ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
酒場の床には、ゾロとミナトに倒された賞金稼ぎたちが転がっていた。
先ほどまで宴で賑わっていた店内は、すっかり静まり返っている。
ゾロは刀を収め、周囲を見回した。
「……これで終わりか」
「ひとまずはね」
ミナトもクナイをしまい、倒れている者たちに目を向ける。
宴の最中から感じていた違和感。その正体は、町の人々が賞金稼ぎとして海賊を狙っていたことだった。
歓迎の宴まで開いて獲物を油断させるとは、なかなか手の込んだやり方だ。もっとも、町の人間全員が同じ目的で動いていたのかどうかまでは分からない。
「とりあえず、みんなが無事か確かめよう」
「ああ」
二人が仲間たちへ目を向けた、そのときだった。
「……んん?」
店の隅で寝ていたルフィが、もぞもぞと身じろぎした。
「ふわぁ……。ん? 何だ、これ?」
目をこすりながら起き上がったルフィは、床に倒れている町の人々を見回した。そして、そのそばに立っているゾロに気づく。
「おい、ゾロ。お前、何やったんだ?」
「何って、賞金稼ぎを片付けたんだよ」
「賞金稼ぎ?」
ルフィは首を傾げた。
彼の頭には、宴の間に自分たちを歓迎してくれた町の人々の姿が残っている。酒を振る舞い、料理を並べ、楽しそうに笑っていた人々。その人々が、今は床に倒れていた。
ルフィの表情が険しくなる。
「……お前、歓迎してくれた奴らをぶっ飛ばしたのか?」
「はあ? だから、こいつらは賞金稼ぎだって言ってんだろ」
「何でそんなことすんだよ!」
「おい、話を聞け!」
ゾロが説明しようとするが、ルフィは聞こうともしなかった。
「仲間がそんなことする奴だとは思わなかったぞ!」
「てめェ……!」
ゾロの額に青筋が浮かぶ。
ミナトは慌てて二人の間に入った。
「ルフィ、待て。ゾロの言うことを聞け。こいつらはオレたちを襲ってきた賞金稼ぎなんだ」
「ミナトまでゾロの味方すんのか!」
「味方とか、そういう話じゃないんだけどな……」
ミナトがどう説明したものかと考えているうちに、ルフィは勢いよく立ち上がった。
「ゾロ! 表に出ろ!」
「上等だ! てめェに分からせてやる!」
「ちょっと待て、二人とも!」
ミナトの制止もむなしく、ルフィとゾロは酒場の外へ飛び出していった。
「……ああ、もう!」
ミナトもすぐに後を追う。
広場では、二人がすでに向かい合っていた。
「お前が悪いんだろ、ゾロ!」
「何度言えば分かる! あいつらは賞金稼ぎだ!」
「うるせェ!」
ルフィが拳を振るい、ゾロが身をひねってかわす。拳は地面を砕き、砂埃が舞い上がった。
「おい! 町の中で暴れるな!」
ミナトが叫ぶが、二人の耳には届かない。
ルフィの伸ばした腕をゾロがかわし、今度は刀を構えて踏み込む。ルフィはその攻撃を避けると、間髪入れずに拳を繰り出した。
互いの動きを知り尽くしているからこそ、攻撃も回避も遠慮がない。
ミナトは頭を抱えた。
「……二人とも、少しは人の話を聞いてくれよ」
しかし、仲間同士の大喧嘩は、そう簡単には収まりそうになかった。
*
一方、酒場の中では、眠ったふりをしていたナミがそっと目を開けていた。
「……ふふっ」
彼女の手元には、金品の詰まった袋がある。
「これだけあれば、しばらく困らないわね」
ナミは満足げに袋の口を閉じた。
宴の最中から、町の人々の様子がおかしいことには気づいていた。だからこそ、周囲に合わせて眠ったふりをしながら、ちゃっかりと財宝を集めていたのだ。
ところが、外から響く轟音はいつまでたっても止まらない。
「……何なのよ、もう」
ナミは袋を抱えて外へ出た。
広場では、ルフィとゾロがまだ激しく戦っている。ミナトは二人を止めようとしていたが、まるで話を聞いてもらえず、すっかり困り果てていた。
「あのバカたちって、何やってんのよ……!」
ナミの声が広場に響く。
「ナミ! ちょうどいいところに!」
ミナトがすかさず振り向いた。
「頼む、二人を止めてくれ! オレの声じゃ全然聞きやしない!」
「何で私がそんなことしなきゃいけないのよ!」
「このままだと町が壊れる!」
「……あんのバカども!」
ナミのこめかみに青筋が浮かんだ。
だが、彼女が二人のもとへ向かおうとした、そのときだった。
「……いたぞ」
広場の入口から、低い男の声が響いた。
そこに現れたのは、特徴的な髭を生やした男と、黄色い服をまとった女性だった。
二人は広場を見渡し、倒れている賞金稼ぎたちと、騒ぎの中心で戦うルフィとゾロを見て顔をしかめた。
「何だ、この騒ぎは……」
男が舌打ちする。
「まったく、あいつらはどこへ行った?」
女性も周囲を見回した。
「ミス・ウェンズデーとMr.8。二人を見つけ出して、始末しなければならないのに」
その名前を耳にしたミナトは、広場の端へ視線を向けた。
そこに立っていた青い髪の女性を見て、思わず声が漏れる。
「……ミス・ウェンズデー?」
ラブーンの体内で出会った女性だった。
あのときはMr.9とともにラブーンを狩ろうとしていた。まさか、こんなところで再会するとは思っていなかった。
ミス・ウェンズデーもミナトに気づき、わずかに目を見開く。
彼女は一瞬だけミナトを見つめたあと、すぐに視線をそらした。今は詳しい話をするつもりはないらしい。
ミナトはそれ以上問いかけず、現れた二人の様子をうかがった。
男が前へ出る。
「オレはバロックワークスのエージェント、Mr.5。こっちはミス・バレンタインだ」
ミス・バレンタインは、余裕のある笑みを浮かべた。
「私たちは仕事の途中なの。邪魔をされるわけにはいかないわ」
二人の目的は、バロックワークスに潜入していたミス・ウェンズデーとMr.8を始末することだった。
そのためにウイスキーピークへ来たのであり、麦わらの一味と争うことが目的ではない。
しかし、標的を探そうにも、広場ではルフィとゾロが派手に暴れ回っている。二人の戦いは、任務を進めるうえで無視できない邪魔になっていた。
Mr.5は苛立った様子で二人を睨む。
「おい、お前ら! いつまで騒いでいやがる!」
しかし、ルフィとゾロは喧嘩をやめなかった。
「うるせェ! 今、ゾロと決着をつけてんだ!」
「てめェこそ邪魔すんじゃねェ!」
ルフィとゾロが、ほとんど同時に怒鳴り返す。
Mr.5の顔が引きつった。
「……この野郎!」
彼は鼻をほじり、指先についたものを弾き飛ばした。
「邪魔するなら、まとめて吹っ飛びやがれ!」
小さな塊が二人の近くへ飛び、地面に落ちた瞬間、爆発が起きた。
ドォンッ!
爆煙が広場を包み込む。
ミナトは思わず腕で顔をかばった。ナミも驚いて飛び退く。
「な、何なのよ!?」
だが、煙が晴れ始めても、ルフィとゾロは倒れていなかった。
「何だ、今の!?」
「知るか! 邪魔してきやがって!」
ルフィが拳を振りかぶる。
ゾロも刀を構え直した。
「おい、そこの髭! てめェも邪魔するならぶっ飛ばすぞ!」
「誰が髭だ! オレはMr.5だ!」
「どっちでもいい!」
「よくねェ!」
Mr.5が怒鳴り返した瞬間、ルフィが伸ばした腕がゾロの攻撃を避けた勢いでMr.5の体に巻きついた。
「なっ!? おい、離せ!」
「邪魔だァ!」
ルフィが腕を引き戻す。
Mr.5は抵抗する間もなく引き寄せられ、目の前に迫ったルフィの拳をまともに食らった。
「ぐわあああっ!」
Mr.5の体が地面を転がり、広場の端まで吹き飛ばされる。
「Mr.5!」
ミス・バレンタインが声を上げた。
しかし、ルフィは倒れた相手を気にする様子もなく、再びゾロへ向き直る。
「まだ終わってねェぞ、ゾロ!」
「こっちの台詞だ!」
ゾロが踏み込んだ瞬間、ミス・バレンタインが二人の間に割って入った。
「いい加減にしなさい! 私たちの任務を邪魔するなら、容赦しないわよ!」
彼女は体重を軽くしてふわりと浮かび上がり、二人の頭上へ移動する。
「少し痛い目を見てもらうわ!」
今度は一気に体重を増やし、二人めがけて降下した。
だが、ルフィとゾロは互いを見据えたままだった。
「ゴムゴムの――!」
「三刀流!」
二人が同時に動く。
ルフィが横へ飛び退き、ゾロが攻撃をかわす。二人の間に割って入ったミス・バレンタインは、狙いを外したまま地面へ降り立つことになった。
「えっ――!?」
彼女が体勢を立て直すより早く、ルフィが目の前に迫る。
「だから、邪魔すんなって!」
「ちょっと、待ちなさい――!」
ルフィの拳がミス・バレンタインを捉えた。
「きゃあああっ!」
彼女の体が広場の向こうへ吹き飛び、地面を転がって止まった。
砂埃が舞い上がる。
広場の端ではMr.5がうめき声を上げ、ミス・バレンタインも倒れたまま動けずにいた。
それでも、ルフィとゾロは相手を倒したことに気づいていないかのように、再び向かい合った。
「……よし、続きだ!」
「望むところだ!」
「まだやる気なの!?」
ミナトが思わず声を上げた。
ナミの額に、ぴくりと青筋が浮かぶ。
「……いい加減にしなさいよ、あんたたち!」
ゴンッ!
ナミの拳が、ルフィとゾロの頭に同時に炸裂した。
「いってェェェ!」
「何しやがる、ナミ!」
「うるさい! 町を壊す気!? 仲間同士でいつまで喧嘩してんのよ!」
二人は頭を押さえ、そろって黙り込んだ。
ようやく静かになった広場で、ミナトは大きく息を吐いた。
「……助かったよ、ナミ」
「お礼なんていらないわよ! まったく、どいつもこいつも……!」
ナミは怒りながら二人を睨みつける。その背後では、抱えていた袋がちゃり、と小さな音を立てた。
ミナトは一瞬だけそちらに目を向けたものの、今は追及しないことにした。
そのとき、広場の端でMr.5がどうにか身を起こした。
「くそ……麦わらの一味……!」
ミス・バレンタインも、よろめきながら立ち上がる。
「まさか、こんな連中に……!」
二人は悔しそうにルフィとゾロを睨んだあと、改めてミス・ウェンズデーへ視線を向けた。
「……まだ終わっていないわ。ミス・ウェンズデーとMr.8を始末するまではね」
その言葉を聞き、ミナトは改めてミス・ウェンズデーを見た。
ラブーンの体内で出会った彼女が、なぜバロックワークスに追われているのか。Mr.8とは何者なのか。分からないことばかりだった。
けれど、彼女が何か事情を抱えていることは確かなようだった。
ミナトはクナイへ手を伸ばし、周囲を警戒する。
「……どうやら、まだ話を聞かせてもらえそうにはないな」
ウイスキーピークの夜は、ようやく静かになるどころか、さらに厄介な方向へ転がり始めていた。