ネオン父に転生したのでふんわりした未来知識で成り上がる 作:パラレル・ゲーマー
1980年、一月下旬。
冷たい海風が吹き付けるヨークシンの港。
岸壁には、巨大なクレーンが唸りを上げ、大型の調査船へ次々と物資を積み込んでいた。
ジン=フリークスを『試用調査補助員』として加えた、ベレノス海東部遺跡・第二次調査の再出航の日だった。
ライトは、厚手のコートの襟を立てながら、その様子を少し離れた場所から眺めていた。
別に、十二歳の新人の門出を感動的に見送るためにわざわざ港まで足を運んだわけではない。マフィアの組長であり、調査プロジェクトのロジスティクス統括責任者として、確認すべき仕事が山ほどあったからだ。
新たに導入された深海用の無人探査機。追加のソナー機材。長期間の航海を支える膨大な補給物資。そして何より、前回モラウが報告した『不審船』に対する、警備体制の強化。これらが計画通りに船に積み込まれているかを、この目で直接確認するためだった。
「おーい、そっちの箱は第三ハッチだ! こっちのコンテナは先に固定しろ!」
甲板から、威勢のいい声が響いた。
ライトが視線を向けると、そこには自分の身体の半分ほどもありそうな重い機材箱を抱え、大人たちに混じってせわしなく駆け回る少年の姿があった。
「……もう働いてるのか」
ライトが呆れたように言うと、ジンは箱をドスンと下ろしながら振り返った。
「乗るんだから当たり前だろ」
ジンは、誰かに『これをやれ』と指示されるのを待つようなタイプではない。現場の担当者に次々と仕事を聞き出し、勝手に自分の居場所を作り始めていた。
ライトは、変に父親ぶって余計な世話を焼くような真似はしなかった。相手はプロのハンターだ。
「船の上では、モラウさんとエレノア教授の指示を絶対に聞けよ」
「分かってる」
「勝手な単独行動も禁止だ」
「それも分かってるって」
ジンが少しうるさそうに口を尖らせた時、横から巨大な影が割り込んできた。
「お前、全く信用されてねえな」
モラウが煙管をふかしながらニヤリと笑う。
「半年、ガーランドのところでちゃんと指示聞いてやってきたのにな」ジンが不満げに返す。
「その半年間、ちゃんと泥にまみれてルールを守ってきたからこそ、今お前はあの厳しいエレノア教授の許可をもらって、この船に乗れてるんだよ」
ライトが冷静に事実を告げると、ジンも「違いねえ」と肩をすくめた。
やがて汽笛が鳴り響き、巨大な調査船がゆっくりと岸壁を離れていった。
ライトは、次第に小さくなっていく船の輪郭をしばらく見つめていた。
(まさか、あの十二歳のジン=フリークスを、俺が仕事の現場に送り出す日が来るとはな……)
一瞬だけ、前世の読者としてのファン感情が湧き上がったが、それは冷たい海風の中にすぐに溶けて消えた。ライトにとって、ベレノス海の未知文明調査は最重要プロジェクトの一つではあるが、自分の人生の全てではない。マフィアとしての日常は、港から一歩離れればすぐに再開する。
「じゃあ、本部へ戻ろう。午後の予定は何だ?」
待たせていた車に乗り込みながら、ライトが助手席のヴィクターに尋ねた。
ヴィクターは手帳を開き、数秒の妙な間を空けた。
「……午後から、一件ございます」
「何だ?」
「ご会食です」
「……誰と?」
嫌な予感がして、ライトは顔をしかめた。
ヴィクターは抑揚のない声で答えた。
「ご令嬢と、です」
ライトは深々とシートに背中を預け、天井を仰いだ。
「……またか」
話は、少し前に遡る。
ロレンツォとの熾烈な上納契約改定交渉を終え、ノストラード組が名実ともに巨大な経済組織への階段を登り始めた直後のことだった。
執務室で、ヴィクターが珍しく改まった顔で切り出してきたのだ。
『ボス。そろそろ、結婚について真剣にお考えください』
『なんで急にそんな話になるんだ?』
ライトは呆れた。二十二歳で組を継いでから、もう三年近い。若くして組長になったとはいえ、まだ結婚を急かされる歳だという実感は薄かった。
しかし、ヴィクターは「若者の恋愛」の話をしているのではなかった。
『現在、ノストラード家の直系当主はボス一人です。ご兄弟などの明確な後継者候補はいらっしゃいません』
『……それが?』
『二年前なら、ボスお一人に万が一のことがあっても、ヨークシン近郊の小さな組が一つ潰れるだけで済みました。悲しむのは我々身内だけです』
『随分と酷い言い方だな』
『ですが、今は違います』
ヴィクターは容赦なく現実を突きつけた。
もし明日、ライトが不慮の事故や抗争で命を落としたら。
ノストラードの組長職。莫大な土地。急成長中の運送会社。港の倉庫。クラブの経営権。NVDなどの株式。上部組織との複雑な契約。そして何より、ハンター協会と築き上げた『信用』。
これらが全て宙に浮き、血みどろの後継者争いと利権の奪い合いが勃発する。
『継承者が不在であるということそのものが、現在の我々にとって最大の経営リスクなのです』
『遺言書くらいなら、作ってるだろ』
『財産の相続と、マフィアという組織の継承は全くの別問題です。血の繋がった正当な後継者がいなければ、組織は必ず割れます』
さらに、ヴィクターを後押しする決定的な言葉があった。
『先日の契約交渉の後、上部組織のロレンツォ様から私に直接お話がありました。「あいつ、嫁も子供もいねえのか」と』
『ロレンツォさんまで?』
『当然です。今のノストラード組に突然後継者争いを起こされて、カキン物流やハンター支援の利権が機能不全に陥って困るのは、上部組織も同じですからね』
(マフィアの世界で、事業承継の観点から結婚を迫られてる……)
ライトは内心で苦笑したが、ヴィクターの言い分には反論できなかった。
そしてその時。
結婚。子供。ノストラード。
ライトの思考が、一つの単語に到達してフリーズした。
(……あ)
(ネオン)
前世の記憶の蓋が開いた。
1999年のヨークシン地下競売。あの時、娘のネオン=ノストラードは、確か十代の後半だったはずだ。十七歳か、十八歳か。正確な誕生年までは記憶にない。
(待て)
ライトは頭の中で年代を並べた。
1999年で十八歳なら、1981年。十七歳なら、1982年あたり。
今は、1980年の頭。
そこから妊娠期間まで考えれば。
(……本当に、そろそろじゃないか?)
結婚問題が、一気に他人事ではなくなった。
ネオンが生まれなければ、後にクラピカがノストラードへ入る流れまで消える。未来がどこまで変わるのか、ライトにも読めない。
だが、ライトには一つ大きな問題があった。
(ネオンの母親、漫画に出てない!! 顔も名前も知らないぞ!?)
ライトの前世の記憶には、ネオンの母親の名前も顔も残っていない。すでに亡くなっていたのか、離婚したのか、それすら分からない。
つまり、「どの女性がネオンの母親になるのか」を判別する材料が何もない。この件に限っては、未来知識はほとんど役に立たなかった。
それから、ヴィクターによる怒涛のお見合いセッティングが始まった。
「マフィアの若頭が嫁を募集」などと裏社会に触れ回るわけではない。現在のノストラード組は、表の物流会社としてカキン貿易やハンター支援で名を上げている。名士の側からも、普通に政略的な縁談が舞い込んでくるようになっていたのだ。
ヴィクターが事前に厳しいフィルターをかける。
成人で未婚であること。家柄に致命的な大問題がないこと。ノストラードと敵対関係にある組織の息がかかっていないこと。借金問題がないこと。そして何より、家族がノストラードの「マフィアとしての実態」をある程度理解しており、結婚後の政略的な負担が強すぎないこと。
最初の候補は、地方銀行家の娘だった。二十四歳。
教養もあり、美人で、会話もまともだった。
『休日は何をなさっているんですか?』
『仕事ですね』
『まあ。お仕事がお好きなんですね』
『いや、終わらないだけです』
感じのいい人だった。だが、お互いに条件は整っていると思いながらも、特に惹かれるものがなく、一回で終了した。
二人目は、港湾会社のオーナーの娘。
これは相手の父親の思惑が透け見えすぎた。「結婚したら、うちの港湾契約の条件を優先してほしい」という空気がビンビンに出ている。
(結婚前から契約交渉が始まってるじゃん)
ライトは速攻で却下した。
三人目は、上部組織と深い関係のある名家。
これは逆に政治的すぎた。結婚すれば、ノストラード組が上部組織内の特定の派閥に完全に組み込まれてしまう。
『これは無しだ』
『私も同意見です』
ヴィクターと満場一致で断った。
四人目、五人目。医師の一族や、貿易商の娘。
人格は良いが、会話のテンポが全く合わない。
そんな昼食、夕食、茶会が、年末から年明けにかけて週に一、二回のペースで続いた。
ベレノスの未知文明調査。カキンへの国際物流。燃料費高騰への対応。《台帳》の能力と念の修行。
その激務の合間を縫っての婚活。
(もういいだろ……)
ライトの精神的な疲労はピークに達していた。
(俺、あと何人と飯を食えば結婚できるんだよ。ネオンの母親はどこにいるんだ)
そして今日。
車の中で、ヴィクターが新しい候補者の資料を差し出してきた。
「……まだいるの?」ライトがうんざりした声で受け取る。
「おります」ヴィクターが容赦なく言う。「今回の候補者は、セレステ=ローヴェル様。二十三歳です」
ライトは気乗りしないまま、資料を開いた。
ローヴェル家。ヨークシン近郊に住む旧家だという。祖父は高名な医師。父親は地方の病院経営や慈善財団、大学の評議会などに関わる、いわゆる地方名士だ。
政治家そのものではなく、裏社会との直接の繋がりもない。金に困っているような没落した家でもない。
「なんでこういう家が、うちみたいなマフィアとの縁談を受けるんだ?」
「セレステ様のお父様の判断のようです。『ノストラードは危険な成り上がりではあるが、表の事業は大きく、取引上の評判も安定している。一度会ってみて損はない』と」
マフィアであることを承知の上で、実業家としてのライトも見ている。少なくとも、話の通じない相手ではなさそうだった。
ライトは、クリップで留められたセレステのポートレート写真を見た。
そして、視線がピタリと止まった。
写真を見たライトの第一の感想は、ひどく単純だった。
(……美人だな)
色白で、華奢。大きな目と、少し小さめの口。二十三歳という年齢よりも、少し幼く見える顔立ちだ。
ところが、二秒もすると。
別の既視感が、ライトの頭に引っかかった。
(……待て)
ライトは写真を顔に近づけた。
(なんか……ネオンに似てないか?)
もちろん、露骨に瓜二つというわけではない。だが、目元の輪郭や、どこか世間知らずで我が儘な好奇心を秘めたような瞳の印象が、前世の記憶にある『娘』と奇妙なほど重なるのだ。
ライトが写真を無言で凝視し続けていると、ヴィクターが声をかけた。
「……お気に召しましたか?」
「いや、まだ写真見ただけだろ。顔で判断するわけじゃない」
ライトは慌てて取り繕ったが、写真から感じた既視感は頭から離れなかった。
ライトは急いで彼女のプロフィール欄に目を移した。
学歴、家柄。そこは普通だ。
だが、『趣味』の欄を見た瞬間、ライトの目が釘付けになった。
『趣味:占星術』
(ん?)
ライトの指が止まる。
さらに続く。
『タロットカード。夢占い。手相。数秘術。心霊現象研究。古い予言書の収集。占い器具のコレクション』
ライトは、資料を持ったまましばらく黙った。
(かなり本気だな)
ここまで並ぶと、単なる気まぐれの趣味ではなさそうだ。
(顔だけじゃなく、趣味までネオン寄りか……)
偶然にしては出来すぎている気もする。
だが、そこで決めつけるほどライトも浮かれてはいなかった。
(落ち着け。俺はネオンの母親について何も知らない。似てるってだけで正解扱いするな)
ライトは深呼吸をし、資料を閉じた。
「ヴィクター。こちらの方とは?」
「今日の午後、会食のセッティングが済んでいます」
「会おう」
ヴィクターは一度、ライトを見直した。
これまで、候補者の資料を見せても「面倒くさい」と渋っていたライトが、こんなに即決したのは初めてだったからだ。
「随分と判断が早いですね。写真がよろしかったのですか?」
「……いや。趣味が、ちょっと面白そうだからな」
「占いが、ですか?」ヴィクターが怪訝な顔をする。
「まあな」
数時間後。
会食の場所は、ローヴェル家が支援しているという、小さな私設美術館に併設された静かなレストランだった。
展示スペースには、普通の絵画ではなく、古い航海用の星図、精巧な天文器具、占星術盤、宗教画、そして怪しげな占い器具などが並べられている。セレステの趣味と直結した、彼女のホームグラウンドのような場所だった。
ライトが指定のテーブルに到着すると、すでにセレステは席に着いていた。
立ち上がり、一礼する彼女を、ライトは直視した。
(実物、写真よりずっと美人だな……)
男としての素直な感想は、どうしても先に立った。
そして、彼女の横顔や、ふとした瞬間の表情を見る。
写真で感じた既視感は、実物を前にしても消えなかった。
ライトはそれ以上考えず、まず目の前の本人を見ることにした。
だが、外では当然、平静を装う。
「ライト=ノストラードです。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「セレステ=ローヴェルです。こちらこそ、お目にかかれて光栄です」
セレステの口調は上品で、育ちの良さが滲み出ていた。
食事が運ばれてきて、ライトはいつもの婚活テンプレ質問から入った。
「今回のお見合いのお話は、お父様からどこまで聞いていますか?」
セレステは、落ち着いた口調で答えた。
「父から、『ライト様なら家同士の条件には問題がないので、一度会ってきなさい』と」
「……それだけですか?」
「ええ」
セレステは少し小首を傾げて考えた。
「お父様が決めたことですし、私は特に構いません」
ライトは予想外の返答に面食らった。
「……構わない?」
「結婚、でしょう?」
「まあ、そうですね」
「家同士で問題がなくて、あなたが私の『趣味』を邪魔なさらないのでしたら、私は結婚に特に反対はいたしません」
あまりにもドライで、マイペースな結婚観だった。
「趣味というと……」ライトは資料で読んだことを知っていながら、あえて聞いた。
「占いです」
セレステの目が、急に生き生きとした光を帯びた。
資料で読んだ通りだった。
「星占いとかですか?」
「もちろんです。それから、夢占い、手相、タロットカード、振り子、水晶、数秘術、古い予言書の解読……」
セレステの口から、オカルト用語が堰を切ったように溢れ出した。
「結構、幅広くやられてるんですね」ライトが引きつった笑顔で相槌を打つ。
「まだまだございますけれど、聞かれます?」
ライトは黙って続きを促した。
セレステは、紅茶のカップを置いて、ライトを真っ直ぐに見た。
「結婚後も、私の占いの趣味は続けさせていただけますか?」
「それはもちろん。個人の趣味を縛るつもりはありませんよ」
「それから、部屋を一つ」
「部屋?」
「私の専用の、占い部屋ですわ」
セレステは具体的な要望を出し始めた。
「東か南向きで、日当たりの良い部屋。古い本がたくさんあるので、本棚は多めに。大きな机と、遮光できる厚手のカーテン。それから、水晶やカードを並べるための専用の棚が必要です」
結婚相手に求める条件が、『愛』でも『金』でもなく『占い部屋の設備』だった。
ライトは思わず吹き出しそうになるのを堪えた。
「……それくらいなら、うちの屋敷なら全く問題なく用意できますよ」
セレステの顔が、今日一番の輝きを見せた。
「本当ですか?」
「ええ」
「それから、もう一つだけ。私が集めた収集品を、気持ち悪いと言って勝手に捨てないこと」
「危険な物でなければ、捨てませんよ」
ライトのその一言に、セレステが強烈に食いついた。
「危険?」
彼女の目が、文字通りキラキラと輝いている。
「呪われた物、ということですか?」
ライトは、嬉しそうな顔をするセレステを見返した。
「俺は仕事柄、古い骨董品を扱うことも多いんです」ライトは、念の存在や呪物の実態については直接触れず、慎重に言葉を選んだ。「古い物の中には、冗談じゃ済まないような、洒落にならない気味の悪い物も現実にあります。だから、そういう変な曰く付きの物を買う前には、一度俺に見せてください。それだけ約束してくれれば」
「分かりました」
セレステは素直に頷いた。
セレステは返事の後も、少し不思議そうにライトを見ていた。
「何か?」
「いえ。少し意外でしたの」
彼女は紅茶を一口飲んでから、素直に理由を口にした。
「ライト様は、こういう話を馬鹿にして笑わないんですね。他の方は、大抵呆れた顔をなさいますのに」
「世の中、人間の理屈じゃ説明のつかない『変なもの』は、本当にありますからね」
「まあ」セレステが興味深そうに身を乗り出す。「ライト様は、実際に何かご覧になったことが?」
「仕事上の秘密です」
ライトは軽く微笑んで逃げた。
食事が中盤に差し掛かった頃、セレステがふと思い出したように言った。
「ところで、ライト様は『自動筆記』という現象をご存じですか?」
カチャリ、と。
ライトの手の中で、ナイフとフォークが一瞬完全に停止した。
「……名前くらいは」
ライトは努めて平坦な声を作った。
セレステは楽しそうに説明を始めた。
「本人が意識していない文章を、手が勝手に動いて書き記すという不思議な現象です。霊が憑依して書いていると言う方もいますし、本人の深い無意識が書いているという学説もあります」
セレステは夢見るような目で宙を見つめた。
「私は、いつか……本当に『未来』を正確に書き記す人が現れたら、とても面白いと思っていますの」
(『天使の自動筆記(ラブリーゴーストライター)』じゃん!!)
ライトは内心で叫んだ。
目の前の女性と、前世で知る娘の能力が、妙なところで一本につながった気がした。
少なくとも、ライトの目にはセレステが念を使っているようには見えない。未来を言い当てたという話を聞いたこともない。今の彼女は、占いやオカルトが大好きな少し変わったお嬢様だ。
ライトは少し迷ってから、そのまま尋ねた。
「セレステさん。占いって、本気で信じてるんですか?」
セレステは少し不思議そうな顔をした。
「当たったものは信じます」
「外れたものは?」
「外れたと思います」
ライトは思わず笑った。
「そこは、意外と現実的で普通なんですね」
「外れた占いを、後から『解釈次第で当たっている』などと強弁し始めるのは、美しくありませんもの」
ライトはその答えが妙に気に入り、今度は少し冗談めかして聞いてみた。
「ちなみに、今日のこのお見合いも、事前に占ってきたんですか?」
「はい」
即答だった。
「……で、結果は?」
セレステは少し考えた。
「悪くありませんでした」
「点数とか、出るんですか?」
「今日の星回りでは、七十二点です」
「微妙ですね」
ライトが苦笑すると、セレステは真面目な顔で言った。
「七十点を超えれば、十分に良縁です」
(俺の結婚、星回りに採点されてるのか……)
今度は、セレステから質問が飛んできた。
「ライト様は、どうして結婚を急いでらっしゃるの?」
ライトは少し困った。まさか「未来に予知能力を持った娘が生まれるから」などとは口が裂けても言えない。
ライトは、ありのままを正直に答えることにした。
「最初は、周りに強く勧められたからです」
「まあ」セレステが少し驚いたように目を瞬かせる。
「マフィアの組長として、俺に何かあった時、今の組織や事業を誰が継ぐのか。従業員はどうなるのか。それを考えろと、部下にきつく説教されましてね」
セレステは数秒、ライトの顔を見ていた。
「……正直なんですね」
セレステが小さく笑った。
「あなたは?」
「私は、父に『相手の顔も知らずに断るのは失礼だから、一度くらい会ってから断りなさい』と言われましたの」
ライトは思わず吹き出した。
「お互い、最初から結婚にロマンティックな夢を見てないってことですね」
「ええ、そのようですね」
そこからは、どちらが先に話題を作るでもなく、会話が続いた。
料理が一皿下がる頃には仕事の話をし、次の皿では美術館の展示品へ移り、その次には古い骨董品や旅行の話をしていた。
気づけば、ライトが事前に聞いていた会食の予定時間をかなり過ぎていた。
「ノストラード家が、表の運送事業だけをしているとは、私も思っておりません」
セレステが、さらりと言った。
「随分、柔らかい言い方ですね」
「父から『マフィアの仕事の裏側など、余計なところまで絶対に尋ねるな』と厳命されておりますので」
セレステはクスクスと笑った。彼女は、マフィアという存在を過剰に怖がってもいないし、逆に映画のように憧れてもいない。ただ、「世の中にはそういう商売をしている家もある」という、フラットな認識だった。
「お仕事で、家を空けることは多いですか?」
セレステが尋ねる。
「多いと思います。色々と現場を走り回っているので」
「夜遅いことも?」
「かなり」
「では、私も夜は一人でゆっくりと占いをして待っています」
「……それでいいんですか?」ライトは少し心配になった。「新婚で、毎日ずっと一緒にいなければならないと不満に思うのでは?」
「毎日ずっと顔を突き合わせていなければならない方が、お互いに窮屈で大変ではありませんか?」
いかにも彼女らしい、マイペースな回答だった。
ライトは返事に困って、少し笑った。
無理に次の話題を探す必要もなく、沈黙が落ちればセレステは窓の外や展示品を眺め、また思いついたように話し始める。
ライトも、その間を埋めようとはしなかった。
これまでの会食では、珍しいことだった。
食事が終盤に差し掛かった頃、セレステが条件の再確認をしてきた。
「私の占い部屋」
「作りますよ」
「収集品」
「危険物だけ事前確認。あとは好きにしてください」
「でしたら、私は特に問題ありません」
セレステが微笑む。
「俺の方も」
ライトは答えてから、自分でも少し驚いていた。
もちろん、マフィアの組長と名士の娘の縁談だ。今日一回の食事で「はい結婚します」と即決できるものではない。
「もしよければ、また食事でも」ライトが言う。
「ええ。次は私の持っている自慢の占い道具のコレクションをお見せします」
「楽しみにしています」
今度の「楽しみにしています」は、社交辞令ではなかった。
帰り際。
美術館のエントランスを出たところで、セレステがふと立ち止まり、ライトを見上げた。
「そういえば」
「何ですか?」
セレステは、不思議そうな目でライトの顔を見つめながら言った。
「ライト様って、子供ができたら、ものすごく甘やかしそうですね」
ライトの歩みが、ピタリと停止した。
「……どうして、そう思うんです?」
「何となくです。星の導きかもしれませんわ」
セレステは優雅に微笑み、待たせていた車へと乗り込んでいった。
ライトは、その場に一人立ち尽くした。
(やめろ)
ライトは思わず額を押さえた。
(そういうことを言われると、余計に意識するだろ……)
本部の執務室へ戻ると、ヴィクターが報告を待っていた。
「いかがでしたか?」
ライトはコートを脱ぎながら、少し考えた。
「……悪くなかった」
ヴィクターが顔を上げた。
これまでの候補者に対しては、ライトは常に「悪い人ではないけど」という、明確な拒絶の言葉を返していたからだ。
「珍しいですね。……では、二度目の会食の日程をローヴェル家と調整いたしますか?」
「頼む」
ヴィクターは一度だけ瞬きをしたが、それ以上は何も言わず、「承知いたしました」とだけ言って退室していった。
一人になった執務室。
ライトはデスクの上に置かれた、セレステの候補資料を開いた。
写真の彼女を見ていると、さっきの会話が自然に蘇った。
『私の専用の、占い部屋ですわ』
(……この子と、結婚か)
数時間前までなら、その言葉にはもっと現実味がなかった。
だが、占い部屋の設備を真剣に語るセレステの顔を思い出しても、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ、もう一度会ってみたいと思っている。
(でも、まだ決めるな)
ライトは写真から目を離した。
(未来知識がそれっぽいってだけで、人生の伴侶を決めるなよ、俺)
(もう何回か会って、セレステ本人を見てからだ)
そう決めて、ライトは資料を閉じた。
ライトは頭を切り替え、仕事に戻ることにした。
デスクの端には、ベレノス海の調査船から届いたばかりの、短い電報が置かれていた。
『調査船、中央区画の上部へ到着。無人探査機の投入準備開始。現在、異常なし』
ライトは電報へ目を移した。
中央区画では、ようやく無人探査機を入れる段階まで来ている。
自分の結婚話とは無関係に、ベレノスの時計も進んでいた。
「……本当に色々重なるな」
ライトはセレステの写真を伏せ、電報を手元へ引き寄せた。
「中央区画に入れるなら、映像記録を最優先……」
ライトは万年筆を取り、返電に添える指示を書き始めた。
ペン先が紙の上を滑っていく。
数行書いたところで、視界の端に伏せた写真が入った。
ライトの手が、ほんの一瞬だけ止まる。
(……次も、会うんだよな)
少しだけ口元が緩んだ。
ライトは写真を引き出しにしまい、もう一度電報へ視線を戻した。
今は、それで十分だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!