何度生まれ変わっても   作:ミズアメ

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第肆拾話 二人なら

「??? ―――?????」

 

 この状況でなにをされたのかまったく理解できず、妓夫太郎の頭上に多数の疑問符が浮かび上がる。

 頬を痺れさせる衝撃。妹に打たれたという事実。

 しかしそれよりも、目尻に涙を滲ませ、今にも泣きそうな顔をしている梅の方が不可解だった。

 

 もう二度と、そんな顔をさせるつもりはなかったというのに。

 

「な、なにを―――」

「それはこっちのセリフよ! お兄ちゃんのバカ!」

「はあ!?」

 

 いきなり罵倒され、妓夫太郎は更に困惑する。

 

 当然、その間も敵の攻撃は続いている。

 多数の帯が、無数の血の刃が、二人に襲いかかっていた。しかしその一切を歯牙にも掛けず、妓夫太郎と梅は言い合う。口論は徐々に苛烈さを帯びていった。

 

「馬鹿はお前だろうが! 今の状況わかってんのか!? 何考えてんだお前なぁ!」

「だってお兄ちゃんが悪いんじゃない! いくらなんでもでしゃばり過ぎだし! しかもさっきから! その飛んでる鎌はなに!? 血鬼術!? 血鬼術なの!? そんなのが使えるなんて、アタシ聞いてないんだけど!」

「俺だってなんで使えるかなんて知らねぇよ! いいからお前は退がってろよなぁ!」

 

 妓夫太郎が、飛来する五つの血の刃を斬り払う。

 その隙を縫って、脇から忍び寄る帯。

 不埒な隠刃を、怒りに任せて叩き落としつつ、梅が食い付く。

 

「でた! お兄ちゃんっていっつもそうよね! そうやって自分ばっかり前に出る! こんな時でもアタシのことを邪険にしてお荷物扱い! だからバカだって言ってんのよ! お兄ちゃんのバカ! バカバカ、おバカ!」

「なんだと!? なんなんださっきから、俺に喧嘩売ってんのかテメェは!?」

「そうよ!」

 

 真正面から、真っ正直に肯定された。

 あまりにも気持ちの良い開き直りっぷりに、思わず妓夫太郎が鼻白む。

 

「―――ほんと頭にくる! 勝手に決めて、押し付けて! アタシのためだって言う癖に、アタシの言うことはぜんぜん聞いてくれない!」

 

 声音に涙の色が滲む。

 しかしそれを懸命に堪えて、飲み下して。梅は自らの思いを吐き、叫ぶ。

 

「確かにアタシはお兄ちゃんと比べれば弱いわよ! なんの取り得もないし、だからいつもお兄ちゃんに助けられてきた! 庇われてた! アタシみたいな足手まといがなきゃ、お兄ちゃんはもっと違う人生を生きられたんじゃないかなって、ずっとそう思ってた!」

 

 ―――それは違う!

 

 妓夫太郎は、そう叫びたかった。

 彼にとって梅は人生の全て。彼女がいない人生など、生きる意味がない。堪えられない。それほどまでに兄妹の絆は別ち難い。

 

 それなら――逆もまた、然り。

 

「でもっ、アタシはお兄ちゃんが大好きだから! アタシは、お兄ちゃんのいない人生なんて、そんなの絶ッッッ対に嫌だから! 絶対離れない! 絶対! ずっと一緒にいたいの! だからずっと頑張ってきたの! お兄ちゃんの自慢の妹になれるよう、アタシ、頑張ってきたよ! たくさん修行して、たくさん努力して! 頑張って剣士になったんだよ!? まだまだお兄ちゃんには敵わないけど、それでも―――」

 

 ―――いっしょに頑張ろうよ! 戦おう!

 

「お兄ちゃんなら分かってよ! アタシの気持ちを分かってよ! 約束したの覚えてないの!? 忘れちゃったのォ!!?」

 

 ―――――忘れる訳がない。

 

 妓夫太郎は、歯を噛み締めた。

 砕けた奥歯が痛んだが、そんなことはどうでもよかった。

 

(クソッ、本当に馬鹿じゃねぇか、俺はなぁ)

 

 激しい後悔の念が胸を打つ。

 梅にまたこんなことを言わせてしまった。また、約束を忘れて一人になろうとしてしまった。その事実が悔しかった。呆れた。許し難いほどに馬鹿馬鹿しかった。

 

 

 ―――俺達は二人なら最強だ

 ―――寒いのも腹ペコなのも全然へっちゃら

 ―――約束する

 ―――ずっと一緒だ、絶対離れない

 

 

 ―――ほら、もう何も怖くないだろ?

 

 

「チッ……」

 

 舌打ちを零す。

 

 ―――思えば。

 まともな兄妹喧嘩なんて、これが初めてだな、と。そんなことを考えた。

 

『さっきからぐちゃぐちゃと―――』

『―――喚いてんじゃねぇよなぁ!』

 

 二体の鬼が気を吹き散らし、多数の攻撃を繰り出す。

 八本の帯全てを動員した攻撃。そして鎌鬼が有する技の中で最大威力・最大の攻撃範囲を誇る“円斬旋回・飛び血鎌”。

 一人では到底捌き切れない猛攻。それを―――

 

「炎の呼吸、伍ノ型――“炎虎”!」

 

 妓夫太郎の、怒り狂える猛虎の如き剣撃が、全て斬り裂いた。

 

『『「―――――」』』

 

 帯鬼と鎌鬼、そして梅までもが、驚愕に目を見開く。

 技を対処された鬼より、むしろ梅の方が精神的な衝撃が大きかった。

 ここまで言葉を重ねてもまだわかってくれないのか――と。梅は俯き、目尻に涙を溜めて、悔しさに歯噛みする。

 

 だが――それは違うと、他ならぬ妓夫太郎が告げる。

 

「―――ったく、お前ぇは本当に頭が足りねぇなぁ」

 

 俺には敵わない? そんな筈ねぇだろうが。

 

 言葉にはせず。憎まれ口だけを叩く。

 それこそが謝花梅の兄、謝花妓夫太郎の姿だから。

 

「お兄ちゃん―――」

「こんな雑魚鬼、俺一人で十分なんだが。しょうがねぇなぁ! たまには、妹に華を持たせてやるとするか! ―――おい梅! そっちの鬼は()()()()()()ぞ!」

 

 背中を預ける。

 文字通り、梅の背中に、妓夫太郎の背が触れた。ぶっきらぼうな衝撃に、少しだけ梅がつんのめる。

 

「―――――」

 

 直ぐには言葉が頭に入ってこなくて、梅は呆けていた。しかし少しずつ――否、見る見る内に、様子が変わってくる。

 今にも泣きそうだった貌は、嬉し気な、いつもの勝気な笑みに。

 凛と咲く華の如く、背筋をぴんと伸ばす。背中に触れる体重を支えるように、しっかりと踏ん張って。そして目の前に立つ敵を見据えた。

 

 相手は己自身。

 鬼だった自分。

 

 記憶がない梅だが、それでもその存在を怖れていた。性質の悪い悪夢のように。

 けれど――今は、恐怖心も忌避感も、全てが跡形もなく吹っ飛んでいる。

 無限の闘志が、胸の裡から湧き上がる。心の奥で、熱い炎が激しく燃え盛っていた。

 

 一人ではない。

 

 一人ではなく――二人なら。どんな相手にも絶対に負けない。

 

 たとえそれが、過去の(おのれ)であろうとも。

 

「征くぞ、梅―――!」

「うん! 任せて、お兄ちゃん―――!」

 

 梅は帯鬼へ。

 妓夫太郎は鎌鬼へ。

 

 それぞれの敵に向かって、二人は全く同時に駆け出した。

 

 * * *

 

 帯鬼と鎌鬼を倒すには、両者の頸を同時に斬る必要がある。

 

 言われるまでもなく梅は承知している。

 無論、全く同時に斬る必要はない。二体の鬼の頸が繋がっていない状態にすればいいのだ。しかし互いに言葉を交わすまでもなく、妓夫太郎と梅は、次の一撃に全てを賭ける心算で行動に移っていた。

 

 理由は、双方にある。

 

(たぶん、お兄ちゃんはもう立ってるだけで限界のはず! さっさと片をつけないと!)

(鎌鬼の“血鎌”には毒があるからなぁ、一つたりとも後ろには通させやしねぇ! 速戦即決――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)

 

 妓夫太郎が臍を固めた。

 大きく後方へと右半身を捻り上げ、低く構えた下半身に力を溜める。

 

『―――! させるかよッ!』

 

 妓夫太郎の構えを見て取るや否や、鎌鬼が吠える。

 魘夢は妓夫太郎の記憶を読み取っている。彼の技は全て識っていた。

 其は炎の呼吸の剣技が誇る奥義。正真正銘、悪鬼を滅殺する紅蓮の刃だ。

 

 先んじて鎌鬼が技を繰り出す。

 

 彼岸から飛来する、荒れ狂う血刃の嵐。通常の“飛び血鎌”と、“円斬旋回”を併用した多重弾幕。これを躱すのは容易ではなく、相手を視認することすらままならない。

 それでも過去――妓夫太郎はこの技を掻い潜り、敵の頸を斬った。

 しかし今同じことをすれば、血の刃は梅を切り裂くだろう。そうなっては元も子もない。

 

 ならば――どうするか。

 

 そんなの、決まっている。

 

 今、此処で。

 

 敵が識らない、新しい技を編み出せばいい。

 

「全集中―――」

 

 今こそ―――

 

 血を燃やせ

 命を燃やせ

 心を燃やせ!

 

 炎の呼吸――鬼ノ型、“灼血神威”

 

 ―――ゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 炎の燃焼音の如く、夜に轟く呼吸音。

 

 限界を超えて力を振り絞る妓夫太郎。その体温は四十を優に超え、心拍数は二百を上回る。

 彼の顔と体や爪にある斑模様の黒い痣が、赤黒く変色した。更に痣の輪郭が揺らぎ、燃え盛る火輪のような形に変化する。

 

「炎の呼吸、蟲ノ型―――(おわり)ノ段―――――」

 

 妓夫太郎が、地を蹴る。()()()

 四方八方にうねる動き。石畳を砕き、地面を陥没させるほどの強烈な踏み込み。

 

(『―――なんだ? こんな技俺は知らないぞ! 速い! 攻撃が読めない!!』)

 

 燃え盛る炎。

 それは精強にして豪然たる炎龍にも、凄惨にして酷然たる百足であるようにも見えた。しかしそれは錯覚だ。視る者に幻を見せるほどに素晴らしい、必殺の技だった。

 

 血の刃を全て喰らい尽くし――炎龍/百足の顎が、鎌鬼を捉える。

 

「―――――“黒縄(こくじょう)蜈蚣(ごこう)”ッ!」

 

 鎌鬼の頸が、断たれる―――――

 

 

 

 

 

 駆け出した梅は、帯鬼の猛攻を浴びた。

 しかし決して止まることなく前進する。

 

(『なんだ、コイツ! さっきまでと動きが全然違う!』)

 

 忌々し気に端整な貌を歪める帯鬼。

 

 一方で、驚きは梅も同じだった。

 

(なに? 今のアタシ、まるでお兄ちゃんみたい―――――)

 

 敵の攻撃が全て解る。

 それは、今までにはない感覚だった。まるで額にもう一つ目玉が出来たかのように、梅は錯覚する。世界を知覚する五識――全ての感覚器官が開き、研ぎ澄まされていた。

 

 彼女が持つ、脳の発達した神経細胞。その真価が発揮された瞬間だった。

 

 その脳機能が発見されるのは――今から凡そ、八十年後の未来。

 

 伊太利の科学者が、人間の脳から『ミラーニューロン』と呼ばれる特殊な神経細胞の存在を見出した。

 これは知性活動における『共感』を司る部位である。

 他者がやっていることを我がことのように感じ取る、霊長類などの高等動物にしか存在しない共感能力。これによって人間は、文字通り『鏡』に映すように、目で見たものを脳内で再現し、直接体験せずとも、その体験を知覚することができる。

 梅はこのミラーニューロンが極度に発達していた。

 今の彼女は兄である妓夫太郎になり切っていた。演技ではなく、()()()()()()。彼と同じように五感を使い、入手した情報を正確に処理。敵の攻撃を読み、正確な対処を可能とした。

 

 感覚は相互に補完し合うことが可能である。

 

 たとえば竈門炭治郎。

 彼は戦闘の際に、彼自身が『隙の糸』と称するモノを知覚する。炭治郎の優れた嗅覚が捉えた特定の臭いを脳が視覚映像として処理し、反映したものだ。

 複数の感覚が繋がり、常人とは異なる世界を脳が知覚する。この特性を指して共感覚性という。

 今の梅は『兄・謝花妓夫太郎』を再現するため、五感全てを連結させ、無意識に高度な演算処理を行っている状態だった。

 

(ああ――お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃんっ!)

 

 胸が高鳴る。際限なく。

 炎みたいに身体が熱くなって、ふわふわと浮足立つ。

 

 

 ―――俺はいつだってお前のことを想ってる。だから、お前も俺のことを想っててくれ。そうすれば、体は離れていても心は離れない。ずっと一緒にいられるんだ

 

 

 かつて、仕事に行く兄から言われた言葉。悲しくなったり辛くなった時に何度も反芻して、その度に勇気と元気を貰った言葉。

 

 それが今一度、梅に力を与える。

 

「そっか――わかったわ、蜜璃さん! これが恋の呼吸なのね!」

 

 ときめきが止まらない!

 

 その想いは健全なものではない。きっといつかは捨て去らなければならないものだ。梅は誰よりも十二分に、そのことを理解している。けれど――今だけは、この恋心に身を預けたいと、そう思った。

 

 

 ―――――お兄ちゃん、大好き! 

 

 

(今ならできる!)

 

 梅は高らかに跳躍し、刀を口に咥えた。

 そして羽織の裾を翻すようにして捲り、その下に隠していた二つの刃を執る。

 

『なにをする気か知らないけど、無駄だよ!』

 

 帯鬼が吠え、梅に先んじて技を行使した。

 

 血鬼術――“八重帯斬り”

 

 それは帯鬼が持つ唯一の攻撃技。

 上から迫り来る、交叉する八本の刃。逃げ場はない。袋の鼠を八つ裂きにする、必殺の一撃である。逃れられるものなど存在しない。身動きの出来ない空中となればなおのこと。

 

 獲った――と、鬼が確信の笑みを浮かべる。

 

 だが、そんなものは錯覚だと。鬼殺の剣士が斬り捨てる。

 

 梅が、遂に背腰の双剣を抜いた。

 

 それは、刀ではなかった。

 

 どのような方法で鍛造されたのか。それは確かに鋼でありながら、しかし二本の刀の刃金は、帯のように柔く撓っていた。長さは通常の太刀の三本分ほど。

 

 月光を浴びる白刃。

 

 その色が――変わる。

 日輪刀。またの名を『色変わりの刀』。その刀身は、持ち主の技量や特性によって色を変える。

 

 鍔元から刃先まで染め上げられたその色は――漆黒だった。

 

 桜色の光沢を帯びた二振りの黒刀が、翻る。

 

 梅が両の刀を振る。

 その瞬間――鍔元にある細工を中心にして、刃が()()()()

 

 重なっていた四枚の刃金が、扇子のように広がる。合計八つ。

 元から自身をも傷付けかねない特異な造りの刀だ。ともすればその危険性は、原型となった蜜璃の日輪刀を圧倒的に凌駕する。しかし梅は持ち前の器用さで、二つの柄から伸びる八枚の刃を、見事に己の手足も同然に操ってみせた。

 まるでそれ自体が意志を持つかのように。敵が繰り出した八本の帯に絡みつく。

 

「全集中――恋の呼吸、弐ノ型! “懊悩巡る恋・八重(やえ)(がさね)”!」

 

 鞭の如く腕を振り上げる。その瞬間、帯に絡みついた刃が、帯をズタズタに斬り裂いた。

 

(未調整の刀でできるのはここまで!)

 

 梅は両手の日輪刀を捨てると、口に咥えていた刀を両手に持つ。

 

 猫のように鮮やかに。危なげなく着地すると同時に、刀を右肩に担いで構えた。

 

「恋の呼吸、壱ノ型――“初恋のわななき”!」

 

 要の戦闘手段であった帯を一時的に喪失し、為す術のなくなった帯鬼へ――ひと息の内に肉薄する。

 振り下ろされる刃。

 

 帯鬼の頸が、断たれる―――――

 

 

 

 

 

「「―――――アアアァァァアアアアアアアアッ!!」」

 

 

 

 

 

 二人は叫んでいた。

 帯鬼と鎌鬼。二体の鬼に変身した眠り鬼の頸が――斬られた。

 

 (ザン)、と。

 

 小気味の良い音が夜空に響く。二つの鬼の頸が宙を舞い、地面に落ちた。

 ごろごろと境内を転がり、石畳の上――間近で見つめ合う二つの頸。それは夢が醒めたように形を変えて、元の眠り鬼の頸に戻る。

 

『『あららぁ、負けちゃったか』』

 

 同時にうそぶく双頭。

 胴体共々、燃えるように崩れて塵と化していく。しかしそれが発した声音には、悔しさや怒りなどといった、敗者の感情は全く見受けられなかった。

 

『『ひとまずはおめでとう。君達の勝ちだよ。よかったねぇ。でもお察しの通り、これは俺の本体じゃない。人と鬼の肉を使って造った人形さ。いくら頸を斬った所で無意味だよ。ご苦労様』』

 

 嘲笑を込めて囁く。

 妓夫太郎と梅は無言で歩き、並び立つと、間近で鬼の頸を見下ろす。

 

『『それじゃあ、いつかまた逢おうねぇ―――――』』

 

「ハン! その時がアンタの命日よ!」

「テメェは必ず地獄に落としてやるからなぁ! 頸を洗って待ってやがれ―――!」

 

 二人は同時に足を上げると、鬼の亡骸を踏み躙った。

 

 間を置かず、鬼の肉体が完全に消滅する。

 それを見届けてから、梅は得意気に胸を張った。

 

「ふふん! どう、お兄ちゃん! アタシもやるもんでしょ? って、あれ―――」

 

 豊かな乳房を揺らし、不遜に笑う。そんな妹を、妓夫太郎は抱き締めた。

 

「お兄ちゃん?」

「………………」

 

 答えず、ただ腕に込める力を強くする。梅の首筋に顔を埋め、何度も頬を擦りつけた。

 その存在が夢ではないようにと、祈るように。

 彼女は現実に生きているのだと、確かめるように。

 

「ふふふ、お兄ちゃんったら甘えんぼね」

 

 優しく微笑みかけて、梅は妓夫太郎の身体をそっと抱き締め返した。

 

 * * *

 

 暗黒の揺り籠。

 

 何も見えない闇の中で、魘夢は楽しそうに、愉しそうに微睡んでいた。

 

『フフフ、楽しみが増えちゃったなぁ。また逢えるのが楽しみだよ、先輩方』

 

 次は、どんな悪夢を見せてやろうかな―――?

 

 ―――ゴウン、ゴウン、ゴウン、ゴウン、ゴウン

 

 怪物が唸るような。闇の中に低く響く奇怪な音。

 

 それを子守歌にして、魘夢は再び夢の底へと意識を沈めていった。




【大正コソコソ噂話】
 このあと妓夫太郎は気絶しました。
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