雪ノ下家の車に乗って雪ノ下家に向かう。
正月に地元民への挨拶をし終わって全員がちょうど家にいるタイミングらしい。議員兼社長というのは大変なんだろう。雪ノ下が言うには雪ノ下の父親は婿入りなので母親には逆らえず、姉も母には逆らえないので、実質的には母親の一強らしい。比企谷家と同じだな。
そんな状態にも関わらず、雪ノ下は母親に反抗して一人暮らしを勝ち取り、俺との関係も認めさせてる(らしい)。
本来はもっと早くに挨拶に来るべきだったのだが、雪ノ下から『行く必要がない』とキッパリ断られてた為、来る機会が無かった。
「なあ、雪ノ下。これから雪ノ下の家に向かうわけだけど、これはお互いに18になったら結婚する事の報告で良いんだよな?」
「そうよ。既に話は通してあるから安心しなさい。」
「年末の時は婿入りの件で揉めたって言ってなかったか?」
「揉めたわね。婿入りなんて長女である姉にさせればいいのだから私は関係ない筈なのに、本当に意味がわからなかったわ。けれど、年末年始と時間が経った事だしあちらも冷静になってる筈よ。」
「それは話を通してるとは言わないだろ……」
「大丈夫よ。いざとなれば婚姻届は既に書いてあるし。」
「俺は雪ノ下の両親とも仲良くなりたいんだけどなぁ…」
「比企谷君だって議員の手伝いさせられたり、社長を継がされたりするの嫌でしょう?本当なら極力関わって欲しくはないのだけれど、比企谷君が結婚予定の報告はしたそうにしてたから特別よ。」
「確かにそれは嫌だな、俺は議員も社長も向かないし。俺の我儘を聞いてくれたんだよな、ありがとな。」
雪ノ下は家族の事を嫌ってるわけじゃない。あくまでも俺を基準にして、何がお互いにとってより良い結果になるか考えてくれている。
雪ノ下家が俺をあまり良く思っていなかったのは雪ノ下から聞いていた。葉山がよく突っかかってきてた理由もそれが原因の一つらしい。葉山も葉山で大変なのだ、またマッ缶を奢ってやろう。
しかし交際が1年も続けば話は別だ。真っ当な恋愛をしてるなら親が反対する道理もない。俺の当時の態度を葉山や陽乃さんから聞いたのだろうが、学生のうちの恋愛なら自由にさせようという路線に変更になったのだと思う。俺も当時はその考えが根底にあったので、無理に親に挨拶する必要はないと考えていた。
しかしクリスマスで話が変わった。俺がトラウマを克服して結婚する未来が見えた。雪ノ下が『来る必要はない』と言ったとしても、俺は行く必要があると考えてる。それを雪ノ下が汲んでくれたのだ。
雪ノ下の顔を見る。
車内で窓の外を眺める雪ノ下の顔も何やら物憂げだ。
これから雪ノ下家で起こる話し合いに向けて思うところがあるんだろう。雪ノ下にも迷惑をかけてしまうな。
「お正月なのだからついでにお年玉でも貰っておきましょうか。クリスマスと初詣で散財し過ぎたから財布が少し心許ないわ。」
「お年玉は俺の親から貰ってただろ。というか雪ノ下に渡してるから俺の分は少なめにしたとか言われたんだぞ。返せ。それは比企谷家の金だ。」
雪ノ下はお金の心配をしていたようだ。心配して損した。
「お義母様とお義父様から貰ったお金は別の使い道があるから手をつけるつもりはないわ。それに比企谷君にお金を持たせると、また例の甘いジュースを買うでしょう?」
「違う。あれはコーヒーだ。大人の嗜みだ。雪ノ下ももっと飲んでくれよ。そうすれば飲まずにはいられなくなくなるから。」
「私は嫌よ。それに中毒になってるじゃない。最近は葉山君にも事あるごとに飲ませてると聞くわよ。中毒者を増やそうとするのは辞めなさい。」
「あれは葉山が飲みたいって言うから飲ませてるだけだ。」
葉山はなんだかんだ言ってもイケメンでスポーツ万能で頭もいいからモテる。葉山がマッ缶を飲むのは良い広告になるのだ。そして葉山は俺からの奢りを断らないので、理由を付けては葉山にマッ缶を奢りまくっているが、バレてたか。
「それなら今回の年末年始のお礼に私も彼に渡しておくことにするわ。私がいない分も働いてくれたと思うし。」
「そうしてやってくれ、きっと泣いて喜ぶぞ。そういや、今日は葉山もいるのか?」
「去年はいたから今年もいると思うわ。顧問弁護士とはいえズブズブな関係なのよ。」
「言い方に悪意があり過ぎる……」
雪ノ下の家は立派だった。お屋敷と言ってもいいくらいだ。ちょっとしたパーティを開けるくらいの大きさだ。
家の中に応接間もあるらしく、既にそこで集まっているとのこと。
俺と雪ノ下は身なりを整え、応接間に入った。
陽乃さんと、その隣には雪ノ下の面影がある女性、恐らくは母親だろう。それとその後ろに男性がいた。父親かな。立ち位置から既に上下関係が窺える。
少し離れた所に葉山と、恐らくはその両親がいた。
本当に勢揃いだ。
さて、まずは俺から挨拶をすべきだろう。俺のために集まってくれたんだ。歓迎されてないかもしれないが、第一印象は大事だからな。
「はじめまし「明けましておめでとうございます。こちらは私の夫(予定)の比企谷八幡です。」
雪ノ下に挨拶を被せられてしまった。打ち合わせしておくべきだったか。まあいい。仕切り直しだ。
「はじめ「本日は私達の結婚のご報告をさせていただく為に、お集まり頂きました。お時間作っていただきありがとうございます。」
また被ってしまった。しかし結婚の報告をするなら俺からすべきだろう。娘を貰うんだ。俺が頭を下げなきゃ始まらない。仕切り直しだ。
「はじ「立ち話もなんですから皆さんお座り下さい。ほら、比企谷君は今日は主役なのだから、上座に座りなさい。」
また被ってしまった。なかなか挨拶ができない。しかし、挨拶に来た側の俺が上座というのはおかしいだろう。
「え?いや、上座はご両親じゃないのか?」
「いいのよ。うちではこう言う時は身分ではなく話す内容で座る席は決めるの。今回は比企谷くんが主役よ。早く座りなさい。」
主役も何も、まだ俺は挨拶すら出来てない。しかし、雪ノ下家も葉山家も既に座り終わっている為、座ってる相手に挨拶は失礼だろう。仕方なく上座に座る。
雪ノ下に腰を折られてしまったが、俺が主役ということなら話は早い。仕切り直しだ。
「は「年末にお伝えした通り、私達はお互い18になったら結婚します。姓は比企谷です。これは譲れません。既に比企谷家の了承は得ていますし、婚姻届の証人欄はご両親から頂いています。」
あっ、ダメだ。途中からわかってたけど、雪ノ下は俺に喋らせる気がないな。陽乃さんはニヤニヤした目を向けてきてるし、葉山は諦めろといった目を向けてくる。
「あの時も言ったが、結婚は学校卒業してからで「あなたは黙っていなさい。私が雪乃と話します。」
雪ノ下父が話始めたと思ったら、雪ノ下母にシャットアウトされて肩を落としていた。なんだろう。凄く親近感がわく。お義父さんとは凄く仲良くなれそうだ。
「前も話しましたが、そんなに急ぐ理由があるのですか?高校卒業してから、あるいは大学を卒業してからでも遅くはないでしょう。」
俺も勢いで18になったら結婚とは言ったが、それ自体に大きな理由がある訳でもない。法的に結婚していようがいまいが、俺が雪ノ下を愛してることに変わりはない。
「好き合う男女が早く結ばれたい。それ以上の理由はありません。お母さんが反対する理由の方が私には分かりません。」
「学生結婚をすれば無駄な注目を浴びて、余計なトラブルを招きます。数ヶ月我慢すればそんな事もなく平穏無事に過ごせるのだから、そちらの方がメリットは大きいはずです。」
雪ノ下母の言い分は正しい。わざわざトラブルの種を撒く理由はない。総武で俺達にちょっかい掛ける奴なんて居ないとは思うけど、未来の事は分からない物だ。
「数ヶ月我慢する意味がないからです。私達は長く我慢してきました。一日でも我慢するつもりはないです。」
「そこまで意固地になる理由を言いなさいと言っているのです。結婚時期はまだ先だからとりあえず良いとしても、姓に関しては雪ノ下にしておきなさい。家業を継げだなんて言いません。けれど、雪ノ下を名乗ることのメリットの方が大きいはずです。」
俺は比企谷姓に拘りがある訳ではない。だったら、より生きやすい姓を選択すべきという考え方は正しい。雪ノ下が比企谷姓が良いと言ってるので、俺はそれに合わせているだけだし。
「私が比企谷雪乃と名乗りたいからです。そう名乗れる事が私にとって何よりのメリットなのだから、これは絶対に譲れません。」
「本当に頑固ね…誰に似たのかしら。とりあえず、婚姻届は私達にも貸しなさい。雪ノ下家の署名も加えておきます。必要無いとはいえ、学生結婚するなら両方の家の署名があった方が何かといいでしょう。」
あれ?なんか普通に受け入れられたな。でも俺まだ何も話してないんだけど。でも今更、何を話せばいいんだ?
とりあえず挨拶だけでもしておくか。
「あ「わかりました。後日婚姻届は持ってきます。執事に渡しておけばいいですか?」
「いえ、比企谷八幡君に直接持ってきてもらういます。彼とは話したい事もあるので、どこかで彼の時間を貰います。半日あれば充分だから、それくらいなら借りていいでしょう?夫とはいえ、独占し過ぎるのはよくないわよ。」
「分かりました。比企谷君のその日の予定は一応1日空けておきますので、ご自由にしてください。」
また俺の1日が勝手に取引材料にされている。なんだろう、こういう物なのだろうか。お義父さんの方を見ると目が合った。優しい目をしている。つまりそういう事なのだろう。
「それで、今日はこの後どうする予定なの?あなたが急に帰ってくると聞いたから何の用意もしてありませんよ。誕生日プレゼントも要らないというし、少しは親らしいことをさせなさい。」
「比企谷家で祝って貰う予定よ。誕生日プレゼントは……考えておきます。」
「ならいいわ。しっかり楽しんできなさい。」
「あ、それと、今日はついでにお年玉を貰いにきたの。クリスマスとお正月に使い過ぎてしまったから。」
「お年玉って……お金は一人暮らし用で毎月渡してるのだから、しっかり管理しなさい。とりあえず手持ちはこれだけだから、足りないようなら連絡しなさい。」
「お年玉ありがとうございます、またタイミング見て家には帰ってきますね。比企谷君、挨拶なさい。さっきからずっと黙ってばかりで、ホントに仕方ないわね。」
雪ノ下は10万近くポンと渡されていた。お金持ちって次元違うんだな。そして挨拶させなかったのは雪ノ下せいだろ。なんで俺がコミュ障扱いなんだ。
「えっと………本日はありがとうございました。また後日伺います。」
「いえ、こちらこそ。雪乃の事をよろしくお願いしますね。」
こうして、初の雪ノ下家訪問は大成功?で終わった。
比企谷家への帰りの車内。
「そういや、婚姻届出すのって本当に来年の今日でいいのか?」
「嫌なの?」
雪ノ下が少し悲しい顔をした。少し言い方が悪かったな。嫌なわけがない。ただ、雪ノ下があまりにも意固地なのが気になるのだ。あそこまで親に意固地になってるとは俺も思わなかった。
「すまん、嫌な訳じゃないよ。ただ、雪ノ下の誕生日と被るし、雪ノ下のお母さんも言ってたけど、卒業と同じタイミングでもよくないか?そっちはそっちで限定感あると思うが。」
「人間の最長年齢は120歳くらいと聞いたわ。」
「いきなり何の話だよ。」
「結婚100周年を祝う時に、1日でも早い方が死なずに祝える確率が上がるのよ。」
「…………それが理由なのか?」
「そうよ。」
くだらない理由だった。けど、確かに大事な理由だ。そういう理由だったら、1日でも早く出さないといけないよな。
「そうか………118歳まで長生きしなきゃな。」
「そうよ。だから健康に悪いマッ缶は禁止よ。」
マッ缶を禁止にしたり、弁当に野菜が多い理由ってこれだったのか。そうだとしても、マッ缶禁止は身体に良くても精神に悪い気がするから出来れば飲みたいんだよ。
「マッ缶で寿命が延びる論文、誰か書いてくれないかなぁ」