ゴクウブラックが第四次聖杯戦争に喚ばれてみた (タイトル命名 ゴワス様)   作:dayz

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尊さが押し寄せてくる 泣いてる場合じゃない 人間をZEROにして 理想郷の主神になろう テッテー♪ 孫悟空になれるものが いつか私をすげぇ神にするんだ(ED曲)

 

 間桐雁夜はバーサーカーに最後の令呪を回復の為に切った。

 膨大な魔力が手の甲で発動し、甲冑すらボロボロにされたバーサーカーの傷を癒していく。

 再び万全の状態になったバーサーカーは雄叫びと共に、セイバーへ跳びかかっていく。

 だが所詮焼け石に水だということは、彼が一番よくわかっていた。

 捨て身のバーサーカーの猛攻もアーチャーの援護射撃も、神霊となったセイバーは笑いながら、その場を一歩も動かず捌いている。両者の間には同じサーヴァントでも隔絶した力の差があった。

 

「時臣! お前のアーチャーも回復させてやれ!」

 

 思わず彼は隣に立つ時臣にそう言うが、苦々しく彼は首を振った。

 

「駄目だ。この二画の令呪はセイバーに放つ最後の一撃を後押しするために、絶対に必要なものだ。アーチャー自身から使うタイミングを間違えるなと厳命されている。……全くこんなことになるなら綺礼に預託令呪を分けてもらうべきだった」

 

「でもこのままじゃバーサーカーがやられちまう。前衛のあいつがやられたら、今のアーチャーは一瞬で倒されちまうぞ!」

 

「わかっている……! だが、今のセイバーは遊んでいる。とにかく時間を稼ぐんだ。そうすれば、ライダーのマスターが……」

 

 大聖杯を破壊する。

 そう言いかけた時、地響きが境内を揺らした。

 

 柳洞寺、いや円蔵山そのものを揺らしたその地震は数度の揺れでおさまった。

 だが、この地震がもたらしたものは別にあった。

 

「馬鹿な……! なんだこれは!?」

 

 初めて聞く、セイバーの驚愕の声。

 彼の姿は、もはや真紅の神霊ではなくなり、元の黒髪黒目の青年に戻っていた。聖杯からの魔力供給が途絶えたのだ。それに伴って聖杯の孔も急速に小さくなっていく。

 彼が受肉していればそれも問題なかっただろうが、あの聖杯から溢れていた泥は聖杯がまだ完成していなかった為にほんの僅かに聖杯の器から溢れた程度のものに過ぎない。魔力の濃度も薄く、凄まじい魔力喰いであるセイバーを完全に受肉させるには量が足りず、あくまで魔力の供給源でしかなかったのだ。

 セイバーは信じられないような表情をしていたが、すぐにその原因を理解した。

 

「聖杯が機能不全を起こしただと……!?」

 

「ふん……待ちくたびれたぞ。ようやく、雑種どもの企みが成功したようだな」

 

「企みだと……!?」

 

 ギルガメッシュの言葉に思い当たる節があったのか、セイバーは歯噛みする。

 彼にとって敵はサーヴァントのみ。マスターである魔術師など塵芥が如き存在だと侮り、放置したツケがここに回ってきていた。

 せめて遊ばずにバーサーカーだけでも殺しておけば、聖杯の完成度が高まりそれに伴い泥の量と濃度も濃くなり、一足先にセイバーは受肉できていたかもしれない。だが全ては後の祭りだった。

 いや、これはセイバーの油断だけではない。絶望的な状況においても尚、勝負を捨てず時間を稼ぐことに徹したバーサーカーとそのマスターである間桐雁夜、そしてライダーを失っても戦うことを諦めなかったウェイバー・ベルベットが手繰り寄せた好機なのだ。

 状況を判断したセイバーが呻く。

 

「そうか……。この聖杯の大元の術式そのものを破壊したのか! おのれ、あの切嗣の手先の女は何をしていたのだ!? これだから人間というやつは……」

 

「無能な人間を頼りにして、足元を掬われる。まさにお前にふさわしい最後よな?」

 

 ギルガメッシュのその挑発にセイバーは怒りながらも冷静に返す。

 

「調子に乗るなよ、人間。残存魔力だけでも貴様ら如き、皆殺しにして釣りが来る。その後は世界中の人間どもを殺して回って力を貯めて、地球上から人類を滅ぼす。俺のやるべきことに些かの支障もないのだ……!」

 

 そういって構え、今にも飛びかからんとするセイバーの背後から、冷徹な声が掛けられた。

 

「いいや。悪いがそういうわけにもいかないな。―――令呪を持って我が傀儡に命ずる。自害せよセイバー」

 

 その言霊が、セイバーの肉体を強制的に動かした。

 その右手は光剣を発生させ、セイバーの意識とは無関係に自分の首を断ち切ろうとする。

 だが。

 

「……人間風情が神に指図をするかぁ!!」

 

 自らの首を落とすはずのその右手を、セイバーは左手で掴むことで防いでいた。

 セイバーはその信じがたいエゴで令呪の強制力に逆らっているのだ。

 そして自分の意思とは無関係に首を切り落とそうとする右手を抑え、背後を見やる余裕もないセイバーは、背後に向かって怨嗟の声を投げつける。

 自分に対して令呪を使うことができる相手などこの世に一人しかいない。

 

「衛宮切嗣……。貴様、この期に及んで何の真似だ!? 賭けは俺の勝ちだったはずだ……!!」

 

 セイバーからは見えないが彼の背後、柳洞寺の本堂の前で、衛宮切嗣は懐に偶然残っていた煙草を口に咥えて火を付けながら、答えた。

 

「すまないな。セイバー。賭けはなかったことにしてもらう。聖杯の中身があんな代物では、どうあがいても僕の負けになるのでね」

 

「ふざけるなぁ! おのれ―――おのれっ!! 約束事一つ守れんとは、貴様も所詮薄汚い人間だったか! 今すぐ縊り殺して、娘も後を追わせてやる!」

 

 そう憎悪に猛るセイバーは既に令呪の効果を振り払いつつある。

 だが、セイバーにとって状況が悪い。眼前には敵対するサーヴァントがいるのだ。

 四方から神をも拘束する鎖が射出され、更にバーサーカーがそれに続く。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!!」

 

 ここが最後のチャンスと見たバーサーカーは最後の力を振り絞って、跳躍しセイバーへと『無毀なる湖光(アロンダイト)』を振り下ろす。

 アーチャーの鎖はギリギリで回避されたが、バーサーカーのその一刀は完全にセイバーを捉えている。

 バーサーカーの渾身の魔力が込められたそれは、魔力による過負荷を起こし、澄んだ湖のような青い光を放っていた。

 これぞ『無毀なる湖光(アロンダイト)』を使ったサー・ランスロットが秘剣、『縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』。本来なら剣から放出する魔力の斬撃を剣の中に溜め込み、切り裂いた対象の体内で魔力を炸裂させる秘技である。

 狂気に満ちているはずのバーサーカーが何故にこの秘剣を使うことができたのか―――それは彼も理解していたからかもしれない。眼前の邪神を滅ぼさねば、人類史に未来はないと。

 その危機感と英霊としての使命感が狂気を超えて、バーサーカーのクラスにも関わらず、この秘技を使用可能にしたのだ。

 

 しかしセイバーにはその英霊の渾身すら届かない。

 彼は、今だ光剣を発して自分の首を落とそうとする右手を左手で掴んだまま、右手から発生した光剣を『無毀なる湖光(アロンダイト)』の軌道上に無理やり動かして、ランスロットの秘剣を受け止め、そして押し込まれた。

 予想外のその威力にセイバーの足元が陥没し、蜘蛛の巣状の罅が入る。右手の光剣が押し込まれて、自らの首に更に迫る。セイバーのこめかみに一筋の冷や汗が流れた。

 だがセイバーが聖杯から手に入れた魔力は充分に残っていた。それを絞り出せば高ランクの宝具が相手でも正面から鍔迫り合いすることも、押し切ることも可能だった。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!!」

 

「令呪で縛られたからと言って、この俺に勝てると思ったか! 狂犬!」

 

 その言葉と共に、セイバーが令呪の効果を完全に振り切る。

 体の自由を取り戻したセイバーは鍔迫り合いをしていた光剣の出力を上げて、『無毀なる湖光(アロンダイト)』諸共、ランスロットを袈裟懸けに切り倒し、返す刀で光刃を射出してランスロットの後方に位置するアーチャーを、彼が咄嗟に展開した防御宝具ごと吹き飛ばす。

 

 蹴散らしたサーヴァント達には一瞥もくれず、セイバーは切嗣に向かって振り向くと、ゆっくりと歩いて行く。

 

「切嗣……貴様は賭けに負けたにも拘らず俺に牙を向いたな?それが何を意味をするのか分からん貴様ではあるまい。貴様はこの俺の、神の慈悲を無下にしたのだ。絶対に許さん! 貴様を殺した後は貴様の娘も仲間の女も八つ裂きにしてやろう!」

 

 既に与えられた三画の令呪は使いきった。もはやセイバーを縛るものなど何もない。その証拠に彼の右の手の甲には何も残ってはいなかった。

 セイバーの死刑宣告に対して、衛宮切嗣は口に加えてた煙草を下ろすと、肺から大きく煙を吐き出した。そして逆に尋ねる。

 

「……かつて孫悟空とその家族にしたようにか?」

 

「なに……?」

 

 絶望的な状況的にも関わらず悠然と構えている自分のマスターに違和感を持ったのか、セイバーが警戒心を抱き、前進をやめる。

 

「お前の過去を僕は夢という形で見させてもらった。お前がなぜ孫悟空の体を奪ったのかも僕は理解している。お前は平和だの大義だのほざいているが、人間を憎む一番の理由はそんなんじゃない。

 お前は……人間である孫悟空が、神々の中でも戦いの天才と呼ばれた自分を簡単に一蹴したことに対して嫉妬したんだ。その力を羨んだんだ。だからドラゴンボールへの願いの中から、あえて孫悟空の体を奪うという選択をした。人間の分際で自分を簡単に追い抜いた男に意趣返しをする、ただそれだけのために!

 お前が人類を滅ぼすのは宇宙を汚すからではない!お前の人間への僻みがそうさせたんだ!」

 

 その切嗣の弾劾にセイバーは眉一つ動かさなかった。

 

「知ったふうな口をきく……私も貴様のことは理解しているぞ。大の為、小を切り捨て続けてきた殺人者。お前はそれを正義と思っているようだが、違う。

 それを行う資格があるのは神だけだ。神が行えば正義となることも、人間が行えば罪となるのだ。

 高みから大局を見下し、歴史と威厳を持つ神が行うからこそ、罪ではなく裁きとなるのだ。お前は自分の狭い視野と独りよがりの信念を元に、神の真似事をして正義の味方を気取っている道化にすぎない。

 貴様には道化に相応しい最後をくれてやろう。所詮、人の正義など独りよがりの傲慢にすぎない。神の正義の前には無価値なのだ」

 

「僕は自分が道化だなんてとっくにわかっているさ。誰かさんに独りよがりの正義が、如何に馬鹿げてるかをよーく教えてもらったからね。だがお前も同じ穴のムジナだってことに気がついてないらしい。お前は僕なんかよりもよっぽど自分自身を騙すのが得意みたいだからな。……僕たちは確かに似たもの同士かもな」

 

「……遺言はそれでいいのか?人間。末期の言葉は最早聞かんぞ……!」

 

 光刃を構えるセイバー。切嗣との距離はまだ数十メートルあるが、そんな距離はセイバーからすればゼロに等しい。

 今にも襲いかかってこようとするセイバーに対して、切嗣は右腕のコートの袖口をたくし上げた。そこにあるものを見て、セイバーは驚愕した。

 

 彼の右腕には十数画もの令呪が存在したのだ。

 

「馬鹿なっ……!貴様、そんなもの一体どこで!?」

 

 初めてセイバーの顔に恐怖が浮かんだ。

 その顔を見て切嗣はこの聖杯戦争が始まって以来の満足気な笑みを浮かべた。

 同時に、この無数の預託令呪を教会の監督役から譲り受けた経緯が頭の中を流れていく。

 それは英雄王と征服王の決戦の後、セイバーが満身創痍で武家屋敷に戻ってきて、その身を休めている間に、最後の決戦の準備と称して切嗣が舞弥と共に、外に出ていた時の事だった。

 

 

 ◆      ◆      ◆

 

 

 

 ―――時は遡り、集まったマスター達がセイバーに対する決戦準備を始めた聖堂教会。

 そこでマスター達と打ち合わせをする言峰綺礼の元に一人の来訪者が来た。

 来訪者の名前は久宇舞弥。

 言峰綺礼がこの聖杯戦争で自らの宿敵と定めた、衛宮切嗣の配下の女だ。

 教会に詰めていた事務員に彼女が来たという報告を受けても、言峰綺礼はその場に同席していた自分の師と同盟者であるウェイバーに、地元の有力者が来たので直接相手してくると、もっともらしい嘘を顔色一つ変えずについて、その場を辞して教会の外で彼女を出迎えた。

 

 実の所、彼女が来るということは言峰綺礼は事前に知っていた。

 これより少し前、まだ彼がセイバーの魔力砲撃の被害に対処するべく、教会の一室で隠蔽工作にかかりきりになっていた時、彼女の使い魔である蝙蝠が彼の部屋の窓を叩いたのだ。

 その蝙蝠は、ある手紙を持っていた。その文面を要約するとこうだ。

 

 『自分はセイバーのマスターであり、暴走しつつあるセイバーの事で教会の監督役と大至急話がしたい。話し合いの結果によってはセイバーをこちらで始末してもいい。ただし、この一件を他のマスターに伝えた場合、この話は無かった事になる』

 

 この文面を読んだ時、言峰綺礼は迷った。ブラフも考えたが、最強のセイバーを従えて圧倒的な優位に立っているはずなのに、今更こんな策を使うのはセイバーのマスターである衛宮切嗣らしくなくも思える。

 もしかしたら―――衛宮切嗣は本当に、比喩抜きで自らのサーヴァントを御せていないのてはいないのだろうか?

 綺礼は教会の窓から、外を―――正確には川向いの深山町の方角を見やった。

 

 空を幾重にも覆っていた重々しい雲はセイバーの魔力砲撃の余波で消し飛び、それによって発生した停電によって街の光の大半が消えた故に、はっきりと輝く月明かりと星明かりが冬木市を照らしている。

 砲撃によって発生した住宅街の上に佇む巨大なキノコ雲は今だ完全に消えず、月と星に照らされて太古の怪物のようにその場にうずくまっている。

 

 衛宮切嗣が情報通りの男なら、自らのサーヴァントにあんな無軌道な振る舞いを許すわけがない。必要とあればやるかもしれないが、今回のこれは如何にキャスターが暴れていたとはいえ、オーバーキルに過ぎる。

 機関銃座を核兵器で吹き飛ばすような愚行だ。全くもってらしくない。

 この申し出を悩む時間は短かった。

 

 監督役として、あのような存在を放置するわけには行かないという建前。

 言峰綺礼として衛宮切嗣に会ってみたいという本音。

 公私の欲求を同時に解消できるとあらば、この話に乗らない理由がない。

 時臣師には申し訳ないが―――事後承諾とさせてもらおう。

 

 

 

 そうして言峰綺礼は教会の敷地の外の墓地で、衛宮切嗣の使いと称する女と会うことになった。

 その女の顔には見覚えがあった。以前、倒壊前後の冬木ハイアットホテルを見張っていたセイバーの仲間だ。あの時はアサシンのマスターとして彼女を尋問しようとしたが、突然現れたセイバーによって、その場から逃げるので精一杯だった。

 

 やはりこいつは衛宮切嗣の手の者だったか。

 

 あの時抱いた確信は間違っていなかったと思いつつ、まず綺礼の方から女に向かって口を開いた。

 

「セイバーの陣営には色々と聞きたいことがあるが。監督役と話がしたいとは一体どんな用件だ、女?」

 

「話がしたいのは僕の方だ」

 

 返答は言峰綺礼のすぐ背後からだった。それもくたびれた男の声。

 言峰綺礼は久しぶりに全身が総毛立つような感覚を味わった。

 同時に背中に何かが押し付けられる。それが大口径の銃火器の銃口なのは明白だった。

 

「この距離では何をしても無駄だ。お前が何をするにしても、加速した僕が指を引くほうが早い。助けを求めても無駄だ。僕の仲間が僕がお前を殺せるだけの時間を稼ぐ」

 

 ふと前を見やると切嗣の仲間と名乗る女の姿は消えていた。この場から離れたわけではない。気配がある。彼女もこちらの死角に潜み、もしこの場に誰か来たら排除するつもりなのだろう。

 それを確認した言峰綺礼は肩をすくめた。両手を上げたかったが、それだけで不審な動作と見なされて射殺されかねない。今回は自分が完全にしてやられたということだ。

 

「……それで? 話とはなんなのだ? ここは懺悔を聞くにも、茶飲み話をするにも適していないが」

 

 背中の相手は皮肉に応じず、単刀直入に用件を伝えてきた。

 

「監督役が代々受け継いできた預託令呪―――それを全部こちらに譲渡してもらいたい」

 

「無茶を言う。普通なら殺されても渡さんよ」

 

「これが普通の聖杯戦争なら、な。お前もアサシンのマスターだったのならセイバーの危険性は理解しているはずだ。奴を放置すれば世界が滅びる」

 

「喚び出した張本人がよく言う。そんなに危険なら令呪で自害させればどうだ?一番手っ取り早い話だ」

 

「それはできない。僕はまだ聖杯を手に入れる気でいる。この戦争から降りるつもりもない。何よりも僕は既に令呪を二画使っている。令呪一画程度であの怪物を殺せるとは僕は思っていない」

 

「それで預託令呪に目をつけたのか。成程、一画で殺せなければそれ以上の数でもって圧殺する。全くもって理に適った考えだ」

 

「聖杯が目前にある以上、セイバーにとってもはやマスターなどおまけだ。僕が生きようが死のうがセイバーの脅威は変わらない。だが、セイバーを倒せることが出来る存在がいるとしたら―――」

 

「それはセイバーの令呪を握るマスターであるお前しかいないというわけか。奴は正面から英雄王と征服王すら打ち破った規格外の怪物。確かにもう奴を止めれる者はマスターしかいないだろうな」

 

 問答が止まる。言峰綺礼はしばし目を瞑ると、出会うことを夢にまで見た背後の男に質問をした。

 

「一つ聞きたい。あのセイバーを利用してまで、なぜ聖杯を求める?お前の聖杯にかける願いはなんなのだ?」

 

 その質問により背中に押し当てられた銃口から一瞬の逡巡が感じ取れたが、すぐに答えは帰ってきた。

 

「恒久的な世界平和。僕が聖杯に望むのはそれだけだ」

 

 予想もしなかった答え―――というわけではない。もしかしたら、本当にもしかしたらと心の何処かで薄々その予兆は感じていた。

 もしかしたら、衛宮切嗣は自分が考えているような男ではないと。この男に会った所で自分の心の虚無は晴れないかもしれないと。

 だから、言峰綺礼は彼に対してこう言ってやった。

 

「ああ―――お前は全くつまらない男だな、衛宮切嗣」

 

「―――今更言われるまでもないことだ。言峰綺礼」

 

 反応もやはりつまらない。言峰綺礼は鼻を鳴らした。

 

「いいだろう。私が持つ預託令呪、全て貴様にくれてやる。精々有意義に使うがいい」

 

「本当か?」

 

「そちらから持ちかけておいて疑うのか。これ程の被害を出したのだ。どうせ冬木の聖杯戦争はこれで終わりだ。となればこの預託令呪も意味を失う。無駄に消えるなら派手に使いきったほうが楽しめるだろう。

 どの道、遠坂師はあのセイバーには勝てん。バーサーカーを仲間に引き込んでもな。あのセイバーを倒せるのは、奴のマスターであるお前しかいないだろうよ。

 ……腕を出すがいい。全ての預託令呪をお前に移植する。何、移植自体は一瞬で済む」

 

 言峰綺礼が言うとおり、預託令呪の譲渡は僅かな聖句を唱えるだけで終わった。

 そして深夜の教会で宿敵になりうるはずだった二人の男は、そのまま何も言わずに別れていった。

 

 

◆      ◆      ◆

 

 

 走馬灯のように走った預託令呪を手に入れた経緯を思考の隅に追いやりつつ、切嗣は令呪に告げた。

 

「唯の貰い物さ。―――令呪をもって、我が傀儡に命ずる。滅びろ、セイバー。この星にお前という神は不要だ」

 

「やめ―――」

 

 その言葉と共に次々と衛宮切嗣の腕に刻まれていた令呪が光を放ち、セイバーを縛る。

 

「ぐぁああああああぁああああああぁあああ!?」

 

 そんな様子を切嗣は目を細めて無感動に見やった。

 

「……悪党の死に様ほど見応えのある見世物もない。そのままゆっくり、相応の末路を晒してくれ」

 

 十画を越える令呪の前にはさしものセイバーと云えど為す術がない―――はずだった。

 

「ふ…ざ…け…る…な…! 人間風情が……! この正義の執行者であるザマスを悪党呼ばわりだとぉぉぉぉぉ……!?」

 

 令呪で縛られたことよりも悪党呼ばわりされた事のほうが、よりセイバーの怒りを引き出したらしい。

 セイバーの咆哮と共に再び真紅の神気が爆発する。その圧倒的なエネルギーと神気は十数画の令呪の縛りすら力尽くで破ろうとしていた。

 

「超サイヤ人ロゼ!? まだそんな力が残っていたというのか!?」

 

 だがセイバーは変身しても尚、完全に令呪の束縛を振り切れたわけではないらしい。

 圧倒的な神気を撒き散らしつつも、その動きは油の切れた人形のようにぎこちないものだった。

 それでもセイバーは止まらない。

 彼はゆっくりと両手の掌を前に付きだして合わせると、そのまま両手を腰に構える。

 その構えを見た切嗣は、脅威に顔を歪ませた。

 

「かめはめ波か……!」

 

「喰らえ……。残った魔力の全てを貴様にくれてやる! こんなちんけな島国、塵も残らんぞ……!!」

 

 だが狂気に侵された笑みを浮かべるその顔を、背後から来た一条の鎖が叩く。

 その神をも縛る鎖はセイバーの纏う神気に弾かれたが、彼の注意と怒りを引くには充分だった。

 

「まぁぁぁぁた貴様かぁぁ! ギィィィルガメッッッシュぅぅぅぅぅう!」

 

 鎖を投擲したのは再び立ち上がった、満身創痍のギルガメッシュ。

 鎧のない状態で防御宝具ごと強烈な光刃の一撃を喰らった彼は、全身が血まみれで消滅一歩手前だ。

 しかしその目はようやく巡ってきた好機に輝き、その手には今の今まで抜かなかった乖離剣が握られている。

 

「やれやれ……! ようやく隙を見せたな、抉り落とすぞ! 時臣! わかっておるな!」

 

「承知しました……! 令呪を持って我が王に奉る! 乖離剣のその真の力を発揮すべし!」

 

 後方で見守っていた時臣の手から令呪が光とともに消え、ギルガメッシュを後押しする。

 それと同時に本来の力に枷をはめられていた乖離剣がその枷を解かれ、喜ぶかのように真っ赤に輝いた。

 

「滅びの神ザマスよ! この乖離剣の真の全力をくれてやる―――天の理を持って再び原初に還るがいい!」

 

 それに脅威を見たセイバーは、もはや切嗣など眼中にないとばかりに即座に反転すると標的をギルガメッシュにした上で、再びかめはめ波の構えを取る。

 

「人間風情が理を語るなぁぁぁ! 全ての理はこの俺!! ザマスこそが、天の理であり、地の理なのだ!」

 

「貴様は確かに我が出会った神々の中でもとびきりの大物よ。その力も、そして狂気においてもな! だが人は神を越える。超えねばならぬ。この一撃を持って貴様という神との決別の義としよう……! 我の最大、最後の一撃だ! これを喰らうことを冥府で誉れとするがいい!」

 

「ぬかせっ!人の分際で天地の理に触れようとするその卑しき性根! 粉々に叩き潰してやる!」

 

 怒りで令呪を振りほどきつつあるセイバーは、かめはめ波の構えそのままに、更にその力を増幅させていく。

 余波だけで冬木市そのものが地震のように揺れて、台風のような暴風が円蔵山のみならず、市街まで到達し、家屋を倒壊させはじめた。

 

 だがセイバーのそれを神の怒りとするならば、ギルガメッシュもまた然り。令呪によるシンプルな後押しを受けた彼は、自身の消滅も厭わず、乖離剣からその力を引き出そうとしていた。それに加えて乖離剣は宝物庫からのバックアップも受けている。

 3つの刀身は互い違いに回転し、暴風を超えた時空流と言うべきエネルギーの渦をギルガメッシュの周りに展開している。その規模はかつて征服王の固有結界内でのそれを更に上回る。本来ならば神の権能の化身たる乖離剣は、地上では、ましてやその持ち主がサーヴァントという格に収まっていてはその真価を発揮することはできない。

 

 しかし令呪と宝物庫のバックアップで引き出した最大出力は、乖離剣の真の力―――神の権能たる天の理の力をも引き出そうとしていた。

 本来なら使用しようとしただけで、抑止力が顕現しかねない乖離剣の真の能力。ギルガメッシュはこの機能を使用するにあたって、その場で消滅することも覚悟していたつもりだったが、それに対する世界の反発は起きず、むしろ後押しするような感覚を受けた。

 この世界もまた理解しつつあるのだ。眼前の邪神をあらゆる方法で滅ぼさなければこの星の未来はないと。

 

 天地を揺るがす神の力の激突。その余波に巻き込まれまいとして、サーヴァントのマスター達は慌てて互いのサーヴァントの射線から走って逃れる。

 その場にいる全員が、これが最後の激突になると理解していた。

 

「原初を語る。天地は別れ、無は開闢と言祝ぐ。乖離剣よ、星々をも廻すその渦で、神々の魂すら引き裂いてみせよ!『 天地乖離す開闢の星 (エヌマ・エリシュ)』ッ!!」

 

「罪人共が……徒花と散って、永遠にこの世から消え失せろッ!かめはめ波ぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」

 

 ギルガメッシュの乖離剣が高速回転し、三層の巨大な時空流を発生させて、そのままセイバーに向かって叩きつけられる。

 それに応じるかのように、放たれたセイバーの超特大の魔力砲撃、かめはめ波。

 超サイヤ人ロゼとなって真紅と化したその砲撃は、信じがたいことに三層の時空流の内、実に二層までを容易く撃ちぬき、三層目でようやく拮抗する。

 

「ちぃぃぃぃぃぃ! あれだけの令呪で縛られて、まだこれほどの力が出せるのか! 火力馬鹿もここまでくれば笑えんぞ……!!」

 

「ハハハハ! 神を侮った愚か者が! その傲慢さ、我が真紅の煌めきによって浄化してやろう!」

 

 そしてセイバーが眼前の愚か者達に止めを刺すべく、更にかめはめ波の出力を上げようとしたその時だった。

 銃弾がセイバーの頬を叩いた。

 無論、例え魔術礼装だとしても今のセイバーにそんなものは通じない。精々が一瞬気を引く程度の効果しかないだろう。

 だがそれでも反射的にセイバーは銃弾が飛んできた方を見てしまう。

 

 そこにはコンテンダーを構え、剥き出しの右腕をこちらに向けて掲げたセイバーのマスター、衛宮切嗣がいた。

 その右腕に宿っていた令呪の大半は力を使い果たして痣となっているが、ただ一画。一画だけが未だに彼の右腕に宿っている。

 

 ―――まさか、この期に及んで令呪を出し惜しみしていたのか? 令呪だけでは自分を完全に殺せないと踏んで?

 

 その考えに至った時、セイバーはこの世界に現界して初めて―――全身が粟立つ感覚を味わった。

 

「待て―――」

 

「令呪を持ってザマスに命ずる。超サイヤ人ロゼを解除せよ」

 

 その時、セイバーは目の前に迫る死神の影を確かに見た。

 たかが、令呪一画。されど一画。

 渾身の力で砲撃の鍔迫り合いをしているこの瞬間。例え令呪の効果がほんの一瞬だとしても、超サイヤ人ロゼによる神化を解除されるのは余りにも致命的だった。

 そして英雄王がその致命的な隙を見過ごすはずもない。

 

「今だっ!時臣っ!令呪を切れぃぃぃぃ!」

 

「令呪を持って我が王にたてまつ……ええいっ! アーチャー!! とにかく全力でぶちかませぇぇぇぇ!!」 

 

 もはや優雅さもかなぐり捨てた時臣が声も枯れよとばかりに叫ぶ。その意思に反応して彼の最後の令呪が消え―――乖離剣の放つ時空流が爆発的に膨れ上がった。

 変身を解除され、黒髪のサイヤ人へと戻った今のセイバーのかめはめ波にそれを押しとどめる力は無い。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 拮抗していた莫大なエネルギーの激突。それのバランスが崩れるということは、即ち敗北した側に自分の放ったエネルギーが相手のエネルギーに上乗せされて跳ね返ってくることを意味する。

 

 神の権能たる乖離剣の最大出力。神霊と化したセイバーの最大出力かめはめ波。

 それらが一体化した星すら砕きかねない、圧倒的な暴力の塊が一丸となってセイバーへと迫ってきたのだ。

 視界を埋め尽くしながら迫り来る巨大な死を前にして、セイバーは頭の中をフル回転させる。

 瞬間移動―――駄目だ。精神集中する時間がない。

 回避する―――これも駄目だ。全力でかめはめ波を放った体は硬直し、指一本動かせない。

 せめて―――せめて再び超サイヤ人ロゼになることができれば、まだこれを喰らっても生き延びられる見込みはある。

 

 だが―――令呪の縛りがそれを邪魔をする! あの忌々しい嘘吐きの薄汚いマスターが使った令呪が!

 

「おのれっ! おのれぇぇえぇぇ!! この俺が……神の正義が二度も……二度も人間に敗れると言うのかぁぁぁぁあ!? そんなことは……あってはならぬ!! ならぬはずなのだぁあああ!!!」

 

「……貴様の正義など、知った事か」

 

 心底うんざりしたように衛宮切嗣が吐き捨てた。それは奇しくもかつてザマスを倒した人間、トランクスの名を持つ若き戦士が言った言葉と、一言一句全く同じものだった。

 その言葉を切っ掛けにしたかのように、とうとう抑えきれなくなった破壊のエネルギーがセイバーへと喰らいつく。

 

 

 

「ぐわぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 柳洞寺の境内を激震と称しても生温いほどの振動が走り、余波で大地がひび割れ、無人の本堂が屋根ごと吹き飛び、まだ上空にかろうじて残っていた聖杯による孔を空間ごと消し飛ばす。セイバーを飲み込んだ破壊の渦は、山頂を砕いて雲を吹き散らし、大気圏外へと突き抜けていく。

 そして時空流が放つ颶風音と魔力砲撃の炸裂音、それらの轟音をまとめて塗りつぶすほどのセイバーの断末魔の叫びが冬木市全域に響き渡り、そして全てが鎮まり返った。

 

 それが聖杯によって、再びこの世に蘇った滅びの狂神ザマスの最後だった。

 

 

 

 ◆       ◆

 

 

 

「う……うううっ」

 

 衝撃の余波で再び階段へ押し戻されて、危うくまた転げ落ちる所だった間桐雁夜は何とか這いずるようにして境内に戻ってきて、そしてその景色を見て言葉を失った。

 境内の中は一変していた。

 大地にはそこら中に巨大な亀裂が走り、柳洞寺の本堂は半分程が消し飛んでいる。

 そして何より、円蔵山の形が変わっていた。

 柳洞寺は円蔵山の中腹に位置するのだが、二つの巨大なエネルギーが激突しセイバーが競り負けた結果、円蔵山の頂上はセイバーごと消し飛ばされて、その標高を大幅に下げていた。

 

 だがこれは幸運だったと言うべきだろう。これだけのエネルギーが地上で炸裂していたら、かつて恐竜を全滅させたような巨大隕石にも匹敵する大惨事が起きていたはずだ。いや、それどころか地球を貫通していたかもしれない。

 吹き飛んだ山頂の端から登りつつある朝日の光が差し込み、境内を照らす。

 その光景のなんと美しいことか。

 

「……バーサーカー!」

 

 その景色に見とれて呆然としていた雁夜だが、すぐに境内の隅に人形のように転がった自らのサーヴァントに気がついた。慌てて駆け寄るが、霊核を切り裂かれており、もはや助からないのは一目了然だった。

 

「……マスター。ご無事でしたか」

 

「っ!?バーサーカー、お前喋れるのか!?」

 

 常に唸り声しか上げなかった自らのサーヴァントが喋ったことに雁夜は驚いた。

 砕けた兜の下に隠していたその美貌の顔に彼は安らかな笑みを浮かべる。

 

「どうやら死の直前の為……狂化が解けたようです。さほど……お役に立てず……申し訳ありません」

 

「そんなことはない! お前がいなければアーチャーだってすぐにやられてたさ!」

 

「ありがとうございます……。我がマスターよ。これで貴方の戦いは終わったのです。もはや貴方を縛り付けるものは何もない。せめてこれから先は自由に生きてください。生前の私はそれもできず、闇雲に運命を呪い、近しい人を傷つけ、忠を捧げるべき相手に刃をむけてしまった。……貴方のように」

 

 その言葉を聞いて、雁夜は胸を突かれた気持ちになった。これはバーサーカーの遺言だ。

 

「貴方は憎しみに囚われ、本来ならば自分が吐いた血の中に沈んで終わるはずだった。だが、皮肉にもあのセイバーという巨大な竜巻が、貴方の運命を変えてしまった」

 

「でもあいつは……桜ちゃんを……!」

 

「無論、そのことで奴に感謝しろなどと、馬鹿げた事を申す気はありません。ですが、貴方は機会を得た。もう一度やり直す機会を。今度は決してそれを手放さぬように。それが不甲斐なき不義の騎士である私からの、マスターへの最初で最後の助言です」

 

 そう言い切ると、バーサーカーのサーヴァント、サー・ランスロットは消滅した。

 

 

 

 ◆     ◆     ◆

 

 

 

 全てが吹き飛んだ後、意識を回復させた遠坂時臣の視界に写ったのは、境内の中心で仁王立ちする英雄王の姿だった。慌てて彼は走り寄って声をかける。

 

「王よ……!ご無事ですか……!?」

 

「たわけ。これが無事に見えるならお前の目は無事ではないな。よく効く目薬でもくれてやろうか?」

 

 意外としっかりした返答が返ってくる。だがしっかりしているのは、声だけだった。

 アーチャーに近づいて時臣は改めて理解する。この英霊は全ての力を使い果たしてもはや消滅寸前だ。

 実際下半身などは既に透けて反対側の景色が見える。

 

「全く、物見遊山のつもりで現世に喚び出されたら、神殺しをする羽目になるとはな。それもあのイシュタルめが、可愛げのある小娘に思えるほどの狂乱の神と相まみえることになろうとは、宇宙とは我が思っていたよりも広いものよ。

 ……フン、だが退屈だけはしなかった。時臣よ。お前はつまらんマスターだと思っていたが、最後まで我に付いてきたことだけは褒めてやる。大義であったぞ」

 

 その言葉に遠坂時臣は、今更ながら罪悪感じみたものが胸に浮かんできた。

 

「王よ。私は貴方に謝罪しなければならなき義が御座います」

 

「ほう? なんだ、言ってみよ」

 

 時臣は頭を下げつつ、彼は隠していた計画をあえて喋った。

 

「本来この聖杯戦争は、七騎のサーヴァントを聖杯にくべて、根源へと至る儀式。故に―――私は最終的には貴方を令呪を用いて自害させるつもりでした」

 

 その言葉を聞いてアーチャーが目を細める。

 例え消滅寸前でも人間の魔術師一人、死に際の道連れにすることなど彼には容易いだろう。それを承知の上で、時臣は本来秘すべき聖杯戦争の真実を語ったのだ。

 

「なぜ、今更それを言う? 我がお前を罰するとは考えなかったのか?」

 

 頭を下げたまま時臣は答える。答えを間違えればそのまま首が地面に落ちるだろう。

 

「お怒り御尤もでございます。ですが、貴方は英雄として我ら魔術師の不始末を拭い、この世界を救ってくださった。そのような大恩ある御方に、謀略を隠したまま別れるというのは、我が遠坂家の恥と思った次第故」

 

 それを聞いて、ギルガメッシュは小さく笑った。

 

「大したものよ。我の怒りを買うことより、己の家の面目が大事か。つまらん堅物ぶりも、そこまでくればいっそ天晴よな」

 

「は」

 

 ―――よい。此度の戦、中々の趣向だった故、今回限りは特別に許す。

 

 そんな声が風に乗って流れた。時臣が頭を上げた時、黄金の王の姿はどこにもなかった。

 

 

 

◆     ◆

 

 

 

「で、どーなったんだよこれ!?」

 

 ウェイバー・ベルベットが崩落する大聖杯の空洞から死ぬような思いで逃げ出し、長い参道を登り柳洞寺の境内に辿り着いた時、全ては終わっていた。

 崩れた本堂、吹き飛んだ山頂。境内のそこらには疲れ果てた顔のマスター達が腰を下ろしている。

 

「セイバーは……いないよな? ってことは僕たちは勝ったんだよな!?」

 

「そういうことになりますね」

 

 なぜか一緒に付いてきた舞弥が肯定する。

 もしセイバーが残っていれば全員こんな呑気にしてはいないだろう。

 そう考えると改めてウェイバーの全身に歓びが満ち溢れてくる。

 全く奇蹟のような勝利だった。自分にアーチャーとバーサーカーのマスター。おまけに土壇場でセイバーのマスター達すら味方につけての大逆転。バックアップも含めるとこの聖杯戦争に関わった者の全てが、セイバーを倒すために集まったようなものだ。

 そしてそれだけの戦力があっても、誰か一人欠けたら、或いはタイミングが一つズレただけでもセイバーに勝つことは出来なかった。それ程の強敵だった。

 だが自分達はやり遂げたのだ。

 

「やった……! やったぞ、ライダー! お前の仇は討てたんだ!」

 

 思わず、近くにいた舞弥に抱きついてはしゃぐ。数秒程してから自分のしたことに気がついいて、慌ててウェイバーは顔を真っ赤にして舞弥から離れた。

 

「ご、ごめん。つい……!」

 

「気にしてませんよ」

 

 その言葉は彼女を知る者が聞けば、珍しく彼女にしては優しいと驚くような口調だった。

 もっともそんなこと知る由もないウェイバーは茹蛸のように顔を真っ赤にしている。

 彼女はそんな少年から目を離すと、境内を見回し、隅で座り込んでいる衛宮切嗣を見つけると近寄っていった。

 

 

 

 ◆     ◆     ◆

 

 

 

 衛宮切嗣は他のマスター達と言葉を交わすこともなく、久宇舞弥に肩を貸してもらい砕けた山門を通って、参道を降りた。

 そして彼女と共に麓に隠しておいた乗用車に乗り込もうとしたまさにその時。

 

「それで、これからお前はどうするのかね? 衛宮切嗣」

 

 その声は意趣返しとばかりに衛宮切嗣の背後から聞こえた。

 一足先に車に乗り込んでいた久宇舞弥が慌てて、車から飛び出してくる。

 声をかけた相手に銃を向けようとする彼女を切嗣は手で制してから、淡々と答えてやった。

 

「セイバーは完全に滅び、聖杯戦争は終わった。だから僕はアインツベルンに戻る。そして娘を連れだして、一緒に暮らす」

 

 その答えに声の持ち主―――言峰綺礼は期待外れと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 

「つまらん答えだな。理想が折れてもっと意気消沈していると思ったのだが」

 

 趣味の悪いその答えに今度は切嗣が鼻を鳴らす。

 

「生臭坊主め。人の不幸がそんなに楽しいか?」

 

「ああ、これが意外とな。今回の一件の隠蔽工作で様々な連中のくたびれた姿や悲嘆に暮れた顔を見てきた訳だが―――これが意外と楽しめる」

 

「神に仕える者の台詞とは思えないな」

 

「無論、仕事自体は確実にこなしているつもりだ。これでも神父だから、懺悔や相談を聞いて心の負担を軽くすることもしている。ただそれを後で個人的な酒の肴にしているだけだ。

 それで、だ。横紙破りをしてまでお前に協力してやったのだ。もう一つ酒の肴を増やす手伝いをしてくれても構わんだろう?」

 

「……何が聞きたい?」

 

 言葉を交わすのも嫌になってきた切嗣が、単刀直入で尋ねると彼はセイバーを思わせるような嫌らしい笑みを浮かべてみせた。

 

「聞きたいことは一つだけだ。……お前の理想は折れたか?」

 

 その問に切嗣は暫く無言だったが、やがて答えた。

 

「ああ、折れたよ。真っ二つにね。僕のやって来たことは全部台無しになった」

 

「ふむ。その割にはさほどショックを受けてないように見えるが?」

 

「勿論ショックは受けている。だがそれ以上に、この上ない反面教師を間近で見ることが出来たのが僕にとって幸運だった」

 

 これにはさすがに言峰綺礼も苦笑した。

 

「あのセイバーか。思えば奴の目的も恒久的な世界平和だったな」

 

 切嗣は苦々しく頷いた。

 

「奴のお陰で僕は自分の考えを、誰よりも客観的に見ることを強制された。そして理解したよ。自分の正しさだけを信じて突っ走れば、あんな末路が待ってるんだとね」

 

 この答えに言峰綺礼は納得したらしい。やや不満気だったが。

 そんな様子の彼に対して切嗣が噛み付いた。

 

「折角こっちの心境を喋ってやったのに何が不満なんだお前は」

 

「答え自体に不満はない。しかし……随分とつまらん普通の人間になったなと思ってな」

 

 今度は切嗣が小さく笑った。

 

「お前を喜ばせないならそれに越したことはない。それに……今になって気がついたが普通の人間になったってのは実に喜ばしいことだ。僕らみたいな人間にとってはな」

 

 切嗣の答えに言峰綺礼は虚を突かれた表情をしたが……やがて彼も小さく自嘲気味の笑みを浮かべた。

 

「違いない」

 

 それから暫くして、自動車のドアが閉まる音と、自動車が発進する音がして―――その場に静寂が訪れた。

 

 

 

 

 ◆       ◆       ◆

 

 

 

 戦いが終わって半日が過ぎ、動けるようになった遠坂時臣と間桐雁夜は、揃って間桐邸があった場所―――今は広大な唯の更地だ―――に来ていた。

 互いの手にはそれぞれ花束がある。

 セイバーの砲撃に巻き込まれて、その小さな命を散らした少女への手向けの花束だ。

 雁夜邸があった場所、その敷地の中心に花束を置きつつ、雁夜は呟いた。

 

「桜ちゃん……。ごめん。俺がもっと時臣のアホ面を殴ることばかり考えずに、もっとうまく立ち回ろうとしていれば……君は……」

 

「当人のいる目の前で随分と言ってくれるな……」

 

 半眼になって遠坂時臣が睨みつけてくるが、雁夜は無視した。

 実際の所、彼に恨みしか抱いていないかと言われれば、嘘になる。今回の事件の後で彼は間桐臓硯に改造された体を、改めて彼と聖堂教会に治療してもらった。その結果、人並みとは行かないが、あと一ヶ月もなかった寿命が、数年程度には伸びた。もっともその伸びた寿命で何をするべきかは、未だに彼は答えを見つけていない。

 体の調子が戻り、精神のバランスも戻ってきたせいか、雁夜の想い人である遠坂葵に対する執着も薄れている。代わりに残ったのは、桜を守れなかったという罪悪感と、桜の母親である彼女に対する申し訳の無さだ。

 

 彼は膝をつき、間桐桜の冥福を祈った。あの妖怪の冥福は祈らない。どうせ地獄に落ちてるはずなので存分に苦しんで欲しい。

 時臣も彼に習って花束を置こうとしたその時だった。

 

 ボコっという音を立てて、目の前の地面に人が一人通れそうな小さな穴が空く。

 

「……え?」

 

 唐突なその現象に、そこにいた二人の男が目を丸くする。

 そして彼らが我に返るより先に、空いた穴から小さな少女が頭を出した。

 ちょうど二人の男は彼女の真後ろにいる形になっているので、その少女―――間桐桜は彼らの存在に気づいていない。桜はキョロキョロと周りを見渡すと穴の下に話しかける。

 

「お爺さま。もう大丈夫みたいですよ」

 

 そう言って彼女は穴から這い出ると、穴の下に手を伸ばした。彼女の小さな手が穴の中から引っ張りだしたのは皺だらけの老人だった。

 

「やれやれ、こんなこともあろうかと蟲倉を地下深くに作っておいて助かったわい。……なんじゃぁあ、こりゃあ!?家どころか何もかもなくなっておるではないか!?」

 

 穴から這い出た間桐家の当主、間桐臓硯は外の景色を見るなり、文字通り腰を抜かした。どうやら雁夜の予想以上に深く掘り下げていた蟲倉が地下シェルターになって助かったようだが、外がここまで酷い事になっていたとは考えてなかったらしい。

 

「……桜ちゃん?」

 

 唖然としたその声に間桐桜は振り向いた。彼女の視界に見覚えのある人が映る。

 

「雁夜おじさん……それに……」

 

 お父さん、と続けようとして桜はその言葉を飲み込んだ。

 だがもう父親ではないはずのその男性は、ゆっくりと桜に近づくと彼女の小さな体を抱きしめた。

 

「桜……。よく生きててくれた……」

 

 混乱した桜だったが、その父親だった男性の言葉には心からの心配と安堵と優しさがあった。だから彼女はその暖かさに身を委ねた。

 

「これはこれは……。遠坂家の若造か。勝手にうちの娘に手を出さんでくれるか」

 

 そこに親子の抱擁を断ち切るしわがれ声が響く。

 状況を判断し、立ち直ったのか間桐臓硯が粘着くような目で彼らを見ていた。

 咄嗟に雁夜がその視線から親子を庇うように立ち塞がる。

 それを見た臓硯は驚きと感心にほっ、と声を出した。

 

「なんのつもりじゃ雁夜? お主はその後ろにいる桜を捨てた男を殺す為に、聖杯戦争に挑んだのではないのか?」

 

 臓硯のその言葉を聞いて、間桐雁夜の心に浮かんだ言葉は今更、という言葉だった。

 確かに、かつては時臣を自分の全てを賭けて殺そうと誓った。それは臓硯に誘導されたものとはいえ、間違いなく自分が抱いた望みだ。

 だが、圧倒的な暴力の塊とも言うべきセイバーとの戦い以降、自分のその考えが余りにも小さく思えるようになったのも確かだ。

 

 聖杯戦争? あんな化け物達を喚び出し、コントロールしてやろうと思うこと自体が烏滸がましい。

 

 この老人は災害が人型になったかのような、あのセイバーを直に見ていない。だから……こんな呑気な事を言えるのだ。

 あの怪物に比べると眼前の老人のなんとちっぽけに見えるものか。そしてあの世界を滅ぼさんとした神霊に立ち向かった自分が―――こんな妖怪一匹に恐れなど抱くものか。

 

 バーサーカーが今際の際に言い残したように、セイバーの凄まじさはある意味、雁夜の心に堆積していた鬱屈した物を吹き飛ばしていた。

 それは例えるなら宇宙の広さに比べれば、自分という存在は小さなものだというような単純な考えだったが、そんな単純な考えすら頭に思い浮かべる余地を奪われていた雁夜の心に大きな風を吹かせたのだ。

 自分を前に一切感情を揺らさない雁夜が気に触ったのか、臓硯が更に一歩踏みだそうとしたその時だった。

 娘を抱きしめていた遠坂家の当主が立ち上がって、こちらに杖を突きつけてきたのは。

 

「間桐家の当主よ。貴方とは桜の教育に対する認識に重大な行き違いがあったようだ。申し訳ないが、桜はここで返してもらう」

 

「お父さん……?」

 

 呆然とした表情で桜は父親の顔を見上げている。彼の言っている言葉が理解できないという風に。しかし暫くすると彼女の目から涙が溢れ、少女は泣きながら自分の父親にすがりついた。

 当然それを間桐臓硯が受け入れるわけがない。

 

「一体何のつもりじゃ?遠坂の当主よ。一度は間桐に預けた物を再び返せという。遠坂にとって血筋とは犬猫のように気安く受け渡しできるものなのかのぅ?」

 

「桜の受けた修行の内容については全て、雁夜から聞かせてもらった。魔術の修行と呼ぶのも悍ましい、虐待の数々をね。私は間桐の家に虐待用のペットを提供したつもりはない」

 

「かっかっかっ。それは見解の相違というものじゃ。間桐の家に代々伝わる鍛錬と魔術を外様にとやかく言われる筋合いはないのぅ。彼女は大事な間桐の後継者として次の聖杯戦争の勝者にするべく、儂のほうで念入りな修行をさせておる」

 

「何言ってんだ爺。もう起こらないぞ聖杯戦争なんて」

 

「……は?」

 

 呆れた様子でそう告げた雁夜の言葉に理解が追いつかなかったのか、臓硯の動きが止まる。

 

「見ろよ、このセイバーが作ったクレーターを。魔術協会も聖堂教会も日本政府も揉み消すのにとんでもない金額がかかってカンカンになって怒ってる。もう日本で聖杯戦争なんてさせないってよ。しかもセイバーを倒すために、聖杯の術式である大聖杯は宝具と爆薬でぶっ飛ばした。掘り出すだけで向こう10年はかかるだろうな」

 

「……」

 

 無言になった臓硯はブリキ人形のように鈍い動きで首を回して、時臣を見た。

 止む無く彼も肩をすくめて、事情を説明する。

 

「彼の言ったことは全て事実です。つい先程魔術協会と聖堂教会の実行部隊が到着し、睨み合っています。本来ならそのまま殺し合いになってもおかしくなかったのですが、不幸中の幸いと言うべきか、倒すべき英霊は全て消え、奪取するべき小聖杯は戦闘の余波で消し飛んだようで行方不明、大聖杯は中枢が対軍宝具で粉々になり再起不能。これにより互いに目標がなくなったせいで大人しくしています。

 セイバーが冬木市の地形を変えるレベルで暴れまわったために霊脈も大きく狂い、仮に大聖杯を修復しても聖杯戦争はもう起こらないというのが遠坂家の当主の見解です」

 

 因みに遠坂家もこれからの交渉次第では、セカンドオーナーの地位も剥奪されそうで困ったものです、と溜息をつきながら時臣はそう締めくくった。

 

「……」

 

 臓硯は無言である。

 

「残念だったな。これであんたが聖杯を手に入れることは永遠になくなった訳だ……。おい、なんか言えよ?」

 

 全くの無言の臓硯に不審感を抱いたのか、雁夜が彼に近づく。そして暫く観察して気がついた。

 

「こいつ……。立ったまま気絶してる」

 

「……余程ショックだったのだな。同じ御三家として分からんでもないが。彼をどうするね? 間桐雁夜」

 

「どうもしないよ。このまま放っておけばいい。ちょうど太陽も出てるしその内消毒されるだろ。ついでにこの下の蟲倉にあんたの宝石爆弾でも放り込んで埋め立ててやれよ」

 

「……随分と変わったな。君は。私も正直完全に割りきれているわけではないのだが」

 

「そんなに変わったわけでもないけどさ。気がついたんだ。あのセイバーと戦ったことを思い出せば、大抵の困難なんて困難ですらないってことに」

 

 間桐雁夜のその答えには珍しく遠坂時臣も同意したようだ。

 

「確かに。あの嵐に立ち向かうことに比べれば、これから待っている面倒事は、子供の使いを相手にするようなものだな」

 

 そう言って彼は桜の頭を撫でながら、上空を見上げた。雲ひとつ無い空には、大型の旅客機が飛行し真っ直ぐな人工の雲を作っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその飛行機の中では一人の男が、これから行う計画を練っていた。

 アインツベルンの本家から自分の愛娘を奪還する為の計画を。

 

「切嗣。本当にいいのですか?」

 

 隣の席に座っていた久宇舞弥が切嗣に尋ねる。これから行うことは切嗣の10年を全て否定することでもある。

 だが、彼は憑き物が落ちたようなさっぱりした顔で頷いた。

 

「いいんだ。大事なのはこれからだ。僕は確かにこの戦いで理想も挟持も折られた。でも残っているものがある。ならそれを守るべきだと気がついたんだ」

 

「そうですか……。貴方がそういうのなら私から言うことは特にありません。私は貴方に従うまでです」

 

「ありがとう……。ところでイリヤを取り返す事が出来たら……君も一緒に暮らさないか?」

 

「え?」

 

 切嗣のその言葉に舞弥は珍しく戸惑った顔をした。自分の口走った事を改めて考えて切嗣はしまったと思い、慌てて弁明した。男が女に一緒に暮らさないかなどという言葉は控えめに言ってもプロポーズだ。

 アイリスフィールを失った後すぐにこんなことを言い出すのは、余りにも節操がなさすぎる。そのことに気がついた切嗣は慌てて、言い訳を始めた。

 

「いや、違うんだ。僕一人じゃイリヤをうまく育てる自信がないというか、よく考えたら僕らも長い付き合いだし、そろそろお互いの関係を見つめなおしてだな―――、いや違う、何言ってんだ僕は」

 

 混乱の余り、自分の発言に自分でツッコミを入れ始める切嗣に、舞弥はとうとうこらえ切れず、口元を抑えて笑った。

 

「わかりました。貴方の娘を取り戻すまでには返事を考えておきます。まだまだ考える時間はあるのですから―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その飛行機の下で、一人の少年が、ある老夫婦に別れを告げようとしていた。

 

「じゃあ行くよ。ありがとう、お婆さん」

 

「ちゃんとハンカチはもった? パスポートは? 先に行ったアレクセイさんへのお土産は確認した?」

 

「……お婆さん。子供じゃないんだからそんなに心配しなくても大丈夫だよ。またその内日本にも戻ってきて顔を出すからさ」

 

「そうね。ウェイバーちゃんが帰ってくるまでには家の修理も終わってると思うし」

 

 そんな会話を交わす彼らの上から、トントントンという金槌の音が降ってくる。

 この家の主人であるグレン氏が穴の空いた屋根を修理しているのだ。

 先日の隕石の衝突とそれに伴う大地震のせいで、ウェイバーが冬木市の隠れ家として居候させてもらっていたこのマッケンジー夫妻の家は、随分傷んでしまった。

 まあそれでもこの家は郊外にあったおかげで、冬木市の中では被害が少ないほうである。

 隕石の直撃を受けて消し飛んだ住宅地の住民など恨み事すら言えない。

 

「お爺さん!もうウェイバーちゃんが出発するんだから一旦、降りてきてください!」

 

 そうマーサ夫人が屋根の上に向かって叫ぶ。

 すると屋根の端から金槌を持ったグレン老人が姿を見せた。

 

「もう出発か。気をつけてな。アレクセイくんにもよろしくな!」

 

 そう言ってまた屋根の上に引っ込む。

 マーサ夫人はその態度に怒ったが、屋根の上から楽しげなグレン老人の反論が返ってきた。

 

「なあに。ちょっと旅に出るだけでまた戻ってくるんじゃろう? 今生の別れでもなし、大げさにすることはあるまいよ」

 

「まったく、お爺さんったら……ごめんなさいね、ウェイバーちゃん。時間が出来たらまた顔を出してあげて。あの人、あなたの事本当に気に入ってるの」

 

「うん、また遊びに来るよ。あいつは来れないかもしれないけど」

 

「それでももう絶対に会えないって訳じゃないんでしょ? 私達はここで気長に待ってるわ。気が向いたらいつでも帰ってきなさいね」

 

「ありがとうお婆さん……。じゃあ行ってくる! お爺さんも屋根から落ちないようにね!」

 

 そう言ってウェイバーは手荷物を抱えると、マッケンジー家を後にした。

 数分ほど歩いて、後ろを振り返ると屋根の上に立ったグレン老人がこちらに向かって手を振っているのが見えた。

 

 ―――ほんとに落ちても知らないからな。

 

 歳の割に元気で、そして得体の知れない外国人である自分を笑って受け入れてくれた、お人好しの老人。

 また日本に来たら会いに来るのも確かに悪くない。

 だが、その前に彼は一度帰国して、魔術協会に今回の出来事を報告することになっていた。

 師であるケイネスの聖遺物を盗んだことをはじめとして、弾劾される要素など幾らでもある。下手したらそのまま、処罰されてもおかしくない。一応遠坂家の当主からは同盟のよしみということもあり、擁護の約束も取り付けたが向こうも向こうで弾劾される身だ。あまり期待はできない。

 

 だが、それがどうしたというのだ。

 自分の胸の中には誇りがある。

 綺羅星のごとき伝説の英雄達と、共に肩を並べ、世界を滅ぼさんとする邪神と戦った輝かしい誇りが。

 自分は確かにあの征服王イスカンダルの戦友として、彼と共に戦い、道の半ばで果てた彼の仇を取ったのだ。

 

 彼は自分に言い聞かす。

 これから先、困難が立ちはだかった時は、あの戦いを思い出せと。

 自分は人理を滅却せんとする邪神と戦い、打ち倒した輝かしき勇者達の一員。それが、少々群れてて、実力があって、歴史があるだけの魔術師達なんかに負けるはずがない。多分。きっと。

 

 少年はそんな少年らしい考えと共に、空港へ向かって歩いて行った。

 そこで必要なのはパスポートではなく、この戦いで得た思い出とほんの小さな自信だけ。

 それさえあれば、彼はそこから何処までも飛べるのだ。

 世界の果てを目指した友人のように。

 

 

 

 

 

 

 

 終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ED曲(サブタイトル)へと続く




 後書き


 これにて東映まんがまつり ドラゴンボール/Fate 『激神ザマス! 外宇宙(そと)から来たすげえ(ヤツ)!』は終了です。
 タイトルが違うような気がしますが気にしないでください。
 ここまでお付き合いありがとうございました。
 とりあえず一気に書き終えた今、とても清々しい気持ちと開放感で胸がいっぱいです。具体的に言えば洗脳が解けたような気分。これでもうザマス様の事を考えなくていいんですねやったぁぁぁぁぁあ!!1!1!!
 
 ここから先は後書きというか言い訳です。

 最初はしょうもないネタのつもりで始めたため、タイトルもあらすじもタグも全部アレな上に各話タイトルまでネタ縛りにしたせいで、毎回タイトル考えるのに無駄な苦労をした……ってゴワス様が言っておられました。
 しかし改めて見ると目次からして酷い作品ですねこれ。見た瞬間、護身完成させてブラウザバックしそうなこんな作品に、わざわざ付き合っていただいた読者の方々には感謝しかありません。クソみたいなラーメン屋だと思って、試しに入ったら予想以上にスープのザマス味が濃厚で吐いた! みたいに読者の皆さんが感じてくれれば、作者にとって至上の歓びです。……いかん、まだ洗脳が解けてねえ。

 そもそもなぜこんなSSを書こうと思ったのか、録画して積んでた未来トランクス編をまとめて見たせいか、頭ザマスにでもなってしまったのか。書こうと思った経過を全く思い出せない。しかもなぜFateとクロスさせようとしたのか、甚大な精神的被害を被ったFateファンには申し訳ないとしか言い様がない。すまない。これも全部ザマスってやつが悪いんだ。

 あと作中では基本ゴクウブラックにだけカメラを当てていたため、ギルが真面目だったり、言峰が愉悦しなかったり、雁夜おじさんがあんまり苦しんでなかったり(そうか?)、ウェイバーが自分の人生とかに悩んだりとZEROらしいキャラクターらしさを余り発揮できなかった部分が心残りですが、それは最初の内はダイジェスト風味でカットしてるのと、ゴクウブラックがあんまりにも暴れまわりすぎて、皆目の前の対処に一杯一杯で個人的な悩みとかに思いを馳せてる暇がなかったと解釈しといてください。

 ドラゴンボールの劇場版風味を目指した為、なるべく最後はDB映画らしい清涼感あふれる最後にしました。というかアニメからして、未来トランクスを応援していた全国の子どもたちにトラウマを植えつけそうな酷い最後でしたし、二次ぐらいはね。
 桜ちゃんとかも蟲倉の深さ見たら、部屋と階段合わせるとこれ確実に10メートル以上の深さありそうなので生きてても何も問題ないのです。いいね?
 士郎くんも元は新都の市民会館付近の住宅地に住んでたようですので、多分彼も無事です。
 これで皆ハッピーエンドになったはず……何か忘れてるような……ランサー……ケイネス先生……アサシン……アイリスフィール……殺人鬼コンビ……はいつもどおり……あとなんか巻き込まれた冬木市民……うっ、頭が。いやこれらは原作通り……問題ない……。
 

 という訳でザマスらしい気持ちの悪い言い訳も終わったことだし、この作品をFateファンの皆様に捧げ……られてもきっと困るでしょうし、ザマスファンの皆様に捧げます。
 え? いない? 一人も? マジかよ……。どうすんだこれ(困惑)

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