薬屋と魔法使いのひとりごと   作:晴天人

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第2話:恨まれる覚えはありません‥‥‥多分

翌日、後宮に設けられた、とある食堂兼休憩所。

昼時ともなれば、仕事の合間に食事を取る女官たちで賑わう場所である。

猫猫、子翠、小蘭、そしてフリーレンとフェルンの五人も、そこで昼食を取っていた。

「ねえねえ、猫猫」

小蘭が声を潜める。

「何?」

「昨日、女官が殺されそうになったって、本当?」

「……もう広まってるのか」

「だって、みんな噂してるよ。毒を盛られたんでしょ?」

「うん、まあね」

猫猫はそれだけ答えた。

詳しいことは話さない。

倒れた女官の器から毒が見つかったこと。

料理ではなく、器そのものに毒が仕込まれていたこと。

そして、誰が何のためにそんなことをしたのか、まだ何も分かっていないこと。

小蘭には言わない。

猫猫と子翠の間には、いつの間にか暗黙の了解ができていた。

小蘭を、きな臭い事件にはなるべく関わらせない。

小蘭は噂好きだ。

好奇心も強い。

だが、それと危険な事件に首を突っ込むことは別である。

子翠もいつもの調子で笑う。

「小蘭は知らなくていいのよ」

「え~、なんで?」

「知らない方がいいこともあるの」

「子翠まで!」

「はいはい。ご飯食べなさい」

「むう……」

小蘭は不満そうだが、それ以上は聞かなかった。

その隣ではフェルンがフリーレンに尋ねていた。

「フリーレン様」

「何?」

「昨日の事件、どういうことなのでしょう?」

「うーん」

フリーレンも食事をしながら考える。

「今のところ、なんとも言えないよね」

「でも、あの女官を狙ったということですよね?」

器に毒が塗られていた。

それなら、狙った人間だけに毒を飲ませることができる。

「魔法で、誰が毒を塗ったかまでは分からないのですか?」

「無理だね」

「そうですか……」

「解析魔法で分かるのは、その物がどういう状態かってことだから」

猫猫が会話に入る。

「十分助かったよ。あれがなかったら、器に気付くまで、もっと時間がかかったかもしれない」

「そう?」

「ああ」

そして猫猫が汁物の椀を取った。

何気なく口へ運ぶ。

一口。

「…………」

猫猫の動きが止まった。

「猫猫?」

子翠が気付く。

次の瞬間。

猫猫は口にしたものを吐き出した。

「猫猫!?」

小蘭が驚く。

猫猫はすぐに椀を置く。

その表情から、先ほどまでの気の抜けた昼食の空気が完全に消えていた。

「みんな」

低い声。

「食べるのやめて」

「え?」

「どうしたの?」

猫猫は口の中を水ですすぐ。

そして言った。

「毒が入っている」

「…………」

一瞬、誰も反応できなかった。

「毒!?」

小蘭が叫ぶ。

「猫猫!」

子翠が立ち上がる。

フェルンも驚愕する。

「毒って……大丈夫なんですか!?」

「少し口にしただけ。すぐ吐き出した」

「でも!」

「大丈夫」

猫猫は妙に落ち着いている。

むしろ――ほんの少しだけ目が輝いているような。

フェルンはあることに気付いた。

「……子翠」

「何?」

「毒だって、猫猫には分かるのですか?」

「…………」

子翠は何とも言えない顔をした。

そして。

「それが猫猫なんだよ」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味」

「???」

普通、料理を一口食べただけで毒だと分かるものなのだろうか。

フリーレンは猫猫を見ている。

「猫猫、平気?」

「うん」

「本当に?」

「この程度なら」

「この程度って……」

フェルンの顔が引きつる。

この世界に来てから、フェルンは何となく理解し始めていた。

フリーレンは相当変わっている。

だが――猫猫も別方向にかなり変わっている。

当然、食事は即座に止められた。

そして間もなく。

「薬屋!」

またしても壬氏がやって来た。

「壬氏様」

「大丈夫なのか!」

「はい」

猫猫は平然としている。

壬氏は猫猫の顔を見る。

「本当に?」

「少量ですし、すぐ吐き出しました」

「そういう問題では――」

そこで壬氏が止まる。

じっと猫猫を見る。

「……薬屋」

「はい」

「何か恨まれるような覚えはないか?」

「ありません」

即答。

「本当か?」

「…………」

猫猫が黙る。

「なぜ黙る」

「…………多分」

「多分!?」

猫猫は考える。

恨まれる覚え。

ない――と言い切りたい。

しかし、今まで自分が関わった事件を思い返す。

他人の秘密を暴いたこと。

企みを潰したこと。

毒を見抜いたこと。

厄介な人物と関わったこと。

面倒事に首を突っ込んだこと。

その他にも、あんなことやこんなことや‥‥‥

(……あると言えば、山ほどあるな)

ただし、殺されるほどの恨みを買った覚えは――

(多分ない)

多分。

「薬屋」

「何でしょう」

「今、絶対に何か思い当たっただろう」

「いえ」

「俺の目を見ろ」

猫猫はそっと視線を逸らした。

「薬屋!」

だが、猫猫はすぐ真面目な顔に戻った。

「でも、壬氏様」

「何だ」

「私が狙われたとは限りません」

壬氏の表情が変わる。

「どういう意味だ?」

猫猫は周囲を見る。

ここは専用の食事場所ではない。

多くの女官が利用する食堂だ。

料理も器も、特定の人間専用ではない。

「この椀、最初から私が使うと決まっていたものではありません」

「……そうだな」

「では」

フェルンが気付く。

「毒を仕込んだ人には、猫猫がそれを使うかどうか分からなかった?」

「そういうこと」

猫猫が頷く。

子翠も顔を曇らせる。

「じゃあ、猫猫を狙ったんじゃない?」

「今のところは、そう考えた方が自然だね」

「なら誰を?」

「それが分からない」

壬氏が指示を出す。

「食事には誰も触れるな。器も全部そのままにしておけ」

「はい!」

昨日と同じように調査が始まった。

料理。

汁物。

飲み物。

食材。

調味料。

一つずつ調べていく。

そして――

「フリーレン」

猫猫が言う。

「お願い」

「分かった」

フリーレンが杖を向ける。

フェルンも別の器を解析する。

しばらくして。

「料理には変なものはないよ」

フリーレンが言う。

「こちらもです」

フェルンも答える。

猫猫自身も確認する。

「やっぱり……」

そして。

自分が使った椀を調べる。

「…………」

猫猫の表情が険しくなる。

「薬屋?」

壬氏が聞く。

「昨日と同じです」

「何?」

「器に毒が仕込まれています」

「またか……」

壬氏の顔から表情が消える。

昨日、一人の女官が倒れた。

毒は器に仕込まれていた。

そして今日、猫猫が偶然使った器から、また毒が見つかった。

この食堂で――誰が使ってもおかしくない器だった。

「誰でも良かったのか……?」

子翠が呟く。

フェルンの顔が強張る。

「そんな……」

小蘭も、さすがに状況を理解したらしい。

「じゃあ……私が使ってたかもしれないの?」

「小蘭」

子翠がすぐに小蘭の肩へ手を置く。

「今は何とも言えないわ」

だが、否定はできない。

猫猫が考える。

(昨日と今日で、やり方は同じ)

器に毒を塗る。

料理そのものには手を加えない。

しかし。

(昨日は狙い撃ちに見えた)

今日は違う、少なくとも、猫猫を狙ったとは考えにくい。

ならば――昨日も、本当にあの女官が狙われていたのか?

そもそも、二つの事件は同じ犯人なのか?

偶然同じ手口になった?

それとも――

「……分からない」

猫猫が呟いた。

フリーレンが横を見る。

「猫猫でも?」

「分からないものは分からないよ」

猫猫は器を見つめる。

「手掛かりが足りない」

壬氏も腕を組む。

猫猫は昨日の事件を思い返す。

「昨日の事件も、本当に、あの器をあの女官だけが使うと犯人に分かっていたのでしょうか?」

「…………」

壬氏が黙る。

「今日と同じように、たまたま毒のある器を取っただけだったとしたら?」

子翠の顔から笑みが消えた。

「つまり……」

「最初から」

猫猫は静かに言う。

「誰でも良かった可能性があります」

沈黙。

後宮には、大勢の人間が暮らしている。

妃。

女官。

侍女。

宦官。

そして皇族。

もし、特定の誰かを狙ったわけでもなく、何の関係もない器に毒を仕込み誰かが口にすればそれでいい。

誰でも良かった。

しかしそれは――動機がない、という意味ではない。

他の人には理解できなくても、当人には十分理由がある、そういうことはある。

だけど、なぜ誰でも良かったのか、それがまだ見えていない。

一つ目。

そして二つ目。

同じように見える二つの毒。

だが、その向こう側にいる人間の姿は――まだ、まったく見えてこない。

事件は解決へ近づくどころか。

さらに深い謎へと入り込んでいくのであった。

 

 

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