午後1時を過ぎた頃、縁側に腰掛けながら姉さんと喋っていると、妖夢が博麗神社にやってきた。
「おっ、妖夢じゃないか」
「よう、今日も修行に来たのか?」
「それだけじゃないわ。ふふん、実はね――」
自信満々な彼女曰く、新しい必殺技が出来たと披露してきたのだが、私の目には二本の刀を素早く振り回しているようにしか見えなかった。――まあそれでも、並の妖怪なら瞬殺できる程度の速度と威力ではあったが。
意見を求めてきたので、私が思った事を率直に伝えると、自覚はあったようで肩を落としていた。姉さんも似たような事を思ったようで、派手さが足りないとダメ出ししつつ、もっとカラフルな弾幕をばらまいたらどうだとアドバイスをしていた。
まだまだ改良の必要があると自分で結論付けた妖夢は、千絵と杏子と共に修行を開始した。
今回は実戦形式の模擬戦を行なうことになり、三人が入り乱れる乱戦となっている。弾幕と剣戟が響くこの試合は、やはりと言うべきか杏子が一番最初に脱落。千絵と妖夢の一騎打ちになり、最終的に勝利したのは妖夢だった。
午後2時を回った頃、姉さんに加えて、一時休憩でこっちに来た霊夢とユリの四人で雑談していると、博麗神社の縁側にスキマが開き、そこに肘をついて紫が上半身だけ姿を現した。
「はぁい、元気ぃ?」
『紫ちゃんやっほ~!』
「何よその挨拶」
「なんかおかしなもんでも食ったのか?」
「いきなり酷い言い草ね? その点ユリは素直で良い子ねぇ」
霊夢と姉さんに適当にあしらわれた紫だったが、どうやらあまり気にしていないようだ。
「ところで何の用だ?」
「明日千絵が帰るでしょ? 顔を見ていこうと思ってね」
「そうなのか。お~い千絵ー! お前に客だぞ~!」
境内の隅で妖夢から体術の指導を受けていた千絵は、妖夢に一言断りを入れてからこっちにやってくる。
「客って八雲紫?」
「ふふ、こんにちは千絵。修行はどのくらい進んでいるのかしら?」
「う~ん……まあ未来のあんたなら話してもいいか。今は封印結界の改良を進めているのよ。私を基準にある一定の範囲に入った妖怪に自動的に封印結界が発動するようになれば完成ね」
「……恐ろしいわね。千絵、妖怪を殲滅するのではなく、きちんと区別するのよ?」
「元の時代に帰っても、幻想郷縁起に記載されていたこの時代の妖怪は退治しないでくれよ? 未来が変わっちまうからな」
「分かっているわよ。……話はそれだけ?」
「貴女から見て杏子はどう?」
「……そうね。本人はやる気に満ち溢れているけれど、正直実力不足は否めないわね。まあ平和な時代の博麗の巫女なら、あんなものじゃないかしら。まだ若いんだし、これからきちんと修行すれば、多少はマシになるでしょう」
二人とも同い年だろとツッコむべきなのだろうか。
「ありがとう。時間を取らせたわね」
「別に良いわ」
千絵は修行を再開するべく杏子と妖夢の元に戻っていく。その後ろ姿を見ながら姉さんは呟いた。
「杏子に対して、随分と厳しい評価だったなー」
「まあ千絵の時代の幻想郷は魑魅魍魎が跋扈していたからな。どうしても要求が高くなるんだろうぜ」
「杏子の実力も歴代の巫女の中では決して悪い方では無いのだけれどね」
それだけ千絵の才能が突出しているという事だろう。
「ああ、そうだ紫。実はお前に二つ話しておきたいことがある。霊夢と姉さんも聞いて行ってくれ」
「え、なんの話?」
「またなんか知らん未来の話でもするのかー?」
『う~ん、私は席を外しておくよ』
「いや、ユリは別にここにいても構わないぞ。――話というのはな、明日千絵が帰った後に起こる歴史改変の記憶についてだ」
私の言葉に全員の表情が引き締まる。
「歴史改変……」
「霊夢の母親と霊夢の歴史が変わるって話ね」
「歴史改変が起きた場合、密接に関わった人間や妖怪に改変前の記憶が戻ると以前説明したが、時間の超越者となった今の私が行う場合、“私が確定させた歴史”という条件が付くんだ」
「うん?」
「確認だけど、その“私”と言うのは、こっちのマリサじゃなくて貴女の事ね?」
「あぁ、そうだ」
姉さんから私に指を動かす紫の疑問に私は頷き、更に続けた。
「この条件は、記憶の混乱の防止と精神の安定の為だ。何故なら目的となる歴史に至るまでに、段階を踏んで歴史改変を起こす場合がある。その時に途中経過を思い出してもしょうがないからな」
例えば西暦300X年の幻想郷の復活や、霊夢と姉さんの妖怪化がこの例に当たる。むしろ一つの原因を改善するだけで目的通りにいくケースの方が少ない。
「なるほどねぇ」
「理屈は分かったけれど……」
「本当にそれだけか?」
疑念を抱く紫と姉さんに私は「そこは私を信用してもらいたい。何故ならこの条件を付けないと、私の可能性歴史の観測に引っ張られて、存在しない歴史の記憶が復活しかねないんだ。例えば霊夢が博麗の巫女にならない歴史とか、姉さんが魔法使いにならずに家業を継いだ歴史とかな。そんな“有り得ない歴史”を知った所で意味が無いだろ?」
「そう言われるとなんだか気になるな」
『うん。ちょっと興味があるなぁ』
比較的当たり障りの無い例を選んだが、姉さんとユリの興味を引いてしまった。
「そうかしら? 困る事の方が多いと思うわよ」
「霊夢の言うとおりだわ。最初は“有り得ない歴史”を楽しむ余裕があっても、それが続くとは限らないわ。中には不幸な歴史もあるでしょうしね」
「それもそうか」
霊夢と紫は私の話の言外を察したようだ。
「まあ回りくどい言い方をしたが、結局は今までと何ら変わらないから、安心してくれ」
「記憶が戻る時刻はいつなの?」
「西暦215X年11月3日の午後0時20分だ」
「ん、分かったわ」
「了解だ」
「といっても、改変後の歴史の私はその時まで忘れているのでしょうけどね」
『う~ん、私は蚊帳の外だなぁ』
「一つ目の話はこれで終わりだ。次の話は、昨日の事についてだ」
私が紫の目を見ながら切り出すと、姉さんが慌てた様子で口を挟んできた。
「お、おい。紫に話すのか?」
「私は別に良いわよ? どうせいつか知られることだし」
「霊夢が良いのなら私も構わんが……」
「何の話よ?」
「昨日霊夢が西暦100溝年12月31日の博麗神社に行った話だ。未来の話になるが、紫に伝えておこうと思ってな。構わないか?」
未来の話――その単語に紫は一瞬顔が強張るものの、覚悟を決めたように口を開く。
「……いいでしょう。聞きますわ」
「実はな――」
私は昨日の出来事をかいつまんで話す。
「――と、言う訳だ」
「そう、そんな事があったの……」
『ずっと秘密にしててごめんね? 紫ちゃん』
「別に構わないよな?」
「ええ。幻想郷のルールをきちんと守るのなら、反対する理由はありませんわ。私個人としては大歓迎よ」
「まあ紫に反対されても長生きするつもりだったけどね」
「――おお、そうだ。なあ紫、お前の能力で霊夢が死なないように出来ないのか?」
ふと思いついたような姉さんの疑問に、紫は少し間をおいて答えた。
「――マリサ。そもそも死とは何か分かるかしら?」
「え? そうだな……永遠に目が覚めないことか?」
「ふふ、半分正解ね」
不意に問われた姉さんは戸惑いながら答えたが、紫は半笑いを浮かべるばかりだった。
「これは私の持論なのだけれどね、死とは肉体と魂の二段階に分けて考える事ができるのよ」
「どういうことだ?」
「まず肉体の死。これは皆が想像する通り、心臓が止まったりすることで生命が活動を停止した時に訪れるものよ。肉体の老化、怪我、病気等原因を挙げたらキリがないわ」
「ああ」
「次に魂の死。これは生命の“個”を成す中核と言ってもいいわ。通常では肉体が死んだ時、魂は冥界に向かい、閻魔の判決を受けて天国が地獄か、あるいは輪廻転生の輪に乗るか決まるわね」
「そうらしいな」
「だけど肉体が死んでも現世への強い未練で魂が留まる事があるわ」
『幽霊だね』
「その通りよユリ。彼らは魂だけの存在となっても、まるで生きているかのように振舞っている。それは魂がまだ死を認めていないからなのよ」
『私達博麗の巫女の仕事の一つに、そうした霊を成仏するのがあるんだよね? 霊夢ちゃん』
「ええ。一部の例外を除いて現世に留まり続ける霊は、やがて悪霊となって定命の人々を脅かすわ」
「ふむ……つまり何が言いたいんだ?」
「私の能力では完全な“死”を防ぐことは出来ないのよ。何処かを弄れば、別の場所に綻びが生まれてしまう。ましてや他人の身体ともなると、勝手が違うでしょうしね。自然な形で生を紡いでいくことが、霊夢が霊夢で在る為には必要不可欠なのよ」
いくら幻想郷といえども、死の重みは昔から変わっていない。私が拘っているのもそこにあるのだ。
「……お前の言い回しは良く分からん」
「要は紫の能力も万能じゃないってことでしょ。そもそもはなから死ぬつもりは無いわ」
「ふふ、それでこそ霊夢よ。頑張りなさい」
そんな言葉を残して紫はスキマの中に消えていった。
それからは特にイベントが起きることもなく夜になり、私と姉さんと妖夢は帰路についた。
いよいよ明日は千絵とユリが元の時代に帰る日だ。姉さんは明日の見送りに来るらしい。今まで観察に徹していた私も本格的に動き出す時が来たな。
「姉さん。マジックボックスを借りてもいいか?」
「構わないぜ」
私は姉さんが集めた収集品が置かれた部屋から、ポケットに入るサイズのマジックボックスを持ち出した。これは空間が拡張する魔法が掛けられており、手の中に納まる程の大きさに反して、大きめのリュックサック並に物が入る。
続いて明日から始まる歴史観測に必要な物を未来の自分から取り寄せる。送られてきたのは31世紀の地球製光学迷彩、ミクロサイズのドローンと、映像と音声を出力するモバイルモニターとイヤホン。この時代の外の世界でもオーパーツな機械を使用するのには理由がある。主な観測対象が千絵と霊夢だからだ。
彼女達は妖怪の探知能力が高く、物陰に隠れたり、魔法で姿や気配を消すだけでは察知されてしまう恐れがあり、念には念を入れて外の世界の機械を用意したのだ。幾ら博麗の一族でも、物理的に見えなければ分からないだろう。
それに状況によっては近くで観測するのが難しい場合もある。このドローンは光学迷彩機能も搭載されているので、安全な場所から状況を把握するのに最適だ。幻想郷には外の世界のような光学迷彩の使用やドローン飛行を無効化する装置も無いので、確実性も高い。他人のプライバシーをこっそり探る事に後ろめたい気持ちがあるものの、歴史の観測に必要な事なので、割り切らなければならない。
(まあこんなものか。一応保存食も入れておくか)
私は乾燥させたキノコもマジックボックスに詰め込んで蓋を閉める。その後明日着ていく予定のエプロンドレスのポケットにマジックボックスを入れた後、パジャマに着替えてベッドに入った。
翌日の11月3日。朝早くに起床した私は、支度を行って博麗神社に向かっていく。姉さんは後から来るそうで、朝食を食べたらすぐに自室に籠ってしまった。
今日は修行最終日ということもあり、杏子と千絵はいつもより気合が入っているようだ。傍から見ると千絵の霊力操作と封印結界は既に完成されているように見える。霊夢とユリも熱心に指導を行っており、時間が刻々と過ぎていく。
正午が近づいて来た頃に修行を止めて神社に戻り、それぞれ荷物を纏めて境内に出てきた。といっても、ユリの荷物は私が未来に送っておいたので、風呂敷包みを抱えているのは千絵だけだ。中には慧音に買ってもらったお土産類が入っているらしい。
さて肝心な修行の成果だが、千絵は封印結界を完全にモノにしており、霊力の量と操作も格段に向上して霊夢並みに強くなっているので、成功と言ってもいいだろう。
ちなみに杏子は時間ギリギリまで頑張っていたが、結局封印結界は習得できなかった。しかし本人は今後の修業に意欲を見せているので、歴史改変が発生せずとも半年以内には習得できると霊夢は見ている。
そして時刻は正午。境内の中心に立つ私の前に、風呂敷包みを持った千絵と手ぶらのユリが並んで立っている。二人が元の時代に帰ると聞いて、姉さん、慧音、阿音、紫、妖夢が見送りにやってきた。
「いよいよ元の時代に帰る時だ。まずはユリからな。最後に言っておきたいことはあるか?」
『みんな、今までありがとう! 色んな人や妖怪に会えて、この時代はとっても楽しかったよ!』
「未来でも元気でな、ユリ」
『お姉さんもね!』
「必ず再会してみせるわ」
『うん! 絶対だよ霊夢ちゃん!』
「またいつでも遊びに来なさい。歓迎するわよ」
『ありがとう紫ちゃん!』
「あんたが末代の博麗の巫女って事はいまいち実感が湧かないけど、まあ未来でも頑張りなさい」
『千絵ちゃんもね!』
「博麗の巫女という重要な役割を必ず貴女の時代に繋げてみせます」
『あはは、そんなかしこまらなくてもいいんだよ? 気楽にね、杏子ちゃん』
関わりが多かった姉さん、霊夢、紫、千絵、杏子が一言ずつ別れの言葉を伝えた後、ユリは慧音と妖夢と阿音に一言ずつ告げる。
『慧音さんもお元気で! 貴女と話した事をもこちゃんに伝えておくね!』
「あぁ……! 妹紅を頼んだぞ」
『妖夢ちゃん! また未来で会おうね!』
「ええっ!? 私ってまだ生きてるの?」
『阿音ちゃん! 未来の貴女にこの時代の話を伝えておくからね!』
「そ、そう。西暦100溝年の私って何代目なのかしら……?」
『それじゃあバイバーイ!』
頃合いを見張らかって私はタイムジャンプを発動。弾けるような笑顔で元気よく手を振るユリは魔法陣に飲み込まれ、元の時刻の博麗神社に帰っていった。
「さて、次は千絵だ。お前も何か一言あるか?」
「ふむ、そうね……。博麗ユリと違って私はこの時代に無理やり連れてこられたけれど、まあなかなか悪くなかったわ。人里が無事に存続している事が確認できただけでも、価値はあったわね」
「千絵さん。貴女と過ごした時間はとても楽しかった。私はいつでも貴女の味方だ。過去の私を遠慮なく頼って欲しい」
「稗田家も博麗の巫女の味方です。困ったことがあれば、いつでも相談に来てくださいね」
「ええ、そうするわ。二人ともありがとう」
「ご指導ありがとうございました! 必ず封印結界を習得してみせます!」
「あんたなら出来るわ。頑張りなさい」
「千絵。私は立場上貴女に肩入れは出来ずに、素っ気ない態度を取ってしまったけれど、貴女の事を大切に思っていた事だけは覚えていて欲しいわ」
「……ま、頭に留めておくわ」
「千絵、貴女は……いえ、余計な一言ね。過去の私は貴女を知らないけど、いつか冥界に来た時、気軽に話しかけてきてね」
「覚えてたらね」
慧音、阿音、杏子、紫、妖夢が一言ずつ順番に別れの言葉を送っていると、肌を刺すような妖気と共に博麗神社の階段から誰かが登ってくる足音が響く。姿を現したのは幽香だった。
「幽香……!」
突然現れた幽香に全員の注目が集まる中、彼女は千絵の元まで歩いていく。
「……何よ?」
千絵は目の前で立ち止まった幽香を睨みつけるが、彼女は余裕の笑みを浮かべていた。
「ふぅん。前よりも更に強くなってるのね。ま、死なない程度に精々頑張りなさい」
「言われなくてもそうするわ。もしかしたら、過去のあんたを退治しちゃうかもしれないわよ?」
「ふふ、楽しみにしているわ」
そう言い残して幽香は踵を返し、博麗神社の階段を降りていった。
「な、なんだったんだ今のは」
「彼女が来るなんて珍しいわね」
「千絵、本当に幽香を退治するのはやめてくれよな?」
私が釘を刺しておくと、千絵は「分かってるわよ。そもそも、本気の彼女に勝てるか分からないし」と答えていた。
「千絵、死ぬなよ? お前が死んだら霊夢も消えちゃうんだからな」
「あんたに言われなくても分かってるわよ」
千絵は姉さんに毒づいた後、霊夢を見つめる。こうして向かい合うとまるで姉妹のようだ。
「さようなら霊夢。あんたに会う事が出来て良かったわ。達者でね」
「あんたもね」
二人は短く言葉を交わし、千絵は私に目で合図を送る。私は頷き、頭の中で魔法式を構築していく。
「タイムジャンプ! 時刻は西暦1885年4月12日午後1時15分の博麗神社だ!」
皆が見つめる中、声高らかに宣言しながら、私と千絵は時間遡行していった。