して、細かく動くランポス一匹の動きを止める。そこにすかさず銃を撃つ。運よく首に当たった銃弾は、ランポスの気道に穴をあけた。息が出来ずに倒れ伏すランポスを尻目に、他のランポス達は狙い目だと思ったのか、血を流すライゼクスに向かっていく。
しかし、それは飛竜を嘗め過ぎていた。
ライゼクスは力強く翼を羽搏かせると、少し浮いた。
お前飛べたの!?と思わず驚いたが、ライゼクスは勢いよく翼で空気を叩くと、一気に加速してランポス達の上空へと躍り出る。ランポス達は届かない場所に行ったライゼクスに向かって吠えていたが、その身体が眩く光っていることには気づかなかったらしい。
「ぐるああああ!!!!」
今までで最大の、緑色の光がライゼクスから地面に向かって放たれた。まるで小規模な雷が幾つも落ちたように、ランポス達の身体を焼き尽くす。
身体が痙攣したランポス達は、肉体の所々を炭化させながら、地に伏せていた。
ライゼクスはゆっくりと着地しようとしたが、途中でバランスを崩して顔から地面にぶつかっていた。
「ちょっ、大丈夫!?」
ライゼクスに駆け寄るが、その時、ライゼクスが吠えた。私に向かって。
正直、少し身がすくんだ。しかし、それが敵対的な意図ではないと気付けたのは、先ほどまで本気の咆哮を聞いていたからだ。
私は銃を構え、後ろを振り返ると同時に撃った。そこには、今まさに私に噛みつこうとしていたランポスが居た。一発目は当たっていた。けれど、まだ足りない。二発、三発、四発。弾倉にある限りの弾を撃ち尽くす。
すべての弾を撃ち尽くしてやっと、ランポスは倒れた。その目に最早光は無い。
「…ふう。助かったよ。ありがとう」
そう言ってライゼクスを見ると、ライゼクスは伏して動いていなかった。
一瞬、血の気が引く。すぐに近寄って触れる。少し触り方を間違えたらしく、刺が手に刺さって痛い。だが、その胸がわずかに動いているのを見て、密かに安堵した。
ハンターさんが武装して現れたのは、それから5分後のことだった。
※
牧場の被害はゼロ。いつもは五体ほどアプトノスがやられることを考えれば、今回は素晴らしい成果と言っても差し支えなかった。
しかし、その代償は大きかった。
そう思いながら、目の前で身体を丸めながら肉を食べているライゼクスを見る。その肉は、鶏の肉だ。
昔、父親がガーグァを飼うために作った納屋に運んだライゼクスは、怪我がある程度治った今も、一向にこの納屋から動く様子を見せない。まるで終の棲家を見つけたかのような態度で、お腹が空くと、まずは鳴いてアピールし、それでも私が来る様子を見せないと納屋からのそのそと出てきて、私を見つけ出しては鼻で突くのである。
この飛竜。どうやら肉食獣の肉はあまり好みではないらしく、ランポスの死骸を渡すと不満そうに鼻で突き返すのである。仕方なく、最近消費が激しい鶏を3匹ほど潰して渡すと、それはもう美味しそうに食べていた。
ランポスの襲撃から二日。恐ろしいことに、ライゼクスの身体はほぼ完治していた。一応ランポスにかじられて骨が見えているような部分もあったのだが、それも完治。今は新しい鱗が生え始めていた。触ればまだ柔らかいが、すぐに他の鱗のように固くなるだろう。飛竜種恐るべしだ。
「まるで大型犬だな」
大剣を担いだハンターさんは納屋で丸まるライゼクスを見ると、呆れたようにそう言った。
「おかしな話だな。ライゼクスと言えば狂暴、狡猾の代名詞だっていうのに、これじゃまるでエスピナスだ」
エスピナスというモンスターのことは知らないが、聞けば一日中寝ている竜だという。確かにぴったりだと思う。
「ああ、そういえば、この前飛竜観測所の知り合いに話をしたらぜひ観察したいっていうから了承しといたぞ。ただ、それまでに暴れるようだったら俺が狩るから連絡してくれ」
「はい」
「まあ、なさそうだがな」
そう言いながら、二人でライゼクスを見ると、心なしかくりくりしている赤い目でこちらを見て、首を傾げていた。
※
「うむ、メスですな」
「へえ、そりゃ珍しい」
飛竜観測所から来る人は一人程度かと思っていたのだが、実際には四人ほど人が来た。恐らくリーダー、助手、ハンター二人と言ったところだろう。ライゼクスと聞いて警戒したのかもしれない。護衛のハンターとのことだった。
木造のぼろい納屋を指してあそこにいます。と言った時は正気を疑うような目をされたが、実際に寝転んで肉をつまんでいる姿を見せると、今度は信じられないものを見るような目に変わった。
「リオス種の幼体が人に懐く事例はまあ無いわけではありませんが、ライゼクスは無い。絶無と言っても良いでしょうな。それほど危険な種です」
リーダーさんはライゼクスを持ち上げて観察しながら解説してくれる。しかし、ライゼクスはちょっと不快そうに身動ぎするだけで、口元に咥えた肉をむしゃむしゃと食べ続けている。
「ほら、こんなこと絶対許しませんよ。すぐにでも放電します。にも拘らず、帯電状態にすらならない。これは異常です」
「だからって危ない真似しないでくださいリーダー。おろして、下ろして」
「わかってるよぉ助手君。ちょっと好奇心にかられただけじゃないか」
「あなたが狩られますよ」
護衛のハンターたちも最初は武器から手を離さなかったが、今となっては興味深そうにライゼクスを観察していた。彼らもなんだかんだ人生の長い時間をモンスターと共に過ごしているのだから、ある程度生態にも興味があるのかもしれない。
「しかし、何のきっかけもなしにこうなるとは思えませんな。なにかしませんでしたか」
「いえ…最初に餌付けをしたこと以外は、何も」
「餌付けをするだけでこうなるとは思えない。ううむ、いったい…」
リーダーはライゼクスを抱えたままだったが、ふと、ライゼクスが何かを感じたように翼をばたばたとはためかせる。「うおっ」と声を上げてリーダーがライゼクスを離すと、納屋から歩いて出て行ってしまう。
「どうしたんでしょう?流石に怒りましたかね?」
助手が聞くが、私にも分からない。
「わかりません。納屋から出たのはこの一週間で初めてです」
「…それは、どうなんでしょうか」
一応ついて行くと、ライゼクスが納屋の前に立って、何やら落ち着かなそうに右往左往している。
「ふむ、何かに怯えているのかな。飼い主君、これは?」
「わかりません。でも、普通ではないです」
いつもはアプトノスがちょっと喧嘩をして納屋に尻尾がダイナミックエントリーしても構わず寝ているような子だ。このレベルでの狼狽は初めて見る。
そして、ライゼクスがとある一点を見て、動かなくなった。鶏冠がこまめに動いているので、何かを感じ取っているのだろうか。
と、その時、ライゼクスが見ている位置ーーそこは遠い山の中腹だったがーーで、大きな落雷が断続的に発生した。しかも、それに伴って唐突に、空が曇りはじめ、鳥がざわめき、山を嵐が包み始めた。
「ぎゃーー!!」
ライゼクスはそれに驚いたのか、瞬時に身体を振動させていつぞや見た戦闘モード(リーダーによると電荷状態と言うらしい)になると、そのまま嵐とは逆の方向へと飛び去ってしまった。
「ああ...もう少し研究したかったのに」
「そんなこと言ってる場合じゃないかもしれませんよ。ありゃ尋常じゃない」
護衛のハンターたちは先ほどまでライゼクスが見ていた方向を見ると、その方向には変わらず嵐が吹き荒れ、雷が落ち続けていた。尋常ないと言えば確かに尋常じゃない。この場所に生まれてこの方十二年住んでいるけれどあんなことは初めてだ。
「ふむ、様子を見るに鋼龍らしき様子だが、雷の方はちょっと分からないね。何かしらが戦っているようだ。だが、長引けばちと不味いことになるだろうね」
「まずいこと?」
私が問いかけると、リーダーはうむ、と頷いた。
「得てして古龍級生物ーーああ、いまあそこで戦っているとみられる生物たちだが、その生物たちが戦うと、環境に甚大な影響を及ぼす。土砂崩れ、洪水、落雷に干ばつ。場合によっては村一つ、街一つ滅んでしまうようなものだが、それとは関係なしに、自然環境には甚大なダメージが与えられるんですな。特に、そこに住む生物たちは食べ物が無くなってしまったりして、住み慣れた場所から追い出されることが良くある。つまりどういうことかと言うと」
山の方から、大小さまざまな動物の咆哮が響く。いや、動物と言うと正確ではない。あれは、モンスターの咆哮だ。
「この村に、モンスターの大群が押し寄せてくる可能性がある」
「…やばいじゃないですか」
「やばいね」
リーダーはあっさりと言うが、本当にまずい。この村はモンスターがあまり来ないから、防備なんて防壁程度で、バリスタのような撃退用の武器なんて持っていないのだ。
「あのライゼクスはそれが分かったから逃げたのかな?だとしたら大した知能だ。それに、どうやらあの戦いが本格的に始まる前から察知していた様子。鶏冠が動いていたという事は、何かしらの電場を感じ取ったのかな?ふぅむ」
「リーダー、考え込んでいる場合じゃありません。ギルドに伝えないと。古龍級生物同士の戦いがこんな人里近くで起きるなんて大事件です」
「ふむ、そうだね。飼い主君。君も一緒に避難しようじゃないか。ここで飼っている子たちも出来るだけ避難させた方が良いだろう。最悪食い荒らされてしまう。ハンター君。君たち二人はこっちのお嬢さん二人の護衛を頼めるかね。我々は先に村に知らせに行っているよ」
「了解」
「承知した。では飼い主殿。順次避難を始めるとしよう」
「は、はい」
すべてが迅速に決まっていく。こういった姿を見ると、この人たちは様々な環境を潜り抜けてきた人たちなんだと改めて実感する。
と、そんなことを考えている場合ではなかった。すぐに避難しなくては。
ぴゅい、と口笛を吹くと、アプトノスたちがなんだなんだと集まってくる。鶏たちも小屋を開けて鐘を鳴らしたら勝手に出てくる。それらを護衛のハンターたちも含めて荷台に積んで、アプトノスに装着する。その中で回収しきれなかった子たちも居るが、仕方がない。全員捕まえようとすれば日が暮れる。
ぴゅい、ぴゅい~と口笛を吹き、移動するよーと合図を出す。アプトノス達は慣れたもので、先頭のアプトノスに従って移動してくれる。村の壁の中まで大体5分ほど。特に問題なくアプトノス達を村の中に収容することが出来た。とはいえ、余りにも数が多い。私が飼育しているアプトノスは約30頭。鶏は100羽。あまり長いこと村の中に留まれば、飼料だって足りないし、糞尿やらで病気になってしまう。事態解決の目途が立たなければ、食料確保も兼ねて減らしていくしかないだろう。
「やあやあ、流石に村の中に入ると壮観だね」
「村長、すみません邪魔で」
「いいさ。いつもアプトノスには世話になっているからね。困った時はお互い様だ」
うちのアプトノスは比較的おとなしい子が多いので、村から作物を出荷するときなどに良く貸しているのだ。そういった日々の積み重ねが大事なのだなぁと思いつつ、広場で慌ただしくテントを張っているハンターさんたちの姿が見えた。
「あれは?」
「対策本部だよ。近隣のハンターに招集を掛けて、村の防衛に回してくれるらしい。ありがたいことだ」
「そうですね」
何の支援もなければ、村を捨てろとさえ言われかねない雰囲気だった。この様子では、ギルドはこの村を守り切れると判断したのだろう。まあ、実際この近隣は大きな狩場もない。比較的安定した場所だ。住処を追われるモンスターにしても数は限られるだろう。
それにしても、と私は逃げていったライゼクスを思う。騒動があるや否やすぐさま逃げていったが、一応危機感と言う者が彼女にもあったのだな。としみじみと思っていたが、やはり疑問は残った。
何故、私とハンターさんの時は逃げなかったのだろう?
※
それから、しばらくの間、たくさんのハンターが村に来た。中には村のハンターさんのお弟子さんも居たらしくて、再会を喜んでいる姿も見かけた。飛竜観測所のリーダーや助手さんだけでなく、竜人族のおじいちゃんまで来たりして、連日ハンターたちが山や森に出かけては疲れ果てた様子で帰ってきた。
私も村の人に手伝ってもらいながら家畜用の柵を作ったり、防壁の外まで言って家畜を屠殺して肉を提供したりと忙しく過ごしていた。ハンターさんたちの仕事のおかげか、村にモンスターがやってくることはなかった。
一度だけ、金色の大きな猿が村の鼻先まで来て大騒ぎになったけれど、ハンターたちが総出で戦って、どうにか犠牲者なしで撃退することが出来たのだという。村人はその時壁の中でじっとしているように言われたからすべて伝聞だが、それでも戦闘が終わった後に病人用ベッドが埋まって床にまでハンターさんが転がっている姿を見れば、どれだけ激しい戦いだったのかは想像がついた。
そんな生活がおよそ二週間ほど続いたある日のこと。
「がう」
という、聞きなれた声と共に、半ば定位置と化していた村はずれの屠殺場にライゼクスが現れた。二週間前より少し体格が大きくなり、今ならばドスランポスと同じくらいの大きさだろうか。そして、その目線は今しがた私が捌いた鶏に向けられていた。
「…これ、一応ハンターさんたちに渡すためのやつなんだけど」
一応そう言ってみたものの、ライゼクスは反応せず、私の顔の前まで来て口を開けた。仕方なく、その口の中に鶏を放り込む。すると、むふー、と満足げな様子を見せ、牧場の方へと飛んで行った。
「…まさか、あの納屋に行ったわけじゃないよね」
そう独り言を言ってから村に戻ると、そこは少し騒然としていた。ライゼクスの子供が現れた。ということで、事情を知らないハンターたちが警戒していたらしい。
「やあ、飼い主殿。見たかね。ライゼクスを」
広場を覗くと、丁度その件について話していたらしいリーダーが私を見つけた。心なしか嬉しそうだ。
「見たも何も。また私のところに鶏をねだってきましたよ」
「なるほど。ということは、ある程度状況は収束したという事かな?」
「…いや、それはわかりませんけど」
そうはいったものの、私もそんな気がしていた。実際、三日前くらいから山の嵐は消えていたし、落雷も落ちなくなった。森の慌ただしさも少し落ち着き、ハンターたちも怪我をすることが少なくなった。
それから数日掛けて調査した結果、森の生態系がある程度落ち着きを取り戻したという事で、非常事態宣言は解除された。
解除された日はお祭り騒ぎだった。行商人が持ってきた酒や、うちの家畜の肉でみんな飲めや歌えやの大騒ぎで、腕相撲大会で村のハンターさんが優勝している姿も見かけた。
そんな中、私は一人、自分の家に向かっていた。宴に混じっているのも楽しかったが、それでも、どうしても気になったのだ。果たして、自分の家がどうなっているのか。
そして、辿り着いた場所にあった景色は、ある意味で予想通りだった。
家の壁は壊されて、中身は小型のモンスターに荒らされた形跡があった。いくつもあった納屋も大抵は中が荒らされていて、倒壊しているものもあった。そして、ライゼクスの住処だった納屋に至っては、最早完全に原型を留めておらず、ただの木片と化していた。
「…そっか」
わかっていたことだ。ハンターたちは確かに森からの侵攻を食い止めていたが、牧場の広い敷地までどうにかすることは出来なかった。優先すべきは村で、牧場はその中には入っていなかった。
それに、家畜の数だって随分減ってしまった。二日や三日ならばともかく、二週間もの間、家畜たちを養うことは出来なかった。多くは肉にしてしまったし、管理しきれずに村の外に逃がした子も多い。残っているのは全体の3割程度。これでは元の規模に戻すのに十年以上掛かる。掛かるのは時間だけじゃない。納屋の再建、新しい家畜の購入、飼料の追加。挙げていけばキリがない。
そもそも、私一人でやっていけたのだって、両親が残してくれた牧場の環境があったからだ。それが無くなってしまえば、やはり厳しい。
幸い、家畜を肉にしたおかげでギルドからは多額のお金が入ってきた。しばらくは都会でも食べるのに困らないだろう。そこで仕事でも探すしかない。
最後に、家の中を見ようと思い、扉を開ける。
すると、そこには一匹の竜が居た。
「…あんたねぇ」
部屋の真ん中に丸まっているのは、最早お馴染みとなったライゼクスだった。暢気に鼻提灯を付けているが、その足元には食い終わったらしきモンスターの死骸がある。綺麗に平らげている為、なんの生物だったのかは分からないが、ランポスよりは大きい。
この子も、あっという間に成長したものだ。
せめて最後に思い出に浸ろうと思ったのだが、そんな気分でもなくなってしまった。
お母さんの形見のネックレス。お父さんのナイフ。それらを背嚢に入れて、最後にライゼクスの鶏冠を撫でた。
「…じゃあ、元気でね」
こいつが元気でいると、村に迷惑が掛かるかもしれないが、まあ、別に良いだろう。願うだけタダだ。
そうして、私は自分の家を離れた。結局、それ以降、私が村に戻ることは無かった。
※
それから三年後。私は飛竜観測所で働いていた。
リーダーは実は観測所の所長で、牧場の経営が出来なくなってしまった私を不憫に思って仕事をくれたのだ。正直、牧場以外何もしてこなかった私では他の場所での仕事も不安があったので、受けることにした。
仕事も好きなことだ。捕獲された飛竜や、牙獣種の食事の世話。それに健康状態のチェックに、観察記録の作成。昔やっていたアプトノスの世話に比べると随分とスリリングだが、それでも楽しめてやれているのは、色々と経験してきたからだろう。
そんなある日、私は唐突に所長に呼ばれた。
「君に新しく世話して欲しい竜がいるんだ」
「竜、ですか」
竜の世話は大変だ。特に、ブレスを吐く種だと、口輪を付けなければならない。色々と気を付けることが多いし、責任も重大だ。正直に言えば、余り関わりたくはない。
関わりたくはないのだが、何故か私には竜が割り当てられることが多い。というのも、この所長がよく回してくるからだ。理由は言わなくてもわかっているから、聞いたこともない。
「ああ、その竜はね、最近になるまで正体が分からなかったんだ。なにせ、夜遅く、人間が寝静まった時に、家畜を襲っているらしいんだ。しかも、毎日じゃなく日にちを開けて、同じ村じゃなくて複数の村でそういうことをしているらしい」
「頭が良いんですね」
「ああ、しかも、ハンターが近づくとどうやっているのか、すぐに気付いて縄張りを捨てて逃げてしまうらしい。そのおかげで、どうしても姿を見ることも出来なかった。けれどね、一人のハンターが気付いたんだ。その竜はどうやら、鶏を好んで食べている、ということにね」
その時点で、私には所長が何を言おうとしているのかすべてわかった。
「ハンターは考えた。家畜を襲うのなら、その家畜に似せた眠り生肉を置いておけば、簡単に捕まえられるんじゃないか、とね。幸い、その竜がどこら辺を根城にしているのかはわかっていた。だから、近隣の村に協力してもらって、毎日家畜の小屋の前に、眠り生肉を設置しておいたんだ。結果は大成功。その竜の捕獲に成功した」
「…で、その竜は、いつ来るんですか?」
「もう来るはずだ。その種にしては恐ろしく大人しいようでね。大して放電もせず、運ばれている最中もひたすら眠っていたらしい。おかげで、日程が大幅に短縮されてしまって、君に慌てて教えることになってしまった。すまないね」
「本当にそう思ってます?」
「思っているとも」
多分、思っていないな。働き始めて分かったが、この所長は人を驚かすのが大好きだ。どうせ、サプライズプレゼントだとでも思っているのだろう。余計なお世話である。
そうこうしているうちに、到着の使者が所長室に現れ、二人で広場に到着したその竜を見に行った。
そこには人だかりが出来ていた。普通、飛竜が眠っていても近づこうなんて人間は少数派なのだが、どうやら噂が広がったらしい。「あれが例の飼育係の」「まだ子供だった頃に躾けたらしいぞ」「流石、鬼の飼育係」などと良く分からない言葉が飛び交っているが、知らない。私は知らない。話したこともない。
けれど、そこにいたのは、やはりというか、見覚えのある顔だった。
最後に会った時と同じ、鼻提灯を付けて、暢気に鉄の檻の中で眠っていたその竜は、私が近づくと、鶏冠をぴくぴくとさせて、ゆっくりとその赤い目を開けた。
「がう」
以前聞いたものよりも、断然低くなったその声は、けれど、確かに聞き覚えのある物だった。
そして、その口を私に向かって開ける。
思わずため息をつく。呆れたものだ。簡単に捕まる飛竜にも、そして、昔と変わらず鶏を持ってきている私にも。
私は呆れと親しみを込めて、その口に鶏を放り込んだ。