ミノト相手に勝利し、現在、俺は道場の床に座りながら自身で応急処置をしているところだ。
これといって切り傷は痛くないが、出血が治まらず床を汚すのは忍びない。あぁいや、痛くないっていっても真剣白刃取りをした掌はそこそこ痛みあるけども。
「……」
しかしまぁ、真剣白刃取りなんて初めて試したし成功して心から安堵している。
防刃製のグローブしているとはいえ、改めて振り返ると怖いったらありゃしねぇ。今後刀相手にしたくないことの1つだ。あの瞬間だけは生きた心地しなかった。
以前遠山がジャンヌや緋緋相手に決めたことがあるらしい。神経が強化されるHSSの遠山であれば、通常より反射速度も正確さも断然高い。
だから剣の腹……側面を完璧に挟むことができるだろう。
だが、今回の俺の場合、挟んだというよりムリヤリ受け止めたに近い。横から挟むではなく正面から受け止める。普通に自殺行為に近い。だからわりと負傷しているわけで。グローブを付けてなかったら絶対したくないわ。
「…………いっ」
「八幡様、大丈夫ですか?」
「このくらいなら全然。それより――――どうしたラムダ。なんかボーッとして」
治療している俺の近くで腰を降ろしているラムダは、どこか抜けているようなやたら熱っぽいような視線を俺へと向けてくる。どこか放心しているように感じる。
あ、レキは俺が汚した床に散らばっている血を拭いている。どうもです。助かります。汚してすまない。
にしても今回はルールが決められていたからか随分とレキが大人しかった。普段のレキなら即座に狙撃をして横入りしてもおかしくなかった気がする。いやまぁ、茶々入れたらいくら俺が勝っても情報は得られなかっただろうが。
ひたすら無言で戦闘中はある意味気まずかったまでたる。少しくらいラムダのように反応ほしかったけど、ただただ無言だったもんな。ちょっとは息が漏れていた気がするけど。
そんで負けたミノトは壁にもたれかかりゆっくりと呼吸するように休んでいる最中。俺が与えたダメージは抜けていないようだ。まだ決着着いてから数分しか経っていない。ムリもないだろう。
「い、いえ……その……」
しどろもどろな反応をしており、やたら落ち着きない様子だ。どうしんだろうか。
それは何かに対して恥ずかしがっているかのようであり、まるで不意に推しを目の前にし緊張している反応でもある。
その理由を考えているわけだが……。
「初めて見る戦闘だったんもんな。そりゃ怖かったか」
ふと思い付いた考えを述べてみる。
妥当な理由だ。人間、誰しも流れる血に対して恐怖するものだし、それが自身や知人であるならなおさらだろう。俺はその感覚はもう麻痺しているけど、なんであれ命の危機が迫るというのは本来異常事態だ。
平常でいろ、というのがムリかもしれない。
そんなところだろうと考え、ラムダに訊いてみたところゆっくりと首を横に振る。あれ? どうやら違うらしい。
「い、いえ……それもあるのですが……その……」
「ん?」
「先ほどまでの出来事は……私にとって非日常な体験でして、八幡様の戦っていた姿が、今まで見てきた八幡様とかけ離れており……新鮮でした。その、カッコ良かった、です……!」
紅潮した表情をしており、興奮した口振りでそう捲し立てるラムダ。
「お、おう……。ありがと?」
語尾が思わず上擦る。
褒められて……いるんだよな? いやうん、ちゃんと褒められているってことでいいよな。真正面から褒められるとか、今までそのような経験がなさすぎて少しばかし戸惑う。不安になってくる。
世間からの俺の評価なんて異常事態って言われているくらいだ。どうやら神崎は俺がミサイルを10発以上浴びせられて無傷だったことにドン引きしていたらしいし。
今さらながらあのときは神崎のためにとせっかく頑張ったのに引かれるのはちょい悲しい。……まぁ、普通ミサイル撃たれて平気ですとかそんな奴いたらドン引きするわな。俺だってそうなる。
「今後は巻き込みたくないけどな」
「八幡様の気持ちも充分理解していますけれど、もっと見たいという気持ちの方が強くなりましたね」
「勘弁してくれ……。てかあれだ、今回はラムダが最初から巻き込まれない戦いだったけどな。非戦闘員を庇いながら戦うのは神経使うから避けたい」
「むっ……それはたしかに」
興奮しているラムダを宥めながら応急処置を続けている。うわっ、1人だと地味にやりにくいな。利き手側を治療するとなったら特に。
「悪いラムダ、ちょい手伝ってくれないか」
「……はい」
ラムダの協力を借りつつ数分で応急処置は終わった。
レキも一先ず区切りが付いたようで、改めて俺たちはミノトへと向き直る。そろそろ依頼の方を片付けたい。
どうやらミノトも多少は回復したようで、呼吸も落ち着いている。そろそろ本題に入れそうだ。
「……」
しかしながら、いきなり本題に入る前に少しばかしアイスブレイクを挟みたい。
さっきまで俺たちは殺し合いをしていたんだ。はい今から腹を割って全部話せ、というのはいくら嘘を見抜けるラムダがいるとはいえ、幾ばくか厳しいことだろう。いくら俺が勝った条件を突き付けたとはいえな。
話しやすい雰囲気を作るに越したことはない。しかし……何から話そうか迷う。
「で、ミノト。お前平気か?」
「やった本人が訊きますそれぇ? いやぁ……まだめちゃくちゃ痛いんですけどぉ。やっと呼吸はしやすくなりましたよ〜」
俺の不躾な問いかけに苦笑いをしている。腹をさすりながら不満な目付きを一瞬向けたが、さすがにお門違いなのだろうとすぐさま元に戻る。
「にしても……比企谷さんってかなり強くて、私は負けましたけど、純粋な剣の実力ってなると……私の方が上でしたねぇ」
負け惜しみのような口調ではなく単純に疑問といった口振りだ。
「えっ、そうなんですかっ……!?」
驚きに満ちているラムダが口を挟んでくる。
「八幡様って勝ったのですよね……?」
「おん。勝ったよ。ボコボコにしたろ」
「私、めーっちゃ負けましたよぉ」
真顔で告げる俺と茶目っ気たっぷりで笑うミノトをラムダは目を丸くさせ不思議そうに交互に見る。
「なのに、ですか?」
「結局、比企谷さん私にナイフ当てれなかったですからね〜」
「あ? やろうと思えばできたぞ。武装解除したときにな」
加えて手段として除外していたが、烈風を使えば隙くらい作れた。
「いやいやぁ、もちろんそれ以前ですよぉ」
知ってる。
「……剣の実力はぶっちゃけミノトがかなり上回っていたな。そこは否定しない。俺は今回ルールの抜け穴狙って勝ったに過ぎない。こっちがフル装備なら、刀主体の相手くらい正直余裕だったろうが、刃物だけでぶつかったら……わりと大変だったな」
俺の愚痴にミノトは苦虫を噛み潰したような顔になる。そのまま項垂れたかと思うと。
「いやぁ、ルールの抜け穴を突いたって言いますけどぉ……本来それまでに何回も殺れているはずだったんですよねぇ。あくまで私有利なルールを強制しましたしぃ」
そうミノトは勢いよくため息を吐く。いかにも疲れている、不満たらたらですと言いたげな態度だ。そんなしょげなくても。
「端から見れば俺の方が傷付いているぞ。誇れ。てか、攻撃喰らった回数で言えば俺のが多いし」
「だからぁ〜……その程度で済んでいるのがおかしいんですよぉ」
ミノトの実力からすればそう不満を言いたくなるのは分かる。
単純な剣の腕なら、俺の知り合いでは上位に入ると考える。
個人的には神崎より上、星伽さんと同等レベルだと予想する。遠山は……剣だけってなるとあまり実力知らないんだよな。銃弾はナイフで斬れるらしいけど俺は見たことない。……いやアイツおかしいな? なんで斬れるの? まぁ、そんなレベルで使えるのであれば技術はあるだろう。
それと神崎は身体能力が高過ぎるから、技術が多少劣っていようが気にせずゴリ押しできるという。あれは改めてズルいレベルだ。
「最後の一撃も痛かったですしねぇ〜」
お腹をさすりつつため息を吐くミノトを見つめる。そこから視線を下に移し今度は俺の手のひらをジッと眺める。そして先ほどのことを思い返す。
「……」
彼女の語る最後の一撃――――発勁か。
実戦で初めて浸透勁の打撃……発勁を使った。使いはしたが、まだまだあれは未完成ということを叩き付けられた攻撃だった。
マキリと比較すれば威力はお粗末、ギリギリ衝撃がどうにか貫通した、というあまり褒められる出来ではないと自覚している。いやまぁ、比較対象があの化け物染みた強さのマキリなだけあって人間相手であれば、あの程度でも充分な威力だとは理解しているのだが……。
加えて、威力という観点を除いてもまだまだ課題はある。
今回はミノトを拘束した上で発勁を使用した。だからある程度は発勁に集中し、意識を割くことができた。しかし、本来であれば、拘束した上で相手を殴ることは余程のことでなければまずないだろう。
もっと無意識レベルで使用することができ、かつ威力は落とさない。むしろ更に上げる必要がある。単純な威力ってよりも必要なのは力の伝達か。より速く確実に届かせないと発勁の意味がない。
そして何より、いくら単発を極めたとしても、高速で戦況が移り変わる近接戦闘で発揮できないと意味がない。今回であまりにも難易度が高いと実感した。
随分とまぁ反省点が多く、課題が残る戦いだった。色々と前途多難だが、一応少しだけはレベルアップしたということで。練習あるのみだ。
拘束っていうと烈風と絡めれば可能性はあるだろうか。
風の檻を作ってから重い一撃を放つことは何回かしている。とはいえ、わざわざ烈風で拘束してから発勁を使う意味って考えると……破壊力でいうと災禍の方があるわけだ。殴るなら風穴きなる。
発勁を使うメリット……やはり通常の打撃と使い分けることが何より重要か。理想はやはり通常の打撃と寸分変わらないモーションで使えることだ。その領域までは……随分と遠いな。
「八幡様?」
「……なんだ」
「いえ、急に黙ったかと思ったので……」
ごめんなさい。
反省点やこれからの可能性を含めて色々と思考が過ってしまい沈黙してしまった。
「何にせよ、いくら剣の実力が負けていようが今回勝ったのは俺だ。約束守ってもらうぞ」
「えぇ、それはもちろん」
静かにミノトがそう答えると同時に俺はチラッと隣にいるラムダへと視線をやる。俺に見られたと分かったラムダは小さく頷く。言いたいことを察してくれたようだ。
これでミノトが嘘を付いてもラムダが見抜いてくれる。
ただラムダの超能力の上限はそこまで高くないと話していた。あまり質問数が多いと途中で力尽きる可能性かある。なるべく質問を絞るか、ラムダの使うタイミングを制限する必要がある。その辺の采配はラムダに一任しよう。
「レキもなんかあれば口開いてくれよ」
とだけ話すと首肯だけする。
レキも人の癖を読むのに長けている。まだまだ人間1年生レベルではあるため、人の感情の細かい機微を完璧に読めるかと問われた怪しい。
ただ狙撃手としての完成度は段違いだ。その力を是非とも発揮してもらいたい。とはいえ、多分率先と口は開かないだろう。そんな予感がする。
主導は俺からだ。でないとレキは喋らないし、ミノトも黙ったままだ。とはいえ、いきなりだったから段取りとか何も組んでいない。いつもの行き当たりばったりです。まずは何から訊くべきか。
「お前は……改めてNを知っている、もしくは関わりがあるってことで良いんだよな?」
「はい」
「それとこの地域に暮らしているレクテイア出身の奴らの数は?」
「私と店主含めて……えと、6人ですねぇ」
そこまで数が多くないか。やはりマイノリティーではあるんだな。異世界人なら当然か。
「他の集落とかは知っているか?」
「……分かんないですねぇ」
自然と首を横に振る。……が、表情が少し固い。視線も一瞬泳いだ。
……違和感。隣にいる彼女たちに視線をやると2人は頷く。となると、この回答は少し嘘が交ざっているように見える。ただ、どこまで本当か嘘かは定かではない。
しかし……嘘があるとはいえ、言っている内容自体はほぼ本当のことだろう。ラムダはともかくレキが追求しようとはしない。
ざっとは本当となると、ミノトたちは外との繋がりが強いわけではないと。ふむ……。
「……はぁ」
内心色々と考えているところで、ふとミノトが再度ため息わ吐く。
「あ?」
「いえ、別に嘘は付いていないのに……なーんか責められている気がしてぇ」
「ってことは?」
「……いや、私たちは知らないですけどねぇ。ただ、レクテイアの組合があるというのは噂で訊いたことある程度ですよ〜。Nの人が言っていたようなぁ〜。そこそこの人数がいるみたいですけどねぇ……私たちは関わりないんで」
「へぇ……」
組合。その言葉からして各地に複数あるものだと感じる。もしかすると全国に拡がっている可能性もある。
つっても、ミノトが語れない以上、俺たちも分からないから話を広げようがない。今回は関係ないことではあるから、ムダな追求もいらない。
話を戻す。
「Nとの具体的な関係性は?」
「私たちはN所属ではないというのを念頭に置いてほしいんですけどぉ……Nには地球で生活している人もいるから援助を受けられるんです。その見返りにこちらも色々とするんですよ」
面倒そうに、言い方をさらに悪くすれば気怠そうに語る。
「例えば?」
「一応、ここは郊外ですけど東京ですからねぇ。Nの方々が日本へ来られた際には宿泊場所として私たちの住んでいる場所を提供とかぁ」
あれはあれでけっこう気を遣うんですよねぇ……と愚痴るミノト。
「ほら〜、私の羽もそうですけど、地球では目立つ姿している種族もいますし〜? こう、まとまった日を過ごすときに人目から隠すって目的で」
なるほど。納得はできる。噂ではドラゴンとかいるらしいし、ある程度の秘匿性は重要だろう。
「頻度は?」
「そんなのマチマチですよ〜。日本に寄る回数自体がそんな多くないですし」
ですよね。
そもそもNは国際的なテロを繰り返している。が、その実、裏側で暗躍しており表に出ることは滅多になかった。国が自然と自滅するように操っているらしい。
であれば、拠点がいくつか必要とはいえ、使う回数は少なくなる。
「あっ、そういやお前らの援助っていうと? 金とか?」
「ですね。身分の保障っていいますかぁ……こちらで暮らせる手配をしてくださったり。私たちがお店開けるのも色々とNの人たちが援助してくれたからで〜……あっ、ちゃんとその辺り、合法ではありますからねぇ。突っ込まれるの大変ですもんね〜」
でなければ生活することは難しいだろう。嘘は言っていない。
「他にそうだな……お前らは何かしていることはあるのか?」
「私たちはこのくらいですよぉ。ただ……」
一瞬苦い表情で言い淀む。
「私たち6人はしてないことではあるんですけど……実はとある情報通がいましてね。ちょいちょいここに泊まるんですよ〜」
あまり言いたくはないのだろう。それでも諦めたような顔付きで話は続けようとする。
「それは……レクテイア出身の奴か? それとも現地の協力者?」
「あ、前者で〜す。普段は別のとこで働いているから数には入れてないですが、よくここを利用する人がいましてね」
話を訊いたところどこか浮浪者の印象を受ける。
「その人がよくNに情報を提供していくんですよねぇ。内容は……私には難しくて理解できなかったんですよ……。ただ、どうやら最近ですと……えーっと、あれですあれ。総理の暗殺未遂があったのご存知ですかぁ?」
レキと同時に頷く。
あれはマキリが動き、遠山たちと旧0課とが協力して防いだ事案だ。
洋上にてクルーズにいた総理をマキリが単騎で殺そうとした案件。それを防いだ遠山たち、単独で総理を暗殺しようとしたマキリ、双方普通にイカれている。
「あれの情報提供していたらしいですよぉ。船がどういうルートを通って護衛がどれだけいるか……とか。私は横でボーッと話半分で訊いていただけなんでぇ。なんかそんなこと話していたなぁ〜……って。あっ、どこまで正確な情報だったかなんて知りませんよ?」
色々と思い出したかのように眉を顰めながらミノトはそう語る。
対する俺は思わず絶句。そして頭が痛くなってくる感覚に襲われる。
「要するに〜……Nが動きやすいよう現地の情報を集める役割ってことですかね?」
「んだよソイツ真っ黒じゃねぇか……! え、なに。ソイツの仕事何だよ。政府の関係者なの?」
もしこれが産業スパイなら日本の情報漏洩大丈夫かと心配になる。重要機密抜かれまくりはヤバいだろう。
「違うらしいですよ? 私たちも詳しく知らないんですよね〜。本人は情報を集めるのに犯罪はしていないって話してますけどねぇ。どこまでホントなのやら〜って感じでーす」
表立った騒ぎは起こさず情報収集していると。
後ろ盾が少ないであろうレクテイア出身の奴ならば、あくまで妥当な判断だろう。
どういう手段を用いているのか疑問だ。それこそあっちの奴なら、ラムダのような心を読める超能力を持っているのだろうか。知人、もしくは行動範囲に機密情報を持っている人がいるのか。
……とはいえなぁ、今考えても仕方ない。あとで星伽さんたちに報告しないとだな。
「……で、その情報通とやらはどこにいるんだ? できれば捕まえたいんだが」
「知りませ〜ん。東京にいるのか、日本にいるのか、はたまた海外にいるのか……なぁんにも分からないんですよぉ。多分1つの拠点に留まっていないかと。……ホント、Nの人たちがたまにここに来るとき一緒に泊まるくらいで」
これまた面倒そうに語るミノト。彼女もそれなりに苦労しているように見える。たしかにNに宿泊場所を提供し、その場ではバレれば死ぬかもしれない情報のやり取りをしている。神経は削られるだろう。
内心舌打ちしたくなる。面倒なことこの上ない。無視はできない事柄だが、あまり詰めても進展しないこともたしかだ。
訊ける範囲だけ確認しよう。
「見た目は? 写真はあるか?」
「写真はないです。Nの人たちはそんな証拠残さないですし?」
それはそう。
「見た目は……髪の色も長さも毎回変えてますし、私の羽のような特徴もない種族ですから……あー、身長はレキさんと同じくらいかと思いますねぇ。多分、戦闘面はそこまで〜……得意じゃ、なさそうかな? って感じです」
随分と曖昧な情報しかない。同郷にもかなり素性を隠している。判明していないだけでNのメンバーであり諜報員という役割を持っているのかもしれない。
現時点では何とも言えない。
「……」
「――――」
途中、レキと何度か視線でのやり取りをする。マバタキ信号やただの視線の交わし合いで意思疎通したところ、特にレキはミノトが嘘を付いていないと判断している。
ラムダの方を見ても静かに首を横に振るだけ。こちらも引っかかっていないと。
「一先ずこんなもんか」
ふぅ、と一息付いて立ち上がる。
「あらあらぁ、終わりですかぁ?」
「報告書に記載するための証拠がほしいところではあるが、その辺りはまたあとでってことで。もう夜だしな。明日の朝、店が始まる前にジャマするわ」
「仕方ありませんねぇ〜。でも、そんな客観的なモノ、ないと思いますけどねぇ。私はともかく相手が相手ですから」
実際問題その通りだとは考える。否定しないしできない。Nのメンツが誰であれ、客観的な証拠を残すなんてツメの甘い、容易なことはしないだろう。
まぁ、だからといってそんなの粗探すレベルで細かくどうにかするだけだ。レキと協力すればなんか見付かるだろ。なんて楽観的な気持ちになる。
にしても。
「うるせぇ敗者だな」
「偉そうな勝者ですこと」
勝者なら偉そうにしてもいいだろ。
――――翌日。
朝から俺とレキはミノトの店を訪れ、始業時間までに捜査をする。本日武偵高へと帰宅予定なためラムダは後片付けと掃除を率先と行ってくれている。
レキは主に店の部分である1階と居住スペースである2階、隣の道場で怪しい箇所がないかの捜査。
しかしながら、こちらの望みは薄い。1週間前に利用したとかならともかく、最後に利用した日程は数ヶ月前になる。俺がノーチラスに誘拐される前の話だ。いくらなんでも、今日まで何かしら物的証拠があるとは考えにくい。
俺は別行動で店の帳簿をチェックしている。Nのメンバーが宿泊や利用した日に対して不自然に多くないかの確認。と同時に店にある監視カメラの映像も同時に精査している。
ただ、カメラを映している範囲は基本的に店内だけだ。そこまで広くない。むしろ郊外にある観光客などが来ない店に監視カメラがある方が驚きではあった。
残念ながらミノトから訊いたNの利用した日付前後を見ても姿は確認は取れなかった。さすがにお店でのんびり飯を食べているなんてないか。想像してみたら随分と間抜けな絵面だ。
そして、店の経費を記している帳簿をひたすら確認している。ミノトかそれとも同じ店で働いているもう1人がマメだったのか家計簿をきっちり付けているので、それもひたすら見る。
その最中で気付く。電気代、食費、ガス代、諸々経費が通常と比較したらNの利用日の方がわずかに高いことに。
食費などは日付ことに記されているから分かりやすい。しかしながら、電気代やガス代は月払いではあるから詳細な1日ごとの値段は割り出せない。ただ例年、各月ごとに比較するとたしかに高い。
一応はミノトの背中の写真があるから、それが証拠にはなる。追記で記載する分には一先ず充分だろう。
「……ねっむ」
あー……ダメだ、眠い。途中で思わず船を漕いでしまう。
昨日あれからミノトと戦ったあとも深夜遅くまでで星伽さんたちへと提出する報告書を仕上げていたから睡眠時間が少ない、加えて、これだけ小さい数字ばかり見ているから余計に眠気が拍車にかかる。
まぁいい。とりあえずこれで仕舞いだ。レキの方はどうだと連絡を取ってみる。
「…………」
「……いつからいた?」
「さぁ」
……って思った瞬間に背後にいるの勘弁してくれない? ホントいつからいたの? ビックリするよ?
「どうだった?」
「怪しい箇所は特に見受けられませんでした」
あからさまなのは残っていない。いくらレキの感覚でも探せなかったみたいだ。
「ミノトさんの話では最近使った人がいないらしく、妥当な結果かと。申し訳ありませんが」
珍しくしおらしい態度になる。端から見れば淡々とした口調で表情は動いていないように見えるが、ほんの少しだけ目尻が下がっている。
可愛らしいことろもあるんだなと内心苦笑しつつ。
「レキは鷹の目でミノトっていう物的証拠を納めたんだから気にすんな。こんな数ヶ月のことを粗探しするよりかは、そっちのがちゃんとした証拠だよ」
「ありがとうございます」
ふとレキはミノトの方へと視線をやる。
「それで彼女の処遇はどうしますか? Nと関わりがあり、手助けしていたのなら犯人蔵匿罪にあたりますね」
静かに事実を述べる。俺は頭を悩ませる。
実際問題、レキの言う通りではある。いくら本人が周りに対して危害を加えていなくても、無害な奴で……いや無害ではないな。刀大好きでイカれている奴だし。
とはいえ、国際的なテロリストであり犯罪者であるNの協力し、手助けしているとなると当然犯罪だ。
犯人蔵匿罪とは簡単に言うと、犯人に対して車や家など場所を提供し匿う行為だ。他にもいくつか当てはまる事例はあるだろう。
逮捕権を持っている武偵であり、犯罪者を前にしたからには逮捕をする必要があるが――――
「犯罪に問える確実な証拠がない以上なんともだな。現段階でミノトはNの誰を泊めたのかだけは語ろうとしない。そもそもアイツら表に出てこないから、Nの全員が全員罪を問える奴らばかりでもない」
俺が知っている中でネモやマキリであれば逮捕するだけの罪状はあるだろうが。
ろくに罪状を提示できないのであれば、ちゃんと罪に問えるかどうかも怪しくなる。誤認逮捕とか面倒すぎる。
「逮捕する、というのであれば昨日の一件でできるのでは?」
「まぁ、刀使って俺を斬っているわけだし。いくらあの刀が届出ちゃんと出されていたとはいえなぁ。普通に犯罪だわな。傷害罪、公務執行妨害……他にも色々か」
「証拠で言うのならば八幡さんの傷付いた体もありますし、あちらにバレないよう録画もしていました」
さらっとこの人は……。
「んなことしなくていいのに」
「私が援護できない状態で貴方が傷付くのを許容できず。いくらルールを定められていたとはいえ」
少し言葉に棘があるような。
「合法的にやり返したかったので」
「実はキレてた?」
「そこそこ」
そこそこかぁ……。
シレッと無表情でとんでもないこと言うなこの子は。
「ヒルダやマキリのときといい、八幡さんはそういうところありますよね」
「ごめんて。ヒルダのときは独りよがりだったのは謝るけど、マキリに関しちゃ巻き込まれた側なんですがそれは」
「いつかあれは狙撃します」
「そのときは呼んでくれ。俺もアイツ殴りたい」
なんてふざけた雑談もしつつ。
「それで、彼女の処遇は?」
レキの問いにしばしの間逡巡する。リーダーである身、こういう判断は俺が基準になるという。毎回こういう役回りを強いられる。ただ、何かあれば経験豊富なレキが訂正してくれるから気楽にいこう。
「とりあえずは保留で。一応、ミノトがこれからNの奴らが来る日は教えろと伝えているけど、バカ正直に言うとは限らないし。ミノトからしたら恩人ではあるみたいだからな」
星伽さんに報告はする。あとはそっちの判断に任せよう。もし星伽さんたちが捕えるというのであれば協力する。経過観察をするなら、従う。
と、ここまで話してふと思ったのだが、Nという組織の特性上。
「つーか、さすがに武偵に……それもNと交戦経験のある、おまけにノーチラスに数ヶ月いた奴にバレた状態でノコノコと利用する間抜けはいないか」
しばらくは期間を空ける、もしくは連絡を取ることも止め、切り捨てるという判断が取れる。俺なら明らかな危険に突っ込み、厄介な場面には遭遇したくない。バレるリスクは絶対回避する。俺ですらそう考えるのだから、向こうも同様だろう。
加えて、ミノトたちはここらで生活できえいるから支援も必要ないのだろう。
一旦はこれで依頼は終了といったところか。そろそろ帰宅しよう。
「逆に現れてくれたら仕留めやすいのですが」
「言葉が物騒」
「では殺しやすくなる」
「より物騒。武偵が言う言葉じゃない」
「お気になさらず」
「するよ? なんか短気になってないかお前」
「そのときは貴方絡みだと思います。普段は特に」
「嬉しいと言うべきかなんとやらだな」