ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー 作:オーバードライヴ
結局、任官拒否は出なかった。
岬明乃以下晴風乗員全三十一名、海上安全整備局第三管区海上安全整備本部隷下第一特務艦艇群に志願。これを横須賀女子海洋学校及び海上安全整備局は即時承認。海上安全整備局局長の署名と公印入りの任命書が交付された。
電子ペーパーでやってきた任命書一枚一枚を確認する。電子ペーパー化されたことで指紋認証による受領確認が瞬時にできるようになった。上官として確かに受け取ったことを本局に伝えるためにも、一枚一枚、念入りに読んでいく。被任命者欄に書き込まれた名前を見るたびに瞬時に顔が浮かぶ。今日から部下になる人の顔だ。覚えていなければ迅速な指揮は不可能だ。
柳昂三三等海上安全整備監は最後の一枚まで承認を終えると、全ての電子ペーパーをファイルにまとめた。この辞令一枚一枚が部下の手に渡った段階で、晴風の乗員は公務を開始することになる。その現実を改めて突き付けられたように思えた。唾液が、苦い。
ブリーフケースにファイルを突っ込む。ブリーフケースに既に納まっている大量の手帳の山は昨日のうちに生徒から回収した学生手帳だ。既に安全監督隊向けの内容に差し替えられている。身分証となる学生証表示部は未だブラックアウトしたままだ。
「……ひどいエゴだな」
嘯いて、立つ。任命式の時間が迫っていた。ロッカーの上の定位置に置いてある制帽を手に取った。それを左脇に抱え、右手には必要な書類をまとめたブリーフケースを持つ。
部屋を出る前に、僅かに足を止めた。制帽を被り、左手にブリーフケースを持ち変えた。
「……ホワイトドルフィン、アルビノのイルカが人魚を率いるか。普通逆だろ。全く」
皮肉な笑みを浮かべ、ドアノブに手を掛け、晴風の廊下へと進んでいった。
†
食堂と集会室を兼ねた座学教室に柳が姿を現したその瞬間に、ざわついていた空間が一気に静まった。昨日までとはまるで別人のように空気が入れ替わってしまっていたのだ。
背筋をしゃんと伸ばしたその体は安全監督隊の男性上級隊員だけが着用できるダブルスーツにも似た制服に包まれていた。真っ黒の制服に映える金モールの階級章は中線三本、三等海上安全整備監を示すものだ。右肩には金色の指揮官飾緒が下がり、白い天井部が映える制帽を被る姿はどこか威圧感を与えるものだった。その姿を見て僅かに息を飲むましろ。彼の左胸に示されたバッジの一つに見覚えがあった。海上安全整備局本局勤務経験者を示すバッジが略綬とは別に取り付けられていた。これを持っているということは海上安全整備局において重要な役割を担っていたことを示す。
柳は教卓の前に立った。岬明乃艦長が号令をかける。生徒が起立し、無帽時の敬礼である首を垂れる動作をする。柳は右手を額まで上げる挙手の敬礼で答える。
「着席してよろしい」
いつもより柳の声が低く響く。皆が座るのを見て、柳は制帽を外して教卓に置いた。普段とは異なり、オールバックに髪をまとめていた。比較的精悍な顔立ちをしていることに、明乃は初めて気が付いた
「……改めて、第三管区第一特務艦艇群司令を務める柳だ」
そう言う声はやはり硬い。そのただならぬ雰囲気に部屋の空気が張っていく。
「まずは晴風乗員に臨時安全監督官への任命書を交付する。併せて回収していた学生手帳を再交付する。名前を呼ばれたら前に来るように。艦長、岬明乃」
「は、はいっ!」
明乃がおっかなびっくり前に出る。教卓の前に立つと電子ペーパーと学生手帳を柳から手渡される。最初の一人ぐらい、内容の読み上げがあるかと思ったら、それもなかった。
「副長、宗谷ましろ」
あとは淡々と一人一人に渡していく作業が続く。電子ペーパーにはそれぞれの名前と任官の階級、そして所属として第一特務艦艇群隷下航洋艦晴風と書いてあるシンプルなものだ。後は海上安全整備局局長の署名と印が押してあるぐらいだろうか。事務的極まりないものが来ていた。
明乃は返された学生手帳を開く。そもそもこれも小型のタブレット端末であり、見た目には変化がない。開けば学生としての身分証が表示された。目次を表示させると海上安全整備局規則などが追加されているように見える。
「今、任命書がそれぞれの手に渡った。君たちは晴れて安全監督官、すなわちブルーマーメイドになった。艦長は一等海上安全整備士、副長及び各分隊長は二等海上安全整備士、その他乗員は三等海上安全整備士にそれぞれ任命されることになる。おめでとう」
柳はどこか皮肉げな笑みを浮かべた。心から祝っているとは到底思えない表情だ。
「安全監督隊の職務は君たちが入学した直後に話した通り、この海に生活する市民の人命を守り、生活を守り、秩序を守ることだ。そのために君たち安全監督官は国家権力を行使する」
柳は腰の後ろに手を回しタブレットを取り出し、テーブルに置いた。そしてもう一つ、何かを取り出す。それを見た何人かが息を飲んだ。
拳銃だった。M360J、治安維持組織が使う装備品の一つだ。
「安全監督官は特別司法警察職員だ。申請をすれば拳銃の所持、携帯が認められる。条件が揃えば、発砲が認められる。さら君たちはいかなる艦船に対しても停船や臨検の実施を要求する権限を持つ。それがどういうことか、わかるか?」
柳の声はひたすらに淡泊だった。それがどこか恐ろしさを伴って響く。
「君たちは、市民が安心できる海を守るという大義名分の旗の下、誰かの自由を奪う権限を得たということだ。その行為の正当性が認められれば、結果として人が死んだって罪に問われない。それは君たちが国家権力の一翼を担うからだ。そうでなければ守れないと判断される状況があるからだ。そして、そういった切迫した状況下に第一特務艦艇群は飛び込むことになるだろう」
そう言うと柳は拳銃の
「学生としての籍を置いていても、君たちの身分は既に安全監督官だ。その状況から目を背けることは許されない。この国のため、この国に暮らす市民のため、世界の海に散らばった国民のため。君たちは武器を取り、守ることを選択し、志願した」
そう言って柳はタブレットをなぞった。それと同時に生徒用の電子手帳が電子音を発し、画面に灯りが灯る。安全監督官としての身分証が交付された。顔写真の隣に海上安全整備局のマークが浮かび、英語と日本語で基本情報が羅列されている。
「たった今、君たちに安全監督官としての職務権限の行使が許可された。これで君たちは国家の狗になり下がった」
その言葉に部屋が凍り付く。
「……君たちが優秀な安全監督官たることを期待する」
柳はそう言って拳銃をホルスターに戻した。
「晴風の損傷個所の修復が終わり次第、第一特務艦艇群は武蔵の捜索、及び救援を行うことになる。武蔵の知名艦長からの携帯電話による通報によると、艦内部での人的トラブルが発生している模様だ。反乱等の武力衝突が起きている可能性もある。命の危険も伴う任務となる。心してかかるように」
制帽を被り直す柳。
「修復が終わるまでは各持ち場の損傷修復の確認、及び、補給の確認を各分隊長の指揮で行ってもらう。岬艦長と宗谷副長は私と一緒に来い。情報調査隊との会議に参加してもらう。以上、解散」
明乃が号令をかけ、敬礼を交わす。一気に昨日までの和やかな空気が払拭されていた。
出ていく柳を慌てて追いかける明乃、ましろがその後ろに続いた。
「あの、柳教官!」
「もう教官じゃないんだが、どうした。岬艦長」
そう言われて少ししゅんとする。
「……教官と呼んではだめですか?」
それを聞いた柳は一度足を止めた。振り返る。
「教官と上官の違いは何だか考えたことはあるか?」
「教官と、上官……?」
「教官は文字通り生徒を何があっても見捨てずに動くことを要求される。教え、育てていく人材だからだ。だが、上官は違う。与えられた任務の遂行が至上命題だ。部下の教育も当然上官の任務だが、それにかまけて任務遂行に差し支えることは許されない。……だから、上官は部下を切り捨てる判断をする。……もう私は上官で、教官ではない。だから、教官と呼ぶな」
柳はそう言い捨てて小会議室のドアを開けた。中には既に平賀二等監察官と、近江参事官、前と同じように護衛役のような男が二人、すでに詰めていた。平賀が敬礼をし、柳が答礼。それを見た明乃とましろが慌てて敬礼。
「遅くなりました」
「いえ、編成式も略式なもので申し訳ありませんでした。柳3監」
「そんな式典にかまけている余裕もないんでしょう。……会議に入りましょうか」
プロジェクターを乗せたキャスター付きの台を引き出しながら、柳がそう言った。頷く平賀。
「まずは互いの情報を共有しましょう。……とりあえずですが、武蔵艦長である知名もえかさんからの通話についてです。依頼した通話記録の件、どうなりましたか?」
席についた柳が空のガラスの灰皿を引き寄せながらそう切り出す。明乃が視線を下げた。ましろがどこか心配そうに視線を送る。それを見ていた平賀が慎重に言葉を選んだ。
「提出してもらった電話番号の発信記録についてですが、岬艦長宛て以外の発信は認められませんでした」
「認められていない? ……岬艦長」
「は、はい!」
「知名艦長は君への電話で『君にしか繋がらなかった』という趣旨の発言をしたのは間違いないんだな?」
「そ、そう言ってました……」
「通話記録の記録方法は? 相手が出なければ記録には残らないのですか?」
「いえ、洋上通信用の衛星電話を使用していますから、ワンコールでも発信すれば記録には残ります」
「即ち、知名艦長は岬艦長宛て以外、一切の電話をしていないという事ですね」
平賀の言葉を受けて柳が切り返す。頷きで帰ってきた答えに柳は腕を組んだ。
「……岬艦長の聞き違いか、知名艦長がパニックになっていたのか」
「何らかの事情があって嘘をついたのか、ですか」
「もかちゃんは嘘つく子じゃないです!」
平賀の言葉に激烈な反応を返したのは明乃だ。どこかしまったと言いたげな顔をする平賀が慌ててとりなしに入る。
「我々もブルーマーメイドを攪乱する目的で知名艦長が自主的に言ったとは考えていないわ。そういわされていた。そう考えるのが妥当でしょうね……柳3監、知名艦長のプロファイルは?」
「昨日の夜やってみましたが、直接会ってない以上なんとも言えませんね」
「お聞かせください」
柳がタブレット端末を操作すると、プロジェクターに画像が表示された。現れるのはもえかの顔写真――おそらく入学時のものだろう――と、様々なプロフィールだ。
「知名もえか、長野県松本市生まれ、彼女の三親等までの親族に政治犯なし。母親に駐車違反の経歴があるものの、なんらかの犯罪に関わっていた親族もなし。交友関係を鑑みても、なんらかの思想に関わった人物は認められない。親族の不幸などにも不審な点はなし」
そう言って画面をスワイプ。プロジェクターに写ったのは彼女の使っているSNSの履歴だ。
「心身共に健康で、精神疾患を含めた重大な持病もなし。健康保険の使用履歴を漁りましたが、ほとんど病院にかかっていないことからもそれがわかるでしょう。プライベート・勉学共にきわめて優秀。岬艦長をはじめとして、友人も多い。SNSの会話履歴を見る限り一方的な信頼に依存するような関係ではなく、双方向の信頼関係を結んでいる。コミュニケーション能力に長け、情報解析能力に富んでいる。周囲から相談を受けやすいタイプであることが推察される」
また画面が変わった。中学時代の集合写真だろうか、笑顔のもえかが写っている。明乃はそれを見て視線が上げられなくなった。
「情報調査隊から提供されたデータを分析する限り、周囲への不平不満を漏らしている形跡はなし。成績は常にトップクラス、運動面も悪くない。周囲に自己主張をするタイプではないこともあり、承認欲求は十分に満たされていたものと考えられる」
「……要するに、どういうことかね?」
近江がどこか不機嫌そうにそういった。柳が間髪入れずに口を開く。
「彼女が主体的に武蔵を行方不明にさせ姿を消した可能性は低いと考えられます。彼女が主犯であると仮定した場合、その理由となるであろうものは認められません。政治的・経済的背景もクリーン、怨恨での犯行の線も薄い。承認欲求を満たすための突飛な行動を取るような性格ではなく、十分に周囲の注目を集めていたことから愉快犯的な犯行である可能性も低い。……彼女が主体的に何らかの犯罪行為に手を染める可能性が低いことが推察されます」
「……では、なぜ彼女は発信記録からばれるような嘘をついた?」
近江の指摘に柳は一瞬間を置いた。
「自己保身の可能性が高いと考えられます」
「具体的には?」
「……武蔵の内的要因で事態が発生していることを伝えたかったのではないでしょうか。通話記録を調べれば、ほかの誰にも電話自体を掛けていないことがわかる。それは即ち、武蔵は依然外部との接触がないことの証左になる。内部での何らかなトラブル……いえ、内部の
「……なるほど。一理ある」
近江は打って変わって満足げな表情をした。
「ならば、武蔵は機械的なトラブルではなく、乗員の行動に起因するトラブルの可能性が高いということだ」
「状況証拠しか集められていない訳ですが、今のところは」
条件付きで柳が肯定する。明乃もましろもただそれを聞いていることしかできない。
「なら、これが役立つことになるかもしれないな」
そう言った近江が、部下の一人を呼び寄せた。その部下が柳にプラスチックのアタッシュケースを差し出す。柳は、近江を警戒するような視線を向けながらそれを受けとった。
「開けたまえ」
そう言われ、柳はゆっくりとそのケースを開けた。それを横から覗き込む明乃。息を飲む。
「H&K HK416C、サブコンパクト。艦内部での取り回しを考えた最新式の9インチ短銃身モデルだ。君も416の扱いには慣れていると思ってね。Pac-LEG時代の愛銃なのだろう?」
現れた小銃を右手に持った柳からは、一切の表情が抜け落ちていた。
「まさか……武蔵相手に銃を持って突撃しろっていうんですか!?」
ましろが声を上げる。それにびくりと肩を震わせたのは明乃だ。
「強行突入は最後の手段だが、その可能性を考慮すべき事態だろう? そのような事態に対応するべく、晴風には20丁の416を配備する。あとは数丁のショットガン、
どこか笑みを浮かべて近江がそう言った。上機嫌でリモコンのようなものを操作すると、プロジェクターが別の画像を表示し始めた。
「もちろん晴風の武装のバージョンアップも行う。長10センチ高角砲への換装や魚雷の追加も行うべく、今明石が急ピッチで作業を進めている」
それを聞いて柳があからさまにため息をついた。
「……不自然だ」
「なんだと?」
柳は小銃をケースの上に起き、近江を睨んだ。
「晴風と武蔵の置かれている状況に差はないはずだ。双方ともに戦術リンクを離脱し、行方をくらませていた。外交問題にまで発展しかけたことを考えれば晴風の方こそ、たちが悪いはずだ。それにも関わらず、晴風は公式に安全監督隊に組み込み、武蔵は強行突入を鑑みる必要があるような鎮圧対象として認知されている。あまりに、不自然すぎる」
柳は椅子の背もたれに体重を預けた。
「HK416Cは確かに優秀な小銃だ。だからこそ、何処の臨検隊も欲している。20丁も倉庫の肥やしになるような小銃じゃないはずだ。それを、第一特務艦艇群にひょいと渡せるように用意してきた。それは即ち」
柳は一瞬言葉を切った。
「即ち海上安全委員会及び海上安全整備局は、
柳の視線が冷え切った。
「あんたら、何を企んでる?」
それを受けてどこか虚を突かれたような表情をしていた近江だが、すぐに肩を震わせ始めた。
「……なるほど、噂に聞きし『マリアナの海鷲』は伊達ではなかったということだな」
「質問に答えてもらおう、近江参事官。武蔵を止めたいなら、こちらには情報を余さず渡してくれなければ不可能だ。ただでさえ戦力差が開いている」
「
近江が笑みを張り付けたまま、そう脅すような声を出した。
「直接言葉にしないとわからないかな、事は既に決まっているんだよ。君たち特務艦艇群はそれを行使する端末に過ぎない。精々君たちは言われたことを迅速かつ効率的にこなすにはどうすればいいか知恵を絞ればいいだけだ。それ以上のことは我々背広組の仕事だ。制服組は黙っていたまえ、柳3監」
それを受けて、柳は鼻で笑い飛ばした。
「……まるでラピュータの住人だな、参事官」
皮肉めいた言葉に黙り込む近江。言い返してこないことをいいことに柳は続ける。
「スウィフトのガリバー旅行記に出てくる宙に浮く島『ラピュータ』の科学者は机上の空論に耽り、成功するかもわからない実験的な農業を従えるバルニバービに無理矢理押し広めた。それにより肥沃だったバルニバービの土地は荒廃するが、ラピュータの科学者は上手くいかないそれを責め、バルニバービの街を撃ち滅ぼす」
そう言ってニヤリと笑えば、近江は対照的に真っ赤に顔を染めていた。近江の手が、ジャケットの中に伸びる。
「……君は、皮肉の天才だな、柳3監」
「私ではなく、スウィフトがでしょう、参事官」
その直後、一気に状況が
近江が胸元から拳銃を取り出すより早く、柳の手元にあったガラスの灰皿が宙を舞った。天井に当たって砕け、ガラスの破片が近江たちに真上から降り注ぐ。
「くっ……!?」
とっさに頭を守って、改めて銃を構えようとする近江、その足元に衝撃が走る。プロジェクターが乗ったキャスター付きの台が、柳に蹴り飛ばされて飛んできたのだ。脛に勢い良くぶつかり、腰をかがめた。とっさに脚を庇おうとしてもキャスター台が邪魔ですぐには庇えない。そしてそうしている余裕がないことに気がつくまでの数瞬は、あまりに長すぎた。
「あが……っ!」
「
丸まった背中を机に叩きつける様に真上から抑えつけられた、その衝撃で手元から離れた拳銃を柳は掴んだ。近江の部下が一斉に柳に向けて構える。それに向き合うように柳も左手一本で銃を構えた。
「……SIG SAUER P220自動拳銃とは、物騒なものを持ってますね、近江参事官。さすが、外務省の国際情報統括官組織出身、こういう事態には詳しいわけだ」
「……気が付いていたのか」
机に組み伏せられた姿勢のまま苦しそうな声を出す近江、柳が油断なく向けられる拳銃の照準に視線を投げながら続ける。
「テロリスト扱いされても文句など言えない晴風にいきなり海上安全委員会のお偉いさんが直接乗り込んでくるわけないでしょう。来るなら荒事専門の強襲チームだ。それが来ていない段階で、大体晴風が
面白くなさそうな表情を浮かべたまま柳は照準をぴたりと護衛の一人に向けていた。
「参事官と名乗っているから外務省関係なのは確定。昨日の夜の段階で知名艦長のSNSなどのネットデータが集まっているとなれば、当然法務省や公安部とのコネクションが存在することになる。そうなれば国際情報統括官組織か国際テロ情報ユニットのほぼ二択だろう。その中で拳銃を携帯できるのは国際情報統括官組織に限定される。わざわざ外務省の
柳の手の中で拳銃が揺れた、脅かすように護衛が、撃鉄を引き上げた。
「おいおい、最初に攻撃しようとしたのはお前らのボスだぞ? まさか、私の艦隊の腹の中で西部劇を再現するつもりはないだろうな?」
ぞっとするような笑みを浮かべて柳がそう言った。
「……銃を下ろしてください、柳3監」
「平賀監察官、貴女にも同じことが言える。何を隠している? 独立性が求められる情報調査隊はいつから海上安全委員会の出先機関になり下がった?」
「それは……」
「お決まりの保守義務のため教えられないか? 引金の軽い人間を晴風に乗艦させておいてよく言う。今頃誰に風穴があいていてもおかしくなかったんだ」
「……こちらに一定の非があることは認めましょう。柳司令もここで銃撃戦をすることは望んでいないはずです」
柳はゆっくりと銃口を上にずらし、安全装置を掛けて、腰のベルトとスラックスの隙間に拳銃を差した。護衛も拳銃の銃口を足元に下げた。
「……で? 何が目的だ。晴風を使って何をしようとしている?」
「貴様らのような……」
机に押さえつけられたまま、近江が低く唸る。
「貴様らのような人魚もどきに説明する必要はない」
「人魚は人に非ず、か。オーケー、ろくでもない何かが動いていることは理解した。それで十分だ」
柳はそう言うと組み伏せるのに使っていた右手の力を緩めた。
「第三管区第一特殊艦艇群司令として、海上安全委員会の協力要請を拒否することを宣言する。元々海上安全委員会は安全監督隊への命令権を持ちえないんだ。気にくわないならもっと上と掛け合って、俺を罷免でもさせるんだな」
そう言って、乱れた制服の襟元を正す柳。
「平賀二等監察官、あなたは近江参事官たちが、武装を持ち込んでいることを知っていましたか?」
「……」
「沈黙は肯定と受け取ります。艦艇群司令たる私に一切の連絡なく、武器が持ち込まれていました。海上安全整備局管理外の武装が持ち込まれる場合は、所属艦船の長の承認を必要とするはずです。これはあなたの職務不履行に寄るものだと判断します。この事態に関わる納得のできる説明をしていただけることを期待します」
「柳3監、さすがに横暴ではありませんか?」
平賀の言葉を鼻で笑う柳。
「一定の非があることを認めたのは、その事に関してだと思っていましたが?」
「……」
「貴官を含め海上安全委員会の無断での武装の持ち込みに関して、正式に書面で抗議させていただく。双方納得いくような回答が出ることを心から願っていますよ、参事官殿」
柳はそう言って、近江の目の前に、弾倉を外した拳銃を置いた。
「もう話すこともないでしょう。岬艦長、宗谷副長。いくぞ」
「は、はい……」
柳はそう言って会議室のドアを開けた。明乃とましろを部屋から出す。
「本艦艇群の長として、下艦命令を出させていただく。近江参事官以下海上安全委員会の方々は30分以内に晴風から下艦していただきたい」
「……貴ッ様ァ!」
近江が吠える。柳が振り返った。
「なんでしょう?」
「どれだけ現場で腕を鳴らしていたか知らないが! 上に逆らったらどうなるかを知らないのか!」
すました顔でその罵倒を受ける柳。
「ヘスペリデス計画に逆らったことを後で後悔するがいい! 柳昂三!」
「――――それが、そのろくでもない企みの名前か」
柳が好戦的な笑みを浮かべる。
「ヘスペリデスねぇ、ならばこちらはペルセウスかヘラクレスといったところか。奪いに行くその日まで、金の林檎でも何でも守っているがいい」
そう言い捨てて、ドアを閉じる柳。
「柳教官……」
不安そうな明乃が柳を見上げていた。
「どうやら状況は相当根深そうだな、艦長」
「大丈夫……なんですか?」
「大丈夫にしていくしかあるまい。……いくぞ」
柳が歩き出す。ましろと明乃は戸惑いながらもそれについて歩き出した。
波はどこまでも穏やかだが、暗い雲がひたひたと近づいてきていた。
遅くなりましたが、更新です。今回は柳さん無双回でしたね……。俺TSUEEE系主人公にするつもりはないのですが、それに近づいてきているので戦々恐々です。
ハイスクール・フリートのアニメが終わってしまいましたね。個人的には最終話大興奮でした。いろいろミッシングリンクを残したまま終わったので妄想を広げています。なんで武蔵が暴走していたのかとか、そもそも何のための実験であのネズミが出てきたのかとか……二期とかOVAとか劇場版とか用に残した感じもあって、今後に期待したいキュムラスです。
今作ではいろいろ状況が明らかになってきました。いろいろ爆弾を抱えたまま、次章突入です。
リアル等もあり更新のペースが少々遅くなるかもしれませんが、ごゆるりとお待ちいただければ幸いです。
この話より先、しばらくはいふりキャラの誕生日記念の短編が続きます。
↓今のところの御品書き↓
ミケちゃん
かよちゃん
タマちゃん
マロンちゃん
みなみさん
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――――
次回本編 理由もなく人は敵意を抱くはずもなく
それでは次回もよろしくお願いいたします。