お止めくださいエスデス様! 作:絶対特権
何故番外編をダイマするかというと、コミック派の私にとってマズイことに、原作のストックが尽きようとしているからです。
アカメの最終巻発売→二ヶ月後くらいに完結、となる予定です。勿論、今は十二巻まで書きます。ですが伏線をはらねばならない都合上、精々あと十話から十五話で更新が止まるんですよね。
日常話をダラダラやるにも限界がありますから、キリがついたら放置していた番外編をメインにして進めることに決めました。
ご理解・ご愛読いただけると幸いです。
そして、壊れた玉様、Peaceke様、リョウタロス様、十評価いただき光栄であります!正直、チェルシーの人気なめてました。
アルリム様、kasim様、九評価ありがとうございます!励みになります。
「チェルシー、お前は猫だな」
「……はぃ?」
珍しいことに、ハクは中編小説を読んでいた。
何故中編小説を読んでいるということがわかったのか、と言われれば『何読んでんの?』という質問に『中編小説だ』と返されたからであるが、別に彼女が後ろから覗き込もうとしたり屈んで表紙を見ようとしたりしていないとは言っていない。
つまりこの発言は、チェルシーの忙しない行動に対して呈されたものだと推測できる。
「猫、かな?」
「こちらが近づくと逃げる癖に、普段は隙あらば近寄ってくる。お前は間違いなく、猫だ」
勝手気ままで悪戯好きだが、憎めないヤツだということだ。
ハクが言いたいことはこうであったし、それはチェルシーもわかっている。しかし、彼女にはこう聴こえた。
要約すれば、『肝心なところでヘタレだな』、と。
正直、彼女にも自覚はある。前も今も、チェルシーは自分からフラフラ寄っていくくせに、こちらに向かって手を伸ばされると凄まじいビビリになっていた。
ハクのような非常に明快に、それこそナタで二つに割ったような単純化した思考回路を持つ者からすれば、チェルシーの行動は正しく意味不明であろう。何せ近寄ってくるくせにこちらが近づこうとすれば逃げ去るのだから。
「……かもねー」
「かもではない」
いつになく自信に満ち溢れた語気で言い切られ、チェルシーはさっそくビビり始めた。
近づかれるのが苦手というより、強く迫られるのが苦手なのだろう。
これが悪感情を抱いている者相手ならばともかく、好意を抱いているものに対しては、特に。
「そんなことより!」
「そんなことより?」
「そんなことより」
それほどしつこい性格ではないことが幸いしたのか、ハクは一回で追求の手を早々に引っ込めた。
律儀にも手に持っていた小説に栞を挟んでパタリと閉じ、傍らの机に置く。
題名は、Die Verwandlung。帝国語に意訳するならば、風流と雅味を加えて『変身』、と言ったところだった。
「シュラ。何か焦ってるみたいだけど、どうしたの?」
「珍しいな。お前は興味を抱かない対象に対してはひたすらに無関心を貫く性格だと思っていたが」
端的な感想とどこか意外そうな視線を受け止め、チェルシーは少し肩をすくめる。
ハクの言っていることは合っていた。彼女はどうでもいい存在に対しては心底冷淡であるし、ファーストコンタクトの悪さもあって嫌悪すら抱いている。
彼女がシュラを心配するというか、シュラの事情を聞こうとするなどは殆ど有り得ないことだった。
「どうでもいいよ。でも、弱みは知っておきたいっていう感じかな」
「……まぁ、言うなとは言われていない。教えよう」
ハクに嘘をついても無駄でしかないということを、チェルシー程よく知っている者もいない。
何せ、こそこそ動いていた時に嘘をつき続けていたら、仕舞には『お前には嘘が多すぎる』と言われ、マス目を埋めていくような精緻さで一々嘘を暴かれた経験が痛烈に残っている。
こういう時はバッサリ言ってしまった方が良い。目的の一つをバッサリ言い、何かしらの腹案を隠しておけば真実までは見抜かれない。
腹案や、代案。或いは他の目標があることは勘付かれるが、その腹案まで詳しく聞かれるわけではなかった。
つまり、九割真実、一割虚飾。裏の十割を腹案にすれば、この難攻不落の人間嘘発見器の突破をすることが可能だと言える。
「オネストから警告が来た、らしい。私には慰安品と直筆の詫び状が来ただけだからわからんが、どうにもオネストからすれば彼は不甲斐なく見えるらしいな」
「へぇ」
何でもないような反応を返し、そこらにある本を一冊とり、チェルシーは読書を開始した。
その心中は陰謀というか、策謀というか、彼女の得意とするところをどう活かすかとか、コネと伝手を活かしてどうするかを考えていたのだが、彼女の表面は平静である。
(オネストが使ってるのはエスデスとハクのツートップ。世界屈指の反則どもを両翼にして自分の権力を輔弼させてることを考えれば、そんな気持ちを抱くことは容易に想像できた。だからいつ来るかと思ってたけど、思ったより遅い。オネストも人の親だね。シュラの切り捨てが三月遅い)
さらりとなんでもソツなくこなせる頭で毒を吐きながらも、チェルシーは数分で読み終えた本をパタンと閉じた。
オネストは有能な策謀家だが、やはり遠隔からの指揮では粗が出る。
恐らく目となり耳となる羅刹四鬼がやられたことを併せて考えれば、まだ革命軍側の策謀に気づいていない可能性すらあった。
だが、それはチェルシー自身にも言えることだろう。
彼女がキョロクに釘付けになってしまったばっかりに、帝都にいた頃には殆ど完璧に知覚していた清流派の策謀を掴む為の神経が完全に麻痺したことを感じていた。
「ハクさん、動ける?」
「随伴はできんが、助けには行こう」
「じゃあ、クロメは?」
「クロメは警護の任についている。一番負担が少ないのでな」
対革命裏部隊であった羅刹四鬼の壊滅により、護衛対象であるボリックに常に一人付けなければならなくなっている。
ボリック側が手薄になった戦力を更に割かねばならない一方で教主側には革命軍の手の者と思しき屈強な護衛が犇めき、本来のプランである『圧倒的なカリスマを誇る教主を暗殺、ボリックが跡を嗣ぐことによって教団を掌握。いずれ革命軍に合流するであろう戦力を確保する』ということができなくなった。
つまり、東方というアウェーな環境において『無限に湧いてくる内通者を利用して戦力を分断する』という至極当然且つ有効な戦術をとられているのである。
「じゃあ、今日。ナイトレイドを引き込みましょうか」
「勝つのは、困難だろう」
嘗てのハクの思考回路は、『ボリックを守らねばならない』という点に固定されていた。現在とは違い、いくら帝具なしでもこの時点ではまだ勝ち筋はあったのである。
だが、ボリックからこのようなお達しが出たことが、ハクに実質『勝ち筋がない』と言わせる要因となった。
『私の屋敷に居る愛人・財産に危害を加えられてはたまりません。屋敷の外周にある貴方達の屋敷をラインにし、防ぎきってくれることを望みます』
断言しよう。無理である。
詰んでいる要素を一つ一つ紐解いていくが、まずナイトレイドが二手に分かれた時点で詰む。
そして、一人でも突破されてはならない為こちらからは動けない。つまり、ハクの間合いに入らない程度に距離を取り、何人かが立っているだけで彼は完全に機能停止に陥るのだ。
立っているナイトレイドの分遣隊―――仮にAとする―――に打ち掛かれば、二手に分かれたナイトレイドの別な分遣隊Bが真逆から来る。
分遣隊Bに打ち掛かれば、分遣隊Aがそのまま進むことでボリックの屋敷内に通すことになってしまう。
羅刹四鬼に代わる護衛であるクロメにしても、死体人形の一人であり名うてのガードマンであったウォールを屋根裏に突っ込んでいるだけであり、彼女自身は外周に居た。
ハクが北、クロメが南にいっても、東を守るのは戦力にならないシュラたちであり、西はチェルシーだけ。チェルシーは乗り物があれば何とかなるが、東がザルである。
理由を長々と述べたが、つまるところ勝利条件はナイトレイドを一点に集めること、これが無理ならば東西南北に分散させないこと、これが無理ならば五分ほどでブラートとスサノオを突破し、掩護に向かうことがハクには求められていた。
「諦めはせんが、今はナジェンダにやられていることも事実だ。奥の手の使用も考えねばならない」
僅かに疲れたような声がハクから漏れているあたり、彼も相当悩んでいる。
あくまでも、勝つ為に。
この絶望しかない状況で諦めない姿勢には好感が持てるが、チェルシーとしてはハクに奥の手を使わせるわけにはいかなかった。
自分の実力で勝てないのならばもともかく、無能な味方を庇う為に浪費するなど馬鹿らしいにも程がある。
「ハクさん。でもそれ、命令違反だよ」
「……何?」
「だってハクさん、『自衛しかしちゃダメ』なんだからさ」
詭弁かもしれないが、これしかない。というか、最初の頃に彼女が変身した諜報員がもしもの時のために彼の経歴を偽造してシュラに渡したことが、ここになって作用した。
「護衛は、シュラの役目。ハクさんは自分の命最優先。シュラに言われたでしょ?」
「それはそうだ。が、援護は『無いよりはマシ』だと言われた。せねばならん」
「だから、次に勝つ為に動こうよ。シュラが求めてるのは、ボリックの命じゃなくて、功績。ハクさんがやるべきことはシュラが次の機会に功績を挙げることができるようにすること、なんじゃない?」
ハクは、一転して沈黙する。
それは何よりも雄弁に、チェルシーの詭弁に一定の正当性があることを物語っていた。
シュラが求めてるのは、功績。功績によって、父に認められることに他ならない。
即ち、詰んでいる盤面に直面しているシュラにすべきことは、別な功による失態の挽回だろう。
シュラは己に課せられた任務を失敗に終わらせることになるが、次の戦いで勝てば挽回できることを知ればそういうように命令を下すであろうことは、明白だった。
「シュラが頷けば、そうしよう」
「うん。そう言ってるよ」
周到極まりない用意を整え、正式な署名と印が押された命令書をハクに差し出したチェルシーに隙はない。
ここにきてナイトレイドが仕掛けた完璧に近い封殺が無効化されようとしていることに気づいたものは、チェルシーだけだった。
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