薬屋と魔法使いのひとりごと   作:晴天人

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第4話:第三の毒

壬氏の指示により、食堂の警備体制は強化された。

食料、食器の管理が厳重になり、調理の過程にも監視の目が行きわたる。

食事にも食器にも簡単に毒は紛れ込めないようになっている。

それでも、まだ懸念が消えたわけではない。しかし、食事をしないわけにはいかない。

そして、あれから一週間何事も起こらなかった。

女官たちの顔にはまだ不安そうな表情は見られたが、食堂はいつもの昼時の喧騒が満ちていた。

猫猫たちもまた、いつものように食事を取っている。

ただし、猫猫は食事を口へ運びながらも、ときおり周囲へ視線を走らせていた。

(何も起こらなければ、それが一番なんだけどね)

一度目、二度目と毒が仕込まれた。

そして猫猫は、あれが何らかの「試し」である可能性を疑っている。

ならば三度目があるかもしれない。

監視は厳重になったが、絶対無い、とは言えない。

だから、しばらく食事時には様子を見ておこうと考えていた。

「猫猫」

「何?」

向かい側のフリーレンが言う。

「さっきから全然食べてないよ」

「食べてるよ」

「遅いです」

フェルンも言う。

「ちゃんと食べないと駄目ですよ」

「……なんで二人に注意されるんだ」

「猫猫、また毒のこと考えてるんでしょう?」

子翠には見抜かれていた。

「まあね」

「でも、ずっと気を張ってても――」

そのときだった。

「きゃあああああああ!」

食堂中に悲鳴が響いた。

猫猫の表情が変わる。

「来た!」

椅子を蹴るように立ち上がった。

「猫猫!」

フリーレンたちも続く。

人だかりの中心には、一人の女官が倒れていた。

身体が痙攣している。

口元には泡。

「どいて!」

猫猫が駆け寄る。

「しっかりしろ!」

返事はない。

呼吸。

脈。

瞳。

そして口元。

「毒だ」

「また!?」

周囲の女官が悲鳴を上げる。

猫猫はすぐに叫んだ。

「水! それから炭!」

「水なら!」

近くにいた女官が水差しを渡した。

だが――

「炭なんて、ここには……!」

「フリーレン!」

猫猫が呼ぶ。

「分かってる」

フリーレンは周囲を見る。

ちょうど卓上に何本かの割り箸があった。

「これでいいか」

何本かまとめて手に取る。

杖を向け――

「ヴォルザンベル」

ぼっ。

一瞬、だが、燃え上がるほどではない。熱と炎を見事に制御し、箸だけを炭化させる。

真っ黒になったそれをフリーレンが差し出した。

「猫猫」

「ありがとう」

猫猫は受け取る。

周囲の者たちは魔法に驚いているが、今はそれどころではない。

猫猫はすぐさま応急処置を始めた。

そして――懐へ手を入れる。

取り出したのは、小さな箱。

以前、フリーレンと一緒に作った薬草を長持ちさせる箱。

猫猫は蓋を開ける。

中には数種類の薬が入っていた。

温度と湿度を一定に保つことで、傷みやすい薬を携帯できるようにしたのだ。

「フリーレン」

「何?」

「これ、作っといて正解だったね」

「うん」

フリーレンも少し嬉しそうだ。

「初めてちゃんと役に立った」

「初めては余計だ」

猫猫は薬を取り出し、状態を確認する。

そして女官へ飲ませた。

「……これで?」

フェルンが心配そうに尋ねる。

「応急だが処置は出来る」

猫猫は女官の脈を取る。

「…………」

しばらくして、痙攣が少しずつ弱くなっていく。

呼吸も先ほどより安定してきた。

「よし……」

猫猫が小さく息を吐く。

ひとまず命を落とす危険は遠のいた。

しかし。

「まだ安心できない」

猫猫は言う。

「ちゃんと医官に診せないと」

その直後。

「薬屋!」

聞き慣れた声が飛んできた。

「壬氏様」

壬氏が駆けつけてきた。

またか、その顔には、はっきりそう書いてある。

「どうなっている!」

「また毒です」

「……三度目か」

壬氏の顔から余裕が消えた。

「女官の容態は?」

「応急処置はしました。解毒薬も飲ませています。ただ、まだ油断できません」

「分かった」

壬氏は即座に周囲へ指示を出した。

「医官のところへ運べ! それから食堂を閉鎖する! ここにある料理、食器には誰も触れるな!」

「はい!」

「食堂にいた者も、確認が終わるまで勝手に立ち去らせるな!」

「はっ!」

人々が動き始める。

壬氏は猫猫を見る。

「薬屋」

「はい」

「調べられるか」

「もちろんです」

そこへフリーレンが声をかけた。

「猫猫」

「何?」

フリーレンは、倒れた女官が食べていた膳を見ている。

「今回は前と違う」

猫猫の目つきが変わった。

「どう違う?」

フリーレンが汁物を解析する。

そして――

「これ」

静かに言った。

「汁に毒が入ってるね」

「……何?」

壬氏が振り返る。

猫猫も慎重に調べる。

「…………」

間違いない。

「本当だ」

猫猫の表情が険しくなる。

「今回は器じゃない」

壬氏が呟く。

「直接、料理に……」

「ああ」

今までとは違う。

一度目。

器。

二度目。

器。

そして三度目。

料理そのもの。

「方法を変えた……」

猫猫は呟いた。

犯人は、ついに、より直接的な方法を使ってきた。

しかし、それなら新たな疑問が生まれる。

「この女官が本当の標的だったのか?」

壬氏が尋ねる。

猫猫は倒れていた女官を見る。

「……分かりません」

「また無差別か?」

「いや」

猫猫は首を振る。

今回は前の二件とは事情が違う。

汁へ直接毒を入れた。

しかも、他の者の汁からは毒が見つからない。

つまり――

「少なくとも今回は、この膳を狙って毒を入れた可能性が高いです」

「では、やはりこの女官が?」

「それが分からないんです」

猫猫は考える。

本当にこの女官が標的だったのか?だが、一女官を標的にこのようなことをするのだろうか?

標的はこの女官ではなく、三件がすべて一つの目的へ向けた準備なのだとすれば。

そして、これほど直接的な方法をとったとすれば、次が本番でも、おかしくない。

猫猫は、空になった隣の席を見つめた。

そこに座っていたという、誰も知らない女官。

彼女は何者なのか。

なぜ被害者と話していたのか。

そして――

どこへ消えたのか。

倒れた女官が意識を取り戻せば、何か分かるかもしれない。

だが、それを待っている間にも犯人が動かない保証はない。

それに、女官たちは疑心暗鬼、後宮はパニック寸前だ。

解決を急がなくてはならない状況になったのだ。

 

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