バージルの眼前に立つ少女が明かした正体は、あまりにも突飛なものであった。
「魔王の……娘だって?」
カズマも半信半疑の声を上げ、少女をまじまじと見つめている。しかし、この場で既に漂っていた緊迫感。先に聞いていたのか真剣な面持ちのアイリスとクレア。部屋へ入る前に聞いたレインの警告。それらが信憑性を増していた。チラと横を見ると、カズマの隣にいためぐみんは杖を強く握り締め、ダクネスも剣の柄に手を添えて警戒している。一触即発の雰囲気が場を支配する中――残る一人がその沈黙を破った。
「先手必勝! 『ゴッドブロー』!」
アクアである。飛び出した彼女の、魔力を込めた右拳が向かう先は魔王の娘。しかしアクアの拳が相手の顔面に届くことはなかった。咄嗟にバージルが割って入るとアクアの拳を片手で受け止め、空いた片手で彼女の脳天を軽めに小突いた。
「にゅっ!?」
バージル基準の軽い一撃を受けたアクアは、短い悲鳴を上げてその場にしゃがむ。頭を抑えながら何度も『ヒール』を唱える彼女を見下ろしながらバージルは告げた。
「今の言葉が本当なら、魔王の娘とやらが敵の本丸に堂々と乗り込み、こうして敵国の王女と顔を合わせている。更に俺達を招いたのは客人……つまりコイツ等という話だった。目的を聞き出すまでは大人しくしていろ」
少なくとも現時点で敵意は見られない。故に不気味で狙いが読めないが、今は様子を伺うのが最善だとバージルは判断した。不満げな視線を送ってくるアクアを無視していると、ここまで静かにしていたもう一人の来客が声を上げた。
「やっぱり貴方は話がわかるわね。呼んでおいて正解だったわ」
彼女はこちらに歩み寄りつつ被っていたフードを取った。その下に隠されていた、赤髪と黄色い目が露わになる。額には赤い丸模様が一つ。相手は、バージルも見覚えがある人物であった。
「こんにちわ、魔剣士さん。アルカンレティア以来かしら?」
「貴様は……魔王軍幹部のウォルバク、といったか」
「あら、名前まで覚えてくれてただなんて光栄だわ」
アルカンレティアでの騒動を終わらせた後、足湯を嗜んでいる時にどこからともなく現れた人物。魔王がバージル達を注視していることや悪魔とは無関係であることを伝えて以来、今日この時まで接触はしてこなかった。
思わぬタイミングで再会したウォルバクはバージルへにこやかに手を振った後、カズマ達に視線を向けた。
「貴方達とは初めましてね。私はウォルバク。魔王軍幹部の一人よ。邪神ウォルバクといえば知ってる人もいるんじゃないかしら?」
カズマ達に対して自己紹介を済ますウォルバク。とここで、拳骨の痛みがようやく引いたアクアが勢いよく立ち上がった。
「なーんか臭いと思ったら邪神だったとはね! この私に自ら殺されにくるとは良い度胸だわ! 魔王の娘もろとも地獄に叩き落してあげる! 覚悟なさ――!」
「
再び殴りかかろうとしたアクアをバージルは二度目の拳骨で止める。追い打ちが効いたアクアは痛みを堪えるように頭を抑えながら床をのたうち回った。
「あ、あのっ!」
転がり回るアクアを尻目に、めぐみんが声を張り上げながらウォルバクの前へ。急にどうしたのかと全員の視線が彼女に向けられる中、めぐみんはウォルバクを真っ直ぐ見つめて言葉を続けた。
「お姉さん、私を覚えていますか! 紅魔の里で、お姉さんが黒き邪神を爆裂魔法で封じ込めた時の場にいた紅魔族です!」
「えっ?」
めぐみんが明かした言葉に、隣で聞いていたカズマが驚きの声を上げる。どうやらウォルバクと既に会っていたのは、バージルだけではなかったようだ。めぐみんは息を呑んで返答を待っている。
対するウォルバクは凝視するように目を細めてめぐみんを見つめると――やがて、その表情が途端に明るく変わった。
「やっぱり、あの時にいた子だったのね! まぁ随分と大きくなったじゃないの!」
「は、はい! 私も爆裂魔法を習得して、様々な強敵を塵にしてきました!」
幹部かつ邪神の威厳はどこへやら。ウォルバクは久方ぶりに親戚の子に会った叔母のような声色で、めぐみんとの会話に花を咲かす。
「爆裂魔法を使う紅魔族がいる噂を聞いて、もしやとは思っていたけれど……まさか本当に貴方だったとはね。人間の魔法使いが爆裂魔法を覚えられたとしても、魔力が足りず撃てないケースが多い筈だけど、どうやら貴方も相当な魔力の持ち主だったようね」
「えっ……えぇ! 勿論ですとも! 私はいずれ、最強の爆裂魔法使いとしてこの世界に君臨する予定の者ですから!」
「コイツ、爆裂魔法撃ったら魔力切れでぶっ倒れるんですよ。その度に俺がおぶって帰ってます」
「えっ?」
「しかも爆裂魔法以外使えないし、覚える気もないみたいなんです。なんか話だけ聞くとウォルバクさんめぐみんの師匠っぽそうなので、この頭のおかしい爆裂娘になんとか言ってやってくれませんか?」
「ちょっ、カズマ!?」
めぐみんの見栄張りが見過ごせなかったのか、カズマが横から入ってウォルバクに告げ口をした。内容は何も間違っていないのだが、ウォルバクには知られたくなかったのであろう。めぐみんは恥ずかしそうな様子でカズマを止めようとする。
対応に困ったウォルバクが苦笑いで返す中、彼等の交流を遮るような、わざとらしい咳払いが部屋に響いた。
「……いつまでこの私を無視するつもり?」
視線を集めたのは、不機嫌な顔でカズマ達を睨む魔王の娘。彼女は表情を変えずカズマに問いかけた。
「アンタ、さっきカズマって呼ばれてたわね」
「はいカズマです」
「ってことはアンタが、幹部討伐やデストロイヤー破壊で指揮を執ってた冒険者?」
「あー、まぁそういうことになるかもしれなかったり?」
魔王の娘にもカズマの活躍は届いていたようで。彼女の問いに、カズマは謙虚のように見えて自慢げに答える。
そんなカズマを魔王の娘は品定めするように見つめてきたが……徐々に、彼女の目が懐疑的ものへと変わっていった。
「なんというか……おおよそ勇者とは呼べない、パッとしない感じの男ね」
「おっと初対面なのに随分な物言いですね魔王の娘さんよ」
「だって魔力もちっさいし威厳も感じないんだもの。さっきからウォルバクの胸をチラチラ見てるし」
「みみみ見てねーし!? この人がめぐみんの師匠的存在か―って気になってただけだし!?」
見ていたのは当たっていたのか、カズマは早口で魔王の娘の言葉を否定する。と、ここまで口を挟まず聞き手に回っていたアイリスが突然席を立ち、魔王の娘に言い放った。
「今のは聞き捨てなりません。お兄様がウォルバクさんの胸をジッと見ていたのは私も気付いていましたが、そんなお兄様にも魔王軍に立ち向かえる勇敢さと、敵を翻弄する巧みな技と頭脳を持ち合わせているのです。お兄様への侮辱は取り消してください。確かに胸は見ていましたが」
「アイリス? それはフォローでいいのか? 俺なんか怒らせるようなことした?」
フォローかどうか判別しかねる言葉にカズマは困惑の色を見せる。対するアイリスは自分で考えてくださいとばかりにカズマから顔を背ける。追及しても答えてくれないと判断したのか、カズマは再び魔王の娘へ向き直って別の話題を振った。
「で、お前の名前は? そろそろ魔王の娘って呼ぶのめんどくさくなってきたんだけど」
「言ったでしょ。アンタ達に私の名を知る権利なんて無い……って、ちょっとアンタ! お前って何よ!」
「あぁわかったわかった。聞くのめんどくさそうだからこっちで勝手に決めるよ。魔王のメスガキでいいか?」
「いいわけないでしょ! なによメスガキって! 絶対馬鹿にしてるじゃない! あと私の方がずっと長生きなんだから! 人間のアンタの方がずっとガキよ!」
「めぐみんとどっこいな時点で十分ガキだと思うぞメスガキ」
「ウォルバク! コイツ殺っていい!? いいわよね!?」
「どうか魔力をお納めください殿下。此度は話し合いに来たのです。カズマさんも、これ以上殿下を侮辱するのは見過ごせませんよ?」
「カズマ! さらっと聞き流しかけましたが、ついでに私もガキ認定していませんでしたか!? いったい私のどこがガキに見えるのか聞こうじゃないか!」
馬鹿にされたのならこちらも馬鹿にせねば無作法というもの。バージルが隣にいる安心感故か、最初の緊迫した雰囲気が溶けたからか、カズマはすっかり素の対応で魔王の娘を小馬鹿にする。なお、魔王の娘が腕をまくって迫ろうとした瞬間にカズマはバージルの背後へ隠れたが。
「油断してる今こそ好機! 今度こそ私の聖なる拳をぶち込んでみゅっ!?」
その渦中、アクアが復活。いざこざに紛れて再び魔王の娘に聖なる鉄拳を振り下ろそうとしたが、即座にバージルが動き、三度彼女の猛進を阻止した。
「わぁああああんっ! お兄ちゃんが三度もぶったぁああああっ!」
「世間話の為だけに呼んだのなら帰らせてもらうぞ。コイツの世話係をするよりも、家に戻りキャベツ狩りに備え休息していた方がずっと有意義だ」
ここまで付き合っていたバージルであったが、早々に我慢の限界が来た。さっさと本題に入るよう客人の二人に彼は促す。二人はキャベツ狩りという言葉に首を傾げたが、話を進めたいのは同じのようで、魔王の娘も怒りを抑えて元の席へ。バージル達も続くように席へ着いた。
そんな中、ダクネスがそそくさとクレアのもとに近寄り一言告げた。
「クレア殿。なんというか……本当に申し訳ない」
「……まぁ、血を流さず卓に着けたのだから良しとしよう」
*********************************
付き人たるクレア以外の面々が席に座ったところで、ようやく会談が前進。ウォルバクはバージル達の顔を一瞥してから口を開いた。
「さて、早速本題に入りたいところですが……その前に、殿下の呼称についてでしたね」
が、先程浮上した片付けるべき問題が一点。カズマ達は魔王の娘をどう呼ぶべきか。向こうは想定済みであったのか、ウォルバクはすんなりと答えた。
「殿下のことは『ヤサカ』とお呼びいただけたらと」
「ハァッ!?」
しかしその提案に、隣でカズマを睨みながらも聞き耳を立てていた魔王の娘が、寝耳に水とばかりに驚嘆した。皆の視線を集める中、ウォルバクも魔王の娘へと顔を向ける。
「いかがなさいましたか?」
「いかがもなにもないわよ! どうして! よりにもよってその呼び名なのよ!?」
「こんなこともあろうかと、魔王様から言伝を預かっておりまして。協力者が娘の呼び名に不便を感じたら、いつでもこの名前を使ってもいいと」
「あんのクソ親父ィ……!」
ヤサカという名前が心底気に入らないようで、魔王の娘は拳を震わせて怨嗟に満ちた声を絞り出す。一方で、その名前が引っかかったのかめぐみんが声を上げた。
「ヤサカ? なんだかカズマみたいな変わった名前ですね」
「この世界基準で言えば確かにそうなんだけど、お前にだけは言われたくないんだが」
「なにおう!」
「私としては魔王の娘ごときが、奥ゆかしい日本人の名前を使うのは心中複雑なんですけど」
一方で、日本担当女神かつ魔王しばくべしを信条とするアクシズ教の御神体であるアクアは不満しかないと愚痴を溢す。バージルによる三度の制裁が効いたのか、愚痴るだけで手を出す真似はしなかった。
「殿下、心中お察ししますがここは受け入れてください。でなければ呼び名の最有力候補がカズマさんが提案したメスガキになってしまいます」
「なんでその二択なのよ! ていうかウォルバク、前々から思ってたけどアンタ私に対して時々図々しくない!?」
ウォルバクは早く本題に入りたいのか、魔王の娘にヤサカ呼びを受け入れさせようと試みる。しばらく二人の応酬が繰り広げられるかと思われたが、魔王の娘は独り腕を組んで悩み抜いた後、やけくそとばかりに声を上げた。
「あぁもう! だったらヤサカでいいわよ! クソ親父がくたばった後は堂々と魔王呼びにさせてもらうけど!」
「ということなので、殿下のことはどうかヤサカとお呼びください。では改めて本題に入らせていただきます」
魔王の娘呼び方問題を早々に片付けた後、ウォルバクは会談を進める。先程までの朗らかな表情から一変、真剣な眼差しをバージル達に向けて彼女は告げた。
「我々は、あなた方と停戦協定を結びに来たのです」
彼女が切り出したのは、この世界の歴史を揺るがすほどの提案であった。
衝撃を受ける者、理解が追い付かない者。反応は様々であったが、そんな中バージルは表情を崩さず、ウォルバクへと切り返した。
「直近で王都を攻め込もうとしておきながら、よくもぬけぬけと言えたものだ」
「あれは部下の独断専行です。一度進行に失敗し、手柄を焦ったのでしょう」
「その割には上位悪魔を二体も投入し、随分と用意周到かつ本腰を入れているように感じたが」
「そうよそうよ! クソッタレな悪魔と協力しておいて、どの口が言ってるのかしら! ま、あの程度の悪魔なんて私にかかれば準備運動にすらならなかったけど」
「お前その時は家で卵温めてただろ」
ちゃっかり自分の手柄にしようとしたアクアにカズマがすかさずツッコむ。
「彼等は、我々とは無関係の存在です。同時に、我々が協定を結ぶ理由でもあるのです」
一方で指摘を受けたウォルバクは、焦る様子を一切見せず返答する。言葉の意図が見えずカズマ達が首を傾げる中、彼女は続けて問いかけた。
「異世界、というものをご存じですか?」
彼女が口にした言葉に、バージルはピクリと眉を動かした。一方でカズマ達はわかりやすく表情に驚愕の色を浮かべ、何のことだと首を傾げるのは異世界を知らぬアイリスとクレアのみ。反応を見た隣のヤサカは、狙い通りとばかりに笑った。
「どうやら、招いた客はアタリだったみたいね」
何故、彼女等は異世界の存在を認知しているのか。バージル達が真っ先に抱いた疑問はそれだったが、異世界を知らぬアイリスとクレアは、説明を求めるようにこちらを見ていた。
二人を無視して話を進めるのは無理があると、カズマも判断したのであろう。彼は、異世界について簡潔に説明した。カズマとバージルが元はそちら側の存在であったことも。ヤサカとウォルバクがどこまで異世界事情に詳しいか不明なため、転生や転生特典については伏せながら。
今まで認知すらしなかった世界の存在を知り、アイリスとクレアは流石に驚きを隠せない様子であった。
「そのよう世界が存在するとは……正直なところ、サトウカズマが話すだけなら空想話だと決めつけていたのだろうが、バージル殿が一切否定をしないのを見るに、間違いなく存在するのだろう」
「おいどういう意味だ白スーツ」
「とにかく、今はそういう場所があるとだけ認識すればいい」
「もしかして、お兄様の話でよく出てきたニホンという国も異世界にあるのですか?」
「ごめんなアイリス。ニホンに行ってみたいってずっと口にしてたけど、そう簡単に行ける場所じゃないんだ」
ニホンが文字通り遠い場所にあると知ってか、はたまたカズマが別の世界の住人だと知ってか、アイリスは寂しそうに顔を俯かせる。カズマは彼女の慰めたい衝動に駆られたが、今は魔王陣営との対談が最優先。彼は再びウォルバクへ顔を向ける。
「それで、異世界が停戦協定や悪魔の話とどう関係があるんだよ?」
「端的に申し上げます。あの悪魔は、異世界からの侵略者です。正確に言えば、ひとりの侵略者が召喚した悪魔の軍勢」
ウォルバクが語り出したのは、各地で悪魔騒動を引き起こす元凶の存在。その人物の正体をまさに今日バージル達から聞かされていたカズマは、動揺を悟られないように取り繕い、バージルも彼女等を睨んだまま話を聞く。
「彼は世界を脅かす存在です。このまま野放しにすれば、人間の住む世界はおろか、魔族の住む世界すらも破壊されてしまうでしょう。つまり我々にとって共通の敵。今だけは争いをやめ、侵略者の排除に尽力すべきと思い、我々は停戦協定を結びに来ました」
「つまり貴様等だけでは奴を始末できないから、人間の手を借りたいと」
「勘違いしないで。私達は人間どもに下ったわけじゃない。あくまで、邪魔者を始末するまでの間は協力してあげるわよって話」
挑発的な態度を取るバージルへ、ヤサカは声の怒気を強くして言い返す。やるなら受けて立つとバージルはヤサカの様子を注視したが、そこへ隣のウォルバクがどうどうとヤサカを抑えた。
魔王軍の中心人物がわざわざ敵軍の本拠地に赴いた理由を聞き終え、ヤサカの対面に座るアイリスは熟考した様子で俯いている。見た目はめぐみんに近い年代の少女であるが、この国の舵を取る第一王女。兄を自称するカズマも流石に口は挟めず、じっと様子を見守っている。
やがてアイリスは顔を上げると、ヤサカ達に向かい合って応えた。
「そちらの望みは理解できました。この場へ至るまでの間に幾度の議論、熟考、対立を重ねてきたことも想像に難しくありません。ですが……我々も貴方がたも、これまでに多くの犠牲を伴いました。彼等の無念を前に、容易く首を縦に振ることはできません」
アイリスが出した答えは、拒否であった。人間と魔王軍は長きに渡って争ってきた歴史がある。それを二つ返事で終わらせるには、両者の間にできた溝が深すぎた。横で聞いていたバージルも、当然だろうと心の内で呟く。
が、アイリスはここで話し合いを終わらせず。相手の返答も待たずに言葉を続けた。
「ですが一方で、歩み寄れる未来が存在することに希望を抱いているのも事実です。その為に必要なものは、信頼だと私は思っています」
「……要するに、私達を信用しきれないってことでしょ? だったらどうすれば満足? 私と王女様で正々堂々一対一の決闘でもしてみる?」
「殿下、今は茶化す場面ではありません。本来なら門前払いが関の山だったところを、城まで招いて交渉に応じてくださいました。返答も前向きとは言えませんが、検討の余地を残してくださったのですから」
「わかってるわよ。たださっきも言ったけど、こっちは白旗を上げたわけじゃない。あくまで協定。へりくだった態度も取るつもりも、顔色伺って嘘を吐くつもりもさらさらないから」
魔王の娘としてのプライドもあるのだろう。丁寧な対応を貫くウォルバクとは対照的に、ヤサカは毅然とした態度を崩さない。
「ではひとつ聞かせろ。貴様の望む世界はなんだ?」
そこへバージルが、ヤサカへ単刀直入に問いかけた。張り詰めた空気が漂う中、ヤサカはおもむろに口を開いた。
「そんなの決まってるわ。力よ。力ある者が世界を導く、強い者だけが生き残る絶対強者の世界。その中じゃあ、人間は弱者筆頭ね」
ヤサカが望む、世界の展望。ついでに人間を侮辱され、カズマ達を取り巻く空気がひりつく――が、続くヤサカの言葉は、ほんの少し和らいだ声で紡がれた。
「けど、最近は人間のレベルも上がってきてる。幹部は何人か倒されて、あの機動要塞デストロイヤーも破壊したっていうじゃない。まぁこれはほとんどアンタ達のことなんだけど」
カズマ達の功績はヤサカにも届いていたようで。照れ隠しなのかヤサカは一度咳払いをしてから話を続ける。
「それに、単なるレベルだけじゃない。魔法や文明の発展に人間が貢献しているのも認める。世界全体のレベルを上げるのにこの先も人間が必要ってことなら……クソ親父の言ってたように、お試しで手を組むのも悪くはないかもって思い始めたの。悪魔をまき散らしてるどこぞの誰かと違って、私は世界の崩壊を望んでいるわけじゃないし」
バージルのよく知る、力で全てを屈服させる異界の魔王とは程遠い、姿に見合った楽しげな少女の口ぶりでヤサカは語った。彼女の望む未来を聞き終えたバージルは、拍子抜けだなと刀を握る力を少し緩めた。隣のカズマもポカンとした表情のままヤサカに返す。
「……なんつーか、意外だな。てっきり弱い人間は必要ないから滅ぼしてやるーって言い出すのかとばかり」
「ちょっと前まではそうだったけどね。あっ、言っておくけど世界のレベルアップにも貢献すらしない弱い人間は嫌いよ。アンタはその第一候補っぽいと思ってたけど……王女にも認められてるなら、少しは役に立つ人間みたいね」
「やっぱ一回わからせてやろうかこのメスガキ」
余計な一言を受けてカズマの右手がヤサカを狙わんとしたが、寸での所でダクネスが止めた。
魔王の娘と対峙した時はどうなることかと思われたが、今のところ魔王軍側は侵略を目論んでいるつもりはない。あくまで彼女達が語る上ではあるが、アイリスとクレアもわずかながら警戒を解いた。
そんな中、ひとりだけ反発する者が一人。当然、アクアである。
「なんか和解の流れになってるっぽいけど、私だけは騙されないわよ! 世界の英雄たる私達をおびき寄せてる間に、アクセルの街や王都を攻め込むつもりじゃないでしょうね!」
「おい何言い出してんだ馬鹿女神。お前が変なこと言ったらだいたいフラグが立って――」
アクアの予見が何かしらの事象に引っかかる予感がしたのか、カズマが咄嗟に口を挟む。だが彼の予感は、バージルの疾走居合もビックリの速度で回収されることとなった。
「緊急警報! 緊急警報! 騎士団および冒険者は至急正門前へ向かってください!」
城内にいてもよく聞こえる、けたたましい警報音とアナウンス。決まって、魔王軍襲来の時に鳴り響くサイレンであった。
「ほらやっぱりだ! なんでお前は毎回毎回やらかすんだこのフラグ乱立駄女神!」
「待って! 私何もわるくない! 何もしてないもん! 悪いのは絶対あっちだもん!」
「言いがかりつけてんじゃないわよ! 確かに軍は待機させてたけど、私達が戻るまでは絶対に動くなって命令してるのよ! ちょっとウォルバク! いったいどういうこと!?」
今回も見事なフラグ回収をしたアクアをカズマは怒鳴り、一方のアクアは理不尽に怒られ半泣きになりながらもヤサカを指差す。しかしヤサカにとっても想定外な事態のようで、ウォルバクに説明を求めるが、彼女は横に首を振った。
「アイリス様はここに。私は戦場の方へ――」
「いえ、私も向かいます。以前の悪魔襲来の件もありますので」
「しかし……いえ、承知しました。バージル殿、今回も助力頂けるか?」
「構わんが、この客人共はどうするつもりだ?」
バージルはヤサカ達を指してクレアに尋ねる。よもやカズマ達に任せるつもりではあるまいと思っていると、クレアよりも先にウォルバクが声を上げた。
「我々も戦場に向かいます。もし部下が勝手に進軍を始めたのなら中止させますし、第三勢力によるものならお力になれるかと」
「どうだかな。この騒動も含めて貴様等の計画のうち、とも限らん」
「そうよそうよ! ちょっとでも怪しい動きを見せてみなさい! 私とお兄ちゃんの兄妹パンチが炸裂するから!」
「ハイハイ……ところでさっきから気になってたんだけど、アンタたちってホントの兄妹……じゃないわよね? どういう間柄なの?」
「悪いんだけどそいつのバージルさんに対する兄呼びは無視してやってくれ。俺達もう当たり前のように受け入れてるから」
「勝手に受け入れるな」
ヤサカとウォルバクは協力の意思を見せるが、バージルは未だ信用せず。カズマへツッコミを入れつつも、彼女等の首をいつでも斬れるよう警戒しながら、共に外へ向かった。
*********************************
王都から少し離れた平原。バージル達が駆け付けた時には既に戦火は上がっていた。甲冑を纏った騎士隊、警報を聞いて集まった冒険者達は果敢に声を上げて城を守る。そんな彼等と対峙するのは、フードを被った多種多様なスケルトン。そのどれもが鎌を握り、赤い目を光らせて進軍していた。
「随分と数が多いですね」
「つーかあの連中、前にアクセルの街にも出てきた奴等じゃね? ほら、デストロイヤーをなんとか止めた後、急に湧いてきただろ?」
「あぁっ! カズマさんが調子に乗って倒そうとしたら抱きつかれてエンエン泣く羽目になったあの悪魔達ね!」
「なんで余計なことを鮮明に覚えてんだお前は! 確かにそうだったけど!」
いつかの時にも現れた
「改めて聞くが、奴等は貴様の配下ではないんだな?」
「違うって言ってるでしょ。ホントに信用無いわね。あんな弱っちい悪魔なんて、こっちから願い下げよ」
悪魔とは協力関係にないとヤサカは改めて否定する。後半の言葉に関しては、バージルも心の中で同意した。
「では、我々は率先して悪魔の対処を。少しでも信用を得られるよう尽力します」
「気持ちはありがたいけど、魔王軍と最前線で戦ってる王都の連中には二人とも顔がバレてるんじゃないか? あんまり前線に出ない方が――」
「その為のフードよ。これ、意外とバレないものよ? アンタ達もお忍びでどっか行きたいなら一着は持っておきなさい。冒険者の中じゃ顔が知れてる方なんでしょ?」
ウォルバクとヤサカは顔が見えないようフードを深く被る。フードが万能なのか王都の警備がザルなのか。しかしバージルも過去にフードを被って忍んでいた時期がある為、口を挟むことはしなかった。
いざヤサカらが戦場に飛び込もうとした時、慌ててクレアが二人を呼び止めた。
「待て。今の其方達の身分は、あくまで客人だ。我々には護衛する義務がある」
「とかいって、本音は私達が変なことしないか監視しときたいんでしょ? 今更取り繕わなくたっていいのに」
「……好きに捉えてもらって構わない」
ヤサカはフランクに返すが、クレアは一貫して警戒を解かず。その後、道中で合流したレインと、その隣に立つアイリスへ振り返った。
「アイリス様はここでお待ちください。クレア、アイリス様の護衛を頼む」
「はっ」
「えぇ。けど、以前のように強大な悪魔が現れた場合は、私も即座に戦線へ向かいます」
アイリスは守るべき一国の王女であるが、同時に最大戦力の一人でもある。アイリスの返答に、クレアは異議を申し立てようとはしなかった。
「それじゃあ、私達も行くわよ! 悪魔をしばくまくってやるんだから!」
「渇きに渇いた我が爆裂欲! 悪魔が相手とは発散しがいがあるというもの!」
「ハァ、ハァ……下劣な悪魔どもに囲まれた私は容赦なく嬲られ……いかん! 今はアイリス様の前だ。そしてエリス教徒でもある。アイリス様とエリス様に誓い、悪魔にだけは絶対に屈したりしない!」
「ならその期待度満点な顔をやめろよ。つーか俺らも行くの? アイリスの護衛をレイン一人に任せるのも不安だから、俺達も残って……っておい! 勝手に突っ走ってんじゃねぇええええっ!」
カズマの意見を待たず、アクア達は一目散に戦場へ。置いて行かれる不安か、はたまた彼女等のやらかしへの不安か。カズマも慌てて仲間を追いかけていった。
彼等を追う形でヤサカ、ウォルバク、クレアの三人も出撃。残るバージルは戦場の様子を一瞥した後、地面を蹴って一気に駆け出した。先を走っていたカズマ達を即座に追い抜くと、なるべく悪魔が多い場所へ。
「ハァッ!」
バージルが抜いた刀は、すれ違い様に数体の悪魔を断裂。刀を一度鞘に納め、彼は周囲を見渡す。味方側の騎士団や冒険者は周りにおらず、獲物を捕らえた赤い目が四方八方からにじり寄る。
射程距離まで入ったところで彼等は同時に飛び上がり、バージルの首を狙わんと鎌を振り下ろした。
「遅いな」
彼等の凶刃が届く前にバージルは刀を再び抜いた。瞬きすれば見逃してしまう素早い抜刀。襲い掛かってきた悪魔達は、握っていた鎌もろともバラバラに斬り刻まれた。
待機していた悪魔達は狼狽えたのを見逃さず、バージルは駆け出す。疾風怒濤の居合が駆け巡り、次々と悪魔の身体が斬り飛ばされていく。
時間にして一分と経たず。バージルが飛び込んだ先の一帯にいた悪魔は、全て砂塵へと変貌した。
「話にならんな」
服にかかった砂を払い、バージルは次に向かう先を考える。カズマ達と合流すべきかと思ったが、ヤサカの方も気になっていた。警戒すべきという理由もあるが、魔王の娘の実力を見れる機会でもある。もっとも、下級悪魔では相手が弱すぎて参考にならないかもしれないが。
行き先を後者に決めて歩き出した――が、三歩ほど進んだところでバージルは足を止めた。彼はおもむろに背後へと振り返る。
「……まさか貴様から出向いてくるとはな」
バージルは冷たい声で語りかける。その先に立っていたのは、黒装束に赤と青のオッドアイが怪しく輝く一人の男――元凶、アーカムであった。不敵な笑みを浮かべる彼に、バージルは刀の柄を握りつつ問いかける。
「アクアを追ってここまで来たか。常々悪趣味な奴だと思っていたが、女の趣味も最悪だったか」
「ここにいるのは下級悪魔だけだ。女神の力を観測するのは期待できないだろう。それに私は、君に用があって来たのだから」
此度の目的は自分だと告げたアーカムは、警戒するバージルへ手を差し伸べた。
「もう一度聞こう。私と共に来る気はないか?」
「……Humph」
アーカムの言葉に、バージルは呆れのあまりため息を漏らした。二度目の勧誘をしてきたアーカムへ、バージルは鋭い眼光を向けながら答えた。
「くどい男だ。どうやら貴様には、そのめでたい脳みそに直接刻んでやらんと伝わらないらしい」
「……残念だよ、バージル」
拒絶を受け、アーカムは差し伸ばしていた手を下ろす。話が終わった今、僅かでも怪しい動きを見せたら斬る。バージルが身構えて待つ中、アーカムは言葉を続けた。
「しかし、何ら問題はない。君の力も、女神の力も、既に我が手中にあるのだから」
「……どういう意味だ?」
「君がそれを知ることはない」
アーカムは意味深な言葉を告げ、おもむろに右手を上げた。動きを見せたアーカムに対し、素早く飛び出したバージルはアーカムの首を狙い刀を振り抜いた。しかし、刀は虚しく空を切る。
束の間、彼の足元に魔法陣が浮かび上がった。魔法陣は光り輝き、バージルを光で包む。眩い光に耐え、やがて光が収まった後――彼が立っていたのは草原ではなかった。
石造りの壁に囲まれた、円形の舞台。床の中心には道化のマーク。そこに魔法陣が出現すると、床から現れたのは、紫色の道化師。
「
アーカムのもうひとつの姿、ジェスター。バージルは周囲を見渡した後、再びジェスターへと向き直る。
「そういえばあの時、貴様を斬り損ねていたな」
いつかの白刃取りをされた礼を返すべく、バージルは刀を抜いた。
まちすば、楽しみに待っております。