なにか感想あったらお願いします
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水の冷たさに驚いてる暇もない。一時休戦は終わりを告げて、無様に落下した私目掛けて蛇の頭が突撃を仕掛けて来ていた。
ギリギリで盾を構えるけれどもカウンターを狙う暇すらない。勢いを殺す距離すらなく、橋桁に背中を叩きつけられて。
それに飽き足らず、こちらを平らに押しつぶそうとする圧力に対抗して必死に力を込める。
「九条!!」
上から稲葉の悲痛な声が降ってくる。
何であいつがここにいるんだろう。こんな死地に追いやられながらも、私はそんなことを考えていた。
きっとそれは現実逃避なのだろう。ほんとうに突拍子もない理由なのかもしれないのだから。
例えば、たまたま電車の中で私を見かけて、その後を追いかけて来たとか。
でも、いくら一人考えたところで答えはわからない。答えに辿り着いたとて正解か不正解かわからないのだから。
それなら、全部速やかに終わらせて稲葉に問い詰めるしかない。
楽しい答え合わせをするためには、こんな場所で負けられない。
私は今、きっと笑っているのだ。
鏡を見ずともわかること。
「心配しなくても良いから!」
幻覚じゃない、幻聴じゃない。
稲葉は間違いなくそこに居て、私がこうやって敵と戦うところを今も見守っている。
その事実を再確認するだけで腹の底から力が湧いて来た。それなら、恥ずかしいところを見せられない。
二段階目のスイッチを、押した。
互角の押し相撲をこのままずっとやっても埒が開かない。速度の低下した世界の中、わざと力を抜いて均衡を崩す。
勿論、無様に押しつぶされることを受け入れたわけじゃない。盾を抜いたその隙間に全力で蹴りを入れ、少し浮ついた横っ面にありったけの力を込めて拳を叩き込んだ。
カウンターを入れられた時と違い、今度は地面に足を付いているのだ。一撃で仕留められないのであれば、二撃三撃と叩き込む余地がある。
時間が元に戻る。
蓄積された衝撃が再生され、間近に迫っていたあの巨体が吹き飛ばされてまた距離が開く。
仕留めきれはしなかった。
だが、確かに手応えはあった。
勝負を決めるべく、敵へ足を進めようとして。
「おおおおおおおおお!?」
「なッ!?」
情けない声を聞いて思わず空を見上げると、空から稲葉が落ちてきた。思わず目を剥いて落下点に入る。
さっきの駆け引きに比べれば、空から降って来た人間をキャッチすることなんて、あまりにお茶の子さいさいではあったけれども。
「何やってんのよ! バカじゃないの! 自殺でもするつもり!?」
「いやだって、こいつが行けるっていうから! それに九条だってあの距離を飛び降りてただろ!?」
「別に、この程度じゃ死なないでしょ」
一つ聞きなれない声がして、思わず瞬きをする。
声がする方向に目を向けると、一つ発光体が増えていた。
白い精霊、けれども羽は一つも生えていない。前回のあいつの解説によれば、羽の量で言えば強さが決まるというルールがあったはずだ。
それに従えば、彼女(?)の力量は大したことないのだろう。
だが、ちょっとした違和感があった。
私に付き従うエリアと違って、彼女は念話を駆使せずにどうやら肉声を使っている。その事実を認めるまでほんの少しだけ時間がかかった。
「稲葉、力を貸すわ。今の貴方には一発しか権利がないけど」
ポンと稲葉の手のうちにマスケット銃が現れる。
あの最後の日、最後の戦闘で垣間見たあの銃、それとほとんど同型のように見えるもの。
「どうしろっていうんだよこれを!?」
「当てれば良いじゃない、あの蛇に」
わざわざ言わせるなよとため息まで吐いているように見えるのだから、なかなか感情豊かな精霊だった。
「あなたもやるべきことはわかるでしょ?」
不意に矛先がこちらに向いた。
状況に押し流されて、ゆっくりと情報を咀嚼していた私を急かすように。
だけど、そう背中を軽く押されるのは悪い気はしなかった。
俄然勝機が見えてきた、ここにきて勝つためのピースがようやく揃ったのだ。王手を掛けるための手段が見えたのであれば、そこに至るまでの経路を逆算していけばいい。
ようやく身を起こした始めた蛇、それと対峙して前線を張るのが私の役目。
「稲葉、詳しい説明はあとで。あいつの動きは私が止めるから、合図をしたら撃って」
「……信じていいんだよな」
風を切って飛んできた標識をキャッチする。
単独行動をお願いして確保をエリアにお願いしていたけれども、ようやくそれがようやく来た。
ああ、これだ。やっぱりこれがないとしっくりこない。
軽く振り回すのを止めて、私はくるりと振り返った。
「ここからが九条ちゃんの本領発揮、見惚れてチャンスを逃さないでよね」
身体中の各所で、大小の悲鳴が奏でられている。
司令機関である脳みそに向かって、ここが限界だと泣き叫んでいる。もう休んだ方がいい、さっさと逃げ帰った方がいい、こんな努力が一体何の役に立つんだ?
まったく、うるさい戯言だった。
だが、そんな弱音を黙らせる方法を私は知っている。
えいやっと衝動に身を任せて飛びこえてしまえばいいのだ。
ある一定のラインを踏み越えて仕舞えば弱音を吐く暇がなくなって、被害を最小限に抑えるべく最善を尽くそうと努力し始めてくれるのだから。
間近に迫った尻尾を紙一重で躱して、その身に標識を軽く沿わせる。刃渡りがどう足掻いても足りない、どうしたってそのまま両断はできない。
だが、残した苦痛は消えないのだ。赤黒い鱗を裂いてパッと綺麗な切れ目が咲いて、その身が蠕動するのをぼんやりと見ていた。
不思議ともう負ける気はしなかった。
エリアに盾をお願いするまでもない。
躱して躱して、すれ違い様に切り刻む。
「……悪く思わないでよね」
乾坤一擲、大蛇の頭が突っ込んでくる。
先ほどの痛い目をもう忘れたのだろうか?
あの追い詰められた空間でなければ、幾らでも対策は出せるというのに。
わざわざその力比べに付き合う必要はない。
標識で顔面を跳ね上げて、宙に浮かんだそれに向けてひとっ飛び。今度は下に河面に叩き込み。派手に水を撒き散らす大蛇にむけて、手向として標識を串刺しに投げ込んだ。
「稲葉、あとはお願い!」
瞬間、橋桁の下で閃光がパッと閃いた。
静寂と勘違いする轟音が鳴り響いて、河面を切り裂く一撃が狙いを過たずピン留めされて痙攣する大蛇の身体を飲み込んで。
今度こそ着地は完璧。
褒めてくれるかなと振り返ってみれば、稲葉が力無く崩れ落ちるのが見えた。
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「今のあなたには一発が限界だってこと」
背中に温もりを感じながら、トボトボと歩いていた。
大ジャンプでショートカットする訳でもなく河川敷をゆっくりと、この時間をできるだけ噛み締めようというちょっとだけ邪な考え。
結局、最後の最後で稲葉が倒れこんだのは体調を崩したわけでもなく、能力の使いすぎらしい。
ほんとに紛らわしいからやめてほしい、思わず死んだんじゃないかと思って全力で駆けつけた私の気持ちを返して欲しい。
思わずくそでかいため息をつくけれども、精霊も稲葉も取り合ってくれやしない。
「それにしても、九条さんのあの標識を振り回す戦い方かっこよかったなぁ」
「厨二っぽいって言いたいの? あれは他人の受け売りよ、手軽に手に入る武器なの」
考案者であろう本人は、当然何も気づかないまま。それにほんの少しだけ腹がたったけれども、揶揄う種は目ざとく手に入れていた。
「ってか稲葉さぁ、銃を打つ時になんか呟いてたよね。もしかして技名考えてたり?」
「なわけねーだろ!」
気恥ずかしさから背中でジタバタと暴れているけれども、単純な力で振り払えるはずもない。
どうどうとあやしながら、ふと思い立って白い精霊の方へ話を振った。
「ねえ、稲葉が何を言ってたか教えてくれない?」
沈黙、もしかして聞こえなかったのかと思ってもう一度言うけれども。やっぱり無言である。
なんだか愛想悪いなと自分を納得させていると、
「悪い、人間嫌いらしいんだこいつ」
「……その割には稲葉の手助けをしてくれるんだ」
なんとなく不思議な感覚だった。
前のあいつは精霊を連れて歩いていたことは無かった。前周との明確な違い、これが何を引き起こすかわからない。
もしかしたら引き入れることでなんらかの悪い点が発生したから、周回を重ねるうちに仲間にしないという選択に至ったのだろうか?
でも、今の私にはそれが分からない。
だからひとまず考えを保留にすることにした、稲葉の味方であるならばきっと悪くはないと納得させることにした。
「――稲葉さ、どうしてこっち側に来ちゃったの?」
扉の前に立って、最後に戻る前に確認をする。
稲葉はここに来るべきではなかったのだ。
勿論今回の勝利にめちゃくちゃ貢献してくれたのは確かだけれども、稲葉抜きで勝つのが最上だった。
だって、こうやって一人で戦ってるのはみんなを巻き込まない為なのだから。
背中から降りるのを許可する。
少しふらついた様子は見せたけれども、もうすっかり問題はなさそうだった。
「声がしたんだ、橋の中央で止まってた電車の中で暇してたら、ふと何処からか俺を呼ぶ声がして、そして扉を抜けたら九条さんがいた」
そんな偶然あるのだろうか?
そもそも、彼の家は電車の経路と関係ない位置なのに。
「あの時、俺の名前を呼んでたろ?」
思わぬ墓穴。いろいろなあれこれを重ねて、その情報量の多さに忘れてくれればよかったのに、そんな都合のいいことはなかったらしい。
面と向かって言われれば、自ずと顔が赤くなる感じがした。
さて、私はどう言い訳をすればいいのだろう。
「私さ、本当は稲葉のこと好きなんだ」
あっという暇もなく、思考より先に言葉が自然と口に出ていた。
建前はなく、ただ事実だけ。そんな事をしでかしたというのに私に動揺は一ミリも無い。
なんでだろう、理由はわからない。でも不思議と清々とした気分だった。ようやく肩の荷を下せる、そんな気すらあった。
知ってたよ、と稲葉の呟く声が滑り込む。
「やっぱり? バレバレだったかな?」
「うん、めちゃくちゃバレバレだった」
「でも」稲葉はそう言葉を繋げた。
「俺、好きな奴がいるんだ」
知ってる、知ってたよ。
それでよかった、これはもうただの通過儀礼なのだ。
私が恋したあいつは、あの屋上でもう死んでしまったのだから。
それでも不思議と涙がひとつ溢れた。
稲葉は気づかないふりをして顔を逸らして、私はぐいっと腕で顔を拭ってそれで終わり。
もう、涙は出ない。
私の恋の話は、それで終わり。
それでも、世界は続いてくのだ。
こっちの気も知らないで、少しずつ前へ前へと進んでいき、気がつけば私を置き去りにしてしまうのだろう。
だから、私は頑張らなきゃいけない。
そこで足を止めている暇はないのだ。
やりたいことは見つかっている。
みんなの幸福を、私は守りたい。
そして、もう二度と彼を失わない。
あんな思いは一度だけで十分、次はもうまっぴらごめんだ。
そのためにどうすればいいのか?
あいつは一人で全部抱え込んで、束の間の平和を守ろうとしていた。
でも、それが唯一の正解だと誰が決めた?
私は私のやり方でやる。
だって、私はあいつではないのだから。
「よし、それじゃ小春へ話に行こうか!」
ドアノブに手を掛ける。
まずは私の親友に、これまでの話をたくさん聞いてもらおう。何日かかるかわからないけれども、情けない私の失恋話を聞いて、目一杯慰めてもらって稲葉が嫉妬するぐらい独占するのも、なんとなく悪くはないような気がした。
全部ひっくるめて、みんな巻き込んで。
それが私のやり方なのだから。