マキちゃんは魅力的という話。


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語呂が悪いように見えて音数は原作と同じ



眞妃ちゃんを振り向かせたい

 

 秀知院学園生徒会室。

 白銀御行は資料を読みながら、一人四宮かぐやを落とす作戦を考えていた。

 

 そんな彼の元に来客が訪れる。

 不意に響くノックの音。

 生徒会メンバーの誰かだろうかと顔を上げるが、現れたのは脳内候補にはいない人物だった。

 

「失礼する」

 

 扉を開けて入ってきた男子生徒。名を黒岩零夜。

 白銀やかぐやと同じ秀知院学園高等部の二年生だ。

 

「白銀、今日は相談があってここに来た。良ければ俺の話を聞いてくれないか?」

「話──というと?」

「端的に言えば恋愛相談だ」

「……わかった。とりあえずそこに座って待っていろ。茶くらい入れる」

「手伝おう。こう見えて俺は人生で一度も茶を入れたことがないんだ」

「なら座ってろよ。なんで言い出した」

 

 カチャカチャと小気味のいい音を立てながら、白銀は上品に手早く紅茶を用意していく。

 その間手持ち無沙汰となった黒岩は一人でサイコロを転がしていた。思い出すはすごろくゲームでの敗北。来るべきリベンジの日に向け、狙った目を出せるように練習中だった。

 

「……で、恋愛相談だったか」

 

 やがて湯気の立ち昇るティーカップを両手に持って帰ってきた白銀は、片方を黒岩の目の前に差し出すとその対面へと腰を下ろした。

 礼を言いながらカップに指を掛ける黒岩。緊張を解すように茶を一口含んでから、真剣な表情で切り出す。

 

「実は、いつものように眞妃と一緒に翼と柏木の二人を尾行していたんだが──」

「ストップ」

 

 話を途中で遮られた黒岩が非難の目を向けてくる。

 だがそんなものは知ったことではない。そもそも原因は十割が向こうにある。

 聞き間違いである可能性に賭け、白銀は一応の確認を行った。

 

「……今、尾行と言ったか?」

「? ああ、言ったが……」

 

 なんてこった、と天を仰ぎながら顔を覆う。

 一つのカップルを己の助言で成立させた実績を持つ白銀は、自分なら的確なアドバイスができると慢心していた。

 それがどうだ。意気込んで話を聞いてみればまさかの内容。しかも彼にとってはそれが日常となっているらしく、且つその行動に一ミリの疑問も抱いていない様子。

 学年一の頭脳を持っていたとしても、どのような言葉を送るのが正解なのか全く分からなかった。

 応援か。説得か。あるいは通報か。

 悩んだ末、白銀は一先ず状況の把握を優先した。

 

「これは恋愛相談なんだよな?」

「そうだ」

「それがなんで尾行なんて話になる?」

「好きだからじゃないのか?」

 

 分かるような分からないような……。

 とりあえず、目の前の男が横恋慕を企てていることは話の流れから理解できた。

 

「つまり、柏木が好きだが彼氏がいるからどうにかしたい──という相談でいいんだな?」

「は? なんでそうなる」

 

 放たれる怒気。滲み出すドス黒い瘴気はともすれば殺気にも近い。

 いきなりの豹変ぶりに白銀は面食らう。何がそこまで気に食わなかったというのか。

 

「待て、落ち着け。どうしてそんな顔になる」

「どうしても何も、お前が変なことを言うからだろう。俺が柏木のことを好きとかなんとか」

「……違うのか?」

「違うに決まっている。いくら友人とはいえ言っていい事と悪い事があるぞ」

 

 目に見えて不機嫌になる黒岩。

 それに対し白銀は首を傾けた。

 

「好きだから尾行していると今さっきお前が言ったばかりだろう」

「それは俺じゃない。眞妃の話だ」

 

 今度は逆方向に傾ける。

 いくら理解力があろうと、説明が要領を得なければ解読のしようもない。

 

「……つまりどういうことだ?」

「眞妃は翼のことが好きだったんだ。けど自分から告白する勇気はなかったから、いつか向こうから告白してくるその時をずっと待ち続けていた。……まあ、誰かさんの助言で失恋したわけだがな……」

 

 理解する白銀。それと同時に彼は机に腕を打ち付け頭を垂れた。

 黒岩の言った誰かさん。それが自分であると理解してしまったからだ。

 白銀は以前、田沼翼から恋愛相談を受けていた。その時授けた壁ダァンにより田沼は見事告白を成功させたわけだが、まさかその裏で一人の少女の恋が終わりを告げていたとは……。

 誰かの恋愛成就は誰かの失恋。そんなのは当たり前のことだ。一々気にすることではない。

 だがその理由の多くが自分にあるとなれば話は別。

 人並みの罪悪感が白銀を襲った。

 

「それは、その……すまないことをした……」

「いや、それは全然いいんだけど」

「え、いいの?」

「ああ、むしろよくやってくれた。一番のライバルがいなくなってくれて俺としてはすごい嬉しかった。その日の夜はベッドの上で盛大に飛び跳ねたくらいだ」

「そんなにか」

「思わず天井に頭をぶつけちまったがな」

「馬鹿なのか? いや馬鹿だろ」

 

 一度茶を飲みふぅと心を落ち着ける白銀。

 その後改めて現状を俯瞰してみた。目の前には少女の失恋に対して満面の笑みで喜びをあらわにしている黒岩。その姿を見ると何とも微妙な気持ちになる。怒りや悲しみではない。これは呆れの感情だろう。

 理屈としては納得できる。しかしよくここまで堂々と口に出せるものだとむしろ感心してしまいそうだ。

「とりあえず、お前の好きな相手がそのマキって子だということは理解した」

「おお、分かってくれたか」

「しかしマキか……ひょっとして、俺と同じクラスの四条眞妃のことか?」

「そうだ。その眞妃で間違いない」

 

 黒岩は大仰に頷くと、次いで神妙な面持ちになった。

 

「で、だ。問題はここからなんだが……」

「ああ」

「想い人に彼女が出来たはずなのに、眞妃はまだ諦めきれていない様子でな……」

「……それで尾行というわけか」

「翼と柏木がイチャついてる姿を見れば踏ん切りがつくと思ってたんだけどなぁ。はあ、精神的に弱っているところに付け込んで篭絡する作戦が台無しだ」

「ほんと、そういうこと平気で言っちゃうのな。お前」

 

 好きな女を手に入れるためなら何でもする。そういった心意気が伝わってきた。

 その姿勢を自分も見習うべきかもしれない。あまりに曇りのない瞳を見て白銀は危うく道を踏み外しそうになった。

 

「つまり相談事というのは、どうやって四条眞妃を振り向かせるか。ということでいいんだな?」

「それもある。が、今日聞きたかったのはそれじゃない」

「……というと?」

「眞妃と二人で、翼柏木カップルを尾行したって言ったよな?」

「言ったな」

 

 そして話は冒頭に戻る。

 

「これってデートだと思うか?」

「知るか」

 

 心の底から出た本音だった。心の篭ってない心からの三文字だった。

 

「いやいやよく考えてみろよ。男女で二人きり。並んで歩く。しかも距離はほぼ密着状態。これってどう見てもデートだろ。デートだよな?」

「知るか」

 

 今までの前置きは何だったのか。

 そもそも恋愛相談に見せ掛けた惚気ではないか。

 白銀は黒岩の話が途端にどうでもよくなった。

 

 その時、生徒会の扉がゆっくりと開く。

 顔を覗かせたのはちょうど話題に挙がっていた四条眞妃その人だった。

 

「あ、やっと見つけた」

 

 キョロキョロと彷徨っていた視線。

 その矛先が黒岩を捉えると同時、駆け足で寄ってくる。

 

「おう、眞妃か。どうした?」

「どうしたじゃないわよ。早くしないと翼と渚が帰っちゃうじゃない」

 

 眞妃は黒岩の腕を引いて強引に立ち上がらせた。

 

「てなわけだから悪いわね白銀。こいつ借りていくわよ」

 

 返事もする間も与えぬまま、黒岩は眞妃に引き摺られながら生徒会室から出て行った。

 去り際に見たその表情がどこか嬉しそうで、白銀はなぜか無性に腹が立った。

 

「何だったんだ、一体……」

 

 宙ぶらりんな心境のまま仕事に戻る。

 残されたのは白銀と、中身のなくなった二つのティーカップだけだった。

 

 

 

 ****

 

 

 

「うわあああああ聞いてくれよ白銀えええええええっ!!」

「なんだなんだなんだ」

 

 最初の相談から数日後。黒岩は再び生徒会の門を叩いていた。

 その場にいた生徒会メンバーは白銀御行のみ。必然的に一人で対応することになる。

 茶と菓子を出しながら着席を促す白銀。面倒くさい雰囲気を感じつつもしっかりと聞く態勢を整えるあたりに彼の善性が窺えた。

 

「とりあえず一旦落ち着け。話はそれからだ」

 

 ぐびっとカップを一気に呷る黒岩。

 呼吸を整える前の大量液体投入。当然のように噎せ返る。

 

「ゴホッ、ゲホッ、そ、それでだなしろがォエッホイッ! ガフッ」

「だから落ち着け」

 

 その後数秒使ってようやく話せる状態まで回復した黒岩は、はふぅと息を吐いてからどんよりとした雰囲気で語り出す。

 

「いつものように眞妃と尾行デートをしていたんだが……」

「なんだ尾行デートって」

「ならストーキングデート」

「どっちにしろデートじゃ……いや、お前がそれでいいならいいんだけどな?」

 

 本人が納得しているなら何も言うまい。話を進めるために白銀はツッコミを放棄した。

 

「ある時ふと言われたんだ。『なんでいつも私に付き合ってくれるの?』ってな」

 

 芝居じみた動きとハイクオリティな声真似。

 どうしてだろう。煽っているようにしか見えない。

 白銀は動き出しそうになる右腕を必死に抑えつけた。

 

「答えられないでいると何をどう解釈したのか、『分かった、零夜ってば渚のことが好きなのね!』……だってさ……はは、ははは、ははははは……うぅ……」

 

 後半になるほど尻すぼみになり、言い終えると同時に泣き崩れてしまう。

 その様子を見た白銀はあちゃーと額に手をやった。

 

 ──まさかそんなことになるとは。

 

 そんな台詞が頭に浮かんだが、しかし直ぐに考えを改める。

 

 ──いや、よく考えたら普通の成り行きじゃね? 

 

 先日、自分も黒岩が渚に好意を寄せていると勘違いしたことを白銀は思い出した。

 つまりこれは不幸なすれ違いなどではなくむしろ当然の結果と言える。

 そういうことになった。した。

 

「素直に心の内を告げれば良かったんじゃないか?」

「それが出来れば苦労はしない」

「……ヘタレめ」

「は?」

 

 突如放たれる威圧的な視線。

 黒岩はその場で立ち上がると、真っ直ぐ伸ばした人差し指を白銀の顔へと突きつける。ビシッという効果音が聞こえそうなほど見事な指さしだ。

 

「それで関係が発展するならとっくにしてるわ! してるんだわ! でも無理なものは無理なんだよ! こちとら気持ちを伝えりゃどうにかなる段階には入ってねーんだ! お前と一緒にすんな!」

「え……は? お、俺がなんだって?」

「うるせえ気づかねえとでも思ってんのかこのアホ天才! 両想いのくせしてグダグダ結末を引き伸ばしやがって! 見てる側の身にもなれってんだ! あーいいですよねぇ。告白したら成功が約束されてる奴はよぉ。……チッ、こっちの気持ちも考えろっての死に晒せ」

「酷すぎないか?」

 

 相談を受けている側のはずなのになぜか文句を言われる始末。

 扉から叩き出すか。窓から放り投げるか。人として行うべき当然の制裁方法を白銀は真剣に考え始めた。

 

 と、その時。

 タタンッ、タタンッ、という何かを打ちつけるようなリズムのいい音が扉の外から聞こえてきた。

 それがスキップによって奏でられたものだと理解すると同時、この生徒会室に近づいてくる人物が誰であるかも凡そ予想がついた。

 

「こんにちはー。何やら面白そうな気配に釣られて来ちゃいましたー……って、あれ? 黒岩くんじゃないですか」

 

 ぽわぽわとした空気を纏わせながら入ってきたのは生徒会書記である藤原千花。

 混沌に包まれた生徒会室というかなり高い確率で訪れるであろう未来を幻視した白銀が表情を強張らせる。

 白銀とかぐやの恋愛頭脳戦。千花は往々にしてそれを邪魔する立場にある。

 本人にその気はないのだろうが、白銀から見たら結果的にそうなる場合がほとんどだった。故に、彼女の前で恋愛事の相談は基本的にNG。それが被害者である白銀の見解だった。

 

「ラブ探偵……!」

 

 が、黒岩にとってはそうでもないらしい。

 千花の姿を見るや否やキラキラと目を輝かせ始めた。いつの間にか暗い雰囲気は霧散している。まるで心強い味方が現れたとでも言いたげだ。

 白銀からしたら全くもって理解不能だった。かぐや、石上の二名がこの場にいたら同意してくれていたはずだ。

 しかし残念なことに、今の白銀は少数派に配属されていた。

 だがまあ、黒岩がそれでいいならとやかく言うつもりもない。どうせ自分に被害はないのだから。

 

「ちょうどいい所に来てくれた。ラブ探偵、調査の方はどうなった?」

「調査?」

「眞妃が俺の事をどう思っているのか、それとなく聞き出してもらえないか頼んでいたんだ」

「……人選ミスじゃないか?」

「あっ、会長酷い! ラブ探偵であるこの私を侮辱しましたね!」

「さっきからなんだそのラブ探偵って」

「それはですね──」

「いや、説明はいい。早くその調査結果っというやつを聞かせてやってくれ」

 

 ソワソワしている黒岩を見兼ねて──というよりは無駄話を聞く手間を省くために白銀は千花にそう促した。

 

「では、マキさんから得た情報を発表しますね」

 

 犯人を指名しトリックを暴く時の探偵のように。

 千花は意気揚々と自分の成果を語り出す。

 

「マキさんが黒岩くんをどう思っているかですが……そもそも異性として見られてないです」

「グハッ!」

「黒岩!?」

 

 想像し得る限り最悪の結果に黒岩が倒伏する。

 

「黒岩くんの魅力を聞いてみたところ、同性のように気安く接することが出来る点という回答が得られました」

「ガフッ!」

「加えて黒岩くんが渚さんを好きであると勘違いしてまして、その恋を私も応援したいと仰られてました」

「グへッ!」

「結果から言うなら、今告白しても成功する確率はゼロに近いと思います」

「ア、アバッ、アバババババババ」

「黒岩ァァァ!!!」

 

 黒岩は地に伏したまま痙攣し、やがて動かなくなった。

 

「お、おまっ、藤原ァ! どうしてこんな惨い仕打ちを!」

「私は人の恋路を応援するラブ人間であると同時に探偵ですからね。真実を隠すような真似は出来ません」

「やかましいわ!」

 

 探偵帽のつばを指で挟みながら窓の外を儚げな瞳で見つめる千花。

 そんな彼女には目もくれず、白銀は黒岩の蘇生に動き出した。

 

「大丈夫か黒岩! しっかりしろ! 傷は浅いぞ!」

 

 そう呼び掛けるが返事はない。

 誰がどう見ても致命傷だった。

 

 直後、生徒会室の扉がトントンとノックされる。

 白銀は表情を険しくした。現れるのは救世主か。はたまた更なる混沌か。

 出来れば石上あたりがいい。正直、来客に気を回す余裕など今の生徒会には存在しない。

 

「失礼しま……え、この状況なに?」

 

 顔を覗かせたのは田沼翼だった。

 柏木渚の彼氏であり四条眞妃の想い人。そして黒岩零夜の恋敵。

 これはどうなのだろうか。アウトなのか。セーフなのか。

 黒岩と田沼の関係はそれなりに良好だと思われる。それが口調や態度から導き出した白銀の判定だった。

 願わくば、これ以上被害が増えないことを祈るばかりだ。

 

「……翼、か」

「あ、うん。そうだけど……」

 

 床に突っ伏したまま話す黒岩に田沼は困惑の表情を見せていた。

 当然の反応だった。

 

「彼女はどうした?」

「あはは、それがちょっと喧嘩しちゃってね」

「……は?」

 

 黒岩が突然跳ね起きる。気持ち悪さとカッコ良さを半々に兼ね備えたような起き上がり方だった。

 まるで死骸だと思っていた虫がいきなり暴れ始めた時のような予想だにしない覚醒に、思わず白銀は声を上げながら仰け反った。

 

「おまっ、バカ! 彼女とはちゃんと上手くやんなきゃダメだろうが!」

「いや、でも……向こうがなんで怒ってるのかも分からなくて……」

「俺が相談に乗ってやるから! 一時間でも二時間でも話聞いてやるから! な?」

「……うん! ありがとう!」

 

 そのまま一緒に下校するのだろう。肩を抱き合いながら、田沼と黒岩の2人は生徒会室から出て行った。

 男同士の友情劇に感動したのか、千花は片手でつばを持って帽子を深くかぶり直しながらしきりに頷いている。

 しかし白銀には分かる。あれは断じて友に対する情などではない。自分の利を第一に考えた、恋に溺れた醜い人間の偽善行為だ。

 千花の手によって即死レベルの現実を叩きつけられた黒岩。そんな折に田沼柏木カップルが別れてしまえば、それこそ本当にトドメになってしまう。

 首の皮一枚繋ぐための必要な措置。

 悲しいことに、白銀にはその気持ちが少しだけだが理解出来てしまっていた。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

「白銀白銀白銀!」

 

 夏休み明け初日の放課後。

 生徒会室に来客が訪れた。すでにお馴染みとなっている黒岩零夜だった。

 

「黒岩か。夏休み中は会う機会もなかったし、このやり取りも随分久しぶりに感じるな。……で、今度は一体何があったんだ?」

 

 そこが定位置であるかのようにソファに腰掛けると、黒岩はやや興奮した様子で話し出した。

 

「希望が見えてきたかもしれない」

「……マジか」

 

 正直なところ、黒岩の恋が実る可能性はかなり低いと考えていた。

 それがここに来てようやく進展を見せたらしい。夏休みに何かがあったことは明白だ。これまで何度か相談を受けている白銀としてはかなり気になるところだった。

 

「具体的には何があったんだ?」

「眞妃がポツリと、『私も新しい恋見つけなきゃなのかなぁ』って呟いてるのを聞いたんだ」

「おおっ」

 

 朗報だった。未練という名の最大の障害が取り除かれようとしている。これ以上ないくらいの進展と言えた。

 

「尾行している時に、偶然翼と柏木がラブホに入っていくのを見たのが大きかったのかもな」

「ブフーッ!」

「おわっ、危ね!」

 

 白銀が吹き出した紅茶を黒岩は素早い動きで回避する。

 

「どうしたいきなり」

「どうした、じゃねえ! おまっ、ラ、ラブホって……」

「ああ、二人がキスしてるとこなら何回か見てるんだが、それでも眞妃は諦めなかった。だから今回の件はまさに僥倖だったな。ヤる事ヤってるって分かれば流石の眞妃でも踏ん切りがつくだろう」

 

 友人とその彼女の性事情を盛大に暴露していく黒岩。

 聞いてはいけないことを聞いてしまい、白銀は反応に困った。机と床を拭きながら頭を悩ませる。これからどんな顔をしてあの二人と接しろというのか。

 

「……いや、ちょっと待て。帰り道をつけるならまだしも、その出来後は夏休み中にあったんだろ? 一体どうやって二人の行動を把握したんだ?」

「ああ、それなら簡単だ。翼、柏木、眞妃の三人のトークグループがあってな。デートの日程とかはそこで話し合って決めているらしい」

「なにそれむごい」

 

 平然と行われるえげつない行為に白銀は真顔で引いた。あまりにもあんまりな仕打ちだった。

 

「ん? 三人? そのグループにお前は入ってないのか?」

「ああ、なんかハブられた」

「へ、へー……そうなのか……」

 

 想い人が他の女とイチャつく様子を見せつけられる眞妃とそもそもメンバーにすら入れてもらえなかった黒岩。両者を比べた場合、果たしてどちらがより不幸と言えるのか。

 聡明な白銀は、その結果を導き出す前に考えを打ち切った。結論に至ったところで得など一つも無いと悟ったのだ。

 

「随分と破廉恥な事を話していたようですね。外まで声が漏れてましたよ」

 

 扉が開き聞こえてきた声に白銀がビクリと肩を跳ねさせる。

 二人の会話は間違っても人に聞かせるような内容ではない。異性となれば尚更だ。

 しかも相手はあの四宮かぐや。白銀は必死に言い訳を考えた。

 

「ここは神聖な生徒会室。下品な会話をするなとは言いませんが、時と場所はきちんと考えてほしいものです」

「えー、かぐやさんだって興味津々な様子で盗み聞きしてたじゃないです──」

「藤原さん。黙りなさい」

「もごもご」

 

 余計なことを言いそうに──というかほとんど言った藤原千花の口をかぐやが押さえる。

 その後ろから石上優もおずおずと姿を現した。生徒会メンバー揃い踏みだ。

 

「まだ、諦めてないのですね」

「これはこれはかぐや嬢。ご機嫌麗しゅう」

「学校でその呼び方はやめてといつも言ってるでしょう」

「会合以来ですね。お久しぶりです」

「会話をしてください」

 

 はぁ、と疲れたように額に手をやるかぐや。

 一方白銀は驚いた様子で両者を見比べていた。

 

「……あの二人って知り合いだったのか?」

「はい。私も詳しくは知りませんが、黒岩家は四宮家に縁のある家系らしいですよ」

「そうだったのか」

「なんでも古くから四宮家に仕え、諜報や暗殺を生業として四宮家に貢献してきたとか。現代では形態は変わっているらしいですが、それでも黒岩くんは幼少から血の滲むような訓練を受けていて一子相伝の技術のほとんどをすでに受け継いでいるんです」

「なんですかその漫画みたいな設定。……えっ、もしかしてマジなんですか?」

「それに何が詳しくは知らない、だ。めちゃくちゃ知ってるじゃねえか」

 

 千花の説明を聞いて何とも言えない顔になる白銀と石上。

 側仕えの早坂愛などとは違い、その事実を隠している訳ではないので知っている者は一定数存在しているらしい。

 そんなに簡単に広めていいのだろうか。不都合の方が多そうな気がするのだが。

 しかし黒岩の性格的に、確かに隠し事には向かないだろうなというのが白銀の意見だった。諜報とは何だったのか。

 

「そもそもなぜよりにもよって四条の人間なんですか……。言ってくれれば、あなたの相手くらいこちらでいくらでも見繕うことも可能だというのに……」

「悪いなお嬢。それは無理だ」

「そんなにも眞妃さんがいいんですか?」

「ああ、眞妃じゃなきゃダメだ。というか眞妃以外の女性に興奮しない」

「……それは、なんというか……重症ですね」

 

 悩む素振りを見せるかぐや。

 一途なことは美点だが、これは度が過ぎている。特殊な環境で育った弊害だろうか。

 

「例えば、藤原さんとかもダメなんですか?」

「えっ、私ですか!?」

 

 突然名指しされ慌てる千花。

 かぐやは千花のことを基本的に敵視しているし、何かある度に呪ったり恨み言を吐いたりしているが、それでも友人として認めている部分は多かった。

 何回か告白をされたこともあるという情報から彼女がモテるという事実も確認済みだ。こういうのが好きな男もいるのだろうなくらいの認識はあった。理解できるかどうかは別の話だが。

 

「ラブ探偵か。確かにラブ探偵のことは個人的に可愛いと思っている」

「えへへ、照れますねぇ」

「それに見た目だけじゃなく性格も悪くない。適当そうに見えて努力家だし、相談をすれば嫌な顔一つせず聞いてくれる優しさもある。お世辞にも性格がいいとは言えないかぐや嬢と長年付き合えてる時点で、そこら辺の女性とは一線を画す器量の良さを兼ね備えていることは明白だろう」

「にゅふふふ、褒めすぎですよ〜」

「だがすまん。異性として見たことは一度もない」

「あー、上げてから落とすパターンでしたかー」

 

 途端に真顔になる千花。

 女として見ていない。それは最大限の侮辱に等しい暴言だった。

 先程までのべた褒めはなんだったのか。そう言いたくなるような熱い手のひら返し。いきなり顔面を殴られても文句は言えないだろう。

 しかし発言した当の本人は意外にも申し訳なさそうな顔をしていた。酷いことを言った自覚はあるようだ。だが反省はしていても訂正する様子がない当たり、今の言葉がどこまでも本音であることを理解させられてしまう。

 黒岩零夜が紛うことなき変人であることは今や誰の目から見ても明らかだった。

 あれだけ好印象でダメなら他の人間でも無理だろう。かぐやは匙を投げた。天才にも出来ないことはある。人の心を変えるなどまさにその最たる例だ。

 

「仕方ないですね。ならせめて──」

 

 その瞬間。

 前触れもなく生徒会室の扉が開かれた。

 

「お邪魔するわよー。あっ、やっぱりここにいた」

 

 現れたのは、黒岩の想い人である四条眞妃だった。

 

「ほら、早く帰るわよ」

「ボランティア部の活動はもう終わったのか?」

「終わったわ。というかあんたも部員でしょ。ちゃんと参加しなさいよ」

「いやぁ、あの甘々な空気に耐えられなくて……」

「私はその空気の中に一人で放り込まれてるんですけど!?」

 

 ボランティア部。それは田沼翼、柏木渚、四条眞妃、黒岩零夜の四名で形成された、田沼柏木カップルの、田沼柏木カップルによる、田沼柏木カップルのための部活だった。

 

「眞妃さん」

「あら、おば様。いたのね。千花と白銀と石上にしか気づかなかったわ」

「随分と器用に見落とすのですね」

 

 家柄的に敵対関係にある眞妃とかぐやが火花を散らす。

 本人同士は別に嫌い合っている訳でもないのに出会えば毎回挑発するように軽口を交わしてしまうのは、両者が似た者同士で非常に面倒臭い性格をしているが故だった。

 こういうところからも血縁であることが窺える。一人ほのぼのしている黒岩は楽しそうに頷いていた。

 

 その様子を見て白銀が石上に耳打ちする。

 

「おい、あの光景を見て笑っているぞ」

「暗殺者の家系って言ってましたからね。先輩にとって、命の関わらないやり取りは等しくお遊びなんでしょう」

「龍虎の睨み合いさえもあいつにとっては小猫のじゃれ合いに同義──か」

「むしろあの人が怒ったらヤバそうですね。文字通り殺されると思います」

「二人は黒岩くんのことをなんだと思ってるんですか?」

 

 したり顔で何か言っている生徒会男子メンバーたちに対して千花が呆れたようにツッコミを入れる。

 石上はともかく、白銀もいつもより活き活きしてるように見える。

 黒岩零夜。彼の設定というか生い立ちからは、軽く聞いただけでも少なくない浪漫が感じられた。男の子ならば誰もが一度はそういうものに憧れるもの。残念ながら、一般女子生徒の範疇に留まっている千花には理解できない領域だった。

 

「先に彼と話していたのは私の方です。それが後から来てなんですか。邪魔しないでください」

「はあ? そんなのおば様には関係ないでしょ」

「関係ならあります。彼は四宮家の所有する人間ですからね。もし会話がしたいというのなら許可を取ってからにしていただかないと」

「……! そんな、人を物みたいに……っ!」

 

 鋭い視線がかぐやを射抜く。

 お巫山戯やお遊びではない。かなり本気の怒気だった。

 

「あら、気に触りましたか?」

「当然でしょ! 零夜は私の大切な友人よ! 侮辱するような真似はこの私が許さない! たとえ相手が誰であってもね……!」

「そうですか。彼のために、そこまで怒れるのですね……」

 

 向けられる敵意を、しかしかぐやは涼しい顔で受け流す。

 

「なら、そろそろ誤魔化すのはやめたらどうですか? 彼の気持ちは分かっているのでしょう? なら、あとはあなたが素直になればそれで済む話のはずです」

「うぐっ……」

「大切だというのなら、もっと真剣に向き合うべきでは? 口だけでなく行動で示してください」

「そ、それは……」

 

 さっきまでの勢いはどこへやら。

 かぐやの指摘を受け、眞妃は途端に弱腰になった。視線が所在なさげに空を彷徨う。

 

「人は過去には戻れません。終わってからでは遅いのですよ?」

「……分かってるわよ。そんなの、他の誰でもない私自身が一番よく分かってる……。おば様に言われるまでもないわ……」

 

 心のこもった台詞だった。

 理解しているのならこれ以上何か言う必要もないだろう。かぐやは矛先を収めて眞妃から視線を外した。

 

「帰るわよ、零夜」

 

 口を尖らせた眞妃がやや強引にそう促す。

 

「話はもういいのか?」

「どう見ても終わったでしょ」

「いや、なんか喧嘩腰だったけどいいのかなって。お嬢と仲良くなりたいってこの前言ってたのに」

「なんでそれを今言っちゃうの!?」

 

 顔を赤くして叫ぶ。

 居心地の悪さを感じた眞妃は、零夜を引っ張りながら逃げるようにして生徒会室を後にした。

 

 

「……かぐやさん! 今の話って、もしかしてそういうことなんですか!?」

 

 二人がいなくなり生徒会メンバーのみとなった空間で、千花は興奮気味に目を輝かせながらかぐやに詰め寄った。

 一方で眞妃とかぐやの会話を聞いていなかった白銀と石上は黒岩のルーツを予想して盛り上がっている。

 男連中のアホさ加減にはぁと呆れるかぐや。おそらく黒岩本人も話の内容を半分くらいしか理解していないだろう。付き合いがそれなりになるかぐやには反応の機微からそれを察することが出来た。

 かなり露骨な会話だったはずなのに何故なのか。あとはなるようになれと心の片隅で彼の恋路を応援しつつ、かぐやは思考を白銀御行をどのように陥落させるかという方向へとシフトさせた。

 

 

 

 ****

 

 

 

「俺は決めたぞ白銀」

 

 黒岩にとって第二とホームとなりつつある生徒会室。

 彼は生徒会メンバーが集まる中心で声高々に宣言した。

 

「次のテストで学年三位に入れたら眞妃に告白する!」

 

 シン……と静まり返る室内。

 突如発せられた重大発表を理解するのに皆が時間を要していた。

 そんな中いち早く放心状態から復活した白銀は、その場にいる者を代表して質問を返す。

 

「『ついにこの日が……』とか『勝算はあるのか?』とか聞きたいことは色々とあるがまずはそれよりも先に……なぜ三位なんだ?」

 

 当然の疑問だった。

 一位でも二位でも十位以内でもなく三位。そこにどんな意味があるというのか。

 

「正直、白銀とかぐや嬢に勝てる気がしない」

「いや、お前はそれでいいのか? 俺が言うのもなんだが……」

 

 しかしよくよく考えるとこれは自分にとっては好都合なのではと思い至る白銀。

 例えば彼が一位を目指した場合。障害になると分かっていても、それでも白銀は真面目に試験に挑むだろう。だが気にはなってしまう。自分のせいで告白できなくなるという話になれば、無意識のうちに手を抜いてしまうかもしれない。

 だが三位狙いだというなら関係ない。なんの懸念もなく全力を出せる。

 それはかぐやとて同じだった。

 

「ところで黒岩くんは前回何位なんですか?」

「確か15位ですね」

 

 千花の問いにかぐやが答える。

 

「流石かぐや嬢。もしかして全員分の成績を覚えているんですかい?」

「張り出された50人くらいならば」

「これはこれは、おみそれ致しやした」

「どうでもいいがその口調どうにかならないのか? 違和感が凄まじいんだが」

「目上の相手にはそれ相応の話し方というのがあるだろ白銀」

「いや、別に丁寧にもなってないだろ」

「いっそ無口キャラとか似合うと思いますよ」

 

 石上の提案は全員にスルーされた。

 

「ちなみに眞妃さんが前回三位です」

『ああー』

 

 かぐやの言葉に全員が納得する。その中でも最も共感を示していたのは白銀だった。

 自分のことを意識させたくて、毎回テストで学年一位の座に君臨し続けていたかぐやを引き摺り下ろした過去を持つ白銀には、黒岩の抱える男心というやつが一番身近に理解できていた。

 それに大体の場合、自信を持っていない人間より自信を持っている人間の方が魅力的に映るもの。

 悪い手ではない。問題は難易度の高さくらいだろうか。

 学年三位を舐めてはいけない。高い偏差値を誇る秀知院学園の成績上位者たちは誰も彼も猛者揃いだ。

 

「勉強を見てほしい、という訳ではないんだよな?」

「ああ、そこは問題ない。こういうのは自分の手で掴み取らなきゃだしな。なあに心配すんな。俺には一家秘伝の記憶術がある」

「なにそれ」

「悪いな。門外不出だから説明は出来ないんだ」

「あ、そう」

 

 一家秘伝の技術をすでにストーカー行為に使用していた黒岩だ。今更勉強で使うことに躊躇いを覚えるはずもない。

 

「テストで三位に入り込めたとして、その後告白が成功する算段はあるのか?」

「ふっ、俺は勝てない戦いはしない主義だぜ? 当然そこもすでに調査済みだ。チカチカ診断によってな」

「チカチカ診断」

「はい。黒岩くんが現段階でマキさんに告白するとした場合、成功する確率は50%以上はあるかと思われます」

「50%か……。いや、最初ゼロだったことを考えたらそれでもだいぶ進歩はしてるんだが……」

「そもそも藤原先輩の判断って時点でアテになりませんよね」

「あ、石上くん酷いです!」

 

 石上の言うことも最もだと思う白銀。そもそもなぜ黒岩は千花に対してここまでの信頼を寄せられるのか。それが分からなかった。以前あった出来事をもう忘れたのだろうか。

 加えて勝てない戦はしないとかいいつつ半分くらいは負けると来た。考えれば考えるだけむしろ作戦に穴しか見当たらない。

 白銀の心の中の不安が少しずつ増大していく。

 

「……そんなに焦らなくてもいいんじゃないのか? 今までじっくりやって来ただろう。もう少しタイミングを図ってもいいのではないかと俺は思うんだが……」

「いや、俺はやる! 今だ! 今しかない! 眞妃が誰かに取られてからじゃ遅いんだ!」

 

 黒岩は変なところで頑なだった。

 

「これ、どう見ても失敗フラグですよね。僕でも分かりますよ」

「やっぱそうだよなぁ……」

「止めた方がいいんですかね」

「……止まると思うか?」

「…………」

「…………」

「絶対大丈夫! 確実に成功する! なんかよく分からんけどそんな気がするんだ!」

 

 これはダメかもしれない。

 白銀と石上の意見は驚く程に一致した。

 

 どうにか考えを改めさせる必要がある。これでは黒岩の失恋フラグが気になりすぎて勉強に集中できない。

 何か方法はないのか。そんな白銀の思考は、扉をノックする音によって中断させられた。

 

「失礼します」

 

 四条眞妃ではない。

 田沼翼でもない。

 やって来たのは柏木渚だった。

 

「……なんでお前が」

「ごめんね、マキちゃんじゃなくて。なんか急な用事が入っちゃったらしいよ?」

 

 携帯を確認する。

 確かにそのような旨のメッセージが眞妃から送られて来ていた。

 

「……彼氏はいいのか?」

「うん、先に帰ってもらったから」

「なんだ? 破局の危機か?」

「ううん、今日はお家デート」

「……そうか」

 

 交際は順調らしい。余程のことでもない限りは田沼がフリーになる可能性はかなり低そうなのでそこは安心できる。

 付き合って数ヶ月が経とうと、黒岩にとっては田沼翼が最大の障壁であることに変わりはないのだ。

 

「で、なんでここに来た?」

「黒岩くんと一緒に帰ろうと思って」

「……は? 俺と?」

「うん。この前『二人って仲悪いの?』ってマキに言われちゃってね。そんな事ないって言っておいたけどまだ少しだけ疑っているみたい」

「……なるほど」

「だからこれは仲が良いアピールみたいなものかな。マキを心配させるのは黒岩くんも望んでないでしょ?」

「まあ、な……」

 

 渋々ながらも黒岩は渚の言葉に納得したようだった。

 

「というわけだ。悪いな」

「みんなまたね」

 

 二人は並んで生徒会室を後にした。

 話の流れ的に、このまま一緒に帰宅するものと思われる。

 彼氏持ちの渚と眞妃が好きだと公言している黒岩。周囲から妙な邪推を受けそうな組み合わせだ。そこら辺は問題ないのか微妙に心配になる。

 

「ところで、あの二人って仲悪いのか?」

「さあ。僕にはなんとも」

「黒岩くんと柏木さんが惹かれ合うパターンも面白そうですけどね。三角関係を飛び越えて複雑な四角関係が見られそうです」

「藤原さん、趣味が悪いですよ」

 

 田沼翼と柏木渚は恋人同士。

 四条眞妃と柏木渚は友人同士。

 田沼翼と黒岩零夜も友人同士。

 田沼翼と四条眞妃は一方通行。

 黒岩零夜と四条眞妃は発展段階。

 

 なら、黒岩零夜と柏木渚の関係性は? 

 小さな疑問が生徒会メンバーの中に渦巻いた。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 それから時は流れ運命の日。つまりは試験結果発表当日。

 黒岩零夜は緊張した面持ちで廊下を歩いていた。

 四条眞妃に告白するか否かが決定する瞬間がついにやって来たのだ。冷静であれというほうが無理な話だった。

 秀知院学園ではテストの度に学年上位50名が人目のつくところに張り出される。

 故にその場所には自分の順位を確認しようと多くの生徒たちが集まっていた。人混みの中には白銀御行や四宮かぐやの姿もあったが、今の黒岩には彼らに気を使っている余裕など存在しない。

 

 ──大丈夫。やれるだけの事はやったはずだ。

 

 自分を安心させるように心の中でそう呟く。

 別に今から告白する訳ではない。所詮は行動を決めるための前段階に過ぎない。

 だというのに、人生で一番とも言えるくらいに緊張しているのは何故だろうか。

 三位に入りたいのか。それとも入りたくないのか。

 それすらも今の黒岩にはよく分からなかった。

 ただ結果を知るためだけに目的地へと進む。

 歩みが止まるようなことはなかった。

 決して振り返らず前だけを見続ける。

 それが黒岩零夜の生き方だった。

 

 ──どうだ!? 

 

 そして彼は結果を見る。

 

 

 一位 白銀御行 四九五

 

 凄まじい点数だ。比較的難易度の高い秀知院のテストで僅か五点しか落としていない。

 だがこれは想定内。黒岩には直接関係ある訳ではないので直ぐに意識から外した。

 視線を一つだけ横にスライドさせる。

 

 二位 四宮かぐや 四九一

 

 これも想定内。

 言葉にすればかぐやは憤慨するだろうが、黒岩としては驚きはなかった。

 勉強ならばやはり白銀に軍配が上がるらしい。かぐやも全力で挑んだだろうが、それでもなお届かぬ高い壁。

 これが生徒会長の実力。内心で物凄く悔しがっているだろう主を想像しながら、しかし直ぐに意識を切り替える。

 やはり、この結果は黒岩にはさほど関係ない。身も蓋もない言い方をするならば、所詮は対岸の火事に過ぎなかった。

 

 重要なのは、この後──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三位 柏木渚 四八三

 

 

 

 

「…………は?」

 

 思わず、黒岩は呆けたように声を上げた。

 ポカンと口を開けながら結果を二度見する。

 

 三位 柏木渚 

 

 だがやはり。

 何度見ても、そこに書かれている名前は変わらない。

 黒岩零夜でもなければ四条眞妃でもない。

 しかし馴染みの深い名前が三位の欄には刻まれていた。

 

「やったぁ、三位だぁ。ふふっ、勉強した甲斐があったなぁ」

 

 真後ろから聞こえた声が誰のものか今更確認するまでもない。

 けれど黒岩は振り向いた。苦虫を噛み潰したような顰めっ面のまま身体ごと反転させる。

 相手がどんな表情で自分を見ているか。それを確かめるために。

 

「黒岩くんもすごいね」

 

 彼女は小悪魔のように微笑んでいた。

 

「まさか本当に(・・・)、マキちゃんに勝っちゃうなんてさ」

 

 否。

 そんな表現は生ぬるい。

 それはまさに、領地を脅かす敵を迎撃する魔王のような笑みだった。

 

 

 

「……だから俺は、お前のことだけは好きになれないんだ」

「そっか。ならお互い様だね」

 

 

 

 彼の恋が成就する日は遠い──。

 

 

 

 





それでもマキちゃんは曇っている時の方が輝いていると思います(固い意思)


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