魔王の玩具   作:ひーまじん

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どうも。期間を空けてのIF編投稿です。

私としましても、本編の出来が思いの外良すぎて、正直な話。めっちゃ苦労しました。元々、文才なんてものには恵まれてませんでしたので。ですが、非力ながら執筆させていただきました。ご期待に沿えない点もあるかもしれませんので、ご了承ください。

後、只今、息抜き用の作品のアンケートをとってますので、よろしければご協力お願いします。


だから私の先輩は優しくない

「雪ノ下ぁぁぁ!出てこぉぉぉぉい!」

 

大声で私の名前を呼びながら廊下を駆け回るのは、一つ上の先輩で現在の総武高校生徒会長の九条景虎先輩。

 

私を唯一特別扱いしない人で、今もちょっと悪戯をして、追いかけ回されていたりする。多分、こんな事をしてくるのはあの人だけで、毎回それが少しだけ嬉しくてちょっかいを出してしまう。

 

私と九条先輩の出会いは特別でもなんでもなかった。

 

入学して間もない頃から、私はとにかく目立っていた。

 

自分で言うのもなんだけど、頭は良いし、運動もできる。見た目もアイドル顔負けで何年もかけて作った外用の顔は誰にも見抜かれるはずがないくらいに完璧で、男には好かれるけどなんてことはなく、男女問わず人気を集めていた。

 

正直な話、それは小学校の頃からそうで、そこには絶対的な自信があったし、見抜けないのも当然だと、私は思っていた。意図的に見せなければ、気づくような人なんていないと。

 

だから、私は九条先輩を見たときに酷く驚いたのを自分でも覚えている。

 

私を見た瞬間に、まるで見てはいけないものでも見てしまったかのようなリアクションを取って、その場からそそくさと離れていく。

 

決して目が合って照れ臭いから、なんて甘い感じのものじゃない。

 

普通に振舞っていたのに、私は完璧にとまでは言わないまでも、仮面の下にある私を見られた。

 

私には何の落ち度もない。どれだけ人気を集め、多くの人から好奇の目に晒されても、気疲れなんてしないし、ずっと維持できる自信がある。

 

だから、私が九条先輩に感じたのは……まず嬉しさだった。

 

退屈しそうな生活に、突然舞い込んだ幸運。

 

私はその日から、九条先輩の教室に足繁く通う事にした。まずは、九条先輩がどんな人間なのかを知るために。人からの情報ではなく、私の目と耳で得た情報で。

 

初めて教室に行った日は、早々に全力警戒モードで私を見ていて、その反応に私はより一層嬉しさを感じてしまった。

 

わかるんだ、この人には。

 

理由はどうであれ、私という人間がどんなモノなのかを。

 

その日からずっと一緒だった。

 

ご飯を食べる時は一緒。休み時間も階層が一つ違うだけだから突撃し、逃げた時はクラスの人たちに働きかけて、逃げられないように空気を作った。数の暴力とか、人を味方につけるのは私にとっては朝飯前。アイドル扱いを受けている私に少しでも好かれようと無茶な事以外は大体聞いてくれる。

 

九条先輩も、最初は逃げたり面倒くさがったりしていたのに、途中から待ち構えるようになった。それは可愛い後輩を待つ姿勢じゃないけれど、逃げる事を諦めてくれたのは楽で良かったし、あの人とのやりとりはとても新鮮だった。

 

だから、あまり人目を憚らずに行動を起こしてしまう。

 

先輩はどれだけ怒っても決して突き放さないし、かといって私を甘やかしたりするわけでも、まして好意を抱いてくれているわけでもない。それはわかっているし、隠すのが上手いのかと一度カマをかけてみたら真顔で『頭大丈夫か?』って言われた。多分、私の人生であんな屈辱を浴びせられる事なんてもうない。なので、その後でちゃんと悪戯の度合いを上げたりもした。

 

そんな私達の関係を言葉で表すのは簡単そうで難しい。

 

でも、第三者の視点にいるクラスメイトや他の先輩方の中では確立しているらしく、この光景を見るたびに呆れたような、それでいて微笑ましいものを見るかのような視線を送ってくる。私はそれを計算して行っているわけじゃないけれど、これはこれで好都合なので、その通りに振る舞う。

 

……九条先輩の声もそろそろ聞こえなくなった。

 

そーっと、教室から顔を出して、周囲を確認ーー。

 

「捕まえたぜ、雪ノ下」

 

しようとしたら、力任せに服の襟を掴まれ、引っ張りだされた。私を相手にこんな力技に訴えてくるのは、やはり一人しかいない。

 

「あ、あれー?いたんですか、九条先輩?声が聞こえなくなったと思ったんで、てっきり帰ったのかと……」

 

「そう思わせるのが俺の作戦だ。毎度毎度同じ手は食わねえよ」

 

「流石は九条先輩。惚れ惚れしますね!」

 

「逃げるために口先だけで褒めてんじゃねえ。今日という今日は、お前にはきっちり今までの分を働いて返してもらわねえとな」

 

凶悪な笑みを浮かべていう九条先輩。因みにこれが本人的には威嚇するつもりもなく、普通の笑顔らしい。相変わらず怖い。もっと普通に、自然に笑えないのかなと思う。

 

「そんな……体で返せなんて……九条先輩鬼畜過ぎます」

 

多分、普通に生徒会の仕事を手伝えって意味なんだろうけど、私は面倒だからしたくない。あそこに行くのは遊びに行く時だけだから。

 

「おい、やめろ。語弊のある言い方すんな。普通に手伝えよ」

 

「前もあんなに乱暴にしたのに……」

 

九条先輩ってば、私が優秀なのをいい事にこき使おうとするから、何が何でも手伝いたくない。

 

「だから、やめろっつってんだろ。周りの俺を見る目が凄いことになってんだろうが」

 

確かに周りの九条先輩を見る目が、まるで犯罪者を見るかのようなものになっていた。これも割といつもの事。別にみんな本気にしているわけじゃない。九条先輩は見た目はちょっとアレだし、言葉遣いも悪いけれど、基本的に良い人だと九条先輩のクラスメイトはいっていたし、それが作っているものじゃないのは私も知っている。

 

裏表がない、なんて事はないんだと思う。そんな人間は世の中にいない事は私もよく知っている。人間は打算的で利己的な生き物だし、損得感情で動く。ロボットと違うとするならそこに喜怒哀楽の感情があるかないかぐらい。ただ、九条先輩の場合はどうも違うみたい。頭は良いのに、打算も何も抜きにして、『筋が通るか否か』にかかっている。まるで一世代前の不良や極道のようだった。

 

そんな性格だからか、この人は密かにモテる。男女関わらず。本人は全く気付いていないけど、生徒会長になれたのは私が応援演説をした事もあるかもしれないけれど、元々ごく一部を除いては好まれる性格をしているから、好かれている。

 

おそらく、私もーー。

 

「おい、雪ノ下。人の話聞いてんのか」

 

「へ?」

 

「呆けた声出すなよ。そら、行くぞ」

 

そう言って、九条先輩は手を離した。逃げようと思えば逃げられるけど、その時は割と容赦ない罰が待っている。一回逃げようとした時があったけど、その時はすぐに捕まって、拳骨が落ちてきた。あれは本当に痛かった。その時はしばらくうずくまってた。

 

駆け足で九条先輩の横につく。

 

最初の頃は一歩距離をあけられたりしていた。今は普通に横を歩いていられる。流石に抱きついたりしたら、嫌がられるけど、無理矢理剥がされる事はないので、多分嫌われてはいないと思う。この人は、いまいち掴めないところがあるから、よくはわからないけど……。

 

そう考えるとなんだか釈然としない。

 

私は九条先輩を困らせる立場ではあるけれど、九条先輩に悩ませられる立場ではないはずだ。そういうのは私の性に合わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、この辺りで一つ。私と九条先輩の立ち位置をはっきりさせておいた方がいいかもしれませんね」

 

「はぁ?いや、もうはっきりしてんだろ。俺先輩で、お前後輩。それ以上何があるよ」

 

「あります。大有りですよ。私の性格考えてみて。今の関係はおかしいと思わない?」

 

「わけわかんねぇ……つーか、タメ口やめろ。敬語使えよ、後輩」

 

そういうわけで急遽予定を変更し、私達は生徒会の仕事を他の役員さんに全投げして、制服デートを敢行する事にした。

 

九条先輩は何気に真面目で律儀なので、仕事が終わってからと言っていたけれど、他の役員さんは私の意図を察してくれたのか、笑顔で許可を出してくれた。その代わりにこの制服デートで何があったのかを話さないといけなくなったわけだけれど。

 

「別にいいじゃないですか。今はほら、学校の外ですし。デートですよ?」

 

「公私は分けろってか?………まぁ、一理なくはないんだが……」

 

顎に手を当てて、九条先輩は考え込んだ。

 

私としては別に公私を分けてという意味で言ったつもりはないんだけど……別にいいかな。敬語じゃない方がまた一歩近づいた気もするし。

 

「……わかったよ。ただ、学校じゃ敬語使えよ。学校でも普通にタメ口だと絶対に勘繰られるからな」

 

「えー、私じゃ不満なの?こんなに可愛い女の子。そうそういないと思うけど」

 

「てめえで言うか……否定はできねえけどよ」

 

自分の容姿には自信がある。妹の雪乃ちゃんはともかくとして、その辺の子には負けない自信が私にはある。人の好みはそれぞれなので、絶対に万人を振り向かせられるとまでは言えないけれど、大抵の人なら振り向かせられる。

 

「で、何処に行くんだ?言い出したんだから、候補はあるんだろ?」

 

「えーと……カラオケ、ゲームセンター、ボウリングとか、その他諸々」

 

「見事に遊んでばっかだな」

 

「それはもちろん。映画とかだとそれでお終いになっちゃうし」

 

休日にデートするならそれでいいけれど、今は放課後にデート。時間にあまり猶予はない。近場で済ませようとしたら、大体これぐらいになる。

 

「雪ノ下はどれがいいんだ?」

 

「うーん……九条先輩の歌を聞いてみたいっていうのもあるけど、一緒にボウリングもしてみたいし……よし、両方にしよう!」

 

「全然悩まねえな」

 

「ほら、悩むだけ時間が無駄だから。両方二時間ぐらいに分けたら大丈夫」

 

一人暮らしじゃないと出来なかった事だ。いくら今日は少し学校が終わるのが早かったと言っても、私の家は門限が厳しい。というよりも、お母さんが厳しい。本当に色んな意味で。

 

だから、高校生のうちに二人で男の人と遊びに行くのなんて絶対に許さないだろうし、七時を超えたら血眼になって探しに来るかもしれない。親バカ……で済むならどれほどよかったか。

 

「時間も限られてるし、さっさと行くぞ。雪ノ下」

 

「あ、ストップ。九条先輩」

 

歩き出した九条先輩を呼び止め、私はその腕を取り、手を握り、指を絡める。

 

「……何?」

 

「デートだから。恋人繋ぎ……的な?」

 

「的なじゃねえよ、馬鹿野郎……」

 

私が笑顔で言うと、九条先輩はそっぽを向いた。ちょっと耳が赤いのが照れてる証拠。よし、開始からすぐに私が一歩リードしている感じになった。やっぱりこうでないと。年上だから、という理由で精神的優位に立たれるのは実に私らしくない。

 

それに……嫌がられてない事は、ちょっとだけ嬉しい。

 

はたして、この光景を見て、何人の人が私達をカップルだと勘違いするだろう。兄妹とは絶対に思わないだろうし、ひょっとしたら従兄弟かと勘違いする人はいるかもしれない。

 

でも、大体の人は高校生カップルと勘違い……しないかもしれない。

 

九条先輩の顔がちょっとアレだった。

 

嫌がってはいないけど、うんざりしている。というか、目が急速に死んできている。

 

おそらく、これを総武高校の生徒に見られたら、煽られるからだろう。前にその光景を見たら、九条先輩の顔は死んでいた。因みに原因は私だけど。

 

この顔を見たら、きっと後輩に振り回されている先輩という真実にあっさりと気づく人はいるかも。

 

「まあまあ。そんな顔しないで、九条先輩♪きっと悪いようにはならないと思うから」

 

「……そりゃな。お前にとってはならねえんじゃねえの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほいっと」

 

大きく振りかぶって、ボウリングボールを投げる。

 

きっちりポケットに。寸分のブレもなく、進んでいき、全てのピンを倒す。

 

よし、これで七回連続ストライク。久しぶりだったから、出来るか分からなかったけれど、流石私。感覚は忘れていなかったみたい。

 

「七回連続ストライクとか……何お前。ボウリングマスターか何か?」

 

「マスターじゃないよ。偶々偶々♪」

 

「その割に気分がいい事で。一緒にさせられてる俺の身にもなってくれ」

 

がくりと肩を落とす九条先輩。

 

別に九条先輩が下手というわけじゃない。寧ろ、それなりに出来る方なんじゃないかと思う。単に私と一緒にしてるから、いまいちなように見えるだけで。

 

もっとも、九条先輩が肩を落としてるのは、他のお客さんが私達を見て、『彼女にボコボコにされている彼氏』と憐れみの視線が送られてくる事だろう。全員がそういうわけじゃないけど、それが時々というのが、尚の事、九条先輩にダメージを与えていた。

 

「どうする?別のにする?卓球とか」

 

「いや、いい。いくらお前がボウリングマスターつっても、一方的にやられてるだけじゃ俺の気が済まん。時間いっぱいまでやるぞ」

 

「それは別にいいけど……」

 

この人、気づいてるのかな。

 

私がミスしないって事は、引き分けはあっても勝ちはないって事なんだけど……。

 

ま、いっか。別に今回はゲームの勝敗は大して関係ーー。

 

「なんかあったほうが面白いな……よし。じゃあ、勝ったほうが負けたほうに命令できるってのはどうだ」

 

「乗った」

 

ーーなくはなかった。

 

これは負けられない。

 

一度ゲームをリセットして、新しくゲームを始める。

 

なんといっても、あの九条先輩に命令できるわけなんだから。

 

基本的に私のやることなす事ノリノリだったり嫌々だったりと気分こそ様々であるけど、付き合ってくれる。流石に人に迷惑をかけるような事は止められるけど、そんな九条先輩に何でも命令……あれ?これ、する意味あるの?

 

ボウリングボールを投げる瞬間、そんな事が脳裏をよぎった為に、手元が狂い、ボウリングボールは全てのピンを倒し切る事ができず、三本残してしまった。

 

「おっ、どうした。雪ノ下。賭け事になると手元が狂うのか?」

 

私がミスした事でやや安心した感じの九条先輩に私は言う。

 

「九条先輩。何でも命令できるっていうのは、際限なくって事ですか?」

 

「ん?いや、流石に際限なくはねえな。まぁ、人様に迷惑かけなきゃいいけどな」

 

「そこに九条先輩は含まれる?」

 

「いいや。それ含んでたら賭けにならねえし」

 

確かにそれはそうだ。

 

賭けをしてる相手の事も考えてあげるのは、白けてしまう。九条先輩が言っていることはもっともだ。

 

……けど、うん。

 

余計に勝たなくてはいけなくなってしまった。

 

つまり、九条先輩相手に収まるなら本当にどんなお願いでもしていいという事になる。そして、私としては今日の目的を鑑みても、それ以上の報酬は必要ない。

 

踵を返し、倒し損ねたピンをさくっと倒す。これでスペア。始まってすぐにミスをしたのはらしくなかったけど、大丈夫。ここからはさっきのようなミスはない。

 

「次は俺の番だな」

 

意気揚々と立ち上がった九条先輩は私の投げたものよりも二回りほど大きいボウリングボールを持ち、綺麗なフォームでボウリングボールを投げる。

 

軌道も悪くない。これはストライクかな……と思っていたけれど。

 

「……マジか」

 

「はー、これはまた綺麗に残ったね」

 

絶妙に両端だけが残ってしまった。

 

倒す方法がないわけではないけど……流石に無理と思う。

 

案の定、九条先輩は無理だと判断して片方だけ倒しに………あ、外した。

 

「……一応聞くけど、本当に賭けする?」

 

「お、男が一回言い出した事を取り下げられっか」

 

そういう割に声が引き攣っていた。男の人って本当に大変だなって時々思う。女と違って、意地とか矜持とかが色んなものについて回ってくる。もちろん、女にそれがないわけじゃないけど、こういう場でなら取り下げもマイナスになる事はない。

 

「まぁ、別に私はいいんだけど。どんな命令しよっかな〜♪」

 

鼻歌交じりに、私は二投目に臨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果、当然のごとく、私は圧勝した。

 

スコアが開くたびに静かに絶望し、悟っていく九条先輩の様子がとても面白くて、リベンジのたびに九条先輩の表情が死んでいった。

 

その後に行ったカラオケですぐにテンションがハイになったものの、それも終わってみれば、普段のテンションに元通りになった。

 

因みに九条先輩は意外とラブソングの選曲が多かった。てっきりロックとかが好きだと思っていたけど、曲の半分くらいがラブソングだったと思う。これが普通の男子なら遠回しにアプローチしてきてるんだろうなぁと感じるけど、九条先輩は無自覚かつ歌いたいから歌うだけなので、全く勘違いできる要素もない。なので、そこに関しては茶化しても全然堪えてくれない。おまけに採点したら、すっごく点数良かったし。

 

でも、気を遣わないという点に関しては、九条先輩がこういう人で良かったと思う。九条先輩は私の事を全然気を遣ってないとか、人の事を考えてないとか言うけど、人の事を考えてなかったら、そもそも私の周りは凄いことになってたと思う。修羅場なんて言葉じゃ足りないくらい。

 

だから、この人といる時間は一人でいる時と変わらないぐらいに心が休まる。

 

……ていっても、一体どういう解釈をされるかわからないけど。きっと『いや、俺にも気遣えよ。年上だぞ。先輩だぞ。もっと敬え』なんて。これでも九条先輩の事は敬っている。私にもない物をこの人は持っているから。

 

「今日は楽しかった〜。九条先輩はどうだった?」

 

「……まぁ、ぼちぼちな。当初予定してなかった精神的疲労と遊んだ事によるストレス発散でとんとんってとこだな」

 

「……あの、今回割と私大人しかったと思うんですけど」

 

思わず、素でそう返してしまった。

 

いつもならともかく、今回はかなり大人しかったと思う。だって、全然振り回してないし。寧ろ、精神的疲労は九条先輩の自滅が原因なんじゃ……。

 

「ああ。確かに今回は大人しかった。なんならずっと大人しい方が良いに決まってるんだが、逆に大人しすぎて何か企んでるんじゃないかって気が気がじゃなかった」

 

「だって、普通に楽しかったんですから。っていうか、大人しくても疲れるって、もう私どうすれば良いんですか」

 

わざわざ九条先輩の前まで猫をかぶると言うか、求められるがままを振舞うのは私は嫌だ。かといって、今日のような日に楽しい空気を自らぶち壊していく趣味もない。私がそういう事をするのは、そっちの方が面白いからか、私が楽しくない時だけ。そのどちらにも当てはまらない今日の日にはそんなことをする必要はない。

 

私の問いかけに、九条先輩はガシガシと居心地が悪そうに頭をかいた後、顔をそらして、ぽつりと言う。

 

「だからまあ……いつも通りの方がしっくり来るっつーだけだ」

 

「九条先輩」

 

「……なんだよ」

 

「照れてます?」

 

「照れてねーよ」

 

「じゃあ、こっち向いてください」

 

「断る。今日寝違えて、首痛えから」

 

その言い訳はとても無理がある。さっきまでこっちに普通に向いてたし。

 

でも、これはこれで悪くない。照れる九条先輩と、それを見る私。こういう構図は他の男子が相手なら、割とよくある事だけど、九条先輩相手ともなると、滅多に見られない光景だ。私と九条先輩の関係は一見私優位の関係に見えて、その実対等か或いは九条先輩の方が有利だったりする。それを、九条先輩当人は全く知らないし、それどころか知ってるのは私ぐらいだと思うけど、こうして私が優位な立ち位置にいられるのは、それはそれで気分が良い。別に万人を従えたいとか、誰も私の上に立たせたくないとまでは言わないけど、やっぱりこの方がしっくり来る。

 

「別に良いんですけどねー。九条先輩のそういうところ、私は好きですよ」

 

「うっせ。俺はお前のそういうところが嫌いだっつーの」

 

「えー?どういうところですかー?」

 

「猫撫で声がうぜぇ……つーか、話し方元に戻ってんぞ」

 

「あ、そうですね」

 

「そうですね、じゃねえよ。素でも全然喋れるじゃねえか。どこのどいつだ。気を許したら敬語が抜けるなんて虚言を吐いたやつは」

 

「さあ?誰でしょう」

 

白々しくそう言い切った。

 

別に相手に気を許しても、敬語は普通に使えるし、タメ口にもなる。私が両方を九条先輩に使っているのは、一応他の人と分けているというアピールのつもりなんだけど、どうにもこの人は別の意味に捉えている節がある。この人の欠点というか、最終防壁というか、兎にも角にも、その勘違いを超えない限り、この人には何も伝わらない。

 

……ここから九条先輩と別れるところまで数分。

 

ちょっとカマをかけてみるのもありかもしれない。どんな空気になっても、別れてしまえば、明日の朝にはリセットされてしまっている。

 

「ところで、九条先輩は好きな人とかいるんですか?」

 

「あ?なんだよ、いきなり」

 

突然の質問に、九条先輩は眉根を寄せて、あからさまに訝しむような視線をぶつけてきた。それは仕方のない事だ。確かにあまりにも突然すぎる。

 

けど、私はここで引き下がらない。

 

「いえ。今日は私とデートしてくれましたけど、気になる異性とかはいないのかなー、と。一応それでしたら、今後は誘うの控えますけど」

 

言っておいてなんだけど、もちろん控えるつもりは全くない。

 

「好きな人、ねぇ。正直よくわからねえな」

 

「はい?」

 

「いや、なんつーかさ。ちょっと愛とかそういうのがイマイチよくわからなくてよ」

 

……単純な質問のはずなのに、何故か哲学的な答えが返ってきた。

 

あ、あれー?別にそういうつもりで話したつもりじゃないんだけどなぁ。愛がどういうものかわからないってどういう事?

 

と、言いたいところだけど、それはわからなくはない。私も大体九条先輩と似たような感じだったわけだし。寧ろ、九条先輩よりも酷かったかもしれない。

 

「簡単に考えていいんですよ。例えば、この人といると気が楽だなぁとか、楽しいなぁとか。他の人といるときと少し違って、その人だけは特別な感じ、みたいな」

 

「特別な感じ……成る程な。それなら、一人心当たりがある」

 

「そうですか。では、どうぞ」

 

やっぱりいるのか、なんて思いながら投げかけた質問に、九条先輩はただ一言。

 

「お前かな」

 

こちらに指を差して、答えた。

 

「………はい?」

 

「いや、だからお前」

 

二度言われて、ようやく自分という事を理解した。

 

喜びかけて、そこではたと気づく。

 

多分この人。私の伝えたかった特別と全然違う意味に解釈してると。

 

そう思うと、一瞬で冷静になれた。ああ、やっぱり九条先輩は九条先輩だなぁ。

 

「はいはい、わかってますよー。あれですよね?特別手のかかる後輩だー、とか言いたいんですよね」

 

「まぁ、それもあるがな」

 

「?」

 

「お前といると疲れる分には疲れるが確かに楽しい。全然気兼ねしなくて済むし、俺の交友関係を女子の中で絞るなら、まあ一番お前といる方がいいな。肩凝らねえし。だから総合的に見ると、その特別な感じに当てはまるのはお前だ。雪ノ下」

 

「………」

 

全然勘違いしてなかった。

 

この人は、勘違いしなかった上で、正しく理解した上で、この人は真顔で、なんでもないように、涼しい顔をして、こんな事を言ってるんだ……!

 

かぁぁ、と顔が熱くなるのが自分でもよくわかる。面と向かって、裏表なくこんな事を言ってくる人だとは思っていなかった。

 

変な空気にならないのはこの人がこんな風だからだけど、その分、言われている私の方は恥ずかしさが尋常じゃない。

 

「どうした?雪ノ下?顔赤いが、なんかマズイこと言ったか?」

 

言いました。とんでもないことを。

 

そう言いたかったけど、それはそれで負けた気がするので、顔を伏せて頭を横に振った。

 

ていうか、なんでこの人涼しい顔してるの?この人、本当にどんなメンタルしてるの?

 

「それならいいけどな。だから、ある程度自重してくれりゃ、こういうのも全然良いぜ。まぁ、お前にその特別なやつがいなけりゃだけどな」

 

くしゃくしゃとぶっきらぼうな手つきが、私の頭を撫でる。

 

こんなことをしてくるのもこの人だけだ。でも、これはあんまり嬉しくない。相手の方が年上だからか、なんだか妹扱いされているような気がする。

 

けど、こうやって頭を撫でてくれるのは、それなりに私に気を許してくれてるんだと考えると嬉しいような。なんとも言えない。

 

少しの間、なされるがままになっていると、九条先輩の手が頭から離れ、そろそろ別れるところまで来たと気付いた。

 

「……また明日、ですね」

 

「おう。じゃあな」

 

そう言って、いつものように私達は別れる。

 

こうして別れるのも随分と慣れたものだ。お母さんの反対を押し切って、わざわざ一人暮らしを始めてから、ずっとこうやって朝誰よりも早くに九条先輩に会って、一番最後に別れる。

 

いつも私が他愛ない話をして、それを九条先輩が聞く。

 

無言になるときは基本ない。あるとすれば、決まってあの人が私の予想外の返答をしてくるときだけだ。

 

……そういえば、以前バレンタインの時も似たようなやり取りをしたことがあったっけ。

 

あのときは考えに考えた末に『面倒くさい後輩』と言われたのを覚えている。それから少しだけ時間が経ったけど、あの人の中で私の存在は変わっているのだろうか。

 

振り返ってみても、あの人の背中が見えるだけで答えは返ってこない。ここでまた後ろから抱きついて、その答えを聞けば、この悩みは解消されるのだろうか。それともまた変に勘違いされるだけなのだろうか。

 

……それさえもわからない。

 

悩みは悩みを伝播させるだけで、結局行動を起こしても起こさなくても、ループしていくだけ。

 

後にも先にも、きっとこんな簡単なことに悩み続けるのは今だけで、こんな事をさせるのもあの人以外にいないんだろう。

 

全くーー。

 

「………優しくないなぁ、先輩は」

 

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