早坂愛は奪いたい   作:勠b

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白銀圭は話したい3

 丁重に思考を重ね、何重にも策を練り込み下準備も全て順調に終えた計画。

 それらがたった1つのミスで気泡に化すとき。

 それは、当事者からしたら例え難い苦痛と怒りが湧いてくるものだろう。

 その1つが、自分の無知のせいだったのならば尚更。

 

 誰かに邪魔をされたなら、その誰かを恨めばいい。

 環境ならば環境を。物ならば物を。

 憎める何かがあれば、それだけでそれに向かって感情をぶつけるだけでいつか気が晴れる。

 内心恨みを綴るだけでも、直接口で吐くだけでも。

 気が晴れるのだから楽である。

 

 そのミスが自分のせいというのだからたちが悪い。

 そう思いつつ、早坂はすぐ横の自販機で買ったお茶を主に差し出す。

 本日のメインであり、今後の予定の第一歩であった映画鑑賞。

 本来であれば、意中の相手とも言える白銀御行と映画を楽しんだ後は昼食や買い物といった人並みの幸せな時間を満喫する予定を既に組んでいたかぐや。

 映画もそうだが、この幸せな時間をどれ程楽しみにしていたかというのは早坂もよく知っていた。

 映画鑑賞が決まったその日から何度もどう食事に誘うか、遊びに誘うかの相談を連日連夜受けては流していたのだから。

 まともに聞いていては第三者の精神が持ちそうではなかった程度には、彼女の中の楽しみであった。

 

 その想像が全て水の泡。

 更には、普段ならば自室以外の場所では感情的にならない程度には広い心に大きな波紋を広げる程に溢れて割れる。

 途方も無い怒りが。

 

「もう! もうもうもうもう!!」

「かぐや様、人目につきますのでお静かにお願いします」

 

 御行とぎこちない雰囲気で映画館から出てくると、そのまま二言三言交わして離れていく彼にこれまた必至に作ったぎこちない笑みのまま手を振っていた彼女。

 それを見ただけで全てを察した早坂は面倒くさく思いながら合流し、一先ず落ち着こうという事で少し離れた通路に行く。

 直ぐ側の広場とは違い人気の感じさせない空間である事を確認すると、かぐやの方から事の経緯を語り始めた。

 それがついさっきの出来事。

 

 四宮かぐやは令嬢だ。

 映画館なんていう大衆的な場所に行くのは初めてであった。

 もちろん、彼女の幼いころから共に育った早坂は知っていた。

 こんな場所に主が出向いた事が無いことなど。

 ただ、彼もそんな事は簡単に想像できると思っていたし、何ならば共にチケットを引き換えて隣の席に自然と誘導するものだと考えていた。

 一々無料券の使い方や座席を指定する事など説明しなくても大丈夫だろうと。

 何ならば、御行に全て任せた方が話題にもなるだろうと思っていた。

 しかし、現実はそんな誰しも想像する映画館デートとは違う経緯を進んでいたらしい。

 

 共に映画を見るという主目的であり、今回のプランの大前提はある意味では達成できた。

 隣に座り恋愛映画を共に楽しみ合うという肝心要の所だけは出来なかったが。

 曰く、先に列に並んだ御行の後ろに並んでおりそのまま彼だけが先に交換。

 すぐに呼ばれたかぐやはどの席にするかを悩んでいた所を彼に言われたヒントを頼りに選んだら斜め後ろの席になってしまったそうだ。

 ……うわっ悲惨

 そう思いながらムカムカとしている主をベンチを座らせてお茶を差し出している。

 

「だいたい! 会長が悪いのよ!! 

 もっとわかりやすいヒントにするべきだったし、受付に呼び出される前に私に一声かけて一緒に交換するべきだったの! 

 なんですかあれは! 

 あれじゃ、まるで私の隣で映画を見たくないって言ってるようなものじゃないですか!!」

「……初めから映画デートって誘っておけばこんな事にならなかったでしょうに」

「私から誘うわけにはいかないの! 

 恋愛は好きになった方が負け!! 

 仮に今回の件をデートとするのならば会長の方から誘うべきなのよ! 

 それに、男の人から誘うべき事でしょう!!」

 

 一向に興奮が収まる様子はない。

 幸いここに来るための通路は使用人達が適当に邪魔をしているため怖いもの見たさで寄るような人がいないのは幸いか。

 地団駄を踏みながら悔しがるかぐや。

 どうしたものかと考えつつ、引き取ろうとされないお茶を一回離して顎に手を当てて考える。

 

 ここまで上手くいかないというのは予想外だった。

 最低でも映画デートぐらいは上手くいだろうと踏んでいた。

 だからこそ、この後も自分は長く拘束される事になると思っていた。

 しかし、そうではない。

 想像していた夢の一時を過ごすための肝心の最初の一歩を踏み外し、そのまま地の底へと落ちていったという事は当初の予定よりも遥かに終わる時間が早まるということ。

 彼のいるここで解散となれば、自分の足がどう動くかなんて考えなくてもわかっていた。

 しかし

 

「……早坂」

「はい、なんでしょうか」

 

 恨めしそうに自分を見上げるかぐや。

 昨晩の時の楽しさ全開とも呼べる顔はどこへいたのか。

 その楽しみは自分が思っていたよりも天にあったために、上を見すぎて地を見てなかった彼女も悪いだろう。

 気づいた時に自分から合流するなり、離れる彼に直接尋ねておけば済む話だったのだから。

 プライドも高い2人の恋愛は発展しそうにない。

 そう早坂は思いつつ、ならばあなたもと言わんばかりの視線に目線を少し反らした。

 

「赤錆さんがここに来ているんでしたよね?」

「……そうですね」

「あなた、もしかして主を置いて自分だけデートを楽しむつもりかしら?」

「……他の友達も一緒ですよ」

「あなたの事だから強引に抜け駆けしてデートにするつもりじゃないでしょうね?」

「…………」

「…………」

「やだなー☆

 クラスメートと仲良く買い物行くだけだしー!」

「もう行く準備万端な様子ね」

 

 使用人モードから学園でのギャルモードに切り替えた姿を見るとかぐやは呆れながら項垂れる。

 

「……いいわね、貴方はすぐに負けられて」

 

 早坂はさっきからかぐやの言葉を耳から耳へと流していた。

 自分の前ではよく癇癪を起こす。

 自分だけ特別な扱いを受けているようで嫌なわけではないが、全てを受け入れていたら苦痛になってしまう。

 仕事というのは向き合い方だ。

 全てを受け流さなくても十分。流せるところは流さなくては。

 そう思ってはいても、一言だけ頭の中に重く響く言葉はあった。

 

 恋愛は好きになった方が負け

 

 かぐやの恋愛に対する思考で重きを置くその言葉。

 きっとその通りなのだろうと早坂は痛感していた。

 人を好きになった側の自分は、好きと認めている自分は負けている。

 今もこうして主を慰める仕事をしつつも、赤錆の事を考えている自分はいる。

 現にイヤホンは外していない。彼の言葉を聞くために。

 

 もしも、向こうから自分をこれ程に愛していてくれたら。

 こんな風に不安に思うこともないだろう。

 誰と仲良くするのか、誰と仲良くしているのか、誰と仲が良かったのか。

 そんな事をここまで気にする事もなかっただろう。

 それを気にして気が気じゃなくなるのは好きになったほうなのだから。

 敗北者の特典だから。

 好きになられてない自分は、自分を好きでいてくれるように、好きになってくれるように立ち振る舞う事しか許されない。

 その舞台に誰が上がっているのかを常に気にしながら。

 

「……早坂」

 

 今度は不安気に自身の従者を見る。

 とても侍者に見せられるようなものではないその顔に早坂は一瞬言葉が詰まる。

 悟られないように無表情に再びお茶を差し出した。

 

「大丈夫ですよ。

 かぐや様が落ち着くまで私が傍にいますから」

 

 軽い言葉が簡単に出ていく。

 思考もせずに反射的に並べられた言葉。

 それにかぐやは少しだけ嬉しそうに笑いながらお茶を受け取った。

 

 仕事なのだから離れるわけにはいかない。

 そう自分に言い聞かせながら主を見つめる。

 仲間思いの人だ。

 こうして我儘を言って拘束してる事に多少は申し訳無さを抱いている事を早坂はわかっていた。

 同じ恋する女として、好きな人が傍にいるのに行かせないことに悪さを感じているだろうと。

 ただ、自分がこう言えば早坂はここに留まるともわかっている。

 私事よりも仕事を優先することを。

 慰め、愚痴を聞き落ち着かせる事を。

 お互いに気持ちがわかっていた。

 ふと早坂の口角が上がった事をかぐやは見逃さなかった。

 

「なによ! 私が落ち込んでる姿がそんなに楽しいわけ!」

「珍しいとは思いますが、楽しいとは思ってません。むしろ苦痛なので早く切り替えてください」

「うるさいわね!」

 

 危ない危ない。

 そう思いつつ自然に上がった口角を戻す。

 自分の行動と想い人の動きがピッタリと重なった。

 そんな声が片耳が聞こえた。

 それだけで、自然と自分達が繋がってると感じて顔に出ていた。

 行為も目的も違うものだが。

 

 余計に癇癪を起こした主の横に座り考え込む。

 楽しみがなくなった主に対しての励まし。

 他に楽しいことを作ってしまえばそれで気が紛れるし帰った後も「でもあのあと楽しかったですよね」で話題を終わらせられる。

 何かないかと考えながら片耳から聞こえるかぐやの言葉に生返事で相槌をしつつ、最悪主込みでもう片方の声の主の元に行けないかと思考を巡らせた。

 仕事をしつつ私事をこなせないかと集中していく。

 これ以上、自分の心を乱さないでほしいから。

 負けた人に訪れる奪い奪われるんじゃないかという思考の片鱗に恐れつつ、どうにか全てを解決できないかと考えていった。

 

 

 

 

 

 

「はい、お茶」

 

 千花が入っていた店から離れたベンチで礼儀正しく背筋を伸ばして座っていた圭。

 そんな彼女に少し離れた自販機から買ってきたペッドボトルを赤錆は差し出した。

 ただ、彼女はそれをすぐには受け取ろうとしない。

 感謝どころかどこか不機嫌そうにそれを見て頬を少し膨らました。

 

「いくらしましたか?」

「えっ?」

 

 思ってもいない言葉にピクリと一瞬体を震わせ彼女の動きを見つめる。

 それを受け取るどころか、取り出した財布から小銭を触り金勘定を始めながら再び問われる。

 

「そのお茶、いくらしました?」

「え、いや、あげるけど」

「……そういう贈り物とかいりません」

 

 不機嫌そうに突っぱねられる事に予想をしていなかった。

 困った顔をしつつ、でも何処か懐かしさを少し感じていた。

 なんだったろうか。

 と、考え込んですぐにわかった。

 その時の事を思い返しつつ、同じ事を口にする。

 

「これはお礼だよ」

「お礼?」

「そう、千花から助けてくれたから、そのお礼」

 

 そう言って再びペッドボトルを差し出す。

 小銭を数える指の動きが止まったのを見て、もう少しと思いながら言葉を重ねた。

 

「いつもあの店に入るとリボン買ってって聞かなくて。白銀さんのおかげで助かったよ」

「そのお礼ですか?」

「そうそう。これで貸し借り無しで」

 

 そう言いつつ更にと思いながら近づける。

 顔の前にまで来たペッドボトルを渋々受け取りながら複雑そうな顔をした。

 これ以上何かを言われないようにと、彼女の隣に座り早速自分の分を開けて一口咥える。

 視線でどうぞと促しながら。

 

「……何もしてませんよ」

「そんなことないよ。

 そう白銀さんは思ってる事でも助かってる人はいるんだから」

 

 これも言ったな。

 なんて思い出す。

 始めて伊井野と遊びに、もとい外部の見回りに行った時に似たような会話があった。

 ひたすらに受け取ることを拒否する伊井野に対して、感謝と称して送ったら申し訳無さそうに受け取ったこと。

 何回かしていくうちに、どこかへ行くときは何か食べ物を奢っていた気がする。

 実際、彼女にはいつも感謝をしていた。

 自分の正義に則って周りが言えないような、言わないような細かい事まで人に伝え、自分で行うその日々の姿勢に。

 何よりも、どんなものでも美味しそうに食べていた姿が可愛かったという邪な思いもあるが。

 

 またこんな風に遊びに行けるのかな? 

 彼女と遊んだ事を思い返す。

 そんなに昔のことでもないのに、何故だが遠い記憶のように感じていた。

 好きだったのか、そうじゃなかったのか。

 それすらわからないまま結局変な距離感になっている。

 ただ、以前のようにメッセージのやり取りはするようになっているのだから良くなってきているのだろう。

 悪化しているようにも感じているが。

 

 思い返したように携帯を取り出すと、未読のまま何十件も溜まっている事の知らせを見て画面に向かって苦笑した。

 遊びに行くと伝えていたが、どうも連絡が来ないことに怒っているらしい。

『今どこですか?』『何してるんですか?』

 その2つが交互に数分置きに来ている。

 ショッピングモールにいる事をそのまま伝えるのはどうだろう? 

 ここでは最近嫌な思い出があったばかり。

 しかし、他の場所を伝えるわけにもいかない。

 そう思いながら文字を入力していく。

 悩みながらで指が重く、たったの数文字でも数秒の時間をかけた文を送る。

 送った瞬間に画面が勝手に切り替わると、聞き慣れていた着信音が鳴った。

 

 伊井野ミコ

 その名前が真ん中で主張する。

 

「ごめん」

 

 まさか急にかけてくるとはと思いつつ、未だに手にしたペッドボトルを複雑そうに眺める圭に一声かけて席を離れる。

 少しだけ離れて彼女からの電話に応えた。

 

「……もしもし」

「あっ、先輩」

 

 覇気のない声で呼ばれた。

 やっぱり嘘でも他の所にしておいたほうがよかったのだろうか。

 ただ、やっぱり嘘はつきたくない。自分を守るような事は特に。

 息を呑みつつ、伊井野の言葉を待つ。

 

「ショッピングモール、なんだか懐かしいですね」

「うん」

「……春休み、行かなきゃよかった」

「……」

 

 自分自身そう思ってる所はあった。

 他の場所に行っていれば、少なくとも伊井野とは以前と変わりなく過ごせていたのだろう。

 ハーサカにさえ会わなければ。

 彼女の事をここで思い出すのはよくない。

 少しだけ身体が震えた。

 

「……ハーサカさんとは付き合ってないんですよね?」

「うん。付き合ってないよ」

「そうですよね」

 

 彼女からしたらどう映っているかわからない。

 自分が嘘をついていると思われているかもしれない。

 素直に受け取ってくれているかもしれない。

 ただ、覇気のない言葉しかない今ではその胸の内を読み解くヒントはどこにもなかった。

 

「……先輩」

「なに」

「学生恋愛は法的に問題ないです。

 だから、今だけは節度を守って遊んでくださいね。

 結婚したら、もう遊ぶ事は出来ないんですからね」

「…………」

 

 以前会ったときに言われた言葉。

 記憶の保管をするかのように再び重ねられたその言葉だけは、やたらと重みを感じてしまう。

 今だけは許してやる、そう言われているようで。

 まるで自分の未来を決定づけられているようで。

 

「……うん」

 

 何も言い返せずただ相槌をうつだけ。

 それだけで満足したのだろうか、ふふふっと笑い声が聞こえる。

 この時だけは、以前の時と同じ声で何処か安心した。

 自分の知っている、共に過ごした伊井野ミコと話していると少しだけ実感が湧いた。

 

「それじゃ、また連絡くださいね」

「なるべく返すようにする」

 

 そう言って切れた電話を仕舞う。

 さて、そんな風に思いながら圭の傍に戻っていった。

 そのまま何も言わずに横に座る。

 そして静かに考え込んだ。

 

 遊びとは何だろうか。

 こうして遊ぶだけのことはただの遊び。

 伊井野が言いたい遊びは女遊びの事だろう。

 こうして同級生やその妹、そしてその友達とのウィンドウショッピング。

 その休憩として、接点のない同級生の妹の友達という微妙な関わりの人と共にベンチに横並びに座ること。

 これも女遊びと言われるのだろうか? 

 

 と自問してみてすぐに自答する。きっと伊井野は怒るだろうと。

 早坂と放課後に教室で話すだけでも不機嫌そうにしていた彼女。

 そんな彼女がこの場面を見たらきっと癇癪を起こすだろう。

 以前ならば。

 今は、どうなんだろうか。

 きっとさっきと同じ事を言って終わる。

 今だけ、と念を押して。

 言葉を重ねて。

 無理やり飲み込ませるように言葉をねじ込んで行くのだろう。

 

 今だけ

 結婚したら

 俺は伊井野と結婚する? 

 付き合っている……わけじゃない。

 でも

 でも、そんな風に決められているなら

 決めていてくれるなら──

 

「あの」

 

 自暴気味に思考を走らせているとそれを無理矢理止めるように圭は声をかけた。

 赤錆の顔が少し沈んでいた事もあるが、タイミング的にも適切だと彼女は判断した。

 自然な流れだと決めた。

 

「なに?」

「今のって伊井野さん、でしたよね? 

 すいません、携帯の画面が見えて」

「別にいいよ。伊井野からの電話だった」

「……やっぱり付き合ってたんですか?」

「いや、付き合ってない」

 

 言い慣れた言葉だからスムーズに出てきた。

 考える事もなく自然に、反射的に出てきた。

 そう、付き合っていないんだ。

 彼女自身そう言っていた。

 自分自身そう言い続けてきた。

 だから、彼女とはただの友達だ。

 

 何度も同じ事に悩んでいた。

 名前の無い距離感にどう呼ぶべきなのかと。

 そんな時に頼りになる親友は、形がないならただの友達と教えてくれた。

 だから、というわけじゃないが。

 彼女が決めたからというわけじゃないが。

 彼女の言う通りなのだろう。

 そう思うから。

 名前の無い親しい関係なんて大抵が友情だ。

 だから、まだ伊井野と結婚なんて考える事はないのだろう。

 そう思うことにした。

 

「学年違うのに付き合ってるって噂知ってるの?」

「伊井野さんって有名人でしたから。結構噂されてましたよ」

「……そうなんだ」

 

 苦笑気味に赤錆は応えた。

 圭は現在中等部の2年生。

 自分が卒業してから入ってきた進級組の彼女ですら自分の名前と共に伊井野と付き合っているという噂が広まってることに背筋が固まる。

 学園が変わってから会うことは少なくなったが、どうやら自分がいなくても元気にやっていたようで少し安心だ。

 今も友達と共に元気に活動しているのだろうか。

 少し不安だ。

 

「私、赤錆さんとお会いした事があるんです」

「あぁ、言ってたね」

「その時伊井野さんもいたんですよ」

「……?」

 

 不思議そうに圭を見つめる。

 伊井野と自分が共にいる事自体は珍しい事ではなかった。

 しかし、それは中等部を卒業するまで。

 新入生である彼女に会うことはなかったはずだが。

 

「覚えてないですよね」

「えっ! あぁ……」

 

 こういう時に気の利く事を言えた方がいいのだろう。

 しかし、知らないことを知ってるとは赤錆は言えなかった。

 

「ごめん」

 

 少しキョドってからの小声での謝罪。

 その姿に圭は少し笑いながら話していく。

 自分との出会いの話を。

 

 とっておきの話なんかじゃない。

 ただの世間話のような、ごくごく当たり前の話。

 ただ話しておかなくてはいけない。

 

 上から目線で物を送られるのも、勝手なことを言われてプレゼントを渡されるのも余り好きではない。

 特に親しくもない他人から。

 自分が物乞いのように見られているようで寒気がする。

 全てを話してさっさと返そう。

 そう思いながら、話を聞く姿勢に入った赤錆ではなく、渡された未開封のペッドボトルへと視線を移した。

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