吾輩は本である。 ~狐耳少女と行く、コミュニケーション縛りの冒険譚~ 作:鏡路の一般兵(喰い断Ⅸ)
その後、第一拠点を立ったタマモとルシアンは第二拠点にもお偉い先生とやらが戻ってきていないことを確認。
太陽が昇り切る前に最終目的地のとある古代遺跡へと辿り着いていた。
ルシアンが道中でタマモに語った所によると、この遺跡は現在では再現できない程の魔法技術を誇った大国の軍事拠点であり、山をくりぬくようにして作られているとのことだ。
古代文明が地上に残したものの多くは長い時を経て風化したり、その時々の人々によって資源や拠点として消費されているため昔の状態を保っているものは少なく、とても貴重な物らしいのだが……。
コレ、もしかして古代文明は末期戦でもしてたのか?
吾輩が遺跡を見て最初に抱いたのはそういう感想だった。
この遺跡は一言で言えば、石とも金属とも思えない不思議な物体で作られた壁全体が謎の光を放つ摩訶不思議な防御施設だ。
空からは容易に発見できないように入り口は洞窟に偽装されていて、明らかにここでなんらかの戦闘を行うことが想定されている。
それがこんな僻地の山奥に作られているというのは、なんとも不釣り合いであると言わざるを得ない。
本来、軍事拠点とは交通の要衝やその境界に作られるべきものだ。
軍隊というのはそれを維持するだけで食料を始めとした大量の物資を必要とする。
それを維持するためには必然的に様々な生産拠点、あるいはその生産拠点から運び込むための輸送手段が必要になる。
即ち、大規模な拠点というのはある程度利便性のよい場所にしか作ることができないというのが常道なのだ。
それが――「ノーザンヒル」と名付けられるような僻地から見て、更に30kmも離れた山奥に――?
その理由を考えると、古代の魔法文明は何者かによって徹底的に追い込まれ、こんな僻地を要塞化するしかない程に追い詰められていた。
末期戦としか言えない状態だったのではないかと吾輩は考えたのだ。
「タマモ、ココだ」
「おー?」
そんなことを吾輩が思っていると、ルシアンが遺跡の中のとある部屋で、室内にあるにはいささか不自然な直近まで誰かが過ごしていた生活感を発見する。
放置されたバックと、散らばった衣類、そして、これまでの拠点と同様の焼け跡……焼け跡?
「……は? ココ、閉所だよね?」
吾輩がギョっとしたのと同じように、タマモもまたその焼け跡をみて思わずといった様子で口に出す。
室内で火を使うとか死にたいのか、一体何を考えているんだという感情が思わず飛び出たといった反応だった。
「先生曰く、この遺跡の内部は自動的に空気が動くようになっているとのことだ」
「自動的に……?」
じとっとした目。
閉所の空気は勝手に流れないだろうと言わんばかりだが……。
ルシアンの言葉を聞いた吾輩はなるほど。
古代の魔法文明であればそれくらいはやっても不思議ではないと周囲を見回し、換気扇のようなものがないかと確認する。
……あった。
部屋の片隅、邪魔にならない端っこに不自然に開いた穴のような何か。
換気扇とそこから繋がる
吾輩はいつものようにポシェットから源影を覗かせると、ちょいちょいとタマモの服を引っ張りながらダクトに向けて指をさす。
「ふむ……」
そうすると、タマモはおもむろにしゃがみ、焼け跡に残された灰を掴み……。
「えいっ」
「えっ?」
突然、換気扇目掛けてぶわっと灰を投げつけたのである。
思いもよらぬ行動にルシアンが呆けた顔を晒し、吾輩も思わず何やってるんだコイツと思ったが……。
ジジジジジぶわああああああと。
換気扇(?)はかなり大きな――恐らくはメンテナンスされていないが故に汚れや錆びが原因となって生み出された音を発し、それは景気よく動き始めた。
見た感じでは換気扇と言っても羽はなく、何か別の力、恐らくは風の魔法を使って自動的に空気を動かしているようだ。
所謂、空気清浄機の自動運転のようなものだろうが、空気の汚れを検知して勝手に起動するあたり、少なくとも技術レベルは2010年代の日本と同等が最低保証。
古代の魔法文明とやらの技術力には驚愕の一言である。
「おー。これは凄いね。本当に勝手に空気が動いてるじゃん」
「これは……なんと……」
そして、そんな技術力には2人も素直に感心したようで、灰を投げつけた当人であるタマモも納得の表情で、ルシアンは本当に空気が動く様子、灰によって可視化されたそれに驚愕していた。
「ま、それはともかく。お偉い先生とやらがこの遺跡内にいるのは分かったわけだけど、ルシアンはココの構造は分かってるの?」
「すまないが、詳しい内部構造については分からない。現時点で判明している限りでは入口を基準として地下に10階層が確認されているらしいが……」
「そこで終わりかもしれないし、それよりも深いかもしれないと」
「ああ」
「マジか……」
地下10階の建築物。
日本を基準として考えると、ざっくりと駅前なんかにある大型デパートがそのまま山に埋まっているようなものだ。
しかも、古代の魔法文明が作った建物であれば、既存の建物としての常識を完全無視。ファンタジー的に空間拡張の魔法を駆使して吾輩たちの想像よりも遥かに大きな建物になっている可能性もある。
そんな環境で魔物に対応しながら要救助者を探し出すとなれば……それに必要な労力はお察し。タマモが「マジか」とため息をつくのも当然のことと言える。
「問題はないはずだ。先生たちに何かあったとしても、遺跡の奥に向かう必要はない」
「いや?分かるよ?この大きさの遺跡に大型の魔物は入ってこれないし、わざわざ奥まで行く必要はないってことでしょ?」
だが、その一方でルシアンは探索そのものについては楽観視。
わざわざ遭難した状態で遺跡の奥に進むことはないだろうと、常識的な意見を述べるが……。
「それがこんなに分かり易く拠点にしていた場所にいないってことは、つまり、そういうことじゃん。」
ピンと、タマモが狐耳を立てながら換気扇を睨む先には、音もなく、シュルシュルと舌を出し入れする大きな蛇の姿があった。
★
「あれは……アオダイミョウか!」
「いやー。参ったね。そりゃこの部屋から離れるはずだ。」
タマモは剣を抜いて構えながら、ダクトから顔を出す巨大なヘビと対峙する。
ルシアン曰く、その巨大な蛇はアオダイミョウ。
シンプルに考えればアオダイショウのデカい版と言った所なのだろうが、その迫力はまさしくパニックものの映画に出てくる怪物級。
人間一人ぐらいであれば、軽く丸呑みにしても驚かないサイズである。
勿論、先日の怪物や、サイクロプスと比較すると聊か見劣りするサイズではある。
3階建てのビルが動いているかのような威容と比較すると、デカいだけのヘビというのは率直に言って大したことないと言わざるを得ない。
パニックものの映画に出てくるような怪物とはいっても、逆に言えば、アオダイミョウはその程度の魔物でしかないのだが……。
「ルシアン、行ける?」
「やってみるが……」
この状態で問題になるのはやはり、防空壕を思わせる閉所での戦闘という事だろう。通気口が作られている場所は当然、部屋の片隅、端も端である。
タマモは油断なくヘビに向けて剣を構えているが、それをいつもの調子で振るうことができるかといえば、否だ。
安易に剣を振るえば壁や天井に阻まれてしまうし、突くように動かすしかなくなってしまう。
それは魔物という野生生物に対し、逃げてくれと言わんばかりの隙を見せるのと同義である。
遠距離攻撃もできるルシアンがタマモの言葉に応えて弓を構えるが、それと同時に自分が狙われている事を察知したアオダイミョウは通気口の中に戻ってしまう。
「まあ、そうなるよね。この遺跡は綺麗に見えても内部は魔物の巣になっていると」
「長年、人の手が加わらずにこんな場所で放置されていたわけだからな……」
「どうしようか。アオダイミョウはただ大きいだけのヘビみたいなモノだけど、あの穴を通じて追われ続けるのは厄介だよ?」
「通気口は部屋の一つ一つにあるだろうからな……」
むむむと、2人が考え込む。
如何に腕に自信があれど、弓と剣では通気口を行き来するヘビに有効打はなく、音もなく動かれると奇襲を受ける恐れもある。
要救助者がいる状態で放置できる相手ではないのは明らかだった。
ならば、ここは吾輩が行動するべきだろう。
この場にいる存在の中で、もっとも閉所での戦闘に向いたのは吾輩なのだから。
「クロちゃん?」
吾輩はちょいちょいとタマモの服を引っ張り、通気口へと腕を向けてアピールを行う。二人はあの中に入れないだろうけど、吾輩なら問題無く入れるよ?
ちょっと持ち上げて、通気口の中に入れてくれないか、と。
「あー。クロちゃんならあの通気口にも入れそうだけど、……大丈夫?」
全然平気である。
吾輩の本体はあくまでも本。
仮に源影がアオダイミョウに一呑みにされようと、締め付けられようとも何の問題もない。
更に言えば、吾輩には仮称:消滅魔法がある。
室内のような閉所では超人的身体能力で高速機動を行うタマモを巻き込むのが怖くて中々使えないという問題があるが、通気口ほどの極端に狭い閉所での戦いとなれば、「消滅魔法」は事実上の必中必殺の最強技。
ヘビがニョロニョロと動いた所で回避することなど出来ようはずもない。
勿論、消滅魔法が使えることを知らないタマモからすれば、本当に大丈夫かと不安に思うのも当然の事。
ここは一度吾輩の戦闘能力を見せる事で安心して貰うことにする。
「お、おおう?」
「クロくん……?」
吾輩はタマモのポシェットからポテっと這い出ると、二人に床を……これから仮称:消滅魔法を使う場所を注目する様に腕を向ける。
二人は突然の行動に驚いていたが、とりあえず吾輩が何か伝えたいということがあるのは分かったらしく、黙って吾輩の腕の先に視線を向けてくれた。
―― ありがたいな。
言葉を発せずとも吾輩の意思は伝わる。
この事実に感謝しながら吾輩は源影にパンと手を叩き合わす。
勿論、音は出ていない。実際には手を叩き合わせる必要もない。
あくまで、これから起こす事象は吾輩が原因であると証明するためだけの行為だ。
―― 仮称:消滅魔法!
吾輩が意気込むと同時に消滅魔法は洞窟で使っていた時と同じように機能。
音もなく遺跡の床を焼け跡ごと抉り取って影空間への転送することで、文字通りこの世界から跡形もなく消滅させる。
これならば大きなヘビ程度なんの問題にもならない。
特に閉所であれば避けることさえ許さないというアピールだったのだが……。
「マジか。マジか」
この魔法を見たタマモは吾輩の想定――「凄いよクロちゃん!じゃあ、お願い!!」といった喜びとはまったく逆の顔を見せていた。
衝撃や驚きとは違う、まったく別の感情。
それは彼女と出会ってから半年の中で始めて見る――怯えの表情だった。
そして、そんな表情を見せているのはタマモだけではない。
隣に立つルシアンも同様である。
それどころかルシアンは吾輩の「消滅魔法」を見た瞬間に剣に手をかけながら咄嗟に後ろへと飛びのいているような状態だ。
え、なんで。どうしてそんな表情で吾輩を見るのかと考え――。
その理由に思い至った瞬間、吾輩は自分の迂闊さを呪った。
今の吾輩は彼らにとってタダの不思議生物ではない。
対象にしたものをノータイムで消滅させてしまうという、理不尽な力を持つ不思議生物なのだ。
勿論、二人は吾輩が源影を巨大化させられることを知っていて、ただの小さくて謎の黒いお人形というわけではないことを知っている。
しかし、逆に言えば小さな人形状態でもこんな事ができるとは知らなかったのだ。
警戒されるのも当然である。
特にタマモはこのノーザンヒルでは常に吾輩を懐に入れていた。
吾輩の気まぐれ一つで消滅魔法が自らに向いていたらと考えると、当然、気が気ではないだろう。
彼女の身体能力を思えば、反射的に攻撃されても文句は言えない。
自分の行動がどれだけ相手に恐怖を与えるものだったのかを理解した吾輩はぺこぺこと頭を下げ、必死に手を振って「二人が考えているようなことはしない」と弁解のジェスチャーを行うが……。
「…… ……」
「…… ……」
ルシアンとタマモは無言で視線を交差させる。
コレ、本当に大丈夫なのか?
まあ、今まであーしを狙ってないし、大丈夫じゃないかな?
吾輩の妄想でなければ、そういった意志を伝えたとしか思えない視線が交差する。
なんとも気まずい沈黙の中、必死にジェスチャーで自分が悪い存在ではないと伝える吾輩に対し、最初に動いたのはタマモであった。
「とりあえず、ごめんね。クロちゃん。」
彼女は吾輩(源影)を手の上に救いあげると、わざわざ顔の前に持ってきて謝罪の言葉を口にする。
謝らなくていい、今のは吾輩が迂闊過ぎた。
役に立てるかもしれないと、2人がどう思うかを考えていなかったと伝えようとするが、言葉を発することができない吾輩はその意志を正しく伝えることはできない。
「クロちゃんが良かれと思って意志を示してくれたのに、それを疑うなんて良くない行動だったよ」
違う。
タマモが謝る必要はないと必死に伝えようとするが……。
少女は吾輩を乗せていない方の手を動かすと、腰に下げた剣を抜き、唐突にルシアンの首元に突き付けた。
「む」
キラりと光る白刃にルシアンが息を飲む。
吾輩も突然の蛮行に何をしているんだと混乱してしまう。
「こんなことをされるかもしれないからって理由で仲間を警戒するなんて、ダメなことじゃん? だから、謝るべきはあーしたち。クロちゃんがそんなに慌てる必要はないんだよ」
なるほどと、納得させられる。
仲間から、味方から攻撃をされるかもしれないからと、善意で行われた提案を断ったり、怯えたりする。
吾輩が人間でないからこそ誤魔化されているだけで、この問題の本質はそこなのだとタマモは言っているのだ。
「確かにそうだ。クロくん、すまなかった」
そして、そんなタマモの反応を見て、ルシアンも剣から手を離し、吾輩に向けて頭を下げてくる。
思わず、「聖人かコイツ!?いきなり剣を向けられてそんな対応が出来るのか!?」などと考えてしまうが、そんな吾輩の葛藤が表に出ることはない。
せいぜいが源影の腕をひらひらと動かして気にしていない。
何の問題もない。
そういってくれるならば吾輩を信じてくれと、通気口を指さしながらアピールすることがせいぜいである。
「分かった。なら、頼んだよ。」
それを見て、頼むと言ってくれたタマモの言葉に吾輩はドンと。
気持ちだけは大きな音を立て、鳴りもしない源影の胸を叩いた。