ネオン父に転生したのでふんわりした未来知識で成り上がる 作:パラレル・ゲーマー
1980年、一月。
新しい年を迎えたヨークシンは、冷たい海風が肌を刺すような厳しい寒さに包まれていた。
ノストラード本部の広い会議室。
巨大なテーブルの上には、ベレノス海東部遺構の最新の海底地形図、中央区画周辺のソナー解析データ、新たな無人探査機の導入案、燃料費の増加に伴う予算修正案、そして最近の海域の航行記録など、膨大な資料が広げられていた。
本日は、定期的なベレノス第二次調査の進捗報告会議の日だ。
モラウは、一時の帰港を利用してノストラード本部を訪れていた。
「相変わらず、ここのコーヒーだけは悪くねえな」
出されたコーヒーを啜りながら、モラウが煙管の煙と一緒に言葉を吐き出した。
「報告書の感想より先に、それですか」
ライトは苦笑しながら書類の束を整えた。
「エレノア教授は少し遅れるそうです。大学の方で急な会議が入ったとかで」
「学者は面倒だな」
二人が今後の調査スケジュールの確認に入ろうとした時、控えめなノックの音が響き、窓口担当の社員が入ってきた。
「ボス。アポなしのお客様なんですが」
「誰だ?」
ライトが顔を上げると、社員は少し妙な顔をして言った。
「子供です。ジン=フリークスと名乗っています。『半年ぶりだ』と」
(来たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
ライトの内心のオタクの部分が一瞬だけ歓喜の咆哮を上げたが、表情の筋肉は一ミリも動かさない。
「通してくれ」
ライトが静かに指示を出すと、ソファに座っていたモラウが思い出したように顔を上げた。
「ああ。前に話してた、あの生意気なガキか」
「覚えてたんですか?」
「十一歳でハンター試験を一人だけ通ったなんて奴、忘れる方が難しいだろ」
モラウは特に興味津々というわけではなく、煙管を咥え直してソファに深くもたれかかった。
「せっかくいるんだ。どんなツラしてるか、少し顔くらい見てくか」
別に、自分の調査隊に採用するつもりで待っていたわけではない。純粋な物見遊山だ。
「じゃあ、一緒に面接してもらえますか」
数分後。
ドアが開き、ジン=フリークスが部屋に入ってきた。
半年ぶりだった。
ハンター試験を受けた頃は十一歳だったジンも、その間に誕生日を迎えて十二歳になっている。身長は少しだけ伸びた気がするが、それでもまだ子供の体格だ。だが、以前よりも身体全体が明らかに引き締まり、顔や腕には強い日差しに焼かれた色が濃く残っていた。
着ている服は高級なものではないが、機能的で、使い込まれた跡がある。靴には、どれだけ洗っても落ちきらないような赤土の泥の染みがこびりついていた。肩からは、かなり使い込まれた大きな鞄を一つだけ提げている。
ジンは部屋の中央まで歩いてくると、ライトを見て軽く手を上げた。
「よ」
「本当に来たな」
ライトが呆れたように言うと、ジンは当然のように言い返した。
「半年って言っただろ」
(ジンだ……!! 本当にあの時の約束通り、半年後に帰ってきた!!)
ライトは内心で感動していたが、それ以上は表に出さなかった。
「こいつが、例の……」
ソファでふんぞり返っていたモラウが、半ば冷やかしのような視線をジンに向けた。
だが。
ジンが部屋の中央へ数歩進み出た瞬間。
モラウの目が細められた。
モラウはジンが身体に纏っているオーラを観察した。
派手ではない。量が異常に多いというわけでもない。
だが、その《纏》は妙なほどに『綺麗』だった。
半年前に念を覚えたばかりの十二歳とは思えない。
無駄なオーラの漏れが少なく、身体の輪郭に薄い皮膚のように自然に沿っている。余分な力みもない。歩いていても、止まっていても、そのオーラの膜はほとんど崩れなかった。
「チッ」
モラウが小さく舌打ちをした。
「何です?」ライトが小声で聞く。
「もっと、冷やかしみてえな青臭いガキが来ると思ってたんだよ」
ジンが、ソファから自分を値踏みする巨大な男を見た。
「誰だ、おっさん」
「モラウだ」
「ふうん」
ジンは特に威圧されることもなく、飄々と答えた。
モラウはジンをじっと観察し続けた。
「良い《纏》してるじゃねえか。随分と基礎を叩き込んだな」
「そうか?」
本人は大して気にしていないようだった。
モラウは椅子を引き、テーブルに身を乗り出してジンを見た。
「で?」
「?」
「お前さん、何ができる?」
半年前、ライトがこの少年に投げたのと同じ質問だった。
ジンは少しだけ笑い、肩から提げていた大きな鞄を床に下ろした。
「今は、前よりあるぞ」
ジンは鞄の中から、一冊の分厚いノートを取り出し、ドン、とテーブルの上に置いた。
革表紙でもない、ただの安物のノートだった。
だが、それは異常なほどに使い込まれていた。表紙には泥や水染みが無数に付着し、角は擦り切れ、ページとページの間には泥まみれの付箋が大量に挟み込まれている。
「何これ」ライトが少し引いたように尋ねる。
「半年分」
「半年分の、何?」
「遺跡」
ジンはテーブルに手をつき、ライトを見た。
「あんた、半年前俺に『何ができる』って聞いたよな」
「聞いたね」
「だから、遺跡の現場に行ったんだよ」
「本読んで勉強するより、実際に泥んこになって掘ってる奴のところへ行って、タダ働きしてでも潜り込む方が早いだろ」
(……そういうところだぞ、ジン=フリークス)
ライトは内心で呆れた。
「誰んとこだ?」モラウが聞く。
「ロイス=ガーランド」
その名を聞いて、モラウの表情が変わった。
「ガーランドか」
「知ってるんですか?」ライトが尋ねる。
「一ツ星の遺跡ハンターだ。河川沿いの古い遺跡や、湿地帯、沈水遺構の発掘じゃ名前が通ってる。学術論文も出してるが、根っからの現場型だ」
モラウはジンを見た。
「無断発掘や、素人が遺物を勝手に持ち出すのを死ぬほど嫌う、クソお堅い親父だぞ。よくあいつの現場にガキが入れたな」
「最初は『ガキの来る場所じゃねえ、帰れ』って追い返された」
ジンは事もなげに言った。当然の反応だ。
「で、『何ができたら置いてくれる?』って食い下がったんだ」
ジンによれば、ガーランドは半分追い払うつもりで、いくつもの条件を出したらしい。
測量の基礎、発掘の記録手順、グリッドによる区画管理、遺物番号の振り方、出土状況の写真記録、遺物の初期保存処理、そして何より『現場責任者の指示を厳守すること』。
『それくらい分かるようになってから、出直してこい』と。
「『分かった』って言って、本当に戻ったのか」ライトが半ば呆れて言う。
「おう」
だが、戻ったからといってすぐに本格的な発掘作業に参加させてもらえたわけではない。最初の二ヶ月間は、ひたすら泥だらけになって土を運ぶ雑用だったという。
ジンはその雑用の中で、ガーランドの現場の基礎を一つずつ覚えていった。
グリッド測量、水準測量の補助、地層断面のスケッチ、出土位置の記録、写真のナンバリング管理、遺物を入れる袋へのラベル付け、土壌サンプルの採取、遺物の水洗いと仮保存処理、日々の調査日誌の記入、ボートを係留するためのロープワーク、潮汐表の読み方、そして怪我の応急手当。
「毎日毎日、『勝手に掘るな』って何回も怒鳴られたぞ」
ジンが少しだけうんざりしたように言うと、モラウが鼻で笑った。
「お前には、絶対に必要な教育だな」
「俺もそう思う」
ジンはあっさり認めた。
「念の修行は?」ライトが聞く。
「毎日やってた」
ハンター試験直後に教わった基礎と、現場での肉体労働の合間の自主練。
現在のジンは、《纏》が非常に安定し、《絶》や《練》も実用できる。《凝》についても基礎は身につけていた。
一方、実戦で細かくオーラを動かす技術などは、まだ粗い。
「《発》は?」モラウが尋ねる。
「まだ作ってねえ」
「急いで作らなかったのは正解だ。先に基礎を固めろ」
「あと、俺、水路を一本見つけたぞ」
ジンが突然、得意げに言った。
「水路?」
ジンが参加していたのは、河口に沈んだ古い交易集落の遺跡調査だった。
調査チームは、一部の石の並びを見て『建物の基礎部分』だと暫定的に判断し、その周囲を発掘していた。だが、ジンは違和感を覚えたという。
石の向き、古い木杭の残り方、泥の粒度の違い、貝殻の堆積の仕方、そして水の抜け方。
「建物なら、この向きはおかしいだろって思ったんだよ」
ジンは、その違和感をガーランドへ報告した。
古い地図、旧河道の記録、過去の測量結果、潮位のデータを調べ直した結果、それは建物の基礎ではなく、古い排水路、あるいは荷揚げ用の水路であることが判明した。さらにその延長線上から、未確認の倉庫区画の一部が新たに見つかった。
「すげえじゃん、発見者だろ」ライトが感心して言う。
「俺は、ただ違和感を言っただけだぞ。掘ったのはチームの連中だ」
モラウが、テーブルの上に置かれたジンのフィールドノートをパラパラとめくった。
あるページに目が止まる。
ジンの手書きのスケッチ。予想される水路の経路。そこに書かれた『×』印。何度かの修正の跡と、観測データ。
「あと、そこは掘らなかった」
ジンが不意に言った。
「?」ライトが首を傾げる。
水路の先の地下に、小さな空洞反応があり、入口らしきものが見えていたという。
だが、ジンはそれを開けなかった。
「天井の石に亀裂が入ってたし、水分も多かった。支えもないのに開けたら、崩れて下の遺物まで巻き込むと思ったんだ」
後日、専門家が確認したところ、無理に手を出せば区画全体が崩落する危険があった。
モラウは短く息を吐いた。
「へえ」
さらにジンは、現場での事故の話もした。
河口の遺跡だったため、上流での豪雨により急激な増水が発生し、調査区画に水が入り始めたことがあった。
チームが対応に追われる中で、ジンは地形と古い水路の図面を見て提案した。
「そっちを土嚢で塞ぐより、こっちの古い壁を少し壊して開けた方が、水が海へ逃げるぞ!」
その案をもとに全員で土嚢を積み、仮設の排水路を作り、機材を移動させた。結果として記録類や一部の木製遺物、精密機材を水没から守ることができた。
ここまで聞いて、ライトは呆れた。
「たった半年で、そこまでやったのか?」
「毎日現場にいたからな」
ジンは、それが当然のことであるかのように言った。
「ああ、それと」
ジンが、思い出したように付け加えた。
「盗掘団も捕まえた」
沈黙。
「何?」ライトの顔が引きつる。
「何だと?」モラウが身を乗り出す。
「今、遺跡の発掘と、水没の危機回避の、いい話をしてたよね?」ライトが頭を抱える。「なんでそこに突然、盗掘団が出てくるの?」
「現場に来たから」
完全に『ついで』のような言い草だった。
ジンが摘発に関わったのは、『グレイモール盗掘団』という遺跡や古代建築を専門に狙う八人組の犯罪集団だった。
「グレイモールか」
モラウの表情が険しくなる。
「知ってるのか?」
「知ってるも何も、あいつらB級首だぞ」
「それ、そんなに危ないんですか?」ライトが尋ねる。
「少なくとも、銃と爆薬を持って護衛殺しまでやってる連中を、素人に追わせるような相手じゃねえ」
「そうなのか」ジンがケロッと言う。
「知らなかったの!?」ライトが盛大にツッコミを入れた。
ジンが語った顛末はこうだ。
ある日、調査区画に、見覚えのない材質の杭が一本だけ打たれているのにジンが気づいた。さらに、僅かな土の掘り返し、夜間の新しい靴跡、油の染み、荷車の跡などを次々と発見した。
「夜中に、誰かが入って下見をしてる」
ジンはそう考え、ガーランドへ報告した。
ガーランドは地方警察とハンター協会、そしてブラックリストハンターへ連絡を入れた。
だが、現場は辺境だ。彼らが到着するまでには、早くても半日以上かかる。
ジンは潮位表を見た。
「今日、来るぞ」
「なぜだ?」ガーランドが問うと、ジンは三つの根拠を提示した。前夜に器材が搬入された形跡があること。今日の深夜が最も潮が低くなり、侵入経路である旧排水路が歩けるようになること。そして、足跡の痕跡が新しいこと。
ジンの予想は的中した。
夜、グレイモール盗掘団の八人が侵入してきた。
拳銃、猟銃、ナイフ、そして少量の爆薬。さらに一人だけ、《纏》と《練》を使える念能力者が混ざっていた。
「あいつら、遺跡の構造を全く分かってなかったからな」
ジンは、自分が数ヶ月かけて覚えた旧排水路の構造を利用した。
入口は複数あるが、出口を一つ事前に塞ぐ。他のルートは、潮が満ち始めれば数時間で水没して通れなくなる。
逃走経路を限定し、到着する警察やハンターが捕まえやすい位置へ追い込んだ。
その途中、見張りの二人に気づかれて戦闘になった。
ジンは《発》など使わず、体術と念の基礎だけで二人を無力化した。
「二人?」モラウが聞く。
「うん」
「武器は持ってたのか?」
「猟銃とナイフを持ってた」
最後に、念能力を持つ頭目格の男とも遭遇した。
「あいつだけは、ちょっと面倒だったな」
「倒したのか?」モラウが聞く。
「いや」
ジンは不思議そうな顔をした。
「警察に捕まえさせるんだから、殺したら駄目だろ?」
ライトも、モラウも、一瞬黙った。
ジンがやったのは、逃げ道を塞ぎ、追跡し、数回の交戦で相手の行動を制限し、到着したブラックリストハンターへ引き渡すまでの足止めだった。
モラウがジンを見た。
「手加減しながら逃がさなかったのか?」
「あいつ、そこまで強くなかったぞ」
「お前基準で言うな」
モラウは呆れて天を仰いだ。
「それ、かなりの実績なんじゃない?」ライトが興奮気味に言うと、ジンは首を傾げた。
「そう? それより、さっきの水路の話なんだけど──」
「戻るの!?」
ジンは鞄から、二通の封筒を取り出した。
「ガーランドからだ」
一通は、一ツ星遺跡ハンター、ロイス=ガーランドからの直筆の推薦状だった。
ライトが封を切り、モラウも横から覗き込む。
『ジン=フリークス。現場経験六ヶ月。正規の学術教育は受けていない。
しかし、測量、記録、サンプル採取、遺物の取り扱いについて、助手として実務使用可能。水辺の現場作業にも適応する。
現場での判断力は、経験年数から見て非常に鋭い。
ただし、好奇心が強すぎるため目は離すな。とはいえ、保存規則と現場責任者の指示は守る。
私なら、次の調査にも連れて行く』
最後の一文を読んだモラウが、短く息を吐いた。
「あのお堅いガーランドがここまで書くなら、信用していいだろうな」
そしてもう一通は、ハンター協会の公式な事件記録のコピーだった。
『グレイモール盗掘団摘発事案。協力者:ジン=フリークス』
そこには短い評価が添えられている。
『追跡、侵入経路の特定、逃走経路の封鎖、被疑者の足止めに貢献。現場の状況判断は良好。対人戦闘経験には不足が見られる』
ジンが、ライトとモラウの顔を交互に見た。
「で?」
「で?」ライトが聞き返す。
「審査」
ジンは、半年前の目的を忘れていなかった。
「あんた、『調査の役に立つ理由を持って来い』って言っただろ。持ってきたぜ」
モラウが椅子に座り直し、腕を組んだ。
「まあ、手習いの助手として船に乗せる分には、十分だろ」
「深海には潜れるか?」ジンが身を乗り出す。
「駄目だ」
モラウは即答した。
「河口の浅瀬で泳ぐのと、あの水圧の深海での潜水作業は別物だ。お前には訓練も資格も経験も足りねえ」
ジンは少し口を尖らせたが、すぐに頷いた。
「分かった」
「だが、船上なら働ける」
無人探査機の映像整理、サンプルのナンバリング、座標管理、測量補助、回収物の一次記録、機材の整備、ロープワーク、小型艇の補助。やるべきことは山ほどある。
モラウは少し考え込み、つけ加えた。
「それに、現場で戦える奴が一人増えるのは、今の状況じゃありがてえしな」
「?」ライトが首を傾げる。「戦える奴? どういう意味ですか」
ここで、本来の会議の議題が浮上した。
「ああ。今回の定例報告で話すつもりだったんだが」
モラウは机から別のファイルを引き抜いた。
「不審船だ」
モラウが言った。
ここ二、三回の航海で、ベレノスの調査海域の外縁に、見慣れない船が姿を見せるようになったという。中型の貨物船か、改造された漁船のような規模。船籍の表示が見えにくく、漁具らしきものはほとんど積んでいない。夜間には灯火を落とし、調査船が近づくと一定の距離を保って離れる。そして、調査船が中央区画の地下空洞へ向かおうとすると、同じように距離を保って追尾してくるという。
「ただの漁船では?」ライトが聞く。
「ただの漁船なら、俺も気にしねえよ」
モラウの目は冷たかった。「俺たちが海底から何を上げてるのか、双眼鏡とソナーで見てるように思える」
「盗掘団ですか?」ライトの顔が険しくなる。
「まだ分からねえ」モラウは首を振った。「古物商の雇った連中かもしれないし、他国の研究機関の偵察かもしれない。密輸業者のルートと被っただけの可能性もある」
中央の地下空洞の重要性が判明した時期と、不審船が現れるようになった時期が近い。それだけが、今のところ確かな材料だった。
ジンが身を乗り出した。
「そいつら、俺たちの遺跡を狙ってんのか!?」
「だから、まだ分からねえって言ってんだろ」モラウがジンを窘める。
「ついでに言っとくがな、ガキ。もし船で不審船を見つけても、お前、勝手に一人で追っかけるなよ」
「分かってるって」
モラウは返事をせず、ジンをじっと見た。
「俺も、それは約束してもらいたい」ライトも念を押した。《台帳》を持ち出してまで縛るつもりはない。
「勝手には行かないよ」
ジンは普通に口約束をした。
その時、コンコンとドアがノックされ、エレノア教授が入室してきた。
「遅れて申し訳ありません、会議が長引いてしまって……」
言いかけて、エレノアの視線が部屋の中央に立つ少年で止まった。
「戻ってきたのですか」
エレノアは眼鏡の奥の目を細めた。
「半年経ったからな」ジンが当然のように返す。
エレノアはライトを見た。
「まさかライトさん、この子をもうプロジェクトに参加させると決めたのではないでしょうね」
「まだですよ。今、面接の真っ最中です」
「俺は、船上の作業要員としてならアリだと思ってるがな」モラウが言う。
「あなたは戦闘と現場作業の観点から見ているのでしょう。学術調査は別です」
エレノアは、テーブルの上に置かれていたジンのフィールドノートを手に取った。
彼女は無言で、ページをめくり始めた。
泥と水で汚れたノートを何枚も読み進めたところで、その手が止まる。
「この水路の考察。最初の仮説を、途中で斜線で消していますね」
「違ったからな」
「なぜ違ったと判断したのですか?」
ジンは、石の向き、木杭の残り方、泥の粒度、貝殻の堆積、過去の河道記録を順番に説明した。
エレノアは、さらに前後のページを読み返した。
最初の仮説そのものも消されずに残され、その横に、新しく分かった事実と修正理由が追記されている。
続けて彼女は、地下空洞のスケッチと、現地に残した遺物の記録にも目を通した。
「この遺物は回収していないのですね」
「座標と向きの記録が終わる前に動かしたくなかったから。盗られる可能性はあったから、ガーランドに見張りを増やしてもらった」
エレノアはノートを閉じた。
「半年間、ただ泥んこ遊びをしていたわけではなさそうですね」
「当たり前だろ」
ジンが胸を張る。
(エレノア教授の基準じゃ、今のだいぶ褒めてるぞ)
ライトは内心で思った。
エレノアは、ガーランドの推薦状にも目を通した。
「ロイス=ガーランド。この方なら学会でも存じ上げています。遺物の保存と記録には、かなり厳しい方です」
再びジンを見る。
「この推薦内容なら、少なくとも現場の基本は身につけているのでしょう」
エレノアはジンを真っ直ぐに見た。
「船上の調査補助員としてなら、参加に反対はしません」
「ただし、条件があります」
エレノアは厳しく告げた。「深海への潜水は禁止。無断での発掘および回収の禁止。単独行動の禁止。記録担当者の指示を最優先すること。そして、危険区域の判断は全てモラウ氏に従うこと」
「分かった」
ジンは頷いた。
「本当に守れますか?」エレノアが聞く。
「半年、そればっかりやってきたからな」
「じゃあ、正式なメンバーとしてではなく、まずは試用だ。次の一航海だけ船に乗せる」
ライトが最終的な判断を下した。
「一航海やれば、俺が役に立つか分かるんだな?」ジンが言う。
「ああ。そこで全員で判断する」
「それと、給与と待遇についてだ」
ライトは事務的なトーンで告げた。「君はプロのハンターだ。試用とはいえ、タダ働きはさせない。調査補助員としての日当と、危険な航海手当を出す」
「いらないぞ、そんなの」
ジンが首を振るが、ライトは却下した。
「ダメだ。仕事だからな。無償で働かせたら、君と俺たちとの間で責任の線引きが曖昧になる。プロとして船に乗るなら、プロとして金を受け取れ」
ジンは少し考え、「分かった」と頷いた。
「金がいらねえなら、貯めとけ」
モラウが煙管を指差した。「遺跡ってのはな、本気で掘り始めると死ぬほど金食うぞ」
「そうなのか?」
「死ぬほどな」
ライトは、テーブルの上に置かれた泥だらけのフィールドノートをもう一度見た。
「本当に、持ってきたな」
ライトが漏らすと、ジンが不思議そうに首を傾げた。
「何が?」
「調査に、君が必要とされる理由だよ」
ジンは、少しだけ笑った。
「言っただろ。半年後って」
ジンの面接が終わり、本来のベレノス海調査の報告へ戻った。
モラウが、テーブルの中央に巨大な海図を広げた。
「で、さっきの不審船の話だが」
モラウが赤鉛筆で、不審船が目撃された地点に小さなバツ印を三つ書き込んだ。
全て、中央の地下空洞区画から少し離れた外縁部分だ。
「偶然にしては、中央区画の周りに寄ってますね」ライトが顔をしかめる。
「ただし、まだ彼らが盗掘目的だと断定できる証拠はありませんよ」エレノアが言う。
「分かってる」モラウも頷く。
ジンも、海図を覗き込んだ。
「これ、見ていい?」
「どうぞ」ライトが言う。
ジンは海図の赤いバツ印を数秒見つめ、ポツリと言った。
「この船、こっちの方向から来てないか?」
「?」
ライトたちがジンを見る。
ジンが指差したのは、海流の方向でも、風向きでもない。目撃された時刻と、場所の座標だった。
「もし同じ船なら、この時間にここにいるってことは、こっちの寄港地から出てる船と同じくらいの速さで動いてないか?」
モラウが海図へ視線を落とした。
「かもしれねえな」
すぐに答えが出る話ではない。だが、調べる価値のある線が一本増えた。
モラウはジンを見て笑った。
「まあ、目は使えそうだな」
「とりあえず、次の航海からは周囲の警戒を一段上げる」
モラウが、不審船のぼやけた写真を机の端に置いた。暗い船体が、波間に浮かんでいる。
ジンが、その写真を見ながらモラウに聞いた。
「次の船、いつ出るんだ?」
「機材の交換と、補給の準備が終わってからだ」
「分かった」
会議が終わり、全員が席を立つ。
ライトは手元に引き寄せた『次回調査船・乗員候補名簿』の空欄に、万年筆を走らせた。
ジン=フリークス。調査補助員・試用。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!