鬼滅の刃RTA 上弦の弐単独討伐   作:一億年間ソロプレイ

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気付いちまったけどよォ……
(n/x)表記にすれば同じ話題でも違うタイトル付けられるんじゃね!?
この形式、神ってますわ~~~!!!


悪獣もなおその類を思う (2/3)

 上弦の弐はこちらに向けて刺突した柱へと、その勢いを殺さず先の尖った警策を喉へと向けた。彼女はそのまま貫かれ、血が顔に付着した。

 口元に付いた血を舐めると舌先が痺れた。――毒に近しいものが血に流れている。

 

 そう判断して上弦の弐は女の柱の体を放った。粗方、この女の鞘で調合出来る限りの毒を打ち込まれ、その全てを解毒し主の元へと毒の組成情報を送信。

 これで一人の柱を片付けることが出来たが、新たにやってきた男の柱とその継子らしき女の隊士は簡単にはいかないだろう。

 関わりがあったのか、柱の死体を見て体温が急上昇。感情としては怒り、憎しみ。

 

『多様な呼吸を使い、貴様に似た不愉快な鬼狩りがいる。それは柱になった。貴様が殺せ』

『はい』

 

 その男を目撃した際、頭に指を沈められながら命令を受諾。

 無限城で行われた会話は当然鳴女の耳にも入る。卒なく仕事をする彼女は柱を処理する速度を考え、一仕事終えた燬宅へとその鬼狩りを届けた。

 

「俺は、この鬼を殺す為に生まれてきたんだ」

 

 雷鳴が迸った。そう錯覚する程に速い斬撃の中、千切られた腕を切断と同時にその血管を伸ばし、繋いで再生した。

 周囲を見渡す。女の隊士は柱の死体を部屋の入口へと運んでいた。

 

「死体。を、運ぶ為、だけの、攻撃」

「君さっきから何なのその喋り。もっと普通に喋れないの?」

「喋る。喋って、います」

「……言語機能さえ儘ならないなんて。いくら古臭い上弦の鬼だからってアップデートもしていなのはどうかと思う、よっ」

 

 飛沫を纏わせながらの接敵し、下からの苛烈な切り上げ。

 

(水の呼吸と炎の呼吸か。柔軟な動きに対応しつつ、攻撃力を高める)

 

 一人の人間がその短い生の中で極められるのは一つの呼吸。

 柱ともなれば冠する字の呼吸術を極めているのは当然。しかし、目の前の男は鳴(・)柱(・)――、しかし雷の呼吸以外の技さえも納めているという。

 元鬼狩りにして柱であった上弦の壱曰く、彼の生きてきた年の中でもその様な者はいなかったと。

 

『この身で……、相まみえぬこと……、実に惜しい……。もし、私が人の時に、いたのならば…………』

 

 目を伏せながら、黒の碁石を盤面に打ちながらの一言。

 燬宅が思い返す間に岩、風、霞と。多様な呼吸裁きで鬼の四肢を切断し、目を穿ち、あらん限りの負傷を負わせていた。急所の頸だけは確実に防御した。

 鬼はその長い警策を一薙ぎするが、柱は回避した後に集(たか)る小蠅の如く瞬時に距離を詰めてくる。

 

「その、斬った傍から再生するの止めてくれないっ?」

「鬼は、再生する。もの」

 

 最低限の回避行動、受けた負傷の度合いで力を判断。――端で動く影あり。

 

 花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

 薄紅色に刀身を染めた隊士。刀の色が変わっている隊士というのはある程度の実力を持つ。

 己に向けられた連撃を切り刻まれながら身に受け、最後の一撃のみを受け流し、その刀を持つ手元を警策の底で突く。

 

「っうぐ!」

(刀を握ったまま。握力が普通ではない)

 

 手首の関節を狙ったが刀を振り落とさなかった。それどころか鬼を睨み返す気迫を持つ。

 鬼は袖を翻して後退。同時に先程までいた場所に気配。シィィィと呼吸の音を鳴らしながら一歩強く踏み込んだのが見えた。

 

 ――雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・遠雷

 

 右から左の居合ではなく、左から右へと振り払う一閃。続いて半円状に移動しながらの細やかな斬撃。

 

(瞬時に持ち手を変えた。技を出す速度もこれまでの柱より速い。二人の連携も相まって殺すのは手(・)間(・))

 

 女の隊士を片付けようとすれば柱が前に出る。柱を片付けようとすれば女の隊士が的確に隙を突く。

 

(目が良い。柱は……、ああ見えているからこちらの動きが予測されていたのか)

 

 軽く臓器の位置を横に動かすと太い眉が顰めに顰められ、動いた臓器の位置で視線が止まった。

 

(使って終わらせたい所だが、使えない)

 

 ――己の血鬼術は彼の主が喜んで鬼殺隊を燃やしている。

 対する凍摩らも未だ血鬼術を使う様子を見せない上弦に警戒を強めていた。

 

(血鬼術を使わない? 何か裏があるのか。時間を置いて発動するタイプ?)

(こんな鬼、早く斬って終わらせたいのに。攻撃が当てられない……っ)

 

 鬼の疲労は回復するが、人間は消耗した分だけ動きが鈍くなる。何故か立ち止まる上弦に対し、刀を構えて次の動きを予測しようとしていた所。

 

 

「どわっははははっ!!! 天空から降りし伊之助様の登場だコラ!」

 

 

 ――天井のガラスを切り裂いて猪の被り物をした隊士が落ちてきた。

 シュタッと着地した嘴平伊之助は鬼の気配へと体を向けた。

 

「ん? ……弐! 上弦の弐だな!」

「はい」

「俺様には分かるぜ。天才だからな!」

「いや、見たら分かるでしょ……」

 

 柱のツッコミも束の間、伊之助は柱の方へと振り向いた。同じ顔がある。

 上弦の弐、凍摩、上弦の弐。と顔を動かし……。

 

「うわキモッ! やっぱなんで同じ顔してんだよお前ら!」

「胆?」

「俺だってこんな奴と似てるなんて思いたくないんだけど! 一々言わないでくれる!?」

「それ言ってよかったんだ……」

「だが安心しろ! これで確(・)認(・)は(・)出(・)来(・)た(・)ぜ(・)。――上弦の弐、テメェが俺の母ちゃんの仇だってことをな」

「仇……。たしか。に、猪も食べ。ましたが……」

「俺の二人目の母ちゃんは猪だがな! テメェは俺の生みの親を殺した。……忘れたとは言わせねぇぞ」

 

 彼、嘴平伊之助はその被り物を脱いだ。

 中から覗くのは青々とした黒い髪と、茂る木々の葉の緑を写し取った緑の瞳を持つ紅顔の美少年。

 その顔立ちを見て、誰かの声がする。

 

『まぁ、伊之助ったら天才かもしれません! こーんなに伸びますもの!』

 

「……少し気が早いというも、の…………?」

「なーにが早いだコラ……。俺はテメェ殺す為に鬼殺隊に入ってんだわ。今から俺が、テメェに地獄を見せてやる!!!」

 

 かっぽりと再び猪の毛皮を被り刃毀れした二つの刀が抜かれた。

 ――積年の恨み。愛する人を失った怒りと憎しみ。ほわほわとした心地を知りながらも彼の芯は変わらなかった。

 

 獣の呼吸 肆ノ牙 切細裂――

 雷の呼吸 陸ノ――

 花の呼――

 

 少し影の落ちる高舞台で三人が中心にいる鬼へと斬り掛かり。

 

 

 人の血飛沫が飛び、照明の光を散らした。

 

 

 カナヲは右目を抉られ、伊之助は右肩から腰に掛けて深い切り傷。

 被り物を吹き飛ばす斬撃と殴打を紙一重で受け止めたが、それでも込められた力を殺し切れずに凍摩の左腕に髄まで震える衝撃が残っている。

 

(――武器が変わった?)

 

 負傷する前に何か高い金属音が聞こえた。こ(・)の(・)視(・)界(・)でもその予測が出来なかった。

 凍摩は刀を握り直して血の滲む畳を後ろへ蹴る。

 

「主に。勝、利を。柱、の遺骸、を。人間、の無。為、に流、るる血を」

 

 一つの警策は二(・)つ(・)に(・)分(・)か(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)。

 

 尖った先端部分は板のまま左手に握られ、右手には打刀――日輪刀と似た長さの刀身の獲物を握っていた。

 ――仕込み武器。あの長さは鋭(・)い(・)刀(・)身(・)を(・)隠(・)し(・)て(・)い(・)た(・)為だった。

 

「今宵、こそ。鬼狩り、が迎、える、最期、の夜。暁待たず、死ぬる。が、よい」

 

 鮮血を刀から迸らせる。二、三と回転すれば高舞台へと血を振り撒いて。

 これまで受け身でいた鬼が一歩こちらへと踏み込んだ。

 

 

§

 

 

 鬼が姿を見せない機会に隊全体の力を底上げを目的とした柱稽古が行われた。

 その際、岩柱の元に集まった炭治郎、善逸、伊之助、玄弥の同期たちは囲炉裏を囲んでつやつやに炊かれた白米を食べていた。

 

「そういえば伊之助は坐禅の姿が綺麗だよな。誰かから教わったのか?」

 

 ほい、と伊之助の茶碗におかわりのご飯をよそいだ炭治郎は常々気になったことを聞いた。

 巨大な岩を動かせずにいた伊之助がその上で坐禅を組んでいたのを彼は見ていた。

 

「あん? それがどーした」

「いや、俺もちょっと坐禅とかで自分を振り返って見た方がいいのかなって思ってさ。岩も動かせないし……」

「あんな岩動かせるのはおっさんみたいな化物だけだわ」

「悲鳴嶼さんを化物言ってんじゃねぇ!」

「ひぃっ」

 

 突然の玄弥の怒声にぶるぶる震える黄色いたんぽぽを尻目に伊之助は食べていた魚を骨ごとバキムシャと食べた。

 いかにも野生児といった見た目だが所々所作は丁寧な部分もある。じーっと玄弥はトサカを傾げた。

 

「それに悲鳴嶼さんの説教も大人しく聞くしよ。元は寺の小僧だったりな」

「んだと……」

「コイツが? 経とか読む? ないない。絶対ない。『地面に埋まってろ』ぐらい言うコイツが?」

「あ、でもでも、鼓屋敷の時も大分雰囲気あったな! 遺体の前で手を合わせてた時」

 

 じー。じぃ……。じー……。

 

 他二人は好奇と疑いの視線だが、主に炭治郎の視線から伝わるキラキラとしたものに負けてか、たん、と伊之助は箸を茶碗の上に置いた。

 

「この際だ。テメェらからの意見も、今だけ! この伊之助様が聞いてやろうじゃねぇか」

「なんだよ今だけって」

「…………母ちゃんの隣にいる男って。“親父”だよな? 番(つがい)でいう雄だよな」

「番(つがい)って……。まぁ、父親なんじゃねーの」

「母ちゃんの隣にいるソイツをよ、俺が『親父』っつったらよ。ソイツは『違う』って言ったんだ」

 

 すん、と炭治郎が感じ取ったのは疑惑といつもは感じない深い悲しみ。

 

「これはどういうことだ? 他所に番(つがい)がいるから『言っちゃいけねぇ』のか。そもそも『違う』のか。――殺す前に考えてみたくなった」

「は、殺す?」

「ソイツは上弦の弐だ。俺の母ちゃんを殺した。……ソイツのいる場所が寺みてぇな場所だったし、坐禅も教わった」

 

 ……本当に。普通の、人間の。父親みたいに思ってたんだよ。

 

 そう零す伊之助の複雑な匂いに、釣られて炭治郎も眉を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊之助の母、琴葉は暴力を赤子(伊之助)に振るおうとした夫に噛みつき、単身雪の中山奥へと入っていった。

 その先にあったのは万世極楽教。逃げてきた者たちが門扉を叩く、保護と慈愛を与える場所だった。

 石段を駆け上がり見えた人影に彼女は助けてとか細い声で叫んだ。

 

「お、お願いします。どう、どうか、匿ってください。この子だけでも、どうか、どうか……!」

 

 裏頭(かとう)に頭を包んだ赤い袈裟の僧が見えて、琴葉は縋った。

 

「分かりま。した。こち、らに」

「ようこそ万、世。極楽教へ」

 

 こうして琴葉たちは万世極楽教へと保護され、後にやってきた姑と夫も納得した顔で『琴葉には関わらない』と誓いを立てて帰っていった。

 琴葉が縋ったのはこの寺院の中でも中心にいる教祖。実に得の高そうな佇まいの男だった。

 根本が赤い液体でも被ったような白橡の髪に七色もの輝きを返す瞳。見目の珍しさも相まって人ではなく、仙人か高僧のように見えた。

 

 極楽教の教祖は実直であり、信者にも一人ずつ向き合っていた。公平無私という言葉を当て嵌めるに相応しく、的確に人の可否を判断し、適切な対応を取っていた。

 毎日、朝に行われる坐禅修行は暇があれば彼が巡香役を務めることもある。

 

「う゛ー!」

「伊之助っ! 教祖様の頭に乗ってはダメだと」

「構い、ませ。ん」

 

 教祖の被る帽子の横についた平たい紐を持って登頂完了のガッツポーズを見せる伊之助を乗せたまま、彼は部屋を出ていった。

 そのまま信者との対話に入り、物凄い視線を受けようが伊之助は構わずそこで寝た。

 

「きゃっははは! きゃっきゃっ!」

「伊之助っ、猪さんに乗ってはダメでしょう!」

「溌剌……」

 

 特に肉の制限も無い万世極楽教(新興宗教)はその猪を絞めて一日の食料とした。

 一人で突進してくる猪を掴み地面に打ち付けた教祖の姿がお気に入りになったらしく、暫く伊之助は締め技職人になろうと色んな人間や物を絞めようとした。

 

 こうして一年、二年と時を重ねた伊之助もすくすくと成長していくが、今まで万世極楽教で面倒を見てきた子供に比べてかなり活発だった。

 そして頭も良かった。しょっちゅうお気に入りスポットの山に行っては琴葉や信者たちを困らせた。日の出る時間帯だと教祖は皮膚の病で動けない為、彼らが対応するしかない。

 

 ――山の辺りにいるだろう。彼らの予想に反し、伊之助は教祖の部屋にいた。

 彼は坐禅をしている教祖をきらめかせた目で見ながら、先日信者たちが話していた内容を思い出していた。

 

『ああしていると、教祖様も父(・)親(・)らしくありますな』

『うむ……。そろそろ身持ちを固められても良い頃だろうに』

 

 父親。母親が琴葉だと理解していても、父親と呼べる存在は伊之助には一人しかいなかった。

 ぴょいんと肩に飛び乗ろうとした伊之助の先を読み、教祖は開眼すると腕を差し出し、そこに子(伊之助)を乗せた。

 

「なあなあ、きょーそさまって父ちゃんなんだろ?」

「違い。ます」

 

 ショック!

 固まる伊之助に無情にも言葉は続けられる。

 

「私。は父親、ではない」

 

 その日はしょげていつになくしおらしい様子の伊之助に琴葉も困り顔をしていたが、翌日元気な姿になった。

 

「父ちゃん!」

「違い、ます」

「今日もやってらっしゃる」

「お可愛らしい……」

 

 伊之助がめげずに父親と呼び続けることにした。流石に一週間も言われては訂正を辞めるだろうと思われたが、教祖は丁寧に父親発言の度に訂正をし続けた。

 

「父ちゃん」

「坐禅、は。静かに。行、う、もの」

「わかった!」

「飲み込みが早いわ。伊之助ってば凄い……!?」

「気が早い、かと」

 

 骨がしっかりと出来た時から伊之助は朝の坐禅修行に参加するようになり、終われば山野を駆け巡った。

 

「まぁ、伊之助ったら天才かもしれません! こーんなに伸びますもの!」

「見てみろ父ちゃん! 関節も外せるんだぜ俺!」

「関節。外しは、こう」

 

 柔軟に体を動かしながら自在に肩の関節を外す伊之助を前に教祖からこっこっ、と音が鳴った。

 途端、教祖の腕からぬるっと関節が無くなり、ぷらぷらと揺れる両腕に伊之助が「うおー!」と興奮した。

 

「俺もやってやるぜ!」

「しかし、今は。禁ずる。ちゃんと、成長、してから。コツも、教える、から」

「……! わかった!」

 

 琴葉も交えて三人で笑う時間を成長した今でも思い起こせた。

 これまでの記憶がいう。確かに、家族だったと。

 血の繋がった父ではなかろうと些細な事だった。血の繋がる父親よりも母を笑顔にし、自分とも遊び、知らないことを教えてくれる。

 そんな人物と過ごす日々は楽しく、幸せに溢れていた。

 

 父と慕った男が壊すまで。

 

 明日もまた同じ日々が来るだろう。坐禅して、父のする事を真似て、山を駆け巡って、腹いっぱい飯を食って、眠くなれば寝て。

 思いを馳せて早めに寝た伊之助の鼻に届いたのは、慣れない異臭。

 

(父ちゃんの部屋からだ)

 

 居ても立っても居られず伊之助は部屋の襖を開けた。

 ――そこには、琴葉の胸を貫く教祖がいた。

 

「な、んで……」

 

「いの、すけ……。に、げて……」

 

「なんで、だよ。母ちゃんを……」

 

 ゆらりと何か細い紐と共に教祖が振り向いた。母の血を付けた頬が動く。この時ばかりは何故か数字の浮かぶ瞳とその多彩な色が恐ろしくてたまらなかった。

 

 

「鬼。だから」

 

 

 ――伊之助の皮膚は己に向けられた殺気を感じ取り、その場から逃げ出した。

 

 母親を置いていった。あの鬼の元に。

 どうして殺した。理由すら分からずに。

 

 生まれて初めて命の危機を感じた。頭が真っ白になり、生存以外の行動が取れなかった。

 逃げて、足を動かしまくった先。……どことも知らない土地で伊之助が歯を食いしばる。

 

「なんっでだよ……。チクショウ、チクショウっ、チクショウがぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 大粒の涙と慟哭を上げて彼は路頭に迷った末、折しも自らの子を亡くした猪に育てられた。

 その死を看取った矢先、鬼殺隊の噂を聞き最終選別へと参加する。

 炭治郎らと同期となり、野生児じみた心の奥底に復讐心を隠してその牙を研いでいた。

 

(――俺の一生において、必ず殺さなければならない仇を再び目の当たりにした)

 

 変わらない姿、途切れた声に、何をも見ていない瞳。

 母を殺した時と同じように何ともない顔でしのぶも殺したのだろう。

 

『伊之助くんは無茶をしないように。指切りげんまん、よ』

 

 優しく、母のような眼差しをしながら言い聞かせたその声色を思い出せる。自身が見捨てて逃げてしまった母親のことを思い出して、胸がぎゅうと苦しくなった。

 よく蝶屋敷にいる柱になった男も初対面では鬼と似た顔つきで驚いたが、日の下を歩く姿を見たら別人に思えた。

 何より違うのは感情の有無だ。

 柱の方はしのぶばっか構っていたが、鬼の方はどの人間に対しても平等……、聞こえの良い言葉だが、それは他人にさしたる興味や関心が無いということ。

 

(母ちゃんのことも、なんとも思ってなかったっていうのかよ)

 

 伊之助を育てた第二の母たる猪。彼女にだって、異種であろうが子を思い、育てる気持ちというものがあったというのに。

 アレは人の形をしながらも、獣にだってあるものが無いというのか。

 

 ――再び面して分かる。あの夜に見えたのと同じ気配。

 やはりあ(・)の(・)男(・)か(・)ら(・)は(・)何(・)も(・)感(・)じ(・)な(・)い(・)。

 敵とも、味方とも、昔過ごした人間だとも思わない。

 ただそこに「人間がいる」とだけ示している。路傍の小石でも見る様に、何ら感情を乗せていないのだ。

 

 伊之助は傷口の血管からの出血を止めながらも全身の血を巡らせる。

 もっと早く、もっと強く技を出す為に。

 

 ――アレは上弦の鬼。

 またこいつは殺した。俺が生きていて欲しいと思った人間を悉く踏みつぶす。

 世話になった柱や人間を食い散らかす、存在してはいけない生き物。

 

 これまで刻んできた鬼の中で一等、殺さなければならない仇だと!

 

 

「ぜってぇ殺してやる。粉微塵に刻んで地獄を見せてやらぁ!!!!」

 

 

 獣の呼吸 弐ノ牙 切り裂き

 ――雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷

 

 直感の思いつきで傷口を呼吸で止血した伊之助の放つ十字状の斬撃に加えて、柱からの補助が入る。

 隙無く一面から圧殺するような剣戟の波を二つに分かれた警策が軽々と受け流し、合着された。

 一つに戻った警策の鋭い突きが伊之助目掛けて来るが彼は容易く蹴り上げて回避した。

 

「はっ! 遅せぇ遅せぇ遅せぇ!!!」

 

 『穿ち抜き』による全力の突きからの『喰い裂き』によって刃毀れした二つの刀が頸を狙って交錯するが、警策を再び二つに分けて片方を間に挟み、伊之助の胴を横から蹴飛ばした。

 

「ぐっうっ……!」

「伊之助! しっかり!」

 

 舞台袖へと吹き飛ばされそうになった彼をカナヲがキャッチしている間――、背後から攻撃を仕掛けようと凍摩は呼吸を使おうとした。

 

(足の筋肉が動く、こっちに来る。続いて右肩が最初に動く……!)

 

 ――ただ何か嫌な予感がした。直感、積み重なった経験が攻撃よりも回避を優先しようとした。

 

 その判断は的確だった。

 鬼は後(・)ろ(・)を(・)見(・)ず(・)に(・)背(・)後(・)へ(・)飛(・)ん(・)で(・)凍摩の懐に潜り込み、胴に左(・)か(・)ら(・)右(・)へ(・)と切り込みを入れた。

 少しでも遅れていれば彼の内臓が出ていた一撃だった。

 

(あの視界を攪乱できるのか)

 

 凍摩は呼吸術を極め、人体の動きを予測できる視界を持っている。しかし、それは相手も同じだった。

 彼が見(・)て(・)い(・)る(・)こ(・)と(・)を(・)知(・)り(・)な(・)が(・)ら(・)敢えて右肩の筋肉を動かした。実際の攻撃は左からだ。

 

「賢しいったらないよね」

「避け、る。と」

 

 燬宅は警策の突きと刀による攻撃で凍摩へと斬り掛かる。受ける間際に避けるも度々視界に偽装を仕掛けてくるので完全に避け切れはしない。

 そして合着させ武器の間合いを長くし、感覚を狂わせもする。

 

(血鬼術を使わなくても単純に強い……ということなのか?)

 

 それか血鬼術が身体能力の強化なのか。相手は未だそれらしい術の発動を見せていない。

 これまでこちらからの攻撃を受けてきたのは相手に侮りがあったのか、様子見。

 鬼から攻め込まれると突(・)け(・)る(・)隙(・)と(・)い(・)う(・)の(・)が(・)見(・)当(・)た(・)ら(・)な(・)い(・)。

 痣も出した。透き通る視界で動きの予測も立てた。万全の準備を整えたが、それでも足りないとでもいうのか。

 

(落ち着け、心を荒立てるな。ああでも仇を前にすると嫌でも体が熱くなるなぁ……!)

 

 ――カナエとしのぶを殺した鬼が目の前にいる。それだけで体感したことのない“怒り”というものが身体を支配する。

 攻撃を受けながらも避けて、避けて、息が乱れてくる。凍摩の狭まった視界の中に薄桃色の斬撃が目に入った。

 

 花の呼吸 陸ノ型 渦桃

 

 体を捩って勢いをつけた斬撃は再び分かれた武器によって弾かれた。視界の半分が闇に染まろうともカナヲの攻撃の手は止まらない。

 

(必ず殺せ。その為に、今の自分で出来ることを考えろ……!)

 

 この場で負傷も少なく、力も残っているのは自分(カナヲ)以外だ。己はもう片目が使えない。何も見えない。

 

(繋げる。絶対に繋げるから……!)

 

 彼女は捨て駒になろうとも鬼に食らい付くことを覚悟する。続けて繰り出した『徒の芍薬』による九連撃を凌がれど、鬼に向けてカナヲは空いた胴――から右肩の関節へと刀を振り上げた。

 ――即座に左腕を下ろして体ごと潰そうとした鬼の動きは、乱れた刃が防ぐと信じて。

 

「俺の前で殺しはさせねぇぞ……!」

「そ。う」

(両腕の動きが止められている今だ。此処で頸を斬る)

 

 

 

 雷の呼吸 壱ノ型 霹靂――

 

 

 

 通常の居合よりも骨を軋ませてもいい程に力を込める。体中の酸素、血潮、その動きを感知して脚部へと集中。

 

 踏み込んだ音が遅れ、鳴った。

 

 出会い頭に放たれたのと同じ構えと判断した燬宅はその体を透かし、そして目を見開かせた。

 

 ――遠雷

 

 雷(・)の(・)呼(・)吸(・)は(・)壱(・)ノ(・)型(・)が(・)基(・)本(・)。

 それは逆説的に、他の型は壱ノ型へと繋げる為の技である。

 神速の居合にて頸を両断。そ(・)の(・)帰(・)結(・)へ(・)と(・)結(・)ぶ(・)ま(・)で(・)如何に、どの技を組み合わせて使うかは使用者の力量に寄る。

 

 居合術で加速させた速度を殺さぬままに『遠雷』にて踏み込み地を蹴ることで再度加速。

 

 ―――稲魂

 

 視認さえ難しい領域の速さ、身を切る風に拒まれつつも男へと防御の姿勢を向けた鬼に対し、半円を描く形で移動。

 手を間違えた。そう認識した時には遥か高く上空へと居合の型を構えた柱が見えた。

 

(何故、そこまで斬ることに拘る? 大切に思う人間が死ぬだけで、人間はそうも怒れる?)

 

 ――――熱界雷

 

 体を動かそうとして僅かな痛み。足と左腕に日輪刀を突き刺し固定しようとする動き。

 間違い、対応の遅れ、意識外の雑魚。警策を少年へ振り下ろそうとした時に生まれた僅かな躊躇い。

 微々たる隙の累積が鬼の頸へと刃を届ける瞬間を作り出した。

 

(理解能わず。このまま死ぬ? それは主に許されて……)

 

 鞘から抜き放たれたのは赤く、赫く、熱を持った刀身。

 ぞくりと全身の細胞がその刀を目にして震え始めた。

 

 知らない、髪を高く結わえた痣の男の記憶が伝わる。

 

 

 

 ――――――― 一閃

 

 

 

 

 

『なぜ奪う? なぜ命を踏みつけにする?』

 

『何が楽しい? 何が面白い? 命を何だと思っているんだ』

 

『どうしてわからない? ど(・)う(・)し(・)て(・)忘(・)れ(・)る(・)?』

 

 

 

(わす、れる)

 

 

 

 

 

 首元が灼ける痛みと本能で感じた嫌な気配。首(・)元(・)が(・)動(・)く(・)気(・)配(・)。

 彼は瞬時に身体に纏わりつく人間たちを斬り飛ばした。

 

 周りに血潮が舞う。人間と、――鬼の血が。

 

 目を潰した女。肩を斬った少年。頸を斬ろうとした男。避けられぬ負傷を負いながら高舞台の外へと放り出されて受け身を取った。

 

 凍摩が直前に見たのは、鬼(・)の(・)項(・)か(・)ら(・)突(・)然(・)伸(・)び(・)た(・)細(・)い(・)肉(・)の(・)触(・)手(・)が(・)燬(・)宅(・)の(・)喉(・)元(・)を(・)突(・)き(・)刺(・)し(・)た(・)瞬間だった。

 途端に苦しみだした鬼が人間を斬り払い、目前で起きる物事を引き起こした。

 

「なに、これ……」

 

 咄嗟に伊之助に庇われて比較的軽傷のカナヲが、千切れた耳元を抑えながら信じられない物を目にしていた。

 

 彼女の言葉に呼応し、目の前で音が鳴る。藻掻き焼かれ続ける人間が地の底から天へと投げ掛ける声、悲鳴――――鳴き声。

 硝子を引き裂いた時に生じる不快な高音に男の発していた肉声が混ざった、声とも称したくない不快音の出所は彼女らを突き飛ばした何(・)か(・)からだった。

 

 緩やかに肥大する肉の背から血を吹き上げながら足(・)が生えてきた。一、二と、連続して生えた部位は明らかにその位置を間違えている。

 

 

 がぎ ぐぎ    ぐぐゥ      ごふぅっ ぁがっ  がが ぃた

 

 

 本来の構造を捻じ曲げながら変形していく肉体、辛うじて見えた頸椎からぼこりと肉の泡が弾けて腕も生えた。

 

 変形し肉の泡が弾ける度に鬼の体から血潮が飛び、付着した箇所からぼうと火が付き始めた。

 その血の持つ熱が高舞台に火を焚きつけ、その勢いを広げていく。

 辺りが赤く燃えていく中、次第に耳に粘りつく異音は一旦鳴りを潜めた。

 

 ――獣とて前足と後ろ足という区別があるというのに、目の前の肉塊にはそれさえ無かった。

 辺りを燃やしながら不統一に生やされた手足が六本。右に二つの手、左には手の後ろに二つの足があり、後ろに引き摺る形で仰向けになった手が見えた。

 辛うじて両手は対になっているのもあるが、人の構造として残った骨格が返って不気味だった。

 

 六つ足(・)に、頭蓋の形自体が変形し獣面となった頭。

 炭化したように白く染まった眼窩の中では左目が血に染まり、二つの瞳孔を覗かせる右目だけがその色彩を維持していた。

 

 燃ゆる中、獣の骨の周りを肉が覆い、皮膚と赤の毛が生え揃う。

 しかし、溢れる血で生やした皮膚や肉、骨までもを燃やしており、重く肉を焼き焦がす異臭と音をさせながらも細胞の命に従い再生し続ける。

 延々と灼ける音を響かせて犬の様に変形した口腔から火の混じる息を吐き出した。

 

 

「なぜ わすれていた  わすれ  たくなど なかっ た ……」

 

 

 千切れた数珠を踏み壊し、触れるもの全てをその身から迸る炎で燃やしている。

 熱波を全体に行き渡らせて、地下に張った水が白い蒸気となっていく。花は燃え、高舞台にいる獣から飛び散る血潮が火の手を緩やかに広げていく。

 ――琵琶の音が鳴り、火(・)事(・)が(・)消(・)え(・)て(・)部(・)屋(・)自(・)体(・)が(・)広(・)が(・)っ(・)た(・)と思えば、垂れる血潮にて再度燃えていく。

 

「ここまでの化物退治とは、流石に考えられなかったなぁ……」

「  あ つい やめ て  ぅぐぁ… ねじ  まげる    ゆるされ ない」

 

 呆然と獣からの火に照らされた男が引き攣った顔をする。

 右の肩が脱臼しているがそれを直す暇も無く。目の前で鼓膜を打ち破る鳴き声を轟かせ、獣が二重の牙が揃った口を開けて飛び掛かった。




そういや原作での上弦戦の中でまともな第二形態戦は蟹上ぐらいしか無かったなって。
人の内に、いったい何者が潜んでるんだろうな?

江戸コソコソ噂話
燬宅が袈裟と数珠を付け始めたのはほぼコスプレ。
特に趣向が無いので泥などが目立ちにくい黒い着物を着ていたが、その上で袈裟を付けると「徳が高い僧侶」に見えると学習した結果、袈裟と数珠のスタイルが生まれた。教祖帽子は健在。
数珠の方は幻聴が五月蠅いので煩悩退散を試みたという経緯があるが、結局意味は無かった。
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