鬼滅の刃RTA 上弦の弐単独討伐   作:一億年間ソロプレイ

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『  :最初』の鬼殺隊側視点。
以下の詳細を見れば見なくても大丈夫!

本編では弟に譲ったものを譲らなかったルート。
僧侶タイプ見た目童磨(中身文寿郎)が色んな被害を鬼殺隊にもたらしており、見た目文寿郎(中身童磨)に殺されるまでの話。

完全入れ替わり・鬼サイド文寿郎って感じ。
まぁ、文字通り成り代わり要素満載っすね。


呑炭の身 (1/3)

 ――鬼の頭領はこの日、鬼狩りを全て滅ぼす事に決めた。

 上弦の欠員を埋め、それぞれ特異な血鬼術を持つ鬼には特定の役割を与えた。

 新たに据えられた上弦の肆、鳴女は柱の位置の確認と柱を単騎で上弦と対峙させること。

 上弦の弐は鳴女と視界を共有し、目障りな柱共々、有象無象の鬼殺隊士たちの掃除を任されていた。

 

「触れてくださらねば詳細に共有は出来ません」

『そう』

 

 その鬼が鳴女の肩に触れると確かに彼女の視界が共有されていった。――日の差さぬ無限の城、灯篭ばかりが明かりとなり、全ての鬼と鬼殺隊とが犇めく伏魔殿。

 手始めに彼は廊下の一角で鬼と戦闘する鬼殺隊たちを俯瞰した視界で見た。

 

『な、なんだからだが燃えあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!』

『“発火”だ! 発火の鬼が何処かんぎゃ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!』

 

『恙無く。全体への作用も確認。目標を柱に移行します』

 

 視界の先で体を白い炭にされ、隊士たちの体が燃え上がる。周囲は飛び火の被害もあって逃げ惑う中、鬼に押し潰された。

 似たような事を繰り返した後、鳴女は柱たちのいる視界を鬼に見せた。

 術は発揮出来るが――。

 

『殺気ッ!』

 

 脅威度の高い柱が一瞬で床を壊して隣の小さな柱も含め、鬼からの視線を遮る。

 炭にされる前にその視線の方向から体を隠せばよいのだと言わんばかりに。

 

『炭治郎!』

『なんだこの熱っ……匂いが熱いとかあるのかっ!?』

 

 情報共有が為されているのか、咄嗟に襖を切り落として身を隠す者もいる。

 他にも気配を感じ取って陰へと身を潜める者など、柱ともなると有象無象の如く殺されてはくれない。

 

「事前に殺し過ぎましたね」

『御命令でした』

 

 ――鬼狩りたちを無限城に集める前、鬼殺隊の数を減らし過ぎた。

 鬼舞辻無惨が太陽を克服した唯一の鬼たる竈門禰豆子を捜索する際、鳴女との視界を共有させ「発見した鬼狩りを燃やせ」と指令を出した。

 しかし、御命令は『鬼狩りの全滅』である。彼は提案をした。

 

「一人残らず殲滅する為にはまとめて一度に殺した方がよろしいかと」

「私は貴様の指図を受けない。何故ならお前の主人であり、最(・)も(・)優(・)先(・)さ(・)れ(・)る(・)べ(・)き(・)命(・)令(・)を(・)出(・)す(・)者(・)だからだ。やれ」

「はい」

 

 上弦の弐は上司から頭を潰されながら鬼狩りをつぶさに燃やした。

 その為、鬼殺隊の中でも急激に頻発する人体発火は問題となり、それが鬼からの攻撃とも推測されていた。

だから申し上げたのに。

 鬼殺隊の頭領へ直に会いに行くと言った時も止めたが下されたのは細胞破壊を齎す波状攻撃。ぐずぐずの溶けた肉から再生し、与えられた命を尽くすに至る。

 

『燬宅(きたく)、貴様の目を貸せ! 私が代わりに鬼狩り共を燃やす』

『御意』

 

 薬を刺した逃れ者の珠世諸共肉の繭と化して解毒作業に専念しつつ、その怒りを発散する術が欲しいらしい。

 目の奥が千切れる痛みと共に上弦の弐の視界が黒く染まる。両目から溢れた血はずずずと戻り、七色を有する瞳孔は元通りになった。

 

『鳴女。私を貴方に近い鬼狩りの元に送ってください』

「護衛が仕事では?」

『他の柱が到達するにはまだ時間がある。それまでに一人でも潰す事が主の望みです』

「……了解しました」

 

 思念で伝えられた言葉にベィンと弦が返されて――燬宅と呼ばれた鬼をある一室へと送った。

 そこはさり気なく彼女が作っておいたもの。水上に障子一つもなく開け放たれた高舞台に鬼が現れる。

 

(普通に他の鬼と同じ場所でいいのでは?)

 

 畳の上で坐禅を組みながらその鬼は待つ。

 最も弱く、主が懸念している柱を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と手の込んだ血鬼術だと思わない、しのぶちゃん」

「無駄口を叩ける暇があるなら大丈夫ですね。ッ!」

 

 霜が降りたような髪の男、仏塚(ほとけづか)凍摩(とうま)は並び走る蝶の羽織の人物へと気安く声を掛ける。

 長い黒髪と二つの蝶飾り。いつもはにこりとした微笑みが浮かぶその顔には苛立ちの一色のみ。

 幽玄に響く琵琶の音が聞こえた途端、二人の間に障子の壁が現れた。

 

「しのぶちゃん!」

「いいから! 後で、絶対合流しなさいよ!」

「うん分かった! 出来るだけ早くそっちに行くからー!」

 

 別れの言葉にしては明るい言葉を背に、しのぶは分断されて新たに造られた道を進む。――誘導されているのは分かっている。

 漠然とした予感がこの無限の城に来た時からあった。胸に沸き起こる、姉の死さえ看取れず鎹鴉から羽織を受け取ったあの日。その裏に血と鴉の足跡で示された、鬼の特徴。

 

『上弦の弐。青紫の数珠と、赤の袈裟』

 

 姉は上弦の弐と遭遇し、その遺体さえ残らず食われた。全てを見ていた鎹鴉の報告は残された妹を復讐の道へと引き入れた。

 ――そう報告されなくても、彼女はその道を進んでいた。

 無情に時計の針は進む。姉が妹へと遺した言葉は無く、ただ無遠慮に引き千切られた翅から血が流れていくだけの日々が過ぎていった。

 

 そうする内に姉の姿も、記憶も、香りさえも薄れていってしまうから、彼女は忘れない様により姉(・)の(・)模(・)倣(・)を(・)し(・)た(・)。

 短かった髪を長く伸ばした。一つの髪飾りまとめていた髪を二つに結んだ。笑顔は姉の様に慈愛に溢れたものをして、自分の好物や趣味も姉のものにしていった。

 「どうしてそうするの」と、幼い頃から感情の薄い幼馴染が問うたから、しのぶは答えた。

 

「もう一度蛹になって、私を変えるの」

「前までの胡蝶しのぶなんていないわ。これからは、新しい胡蝶しのぶ(カナエ)になるの」

 

 焼き付けて、記憶の中の姉を焼き付けて、この身に毒を浸らせて。

 ……それでも倒せない時の為の手札を託して、彼女はある寺院へと辿り着く。

 荘厳な造りと睡蓮の浮かぶ池の上を淡々と渡る中、一際大きな扉があった。静かに開けた先には異質な空間があった。

 

 睡蓮の花の咲く水上を幾つもの橋が掛けられている。部屋の中央には広く正方形に間取りを取り、畳が敷き詰められた高舞台。

 四方を黒漆と金で彩られた柵の舞台。その中央に鬼が座っている。

 薄青いガラス天井に曼荼羅模様を浮かび上がらせ、静かに光を落としていた。

 息を止めて静かにせねばらならないと僅かに思わせる、厳然とした佇まいの僧侶。

 

 その色味に、目を瞠る。

 

 ――首元に青紫の数珠と、赤い袈裟。

 

 まるで慈悲深い地蔵菩薩かの如く鎮座する姿を捉えた瞬間、閉ざされた瞼が開かれる。

 極彩色の瞳に『上弦』『弐』と浮かぶ、その鬼。滑らかに口元を上げてしのぶを歓迎した。

 

「迷える、柱の方。ようこそ、どうぞこちらへ」

「お悩みがあるのならば聞きましょう。私、名前を。燬宅。万世、極楽教の教祖、して、おります」

 

 口は確かに発音しているのに、ぶつぶつと電波を途切れ途切れで受信している。壊れかけているラジオがそれでも音を出そうとしているような……。

 しのぶが今生の仇は――穏やかに笑う鬼だった。仏像に彫られた微笑みと開いた瞳孔がこちらの挙動を観察する。

 ようやく目の当たりに出来た鬼(仇)に声が震えていく。

 

「私の悩みを聞いてくださいますか」

「ええ。悩める。人、よ。聞きいれ、ましょう」

「――私の姉を殺したのはお前だな。この羽織に見覚えは、無いか」

 

 強く、怒りを鎮める様に強く羽織を握って相手へと見せた。血が付けば丁寧に抜いて、解(ほつ)れれば何度も修復して。

 姉が殺された時から、彼女の怒りを共に背負ってきたその羽織だろうと、溢れる激情を受け止めるには足りない。

 

「覚えあります。三年、四年程前。花の柱、着てい、ましたね」

 

 橋が割れるのが見えた。遅れて、その音が鬼の耳へと届く。

 

「華やかな剣技、で――」

 

 確認は取れた。――この鬼こそ、真に姉を殺したその鬼。

 

(ごめんなさい、姉さん。やっぱり私は、どうしても私(・)でしかなかった)

 

 強く地を踏み込み、しのぶはその鬼の脳天目掛けて独特な形状をした刀を突き刺した。

 その突きは彼女が今まで被っていた重み(仮面)を脱ぎ捨て、神速に近しい速度を出す。

 

(鬼を憐れむことなんて出来ない。人を殺しておいて可哀想とは思えないの。そんな事が許されていいとは、思えなかった)

 

 鬼がこの世にいる。家族を、姉を、継子を、多くの人々を喰らい、下卑た顔で人に不幸を振りまく存在がいる。

 ――絶対に生かしてはおけない。

 頑なな決意の満ちる瞳から涙が溢れ、彼女はその刃を引き抜いた。

 

「姉さんをっ、返せっ!!!!」

「異な、こと。食べ、たものは。返せない」

 

 額から鼻筋へと血を伝わせながら憎しみの籠った目が離れる。額の傷はすぐに再生し、顔の血も傷口へと戻る。

 

「その口で姉を語るな。口を開くな、お前は、お前だけは……必ず殺す」

「それが。貴女、の。願いですね」

 

 しのぶが白い鞘へと刀を納めてぐぎりと捩る。仕掛けの施された鞘での調合を終えたと同時に、鬼の皮膚が紫へと変色する。

 高濃度の藤の毒を主体としたもの。共同研究者の手を借りて更に改良された“毒”。

 ――これを受けて、鬼が姿勢を崩した。ごほ、と吐血するのが見え、痛みを与えられたのは見えた。

 

(効け、効けっ……! この毒が効けば勝機は……まだある)

 

 噴き零れそうなぐらいの怒りに支配されながら思考を回す。

 いずれ合流するだろう幼馴染の為に、後に来る隊士たちの為に。

 

 

§

 

 

 凍摩はしのぶと分断させられながらも道中見かけた彼女の継子、栗花落カナヲと合流。透き通る視界でしのぶの気配がする方向へと進んでいた。

 

「本当にこっちで合っているの?」

「うん。間違いないよ。なんたって俺のハートはしのぶちゃん一直線に向かえるからね!」

「いい加減師範のことは諦めてください」

「えー、やだ」

 

 凄く嫌な顔をしながらカナヲは、実に嫌々と渋々とした心地で師範にまとわりつくストーカーを見ていた。

 ――カナヲが胡蝶姉妹に拾われる前から友好があったというこの男は、ある日カナヲを前にしてこう言った。

 

「君が姉妹になろうと、俺の方が二人といる時間長いから! 君(・)よ(・)り(・)ね(・)、あはは!」

 

 最初は「なんか嫌」ぐらいだったが上記のようなやり取りを会う度に繰り返し、「お前嫌い」へと昇格した。

 凄惨な生まれで消えかけていたカナヲの感情が取り戻された瞬間である。

 凍摩を嫌う感情が育つにつれ、反対の――心地よいとも思える感情も育ち、カナヲが鬼殺隊の最終試験を受ける頃には人並みに、普通の少女らしく感情を表せるようになっていた。

 そして、彼の暇があれば八つ当たりが如く稽古を付けてもらっていた為か実力は各段に伸びていた。

 柱としての空きがあり、昇格の条件が満たされれば一柱として数えられるぐらいには。

 

 憎まれ口を叩きながらも二人は寺院のような造りをした空間へと来ていた。足元は冷たいのにどこかから熱い空気が流れている。

 不可解な室温を感じながら奥へ奥へと入り、広間らしき場所への扉を開けた瞬間。

 

 

 

 ぐきり。

 

 

 

 細い人の首が折れる音が二人の耳に届く。いや、先に届いたの視界だった。

 蝶の支脈模様の羽織へと首から突き出た武器が血を滴らせた。その手が握っていた刃の八割が無い特徴的な刀が、離れ、橋の上へと落ちる。

 

「二名、御入信の方、でしょうか」

 

 死体越しに途切れた声色が届く。何でもないように首から鉄の笏――警策(きょうさく)を抜き、その遺体を軽く水面下へと投げ捨てた。

 水にふわり、血の赤が滲む。

 

「あ、あ……」

「よう、こそ。いらっしゃい。ました。万世、極楽教へ」

「カナヲちゃんはしのぶちゃんの回収。俺が動いたらすぐに動け」

「……は、い!」

 

 丁寧な言葉が消え去った男と、立ち昇る怒気。受け止めきれない。だが、彼女には怒りに任せて動かないだけの分別があった。

 カナヲが刀に手を掛けたのと同時に、隣で少し刀を下へと下ろし構えた――凍摩の姿が消えた。

 

 呼吸で強化された肉体。そして生まれついて大きな体格と恵まれた才。

 彼は柱と称されるだけの実力を持っていた。

 

 雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃

 

 雷鳴が遅れて轟く神速の居合。

 白刃さえ姿を追わせない極められた速さの一振りは、鬼の持つ武器――鉄の警策にて受け止められた。

 

「生まれて初めて、誰かを憎悪した」

 

 振り落とされた涙の粒が舞い、鬼との距離を取った。

 彼らは同(・)じ(・)顔(・)と(・)体(・)格(・)を(・)持(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。違うのは色合いと髪の向き程度で、第三者が見れば――血縁だと思うだろう。

 瞳の造り、骨格、筋肉の付き方。それらさえも似ていた。

 

 似通いながらも違う。

 片や人であり、片や鬼であり、歩む道も異なっている。

 

「俺は鳴(・)柱(・)。君の頸を斬りにきた」

「私は、燬宅。上弦の。弐、を頂き、ました」

 

 警策についた血を袖で拭い、鬼は一つ礼をして、片腕を斬り落とされた。その余波で被っていた帽子が左右の紐を揺らめかして落ちる。

 

「悪いけど、鬼に下げる頭は無いんだよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は幼い頃から感情が薄かった。人が笑えるものに笑えなかったし、悲しむものに悲しめなかった。

 そんな俺を両親は根気強く感情というものを教えようとしてくれたが、父親が鬼にされて母親を食らったのを見た時さっさとその場から逃げ出した。

 死ぬのは何となく嫌だったから逃げて、後から「母さん死んじゃったなー」「これからどうしようかな」って、両親が死んだのに何も悲しむことが出来なかった。

 

「ねぇあなた、何してるのよ」

 

 それでぼーっと橋の近くで空を見上げてた。逃げてくる時に金目のものでも持っていけば良かったと思いを馳せてたから、最初は自分が呼ばれてることに気付かなかった。

 

「ちょっと聞こえてるの?」

「ん? えっと、俺?」

「そう! あなた、いつまでここにいるの? もう夕方よ!」

 

 ――最初から気の強い女の子だったなぁ、しのぶちゃん。

 綺麗な着物を着て、紫の蝶飾りで髪をまとめた女の子が俺に話しかけていた。どうやら陽が落ちる時間まで気を遠くへやっていたらしい。

 

「帰る家とか無いから気にしないで」

「えっ」

「昨日両親が死んじゃってさー、どうしようかなって考えてただけだから気にしないでー」

「え、えぇ。……いや、気にするわよ! だ、大丈夫なの? 怖くなかった?」

「大丈夫大丈夫。なにも怖くなかったよ。でも、君はちゃんと家に帰った方がいいよ。夜になると鬼が出るからね」

 

 そうやって俺は帰らせようと促していたんだが、いつの間にかしのぶちゃんに引き摺られて彼女の家に来ていた。

 

「あら、しのぶ。お友達、かしら?」

「えっとね、昨日ご家族が亡くなって……途方に暮れてたらしいの」

「まぁ……。大丈夫かしら、ぼく。お名前は言える?」

「仏塚凍摩です」

「最近、物騒な事件が多いね……。良かったら君、今日はウチに泊まっていきなさい」

 

 胡蝶家の人たちはお人好しで、欠落のある俺にも優しかった。後日警官の方へと事態を伝えたけど、当然親戚連中は俺の身許なんて引き受けたがらない。

 その状態を見かねて胡蝶家の人たちの家で暮らすことになった。「男の子も欲しかったのよ」とお母上が笑って受け入れてくれた。

 

 カナエさんは気を遣ってくれていたけど、何より気兼ねなく俺を引き摺り回したのはしのぶちゃんだ。

 初対面から感じていたが、その勝ち気さは近所の男子からのからかいを跳ねのける程だ。そいつがしのぶちゃんが好きで意地悪しようとしているのは分かるのに、それに気付かず「そんなに私って男っぽいかしら」と落ち込むぐらい……天然だった。

 まぁ俺が慰めておいたし、そいつとの色恋なんて許さないけどね!

 

 基本しのぶちゃんに引き摺られ、姉妹の遊びに巻き込まれながら過ごしていたある日、突然涙が出てきて止まらなかった。

 しのぶちゃんの薬草採取ごっこに付き合っていたから、彼女がすごく慌てていたのを思い出せる。

 

「どど、どうしたの。砂でも目に入った?」

「なんで? 急に止まらなくなっちゃった。ごめんね、すぐ止めるから」

 

 騒ぎが聞こえたのか、少し遠くの方へ行っていたカナエさんが俺たちを見て、それから優しく抱き締めた。

 

「凍摩くん良いのよ。今の貴方が泣いているのはね、心が健康になってきた証よ。やっとね、貴方の心が『痛い』って思えるようになったの」

「痛い……?」

「ご両親のこと、大好きだったんでしょう。悲しくなかった、なんて言ってたけど、このお姉ちゃんにはちゃんと伝わっていたわ!」

「わ、私だって!」

「私もよー」

「俺もだ」

 

 後からひょっこりと二人の両親が出てきて、カナエさんだけでなくお母上やお父上にも抱かれて団子状態になってしまった。

 まったく顔は違うのに、そう言われたせいなのか。

 亡くなった両親のことが自然と浮かんできた。二人が好きだったこと。俺といる度に浮かべる笑顔のことや、真剣に叱ってくれた時のこと。

 鬼に壊されなければ今この時も両親が傍にいたのかなぁって。

 

「……そっか。俺は悲しかったんだ」

「……よかったね、凍摩」

 

 隣でしのぶちゃんが囁いてくれて、皆からの体温が伝わって、悲しくない筈なのにまだ涙が流れ続けていた。

 

「ちゃんと心があるじゃない」

「うん……」

 

 無いと思っていたけれど、ちゃんと俺の中にはあったんだ。他よりも咲くのが遅かっただけでその種自体はあった。

 そう思うと、今まであった周囲との隔絶されたような、浮遊感みたいなものが無くなって、その距離と体温を直に感じられて。

 

「俺はここにいてもいいの」

「当然じゃない」

 

 くすくすと。悪戯っぽくも可愛さの残る笑みを今でも思い出せる。

 

 ――だが、幸福というものは簡単に壊せるらしい。

 小石を蹴飛ばせば脆く砕け散る、湖面に浮かぶあの薄氷みたいに。

 鬼という存在は、俺から両親も、感情という物を自覚するに至った家族たちの幸せを壊した。

 

 突然だった。夜中に家から異音がして向かうと、そこには鬼がいた。

 お父上が立ち向かおうとして、切り裂かれ。お母上が俺たちを逃がそうとして、食い千切られ。

 

 俺は、――鬼を見た事のある俺だけは、二人だけでも守ろうとして鬼の爪から庇おうとした。

 

 この二人だけでも守れるのなら、死んでもいいと思った。

 

 けれど痛みは訪れず凄まじい音を立てて鬼が潰れていった。球体に棘が付いた見慣れない武器が勢いよくぶつかったのだ。

 当時の俺たちを助けたのは悲鳴嶼行冥。後に、岩柱として長く鬼殺隊を支えるお人だ。

 

「鬼を一体でも多く、倒しましょう。三人で。私たちと同じ思いを他の人にはさせない」

 

 こうして、普通の暮らしにいた胡蝶姉妹含め俺は鬼殺隊へと入った。

 俺はともかく、姉妹での鬼狩りは話題を集めていた。

 二人とも美人だからさ、そういう色眼鏡とかも多くて多くて。だからその分俺が手を回したりしたり、しのぶちゃんが噛みついていたりしてた。

 俺が頑張ってる間、二人は俺みたいな女の子を拾ってくるし、俺に「カナヲを構ってやれ」とか言うし。

 だからちょーっとばかり八つ当たりの気持ちもあったけど、俺とて可愛くない末の妹ぐらいには思っていたんだよ。悲しむ顔は見たくはない程度にはね。

 

 カナエさんが柱になって屋敷を貰うと、そこを隊士たちの治療をする医院として開いた。元々二人は薬種を扱う仕事の家だったし、手当ての手際も良かった。

 けれど、傷付いていく隊士たちを見ていられなかったのだろう。

 鬼狩りという道の中で人知れず潰えていく命を、――刀が握れずとも元の道へと戻れるように。普通の人々の暮らしで人に看取られるようにと。

 慈悲深いことで恐れ入っちゃうよ。花屋敷と呼ばれるそこに、負傷者だけでなく鬼に日常を壊された女の子たちも手伝いに入って、……二人なりに落ち着ける場所が出来たと思った。

 

 でもそんなひと時の安らぎさえ許してくれないらしい。

 この姉妹の幸せというものは悉く壊されていった。

 

 カナエさんが亡くなった。これもまた突然の訃報だった。

 それでも、しのぶちゃんは血の滲んだ羽織を握りしめながら話してくれた。

 

「上弦の弐が、姉さんを殺した……」

「上弦……?」

「ねぇ、凍摩。最近、私、姉さんのことが、思い出せなくなってきているの。姉さんは、どんな声だっけ。どんな、匂いをしていたっけ。……ふとした瞬間、思い出せなくなって、あ、あ……。ああ……!」

 

 嗚咽混じりにしのぶちゃんが泣いて。泣き腫らした目で、俺を見た。

 

「私は、姉さん。胡蝶、カナエ……」

「……? 違うよ、しのぶちゃんはしのぶちゃ……「違う」え……」

「私、胡蝶カナエです。凍(・)摩(・)く(・)ん(・)、いつもしのぶと仲良くしてくれてありがとうね」

 

 人が壊れる瞬間を、見てしまった。

 ああ、しのぶちゃんは、しのぶちゃんなのに。カナエさんのように振舞い始めた。

 彼女の髪飾りを付けて、髪を伸ばして、笑顔を毎日鏡の前で練習して、優しく和やかに、鬼との共存を口にして。

 ――そんなことを続けられる筈も無いのに。一番鬼を殺したくてたまらないのは誰かなんて、彼女自身が知っているのに。

 

 出来るだけ時間を作って蝶(・)屋敷なんて改名した屋敷に行くと、たまにしのぶちゃんが自室の鏡台の前で項垂れていた。

 涙の痕が残る顔が辛くて、俺はその時聞いてしまった。

 

「どうして。しのぶちゃんは、カナエさんの振りをするの」

 

 くるりと、いつもし(・)の(・)ぶ(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)と呼んでも反応しない彼女が向いてくれたと喜んだのも束の間。

 

「蝶は一度蛹になって、あの形になるの。だからもう一度蛹になって、私を変えるの」

 

「前までの胡蝶しのぶなんていないわ。これからは、新しい胡蝶しのぶ(カナエ)になるの。なる、なるの……」

 

 ――どうして止められなかったんだろう。あの羽織を握りしめた時、止められたら。

 でも俺じゃ、こんな欠けた俺では、あの時もこの時にだって、彼女の悲しみを慰める言葉が出て来ない。

 

 いいや、慰めるだけじゃ駄目だ。もう、駄目なんだ。

 彼女は上弦の弐を見つけて殺さなければ、元のしのぶちゃんには戻れないんだ。

 

 ……それなのに。柱稽古の時、彼女はしのぶちゃんとして俺と話をしてくれた。

 

「凍摩。もし、私が……上弦の弐を殺せなかったら」

 

「――貴方が殺して。この薬で、頸を斬ってね」

 

「わたしのことを、見捨てないでくれて、ありがとう」

 

 あの頃より伸びた指で、小さく指切りを交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ああ。絶対に頸を斬るよ。この鬼を必ず殺してみせるよ)

 

 俺と上弦の弐は震えるぐらいに容姿が似ていた。色合いや細かな場所が違うだけで、運命を感じる程似てる。

 その理由も分かった。俺、ちゃんと分かったから。

 

「俺は、この鬼を殺す為に生まれてきたんだ」

 

 ――体温を上げろ。思考を回せ。

 この鬼を、必ず殺せ!

 

 俺の顔に痣が浮かぶのと同時に、忌々しくも呆けた顔をする鬼の両腕を切断した。




上弦の弐 が 燬宅。
突然生えてきた胡蝶姉妹と幼馴染関係を持つ鳴柱 が 凍摩。

これだけ覚えておけば大丈夫v
多分……。

ちなみに警策というのは坐禅の時にべしってする棒のことです。
通常木製ですが燬宅が持つのは鉄製です。重くて鋭い!
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