とある空港のロビーは信じられない数の人間でごった返していた。
なんでも無敗のシンオウチャンピオンと引き分けた、凄腕トレーナーが帰還するらしく、その姿を一目見ようと野次馬が集まった結果がコレらしい。
しかも彼らが待ち望んでいる人物の正体は、まだ少女と言っていい年齢であり、旅を始めてたった二年ちょっとの新人トレーナーがシンオウリーグに激震を走らせたとして、シンオウ内だけでなく世界各地にそのニュースが拡散されている。
「……凄いことになってるな。やっぱ親父に送迎を任せるべきだったか……?」
そんな現在進行形で伝説を創り上げているトレーナが気になるミーハーたちから少し離れた位置で、俺はそろそろ帰省してくる姉のことを待ち構えていた。
彼女がやたら強いトレーナーとして成長を続けていることは知っていたが、まさかここまで大物になるとは露知らず、荷物は俺が持つとしてそのまま普通に電車で帰ろうと考えていたのだ。
人目を惹く有名人になったのなら車で迎えに来るべきだったし、これは流石に見通しが甘かったか。
「──あっ、シロナ選手よ!」
「シロナちゃーん! 試合観たよー!」
飛行機から降りてロビーにやってきたのは、黒を基調とした服装と艶やかな金髪が特徴的な少女であり、彼女の登場で周囲の歓声が一気に沸いた。
ポケモンリーグを制覇しかけた事実が凄まじいというのは勿論だが、なにより彼女の挑戦したリーグがシンオウ地方だった、という部分が人気に拍車をかけている。
バトルの最高峰ことポケモンリーグは各地方ごとに存在しているが、シンオウはそれらの中でも群を抜いているともっぱらの評判なのだ。
そんなシンオウリーグをあと一歩のところまで追い詰めた十代の若きトレーナーとあれば──話題にならない方がおかしいと言える。
「みんなありがとう。……ええ、次こそチャンピオンに勝ってみせるわ」
すっかり有名人としての対応が板についているその少女ことシロナは、遠目に俺を発見すると申し訳なさそうにこっそり指を空港の出口の方へ示した。少しだけファンの対応をしてから合流する、ということだろう。
それに軽く頷いて空港を後にし、駅の改札付近で待ち呆けていると、ほんの十数分ほどで彼女が合流した。思ったよりも早めに切り上げてくれたようだ。
「ごめんなさい、お待たせっ」
「全然。──おかえり、姉さん」
小走りで駆け寄ってきた彼女はいつの間にかメガネとフードを被っており、雑な変装をしつつ周囲を見渡したかと思えば、誰にも見られていないことにホッと胸を撫で下ろし──正面から俺に抱き着いてきた。
何を隠そう世間を騒がす天才トレーナーのシロナとは、俺の義理の姉のことである。
「はあぁ~~~っ。やっと帰ってこられたァ……ただいま、タイガ!」
ゆっくり、かつ確実に強い力で抱擁してきた彼女の中で、懐かしい匂いに鼻腔を突かれた俺の脳内に過去が想起される。
一年前に見送ったときもこうして家族のハグをしてから送り出したわけだが、あの時と違って姉も随分と成長していると感じた。実力だけでなく、背丈も手足も、俺の顔を包み込む胸元の何かの大きさも。
「ぎぶ、ギブっ。ちょ、苦しいよ姉さん。かなりガチでうぅぐっ」
「久しぶりの弟チャージ……旅の疲れが癒されていく……」
「うお゛ぉお……あの、姉さん? 積もる話もあるだろうけど、まずは一旦ウチに帰ろう。ここじゃ人の目もあるし」
「あっ、それもそうね。ごめんね、久々だからつい……」
一年ぶりの再会を予想以上に喜んでくれる姉を宥めつつ、足早に電車へと乗り込んだ。
マジに一年以上顔を合わせていなかったから、ここまで熱烈に受け止めてくれる存在だということを忘れていた。彼女ブラコンなのかしら……。
まあそうなると俺もシスコンということになる。別に姉のことは家族として世界で一番愛しているし、今は照れ屋な子供みたいに若干クールに振る舞ってこそいるが、本当は俺のほうからハグしたかったくらいだ。モンスターボールにいるガブちゃんも後でギューってしましょうね。
……
…………
「そう、タイガもスクールでの友達がたくさん増えたのね。はぁ、よかった」
「なんでそんな意外そうなの……?」
「いやだって、あなたスクールの登校日以外はいっつも父さんに引っ付いて飛び回ってたじゃない。ちょっと心配だったのよ」
駅から出て自宅のある街の中心部へ歩く道すがら、俺の話を聞いていた姉が安堵したように顔を綻ばせた。お姉ちゃんはちょっと心配しすぎです。
「それで特に仲がいいのって、どんな子たちなの?」
「一人はすっごいアグレッシブなやつで、考えるより先に体が動くタイプかな。ガチ運動部って感じで、アイツに引っ張られて体を動かす機会が増えたせいか、体力もついてきたよ」
「ふふっ、無邪気で良い子じゃない」
「もう一人は結構クールな転入生なんだけど……ポケモンバトルがめちゃくちゃ強いんだ。特にでんきタイプの扱いが上手くて──」
家に帰ってからは姉の密度たっぷりな冒険譚を聞きたいので、俺の話は家に着くまでに伝えてしまおう、というわけで矢継ぎ早に近況報告をしていると。
ちょうど自宅の近くにあるポケモンセンターから出てきた二人の少女が、そのままウチの自宅の前まで来てインターホンを押している姿が遠目に視認できた。これは僥倖、ちょうど姉に紹介したいと思っていたところだ。
「おーい、二人とも~」
「……あ、見てフウロ。タイガくん、ちょうど帰ってきたところだったみたい」
「ホントだっ。タイガー! おかえりー!」
遠巻きに手を振るフウロに応えつつ、ポケットから自宅の鍵を取り出しておく。
彼女たちも姉の噂を聞きつけてきたようで、おそらくリーグ挑戦やシンオウ旅の話が聞きたくてウチに訪れたのだろう。普段は大人びているカミツレもいる辺り、我慢できなくなったフウロが連れてきたのかもしれない。
そういえば出掛けがちな姉に友達を紹介するのはコレが初めてか。昔の俺は幼馴染のフウロですら、スクール外では実地調査の移動先くらいでしか会わなかったくらいなので、彼女は俺の知り合いをほとんど知らない。
「ほら姉さん、さっき言ってたのは家の前にいるあの二人だよ」
「……ふむ」
「紅い髪のほうが先に紹介したフウロで、金髪の子がライモンから来たカミツレさんね」
「…………そう。特に仲がいいのが、あの可愛い女の子二人、ね。……ふふふ」
彼女たちを目にした姉がなにやら妖しい笑みを浮かべているが詳細は聞かないでおこう。
それから来客の二人を招き入れ、小一時間ほどシンオウの話で盛り上がったものの、姉が長旅の直後なので今日の所は早めに解散してもらった。たぶんしばらくこっちに滞在するだろうし、また話すタイミングはいくらでもあるだろう。
──なの、だが。
「……えっ? 来月にはシンオウに戻るの? ほんとに?」
「ええ。ポケモンリーグにおいて、引き分けは問答無用でチャレンジャーの敗退なの。休養したらまた向こうで鍛え直さないと」
風呂や食事、彼女の旅の思い出の振り返りなども一通り終わり、まったりとリビングで過ごしていた宵の口。
陽が落ちて間もないそんな時間帯に、姉はソファで寛ぎながら平然とそんなことを告げた。
「……今度はどれくらいで帰るのさ」
「ううん、どうかしら。リーグはまた四天王戦からの再挑戦だし、今度は向こうも本気の本気で迎え撃ってくるだろうから……私もちゃんと鍛え直さないと、きっと一人目の四天王すら突破できないわ。だから──」
滔々と理由を説明する彼女の言葉が耳に入っては、もう片方の耳から抜け落ちていく。意味は咀嚼できるが、それは口の中に留まったままで、俺にはまだ嚥下することができなかった。
姉の言い分は、理解できる。彼女はきっと
レッドが帰ってこないマサラタウンのあの母親の気持ちが、今はなんとなく解る気がした。
連絡の機会だけで言えば、姉はあのかつての主人公たちを彷彿とさせるレベルで少ない。というか、無いに等しい。
あっちの言い分は『タイガの顔を見たら帰りたくなっちゃうから』とのことだったが、バトルや考古学に夢中でシンオウ旅に没頭しているのは、こうして話を聞いていれば俺でも分かる。
どうでもいいと思われている、だなんて勘違いはもちろんしていない。再会のハグを思えば、家族として愛してくれているのは十二分に伝わってくる。
だが、それでもまだ十代で、一年以上も家を空けていたのに、また一か月後には出ていくなんてハードスケジュールにも程があるのではなかろうか。
姉のシロナが強いトレーナーということもあってか、一年前までは盲目的に彼女を応援していたが──どうやら今現在の俺の内心は異なるらしい。
「……いいじゃないか。もう少し、家にいたって」
「えっ?」
それは深く考えずに出た、脊髄反射ゆえの発言だった。しかしそれを反省することはせず、思いの丈をそのまま吐露し続けていく。
「姉さんと話したいことや、一緒に行きたいところもたくさんあるんだ」
「……っ!」
心境の変化の理由には心当たりがある。
一つは、フウロが友達として気にかけてくれたこと。アレで自分がどれほどラルトス探しにだけ熱中していたのかを、改めて俯瞰して知ることができた。
もう一つはラルトス本人と出会ったことが大きい。
常に自分を焦らせていた炎が燻り、心の中に余裕が生まれたのだろう。昔の俺が、そして目の前にいる姉が、どれほど生き急いでいたかが今は理解できる。
だからこそ、自分を偽らず本音が自然と飛び出してくれた。
「俺──さみしいよ。もっと姉さんと一緒にいたい」
「タイガ……」
まるで後先を考えずに伝えきり、少しだけ俺たちの間に静寂が流れた。
それから数秒、あるいは数分が経った頃。
唐突にソファから立ち上がった姉が──正面から抱き着いてきた。本日二回目。
「……ううううぃ~っ! タイガ! なんでそんなこと言うのぉ!? せっかくやせ我慢してたのに……タイガにさみしいって言われたらっ、お姉ちゃんもう旅なんてできないようッ!」
二年ほど前から意識していた大人っぽい口調が遂に崩れ、昔のように一人称がお姉ちゃんに戻って語尾も柔らかくなってしまった。あーこれこれ、懐かしい~。
「ホントはずっとタイガと一緒にいたいのにぃぃ……」
「いいじゃん、しばらくこっちにいよう」
「で、でも! ……バトルが強い人ってほんとマジありえないほど強いし、もっと頑張らないと追いつけない……」
「直接バトルをしたり、体を鍛えたりすること以外でも強くなる方法はあるでしょ。座学や他人のバトルを観るのもトレーニングの一環だよ。……それに、強敵とのバトルばかりじゃポケモンたちも疲れちゃうだろ?」
「っ!」
姉の温かい……というより暑い胸の中でフガフガと息苦しいながらにそう諭すと、彼女の肩がビクッと跳ねた。
「……そうかも。ガブリアスたち、今日までずっと頑張ってくれてたし……」
「姉さんもポケモンたちもゆっくり羽を伸ばして。なんならガブたちの面倒は俺が見るし」
「……うん、ありがと。やっぱ半年くらいこっちにいるっ」
半年。一ヵ月からいきなり六倍とは大胆だが……とにかく腰を落ち着けてくれてよかった。忙しない日々は成長の連続だろうが、たまには休息も必要だろう。人も、ポケモンも。
「コホンっ。……じゃあタイガ、とりあえず今日は一緒に寝ましょう」
なんか咳払い一つでオトナモードに戻ったつもりらしいが、口調に反して要求内容が幼い。どうやらお姉ちゃんから凄腕トレーナーのシロナへ戻るには、まだ暫し時間が必要なようだ。
「いやでも、姉さんの部屋のベッドって今の俺たちが二人で使ったら狭くない? 姉さん、たった一年ですげえデカくなったし……」
「えっ? もう、えっち。そういうところばっかり見て……やっぱりタイガも男の子ね」
なんで生温かい目で見るんですか。普通に身長と体格の話だろうがよ。
「まったく、特別だからね。お姉ちゃんだから許すけど、フウロちゃんやカミツレちゃんには同じことしちゃダメよ? はいどうぞ」
「なにがだよ。なにも要求してねえだろ……!」
あの空港で見せた凛々しさは霧散し、すっかり実家モードになった姉に四苦八苦しているうちに、帰省当日の夜はしめやかに過ぎ去っていった。あと結局ベッドの中には連れ込まれた。俺のこと窒息させたいのかな。
◇
──なんとなく、停滞を感じる。
『……?』
とある草原に雄々しく聳え立つ巨木の根本に座りながら、俺はラルトスさんの隣で空を見上げ思惟に耽っていた。
姉さんがこの街へ戻ってきてから二ヵ月弱。俺の日常は過去最高に充実している。
カルネ先生だけではなく、特別な講師が何人も招かれては爪痕を残していくトレーナーズスクールは毎日が刺激的だ。
フウロやカミツレを始めとして、仲を深めた友人たちとの交流やバトルなど、日々のイベントにも事欠かない。
色違い組が去ってからの森は大人しいし、エヌとは中々会えないが、その代わりに俺のそばには姉がいる。
シロナ姉が長く滞在することで父親にも心境の変化が起きたのか、以前よりも家族の時間が増えたように思う。
もちろん、ただ平和な時間だけが過ぎているわけではない。
珍しいポケモンを狙ったハンターをケルディオと共に蹴散らしたり、喧嘩っ早く凶暴なポケモンをラルトスさんと共に宥めたりだとか、これまた彩りのある日々を過ごしている。
ゆえに、停滞を感じる。
なんとも心地よい停滞だ。こんな日々がずっと続けばいいな、などと夏休みの小学生のような思考に陥ってしまうくらい、充実した毎日だ。
『タイガさん』
「ん、どうしたの?」
秋風のように涼しく心地良い声のする隣へ首を傾けた。
いまこうしているように、彼女とも顔を合わせる機会が多くなった。好感度的にはまだ解らないが、少なくとも友人として見てもらえそうなくらいには、同じ時間を過ごしている。
それに今日は初めてデートの申し込みを受け入れてくれた日だ。午前中は彼女が好きなきのみを探したりなど非常に楽しかった。現在は昼食後のチルタイム中である。
『私は今日まであなたの人となりを見てきました』
「あ、うん。ありがとう」
『観覧車での、赤髪の少女との一件。闘いに生きる姉の説得。それに……あなたを想う人々やポケモンたちの態度。……流石に私でも分かります。……あなたは優しい人だと』
「えっ……!」
う、嬉しい。あまりにも嬉しすぎる。
彼女とはもっともっと長い時間をかけて距離を縮めていければ、と覚悟してしつこすぎない範囲で交流を続けていたわけだが……まさか、こんな真正面から褒めて頂けるだなんて。
『この日々は優しいあなたが望むような、温かく愉快な理想の日常なのではないでしょうか』
「……そうだな。そうかも。たぶん人生で今が一番楽しいと言っていい」
『そうですか』
「ああ。ラルトスさんがいてくれてるから、ってのも大きいけどな」
『っ。……ありがとうございます』
彼女が口にしてくれた通り、俺にとっては今が理想だ。欲を言ってしまえば……まぁ、アレだが、そもそも俺はまだ子供。そういったものを欲しがるのは文字通り高望みというものだろう。
この日々が大切で、ずっと続けていたい。ラルトスさんの言葉はストレートに的を得ている。
『……ですが、あなたがそういう人だと知っているからこそ、私には分からないことがあります』
気の抜けた感情に支配されている俺に反して、彼女の声音はどこか芯が通っているように感じる。なんというか、真面目な声というか。
『どうして──そんなに
「……えっ?」
そんな彼女の問いかけに、俺の思考は一瞬完全に止まってしまった。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔、とはいまこの瞬間の俺のようなことを言うのかもしれない。
「……退屈?」
ラルトスさんの言葉を咀嚼する。まだ、意味が解らない。
俺は退屈そうな顔をしていたのか? どうしてだろうか。
学校が楽しい。友達といて退屈しない。家族全員そろって毎日食卓を囲んでいる。
なにより、こうして想い人との初デートという一大イベントに遭遇している。退屈なんて、あるはずがない。
ない──はずだが。
そういえば考えていた。つい先ほどまで、なんとなく、停滞を感じていると。
それがどうしてなのか、今の俺には理解できない。
『……もしかすると、あなたは』
そんな俺の内心を推し量ってくれたラルトスが口を開いた、その時であった。
遠くから馬の蹄が駆ける音と共に、見知った友人の声が聞こえてきた。あれはケルディオだ。
『タイガーっ! 大変だ!!』
……
…………
いわゆる悪の組織、というやつなのかもしれない。
姉も、父も、友人や森のポケモンたちすらも寝静まったであろう深更の夜。俺はケルディオとラルトスさんの二人と共に、とある山岳地帯に訪れていた。
そして崖の上から、眼下にある開けた平地へ視線を移すと、そこには妙な形の巨大な飛行船が鎮座していた。もはや戦艦と言っても差し支えないサイズで、月明りだけではその全貌を確認することはできない。
ケルディオ曰く、あそこには数多のポケモンたちが囚われているらしい。
「本当にあそこにビクティニがいるんだな、ケルディオ?」
『間違いないよ、あいつ特有の念波を感じる。……それにあの船は、これまでも旅の道中で見たことがあるんだ。各地の珍しいポケモンたちを拘束して、あそこに収容してるんだけど……いつも逃げられてしまっていたんだ』
そんな逃げ足が速く痕跡も辿れない連中が、運よく停泊しているところを見つけた、と。だからこそあそこまで焦燥を隠さず必死に俺たちのもとへ駆けつけたのだろう。
ビクティニ関しては、果たして囚われてしまったのか、それとも中にいるポケモンを助けるために潜入したのかは定かでないが、ともかく知り合いが首を突っ込んでいるのなら見てみぬフリはできない。
しかし……あれはどう見てもポケモンハンターなどという小悪党集団が用意できる規模感の船ではない。滑走路なんぞ無いハズの山岳地帯に停泊している時点で、常軌を逸したオーバーテクノロジーで空を飛べる特殊な船だということは明白だ。かがくのちからってすげー……。
「……悪の組織かぁ」
『タイガは何か知ってるの?』
「いや、アイツらを知ってるわけじゃない。でも、他の地方にはあぁいうやばいブツを用意できて、尚且つ貴重なポケモンを利用する悪い組織があるんだ」
少なくともロケット団やマグマ団がこの世界に存在することは、ニュース記事などで確認している。特に前者なんかは現在も悪名とどろくバリバリ現役のヴィラン集団だ。
まだレッドに壊滅されていないのか、それともこの世界にマサラタウン出身の最強トレーナーがいないのか、それは分からないが“悪の組織”は実在してしまっている。
目の前のアレは確実にそうだし、どうやらこのイッシュにもそういう輩がいるらしい。頭が痛くなってきた。
『……警察が駆け付けたりなど大事になれば、また高速で飛んで逃げられます。こっそり忍び込んでみんなを助ける、というケルディオの作戦に異論はありませんが……本当にこの三人だけでやるのですか』
『だ、だってあいつら、またいつ消えるか分からないし急がないと! それにもうタイガの友達たちは引っ越しちゃったし、聖剣士たちも今は遠くにいるからっ』
「わかった、わーったよケルディオ、落ち着け。……ラルトスさん、俺たちだけでやろう」
興奮してしまっている剣士見習いとエスパー少女を同時に宥めつつ、俺も覚悟を決めた。
「少なくともビクティニは中にいる。合流すれば、最悪の場合かえんだんで船の壁をブチ抜いて逃げればいい」
『……分かりました。深追いはせず、身の安全を最優先に──それでいいですね、ケルディオ』
『う、うん。タイガも一緒だし無茶はしないよ。……行こうっ!』
なんとか意見を取りまとめ、さっそく足場の悪い崖を下って飛行船を目指していった。ラルトスさんは念動力をチャージし、ケルディオは闘う姿へフォルムチェンジ。俺は引っ越し前にドッコラーが託してくれた角材を握りしめて悪の根城へと足を進めていく。
どうやら周辺には見張りも数人確認でき、どいつもこいつも目立たない迷彩服に身を包んでいる。所属組織は分からないが、だいぶガチな反社と闘うことは確定事項なようだ。
まさか俺自身が悪の組織と対面することになるとは思わなかった。
勝手に遠い世界のことだと考えていたし、なんならついさっき思い出すまで完全に忘れていたくらいだ。なに団なんだろうアレ。
もっと平和的な日常というか、それこそ今のような毎日を送って、のんびりと歳を重ねていくものだと──ああ、でも。
いま、場違いながら少しだけ脳裏に過ぎった。
ぼんやりと楽しい日々を過ごしたいとは思っていたが、俺には……明確な夢がないのではないか、と。目指しているものも、なりたい自分もない。唯一欲しいものはあるが、その人との絆もこれからゆっくり紡いでいけばいいと腹に決めたばかりだ。
『あっちです、二人とも。警備の数が薄く、扉にセキュリティロックもかかっていません』
かぶりを振り、ラルトスさんの言葉に耳を傾けて目の前のことに集中する。いまは救出が最優先だろう。
ラルトスさんのねんりきやケルディオのにどげり、角材アタックでこっそり見張りをしばきつつ、なんとか船内へ潜入することができた。あとは中の人間に見つからないままポケモンたちの隔離場を発見できれば勝ちだ。
『あっ、タイガ。あそこ、あのガラスの向こう……!』
数分ほど息を潜めながら探索を進めると、拍子抜けするほどあっさりと閉じ込められているポケモンたちを発見できた。なにか特殊な強化ガラスでも使われているのか、内側からは破壊できないようだ。
──って、セレビィおるぅー! マナフィもおるー!! 他にも見たことない連中がいるけどたぶんほとんど幻だろアレ。やばここ。
「……おや、キミは」
「っ!?」
後ろから声をかけられ、咄嗟に武器を構えて振り返った……ものの、そこにいた人物は無表情のまま焦らず両手をゆっくり上げた。
「驚かせてすまない。私はこの組織の人間ではない。囚われている顔見知りを助けにきた」
「……あなたは?」
そこにいた男性は非常に細長い体躯をしており、優に三メートルはあろう長身や、ツギハギで浮浪者のような服装なども相まって非常に怪しい。
しかし敵意は感じない為こちらも武器を下ろした。顔見知りという言い回しからも、彼が本当に俺たちと同じ立場であることは察せるし、そもそもあまり時間がない。
「私はただの旅人だ。しかしディアンシーはカロスに必要な存在。私としては彼女を助け出したい」
「……俺はタイガ。ポケモンたちを解放したいのは俺も一緒です」
「そうか。……その二体はキミの手持ちかね」
「いえ、友人です」
誤解なきようハッキリ伝えると、巨体の男は一瞬だけ目を見開いた。
しかしすぐ先ほどまでのような無表情へと切り替わる。なんとも読めない男だ。
「見たところボールも持っていない。……なるほど、キミは
「っ!」
彼の推測に今度はこちらが驚かされたものの、首を振って意識を改めた。とにかくこんな話をしている場合ではない。
「とにかく、俺とラルトスさんでこの隔離室の扉を開けます。見張りをお願いできますか?」
「任されよう。もしもの場合は囮になる」
「助かります。ケルディオ、その人のサポートを頼む!」
『うん、了解っ!』
部屋の警護は二人に任せ、俺はラルトスさんと共にコンソールへと意識を向けた。
エスパーの彼女が機械の諸々を解析し、実際に俺が操作を行う流れだ。
『ふむ……タイガさん、私が言う通りにキーを操作してください』
謎の超能力で暫し集中しながら機械に触れていた彼女から、具体的な指示が矢継ぎ早に飛んでくる。まったくその通りにボタンやらパネルやらを弄ること、数分。
プシュッ、と彼らが囚われている強化ガラスの扉から、解錠音のようなものが聞こえた。すぐに扉へ手をかけると、少々重いながらも徐々に動いてくれている。マジでどうやったのかは不明だが、とにかくエスパー少女の大手柄だ。
「タイガ君、どうやら見張りに見つかったらしい」
「っ! すぐに脱出しましょう!」
扉の中から出てきたポケモンたちは、一匹を除いてそのほとんどが衰弱していたため、駆けつけた団員達とのバトルはデカおじさんとケルディオに任せ、俺はその元気な一体以外の五匹をまとめて抱えながら廊下を走っていく。囚われていたポケモンがみんな小さいタイプで助かった。
「キュキューン!」
「うおっビクティニ! おまえ何してたん……船内で迷ってた? ああそう。──壁に向かってかえんだん!」
なんか流れで合流できた友人のほのお技で舟艇に孔を空け、夜空が広がる外へ脱出。
体のデカイおじさんの方が運ぶのに適していると考え、彼に手元のポケモンたちを預けてから、山岳地帯では俺が殿を務めることにした。
ケルディオの背にラルトスさんを乗せ、ビクティニにも護衛しつつおじさんと一緒に離れた位置まで逃げろと指示。あとで合流する約束を交わし、敵の追手を攪乱するために彼らとは別の道を駆け抜けていく。
「っうぐ!」
しかし追手のホイーガが弾丸の如く射出されて背中に直撃。転倒と同時に衝撃で角材も粉砕されてしまい、そのまま木の根元に激突してしまう。
ジリジリと、敵の団員とポケモンがにじり寄る。
「くっそ、ここまでか……」
そんな絶体絶命の状況に屈しかけた──その時であった。
「……ぁ?」
うつ伏せに倒れたまま顔を上げると、視線の先には一体のポケモンがいた。なんだかモフモフそうな白い体毛に、クロワッサンみたいな触角が五本ついた虫っぽいやつ。
アレはセレビィたちと共に囚われていたポケモンだ。それでいて何故か唯一元気だったタフなやつでもある。
てっきりケルディオたちと一緒に逃げたと思っていたが、どうしてなのかこっちに合流したそのポケモンが、唐突にかえんぐるまで敵へ吶喊をかました。
「うぉっ!?」
こちらまで熱さが伝播しそうな迸る火力でホイーガや団員達を彼方へぶっ飛ばしたそいつは、今みせた俊敏さとは正反対なノロい動きで俺の前までやってきた。
コイツすげぇ強いじゃん。セレビィとかマナフィとか戦闘面では微妙そうな幻連中はまだわかるけど、おまえは何で捕まってたんだ。戯れ?
「シュッ」
「……借りは返したってか」
なんかドヤ顔っぽいというか、誇らしげだ。
「まぁ普通にめっちゃ助かったわ。サンキュな」
どうやら今のが本気の恩返しだった辺り、捕まったのはマジの不注意だったようだ。
「──ふむ、船の護衛からダークトリニティが外れただけでこのザマですか」
それからなんか黒幕っぽい幹部が現れたりもしたが、そのむしポケモンにいとをはくを指示してソイツをグルグル巻きにしつつ、ひたすら逃げの一手に徹した。後ろから幹部っぽい男の怒号が聞こえた気もしたが無視して走り続けた。悪の組織とか興味ないしもう二度と会いたくないぜ。
◇
結果だけ言えば、俺たちは無事に逃げ延びることができた。
囚われていたポケモンはあれで全員だったようだし、傷薬を使ってやれば幻のポケモンたちも元気を取り戻してくれたので、終わってみれば最良のルートだったと言えるだろう。
……救出作戦に限って言えば、の話だが。
「本当に……また旅に出るのか?」
明朝。昇る朝陽が世界を明るく照らし始める反面、俺の心は曇天の如く曇りがかっている。
人の気配がない森林へたどり着いた頃、デカいおじさんはディアンシーなるポケモンを連れて『また会おう』とだけ言い残してさっさとこの場から離脱してしまった。何があったらまた会うことになるんだろうかと思いつつも、すぐさま意識を幻たちに向けた矢先のこと。
聖剣士たちと共に色違い集団の引っ越しの護衛についていた、ケルディオパーティの残りの三匹が合流した。招集をかけたが救出作戦には間に合わなかったらしい。
それで、全員集合した彼らは何かを真剣に話し合い──ラルトスさんが結論を口にした。
この地を離れ、再び旅を再開するのだと。
『助けたこのポケモンたちを故郷へ帰さなければいけませんから。メロエッタはまだイッシュ地方内ですが、シェイミやマナフィはもっと遥かに遠いので……何年かかるか分かりませんが、長旅になります』
ラルトスさんの滔々とした説明を受けて、俺は押し黙るしかなかった。そもそも拉致られてあそこにいたのなら、家に帰すのが道理というのは最もだから。
『みんな帰りたがっています。……どうやらメラルバは違うようですが』
彼女の視線を追うと、白いモフモフが俺の左斜め後ろ辺りで昼寝している。
「あいつは何なんだ?」
『昔、一目惚れした人間がいるそうです。その人をイッシュで見た気がするから、残ると』
初めて見る種類だからオスかメスかも解らんが、なんか俺みたいなやつだ。ちょっとだけシンパシー。
「……わかった。もう、行くんだよな?」
『人間から幻のポケモンと呼ばれている彼らを連れたまま、往来を歩くわけにはいきません。一旦身を隠しつつ、人の少ないルートを選定しなければならないので。……きっと騒ぎになるでしょうから、あなたの街が近いあの森にも戻れません』
「そうか。……そうか、そうだよな。……みんな、気をつけて」
暗い顔で送り出すだなんて、あってはいけない。だからなんとか笑おうとしたが上手くいかない。
ここで俺個人の感情でラルトスさんたちを引き留めることはできないのだ。幻たちには帰る場所はある。だからワガママを言ってはいけない。
俺の日常が変化することなど些事に過ぎないのだから。
『……』
感情を読めるエスパーを前にして作り笑いなど無意味もいいところだが、今の俺は内心をコントロールすることができないのだ。意図的に無視してくれることを願うばかりである。
『……みんな、少し待っていてください』
せめて背中が見えなくなるまではここで見送ろうと考えていると、ラルトスさんが仲間たちに何やら断りを入れた。そしてこちらへ向き直り、ねんりきで自身をふよふよと浮遊させたかと思えば。
唐突に手を握った。
彼女のほうから、俺の手を。
『タイガさん。ちょっとだけ──デートに付き合っていただけますか』
……
………
彼女と二人きりでのテレポートによって訪れたのは、見覚えのない開けた草原であった。
付近には長く大きな大河があり、水辺に生息するポケモンたちが夜明けとともに姿を現している。
さらには空を飛ぶひこうタイプの群れや、走ったり戯れたりする陸のポケモンたちを横目に見ながら、ラルトスさんと隣並んで目的地を目指して進む。彼女は浮遊したまま、俺の手を握って。
視線の先には、遠目に立派な大樹が見える。ウチの近所にあるものと似た、永劫の刻を過ごしてきた樹齢何千年かの世界樹だ。
『そういえば、どうして私があのパーティで旅をしているのか教えていませんでしたね』
いつものクールな彼女とはどこか異なる……距離が近しい、砕けた明るい声音だ。
『妹がいるんです。私より後にタマゴから孵ったラルトスが。……でもある日パルキアの諍いに巻き込まれて、空間の歪みに迷い込んでしまい、離ればなれになりました。あの子はどこかへ、そして私はこのイッシュへ』
パルキア──その名前には思い当たる節がある。姉のシンオウ考古学の話を聞いた際、少しだけ耳にした神話上のポケモンだ。空間を司るだとか桁違いのスケール感なポケモン……というより神として聞いていたが、普通に実在するのか。
つまり、ラルトスさんはイッシュのポケモンではない。たまたま迷い込んだ先がこの地だっただけ、ということか。
『とあるトレーナーに拾われ、テレパシーが使えるようになってから、それとなく妹のことを伝えてみました。探しに行くとまではいかずとも、少しだけ調べてみてくれないかと。……結果は知っての通りです。妹云々以前に、何度も人間の言葉で意思の疎通を図ったのがマズかった』
「それは──」
『いえ、いいんです。私の人間への悪感情はただの逆恨みだと分かっていますから。彼女はポケモンが好きだった。けれど、人の言葉を操るポケモンは気味が悪かった……ただそういう人間だった、というだけですから』
ラルトスさんはかつての自分の感情を俯瞰し、自虐的に捉えている。捨てたトレーナーに対しても恨み言を吐かず、既に過去として清算している。なんとさっぱりとした、軽快な人物なのだろうか。そういうところも好きです。
「それから……ケルディオたちと一緒に?」
『ええ。あのパーティの面々はそれぞれが別の目的を持ちつつ、ひとまず共に旅をしています。私の目的は言わずもがな、離れ離れになってしまった妹を見つける事です』
各々が別の夢を追いつつ、互いがそれを応援するために一緒に旅をする──どこか既視感のある関係性だ。
なんというか……アニメで見ていたポケモンに近い。
ポケモンマスターを目指す少年。
トップコーディネーターを夢見る少女。
ポケモンブリーダーを志す青年──などなど、同じ目標を持っているわけではないにせよ、歯車が嚙み合えば共に旅をできるのだ。
そういう意味では俺と彼女の歯車は噛み合わなかったわけだが、それよりもラルトスさん本人のことを知れたのが何より嬉しい。苦節二ヵ月とちょっとで、ついにパーソナルな部分まで話してくれるようになったわけだ。涙が出そう。
『タイガさん。あなたの夢は、何ですか?』
「……俺の、夢」
彼女の言葉を受けてハッとした。
あの停滞した平和な日常を過ごす中で、だんだんとその影が薄くなっていたことに気がついた。
──どスケベでムチムチなサーナイトを見つけること。
このイッシュ地方で、
俺はその為に何度も何度も各地を巡っていたのに、この数ヵ月間はずっとこの街にいた。
ケルディオたちと共に、目的があって旅をしていた彼女をわざわざここに引き留めて、縛り付けて、それで目的を果たした気になっていたのだ。
まだ俺は、タイガという人間は何も始まっていないというのに。本当はシロナ姉を引き留める資格など、この俺には無かったのかもしれない。
なるほど、キミは
そうだ、俺はポケモントレーナーですらなかった。
フウロやカミツレたちと違って、一体も手持ちがいない。
相棒がいない。そして追いかけていたはずの夢も忘れていた。俺は空っぽだったのだ。だから想い人であるラルトスさんの前でさえ、無意識に“退屈そう”な顔をしてしまっていた。
『……ここです。少し待っててください』
ついに壮大な大樹の前に到着すると、浮遊をやめた少女が木の根元を軽く掘り起こし、そこから小さな鉄製の箱を取り出した。
土を払い中を開けると、そこには二つの球が収納されていた。
宝玉と表現しても差し支えない、眩い輝きを秘めた球を手に取り、彼女はその二つを俺の手に託す。
『昔、妹が古いお城跡で見つけたものです』
「これは……」
カルネ先生に見せてもらったものと柄が酷似している。確かその名は──メガストーン。
『あなたの夢は私ではなく、あなた自身が駆け抜けた先にこそあると思います。だからコレは、あなたが未来に出逢う
そう優しい声音で心を撫でてくれた彼女は、再び手に触れてテレポートで元の場所へと戻った。
帰ってきた瞬間、じわじわと脳内で一つの答えが浮かび上がってきた。そうしていつしか理解した。
どうやら俺は──フラれたらしい。
ラルトスさんは、会話ができて内心を理解してくれて、最後に夢を肯定してくれたが、決して俺にとって都合のいいヒロインではなかった。少年の朧げな記憶の中で鮮明に焼き付いた、いつかの日に邂逅した
今日、ようやく俺は大人の階段を一歩登った。
「……ありがとう、ラルトスさん。コレを持って……ちゃんと自分の夢を走るよ」
『ええ、応援してます。……まぁ、ちょっと変態的な夢ですけど』
「ご、ごめんなさい。何度も頭の中で考えちゃって。ガチでセクハラですよねこれ」
『別にもう気にしていませんよ。……今となってはかわいいものです』
大人の余裕を醸し出しながら、彼女が再びねんりきでふよふよと宙に浮かぶ。
『んっ』
そのまま自然な所作で顔を近づけ、俺の頬にそっとキスをした。そうして初めて、その長い前髪の奥にある、宝石の如く美しい紅の瞳を目にすることができたのであった。
俺は固まった。
なにか気の利いた返事をするだとか、そんなのは夢のまた夢であった。
『さようなら、
それだけ言い残して、彼女は仲間たちのほうへ歩き出した。
いま、間違いなくエールを賜った。憧れていた女性に夢を応援して頂けた。
それで終わりか? 俺はそれで終わっていいのか。
ありがとう、とだけ言うのは簡単だ。彼女に感謝を伝えるのは自然な流れだ。けれどそれは俺の感情をこの場で叫ぶだけに過ぎない。
彼ら彼女らは旅に出るのだ。
恋した女性だけでなく、今日まで共に在ってくれた友人のケルディオも、聖剣士を目指して果てなきロードを疾走する。
幻のポケモンたちを故郷に帰し、それからようやっと彼ら自身の歩みが再開される。彼らの物語が再び動き出すわけだ。
俺がするべきは感謝でも、執着の言葉でもない。いま、俺は送り出す側に立っている。
ならばその“旅路”を祝福する事こそが、彼らに対する最大限の敬意なのではないだろうか。
遠く過ぎ去っていく背を眼目し、意を決する。
そして大袈裟に手を振りながら、張り裂けんばかりの大声を、彼らに向けて投げかけた。
かつて、初めてシンオウへ旅立つことにした姉を送り出す際、父が口にしていたのと同じように。
「──ベストウイッシュ! 良い旅をッ!!」
◇
「……で、おまえはどうすんの?」
旅人たちを見送ってから数時間後、家に帰って風呂入ってから庭に出たら、あのメラルバとかいうポケモンが植えてあるきのみを勝手に貪っていた。なんか懐かしいかもこの感じ。
「シューシュッ」
「あー、一目惚れした人を探すっつってたな。どんな人なん」
「シュムン」
「……明るい髪色の超能力者の女トレーナー、か。いっぱいいるからなぁ、エスパー使い……」
「フム……」
エヌとの日々のおかげか、大体のニュアンスは伝わってくるが、エスパー使いの人間なんてイッシュだけでも数えきれないくらいいる。手掛かりは髪色とポケモントレーナーという部分だけだ。
……旅するトレーナーは、同じくトレーナー同士でバトルするのが当たり前だ。イッシュ中を巡って多くのエスパー使いたちとバトルしていれば、いつしかその人物に出逢えるかもしれない。
「会ってみたいのか、その人と」
「ウム」
「そうですか……」
頷くメラルバを前にして一考する。
旅立った初恋のお姉さんの言葉を想起し、俺は再びイッシュを巡る決意を固めた。そろそろ十歳になるし、トレーナー免許もすぐさま手に入れるつもりだ。
しかし、そこで二つほど問題がある。
ひとつは、父に同行する実地調査では捜索範囲に限界があることだ。調査はなるべく安全に、かつ危険なポケモンがいない場所が基本的に選ばれる。危ない秘所へ赴く場合も、強力なトレーナーを雇うため時間も資金も諸々が面倒だ。
だから正確にはイッシュの『安全な』土地しか俺は調査できていない。危険レベルを鑑みて断念した場所なんぞ無数にあるのだ。
そして二つ目は相棒がいないこと、だ。
父の伝手でアララギ先生に頼み込めば旅立ちのポケモンを斡旋してくれるかもしれないが、俺の場合はただジムチャレンジをするわけではないし、なによりこの手でラルトスを見つける旅路の相棒が他人に紹介されたポケモンでは筋が通らない。
この燃え滾る性欲からなる目的に共感してくれるヤツでなければ──ん。
「……なぁメラルバ」
「シュ?」
「俺、自分が見つけたラルトスをムッチムチなサーナイトにするのが夢なんだ」
「フム」
「お前が一目会いたいトレーナーを探し回りつつ、ラルトスも探す。バトルを担当してくれんなら、エスパートレーナーの紹介は俺がやる」
目の前には別に故郷に帰りたがってるわけではなく、しかも俺みたいに異種族に惚れたちょっとした変わり者がいる。まだ出逢ったばかりではあるが、昨晩のバトルやらこのふてぶてしさやらで、このメラルバはなにかと気に入っている。となれば話は早い。
「そんな感じで利害の一致だ。──組んでみないか、俺と」
「ウム」
「おう、サンキュ」
軽薄に了承したメラルバは、なにやらモフモフの中からコロンとボールを一個取り出した。どうやらその女性トレーナーに捕まえてもらうために、空のモンスターボールを常に持参していたらしい。用意周到な野郎だ。
「ほい」
ポン、と収納されるメラルバ。捕獲完了のライトが点滅し、すぐさまボールから飛び出した。
「シューシュンッ」
「ああ、やったろうぜ……っ!」
誓いを新たに、初めての相棒と共に天へ拳を掲げた。
ようやく“俺”が始まる。俺の物語、俺の冒険、俺の激エロなサーナイトが待っている。ちょっと期待でムラムラしてきた。
必ず見つけてみせる。
爆乳えっちちサーナイトを虜にするために今日から走り出すのだ。平和を謳歌する目の前の真実に甘んじるのではなく、燦然と輝く理想の為に。
もっとワガママに。
もっと欲望を解放させて。
ついに俺もあちら側へと一歩を踏み出す、記念すべき日が今日なのだ。がんばるゆぉ!