薬屋と魔法使いのひとりごと   作:晴天人

20 / 20
第6話:事件解決(ただしフェルンは謎を抱えたままだった!)

翌日、壬氏は香琳妃からの招待を受け、その宮へ向かっていた。

もちろん、一人ではない。

フリーレン。

フェルン。

そして――

「…………」

見慣れぬ美女。

「ねえ」

フリーレンがじっと見る。

フェルンも見る。

「ねえ」

「……ひょっとして」

フリーレンが首を傾げる。

フェルンも同じように首を傾げた。

「ひょっとして」

二人同時に言う。

「「猫猫?」」

「そうだけど」

「…………」

二人は改めて猫猫を見る。

いつものそばかすがない。

髪も整えられ、化粧もばっちり。

普段の地味な侍女姿とはまるで違う。

フリーレンが目を瞬く。

「猫猫って……」

「何?」

「綺麗だったんだね」

「どういう意味だ」

「い、いや」

壬氏は横で何とも言えない顔をしている。

知っていた。

知っていたが――やはり、きちんと化粧をした猫猫を見ると目を奪われる。

猫猫がそんな壬氏を見る。

「壬氏様」

「な、何だ」

「見過ぎです」

「見ていない」

「見てました」

「……行くぞ」

壬氏は誤魔化すように前を向いた。

ちなみに高順をはじめとした宦官たちは、あえて少し離れた所で待機させている。

油断を誘うためである。

そして、何かあれば、すぐ踏み込めるような手はずにしている。

あくまで表向きは――香琳妃からの茶会への招待。

しかし実際には、犯人を動かすための罠。

壬氏自身を囮にした、危険な賭けだ。

猫猫は毒見役。

フリーレンとフェルンは‥‥‥「実力行使に出た場合任せてほしい」ということで同行している。

香琳妃の宮。

「ようこそおいでくださいました、壬氏様」

香琳妃はにこやかな笑みを浮かべた。

「お招きありがとうございます」

壬氏も優雅に返す。

「今日は、せっかくですので異国から来た客人もお連れしました」

「まあ」

香琳妃がフリーレンとフェルンを見る。

「噂の方々ですね」

「フリーレンです」

「フェルンと申します」

二人は丁寧に頭を下げる。

「ようこそ我が宮へ。遠い西方のお話、ぜひ聞かせていただきたいものですわ」

「喜んで」

フェルンが答える。

壬氏は席へ着いた。

右にフリーレン。

左にフェルン。

猫猫は後ろに控える。

何も知らなければ、ごく普通の茶会に見える。

しばらくは穏やかな会話が続いた。

西方の話。

旅の話。

異国の衣服。

香琳妃も表面上は落ち着いている。

だが――猫猫はずっと周囲を見ていた。

侍女たち。

茶器。

香琳妃。

そして。

運ばれてきた茶。

(来た)

一人の侍女が壬氏の前へ茶を置く。

「どうぞ」

「ありがとう」

壬氏が茶碗へ手を伸ばそうとした。

その瞬間、ひょいと後ろから手が伸び壬氏の茶を奪った。

猫猫だ。

「失礼します」

猫猫は茶を口へ含む。

一口。

舌の上で転がす。

香り。

苦味。

痺れ。

わずかな刺激。

「…………」

猫猫の目が細くなる。

そして――ほんのり恍惚とした表情を浮かべた。

猫猫は懐から紙を取り出した。

ぺっ、茶をそこへ吐き出す。

そして、非常に平然とした声で言った。

「壬氏様」

「何だ」

「これ、毒です」

空気が止まった。

「…………」

香琳妃の顔から笑みが消える。

「な……」

猫猫は紙へ吐き出した茶を見る。

「しかもかなり強いですね」

「な、何をたわけたことを!」

香琳妃が立ち上がる。

「侍女風情が勝手に主人の茶を飲み、挙句の果てにそのような暴言を!」

猫猫は平然としている。

壬氏も慌てない。

むしろ、にこやかな笑みを浮かべた。

「香琳妃」

「な、何でしょう」

「この茶は証拠として預からせていただきます」

「そ、そんな!」

香琳妃の表情が崩れる。

「私は……私は何も!」

「調べれば分かることです」

「何かの誤解です!」

「ならば、なおさら問題ありませんね」

壬氏の笑顔は柔らかい。

しかし、目は笑っていない。

香琳妃は一歩下がる。

「私は……私は……」

その視線が猫猫へ向く。

じっと見る。

そして、突然。

「あ……」

何かに気付いた。

「お前……!」

猫猫は首を傾げる。

「何でしょう」

「お前は……」

香琳妃の顔が引きつる。

「あの醜女の毒見役!」

「…………」

猫猫が無言になる。

壬氏の眉が動いた。

フェルンの表情も変わった。

「醜女……?」

香琳妃は完全に取り乱していた。

「こうなっては――」

叫ぶ。

「お前たち!」

その瞬間、周囲に控えていた侍女たちが動いた。

衣の中。

袖。

物陰。

そこから――

刃物。

短刀。

鉈。

次々と武器が現れる。

「やっておしまい!」

香琳妃が叫んだ。

侍女たちが一斉に襲いかかる。

壬氏は身構えた。

外見は優美だが壬氏は武人として十分鍛えられている。

高順たちが来るまで、自分一人でも何とかできる。

フリーレンとフェルンに頼ることもない、そう考えていたが――

フリーレンとフェルンは目くばせするや否や杖を構えた。

ほんの一振り。

次の瞬間、侍女たちの手にあった刃物が――

ふわっ。

「え?」

手を離れた。

短刀。

鉈。

刃物。

すべてが宙へ浮き。

そのまま部屋の隅へ飛んでいく。

がしゃん!

「なっ!?」

侍女たちが呆然とする。

壬氏も呆然。

猫猫も呆然。

フリーレンもフェルンも平然としている。

フリーレンとフェルンは、「服が透けて見える魔法」で侍女たちが武器を隠し持っていることを見抜いていたのだ。

だから、侍女たちが襲い掛かってきても平然としていられたのだ。

「お、おのれ!」

香琳妃が叫ぶ。

「奇妙な技を使いやがって!」

妃らしい上品な口調は完全に消えている。

「私が!」

懐へ手を入れる。

短刀。

そして――

「壬氏様ぁぁぁ!」

一気に駆け出した。

「!」

壬氏が身構える。

しかし、その前にフェルンの目が鋭くなった。

「させません」

杖を振る。

どんっ!

目に見えない力が香琳妃を捉えた。

「きゃあああ!」

香琳妃の身体が吹き飛んだ。

「…………」

壬氏。

「…………」

猫猫。

「…………」

フリーレン。

どさっ、香琳妃が床へ転がる。

その瞬間。

「壬氏様!」

高順達が飛び込んできた。

高順は部屋を見る。

倒れている香琳妃。

武器を失った侍女たち。

床の隅にまとめて転がっている刃物。

そして杖を持ったフリーレンとフェルン。

「…………」

高順は一瞬混乱する。

だが、すぐに切り替える。

「全員取り押さえろ!」

「はい!」

宦官たちが侍女を拘束する。

香琳妃も起こされ、両腕を押さえられた。

「離せ!私は妃よ!こんなことをしてただで済むと思っているの!」

なおも暴れる。

しかし、毒入りの茶、武装した侍女、そして壬氏への直接の襲撃。

もう言い逃れできる状況ではない。

一人、また一人、侍女たちが縛られ、連れ出されていく。

香琳妃も最後まで喚きながら引き立てられた。

そして、静けさが戻った。

「…………」

壬氏はしばらく黙っていた。

自分が囮になる。

危険は承知していた。

もし何か起きれば、高順たちが突入する。

それまで自分で時間を稼ぐ。

そのつもりだった。

だが、出る幕がなかった。

本当に、まったくなかった。

壬氏がフリーレンとフェルンを見る。

「お前達……」

「何?」

フリーレンが聞く。

「こういうこともできるのか」

「できますよ」

「普通です」

フェルンまで言う。

「…………」

壬氏は思う。

(異世界の魔法使い、恐ろしいな……)

フリーレンとフェルンが「任せてほしい」と言ったのが良く分かった。

猫猫も同じようなことを考えていた。

二人が戦えるとは聞いていた。

フリーレンに至っては魔王を倒した勇者一行の魔法使い。

フェルンも優れた魔法使い。

分かってはいた。

だが。

「……強いんだな」

猫猫が呟く。

「今さら?」

フリーレンが聞く。

「実際に見るのは初めてだからね」

「これくらいどうってことありませんよ」

フェルンが言う。

「…………」

猫猫は少し考え――

(この二人を怒らせないようにしよう)

と、割と真剣に思った。

そのとき、フリーレンがフェルンを見た。

「フェルン」

「はい?」

「最後の、ちょっとやりすぎじゃない?」

「何がですか?」

「香琳妃、かなり飛んでたよ」

「やりすぎなものですか」

フェルンは怒っている。

「猫猫を醜女だなんて!」

「…………」

猫猫がフェルンを見る。

フェルンは本気で憤慨していた。

「こんなに可愛いのに!」

猫猫は少しだけ目を瞬く。

「フェルン、ありがと」

「当然です」

猫猫は自分の顔を触った。

「まあ、普段はそばかす描いてるからね」

「…………」

フェルンが固まる。

「え?描いてる?」

「うん」

「そばかすを?」

「そう」

「わざと?」

「そうだけど」

フェルンが猫猫の顔を見る。

今日の猫猫には、そばかすがない。

「……あれ、本物じゃなかったんですか?」

「うん」

「どうしてそんなことを……」

「色々面倒だから」

「…………」

フェルンには、やっぱりよく分からない。

猫猫は言う。

「それに」

「はい?」

「私、絶壁だから」

猫猫の視線は――ほんの少し下。

フェルンの、ある一点へ。

「…………」

フェルンも自分を見る。

「?」

猫猫を見る。

「??」

フリーレンが横で何となく察した顔をする。

フェルンは自分を見る。

猫猫を見る。

もう一度自分を見る。

「…………え?」

「え? え?」

何かが分かりそうな感じがしたが、しかし――

「え? 何のことです???」

やはり、フェルンには分からなかった。

猫猫が思う。

(ここまで来て分からないのか)

フリーレンも思う。

(フェルンって、こういうところ妙に鈍いよね)

壬氏は天井を見た。

(なぜ犯人を捕まえた直後にこんな話をしているんだ、俺達は……)

こうして、三度にわたって後宮を騒がせた毒殺未遂事件。

その犯人と思われる香琳妃と侍女達は、ついに捕らえられた。

毒の原料。

配合。

三度の実験。

そして壬氏を狙った理由。

まだ調べなければならないことは残っている。

だが、少なくとも毒による恐怖は去ったのである。

そしてフェルンだけは、事件解決とはまったく関係のない謎を抱えたまま――最後まで首を傾げ続けていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

朱き蜉蝣の残光(作者:ゆのじさん)(原作:ガンダム)

※※作るにあたりAIを多分に使用しています。※※▼デラーズ紛争を生き延びたシーマ・ガラハウと、その艦隊。▼戦いの果てに彼女たちが辿り着いたのは、宇宙世紀ではない、別の歴史を歩む世界だった。▼知らないMS。知らない技術。知らない戦争。▼そして、この世界にもまた、利用される者と、利用する者がいる。▼帰る方法はない。▼ならば、生きるしかない。▼やがて彼女たちは、こ…


総合評価:251/評価:7.75/連載:54話/更新日時:2026年09月06日(日) 13:56 小説情報

元殺し屋がバイオ事件に巻き込まれる話(作者:オッパッピー)(原作:バイオハザード)

ラクーン事件を皮切りに行く先々でバイオ事件に遭遇する男の話。▼第一章はRe2の事件。▼第二章は28日後の事件。▼第三章はRe4の事件。▼第四章は学園黙示録の事件(東京限定)。▼第五章はバイオ6の事件。▼他のゾンビやウイルスに関連した作品をバイオ世界の局地的バイオ事件としてクロスオーバー。▼28日後と学園黙示録以外のクロスオーバー作品は現時点では伏せさせていた…


総合評価:2394/評価:8.74/連載:90話/更新日時:2026年09月11日(金) 18:00 小説情報

最凶のゼロと運命の女神(作者:鵲くん)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

一影九拳、八皇断罪刃の全員のテストケースとして一人の弟子が居た…その男は最強だが…その実力は最強と言うよりも…▼一影九拳と八皇断罪刃の全員から教えを受けた、達人がダンまちの世界に来たら…って話です、一応原作開始四年前からスタートします。▼どうしても思いついた設定覚えてる内に書きたくなったので…▼ゼロ魔の方も続けていくので勘弁してくだしあ▼合う合わないの癖が強…


総合評価:1021/評価:7.33/連載:33話/更新日時:2026年09月08日(火) 20:00 小説情報

『calor ――理想の果てに灯る温もり――』(作者:そもゆえに)(原作:魔法先生ネギま!)

正義の味方は、多くを救った。▼だが、▼救えなかったものもあった。▼何気ない日常。 当たり前の食卓。 ▼誰かと笑い合う時間。▼聖杯戦争を終えた英霊エミヤは、 異世界・麻帆良で小さな食堂を開く。▼店の名は『calor』。▼温もりを意味するその場所には、 傷ついた者たちが自然と集まってくる。▼出し巻き卵に涙する少女。▼シチューに頬を緩める吸血鬼。▼一杯の珈琲に救わ…


総合評価:1121/評価:8.62/連載:35話/更新日時:2026年07月26日(日) 12:06 小説情報

強欲の旅人は神の恩恵を受けない(作者:ルクエリシオン)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

キャスとの戦いの最中、混沌の裂け目に呑まれたバンは、神々と迷宮の世界へ辿り着く。▼そこは、神の恩恵によって人が強くなり、ファミリアに属する冒険者たちが魔石を求めて戦う世界だった。▼だが、バンは神の恩恵を受けない。▼ステイタスもない。▼ファミリアにも属さない。▼それでも彼は、飯を食い、酒を飲み、気に入らないものをどかしながら旅をする。▼魔石より肉。▼名誉より酒…


総合評価:1402/評価:7.67/連載:117話/更新日時:2026年09月03日(木) 12:10 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>