「ハチハチ、任務お疲れ〜」
「おーう」
星伽さんに依頼された任務を終えた午後、俺は理子に呼び出されたのでお台場のカフェへと来ている。
午前にはミノトの店から離れ、一度部屋へと帰宅した。
俺はそのまま星伽さんへと報告書を出しに行き、レキとラムダは部屋で休んでいる。
別にメールでもファイルごと送付しても良かったのだが、細かい報告など記載し切れない点もあり直接伝えに足を運んでいた。
そのまま午前中丸々と星伽さんも話し合っていた。
彼女もミノトの処遇について悩んでいたところ、1人では判断できずこれまた保留。もっとお偉いさんに相談するとのとこと。
とはいえ、逮捕するわけではなさそうな雰囲気だった。特段、Nと繋がっている証拠など現在ありはしない。適当に言い訳したらそれが通るレベルだ。
確実に罪に問える証拠などありはしない。もう俺が関わることもないだろう。あの可愛い見た目して刀大好き戦闘狂とは戦いたくねぇな。
――――これにて依頼された任務は完全に終わった。
もう関わることもないだろう。
これ以上特に要請ない限り、ミノトともう話すことはない。あのお店に行き、戦闘狂と戦うことも。飯は美味かったから惜しいかもしれない。別に飯を食いに行くだけなら構わないだろう。
で、報告が終わったタイミングで昼飯に迷っていたところで理子からの連絡だ。任務お疲れってことで奢るよという内容なのでウキウキで付いていった。
奢りほど美味い飯はない! うん、普通にクズ発言。しかしながら的を得ているのではないだろうか。みんな好きだよね。
「お仕事はどうだった?」
なんて午前中はバタバタしていたが、今はお互い食前の紅茶を飲みつつ談笑している。
こういう時間がなにかと落ち着く……。
「苦手過ぎる地道な捜査からの刀大好きっ娘との殺し合いだよ。切り傷がやたら滲みてしゃーねぇわ」
「切り傷って……銃使えば良くない?」
「それが向こうの超能力で俺の戦力封じられてな。面倒なことこの上なかったわ」
「あららぁ〜。そういう系統ねぇ」
自分から様々なことを考慮して自身の戦力を封じて戦うことはあれど、敵側から制限されることはなかったため非常に疲れた。いつも以上に精神力も消費した感覚だった。
「ラムダちゃんも連れていったんだよね? 大丈夫だったの?」
「どころかめっちゃ役に立ってくれたよ。俺としても助かった」
やはり彼女の超能力……読心能力さかなり便利なんだよなぁ。今までの人生観で培ってきた俺の表情を読む技術、それなりに得意だと自負しているが、彼女にはその観点では絶対に勝てない。
本人は忌避感あるため、なるべく使いたくないと話していた。それさえ除けばこれからも頼りに……いや頼り過ぎは良くない。彼女の心情からして勧めるのも気が引ける。
というかまだ武偵ではない彼女にホイホイと頼るのは心象が悪い。せめて武偵になったら頼れ……なってほしくないなぁ。
「ほへぇー、そうなんだぁ。その理由はあれかな、あっち絡みの話題だったから?」
「だな。他にもあるけど概ねそこだ。俺らじゃ分からなかった部分にも気付いてくれたよ。これはラムダにもかなり色付けないとな」
実際、レクテイアの知識という点は圧倒的にラムダの方が上だ。ていうか現地人に勝てる気なんてしない。
「ラムダちゃん、武偵じゃないもんね。ハチハチたちからの報酬から引く形? 依頼元から追加で出させるわけじゃなくて?」
「あくまで一般人に依頼を手伝ってもらったからそれ用に追加で寄越せとか怒られるわ」
いくら依頼元が星伽さんたちという気心知れている相手でも、だ。
「たまたま知り合いが捜査に協力してくれたからお駄賃としてハチハチとレキュからの報酬から渡すってことね。具体的にはいくら?」
少し頭を悩ませる。
まだ詳細な部分は何も決めていない。
「そこらはあとでレキと話し合うけど、無難に日当分決めてから日数かける形かな。あと捜査以前に宿泊場所での家事も率先してやってくれたし、ボーナスって形で上乗せするとか」
「ほどほどにね? あまりにも多いと萎縮しちゃうよ」
「いや正当な労働には正当な報酬が支払われるべきだろ」
タダ働きなんて以ての外だ。働いてくれたからには報酬は支払う必然がある。やりがい搾取など俺はしない。
ていうかしないと俺の気が済まないのである。
「ハチハチの言いたいことは分かるけどねぇ……あくまで一般的な感性で〜ってことよ」
理子の言い分は理解できる。
いきなり大金渡されても困るかもしれない上、金銭感覚が曖昧になることもあるだろう。まだ細かな物価など金の価値をあまねく学んでいるわけではない。
しかし、それはそれとして……真っ当に真面目に働き、俺たちの手助けしてくれたからには報酬は上乗せしたい。迷う。
「まぁうん。別に今回の報酬やたら羽振り良かったし多少支払う額多くてもいいが、それはそれか」
「あれまそうなの?」
「まぁ、内容が秘匿性高いあっち絡みだったからな。そこいら内密に……諸々含めてってこと」
「なるほどねぇ」
この話題はここらで良いだろう。いくらぼかしていようともあまりオープンな場所で話すことではない。
「ていうかレキュここに来なかったんだね。ハチハチ誘ったら自動的に付いてくるものかと」
「休憩がてらドラグノフやら色々とメンテしたいって引きこもっているよ」
「さすがレキュ。狙撃手のこだわり半端ないもんね」
と、理子が紅茶を一口飲むと急に何かを思い出したように「あ、そうそう」と声を上げる。
「今からもう1人ここに来るからね」
「ん? 誰?」
訊いていないんだけど。話したことない相手とか止めてね? 会話続かなくて気まずい思いするだけだよ? 初めて行く美容院的な。あれはいたたまれない気持ちに陥るだけだ。
「そろそろのはず……あ、いたいた。おーい!」
理子が声をかけている方向へ目を向けると、そこには武偵高のセーラー服を身に纏っている間宮あかりがいた。
「先輩たち、こんにちは!」
うん、元気の良い挨拶だ。
「あかりん、やっほー。呼び出してごめんね」
「おっす」
「いえいえ〜。暇していたので大丈夫ですよ。比企谷先輩、任務終わったんですね。お疲れ様です」
「どーも」
間宮とは俺が拉致られて帰還したのち一度連絡を取り合いごめんなさいをしてきた。一応俺のアミカではあるが、数ヶ月放置して申し訳ないです。留美や一色とか放置しまくっていたって? まぁそれはそう。
「来るのは間宮だけか? 火野辺りなら未だしも、佐々木や島苺とか来られても困るぞ。アイツら来たらガチで帰るからな」
佐々木は間宮大好き人間で男に対して誰であろうと構わず殺意振りまくし、島苺はその……キャラが濃くて接していると疲れます。あそこまでの陽キャは陰である俺には天敵です……。ジャンヌのチームメイトである姉も大概キツいです。
一応俺は間宮のアミカであり、男性。佐々木からは今まで戦ってきた敵以上に殺意を持たれている。多分道すがら出会ったら辻斬りに遭う。
「なっっっ――さけないねぇ」
「呼ばれたのは私だけですよ」
セーフ。
「んじゃなんでまた間宮誘ったんだ?」
「いやハチハチこの間まで拉致られてたじゃん。そこから任務だし、せっかくのお弟子さん全然相手してないかなーって」
「理子が機会を?」
「うん」
「まぁうん。……え? それだけ? なんか理子には合わない気遣いだな」
「しつれい!」
ごめんて。
「てか別に個人でちゃんと予定合わせるつもりではあったけども」
「比企谷先輩、そこらはちゃんとしてますもんね」
「……私が久しぶりにあかりんとお話ししたかったっていうのもあるね。アリアの話題で盛り上がれるんだよ〜」
「理由ほぼそれだろ」
まぁ、タダ飯をもらえるのだ。これ以上ケチ付けるのも機嫌を損なわせる恐れがある。
「んじゃ間宮も頼みな。理子の奢りだとよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ〜」
それから全員ご飯が届き食べている最中。
適当な雑談に花を咲かせている。主に理子と間宮の女の子的会話。男でありそういう話題に疎い俺からすれば相当肩身が狭い。
人数が少ないとそれなりに喋るが、集団の人数が増えるにつれ自身の口数が減る現象。これは人見知りですね。
「そーいえば比企谷先輩」
「ん?」
「先輩の周りにまた新しい女性ができたってホントですか? なんか、外国人の方らしいですけど」
「ちょっと言い方変えてくれない?」
非常に人聞き悪いことになっているよ?
ラムダのことなら真実なのでお口チャック。
「それより、またってなんだまたって」
「この前道場破りのような女の子が先輩と親しげだってライカちゃんが」
「あー、猛妹ね」
中国のマフィアの四つ子の1人、猛妹が襲撃してきたことか。
にしても随分と楽しそうに語るな間宮は。やたら眼がキラキラと輝いている。出歯亀的な恋愛話のような話題で盛り上がるのは女の子共通といったところか。
「なんでもレキさんと仲が悪いとか」
「あわよくば暗殺しようとしているよ〜レキュはね」
「隙あらばな。さすがに寝覚め悪いし止めている」
最後に猛妹と会ったのいつだっけ? 拉致られていたから記憶が曖昧だ。あー、あれか、青森に行く前か。連絡すると言った覚えあるけど、そもそも連絡先知らないからしていないという。
と、ここまで思い出したけど。さっき間宮が話した道場破りと青森の件、同日だったわ。あれから連絡してないという。数ヶ月音信不通だったから仕方ないね! 自分にそう言い聞かせている。
ここはあえて猛妹の話題を広げて話を逸らせよう。ラムダのことを追求されるのは面倒だ。根が素直な間宮なら通る。
「なぁ理子。アイツ元気か?」
「しーらないっ! あっちから連絡来ても無視しているもんねー」
諸葛やらとパイプ役を担っている理子はいかにも面倒といった表情で項垂れる。ココ姉妹を売り込まれていると話していたが、今でも続いているのかと思うくらいのしかめっ面だ。理子が苦しんでいるおかげで俺は助かっております。なんてクズ発言は言わないでおく。
「気になるの? 猛妹との連絡先くらいなら渡すよ」
「いらん」
「私がハチハチの教えたらどうする?」
「あっちを着信拒否する」
「うーん強情だねぇ」
「比企谷先輩は、その、猛妹さん? は嫌っているんですか?」
間宮は真っ当な疑問をぶつけてくる。
「事件に巻き込まれたことあれど、極端に嫌っているわけじゃない。ただ、レキ含め周りが荒れることは火を見るより明らかなんでな。なるべく関わりたくないだけ」
俺の平穏のために会いたくないだけという、何とも情けない理由である。
「……そうそう、アイツ中国のデカいマフィアだからな。間宮も関わりそうになったら断っとけよ」
「そういうとき先輩にヘルプかければいいですか?」
「ダメです。自分でなんとかしなさい。それかチームを頼りなさい。先輩をコキ使わない。面倒ごとを押し付けない、オーケー?」
「釣れないですねー」
お弟子さん、一応師匠である俺をリスペクトしようね? 火中の栗を拾いに行く趣味ないからね?
ていうか後輩に使われているとうちの教師陣が双方にキレるからな。体罰上等暴力が飛んでくる。教育委員会にでもチクったろかテメーら。
「にしてももう2学期か。高校最後の夏休み、ほとんど休めなかったな」
「拉致&任務だったもんね」
「お疲れ様です……。とはいえ、高3なら受験勉強とかあるのでは? あまり休むイメージないかと」
「……卒業してからどうするか全然決めてないっす。ある意味助かったっす。そういや理子はどうなん?」
「色々と声かかっているから吟味中だよぉ」
「武偵ってなるとそういうのもあるか」
他企業からの引き抜きとかあったなぁ。獅童たちが遠山勧誘しようとしていたこともあった。留年で失敗に終わったといういかにも遠山らしいエピソード付きだ。
まぁ、理子の場合色々と身分やら合格証やら偽装しそうですねという偏見。なんせ怪盗ですからね。
「レキが今のところフリーランスだからな。多分俺もそうする」
「ほぇー。レキさんに合わせるんですね」
レキの立場からすると依頼によって世界各地を飛び回る頻度が高い。1カ所で拠点を構えるよりかフリーランスでないと都合が悪いだろう。
「あとはそうだな。通信制で通える資格取得の学校とか行きたいかな。経理関係は学んでおきたい。武偵なんざ個人事業主みたいなもんだし特に」
「数学弱いのに?」
厳しいところを攻めてこないでほしい。
「そのくらいなら親が金出してくれるっていうしスネかじれるならって感じで」
「ほーん。レキュはその辺どうしてるの?」
「今までは税理士に投げてたらしいけどな。最近は知らない」
「そうしないの?」
「自分でできて越したことないだろ。このご時世、転職なんてこともあるかもだし。手に職付けて損はない」
「いや転職て。ここから逃げられないでしょハチハチは」
「……自分で言っていてそんな気しかしない」
一度総武高で任務ではありながらも日常生活を送ることはあった。たった数週間、穏やかな時間を過ごすことができ新鮮ではあった。しかし、その中でどこか鬱屈した窮屈感はたしかに存在した。
数年でしかないが俺はもうこの世界に染まっている。ある意味もう逃げるに逃げれないのだ。ここまでくるとなんだか笑えて来る。失笑です。
「でも蘭豹先生言ってましたよ。武偵大は入学者数増やしたいから進学はかなりしやすいって。内部進学ならなおさらーと」
「内部進学増やしたいのはどの大学も同じか」
「比企谷先輩なら成績上位ですし、あちらからお願いされるかもしれませんよ。今からでも間に合うんじゃないですか?」
てか、なんで先輩の成績知っているの? たしかにテストの成績は張り出されているけど、わざわざ調べたの? さては忍者だなオメー。はい忍者です。
「レキが大人しく進学してくれるならそうする。正直なところ大卒って肩書きはほしい」
まさか俺が高卒の身を歩もうとしているとは数年前の俺に伝えても信じられないことだろう。昔から漠然と大学へ行くものと考えていたから。
「うーん、レキュならハチハチの言うこと聞きそうだよ。命令すればイチコロじゃない? キャンパスライフ、魅力的だよねぇ〜」
……そう言われると随分と魅力的な提案だ。とはいえ、レキが大学生活を楽しむ様子は想像できない。いつも通り無言で無表情で講堂の隅にいる様子が容易に思い浮かぶ。
「こんな先行き不透明なあやふやな先輩にならないよう、間宮もぼんやりとでいいから進路考えとけよ」
「はいっ!」
「そーいやキーくんはどうなの? 最近会ってなくてね」
「ちょっと理子先輩、遠山キンジの名前出さないでくださいよ」
キリッとした間宮の目付き。さすが神崎と遠山の距離を離そう同盟を築いているだけある。参加メンバーはかなで1人という。話訊いたら星伽さんなら入りそうな気もする。
「まぁまぁ。で、ハチハチは訊いてる?」
「あれ、教えてないんだ。アイツ絶賛真面目に受験勉強中だぞ」
「受験? 大学にってこと?」
「色々と事情あって東大目指してるって」
「東大って……あの東大!? ホントに!?」
「え、ガチで知らなかったの?」
おや? どうやら本気で驚いている様子だ。これまた珍しい反応。いつもの自然な演技っぽさがない。
「いやぼんやりとは訊いていたけどさぁ。まさかホントとは。ハチハチが言うなら嘘はないね」
「詳しくは訊いていないけどわりと命賭けてるっぽいぞ」
賭けているというか自身が死なないため……らしい。
なぜ東大行かなければ死ぬハメになるんだ。よく分からん。
「そりゃぁ東大目指すってなったらそうなりますよね。まさかあの遠山キンジが……あれ、でもアリア先輩と進学先違うならアリなのでは? 不本意ながら応援しても大丈夫なのでは?」
「てかキーくん、武偵高でも成績アウトで留年して結果的に退学したのにできるの? いや受けることはできるんだろうけど、こう学力的に。ハチハチのが成績良いでしょ」
その評価はありがたいけど、俺が東大へ通るなんて夢物語過ぎる。現実を知っている俺からすればあまりにも荒唐無稽な話だ。
ただ遠山であれば当然茨の道を開拓しながら突き進むことにはなるだろう。成績最底辺の状態で国内最高峰の学校を目指しているのだから。予備校に通ったりと大変ではあることは想像に難くない。
しかしまぁ、色々と遠山から訊いた話を総合すると。
「そりゃ相当低いとはいえ可能性はあると思うぞ」
「え、そなの? 無限の可能性を信じましょうってやつ?」
「そこまでじゃなくて……前にセンターの模試見せてもらったけど、遠山って英語満点取れるからな」
たしかHSS使って覚えたらしい。具体的な内容はさっぱりだ。神経系を強化してどう勉強に活かすのだろうか。記憶力良くなるとか?
当然メリットばかりではなく躰に負担はけっこうあるとかなんとか。
なにそれにぶっちゃけ羨ましい……というのが率直な感想ではあります。ほぼ完璧に学んだことを暗記できるというわけだ。羨むなという方が難しい。
「…………えぇ!? あのキーくんが!?」
「おん。だから苦手教科あっても英語である程度盛れるだろってのがワンチャン可能性あるんじゃねって根拠」
「いやでもたしかに英語ペラペラだったような……」
「はぇー、遠山キンジスゴいですねー。そんなの夢のまた夢ですよ」
「お前はもうちょい先輩に敬語使おうね?」
「遠山キンジ以外には使いますよ! いや本人目の前にしたらちゃんと使ってますよ」
ほーん。ホンマか?
「まぁそんなわけで理子。あんま神崎たちと遠山の部屋でタムロするの止めたれよ」
「だね。アリアたちにも伝えて、うん。これからは控えることにするよ」
いやゼロにしてあげて? せめて受験勉強の期間中は……。
ていうか理子か神崎の部屋のが豪華で広いだろうに。なんでわざわざ遠山の部屋に集まるのか、私気になります!
絶対アイツ君らがいると勉強に集中できないよ? 特に神崎のような人間爆弾いると特に。まぁいいか。もう俺らは部屋が別々。俺に被害がなければオーケーなのである。
「受験云々は間宮には早いか。修学旅行あるもんな。今年も京都?」
「ですよー」
もうあれから1年近く経過するのかとしみじみ。
濃い時間を送っていると自覚してしまう。
修学旅行といえばあれがあったな。
「新幹線ジャックに遭わないよう気を付けて。どこぞの誰かみたいに飲み物ガブ飲みして人として尊厳捨てないよう――――」
「――――殺すよ?」
「ごめんなさい」
完全に失言でした。
めちゃくちゃにドスの利いた声色。目も一瞬で瞳孔が開いている。普段の計算されており、加えて本人の性格でもある素な可愛く見せるあざとさなど全く見せていないほどに完成された純粋な殺意。
そんなモノ浴びせられたら逆らえるはずもなく。誰が悪いかと言うとこちらなのですぐに謝罪する。
と、コホンと理子は咳払いして頬を紅潮させている。
「い、言っとくけど、人の尊厳は捨ててないからね!」
えぇ理解していますとも。これ以上は何も言うまい。間宮は何が何だかといった訳が分からない、といった呑気な顔を浮かべている。
それから数分ほど。
再度関係ないことをダラダラと談笑しながら、少し間が空いたと感じたところ。
「……今さら、ではあるけど。さっきも似たこと話していたけど」
落ち着いてから理子は切り出す。
「なんだ?」
「いやさ、真面目な話……ていうかある種の疑問かな?」
っと、なにやら真剣な表情だ。
「出自が特殊なあかりん、そして過去があまりにも暗い私。レキュは言わずもがな。それに比べて比企谷八幡は一般家庭出身。元の明るい道へと戻ろうと思えばレールは戻せる。様々な事情があり、武偵という道を歩くことができない人もいる中、未来はともかく今の貴方はこの薄汚れた道を進むんだね」
それはどこか俺を試しているようで、どこか慈しむような視線だった。
「ちなみにまだこの道を進もうとするきっかけは?」
少し、どう回答すればいいのか迷う。
間宮は何も言わず、ただ見届けている。
「たった3年……正確にはまだそこまで経過していないけど、今いるこの場所のことを悪くないとは思っているよ」
命の危機はある。何回も死にかけた。教育に良いか悪いかで問われると、絶対後者だ。悪影響もいいとこだろう。まだ年端もいかない少年少女に銃を渡し刃物を手に取り、血なまぐさい世界へと飛び込ませるのだから。
俺も最初は忌避感があった。やっていけるのか不安だった。最初のきっかけは親父の勧めからだったしな。
「まだまだ危うい部分があるけど……せっかくできた繋がりを手放すつもりはないからな」
でも、だからこその出会いがあった。
暗闇を彷徨っている友だちを助けることができた。
生まれて初めて信頼できる相棒にも恵まれた。
「総じてプラマイで言えばプラスだよ。だからまぁ、今のところ離れるつもりはない。バラ色の青春どころか、硝煙の匂いでしかしない青春なのはどうにかしてくれって感じだな」
苦笑いしつつ回答する。
「それに、一般家庭出身なんざ他にも多いだろ。俺だけ特別なんて言うつもりないって」
むしろ中学から武偵関係の道を歩んでいた方が個人的には珍しい部類だ。
「かもしれないけどね。ハチハチほど色んなベクトルで経験値積んでいる人もいないんじゃない?」
「あれ、先輩、そうなんですか?」
「あかりんには到底話せないこともハチハチはしているからねぇ〜」
「んー……関係者以外にはあんま話せないなぁ」
真っ黒も真っ黒です。
「なんですかそれ。追い詰めたくなる言い方ですね。なんだか私、気になります……! ていうか先輩の弟子なので関係者では?」
「俺は話してもいいけどなぁ。守秘義務あると思う?」
「うーんっと、力に関しては基本的に口外無用だね」
力……色金についてか。そこら伝えたら否応なしに巻き込むことになるだろう。
「それ以外……説明面倒だな。やっぱなしで頼むわ」
「えー」
一度話してしまったら逃げられない話題ではある。イ・ウーやN、レクテイアなど表には知られていけない秘匿性の高い内容ばかりだ。勘弁してくれ。
なんて飯を食べ、デザートを頂きダラダラと仕事についてや趣味についてなど適当に談笑にふけっていると気付けば2時間経過していた。そろそろ退店することに。
「ごちそーさんです」
「はいはーい。てか奢りだからもっと食べるものかと思ったけど、そこまでだったね。変なとこで遠慮した〜? 」
「なんか……あまり頼み過ぎるのも良くないかなって」
「気にしないでいいのに」
「理子先輩、私までありがとうございます」
「いいよいいよ~。誘ったのこっちだからね。あかりんも来てくれてありがとっ」
と、理子がレジで金を払い、俺と間宮で先に店を出る。あっつい、容赦ない陽射しが鋭く刺さりジリジリと焼ける。太陽に恨めしげな気持ちを向けながらなんとなく辺りを見渡す。
「……あれ?」
そこで間宮がふと気付く。同時に俺も。
「騒がしいな」
店からそこそこ離れた海が見えるのぞみ橋に人だかりができている。
夏休みも終盤だからか車の通りは多い。その隙間から不自然に多少の人数が集まっている。
遠目からでも何となく分かる程度の喧騒具合。集まってる人は若い人たちばかり。その輪の中心が誰かはさすがにここらでは見えない。
野次馬になるつもりはないがトラブルであるならば武偵としては無視できない。犯罪であれば特に見過ごすわけにはいかない。治安維持も俺たちの役目であり一番重要な部分だ。
「んじゃまぁ、行きますかぁ」
合流した理子が俺らの様子に気付き、のほほんとしたやる気のない口調ですぐさま発破をかける。
「ドラマとかの撮影ならいいですね」
間宮の一言に同意しかない。であるならば勘違いで良かったねで済む。距離的にも食後の散歩にちょうどいい。
「レキュがいれば視えただろうにね」
「なんかあっても狙撃で対処できたろうな。2km以内だし。近接職ばかりだな」
なんてことを話しながら足取りは橋へと向かう。
数分して橋の入り口へと到着する。ようやく詳細が見えたところで。
「……ナンパか?」
「死語じゃないその表現」
2人のゴツい男が恐らく女子中学生か高校生の2人組に言い寄っていることが分かる。やたら強引に迫っている。
女の子たちは涙目で橋の下の海を見たり、男たち睨んでいるかのように映る。
読唇術で言葉を読んでもせいぜい男は誘っている、女の子はそれを拒否しているだけ。
通行人は野次馬根性で遠巻きから見ている。別にこれだけなら個人間の問題でありそこまで突っ込む話題でもないのだが……。
「拳銃持っているなぁ。めんどくせっ」
「雰囲気的にはヤのつく人たちじゃなさそうだね。どっかの横流し品とかかな。それかこっそり買ったか。どちらにせよ無許可だろうね、あの感じだと」
胸の膨らみ具合で帯銃をしていることが見て取れる。種類までは出してないので不明だが、大きさから察するにベレッタかトカレフか。デリンジャーやDEのような極端にサイズ差があるモノではなさそうだ。
「万一でも出されたら大変ですね。制圧しますか」
「軽く脅す程度でな。俺と間宮でいくか」
星伽さんへの報告もあり念のため制服へ着替えていた俺と用事があったのか赤と白のセーラー服を着ている間宮。
動くならこの2人が分かりやすい。理子はゴスのロリファッションだ。夏なのに暑くないのそれ?
「私ここで待っているね〜」
「おう」
「はーい」
呑気な声で答えて俺たちはのんびり歩く。ただ登下校するような気さくな足取りで。
▽▽▽
制圧は数分で終わった。
正しく言うならば戦闘になどなっていない。八幡とあかりが武偵という身分を明かし声をかけたところで、焦りを見せた男たちは暴れることなく身を引いた。
その後、銃を所持していたためにあかりが許可を取っている銃なのか訊ねると、無許可だったことが判明したので回収。
特に抵抗することなく、ただカッコつけのために銃を持っていたことを男たちは白状し、あかりはろくに整備されていなかったトカレフTT-33を2丁を預かる。
まだ詳しくは見れていないが、もしも発砲されていたら銃身の破裂や暴発などが起こる可能性が高く、万一にもそうならなかったため内心八幡は安堵する。
その間、八幡は野次馬が銃を見て騒ぎを起こさないように退散させていた。
「とっとと離れてくれたら迫った件については大事にはしないけど。一応、コレに関しちゃ警察に話通しておくんで。また連絡来るだろうしそんときはちゃんと行ってくれよ」
人が去ってから話をまとめようと近寄った気怠そうな一言を八幡は残す。
「銃を撃ちたかったらぜひとも武偵になってくださいね〜」
と、あかりの自然なまるで計算されていないあざとさを発揮し抵抗することなく事態は悪化することなく丸く収まった。
野次馬も事態が収集されたのを見るや否や、散り散りになっていき残されたのは被害者の女の子2名と八幡、あかりに合流してきた理子だけとなった。
助けられた女の子2人はまだ落ち着きがないように涙目になっている。
見たところ武偵ではないただの女の子がムリヤリ男に迫られる。恐怖しかないだろう。出自は特殊とはいえ一般人の感性を持っているあかりはこの辺りを理解して女の子たちに優しく声をかける。
「大丈夫だった? ケガはない?」
涙目で震えている女の子たちはあかりの穏やかな声かけによってようやく震えが収まった。
そこから彼女たちは現状を思い出す。男たちに迫られていたのは偶然だ。ただ目を付けられただけという不幸な話。しかし不幸はそれだけではなかった。
「どうして……どうしてもっと早く来てくれなかったんですか!」
助けられた……高校生である1人の女の子は思わずあかりへと泣き叫ぶ。あかりは唐突に、理不尽に向けられた言葉に対しても取り乱すことなく嫌な顔をすることもなく冷静に話を訊く。
ゆっくりと2人の女の子は語る。今日ここである買い物をした。2人で一緒に数ヶ月アルバイトをして頑張ってお金を貯めて、2人一緒にそのバイト代を使ってとあるアクセサリーを買ったのだと。
その帰り道に男に迫られ、その拍子で橋から買ったアクセサリーの袋ごと落としてしまった。地上にあるならまだ拾えるが、落とした先は海中だ。到底拾えるわけでもない。
被害を出した男たちへと請求することは可能だろう。それでも、数ヶ月の努力をふいにされたことには変わりない。ムダにされた。その不満を、行きようのない感情をあかりへと……武偵へとぶつけている。
随分と理不尽な物言い。いくら武偵が治安維持のためにいるとはいえ絶対何に対してすぐに駆け付けることはできない。自明の理だ。何もかも未然に防ぐことなどできはしない。
彼女たちもその程度のことなど理解している。冷静になれば――それこそ数分後、またしばらく経てばあかりへと武偵へと向けた己の行いを恥じるだろう。
しかし、この瞬間だけはまだ自身の数ヶ月が無為になった事実を呑み込めて切れていない。
だから、頭や理性では分かっていっても不条理な言葉を投げてしまう。
「…………」
全てを知ったあかりはすぐに返事ができない。彼女たちの言いたいことが分かったため、心情を理解できるため、なんと返せばいいのか逡巡する。どうすれば傷付けずにできるか、すぐには言葉が出てこない。
「えと……」
思わず師匠である八幡へと助けを求めるためか顔を向ける。実直に強く優しいあかりではこの場を上手く収められないと悟り、先輩と共に解決したいという考えもあった。
「はぁ……」
あかりは見る。当の八幡は気怠そうにため息を1つ吐いている。ただあかりに交ざるのが面倒だと思っているのかこの悩みを解消するつもりがないのかあかりには判断が付かない。
「理子これ頼んだ」
「素直じゃないねぇ」
もう1人の同行者である理子へと自身の荷物や装備を預けている場面を目撃する。
「えっ……比企谷先輩?」
あかりと女の子2人は今から八幡が何をするのか分からずただただ困惑する。
なぜ事態を解決した今装備を解除するのか、なぜわざわざ理子へと手渡しているのか、理子は呆れた表情で何かを察しているが一体何なのか。
「ふあぁ〜……」
誰に文句を言うでもなく何気なしに残したあくびと共に八幡は――――あっさりとのぞみ橋から飛び降りた。
「えっちょ!? 先輩ぃ!?」
「……ッ」
「えっ……!?」
あかりと女の子2人は三者三様驚愕する。彼の動作は足取りが軽くまるで街中や学校の廊下を歩くかのような自然なモノ。
ドボンッ、と飛び込んだ際の大きい水音が聞こえるまで3人はとてと反応できなかった。
――――数分後。
橋へ八幡が持つワイヤー銃の鉤爪が引っかかり、八幡を引き上げながら元の場所へと戻ってきた。
全身濡れつつも女の子2人が購入したアクセサリーがたしかに入っている袋を携えながら。
「店で補填利くなら交換した方が良いんじゃないか。何だったら警察か……間宮に事情説明してもらってな」
どこか愛想なく、ぶっきらぼうに、無表情に女の子2人に袋を返した八幡。
その仕草は押し付けがましいモノではない、あくまで自然な態度。こうするのが当たり前とでも言いたげであり、それをこれ見よがしにアピールするわけでもないような口調で語る。
「あ……ありがとうございます」
「ありがとう……ご、ございます」
荷物を返された2人は呆気に取られており呆然とした反応しか示せない。
「いやぁ、相変わらずムチャするねぇ」
若干凍っている場の空気を溶かすように理子が茶化しに入る。
「暑かったから丁度いい。東京湾汚ねぇしさっさと洗いたいけども」
「なにそれツンデレ?」
「違うわ」
「というより、ハチハチよく取れたねぇ」
「そこまで潮の動きが激しくなかったからなんとかな。流れは何となく読めるし」
「センサーってやつ? やる〜」
「うっせ。あ、なんかタオルない?」
「うーんっと、ハンカチしかないねぇ」
「残念。この状態で電車乗るの迷惑だし普通に嫌だな」
「近くの銭湯でも行く?」
「そうするわ。なんならネカフェのシャワーでも良い」
2人のやり取りに割って入ることができずにひたすら眺める3人。会話が一段落したところで助けられた女の子のうち1人が――――あかりに理不尽な言葉を投げてしまった女の子が。
「あ……あの!」
上擦った声で八幡へと声をかける。
「ん? どした? あ、保証書塗れちゃったか? それは悪い」
「い、いえっ……そうではなく」
一拍置いて。
「どうして……わざわざ海に飛び込んでまで取ってくれたんですか? その……私たちを助けてくれたのに、自分でも酷いことを言ってしまったのに……」
自信なさげに段々と言葉が萎んでいく。八幡が海へ飛び込んだ際に理性を取り戻し冷静になったらしく、それは今までの言動を反省している声色だった。
そんな言葉を投げかけられた八幡は少し頭を悩ませる素振りを見せてから。
「仕事だ仕事。武偵ってのは依頼人の……ひいては仕事は裏の裏までやれって言われてんだよ。面倒くさいことにな。弁償するとかならそこまでしないが、今回に限って言えば……ギリギリ届く範囲だったわけで」
そこで一息ついて濡れた服を乾かすようにパタパタ動く。
「別に無視しても良かったけども。たしかに俺たちが遅れたのは事実だが、いくら武偵とはいえそこまでする奴は……まぁ、いないかな。所詮は個人間のトラブル……そこまで責任取る義理もない」
彼女たち向けられた内容に対してあかりは一瞬冷たい言葉だと感じ取ってしまう。しかし、師匠である八幡の表情は投げやりではなかった。
真正面から彼女たちを見据えており、ぶっきらぼうながらもどこか穏やかと感じる表情だった。
「ただ、その、なんだ。あのまま放っていたらモヤモヤして俺の寝覚めが悪くなりそうなもんで。俺の安眠のためだ。睡眠、大事」
言い切ってから女の子たちから気恥ずかしそうに視線を逸らす。「素直じゃないねぇ」という理子の茶々を無視しながら。
「……まぁ、理由なんてどうでもいいだろ。経緯はどうあれ一先ず荷物は手元に戻ったんだからよ」
中身の無事は知らないけどな、と苦笑しつつさすがに疲労困憊といった様子を隠さないで続けて静かに、ただ静かに語る。
「お前らが怒る理由も怒鳴りたい気持ちも理解できる。数ヶ月の努力がムダになれば誰であろうとイラつくもんだ。ただ、そうやって当たり散らすことができるのも、その裏で誰かが誰かのために働いているからってのを意識の片隅でいいから覚えていてほしい、かな」
自身の気持ちを淡々と口にする。今までにはなかった、この数年で芽生えたたしかな本音を。
言い切ってから少し目を伏せて申し訳なさそうな表情になる。
「初対面なのに偉そうだったな。悪い。んじゃ、帰り道気を付けてくれ」
とだけ言い残し足早に八幡は去っていくのを理子もあとに続く。
「人通りの多い道行くんだぞっ!」
2人のペースに若干付いていけなかったあかりはキョロキョロと視線を右往左往させてから。
「じゃあね。色々と気を付けてね。……先輩方、待って〜〜〜」
きっと、助けられた2人はこの日のことを不意に思い出すかもしれない。もしくは忘れることがないのかもしれない。
しかし、彼らにとってそれはまるで特別なことではない、なんてことのない、ごくごく普通の日常だった。