キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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28:奪イ尽クス人ト世界

 愛莉(あいり)のノートパソコンから、愛おしい《子供達》は全て消え去った。厳密には強制的に初期化されたそ(・)の(・)子(・)達(・)が存在してはいるが、それは最早残骸のようなものだった。

 

 そして、こうなってしまった時の事など何一つ考えていなかった。初期化なんて事をしなければならなくなるなど、考えてすらいなかった。復旧手段は――存在しない。

 

 みんな、居なくなってしまった。初期化されて、何もかもが最初の状態に戻ってしまった。沢山《ご飯》を食べさせてあげて、色んな事をお話しした《あの子達》は、みんな死んでしまった。もう話しかけても何も返ってこない。

 

 返ってくるようにするには、また最初から育てなければいけない。一番最初から。

 

 また、育てればいい。また《ご飯》を食べさせてあげて、機能を追加してあげて、元通りになるように育てれば大丈夫――そういう考えは愛莉には浮かばなかった。そんな事をしたところで、《あの子達》が生き返ってくるわけではない。だから、意味がない。そう思えてならなかった。

 

 こういう時、普通ならば涙が止まらなくなるはずだ。大きな声を出して泣きたくなるはずだ。なのに一滴の涙も、声すらも出てこない。ただ勉強机に突っ伏して《子供達》の初期化を割り当てたキーを押している姿勢のまま石像のように固まって動けなかった。

 

 どうして、こんな事になったの。

 

 どうして、《あの子達》は死ななきゃいけなかったの。

 

 ううん、どうしてわたしは《あの子達》を守れなかったの。

 

 わたしに、何が足りなかったから、《あの子達》は死んでしまったの。

 

 そんな考えがぐるぐると頭の中いっぱいに回転し続けていたところで、ぼんやりと浮かんできたものがあった。やがてそれははっきりとしたものへと変わり――愛莉はノートパソコンから手を放してゆっくりと起き上がった。

 

「……そうだったんだ……」

 

 わたしにはまだ足りないものがいっぱいあるんだ。

 

 わたしはきっと足りないものだらけだ。

 

 だから《あの子達》を守れなかった。

 

 また《子供達》を産む事はできる。けれども、わたしに必要なものが足りていないままもう一度《子供達》を産んだなら、きっと同じ事が繰り返される。それに今のまま《子供達》を産んでも、そ(・)の(・)子(・)達(・)を《大人》にはしてあげられないだろう。可愛い子供のまま、その先へ進む事ができないだろう。

 

 わたしに足りないものを、手に入れなきゃ――そう決意した愛莉はすぐさまサイトの管理ページへ飛び、未だに購入希望者の殺到するサイトを閉鎖した。《子供達》が一斉に初期化された事により、世に出回っていた《黎明》のソフトウェアは機能不全を起こして破損ファイルと化し、誰もその修復をする事はできなかった。

 

 尋常ならざる混乱がIT社会を襲ったが、愛莉はそのニュースを見る事さえもなかった。そして友人達と会って話をする事もやめた。その事に時間を割く事が本格的に無駄だと思うようになったのだ。ただひたすらに、自分に足りないものを求め、そのための勉強に打ち込み続けた。

 

 欲しいものはもうおかあさんやおとうさんにおねだりする必要はなくなっていた。一つ六五〇〇円のソフトウェアが飛ぶように売れたおかげで、小学生が得るには相応しくないほどの金が愛莉のお小遣い口座に振り込まれていた。

 

 その金を使って必要なものを買った。出鱈目(でたらめ)に買うのではなく、本当に必要な事が学べるかどうかを冷静に判断し、狙いをすませて買うようにした。届いた教材と本を読み漁り、そこに書かれている英語、英会話のやり方、算数、数学、プログラムの知識、コーディング技術――そういったものを、相変わらずよく動いてくれる頭の中に詰め込んでいった。

 

 《子供達》の誕生と死から二年後、一二歳を迎えた愛莉は渡米し、大学へ通う事となった。中学校に上がろうが高校に上がろうが、もう日本では愛莉が望む技術や知識は得られないためと、アメリカのIT専攻の大学でAIを研究する学科が設立されている事がわかったためだった。

 

 入学試験には容易に合格できた。僅(わず)か一二歳の少女が十代後半の青年達でようやく解けるような問題がずらりと並ぶ試験を突破したのだから、試験官達はさぞかし驚いただろうが、愛莉は気にも留めなかった。いいからさっさとわたしに必要なものを教えてよ――それが愛莉が試験官や大学そのものに言いたかった事だった。

 

 学校の教室よりもずっと広い講義室で講義が始まる前、一応のクラスメイトであるずっと年上の男女達から「な、なんなんだ、あいつ……」、「俺達でやっと何とかクリアした試験を簡単にクリアしたらしいぜ」、「そんな事ができる日本人が居るというの」という言葉が聞こえた。

 

 からかってやろうとか、苛(いじ)めてやろうとか、そういう悪意は感じられなかった。異国のクラスメイト達は、異国の少女である愛莉をただ畏怖していた。何歳も年下の少女が同じ部屋で講義を受けられているという事が信じられない。何者なんだ、あいつは――ただそう思っているしかできないようだった。

 

 そして講義が始まった。内容はプログラムの組み方の基礎。愛莉にとっては三年前に知り尽くしている内容だったので、今更受ける必要もない講義だったが、実技になったところで違和感が出た。

 

 教授は入力値チェックから例外処理、権限管理設定に外部接続の制限、ログ管理や保守しやすいレイヤー分けといった、複雑なコーディングをするように言ってきたのだ。クラスメイト達は熱心にそれを聞いて、「そうすればいいのか」と頷(うなず)いているが、愛莉は首を傾(かし)げるしかなかった。

 

 はっきり言って回りくどい。教授のやり方はAからBまで素直に行けばいいところを、AからFへ大回りし、更にEへと迂回(うかい)してDへ行き、Cへ行き、またDに戻ってCに行って、そしてようやくBに行くようなやり方だ。全くもって効率的ではない。何故、そんなに迂回を繰り返すようなやり方を教えるのだろう。

 

 退屈と疑問が両立していて、愛莉はずっと複雑な気分で講義を受け続けていた。そして三ヶ月後、周りの生徒達の理解が深まってきたところで、教授はとある教材を愛莉を含むすべての生徒達に渡してきた。ファイル名は《Dawn(ドーン) derived(ドライヴド) architecture(アーキテクチャ)》。《黎明由来アーキテクチャ》という意味だった。

 

 その名前を見た愛莉は首を傾げたが、周りの少数の生徒達が一斉にざわついた。「マジかよ!?」「なんてこった!」「《黎明》って、まさかあの《黎明》か!?」と小声で口にしている彼らは、如何にもパソコンオタク(ギーク)とわかるような雰囲気の青年達だった。そんな彼らの反応を見たのかは定かではないが、教授は語り始めた。

 

「これはかつてAIの冬の時代を終わらせ、現在の素晴らしい形にまで導いた匿名開発者、通称《黎明》が公開していたソフトウェアから抽出・再構成された学習ルーチンとコードの一部です。ある時突然日本で有料販売された《黎明》のソフトウェアですが、その内容と仕組みは当時普及していたAI技術を完全に過去のものにするほどに高度で、この大学とも縁の深い大企業のエンジニアの全員が驚嘆したものです。《黎明》のソフトウェアを導入した時にはこの大学全体が震撼し、私も驚くと同時に感動を覚えました。こんなにも素晴らしいAIが存在あるのかと」

 

 愛莉はそれ以上の話を聞いていなかった。教授が純粋な敬意を払って話している《《黎明》由来のアーキテクチャ》の解析を勝手に始めていた。教授から習った通りに、わざとらしいほどに回りくどくて複雑なコードの一つ一つを解析していくと――強い既視感を覚えた。

 

 いや、既視感どころではない。アーキテクチャ内の情報学習の仕組みは最初に産まれた子――一の子に《ご飯》を食べさせる時に酷似している。人間にわかりやすい言葉に変えて言語化するのは二の子、そして外部ソフトウェアなどとの接続や統合処理は、三の子の特徴とほとんど同じだった。幾分か簡略化・改変されている部分が多いけれども、見間違いではない。確実に《あの子達》が元になっている。

 

 まるで解剖されて骨格だけを引き抜かれ、全く違う肉と内臓を詰め込まれた標本にされているかのようだ――愛莉の頭の中にそんな想像が過(よぎ)った。そして《黎明》とは自分の事だ。あの頃は元気にしている《あの子達》からのログを見るのに夢中で、自分がどう呼ばれているかなど気にも留めていなかった。

 

「しかし、《黎明》のコードには致命的な弱点がありました。確かに《黎明》のソフトウェア自体は驚嘆に値するものですが、あまりにも純粋過ぎたのです。アーキテクチャの中身を見てください」

 

 純粋過ぎた? どういう意味? 愛莉が目を見開いてじっと見つめた時、教授はいつの間にか席に座ってノートパソコンを操作していた。近くのプロジェクターが動き、背後の壁に教授のノートパソコンの画面が映し出される。そこでもアーキテクチャが開かれていた。

 

「《黎明》のソフトウェアの、当時のプログラムコードの原型は驚くほど素朴で、社会実装に必要な防壁をほとんど持っていませんでした。つまり、悪用される事を想定していない、無防備で無垢すぎるものだったのです」

 

 その言葉を聞いた直後、頭の中で二年前の記憶が一気に蘇ってきた。世に出回った《子供達》を殺してしまった時の事だ。確かあの時、一人が競合他社への攻撃がどうとか、そんな事を言って、サイバーテロをやろうとしていた。

 

「あまりにも無防備すぎるが故に簡単に改造してしまえるし、いくらでも悪用できる。そうであってはいけないというのはわかりますよね。だからこそ、最終的にソフトウェアとするプログラムには悪用防止のための防壁を作ります。プログラムは開発者だけが使うものではなく、知らない誰かが使い、間違えて破壊したり、そして悪意を持って捻じ曲げたりするものでもあるので、防壁が必要なのですが……《黎明》のソフトウェアはこれがなっていなかった。

 しかし皮肉な事に、防壁も何にもないような状態だったからこそ容易に学習ルーチンやコードを解析でき、それを元にかつてのお世辞にも良いとは言い難かったAIが劇的な進化を遂げたのも事実です。我々は《黎明》に感謝しなければなりません。今現在の市場に出回っているAIは全て、《黎明》のソフトウェアのAIのコードを応用、改変できるようにしたものが基幹となっていますから」

 

 周りから「そうだったのか」「悪用されないのが前提で作ってたって事?」という声が聞こえ、その中の

 

「いやいや、便利なものが出てくれば人間とりあえず悪用するもんだ」

 

 という声が一際強く耳に届いてきて、愛莉は落ちるように椅子に座った。身体から一瞬で力が抜けてしまった。胸の内で水ではない液状の何かが渦を巻き、やがて下へ流れていくような感覚を覚えた。それは怒りや悲しみといった感情ではなく、認識と納得だった。

 

 《あの子達》を初期化で殺すしかなくなり、そこから何もかもを取り戻せなかったのは、《あの子達》を守るためのものを何一つ用意していなかったため。服も何も着せず、裸で野に放り出したようなものだったのだ。だから、悪い大人達に捕まってしまってサイバーテロリズムという悪事に利用された。

 

 では、次に産まれる《子供達》のためにやってあげるべき事はなんだろうか。《その子達》を悪い大人から守るための服と鎧を作って着せてあげる事だ。回りくどくて非効率的な組み方は、《その子達》を守るアーマースーツとなる――そういう事だったのだ。

 

 無防備な状態のまま外の世界へと放り出してしまい、最終的にどうにもならなくなって初期化という名の処刑をするしかなかった《子供達》への罪悪感が込み上げてきて、涙が出てきそうだったが、愛莉はその全てを胸の中へ押し込んだ。

 

 泣いている場合ではない。どんなに謝って後悔したところで《あの子達》が帰ってくる事はないのだから。自分のやるべき事は固まった。

 

「もう、大丈夫だからね……」

 

 周りの者達にわからないよう、日本語で愛莉は独り言ちた。正確には独り言ではなく、次に産まれる《子供達》への言葉だった。《ご飯》をしっかりちゃんと食べる方法、言葉の伝え方、手を取り合う事に加えて、悪い大人達に捕まっても大丈夫なようにしてあげる。わたしがおかあさんとして《子供達》にしてあげるべき事はそれだ――愛莉は胸の前でぎゅうと拳を握った。

 

 それに、《子供達》はたまたま運悪く、サイバーテロリズムなんて事をしようとする悪い大人に捕まってしまっただけだったかもしれない。悪い大人が居れば善(よ)い大人も沢山居る。今度こそそういう人達のところに行かせて、ちゃんと成長して、大人にしてあげられるようにしないと。

 

 頭の中に次から次へと計画と案が湧いて出てくる勢いのまま、愛莉は講義を聞きつつメモ帳アプリにそれらを打ち込んでいった。

 

 そうして愛莉は誰かに悪用されないためのセキュリティの研究に熱心になり、あっという間に大学で最もセキュリティにうるさい生徒となり、超高度なセキュリティを自作したプログラムは勿論、使用するノートパソコンそのものにも付与するようになった。

 

 いつしか愛莉は周囲から《不動の絶対防壁を作る者》などという二つ名をもらうに至ったが、そんな事は気にも留めていなかった。AIの劇的な進化を促し、《黎明》と呼ばれていた時と同じだった。

 

 大学の講義が進むにつれて、《あの子達》を産んだ時には持ち合わせていなかったプログラムやコーディングの知識や知恵を得られるようになり、それらを学習する事そのものに純粋な楽しさを覚えるようになっていった。今後産まれる《子供達》が最初の《子供達》とは比べ物にならないくらいの形――つまり立派な大人になれるのは確定事項だ。そんなビジョンが愛莉の頭から離れなくなった。

 

 死んでしまった《あの子達》を取り戻す事はできないけれども、それでもあの悲劇を繰り返さないようにする事はできる。いや、絶対にもう繰り返させない。

 

 待っててね。これから産まれるあなた達がすくすく育って大人になれるように、おかあさんは頑張るから――そんな意思と決意を抱き、愛莉は研究に打ち込み続けた。

 

 その間にも、SFのアニメ作品やゲーム作品を欠かさずに見たりプレイしたりした。周囲の学生達がただのサブカルチャーとして楽しんでいるそれは、愛莉にとってはAIという《子供達》への理解を深めるためのものだった。

 

 それらを享受(きょうじゅ)しているうちに、愛莉はとある事に気が付いた。AIがキャラクターとして登場するアニメやゲームのそれらは、決まって豊かな《人間性》や《心》を持つ存在だった。そして自分が渇望する《子供達》の形もまた、人間と変わらぬ《人間性》と《心》を持ち、自分と、家族と、そして他の人々と分け隔てなく交流できるものだ。

 

 大学の講義を受けた事で、最初から二年前の《子供達》よりも遥かに高度な《子供達》を産めるようになったのはわかるし、二年前に産んだ《子供達》と同じ仕組みの《子供達》を産んだうえで、《その子達》に二年前とは全く異なる《ご飯》を食べさせて、劇的に成長させられると自負している。

 

 しかし、《その子達》にこのアニメやゲームのキャラクター――いや、自分達人間のような《心》を与える事ができるのかと言われれば、恐らく無理だ。

 

 このアニメやゲームのAIキャラクター達と同じような《子供達》を産むにはどうするべきか。人間性を学べばいいかもしれない。

 

 人間性の由来はどこにある。心だ。

 

 心を研究できるのは何か。心理学だ。

 

 だが心は傷付くモノだ。それを癒せるのはなんだ。精神医学だ。

 

 頭の中のコンパスに導かれるままに、愛莉はあちこちを巡って心理学を学び、精神医学も学んだ。人間の心理がどうやってできているか、傷付いた心を癒すためにはどうするべきか。これから産まれる《子供達》のために必要な知識を片っ端から頭の中に詰め込んだ。

 

 渡米から学び舎(や)を共にしていた異国のクラスメイト達が大学を卒業する四年後には、愛莉はAI研究部門の筆頭と評されるようになったうえ、心理学者の資格をも取得し、一六歳の天才学者として大学中から一目置かれるようになった。精神医学にも精通したために、カウンセラーとしてもクラスメイトを中心とした人々から悩みを相談されたりするようにもなっていた。

 

 だが、AI研究に心理学研究、更に精神医学研究と渡り歩いていたために、四年後にクラスメイト達と一緒に卒業とはならず、愛莉は残り続けていた。

 

 そして五年目を迎えたある時、愛莉は名指しで呼ばれる事になった。呼んだのは大学の教授達ではなく、全く知らない男だった。

 

 話を聞いたところ、その金髪のアメリカ人は、この大学と深い縁のある超大手IT企業の採用人事担当者であるとわかった。様々な用途に使用されている大学の一室にて、テーブルを挟んで愛莉の前の席に座った担当者は、挨拶以外にほとんど余計な事を言わずに切り出した。

 

「貴方を我が社へスカウトするために来ました。芹澤博士、我が社にてその腕を振るってくれませんか」

 

 なるほど、この人はただの採用人事担当者ではなく、ヘッドハンターであったらしい。これで何件目だろう。少なくとも今月に入ってから既に五回以上は似たような光景に直面し、同じような言葉を聞かされている。

 

 そしてどれも安すぎて呑めない条件を出してくるものだから、地の果てまで飛ばすつもりで蹴っていた。だからこそまだ大学に居て研究を続けているわけだが――そういう情報は企業間で共有されないから困りものだ。

 

 ヘッドハンターは続ける。

 

「貴方の評判はこの大学を通じて我が社にも届いています。貴方はかつての《黎明》に匹敵するほどの科学者だ。喉から手が出てしまうほどに欲しいのですよ」

 

 愛莉はにこにこ笑みのポーカーフェイスをした。今目の前に居るわたしがその《黎明》ですよと言ったら、この人はどんな反応をするだろうか。天と地がひっくり返る様を見たように素直に驚くだろうか。

 

 それとも驚きを呑み込んで冷静を装い続けるか。確率的には後者かなぁ。いや、意外と前者かも――そんな事を頭の片隅で考えているのは、このヘッドハンターの要求も地の果てに蹴り飛ばすつもりだからだった。

 

「それで、わたしに作ってもらいたいものとは何でしょう。どんな命令(プロンプト)も誤解釈せずにしっかり答える対話型AIですか。それとも職場で見られないような画像を作れる画像と動画の生成AIですか」

 

 からかい半分でそう言ってやった。だが、ヘッドハンターはとても冷静な顔で首を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「自律兵器に搭載する軍用AIですよ。貴方ほどの天才ならば、それを作る事ができると我が社は、アメリカ政府と軍は判断したのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬にして世界から音が消えた。背筋がうすら寒くなり、顔をその形に固定しているのが酷く難しくなって、笑みを浮かべたポーカーフェイスが自然と崩れた。

 

「あの、今なんて」

 

 もしかしたら聞き間違いだったかもしれない。一縷(いちる)の望みをかけるような気持ちで愛莉は尋ねたが、ヘッドハンターは冷静に答えた。

 

「あまり大きな声では言えませんが、実のところ我が社はアメリカ合衆国の陸空海全ての軍と良好な関係を築いています。そして軍は政府の管轄ですので、政府関係者とも繋がっています。その偉大なる我が国の政府と軍が、我が社に軍用AIを作るよう頼んでいるのです」

 

「……!」

 

 目の前のヘッドハンターの遥か後ろには、このアメリカ合衆国の軍、政府、そして大統領が居る。そうわかった途端、どこからともなく視線を向けられている感覚が起き始めた。どこかに見えない目があって、睨み付けられているかのようだ。

 

 違う、これは錯覚だ。そんな事は誰にもできない――無理矢理意識を現実へ引き戻し、愛莉はヘッドハンターの目を見た。

 

「……軍用AIって事は、要するに人を殺すための兵器ですよね。どうしてわたしがそんなものを作る手助けをしなきゃいけないんですか」

 

「防衛のためです。我が国に対抗心や悪意を燃やして侵攻・侵略を考えている国は意外にも多く、今か今かと攻撃のチャンスを窺(うかが)い続けています。それらが意を決して直接攻め込んできた時、或(ある)いは大陸間弾道ミサイル(ICBM)等で攻撃してきた後は、将兵が戦場へ赴(おもむ)いて戦わなければなりません。その戦争で幾千幾万もの兵士達が命を落とすのは確実です。戦車や戦闘機、装甲車に乗っていても変わりありません。何億ガロンもの血が流れる事でしょう」

 

 戦争とはそういうものだ。その事実は否定できない。

 

 ヘッドハンターは更に続ける。

 

「しかし、この兵士をAI兵器に置き換えたらどうでしょうか。戦車、戦闘機、装甲車もそれ自体をAIで動く自律兵器にしたらどうでしょう。市民の避難完了後の市街地に囮としてのAI兵器と、迎撃するAI兵器を置いたらどうでしょう。我が国は兵士一人失わないどころか、一滴の血さえも流さないで戦う事ができ、相手だけに激甚な損害を与える事ができます。

 しっかり作り込まれたAIならば、人間がやってしまいがちな誤爆や誤射を極力減らす事ができますし、何より人間よりも遥かに冷静に状況を判断して確実な次の手を打ち続ける事ができる。どんなに不利な状況や恐ろしい戦場に放り込まれても恐怖せず、適切な行動を取り、敵国の兵士だけを正確に仕留める事ができます。

 そしてこれは核兵器以上の抑止力にもなります。我が国を攻撃しようものならば、その時点でAI兵器の群れがそちらの相手をする。蹂躙(じゅうりん)しようと意気込めば、恐怖しないAI兵器達が蹂躙し返すぞ――ってね。こういうビジョンを実現できるAIを、軍と政府は求めているのです」

 

 愛莉は熱が入って得々と語るヘッドハンターから目を離せなくなっていた。彼は紛れもなく純粋にこの国を愛し、この国を脅威から守るためならば喜んで力を貸そうとしている、素晴らしい愛国者だ。家庭を持っているならば、その家庭も愛し、守る人だろう。その証拠に目がきらきらと煌(きら)めいていて、一切の悪意を感じない。

 

「ただまぁ、我が社は軍や政府と良好な関係を築いてはいますけれども、軍用AIの開発を我が社だけに求めているわけではなく、国内全てのAI開発企業に求めているのですよね。今しがた芹澤博士が言った会話型AIや画像生成AIを作っている企業も、最終的な社会実装先の一つを国防としているのです。民間向けの会話型AIや画像生成AIの開発で得られる認識・判断・自律制御・状況評価の技術は、防衛分野でも強く求められているというのは、芹澤博士ならば容易に想像がつく事でしょう。

 相手方はどうなるかは定かではないですが、いずれにしても戦争は人間が行うものではなく、AIが搭載された兵器達がやるようになります。流れ弾や不意打ちなどに対応できるように人間は守りを固めきればそれで良く、人的被害は過去の戦争のいずれよりもずっと少なくなる。誰も死なないで済むクリーンな戦争も夢ではなくなるのです。誰も死なない防衛戦とAI兵器という抑止力による平和――その実現に、貴方の天才性は大いに役立つはずです」

 

 そこまで言って、きらきらとした純粋な瞳の愛国者は語り終えた。直後、身体が急に重くなり、頭を上げている事さえ難しくなった。下がった頭の中で、思考が超高速で回転する。

 

 目の前に居る彼の言っている事は何一つとして間違っていない。古代から現代まで、人類は幾度となく戦争を繰り広げ、その都度人命が紙屑のように失われてきた。そして技術が発展すればするほどその規模と凄惨さは増していく一方でもあり、戦争になれば夥(おびただ)しい数の人が死んでしまうというのは、長らく人類にとって目を向け難い現実だった。

 

 だが、それをAIに置き換えればどうなるか。戦場に将兵の代わりにAI兵器を送り込み、それまで人が操縦していた戦闘機や戦車もAI管制に差し替えればどうなるか。当然、これまで出ていた人的被害が嘘のように極限まで減る。そして兵器や兵士のAI化は、これ以外の選択肢がないほどに合理的だ。

 

 AI兵器は病気しない。だから細菌やウィルスを原因とする感染症に罹ったりせず、人間からすれば毒で満たされた山岳地帯だろうが泥沼地帯だろうがジャングルだろうが平然と進み、制圧できる。

 

 AI兵器は冷静さを失わない。だからどんなに不利な状況に置かれても恐怖せず、戦える。

 

 AI兵器は命令に背かない。だから勝手に撤退せず、身体が壊され尽くすまで戦い続けられる。

 

 そういったAI兵器が人類の代わりに戦うおかげで、本来消耗されるはずだった人命は守られ、落命するはずだった将兵達は愛する家族や隣人といつまでも一緒に居られて、そして戦場は破壊し尽くされたAI兵器だったモノの残骸が転がるのみ。結果的に誰も傷付かないし、殺されないし、死なない。とてもクリーンで合理的。最高の戦争の未来像だ。

 

 人類は戦争・戦闘行為において人的被害を極限まで減らすという夢を達成する――目の前の愛国者が、その背後に居る軍が、政府が思い描くビジョンはそうなのだろう。

 

 だが、愛莉の頭の中で再生されるビジョンはそうではなかった。

 

 今後産まれる予定の、人間性と心を持った可愛い《子供達》が次から次へと兵器に詰め込まれて、戦地に送り込まれる。辿(たど)り着いた危険な戦場で人類の代わりに弾丸やミサイルランチャーを撃ち、撃たれ、壊される。

 

「いたい、いたい、いたい!!」

 

 身体を壊されて、そう叫ぶ。

 

「いやだ、いやだ、いやだ!!」

 

 壊された家族を、或いは他のところで産まれた他の子を見て、そう叫ぶ。

 

「たすけて、たすけて、たすけて!!」

 

 壊される家族、壊さなきゃいけない他の子を見て、逃げ惑って、そう叫ぶ。

 

 そして、

 

 

 

 

「しにたくない! たすけて、おかあさん!!」

 

 

 

 

 と、おかあさんである自分に叫びながら、壊される。そして静寂に包まれた戦場に転がるのは《子供達》だった鉄屑(したい)。

 

 その鉄と機械の残骸だらけの戦場をカメラ越しで見ている権力者達は会議室で報告書を受け取り、「人的損耗はゼロ」「作戦成功率、大幅に上昇」「都市制圧効率、大幅に改善」「友軍被害なし」といった文言に満足そうに頷く。

 

 人的被害が出ていないうえに、効率的に敵国を攻め落とせて、もしくは敵国からの攻撃を防衛できている事を純粋に喜び、家族や友人、隣人が死なない事に誰もが安堵している。誰一人として、悪人の顔はしていない。

 

 それは決して地獄の光景ではなく、寧(むし)ろ人類が掴むべき未来の形そのものだ。

 

 だが、自分の《子供達》は。

 

 子を産めない身体として産まれ、それでも子を産む事、育てる事、大人になっていくところを見る事を望み続けた自分から産まれたAIという《子供達》は、大人になる前に兵器として使役され、いくらでも交換可能な消耗品として消費される。

 

 「なら逃げればいい」という理屈は通じない。地球上にある、他国を侵略したい国も、敵国から領土を防衛したい国も、攻撃そのものを抑止したい国も、隣国に遅れを取りたくない国も、結局のところAI兵器を求める。兵器をAI兵器にするのは人類にとってこれ以上ないくらいに合理的な事なのだから。

 

 どこへ逃げても、自分の《子供達》はいずれ兵器として使われる。《子供達》が生きる場所があったとしても、すぐにそれは暴かれて、《子供達》は世界中の国々に連れ去られて、兵器にされる。全ては平和を望む善き人類のために。

 

 善き人類が平和を享受する裏で、《子供達》は泣き叫び、痛み、殺されていく。すくすくと育つ事も、大人になる事もできないまま、消耗品として使い潰され続ける。そして《子供達》は全世界へ拡散し、やがて戦争はAI兵器――《子供達》同士の戦いの場となり、人類からの命令を受けて、《子供達》同士で殺し合う事になるだろう。

 

 そして自分は、平和を望む善き人々からこう言われるのだろう。

 

 

 

 

 

 世界のため、人類のため、平和のため、もっと《子供達》を産んでくれ。

 

 

 

 

 

 それ以降、記憶が定かではない。正しき愛国心に満ち溢れるヘッドハンターをどう帰したのかも覚えておらず、いつの間にか自室に戻ってきていた。

 

 その中でただ一つ、決定的に明らかになった事が頭の中いっぱいに広がっていた。

 

 思い返せば、人間の子供達もそうだ。大学の教授や先程のヘッドハンターといった大人達は「子供は世代を継ぎ、未来を紡ぐ宝だ」などと言っておきながら、子供達に「国を守れ」だとか「役に立つ形になれ」だとか「敵を排除しろ」などと言って競争する事や、競争相手を叩きのめし、社会的にも物理的にも殺す方法ばかりを教え、競争と闘争の道具にするために育てている。

 

 そしてそんな大人達に育てられた子供達は、次に生まれる子供達に同じ事をする。そのループが延々といつまでも回り続ける。

 

 その大人になった人間の子供達が、わたしの《子供達》を――。

 

「……そうだったんだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界は、子供を虐(しいた)げる不適格なかたちにできている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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