「はっは~~~!!!」
「あ゙!?」
「お困りかぁ!? ウォルター!!」
シャイニング・ブライト。
意気揚々と響きわった言葉の後、宙に形成された巨大な球体から強烈な熱線が放たれ、汚染獣の外殻を一気に溶かし尽くす。硬質な鱗を焼き尽くし、魚型の老生体は身を捩って暴れ、熱線から逃げようとする。
外力系衝剄を化錬変化、終曲・鈴蘭。
その逃走を阻むべく、ウォルターが断続的に剄技を放つ。汚染獣の行く手を爆発が阻み、汚染獣の頭蓋へと高圧縮の球体状の剄が降り注ぎ、爆砕する。
振りかざされた白金錬金鋼のようなそれは、間違いなく天剣だった。それを持つ人間は天剣授受者以外いない。そしてこれほど強烈な化錬剄を扱える人間など、ウォルターはひとりしか知らない。
「フィランディンか……、なンでここに?」
「先に聞いてもいいか? ツェルニにはサヴァリスのヤツが来てるはずなんだが、ここにはいねぇのか? あれが?」
「ルッケンスは百五十キルメル先に出た汚染獣の対応に出してる」
「マジかよ。せっかく天剣も持ってきてやったのに」
「まああっちには頑張ってもらうしかないな。……で、なンでここに?」
「ずいぶんと熱心に聞いてくるな。気になるか? 気になるよなぁ?」
「もったいぶるな。どうせアルモニスの命令がメインだろ」
「さすが、天剣時代一番陛下にこき使われた男! よっ! 一番の古株なのに下っ端!」
「なンだこいつムカつくな」
「ハッハッハ! まあまあそう怒るなよ。向こうだ、見えるか? だいぶ向こうだがグレンダンが来てるんだ。……我らが女王陛下がな、“戦が始まる”って言うんだぜ」
適度にどうでもいい話を挟みながら男は大きな声をあげて笑った。庭園でお茶をしながら雑談をするような雰囲気で話す二人の前で、体表を焼かれた汚染獣は未だ砂の海の上をのたうち回っている。
汚染物質遮断スーツのせいで身動きが取りづらそうにしながらも、グレンダンの天剣授受者……トロイアット・ギャバネスト・フィランディンはヘルメットの奥で含みをもたせた笑みを浮かべた。
「……それは……」
「グレンダンが待っていて、お前も待っているものだ、と陛下は言った。おれに詳細はわからん。が、いずれにせよおれが輝くときはそう! いま!!」
「声デカ……。……ひとまず現状、お前のことは援軍として認識していいンだな?」
「命令に変更がなけりゃな」
トロイアットの言葉には明らかに“お互いの目的に相違がなければ”という意味が込められていた。
それに肩を竦めながら、ウォルターは頷く。
「ああ、それで構わない」
「……オーケー、おれは先触れだ。デルボネのばあさんはいま都市上部でここのトップと相談中。とはいえ、お前がいるから都市の防衛対応についてはほとんどないだろうがな」
「おそらくな。現時点、ツェルニの戦力で打てる手は打った。グレンダンの戦力から比べたら、目も当てられないが」
「そりゃグレンダンの戦力と比べりゃな。グレンダンがツェルニに向かってる。陛下が言うには、グレンダンは現在ツェルニが対応中の雄生体が片付いたあとに来るものを目的にしているとのことだ」
「……嫌にていねいに説明してくるな、フィランディン。偽物か?」
「真面目に仕事してる人間に対する態度がそれが!? ともあれ、情報の出どころは陛下なんで分からないのが正直なところだが、
「前哨戦にしては手間が多すぎるけどな」
グレンダンの女王、アルシェイラ・アルモニス。
王城の情報網は侮れない。だからどこかから情報を得てくることは多々あった。
だが、だがだ。
――――今回の情報網に関してはいささか懸念が残るな……
グレンダンも待っていて、ウォルターも待っている運命。
それが指すものは間違いなく、
いくらグレンダンやグレンダン王家が世界の根幹に関わるとは言え、これまでなんの音沙汰もなかったグレンダンが、突然情報を得たのか? それも、グレンダンの内部ではなく、外部の都市に襲来するものの情報を?
いったいどうやって? ……誰が?
――――現在自律型移動都市で動いてるのはオレ、ディクセリオ……くらいか。可能性としては電子精霊のネットワークの可能性もあるが……
ディクセリオはグレンダンに協力しない。ニルフィリアはこのツェルニの底で眠っている。サヤはグレンダンの奥で眠っていて、ルウもウォルターの『箱』の中にいる。アイレインもまた、月にとらわれたまま。ジャニスは行方不明だが、あれはそういう存在ではない。
となれば、可能性としては……エルミ・リグザリオ。
(けどあの猫がグレンダンに協力なンぞするか? 利用はしても協力をするようなヤツじゃない……)
(僕はエルミ・リグザリオのことは詳しく知らないけど、協力ではなく実際利用しに来てるんじゃない? グレンダンの連中を使って、なにかしようとしてるか……なにかを確認したい、とか?)
(……猫、自律型移動都市建造して初期の人間の素体作った後はずっと消息不明だからな……、どこかで会えるといいンだが。向こうの状況は猫の方が詳しいはずだ)
(そうだよねぇ……どこにいるんだろう、本当に……)
「で、だ。ウォルター」
トロイアットの言葉に、ウォルターは思考を切り替える。完全に再生し直した汚染獣が巨大な口腔で二人に迫っていた。
外力系衝剄を化練変化、終曲・枯れ牡丹。
ウォルターの弓から放たれた剄が汚染獣を押し返す。
隣でのんきに手を叩くトロイアットからは、分厚いスーツらしいボフンボフンという音が聞こえた。
「おお、どうしたウォルター。化錬剄の扱いが昔よりずっとうまくなってるじゃねぇか! ツェルニで練習したか?」
「残念ながらしてないンだよな。なンだ急に」
「話の続きだ。おれはこの後に来る戦場にも参戦しなくちゃならない。その頃にはグレンダンがツェルニに接触してて、ルイメイの旦那とリンテンスの旦那、あとはバーメリンが来る」
「……嫌なメンバー……。……制圧特化メンバーではあるが……」
「でだ。陛下はこうもおっしゃられた。『ウォルターはなにやってんのよ! わたしのリーリンを守りなさいよ!!』……とな」
「……真面目に聞いて損した」
そこまで聞けばさすがに分かる。
あの女王はこれから来る戦場の制圧とリーリンの奪還に来ている。その戦場が一体どれほどのものか、どの類のものかは明確ではないが、やらせようとしていることは理解した。
そしてそれは、ウォルターの目的とも合致している。
「端的に情報を共有する。生態としてはグレンダンの名付き老生体ベヒモトに似た強力な再生力、群生体ではなく身体に存在する核が生命活動を維持している。核は身体のあちこちを移動する上、直前で矢の軌道上から逸れる。ついでに、ツェルニの足を一本食われてる。これ以上ツェルニへの損害は出せないうえ、この巨体だ、都市真下で仕留めるしかない」
「いや~~~、その情報だけでもう帰りてぇよ」
「言うな。オレだって自分が対処しなくていいならしたくなさすぎる」
「お前、おれが来るまでの間に結構な時間、これと戯れてんのか? お疲れ過ぎるわ」
「この後もあンだろ。さっさと仕留めようぜ。お前の化練剄があるなら潰しやすい」
一瞬ギョッとしたような表情で瞠目したトロイアットは、一拍置いてウォルターを指さした。
「お~お~、それってもしかして……おれの実力を信じてくれてるってことかぁ!? いや~~~照れるねぇ!」
「声デカ……」
呆れ顔で白けた視線を送るウォルターに、盛大に笑ったトロイアットが、再び高々と天剣をかざす。
「ここに野郎しかいねぇのが実にもったいねぇ! だが期待には応えてやるぜ、元同僚のよしみでな!! さあ照らすぜ!! ここはおれが立つには暗すぎる!!」
宙に出現していた光球がさらに光度を増す。都市の下部に出現した、トロイアットの剄技による光球がツェルニを下部から照らす。まともに目を開けられないほどの眩さだ。
超高圧縮されたトロイアットの化錬剄のエネルギーの塊である光球の周囲に、十数個程度の大気のレンズが現れ、それらが汚染獣に向けて光を集中させる。一点に光が突き刺さり、発火する。汚染獣がのたうち回る。一点が発火すると、そのまま波及するように汚染獣の全身が炎に包まれた。
ブリリアント・プロミネンス。
トロイアットが声高らかに技名を名乗る……が、それは正式な化錬剄の技の名前ではない。グレンダンで天剣授受者時代に聞いた際に違う名前だった。毎度気分で技の名前を変える男なので、ウォルターも正しい名前を聞いたのは、この男の弟子からだ。しかしそれも数回のため、聞いたがすっかり忘れてしまった。
外力系衝剄を化練変化、終曲・綴化鈴蘭。
ウォルターが放った剄の矢は連なるように球体を形成し、先端から次々と爆発していく。多段攻撃的に降り注ぐ剄は後発ほど巨大な剄球を形成し、汚染獣に接触すると巨大な爆発を起こす。通常使用する鈴蘭とは違い、初撃から徐々に剄の密度が上がるため爆発の威力が上がる。その代わりに後半の射速が落ちる。
先程までのウォルターは単独行動であり、爆ぜる鱗の速度をさばき切るため、射速重視で打ち込んでいた。
しかしいまはトロイアットがいる。広範囲攻撃が可能で、強力な剄技を扱える、真に実力を持った武芸者がいる。
威力重視の技に切り替えても問題はない。
「フィランディン、面の攻撃は任せる。一気に潰すぞ」
「こんなところで手をこまねいてちゃ天剣授受者の名折れ! だからな! 輝け、おれ!!」
「お前が輝くのかよ」
トロイアットが作り出した光球がますます輝きを増す。全身を照らされた汚染獣は必死に光から逃れようと砂の海へと潜り込もうとしていた。
内力系活剄の変化、旋剄。
その体躯の下へと滑り込み、活剄で脚力を強化する。燃え上がる汚染獣を下から蹴り上げ、ツェルニにぶつからない程度に地面から引き剥がす。
弓を引き絞る。
外力系衝剄の変化、終曲・柘榴。
放つ。放たれた複数の矢の先が球体状に変化し汚染獣に接触すると、球体状の剄の膜が割れる。その内部に収容されていた、高圧縮ゆえ小さな高密度の剄が多段的に爆裂し、汚染獣の外殻を割り砕き、爆発でこぼれだした小規模剄球が押し込められ、さらに内部で爆裂した。
「お~、こえぇ! なんだその技、凶悪過ぎるだろうが!」
「対人間で使うのはちょっとな」
「対汚染獣でも見たことねぇよ。ティグリスの爺さんも使わねぇだろそんなん」
「そこは知らん。弓の使い方は教わったが、剄技に関してはほぼ教わってないからな」
「独学でそれかよ~!? 汚染獣絶対殺すマンじゃねぇか」
ハッハッハと大きめの声で笑ったトロイアットを無視し、空中で身を捩る汚染獣へ弓を引き絞る。
生命反応が一番強い箇所。こちらが放つ矢の軌道から逸れて回避されるなら、回避できないほどの物量を打ち込めばいい。
トロイアットが放つ高密度の化錬剄が汚染獣の全身を焼き尽くそうとしている。
外力系衝剄を変化、終曲・彼岸花。
その隙を縫う。
放たれた矢の先が四方に分散し、その先からさらに分散する。分散した剄の矢が汚染獣の体内を割り進み、避ける軌道を潰す。
レイフォンやリンテンスであれば、鋼糸で解決できる問題だった。しかしウォルターの鋼糸技術は大したものではない。弓の方が優れているかと言われれば、まだマシ、程度のものではあったが、それでも鋼糸よりは心得があった。
ウォルターが汚染獣の真下から飛び出し、跳躍。体内で剄の矢が分散し続け、汚染獣がつんざくような悲鳴をあげて、最後のあがきとばかりに身を捩り砂の海をのたうち回る。ウォルターが周囲へ矢を打ち込み、トロイアットが周囲へ光線を降り注がせる。
そうしてややあって汚染獣の動きが徐々に緩慢になり――――砂の海へと落ちた。
「……死ンだか?」
「……っぽいな?」
(うん、間違いなく絶命してるよ。……お疲れさま、ウォルター)
(ありがとな、ルウ。ンなら……)
「よし。フィランディン、ツェルニ上部に行くぞ。雄生体の掃討はほぼ終わってるはずだ」
「……ということは……」
ヘルメットの奥でやや真剣な表情になったトロイアットがウォルターを見る。
「……ということは……」
言葉と表情の意図が一瞬理解できず、オウム返しをして……そして気づく。
(ルウ、都市上部……!)
トロイアットはここへ来たときなんと言っていた?
戦が始まる。グレンダンとウォルターが待っていた戦いが始まるのだと。この汚染獣たちは前哨戦なのだと。
それは、つまり……
ツェルニが大きく揺れた。食いちぎられた脚の方へ大きな負荷がかかり、一瞬大きく傾いだが、なんとか持ち直す。ツェルニの揺れは収まらず、上部でなにかが起きていることは明白だった。
「どうやら来たらしいな。グレンダンももうぶつかる」
「……そうらしい。フィランディン、悪いがオレは先に行くぞ」
「なんだ、他のヤツらには会っていかないのか?」
「必要があれば会うことになるだろ。わざわざ待ってまでここで会う理由が?」
「それはないな」
「そうだろ。……今回は助かった。……じゃあな」
ウォルターが活剄を巡らせ、跳躍するように機関部を避けて自律型移動都市の上部へと上がっていく。
その背中を見送りながら、トロイアットは自身のヘルメットに手を当てて息を吐く。
「いやあ、驚いた」
トロイアットよりも先行していたデルボネから、ツェルニでウォルターが取った対応についてはほとんど聞いていた。
本来、グレンダン側の都市接触、及び天剣授受者の派遣に関して、“汚染獣の掃討”を理由に行う予定だったが、しかしウォルターが現地のサリンバン教導傭兵団に正式な依頼主として要請を行ったこと、ツェルニの小隊を動かしたことでその策を封じられてしまった。
そのため、天剣授受者たちは結局この前哨戦が終わるまで、ツェルニへ踏み入ることは出来なかった。派遣されるのは歴戦の天剣たちだ、それ自体は問題なかった。
その対応をウォルターがすべて行ったと聞いて驚いた。グレンダンでは、そういったことは一切しなかった。そもそも、天剣授受者がそういう存在であるといえばそこまでだが、あのウォルターがだ。
久方ぶりの共同戦線で、再び驚いた。
明確に、ウォルターはトロイアットの戦力を必要だと考えて、共同戦線を“助かる”と考えていた。
「さすがのウォルターも、青春に身を置くと変わんのかね~……」
そう考えて、軽く頭を振った。
いやいや、あのウォルターが。
興味のない考えを呼吸とともに吐き出し、トロイアットもツェルニの上部を目指して跳躍した。