魔法科高校の事なかれ主義の規格外(イレギュラー) 作:嫉妬憤怒強欲
西暦2095年8月中旬。
島でのビーチから戻って数日、オレは待ち合わせ場所に着き、時刻を確認する。
あと20分ほどで約束の時間か。
そう思い顔を上げると、こちらに向かって歩いてくるエイミィがいた。オレを探しているのか、どこか落ち着かない様子で辺りを見回している。
「お、おはよシンヤ君!」
程なくしてオレと目が合うと、小走りに距離を詰めてくるエイミィ。ミリタリー調のジャケットにミニスカートを身に纏い、ルビーのように鮮やかな紅の長髪を風になびかせる。
「早かったな」
「シンヤ君だって……も、もしかして待たせちゃった?」
「いや、ついさっき着いたところだ」
べたなセリフだが事実なのでそのまま伝える。
予定の時刻までは数分あったが、早めに行動する分には問題ないだろう。
すぐに行動するかと思ったが、何故かエイミィは再びきょろきょろと辺りを見回し始めた。動き出す様子がないので声を掛ける。
「行かないのか?」
「え、えっと…実はたまたま、たまたま私のクラスメイトもこっちに来るってメールが来て、それでよかったら一緒にまわらないかって誘われて………えっと、ごめんね。すぐに伝えなくて」
「いや、問題ない。オレだけと一緒に行っても楽しくなんかないだろ」
「そ、そんなことない!シンヤ君と一緒だと……その、楽しいよ!」
「そ、そうか…………」
突然大きな声を詰め寄るエイミィ。だがすぐに顔をボンっと真っ赤にしてオレから離れる。
「あ、あの……その、い、今のはと、友達としてだから……」
「わかった。わかったから落ち着け」
「おーいエイミィ!」
あわあわとテンパっているエイミィを宥めていると、遠くから呼び掛けられる声にエイミィはハッと我に返り、そちらへと振り向いた。
「やあ執事君、久しぶりだね」
「九校戦以来だな里美………その呼び方続いてるのか?」
オレの知り合いだった。
九校戦に参加したメンバーで第一高校の女子生徒――里美スバル。サマースーツに眼鏡姿と相変わらずの美少年と思わせるような外見をしている。もう一人ゴスロリ風のワンピースを着た少女がいるが、オレの知らない奴だ。
「ねえスバル、この人と知り合い?」
「ああサクラ、紹介するよ。彼は執事君だ」
「適当な紹介するな。オレは第一高校一年E組の有崎シンヤだ」
「あっ…えっと、エイミィのクラスメイトの桜小路紅葉です」
桜小路は少々緊張気味な様子で自己紹介する。二科生に対する差別意識は無いだろう。
「ん?有崎……って、ひょっとして九校戦モノリス・コードに出てたあの?」
「ああ、彼は黒いマスクで顔を隠し、剣を振るって相手選手をことごとく切り伏せたあの、だ」
「えぇっ!?噓っ!?」
凄い驚きようだ。
「なんかイメージしてたのと全然違う。てっきり人斬りの殺し屋みたいな感じだと思ってた」
そんなのが学校にいたら気づくだろ。
「ははは、確かに執事君は人畜無害に見えるからね」
「で、なんでスバルは有崎君を執事君って呼んでるの?」
「九校戦の時、なりゆきで給仕のバイトをすることになった。そのとき執事服を着てたからな」
「まんまじゃん」
「だよな。私服の時呼ばれても他の奴はわからないだろ」
「ははは、確かにそうだね。だけど呼び方をかえるつもりはないよ!」
なんでだよ。
芝居がかった口調で里美はオレの呼び方の変更を拒否する。
「ねねね。ところでさ」
「なんだ?」
「有崎君とエイミィっていつから付き合ってるの?」
そんな質問が突如、目をキラキラさせた桜小路から飛んできた。
「ええっ!?べ、別に私たち…つ、付き合ってなんか…な、ないよ!?ね、ねえシンヤ君っ!?」
慌てるエイミィの視線に、オレも小さく頷いて見せる。
だが桜小路が怪しむような目を向けた。
「でも夏休みにデートしてるんだし、どう見ても付き合ってるように見えるわよ。スバルもそう思うよね?」
「ふむ……そうだね。ボクの知る限り二人はそんな関係じゃないね………今のところは。二人が否定するなら違うんだろうけど、他の人からは付き合ってるように見えているかもしれないね」
里美は里美で楽しんでるな。
「それは、その………私がシンヤ君遊びに誘っただけでさ……」
「他にも誘ってみたが皆予定が入ってたみたいでな、二人だけで行くことになった」
異性二人が共に遊びに行けば第三者からデートしてるんだと勘違いされるのは必然のため、変な噂が立たないよう説明する。
「……ねえスバル。ひょっとして有崎君って」
「ああ、サクラの想像通りのニブチンだ。何人かライバルがいるみたいだけど、エイミィもエイミィでいまだ素直になれないでいる」
「…ええ」
なんか里美と桜小路がヒソヒソと小声で話している。あまり女子の会話に聞き耳を立てるべきではないため聞かない。エイミィの方を見ると顔をゆでだこのように真っ赤にしている。
「悪いなエイミィ。クラスメイトに勘違いさせたみたいで」
「えっ!?い、いや…その、別にシンヤ君が悪いわけじゃなくて………そ、そう言うシンヤ君はよかったの?私なんかと遊んで」
「嫌なら断ってる」
「そ、そっか……へへへ」
照れくさそうにエイミィが頬を搔く。
「ほら、あんな感じだ」
「満更でもなさそうね」
「ああ、だからエイミィに同伴を頼まれたからには今日は思い出に残る一日にしないとねフフフ」
「ほほう?私も一枚噛ませてもらおうじゃないの?」
里美と桜小路からなにか黒いオーラのようなものが見えた気がしたが、
話が終わりこっちを向いた二人は愛想よくニッコリと笑っていた。
「いやあ待たせたね。それじゃあ先に進もうか」
「せっかくのデートなんだから楽しまないとね!」
「だ、だからデートじゃなくて……その、えっと……」
里美、桜小路という面子が加わり、オレたちは『不思議の国(ワンダーランド)』の中へと向かった。
ワンダーランドはマジックをテーマにしたアミューズメントパークで、敷地全体にわたり、生け垣やアトラクション施設が迷路を構成するよう配置されており、それぞれのアトラクションがある種のカラクリ屋敷となっていた。
今日は夏休みということで、テーマパーク内は家族連れやカップルが多かった。
ちなみに桜小路によると、ここに来るファンは入園することを「迷い込む」と言うらしい。
そしてアトラクションを三つ目を回った頃。
「ちょっ……!本当に、ここどこなの!?」
オレとエイミィは文字通り迷子になっていた。
きっかけは、不思議なお茶会のアトラクションを体験した後のこと。
次の目的地は既に決まっていたので、三人を先に行かせてトイレへと立ち寄った。少々入り組んだ場所にあったトイレで用を済ませたは良いものの、待ってくれていたエイミィと共にパンフレットを眺めながら目的地へと歩いたつもりが到着したのはまったく別の場所。そこからあちこち歩き回るも目的地に辿り着けず、終いには今どこにいるのかさえ分からなくなってしまったのだ。
「LPS(Local Positioning System)はともかく、GPSまで使えないってどういうこと!?」
『不思議の国に現代文明は無粋ってヤツじゃないかな?』
「遊園地に思いっきり現代文明使ってるのに!? 仮にそうだとしても、ビーコンまで阻害するなんてやりすぎでしょ!」
『まぁまぁ、落ち着いて。近くに案内板も無いの?』
「さっきから探してるんだけど、ガイドの姿すら見えないのよ!」
高校生にもなって迷子になったことを友人に打ち明けなければいけない気恥ずかしさも相まって、エイミィの苛立ちはどんどん募るばかりであった。それでも里美は文句も言わず彼女を宥める辺り、実に女の子の扱いを心得ていると言えよう。
『いざとなったら花火でも打ち上げてくれれば、ボクの魔法で迎えに行ってあげるよ』
『駄目よ、スバル。そんなことしたら補導されちゃう』
里美の提案は、電話口に割り込んできた桜小路によって却下された。魔法の使用は法令で厳しく制限されており、迷子の友人を見つける程度の理由では確かに認められないだろう。
『仕方ない。エイミィ、そこから賢者の塔は見える?』
「……うん、辛うじて」
『じゃあとりあえずそこで落ち合おう』
「うん、分かった」
『あっ、執事君と二人っきりでイチャイチャしたいなら急がなくてもいいからな』
「あほか!」
電話が切れ、エイミィは大きく溜息を吐いた。
「大丈夫か?」
「あっ、うん。ごめんねイラついちゃって」
「気にするな。それより高い塔に向かって行けばいいんだな?」
普通なら無事に目的地に辿り着けるだろう。普通なら。
♢♦♢
「……うーん、どうにも気になるなぁ」
スバルは携帯端末を見つめながら思案顔になる。
「どうしたの?」
「二人共なんでボクたちとはぐれちゃったのかなって」
「二人とも方向音痴だからってわけじゃないの?」
「それはないよ。執事君はどうかわからないが、エイミィは狩猟部に所属してて、そこで1年生ながらかなりの実力者だって評価を貰っている。野山で鳥や動物を追い掛けるハンティングは、方向音痴には務まらないよ。それにいくら迷路を演出してるからってはぐれた子が案内板も見つけられないっていうのはおかしいよ。子供も遊びに来るテーマパークなんだから」
「…………言われてみれば」
二人は深刻な表情で互いを見合いながら、これといった答えを出すことができなかった。
スバルの「とりあえず行こうか」という言葉をきっかけに、二人はそこから歩き出した。
♢♦♢
やはりこの迷路はおかしい。
オレたちは『賢者の塔』との距離を縮められずにいた。
目的地に向かおうとしても進んだ道でバラの生垣でできた壁が立ちふさがる。回れ右をして別の道を通っても同じで、それどころかずっと同じ場所をグルグル回っていた。
見えていながら近づけず、分かっていながら抜け出せない。
まるで迷宮ラビュリントスのようだ。
ギリシア伝説ではクレタ島の王ミノスの妻パシファエが雄牛と交ったことで牛頭人身の怪物ミノタウロスを生み、ミノス王は妻が生んだこの怪物を世間から隠すため、名工ダイダロスに命じて一度中に入ると容易に出られない迷宮を造らせた。
怪物を退治した英雄テセウスは、アリアドネの導きでラビュリントスから脱出したが、あいにく現実ではそんな都合のいいものは転がっていない。そもそもテーマパークのアトラクションに一度中に入ると容易に出られない迷宮を造るなんてことはまずありえない。
それにこの違和感――――なるほど。
「もぉ~アッタマきた!」
しゃがんで生垣の根元を確認していると、何度目になるか数えるのも面倒臭くなってきた茨の壁に突き当たり、エイミィの苛立ちは限界点を突破したようだ。
ミニスカートのポケット(を模した穴)から太腿に巻いたホルスターに手を伸ばし、携帯端末形態のCADを取り出した。
「こうなったら、跡形も残さず薙ぎ払ってやる……!」
「ちょ、落ち着――――」
起動式を展開しようとCADを操作するエイミィの手を止めようと手を伸ばした時
「ちょっと待った!」
「――――!」
後ろから突如呼び掛けられ、エイミィの手が止まった。起動式の構築が中止され、効果を発動すること無く霧散する。
後ろを振り返ると、白黒縞々模様の入った背広を身に纏ってシルクハットの帽子を被り、いかにも道化師のような格好の男性スタッフだった。顔は仮面でわからないが、外ハネの黒髪に体躯からオレたちと歳は変わらないかもしれない。
「ダメだよ明智さん。魔法の無断使用で捕まっちゃうよ」
「え?そ、その声は………十三束君!?」
顔を隠していた仮面を外し、「おう、十三束君だ」と答えてまた被るスタッフ。
「エイミィの知り合いか?」
「うん、私のクラスメイトなんだ」
そういえば総合成績優秀者の順位に名前があった気がする。
「初めまして。僕は1年B組の十三束鋼」
「オレは――」
「1年E組の有崎シンヤ君、だよね?」
「……ああ、そうだが」
こいつと面識はないはずだが……。
「実を言うと四月の時から君のことを知って……ほら、テロリストに襲撃された事件の時、あの時僕は君の近くにいたんだ」
「ん?………あー………そういえばいたような気が…………すまん。よく覚えていない」
「気にしなくていいよ。あの時の状況じゃ覚えてないのが普通だし」
「それを言うならお前が影が薄いオレのことを覚えているのは普通じゃない気がするが…」
影が薄いと自覚しているからこそ、それについては疑問だ。
「まあそれはあとで説明するよ。明智さんとのデートを邪魔しちゃ悪いし」
「で、ででででデートじゃないし!!」
もの凄い大声で否定するエイミィ。それほどオレと彼氏彼女と勘違いされるのが嫌なようだ。
「そ、それよりどうして十三束君がここにいるの?それにその格好……ここってコスプレしていいんだっけ?」
「バイトだよ」
「バイト?十三束君ならもっと条件のところだってあるのに」
「ここ実家の関係なんだよ」
「運営会社かどこかに出資してるのか?」
「そんなところ。園内で魔法絡みのトラブルがあったら僕が対処することになってるんだけど…………まさか明智さんが不法に魔法を使う現場に居合わせるとは…………」
「み、未遂だし見逃してよ!それはそうとこれはいくら何でもやりすぎじゃないの!?」
「やりすぎって、何が?」
エイミィがビシッ!と擬態語が付きそうな勢いで茨の生け垣を指差した。
「演出かなにか知らないけど、障害物を動かして通せんぼするのはひどいんじゃない!?おかげで私たち、さっきから同じ所をずっとグルグル回されてるんだけど!」
「え?ちょっと待って。ワンダーランドにはそんなギミックないよ」
「でも、現にここにこうして――」
「だいたいここはまだ工事中で勝手に入っちゃいけないんだエリアなんだけど。表に看板があったはずだけど、どこから来たの?」
「どこからって……、あっちからよ」
エイミィが指差した先には、今まさに吹き飛ばそうとしていた茨の生垣がそびえていた。
「はっ?そっちは行き止まりだよ」
「今はそうだけど、さっきまでこんなの無かったの!言っとくけど地理感覚には自信あるから、勘違いとかじゃないからね!」
「オレもこの迷路はなにかおかしいと思う。確認したいんだが十三束、ここには本当に壁が移動するギミックはないんだよな」
「うん。そもそもこのエリアはまだ電気が通っていなくて機械を動かすことはできないんだ」
「そうか。それじゃあもう一つ質問だが、ここのバラの品種は棘がないのを使っているか?」
「うん。お客さんが怪我しないよう配慮してね。それがどうしたの?」
「あの生垣だけ棘のある品種が使われてるぞ」
「え?」
オレの発言を聞いて、十三束は生垣に近づいて観察する。「確かに変だ」と呟き、数秒考え込むようなしぐさをした後、
「…………明智さん僕が許可する。さっきの続きをやって。この生垣はここに存在していないはずのものだから」
「………ふ~ん、じゃあ遠慮なく、責任は十三束君がとってよ!」
十三束の許可を貰い、エイミィは実に嬉しそうに先程不発に終わった起動式を最後まで構築し、魔法を発動した。
移動系魔法【エクスプローダー】か。
有効範囲内の物体が“着弾点”から等距離、つまり球状に高速移動する魔法であり、瓦礫など多数の物体が一塊になっているものを吹き飛ばすのに役立つ。
野バラの葉っぱ1枚1枚をオブジェクトと認識し有効範囲を広く設定したようで、生け垣の真ん中で爆発を起こしたように葉っぱが蔓を巻き込むように引き千切られ、生け垣の中央に人が余裕で通れるほどの大穴が空いた。
「よしっ大成功!さっさとここから出よう!」
「待て」
「ひゃあ!?ど、どうしたのシンヤ君!?」
「十三束、確認してくれ」
「うん」
穴をくぐろうと歩き出すエイミィの肩を掴んで止め、十三束に生垣の確認を頼む。
「……やっぱり」
「なに?どうしたの?」
「この生垣、根がついていない。蔓を支える格子棚もない。普通野バラは何か支えが無かったらここまで育たない。つまり……この壁は魔法で支えられている」
十三束が穴に手を突っ込んだ途端、まるで蛇のように蔓が独りでに蠢き出し、十三束を襲いだす。
「甘い!」
だが蔓が十三束の腕に触れた瞬間、まるで暴風に吹き飛ばされたかのように飛び散り、壁となっていた生垣がなくなった。
「………何今の?サイオン波が放出されたように見えたけど、サイオン波で実体のある物を吹き飛ばすなんてできないはず」
「何って単なる加速魔法だけど?サイオン波を接触浸透させて、壁を支えていた静止魔法を吹き飛ばしてから外向きの加速度を与えたんだ」
「静止魔法の術式を吹き飛ばして……か。達也がモノリス・コードで使っていた術式解体と同じ原理だな」
「ええ!?十三束君そんなことができるなんて!」
「いや残念なことに…………身体的な接触がないと使えないんだ。体質的にサイオン波を遠くに放つことができないんだ」
なるほど。だから外へ流れるはずのサイオンが十三束から離れようとしないのか。
そのせいで他の魔法師みたいに遠隔魔法を上手く使うことができない。それがコンプレックスになっているのか、仮面の下の顔はどこか影を落としているようだった。
「…………まあ僕のことはともかく、お客さんだよ」
「そのようだな」
十三束がこの場にやって来た方向を振り返ると、そこにいたのは黒服・黒眼鏡・黒帽子というメン・イン・ブラックのような装いの男数人だった。
オレたちと適度に距離を空けて通路いっぱいに広がることで、奴らと茨の壁、そして周りの建物に囲まれてしまう。
【ミス・ゴールディ】
黒服の1人が英語で話し掛けてきた。しかもイギリス訛りだ。
【あなたに危害を加えるつもりはありません。ただ、お譲りいただきたいものがあるのです。対価として、あなたが今後必要とされるものをご用立て致しましょう】
【仰っている趣旨が分かりませんが】
黒服が英語で話し掛けてきたのに合わせて、エイミィも同じく英語で返した。普段使う日本語よりも格式張っており、名門貴族の一員に相応しい上品な言葉遣いに思える。
【これは失礼、では回りくどい言い方は止めに致しましょう。――ミス・ゴールディ、我らに“魔弾タスラム”の術式をお教えいただきたい。その対価として、我々が今後あなたに向けて放たれる刺客を退いて差し上げます】
【あの魔法はゴールディ家の秘術です。本家の人間として認められた者のみに伝授される術式を、本家から遠く離れ日本人として暮らす私が教わっていると思うのですか?】
【思うのではありません、存じ上げているのです。ミセス・ゴールディがあなたに“魔弾タスラム”の術式を伝授していることは、さる筋から承っております】
話の内容から察するに、エイミィのお家騒動に巻き込まれたって話か。あの男が送り込んだ追手じゃないのはいいが、これもこれで面倒そうだな。
【なぜそこまでして、あの魔法の術式を欲しがるのですか? まぁ、答えは分かっていますけど】
「…………」
【あの術式は、ゴールディ本家の証。元々は古式魔法を伝承する一族でありながら現代魔法の勃興と同時にそれを修め、イングランドにおける現代魔法の権威の一角を占める本家の、まさに切り札とも言える存在】
「…………」
【たとえ本家に生まれても、あの術式を使えなければ本家の一員とは認められない。――当然、相続権も得られない】
「――――」
その瞬間、黒服達から一瞬だけ殺気が漏れた。あまりにも分かりやすい。
【……ご協力いただけないのですか?】
【お断りします】
【…………残念だ。ミス・ゴールディを確保しろ。多少怪我をさせても構わん。他は始末しろ】
おそらくリーダー格であろう黒服の指図と共に、他の黒服達の袖口から一斉に細身のダガーナイフが飛び出し、その手に握られた。重心が先端に寄った投擲用の物であり、その一糸乱れぬ動きから黒服達がかなり訓練を積んでいることが分かる。
これで正当防衛が成立したな。
【ぐあっ!】
既に黒服の1人に近くにいたオレは拳を振るって意識を奪った。
【な…………いつの間に!?】
エイミィの側にいたはずなのに目にも留まらぬ速さで間合いを詰めたように見えただろうが、実際はエイミィが会話している最中に【蜃気楼】で虚像を作りだして欺いただけだ。
十三束の方も会話の最中に気配を消して懐に飛び込んでいた。黒服に接触した途端、接触魔法の直接攻撃を受け、吹っ飛んでいく。他の黒服たちが動揺している隙にもう1人の腕に手刀を振るい、骨を折って無力化させた。
十三束はマーシャル・マジック・アーツの使い手か。
魔法発動までの一瞬の隙が一対多では致命的だが、座標入力を省略できる接触魔法は隙がない。
「お客様。こちらのエリアはまだ営業しておりません。申し訳ありませんが本日はお引き取りください。それとも私がご案内しましょうか?交番まで」
キザだな。
【なめるなよガキどもっ!】
いつまでも驚いたままでいるはずも無く、無事だった黒服達が投擲用ダガーを順手に構え、二分に分かれて次々と襲い掛かってきた。その狙いは頭部や心臓といった避けられやすい急所ではなく、胴体の中心である鳩尾辺りだ。
だが【蜃気楼】で自身の像をあやふやにしているオレに狙いが上手く定まっていない。どれだけ鍛えようと視覚に頼っている分こっちが有利だ。
突いてきた相手の側面に入り、向きを180度変えて、相手と同じ方向を向いて首の付け根に手をかけ、相手を自分の前に落とす。そして落とした相手の首にかけている手の力を少し緩め、相手が起きてきたところを相手の頭をオレの肩口につけ、後ろ足を一歩出してから投げる。合気道の技の一つである『入り身投げ』の要領で、さっき地面に散らばった棘付きの蔓の上に力一杯叩きつけたことで、背中からグサグサと棘が刺さった相手は悲鳴を上げる。
痛みに苦しんでいる間に真横から来た別の相手には、『小手返し』の要領で、側面に入ったところをナイフを持った腕の上に手を乗せ、小手をとって受けを導くために片足を引いて向きを転換する。そして小手を返し、もう一方の手を受けの手に当て、両手で背中の痛みに耐えながら起き上がろうとしていた黒服の上に投げつける。
両者が痛みで苦しんでいる隙をついてオレは二人の首を蹴り上げて意識を刈り取った。
【うっ………】
【な、なんてえげつない……】
いや、秘術欲しさに寄ってたかって未成年を殺そうとしている連中に言われたくないが、とツッコミを口にはせずにオレは倒れた黒服の腰からベルトを奪い、鞭の要領で振るって他の黒服たちを牽制していく。反撃しようにも、どこにいるかはっきりせず身動きが取れていないタイミングを狙ってもう一つ魔法を起動させた。
【うわっ!?な、なんだ!?】
【足元が沈んでるっ!?】
黒服たちの足元の地面が沈みだし、黒服たちの両脚を吞み込んでいく。
【く、くそっ!抜けないぞ!】
突然のことに混乱しながらそこから抜け出そうにも、もがけばもがくほど身体が地面へと沈んでいく。
【ま、まさかこれは…流砂!?】
自然現象の中に流砂というのがある。水分を含んだもろい地盤、またはそこに重みや圧力がかかって崩壊する現象だ。
オレが使った水分操作の魔法は、地面に含まれる水分を、砂・泥・粘土などの粒子と飽和状態になるよう操作し、意図的に流砂を発生させた。
流砂の比重はかなり高く人間が浮くことができるのが通常である。通常、水の比重よりもかなり高い。水分を多量に含んだ流砂であっても、水の比重を下回ることはない。つまり、立っている限りは、多くの映画の場面で見られるような、流砂に呑み込まれて死んでしまうことは少ない。また、多くの流砂が深さ1m程度だから、立っている限りは、完全に表面下に沈んでしまうことも少ない。さらに深い場合でも、ある程度の上に押し上げる力があるため慎重に動けば脱出することが可能である。
だが振動を加えると流動性が増す。すなわち、もがけばもがくほど沈み込んでいくという事実は符合する。
その事実に仮に気づいたとしても、流砂にはまった時点でオレの攻撃を避けるなんて選択肢は消えたも同然、詰み(チェックメイト)だ。
【ぎっ!】
【がっ!】
【ぐあっ!】
魔法を使う隙も与えず、オレは流砂に嵌った黒服たちの意識を刈り取った。
ちらっと十三束の方を見たが、ダンスをするように避けてカウンターを放っている。問題なさそうだ。エイミィの方を見ると、ミリタリー調のジャケットの至る所にあるポケットから何かを取り出す。それは携帯端末型のCADではなく、扇形に開かれたトランプで、彼女の両手にあった。
そして彼女はそれを、無造作に左右に振った。
両手から放たれたトランプが、まるでそれ自体が意思を持ったかのように宙を舞い、或るトランプはまっすぐ、或るトランプは回転しながら弧を描いて、オレたちに夢中な黒服達の体目掛けて飛んでいって身体を切りつけていく。
【【ぎゃあああああ!】】
急所は外しているようで、黒服たちは血を流しながら、リーダー格の男以外全員倒れて気を失った。
「どう、満足した?これが貴方の言っていた魔弾タスラムよ。もっとも見ただけじゃわかんないでしょうけどね」
【バカな……カードだと…?小型の球形砲弾(シェル)を使うはずでは………】
「えっ、その程度も知らなかったの?こりゃあ余計なこと言っちゃったか」
どうしようかと両手を組んで唸るエイミィ。どう誤魔化そうか悩んでいるな。
「……まあ知られちゃったならしょうがないか!」
開き直った。
「え~っとそれ違うから。何を弾にして使うかは術者ごとに得意なスタイルがあるの…………ところで、シェルを使うのは確か一昨年お亡くなりになった大叔父上よね?あの人私より二つ年上のお孫さんがいたっけ?会ったこともない再従兄殿だけど。私の推理によると……彼が貴方達の雇い主ね!」
まるで推理小説に出てくる探偵のごとく、右腕を真っ直ぐ伸ばし、人差し指をビシッとリーダー格の男に向けて結論を述べるエイミィ。
だがリーダー格の男からは何の反応もない。
「…エイミィ。そいつ気を失ってるぞ」
「えぇ!?」
立ったまま気絶するなんてどこのバトル漫画のキャラクターだよ。
♢♦♢
気絶した黒服たちは十三束に任せ(もとい押しつけ)、オレたちは無事に迷路から脱出できたのだが、エイミィは表情を曇らせ、大きな溜息が零した。
「どうしたエイミィ?」
「あの………ごめんシンヤ君。私が誘わなければ、お家騒動に巻き込むこともなかったのに……」
なんだそのことか。
「エイミィが気にする必要はない。エイミィは立派な誘拐未遂被害者で、悪いのはくだらない理由で喧嘩を吹っかけてきた向こうだ。それにオレはエイミィと一緒にここに来たことを後悔していない」
「えっ!?え、えっと……そ、そうなんだ」
エイミィに正直な気持ちを伝える。
初めてテーマパークというところに来たが、本当にいろいろと新鮮だった。あそこにずっといたら絶対に来る機会なんてなかっただろう。
それに珍しいものをいろいろ見ることができた。十三束の体質と戦闘スタイルもだが、エイミィが放った魔弾タスラム………弾になるものにあらかじめ条件発動型の術式をかけておき、手で投げるだけで移動魔法を発動する射撃魔法。敵を前にしてCADを操作する必要も、魔法式を構築する必要もなく、単発も連発も散弾も思いのままだ。あんなのを誰もが使えてしまえば秩序は乱れる。秘術とするのは正しい判断だ。
「それはそうとエイミィ、一つお願いがあるんだが……」
「ん?」
「今回の事…あいつらと一戦交えた時のことを誰にも言わないでくれるか?」
「え…?」
「前にも言ったが、オレは不用意に目立つようなことはしたくないんだ。それに、さっきのことを里美たちが知ったら心配するからな」
「えっと…………ひょっとしてシンヤ君、私の秘術について黙ってくれるってこと?」
「オレは”あいつらと一戦交えた時のことを言わないでくれ”と頼んでるだけだが…」
回りくどい言い方だが、ストレートに伝えるよりもその方が上手く回るときもある。
「…………うん、わかった。シンヤ君がそういうなら」
「助かるよ」
「じゃあ、このことは二人だけの秘密だね」
十三束のことを忘れてる気がするが………
お互い約束した後、エイミィはなぜだか嬉しそうにしながら横を歩く。
歩いて数分してから里美たちと合流を果たした。
「エイミィ!有崎君!」
「良かった。二人共無事だったんだね」
「大丈夫?なにか変なことに巻き込まれなかった?」
「え、えっと……迷子になってたけど親切なピエロに案内してもらったんだ!ね?シンヤ君」
「ああ、変なダンスをしながら動き回るピエロだった」
「ふーん?そんな変なのが園内にいるんだ」
「それにしてはエイミィの方はなんだか顔がにやけているような気がするけど?」
「や、やだなスバル。な、なにもなかったって………」
「まさか…二人共隠れて大人の階段を上ったのか?」
「ち、ちちちがうわいっ!?な、なななななんてことを言うのスバルは!?わ、私とシンヤ君が、お、おと、おとなの…って……」
「あまりからかうな里美、エイミィが困ってるだろ」
「おっと、すまないやり過ぎたよ」
なぜこうも里美はオレとエイミィをくっつけたがるのだろうか?
その後桜小路の提案でゴタゴタのせいで食べそびれた昼食代わりのクレープを食べ、再びトラブルに見舞われることもなく残り全てのアトラクションをゆっくりと体験したのだった。