鬼滅の波紋疾走 JOJO'S BIZARRE ADVENTURE PartEX Demon Slayer 作:ドM
玄弥が波紋使いの道へと歩き出した一方、鬼殺隊本部である産屋敷邸では、スピードワゴンと産屋敷耀哉が屋敷内で会談を進めていた。
今回も、縁側と畳部屋を隔てる障子の向こう側には護衛担当の柱達が控えている。今日のスピードワゴン護衛担当は、岩柱・悲鳴嶼行冥と蛇柱・伊黒小芭内の二名だ。
「カガヤさん、お体の具合はいかがでしょうか」
「おかげさまで、体が軽くなったようです。ついこの間まで、布団から出るにも妻や子供達の介助が必要でしたが、今は一人で起き上がれるようになりましたよ」
耀哉の顔半分以上、鼻の下辺りまで侵食していた腫瘍は、両目と鼻の間まで後退していた。炭治郎とジョジョが対面した柱合裁判時と同程度の症状だ。波紋使いの医者と、スピードワゴン財団関係者による最新式医療の効果は、既に目に見える形で表れていた。
耀哉は今、波紋使いによる処置と並行してスピードワゴン財団主導による治療が施されている。輸液療法を始めとする、イギリス、アメリカ両国が誇る最新式の医療技術でだ。
「それは重畳。順調に回復しているようで何よりです」
「波紋使いの御方の手腕もさることながら、財団が提供してくださった医療技術にも驚かされています。"リンガー溶液"に"輸液療法"。実に画期的だ」
リンガー溶液とは、イギリスの薬理学者兼医者であるシドニー・リンガーが生み出した輸液である。日本ではリンゲル液の名で知られている。これを元に、数多くの輸液が生み出された。医学薬学の発展に大きく寄与した偉大なる生理食塩水である。
尚、耀哉に投与されているのは、スピードワゴン財団の精鋭達と波紋使いの医者により調整・改良が施され、耀哉用に魔改造された代物である。
「副作用は現れておりませんかな?」
「はい。特に問題は起きていません」
「良かった、祖国でセンセーショナルを起こしたパーフェクトウォーターの改良版、カガヤさんのお体にも馴染んだようで」
「私も効果を実感しています。投与されてからというもの、私の血色がみるみる良くなっていると、あまねと子供達が喜んでいるので」
「それはそれは」
リンガー溶液と輸液療法が日本で使われたとされる明確な記録は、1930年代に確認されている。大正初期から約15年後の話だ。今、耀哉に施されている療法は、紛れもない最新鋭の技術なのだ。だが、輸液療法はあくまで氷山の一角に過ぎない。
スピードワゴン財団の介入によりもたらされた波紋法を始めとする数々の治療により、耀哉の体調は回復の兆しを見せている。更に、各地域の治療院や病院を通して米英の医療技術が広く伝えられた。結果として、日本の医学薬学は凄まじい勢いで更新されることとなったのだ。
スピードワゴンの影響により、日本の医学薬学史は大きく変わろうとしていた。
(嗚呼、お館様……。着々とご快復に向かわれて……)
(悲鳴嶼さん、気持ちは痛いほど分かるが警備に集中してくれ)
そっと手を合わせ涙を流す悲鳴嶼に、流し目の目線で抗議する伊黒であった。
耀哉の体調の話を皮切りに、スピードワゴンと耀哉は本題に入った。
「カガヤさん、"全集中の呼吸"の会得希望者はこれだけ集いました」
そう言うとスピードワゴンは、国語辞典程の分厚い紙の束を音を立てて差し出した。
「全員手続きを済ませ、来日しております。儂が信を置く、熱い心と強い使命感を抱いた勇猛な若者達です。……無論、命を賭すことも皆承知してます」
紙面には、希望者の写真が張り付けられ、身長・体重・年齢などの簡易的なプロフィールが書かれている。
「おお、音で分かります。こんなにも……」
耀哉も相当数の希望者が来ることは予想していた。しかし、想定以上の数だ。呼吸の才能がある者、尚且つ、最終選別を潜り抜けられる者に限定すればその数は減るだろうが、スピードワゴンが太鼓判を押す者達ならば、相当数の隊士が生まれる可能性が高い。
二十人中五人残れば多い方と言われ、命を落とす可能性がある最終選別だが、これだけの数が揃えば大いに期待できる。
「育手、でしたかな。指導できる人員の確保に問題はありませんか?」
「ええ、各地に散る育手の者達を集えば十分かと」
育手の一人である鱗滝左近次曰く、育手は各地に山程いるらしい。師の数は充分足りるだろう。
「ただ、育手は各々によって剣士の育成方法が異なります。そこを擦り合わせる必要はありますが……」
「これを機に、育成法を確立させていくのも手です。シノブ女史が従来の鍛錬方法に波紋法を組み合わせた新しい修練を確立したそうですが、はてさて、どうなることやら」
隊士の訓練方法はしのぶと波紋使い達の手で魔改造され、地獄の様相を呈していると聞く。
「……」
スピードワゴンはふと、泣き喚きながらぐんぐん強くなる善逸の顔を思い出す。あれはインパクトがすごい。思い出している内に、有望な若者達を地獄へ叩き落とすことに罪悪感を抱いた。志願しているとはいえ、こればかりはやりきれない思いがあった。
(やれやれ、年を取るとどうにもな……)
出来ることならば、スピードワゴンもこの身一つで志願したかったぐらいだ。しかし、自分にはそういった才能はない上に年が年だ。今の自分に出来ることは限られている。
「スピードワゴン殿も、若者に過酷な試練を与え、命を賭す戦地に送り込むことを心苦しく思っておられるようですね」
耀哉はスピードワゴンの心境が手に取るように分かったようだ。
「む……。これは失敬、顔に出ていたようで……」
「どうかお気になさらず。大切な子供たちが死なないことを願いながらも、死地に等しき場所へ赴かせているのは、私も同じこと」
耀哉も同じだった。
「出来ることならば、私もこの身で人々の命を守りたかった」
「……儂もです。全く、ままならぬものですな」
耀哉は体質により刀を十振ることすらできない。
スピードワゴンは、波紋法の才能がなかった。
それでも出来ることを探し続けたロバート・E・O・スピードワゴンと、産屋敷家の宿命を背負う産屋敷耀哉。二人共、前線に出て体を張りたいのは山々だった。だが、それが叶わないことを知り、こうして戦士達の支援に徹している。
見た目も国籍も年齢も違うが、どこか似たもの同士だった。
(南無阿弥陀仏……。南無阿弥陀仏……。)
(不死川が言っていたな。胡蝶の姉が生きていた頃の柱合会議で、お館様がそう仰ったと……。役割、か……)
心で念仏を唱えて滂沱の如く涙を流す悲鳴嶼と、つい聞き入ってしまい微かに表情を変えた伊黒は、耀哉達の言葉を噛み締める。全力で二人を守る為、より一層気を引き締めた。それが今の自分たちに出来ることだ。
「……うむ! らしくなかったッ! 自分のことを考える前に、皆の為になることを考えるとしましょう!」
「そうですとも。これからもお力添えの程、よろしくお願い致します」
いつもの調子を取り戻したスピードワゴンに耀哉は笑みを深める。
危険とは言え、今までよりも状況は遥かに良くなっている。隊士として強くなる効率は段違いに上がり、那田蜘蛛山での救出劇と波紋使いの戦力により人員の余裕もできた。
「最終選別実施時に、隊士の監督者を据えることはできますかな?」
「はい、そのつもりで調整しています。今の鬼殺隊ならば、その余力がある」
最終選別で死亡者が出ることは珍しくない。鬼殺隊としても頭の痛い問題だった。これまでの戦力では、余力は無きに等しかった。だが、今は違う。いざという時に行動できる監督者の隊士を据えることによって、最終選別の死亡率を下げられるだろう。
これを機に、鬼殺隊の構造にも幾らかのテコ入れが入ることとなった。
「スピードワゴン殿、今の内にお話しておきましょう。貴方に提案があります」
「なんでしょうか?」
「貴方の為に鬼殺隊から護衛を派遣したい」
「む、儂にですか」
その護衛と言うのは、産屋敷邸にいる今スピードワゴンを護衛している柱達とは別枠である。スピードワゴンの傍に常に護衛役の隊士を据えるべきだと、耀哉は提案したのだ。
「遠からず貴方の存在を鬼舞辻が知り、スピードワゴン殿は命を脅かされることとなるでしょう。そうなる前に、手を打っておきたい」
「成程。確かに、今此方には鬼を迎撃できる戦力はありません。貴方の申し出は非常にありがたいものだ。しかし、よろしいのですかな?」
「はい。貴方は"皆の為に考える"と仰った。私も当然同じ気持ちです。そしてそれは、スピードワゴン殿、貴方も対象なのですよ」
「ははは、これは一本取られましたな」
スピードワゴンにもボディーガードがいることはいるが、鬼相手ではどうしようもない。財団員に鬼への対処が可能な者がいない現状では、ありがたい申し出だ。
「……」
スピードワゴンは誰を指名するべきか考える。
(カガヤさんのことだ。この人が決めるとなれば"柱"を護衛に寄こしてくれるに違いない。今ならばともかく、鬼達が攻勢を強めた時の為に儂一人に戦力を割くべきではない)
スピードワゴンは、柱が護衛に就くことを良しとしなかった。完全に耀哉と同じ発想である。ではどうするかと言うと、彼は鬼殺隊との協力関係に当たり、隊士と隠の人員、特徴を全て把握している。自分の護衛にするならば、うってつけの者がいた。
「それなら、目星を付けている隊士が二名おります」
「どなたでしょう?」
「それは――」
スピードワゴンは、耀哉に隊士の名を告げた。
・ ・ ・ ・ ・
数日後、東京府上目黒、スピードワゴン財団支部前。
黒い隊士服を身に纏った二名の鬼殺隊隊士が、白い洋装の建物前に立つ。大きなバルコニーが付いた西洋館だ。
「でっけーな……。これが来日して早々間借りした建物かよ」
一人は外側にはねたボサボサの短髪。隊士服の詰襟を開き、紐で括った勾玉の首飾りを二つ付けた男。名は獪岳という。元・鳴柱の育手、桑島慈悟郎の教えを受けた雷の呼吸の使い手であり、我妻善逸の兄弟子に当たる。
「……で、お前はさっきからなんで、そんなガタガタ震えてんだ」
「いや、知らねーのかよ。こ、ここ西郷山だぜ……」
「……?」
敷地内に入ってからというもの、男がガタガタ震え続ける姿に獪岳は少しイラッときている。獪岳にとって気に喰わぬ、アイツを思い出すからだ。
獪岳の横でかなりビビリ気味なこの男は、直毛の短髪。後頭部付近の髪だけ少しだけはねている。詰襟はきっちりと締めており、体格は獪岳とほぼ同じぐらい。
何を隠そう、我らがサイコロステーキ先輩である!
下弦の鬼にすらビビらないあの先輩が恐れるのも無理はなかった。
「あのな、此処、小西郷元帥閣下の家だぞ……。なんてこった……。俺、生まれて初めて敷地に入っちまった……。末代まで縁のねぇ場所だと思ってたのによ……」
「は!? 元帥!?」
獪岳もようやく事の大きさに気付いた。元帥の名は流石に知っている。当時の日本において、終身の陸海軍大将を意味する、実質の日本軍最高位である。
ここは、俗に西郷山と呼ばれる大豪邸の一角。数々の大臣職を歴任し、日本軍元帥に就任した小西郷が、来客用に設けた西洋館だ。
小西郷。本名、
スピードワゴン財団が目黒辺りに日本支部を設けたがっていると聞き、来客用の洋館だし丁度良いだろうと、政府関係者やお偉いさん方が快く貸してくれたのだ。
「こんなとこの建物をポンと貸して貰えるとか、スピードワゴン財団とやらは一体なんなんだ……」
洋館を見上げる獪岳が独り言のように呟いた。
「アメリカ政府を顎でこき使える御方の組織らしいぜ……」
「……」
獪岳は絶句した。
薩英戦争の決死隊に志願して赴いた男の家がエゲレス人に使われているのは、中々皮肉の効いた話だが、そこに触れようと思う者はこの場に誰一人としていなかった。
「お、お前が余計なこと言うから、体が震えてきた……。いや、これは武者震いだ。勘違いすんじゃねーぜ……」
「へっ……」
諸々の話がどれ程とんでもなくヤバイ話なのか、学に恵まれなかった獪岳ですら理解できた。できてしまった。
自分たちの上司であるお館様もかなりのお偉方であると専らの評判だが、政府非公認組織としてひっそりと活動している為か、そのインパクトはほどほどだ。とは言っても、廃刀令が施行されたにも関わらず、隊士の大半が帯刀を見逃されているのはかなりとんでもないことなのだが、二人は気付いていない。
だが、スピードワゴンは違った。この家を外国人の男に政府関係者がニコニコ顔で貸したという事実だけで途方もない話だったのである。
二人は恐る恐る建物内へと入った。
「ようこそおいで下さいました、スピードワゴン様の元へご案内致します」
財団スタッフらしきタキシード姿の英国人男性が深々と頭を下げ、日本式の礼で二人を迎えた。
「どうぞこちらへ」
促され、付いていくままに曲線の曲がり階段を上り、スピードワゴンのいる二階の応接室へと案内された。
スタッフが応接室前のドアをノックし、言われるがままに中へ入った。
応接室はモダンな家具に彩られ、青い色彩で日本三景が描かれた陶器製の暖炉と大鏡が設置されている。中央に敷かれた絨毯の上に、白いクロスが敷かれた円形のテーブルと、三つの一人用ソファーが設置されていた。
視界に映る全てが例外なく高級品の、豪華な応接室だ。獪岳たちは、部屋の豪著ぶりに気圧されている。
スタッフは一礼し、静かにドアを閉めて去っていった。
三つの一人用ソファーの一つ、そこにはスピードワゴンが座っていた。獪岳と先輩の二人をじっと見据えている。
(こ、この御方がスピードワゴン財団のお偉いさんか……)
(とんでもなく偉い人だ。間違いねぇ……)
二人は雰囲気で察した。この御方の機嫌を損ねれば、自分の未来、鬼殺隊の未来、日本の未来はWAR WAR WAR WARであると。
だが、賢明な読者はお気づきのことと思うが、スピードワゴンはそんなことは決してしないので安心である。
「ど、どうも。は、初めまして……」
「獪岳です……。よろしくお願いします」
二人が恐る恐る挨拶する。
「……」
獪岳たちをじっと見ていたスピードワゴンが立ち上がると、獪岳と先輩は背筋と両手をピンと伸ばした直立の姿勢を取る。立ち上がったその姿は自分たちよりも背丈があり、圧がある。
二人が緊張の面持ちで言葉を待っていると、スピードワゴンは屈託のない笑顔を見せた。
「やあ、君達を待っていたぞ! そう固くならなくともよろしい。ささ、席は丁度三人分ある。座りなさい」
「は、はい……」
「失礼します……」
思いのほかフレンドリーなスピードワゴンの姿に毒気を抜かれたのか、二人は言われた通り、ソファーに座った。尻が沈み込む座り心地だった。
「君達が呼ばれた理由はもう知っているな? これからは儂の護衛に就いて貰うと」
「はい」
「ぞ、存じ上げております」
「結構。実はな、護衛だけでなく、様々な業務をこなして貰いたいと考えておるのだ。これについてもカガヤさんから承諾を貰っとる」
「そりゃ従いますけど、何するんですか?」
先輩がスピードワゴンに質問した。他の業務も含むとは初耳だったが、問題ない範囲だ。
「一番は修行だな」
「修行?」
「俺達がっすか?」
「うむ、儂とカガヤさんはスタッフの者達に全集中の呼吸を会得して貰い、鬼と戦う術を身に着けて欲しいと考えておる。それは現役の隊士である君達も例外ではない。今、訓練法が大きく変わろうとしているからな。君達の強化にも繋がるだろう」
スピードワゴンは、財団スタッフへと全集中の呼吸の修行を付けるに当たり、その場に立ち合うつもりでいた。その間はこの二人にも修行によって力を付けて貰うと言った寸法だ。護衛だけで遊ばせておくのは勿体ないし、強くなるならばスピードワゴンとしても頼もしい。
「立ち位置は修行したりスピードワゴンさんの護衛をしたりが主ってことですかね」
「そういうことじゃな。ゆくゆくは他にも何か頼む可能性があることを心に留めておいてくれれば今は充分だ」
「……」
横で聞いていた獪岳は、少しずつ不機嫌になる。
(早い話がこの人のお
獪岳は鬼狩りで功績を上げて皆に認められたいと思っている。だが、この任務に就いてしまったが最後、鬼との戦闘になる可能性はかなり低くなる。
何故ならば、スピードワゴンは指示を出す立場の人間だ。この男が余程の命知らずな変わり者でなければ、前線に行くことなんてありえない。ただでさえ、鬼の出現報告が減ってきていると言うのに、これでは鬼と戦う機会なんて果ても果てだろう。
(冗談じゃねえぞ! あのカスが下弦を討ち取ったなんて話も出回ってるってのに、俺はこんなことしてる場合じゃないんだ!)
獪岳は弟弟子の善逸が嫌いだ。弱くてメソメソして、自分にも劣るどうしようもない奴。それなのに、師の桑島は自分と善逸、二人揃って雷の呼吸の継承者だと言った。プライドが高く、自分が特別だと信じる獪岳には耐え難い屈辱だった。
しかし、それはもう昔の話だ。あの臆病な善逸が、下弦の鬼を討ち取ったと言う。鬼の討伐報告は鎹鴉がしっかりと監視している為、デマや嘘はあり得ない。噂の西洋の鬼狩りと組んでいると聞いてからは、そいつにおんぶにだっこだったのだろうと一人で納得していた。
だが、例えそうだとしても善逸の功績になったことは不動の事実だ。はらわたが煮えくり返る思いだが、今の自分と善逸は手柄で圧倒的差を付けられている。だから、獪岳はこれからの己の待遇に不満を抱いていた。
「おや、どうしたのかね? カイガク君」
「……! い、いや。その」
頭の中で善逸への嫉妬と憎悪をグルグルさせ、この話を断ろうと思っていると、スピードワゴンが相も変わらずニコニコとした表情で獪岳へと問いかけた。
「当ててみせよう。君は今、弟弟子のゼンイツ君に差を付けられたことに焦りを感じているのだろう?」
「ッ!?」
獪岳はズバリ言い当てられて硬直する。程なくすると、スピードワゴンを睨みつけた。
「おい……。獪岳……」
「まぁそう凄むんじゃあない。儂はな、君達のことを高く評価しておるのだ」
「……なんだって?」
「カイガク君はゼンイツ君の兄弟子であり、君の師であるジゴロウさんにも認められた実力者だと聞いておる」
「……」
「手柄を立てる機会を失うと危惧しておるのは、気付いておった。だがな、今闇雲に鬼を探したところで、見つかるのは精々小物ぐらいなものよ。小物をフラフラと探し求め、修行の機会を逸する。これは余りにも勿体ないと思わんかね?」
「……俺はもう、先生の後継に選ばれた身です。修行なんて」
「そうでもないぞ。君は確か"常中"を身に着けておらんのだろう?」
「!…………はい」
図星だった。獪岳は何から何まで見透かされているような錯覚を覚えた。
「ゼンイツ君は、既に会得しておる」
「!?」
「ナタグモ山で下弦の鬼と戦っていた時には、既にモノにしていたそうだぞ」
「……」
信じられない話だった。柱や極一部の隊士しか身に着けていない奥義、常中をあんなヤツが習得したなどと、ホラ話としか思えなかった。だが、スピードワゴンがそんな嘘をつく利点がないことは、獪岳も分かっていた。
(マジかよ。俺達の後に那田蜘蛛山へ入山したヤツら、いつの間にそんな……。つーか、西洋の鬼狩りもあそこに来てたのかよ。全滅したと思ってさっさと下山したから気づかなかったぜ……)
先輩、とんでもないニアミスをしていたことに、ここで初めて知る! 下山後、最寄の藤の家でさっさと寝落ちしてしまった為、全く気付かなかったのだ! 尚、先輩の鎹鴉も同様である。
「隊士達が行おうとしている修行は、辛い分効果も劇的だろう。これは、君もゼンイツ君に追い付く好機ではないかね?」
獪岳の眉がピクリと動く。暗に、自分が善逸に追い付かねばならぬ立場であると告げられたからだ。
「今は雌伏の時だぞ。カイガク君。それに、これだけは知っておいて欲しい。儂は何もタダでそれを要求するわけではない」
今度は先輩の眉がピクリとうごいた。金の匂いがしたからだ。
ドン!
突然、丸いテーブルの上に、大きな音を立てて二つの何かが置かれた!
「!?」
「!」
それは、大層分厚い10円札の束だった。数えるまでもない大金だ。
「これは、挨拶替わりの前金だ! 君達への評価と誠意の証だと思って受け取ってくれ!」
二人は唾を呑む。今、自分たちが貰っている給料の何十倍もの金額が目の前にある。スピードワゴンはこれが前金だと言うのだ。
「へ、へぇー。これが評価の……」
獪岳は澄ました顔を取り繕おうとしているが、口元がニヤついている。博打が趣味の獪岳は当然お金も大好きだ。それに、目の前の金額がそのまま自分への評価の証になっているというのも良い。先輩も同様である。
「君達の働き次第では、更に出すぞ! カガヤさんから貰っている給料も当然そのままだ!」
鬼狩りに関与できないであろうことへの不満はどこかへ飛んでいった。スピードワゴンの山吹色のお菓子疾走は、効果覿面だ! 尚、スピードワゴンが提示した金額は、一切の色を付けていない。彼らの力量を純粋に評価した上でのお金なのであるッ!
「お話は分かりました! 獪岳は乗り気じゃねーみたいですが、俺は喜んでお引き受けいたしますっ! スピードワゴン
(様……)
先輩は早くも様付けである。獪岳はなんだこいつという目で先輩を見ている。
(この俺にも出世の好機が回ってきた! 千載一遇なんて言葉も生ぬるい。絶好の好機だ! 獪岳はなーんにも分かっちゃいねーみたいだが、今回の試みはお館様とスピードワゴン様の肝いり! ここでお二方の覚えをめでたくすれば、大出世待ったなし! しかも後方で安全にだ! これを蹴ろうなんざ馬鹿もいいとこだぜ!)
先輩は一も二もなく飛びついた。安全に出世がしたい先輩からすれば、想像を絶する程に最高の展開だった。
「誠心誠意、尽くさせていただきますッ!」
先輩は立ち上がり、スピードワゴンに腰を折って綺麗なお辞儀をする。この日一番、会心のお辞儀だ。
「ありがとう。君の働きにも大いに期待している。さて、カイガク君。返答や如何に?」
「……てめーも来いよ。獪岳」
「お前……」
先輩はお辞儀の姿勢のまま獪岳を誘った。明らかにライバルになり得る相手だ。断る方が理想的だろう。
(獪岳、こいつは雷の呼吸の中で壱の型だけ使えねー半端モンだ。へへ、ここで、こいつを踏み台にして差をつけてやれば、俺の優秀ぶりをこの御方に示すことができる!)
先輩が獪岳に向けた笑みは挑発的だ。獪岳は似たような発想を浮かべやすいせいか、その意図に早くも気付いた。
(この野郎……。いいぜ、お前が俺を踏み台にする腹積もりなら、逆に俺がお前を踏み台にしてやるよ。大金も貰えるし高く評価してくれるってんなら悪くねぇ。今はスピードワゴンさんの言う通り、精々鍛えながら護衛してやるよ)
先輩と獪岳は不敵な笑みを浮かべたまま睨み合う。そのぶつかり合う視線には雷撃が迸っているような気がした。スピードワゴンはニコニコとした表情でその様子を眺めている。
(うむうむ、鬼殺隊でも稀有な野心ある若者達だ。立身出世、大いに結構。その気持ちを原動力にしっかり強くなり、財団と鬼殺隊に大いに貢献しておくれ)
スピードワゴンは、自分向きで有望な若者をスタッフとして迎え入れられたことに満足げだ。二人は、彼の掌で思いっきり踊らされているとは、夢にも思わなかった。
大正の奇妙なコソコソ噂話
鬼殺隊の隊士はサイコロステーキ先輩と獪岳に限れば、お館様よりスピードワゴンの方が扱いが巧い。
「おい、見ろよ獪岳。この札束の分厚さ……」
「分かってる……。すっげぇな……」
「た、縦向きにしても立っちまう……」
「頑張りゃ更に貰えるってことだぜこれ」
「だよな……」