托卵令嬢はとんだ悪女だった〜不貞とか寝取りとか気持ち悪いのでぶっ飛ばします 作:Hs129
オリジナル:ファンタジー/恋愛
タグ:R-15 残酷な描写 AI本文利用 オリジナル シリアス ヤンデレ 激重感情
寝取られ、托卵ってのはね、それはもうみじめで、情けなくて……そういうものをドス黒いい輝きで塗りつぶすことがたまには必要なんだ
※本作は小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。
――わたくしがお父様の子供を孕んで差し上げます。
媚びるような声色で、その子は耳元でそう囁いた。
ラ・ヴァール辺境伯ユーディスは暗鬱とした表情で席に座っていた。この宴を開いた当人にはとても見えなかった。
王都の王宮勤めの妻と、同じく王都王室学院で学ぶ娘が二人とも、それも同じ日に館へ帰ってくる。
ならばせっかくの機会だ。
知らせを受け取ったユーディスはささやかながら宴の準備を整えて自分の館で待っていた。
二人から届いた知らせは別々だったが、てっきり揃って帰ってくるものと思っていた。久しぶりに家族三人で食卓を囲める。そう思っていたのである。
ところが蓋を開けてみれば、妻は娘を伴っているわけでも、かといって一人だけで帰ってきたわけでもなかった。
王弟アルトー宮中伯を伴ってきたのである。
アルトー伯の名前を聞いて不愉快な顔をする貴族は多いだろう。
稀代の女たらしとして名高い男だ。
これまで宮中で流した浮名は数知れず、その噂は虚実入り混じりながら、王都から遠く離れた西のラ・ヴァールにまで届いている。
やれ誰それの婦人がアルトー伯と付き合っている。それは破談して今度はあの家の娘だ。いやどこそこの召使いの娘も…
そんな話はユーディスも何度となく耳にしてきた。
妻がかつてアルトー伯と関係を持っていたらしいことも、知っている。
だが知らぬふりをした、いやするしかなかった。
ラ・ヴァール辺境伯は古い名家だが権勢が衰えて久しい。
辺境伯という肩書も「かつてここは国境の領邦だった」以上の意味は持っていない。毒にも薬にもならない家、としか宮中では扱われていない。
対して妻の実家は五代遡ればときの国王に当たる、この西部屈指の名門たるコーンディー侯爵家。
魑魅魍魎ひしめく宮中を巧みに生き残り、肥沃な土地を有する大貴族であり、そして妻自身かつてはうら若き令嬢として、今ではサロンの主宰として有名である。
辺境伯家の古さのお陰で家格自体の釣り合いは取れており、貴族の感覚では近所と言っていい家だったが、実力でいえば家も個人もいささか不釣り合いな夫婦だった。
とはいえ貴族の婚姻など政略婚が基本、まあそんなものだ。
ユーディスに言わせればそれは不思議なことではない。
加えてこの結婚は先王――今の王の父親――の影響もあった。
先王の治世は、何もかもを黙らせる王の剛腕により決まることは珍しくない時代だった。
些細な醜聞が王妃の口の端に上ったと思ったら、あれよあれよという間に尚書の首が飛び郎党が路頭に迷った。今では考えられぬ、ほんの五年ほど前までの「普通」。
王のお望みとあらばご無理ごもっとも、とやり過ごす他なかった。
しかしサロンというものは金がかかるものだ。
一体そんな金がどこから出ているのか――何も知らない者はユーディスの支援だと疑わず、無邪気に羨ましがる。
だがラ・ヴァール辺境伯家の財政は、いくら妻一人だろうと王都で贅沢な暮らしをさせる余裕などない。
ましてやサロンなど出来るはずがないのだ。
自慢ではないが、ユーディスは勘定のやり繰りに自信がある。
領地の収支はしっかりと把握しているし、これまで何度も商人をやり込め、コーンディー侯からも何度か頼りにされ、陛下お抱えの銀行家に「勿体ない」と言わせたことすらある。
ラ・ヴァール辺境伯家はもしサロンなど開こうものなら一年も持たない貧乏貴族である事も、本来ならサロンに流れ込んでいるはずの金の流れ自体が存在せぬことも、ユーディスは一番よく知っている。
では、金は一体どこから湧いているのか。
最初は妻の実家を疑った。
ところがある日コーンディー侯に狩りに誘われた時、かの老公もまた娘のサロンの権勢を訝しんでいることを知り、以来疑問を持つことをやめた。
――これは間違いなく、宮中の何か碌でもないことと関わっている。
サロンの金の出所に思い当たるところがない。そうお互いに知ったとき、顔に浮かんだ困惑と恐怖は今も夢に出てくる。
――コーンディーの老公が手を出すまで触れるべきではない。自分ごときが触れたら何が起きるかわかったものではない。
機を見て動くことを義父と誓ったものの、自分の手元を離れているのにかこつけて今日の今日まで妻を黙認、いや放任するのがユーディスの出来る精一杯だった。
宮中では名の知れた実の父すら欺く妻がどう動くかなど、知る由もなかったし、知りたくもなかった。
そして今。
そのサロンの主である妻が、王弟アルトー伯を伴って自分の屋敷にいる。
「しかし良い土地じゃあないか、奥方から聞いたとおりだ」
「でしょう?あなたにも一度見ていただきたいと思っていましたもの」
妻は嬉しそうに笑い、アルトー伯もまた親しげに笑い返す。
「もう一杯どうだ? 昔から君は酒が弱かったが」
アルトー伯は妻の杯が空いていることに気付くと、まるでそれが当然であるかのように酒を注いだ。
「あなたが強すぎるだけでしょう? ほらお兄様と何杯飲み干せるか…」
二人だけに通じるらしい昔話に、また笑い声が上がる。
ユーディスをそっちのけにしているというより、まるで最初からそこにいるのが二人だけであるかのようだった。
夫の目の前で、妻がかつての男とこれほど親密に振る舞う。
しかし相手は王弟である。
まさか試されているのか、曲りなりにも古い貴族である自分が妻を寝取られてどう動くかを。
そんな考えがよぎってユーディスは胃の奥が冷たくなるのを感じていた。
こうなるとせっかくの酒を開けたことも猛烈な後悔となる。
これまで見ようとしなかったモノが膨れあがり、自分の館の中にまで入ってきたようだった。
「しかしラ・ヴァール辺境伯は良い酒をお持ちだ」
そんな恐怖を知ってか知らずか、アルトー伯は呑気な調子で酒を飲み干す。
「コーンディー侯のおかげですよ」
こっちは全く進んでいないのに遠慮を知らんのか、とユーディスが呆れたのは最初の二杯までで、アルトー伯がもう一杯飲み干してからは、コーンディー侯が自慢げに渡した酒が何杯飲まれたのかユーディスは数えるのを止めていた。
アルトー伯が喋り、ユーディスがうわの空で返し、彼の妻は意味深に笑っている。
先ほどからずっとこの調子だった。
が、いつまでもそうはいかない。
「して宮中伯殿、今日は一体どのような…」
意を決し、ぐい、と杯をあおったユーディスが本題に切り出す。
「あの子…フェリシアのことですわ」
妻のその言葉は予想していたことなのに、ユーディスは空になったばかりの杯を取り落としそうになった。
フェリシアはユーディスの一人娘だった。いや、法的な意味での娘と言うべきか。
薄々勘づいていた。
フェリシアとは血が繋がっていないことに。
ただ、今の貴族社会では血の繋がりの怪しい親子は、決して珍しいものではない。
宮廷内やサロンを渡り歩く奔放な貴族が珍しくないがゆえに――そう、眼の前の王弟のような。
だからユーディスも、敢えて深く考えないことにしていた。
例え血は繋がらずとも、目に入れても痛くない娘だった。
妻が誰と寝ようが、それで自分の家の継承に問題が生じないのであれば、知らないほうが幸せというものだ。
むしろフェリシアの後をどうすべきか、婿を探しそちらの家系に譲るかそれとも複雑な手順を通じて傍系に渡すか。
その方が貴族としては深刻な話だった。
しかし、それも全てがひっくり返りかねない事態がとうとうやってきた。
ユーディスは瞬時にそう察していた。
あれこれ先送りしたツケは高くついたな、心の中でもう一人の自分がそう囁いていた。
フェリシアが自分のサロンの周りで探偵ごっこをしているとか、あの子が止めればお父様も諦めるとか、妻は話を続けているが、その声はどこか遠くから聞こえてくる。
「フェリシア、が、どう…いや、なに…」
本来ならここにいるはずの娘が何故かいないことも忘れ、絞り出すようにどうにか言葉を出したときだった。
突然、広間の扉が音を立てて開け放たれる。
続けて人の波が広間になだれ込んでくる。
「な、何事っ、だ…?」
扉の音を使用人の無作法と思い反射的に怒鳴りつけようとしたユーディスだったが、入ってきたのが予想外の集団であり、その声は尻すぼみになる。
「アルトー宮中伯ならびに
代わりに長い金髪をたなびかせ、凛とした声で場を支配したのは、ラ・ヴァール辺境伯令嬢フェリシアその人であった。
その姿、その背格好。気がつけば妻とうり二つに成長していた。
もし二人とも同じ髪型と服装をしたらユーディスでも見分けるのは困難だろう。
何故、とユーディスは思う。
フェリシアは六年前、母の薦めるままに、他の貴族の子弟とともに王室学院に入学していたはずだった。
その時、ユーディスは彼女が自分よりも母を選んだような気がしていた。
最も血がどうあれ女はそういうものだろう、とさほど疑問には思わなかった。
だが今の彼女は女だてらに黒い騎士の軍装――王立高等法院が一部の帯剣貴族へ名誉職とともに授与する衣装だ――に身を包み、その後を数人の近衛、そしてコーンディー侯家の紋章の兵士が続く。
今まで王家や大貴族が着ていることしか見たことのない制服に身を包む娘の姿にまず混乱し、続いて妻の実家の兵を引き連れていることに混乱していた。
「例え宮中伯、例え今上の弟君であれど、陛下の財を横領した罪から逃れられるとは思わぬ方が身のためですわ」
バサリ、と音を立ててフェリシアは持っていた羊皮紙を広げる。
そこには先ほど読み上げたのと一字一句違わぬ文言、そして滅多に見られぬ国王の紋章が描かれていた。
「どういうこと――いえなぜフェリシアあなたがここに――」
「ま、待て。君はフェリシアだな、私は君の…」
「コーンディー侯爵第三令嬢、説明はあとでゆっくりと。そして宮中伯殿、ほうぼう遊び回る割に一人もお子を認知なさらぬお方が都合よく血の繋がりを持ち出しても何の説得力もありませんわよ」
我にかえった二人の弁明は途中で一蹴された。そう返してくることは想定済みだ、とフェリシアの顔が告げている。
「フェリシア、なぜあんな数字しか能の――」
パチィン!
「お黙りくださいませ」
絶句する宮中伯の顔からは、血縁を持ち出して絆せばどうにかなる、という浅慮と、その目論見がこともなげにあしらわれた事への困惑がわかりやすく伺えた。なおも妻は食い下がろうとするも、それは平手で断ち切られた。
それまで毅然としていたフェリシアの声が、震えていた。
「貴方が宮仕えの傍らでどなたと寝ようと、それだけなら私には関係のないことです。ですが、サロンだの社交だのと呼んでいたものが『森の園』もどきだったこと、その贅が一体どこから来ていたのか何も考えずにいたこと、私は見過ごすつもりはありません」
森の園。吐き捨てるようにそう言ったフェリシアの視線が向く妻の顔から余裕が消えていた。
森の園。かつてある王が人目を避け、複数の愛人を住まわせたという集合住宅。
妻にとって、その名が何を意味するかは明らかだった。
お前は女衒だやり手婆だと娘から言われたのだ。
ユーディスは事態の突拍子もなさに理解がついてゆかず、この怒りを鎮めるのは面倒だなあ、と娘の顔を見ながら事態を他人事のように受け取っていた。
「ラ・ヴァール辺境伯、貴侯には婚姻の有効性を確認するよう要請がなされています。こちら委細は改めて」
あれよあれよという間に二人を確保し連行してゆくフェリシアだったが、去り際にユーディスにもとんでもない爆弾を渡していった。
婚姻の有効性が認められなければその婚姻は無効となる。
つまり「これはなにか間違いが起きてましたので正しく訂正します」という体裁で「結婚したという過去」は「なかった」と書き換えられる。
それを執行すべきか、という審査が「婚姻の有効性の確認」だ。
ただいざやるとなると煩雑で使い勝手が悪く、おまけに状況次第では当人のプライドを酷く傷付ける審査も行われることもある。
切羽詰まった理由があるならともかく、たかが不貞が理由の離縁で持ち出されることは滅多にない。
それをやるように要請。
ほんの五年前まで頻発していた、今となっては思い出したくない頃の記憶を思い出させる言葉だった。
ポカン、とその場に突っ立っていたユーディスだったが、いつのまにか部屋の脇に義父の兵が一人残っていることに気付く。
そして彼に言われるがまま、妻の実家へと馬を進めていた。
☆☆☆☆
ユーディスを待っていたのは、苦虫を噛み潰したような顔をするコーンディーの老公、そして悠然とした表情をする愛娘だった。相変わらず黒い服を着ていた。
「全てがこの子の仕業だよ」
酒瓶を開封しながら開口一番、老公は孫に視線を向けながら説明するように促す。
「お爺様はご存知でしょうがこの件は根が深い、複雑な話で…まあ要するに宮中伯が王室の財を着服するのにあたり、自分がパトロンとなっているサロンを噛ませ、その一部をサロンにも還流していたという話ですわ」
のらりくらり躱そうとするも祖父に凄まれたフェリシアはとんでもない話をし始めた。
だろうな、と納得した直後、ユーディスは不安にかられる。
王室絡みの不祥事など、話しを聞いただけで巻き込まれかねないものだ。
「どうせあの娘が絡んだ時点で儂らは関係者だよ」
表情を読んだ老公は吐き捨てる。
つまりおそらくとうの昔――妻のサロンが有名になった頃からか。
そう察してユーディスは小さくため息をついていた。
いつの間にかなみなみと注がれた杯に、つい手が出ていた。
「ええ、ですが僭越ながら私が動けば丸く収められそうだったので」
「累を及ぼしたくない気持ちはわかるが、お前はいきなり漠然とした結論だけ話そうとするな」
「…学院にいらっしゃいます皇女殿下を動かしました。先の高等法院大法廷次席参議が学院の教師だったのでそちらも」
また雲の上の大物が出てきた。
勝ち誇るように微笑む娘をよそにユーディスは泣きたくなった。
「しかしまあ、御威光をかさにほうぼうの貴族へ好きほうだい認知を諦めさせる、遊ぶカネは陛下の懐から抜き取る、殿下のご学友をサロンに誘ってもてあそび、飽きたらぞんざいに捨てる。三つも重なれば天が許さぬというか、宮中伯も愚かというか…」
ああそうか。
老公の言葉でユーディスはなぜ宮中伯も来たのかに思い至った。
フェリシアがサロン周辺を調べるのを止めさせるために、というのはよくよく考えると不自然だ。サロンの主宰はあくまで妻であり宮中伯まで出張る必要がない。
おそらくその話は前座。
フェリシアが己の胤でないと認めさせる。
宮中伯への認知も求めぬと誓わせる。
妻との関係も、今まで通り白をきり続ける。
それらをすべて呑ませ、己の立場を思い知らせる。
宮中伯がわざわざ出向いたのは、そのためだったのだろう。
そんなことをあちこちでやっていて今まで表沙汰にならないのが不思議だが、おそらく毎回結構な額の金を握らせた、といったところだろうか。
なんせ自分の懐が痛まない財布を持っているのだ。
何なら一度は呑ませた相手の気が変わった時には出所を明かせば脅しにもなる。
あの時は不貞を見せ付けられたらどう反応するのか試されていると思っていた。
だが実際はもっと悪辣だった。
不貞や血縁を使い、宮中伯に膝を折って自分の手で首に鎖を、それも裏切れば絞め殺す呪いの鎖を首に巻くか試されていたのだ!
そこまで思い至るとユーディスの背筋に冷たいものが走る。
「全くです、アレがなければ殿下は動かれませんでした。ああ、もてあそばれたのは私ではありませんよ? 」
しかしそんなものを、まるで騎兵が横腹を急襲するが如く、粉砕したこの子は――本当にあの子なのか。
どうも祖父とはいろいろと連絡を取って動いたらしいが、それでも。
また同時にユーディスは恐怖していた。
ただその表情はフェリシアには自身の貞操を案じて顔を青くしたのかと思ったようだった。
「お爺様には感謝ですわ、ツテはあれど所詮は学生。不正の証拠となるとさっぱりで」
「良い計算手がいるからな」
そう言って老公はユーディスの方を見る。その仕草の意味がわからぬユーディスではない。
杯をからにしたはずなのに、また口が乾いていた。
「お爺さま、まさか、いえ、いつの間に…」
「拙速に大軍を、それが肝心と教えただろう。大軍を動かすのには計算手が肝心だ」
フェリシアの驚愕はユーディスにとっても同じだった。
いや、しかし。一拍置いて思い出す。
今年に入って何度か帳簿確認を頼まれなかったか?そのときこの老人は「他人には任せられない」とそれとなく口封じをしてこなかったか?
「それとお前たちが持ち出したサロンの帳簿があれば十分だ。他は儂が集められたからな」
「あの帳簿、かなり杜撰と言われていたので役に立たなかったものだと…」
フェリシアの言うように、渡された書類は酷いものだったのをユーディスも思い出していた。
まさかあんなものがこんな重大事の証拠だったとは!
「だから手元から盗まれたことすら気付かなかったんだろう」
「ああ、あの書類を持ち出した時の事を思い出して腹が立ってきましたわ…あの二人、真っ昼間っから、それもベッドの外でも!」
ユーディスは、もう何も知りたくはなかった。
「しかし…危なかっただろう」
だが娘が危ない橋を渡っていたのは察せられたので、口を湿らせたらつい言葉が出ていた。
「あらそうでも?宮中伯の敵は多くて。案外有能だっただけにバカなことを」
「父親があれもこれも揉み消していたのに気付かん輩だ。そして兄君――いや今上はそうでもない、と誰が気付くかだけだ」
孫娘の評価を修正しながらも老公は、それが儂らだっただけだ、と言いたげだった。
「それに姫殿下も学院の皆も腹をくくってくださいましたから」
「まて、学院?誰を巻き込んだ」
皆。嫌な予感がした。
「ええとまずはアーデレ…テルマ辺境伯令嬢とアンリエ商会の令嬢。最初はこれとラ・ヴレ法博士でしたが姫殿下の号令で殿下の学内サロンも丸ごと、あ、その前に宮中伯を毛嫌いしていたダルクエ侯家の次男坊も嬉々として加わってくれましたわ。それと…」
出るわ出るわ。
ラ・ヴレ法博士は先ほど皇女とともにあげていた「先の高等法院大法廷次席参議」のことなのでまだいいとしても、どれもこれもラ・ヴァール辺境伯家より上の貴族だったり、それらとも対等に渡り合える大商家の子弟ばかりだ。
どの家の当主にも反射的に頭を下げた記憶がユーディスにはある。
気付けばまた杯を口に運んでいた。そうしないと場が持たなかった。
「お陰でこの服まで…」
そう言いかけたことでユーディスははたと気付く。
金の髪と白い肌に黒い服があまりにも似合っているので、本来なら着るはずがない服を着ていることを、すっかり忘れていた。
とはいえここまでの話を冷静に貴族の慣習や常識と照らせばユーディスにも薄々わかってきた。
「ラ・ヴレ博士の仕込みか…」
「それに皇女殿下は高等法院の名誉首席参議にして名誉検事長。私も含め名代をつとめる皆に下賜したい、と」
ああそうか、そういうことか。ユーディスは心の中で呟く。
「お前もお前が巻き込んだ皆も、高等法院の認める殿下の名代というカラクリか」
王族や高位の貴族というものは多くの名誉称号や名誉職を持つものだ。それは司法を司る高等法院も同様だ。
ただ法院で法務を独占する貴族、いわゆる法服貴族というものは独特なプライド意識を持つ。
法に対して無知も同然な王家の子供や元帥杖持ちが法院の名誉称号を得たときに高等法院が授与する、法服と同じ黒色に染めた軍装は「我らと同じ色を着る名誉は与えるが、お前は法律家ではなく軍人に過ぎない。法服を着ることは許さないしお前にはなんの実権は与えぬ」という意志表示であり、言い換えればお飾りの象徴だ。
つまり本来ならなんの実権もない箔付けのための肩書に過ぎないものだが、一体どういう抜け穴を見つけてきたのか。
宮中伯と彼のサロンの関係者を検挙するに当たって高等法院は皇女殿下を指揮官とし、そして実際に執行するのは名代たるフェリシアなのだ。
おそらく先ほど名前を挙げた「腹をくくった」面々も王都あたりで近衛の憲兵らを引き連れているのだろう。
「理解が早く助かりますわ」
「…まさか、お前」
立派な陰謀だ!と口に出したくなったとき、ユーディスはあることに気付く。
確認したくはないが、確認せずにはいられない。
「皇女殿下のお怒りも、お前が仕組んだものか?」
この陰謀に必要なのは二つ。
宮中伯の不正の告発と、それを受けて王弟を引きずり下ろす力。
ただ普通ならそれは容易には結びつかないものだ。
いくらラ・ヴレが法曹の有力者でも、王弟たる宮中伯を追い落とせるものではない。皇女の怒りさえなければ。
「いいえあの子…いえ、皇女殿下が目をかけられた子が上昇志向と憧れをこじらせ、宮中伯の出入りするサロンに勝手に出入りしたあげく傷物にされ、塞ぎ込んだ」
ここに来て重要そうな令嬢の家名の出さないのは、その令嬢の名誉のためであり、名前を忘れる程度に取るに取らぬ扱いを内心しているのではないと思いたかった。
「それを気に病まれた皇女殿下はすべてを知るべき。そう私は考えましたわ。そうしたら思いのほかゆかい、いえ、都合の良い形になっただけですわ」
仕組む、と聞いてフェリシアが思い浮かべたのは、どうやら皇女殿下が怒るに至る状況そのものを自分が作ることのようだった。
つまり――傷物にされるのも、皇女殿下が怒るのも承知の上で、お前はあのサロンに皇女殿下の取り巻きを送り込んだのか。
そう問われたのだと解釈したようだった。
確かにそれは一番不敬でかつ残忍なやり方だ。そうすべきではない。ユーディスもまた無意識にそこまで直感し、それを念頭に問い質したのは否定出来ない。
だがお前のやったことも普通は仕組むと言うんだ!
どこかズレている娘をそう叱るべきなのに、ユーディスは出来なかった。
いや、それを言えばここに来てから何度も叱るべき機会はあった。しかしなぜそれが出来ないのかも薄々勘付き始めていた。
「そもそも私もラ・ヴレ博士も止めましたのよ?一応は私の身内のサロン、後ろ暗いところもわかるから、と。なのに勝手に出入りして、勝手に弄ばれて…」
フェリシアの晒す手の内が、いよいよユーディスの古い記憶を刺激する。
先王の御世のころ宮廷で吹き荒れた粛清劇。傍観しているだけで自分の身の程を思い知らされた阿鼻叫喚。
あの頃嫌というほど見せられたのとそっくりな構図がそこにある。
「他の子がそうなるも嫌だろうとお教えしましたら、皇女殿下、宮中伯は年増同士で乳繰りあっているだけで、まさか自分たちが狙われるとは露ほども思っていらっしゃらなくて…心胆寒からしめる、って古い言い回しですがきっとああいう光景なのでしょうねえ」
そう笑うフェリシアに、ユーディスは先王の肖像画がダブる。
そうだ、王弟が胤ならこの子は先王の孫ではないか。
ユーディスには恐ろしくて仕方なかった。だから彼女を叱れなかった。
全部この子の仕業、と最初に老公は言わなかったか?ということはこの陰謀の絵を描いていたのはこの子なのか?しかもこの娘は王族すら手駒としていたということか?ならそれをこうもペラペラと明かす理由はなんだ?確かにこの失脚劇に一枚噛んでいてしまったが、自分は知る必要のない立場ではないか?
「…一体、なんのために」
質問になっていない。
どうにか言葉を絞り出したとき、ユーディスは己の支離滅裂さにはっとする。
空になっている杯から、酒精の臭いが漂うことにも今更気付いた。
そして問われたフェリシアはその言葉を聞くと、祖父と顔を見合わせた。
そして、おもむろに笑みをこぼしていた。
それは親から褒められた子供そっくりな、無邪気な笑みだった。
――なのに、なぜだろう。
ユーディスの目に一瞬、笑う娘の瞳の奥にもっと別のものが潜んでいるように見えた。
それは悲願を叶えることを知った者の瞳のようでもあり、あるいは告戒の機を得た者の瞳のようでもあり。
なによりその瞳には、父親を慕う娘としてはあまりにも強く、そして禁忌と倒錯に満ちた名画を鑑賞する者とそっくりな光が宿っていた。
ユーディスの目はほんの一瞬だけその昏い光を捉えていたが、すぐにそれを見失っていた。
そして酔いが回った頭ではそれが何なのかまでは考えられなかった。
いつの間にか老公は席を外していたが、ユーディスはそれすらも気付かなかった。
娘が、自分のために何かを成し遂げた。
そして、それをようやく自分に認めてもらえた。
きっと、それが嬉しいのだ。
そう思えば、何もおかしくはなかった。
「全て、情けないお父様の名誉のためですわ」
「…私の?」
「ええ。その才を持て余しているのに、片田舎で埋もれるのを良しとする、妻が他所で間男と盛っているのに、己の殻に籠り知らぬふりをする、名誉もなにも無くてもよい、ただ爵位を次に繋げばよい…そう考える、まるで角まで切られた閹牛のようなお父様」
胸の中でジワジワと何かが忍び寄る。
去勢された牛のよう。そう言われても返す言葉がなかった。
「ですがもう終わりです、貴族をほしいままに剪する先帝は既になく、その虚影で甘い蜜を啜る驕奢も廃しました。そして…婚姻の無効さえ発すれば全てが終わり、取り戻せます」
取り戻せる。
何を取り戻せるのか見当がつかずユーディスの頭は混乱する。
少なくとも妻のことではないだろうが、ただそれ以外に奪われたものに思い当たらない。
ただ、何が、とは言わせぬ空気だった。
――わたくしがお父様の子供を孕んで差し上げます。お父様は閹牛ではないのですから。
媚びるような声色で、その子は耳元でそう囁いた。
その声色には無邪気さの欠片もなく、己を捕食しようとする雌の愛欲と肉欲が隠せぬほどに滲んでいた。
いや、もう隠す気すらないのだと、直後に合った目が語っていた。
その一瞬、ユーディスには娘の姿が、王冠を戴いた美しい猛獣に見えた。自分は、その獣に追い詰められた獲物なのだ。
今度こそ、全く理解の及ばぬものを前にし、ユーディスは意識が遠くなっていった。
結局なにやったの?
・お父様はヘタレですが長所を評価しないとかありえませんわ!そのうちブン取ってやりますわ!
→王都に来てみたら不倫してるじゃありませんか!学校に法律の権威もおりますので徹底的に調べて晒しものにしてやりますわ!
→このサロン、何か、変……あらお爺様もそうお思いですか?合流ですわ
→ノロノロしてたら犠牲者が出ましたわ、ここから挽回するには……ああ皇女殿下今日も麗しゅう、実はお話が
→皇女殿下のお怒りが想像以上です!抑えるのは大変ですわ!お爺様、ここはうまく足並みを合わせて総攻撃ですわ!
→うまくいきそうですわ、では本命にして念願の「ヘタレお父様なかよし再鍛錬」開始ですわこれはお家のためお父様のためで私の私欲ではいいえ私欲以外の何物でもありませんグヘヘ(今ここ)
反応頂けると励みになります