冒険者、カヌゥは立ち尽くしていた。
「カ、カヌゥ!?たすっ、助け――ぁ!!」
眼前にて仲間だったモノが爆散し、紅い紅い鮮血の大輪を咲かせる。
『グゥウウウウウッッ……!』
「ひぃ、ひぃあっ」
また一人、仲間が迷宮の染みと化す。全身を真紅の体液で彩った二M強のモンスターが、手に持つ上等な大剣を地に叩きつけながら咆哮する。
『ヴモォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!』
ビリビリと、魂にすら染み入る恐怖の砲声。爆音が如き大音声にカヌゥは危うく尻もちをつきかける。
肉質的巨軀。圧倒的覇気。身体の総てが生命を破壊するための造形が目の前の獲物を蹂躙しようと今一度脈動する。
丸太を束ねた様な太さ、ゴムの様な弾力を兼ね備えた筋肉は一瞬にして最大まで膨らみ―――解放。
「クソックソックソックソックソッたれ!!何だってこんな所にミノタウロスがいるんだよッッ!!!?」
「馬鹿カヌゥッ話してる暇ギャッ!?」
「あ、ああ、ああぁぁぁぁぁっっっ!!」
バチュンッ。
また一人、潰れた果実になる。
それは恐ろしいほどの速さで振るわれ、骨肉を一切の障害としていない事が嫌でも理解出来てしまう。ミンチどころか血袋に成り果てた仲間の姿を双眸に焼き付ける。
自分達とは違って、呼気を荒らげすらいないミノタウロスからは愉悦も快感も感じられず、ただそこにあるのは冷徹な殺意。粗暴で頭が弱いと言われるミノタウロスとは思えない感情を宿しているそれは、決死の覚悟で逃げるカヌゥの姿を視界に収め―――肩に大剣を置いた。
それは遥か古代より、人間が己より強大な怪物を打倒する為に生み出したものの一つ。『剣術』と呼ばれるものに酷似していた。
ありとあらゆる液体を喚き散らしながら走り去る有象無象。それは己を高める土台にすらならない弱者。だが、目の前を彷徨かれたからには殺さない理由がない。
腰を低く、左肩を前に倒し、左右に持つ大剣で十字を創る。右の剣は肩の上、左は背に回す。長く呼気を吐き、開眼と同時、怪物は跳んだ。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁあ―――あ?」
体をねじり、居合に近い動きで左を繰り出し、開かれた空間に渾身の一撃。それは冒険者達の纏う防具など紙切れのように斬り捨て、一瞬にして肉体を幾重にも分割してゆく。
その豪快にして痛烈な剣技は誰もが怖気を覚えるほどであり、それでいてある種の『武』を心胆に感じさせるほどに研ぎ澄まされたものだった。
『グモォォォオォォォオォォッッッッ!!!』
自らの勝利に雄叫びを上げ、背後の猛者へと振り返る。
「予想以上に育ったか」
そう静かに告げ惨状を確かめるのは
「よもや【イシュタル・ファミリア】の刺客まで殺し得るとはな」
そう、辺りに散らばるのは何もカヌゥ達下級冒険者の死骸だけではない。
迷宮に籠もるオッタルに向け、フレイヤの失脚を目標に駆り出された【イシュタル・ファミリア】の
それ以降はとどのつまり簡単な事。蹂躙だ。たかがミノタウロスと侮った団員から真っ先に血飛沫をあげ、油断していない団員をも圧倒的な膂力と怪物の持たない筈の剣技において武具ごと両断された。
その惨状に失敗を悟った団員は撤退。逃げる戦闘娼婦を追わずにミノタウロスはカヌゥ達を殺しにかかったのだ。
このミノタウロスは、あまりに強すぎる。オッタルの予想すら超える規格外の成長を遂げた彼は、オッタルへ襲いかかる様子も、怯える様子もなくただ一瞥し、ズシンズシンと二刀を携えて去っていった。
「ベル・クラネル。この試練はそう甘くないぞ」
誰に言うでもなく、
これは余談だが、この度ミノタウロスが殺害した冒険者はレベル1が4名、レベル2が14名。そしてレベル3が3名の都合21名であった。
―――おお、怖い怖い。何て恐ろしい怪物なんだろう。流石は都市最強に育てられ、挙げ句に魔石を貪欲に求めた強化種なだけはある。でも安心して?怪物はえてして英雄に倒される。そういう
◇◇◇◇◇
「おっと」
パリン、と。
オベロンが弄っていたポーション瓶が砕け、ヘスティアの手に持ったティーカップの取手が割れる。
「熱っ!?あっ、あちちちちちっっっ!?」
「だ、大丈夫ですか神様!?」
当然、本体ごと熱々の紅茶がヘスティアの体に被り、一張羅の謎の服を茶に濡らしながら石畳を転げ回る。
慌てたベルにポーションをかけられ、だんだんと痛みが引いてきたところで惨状を見る。
下界に降りて以降、初めて自分の給料で買った素朴ながらも思い出深い――まだほんの数ヶ月程度しか経っていないが――白いティーカップの破片がバラバラになって散らばっていた。
それはオベロンの落として流れてしまったポーションと触れ合い――炸裂。
「いいぃっ!?」
「うぎゃー!?僕達のホームがぁー!?」
予想だにしない爆発にベルは驚愕し、ヘスティアはその被害に実感の籠もった悲鳴を上げた。
「嘘だろ、ほんっっとにすまない!まさか紅茶と混ざると爆発するなんて……。僕の確認不足だ。ほんとに申し訳ない……!」
流石のオベロンもこれは把握しておらず、全面的に悪いと反省の意を示している。しかしヘスティアも鬼ではない。むしろ、偶然による事故だというのだから、許さないで何が神だと、若干の強がりを滲ませながら気丈に振る舞う。
「それより、二人共怪我はないかい?」
「僕は大丈夫さ。むしろ一番心配なのは神の力を封印しているヘスティアなんだけど……その様子なら大丈夫かな?」
「ぼ、僕はお二人よりも離れていたので……その、神様……。服を……」
「服?」
オベロンがどこか哀れなモノを見る目で返答し、赤い顔のベルはヘスティアへと照準を合わせまいと努力するが、チラチラとこまめに目線を移してしまっている。
先程までは必死で考える暇もなかったが、こうして冷静になってみれば、体に張り付くような白い布地は紅茶とポーションで濡れに濡れ、ただでさえ強調されている幼くも妖艶な肉体をくっきりと浮かび上がらせていた。
「へぇ〜ん?ふう〜ん?………………ベルくんのエッチ」
「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?ごめんなさあぁぁぁぁあい!」
「あっ、ベル!?…ヘスティア、君は全くベルのこととなると子供みたいな……ああそっか、神って種族はこんなもんだった」
やれやれと、手のかかる子供を見る保護者のように首をすくめると、ヘスティアは当然抗議する。
「あんなちゃらんぽらんでいい加減に生きてる奴らなんかとは比べないでくれないかな!いくらオベロンくんとはいえ」
「え。でも君最初の頃は随分とヘファイストスにおんぶにだっこで自堕落に過ごした結果がこれなんじゃなかったっけ?」
「うぐっ!君、ちょくちょく気にしてることを言うよね…」
軽く清掃だけ終わらせると、いじけるヘスティアを尻目にオベロンは地上へ続く階段へと足をかけた。それを怪訝に思ったヘスティアは眉をひそめる。
「オベロンくん?」
「……何かこう、嫌な予感がするんだ。ヘスティアもそうだろう?」
「…君も、かい?」
無言の首肯。
「ああ、僕達に出来ることは忠告くらいさ。でも無いよりかはマシなはずだ」
「…分かった。ベルくんによろしく。絶対に帰ってきてくれってね」
「承知したとも」
足をかけ秘密の地下室から体を出し、ベルの行き先へと思いを馳せたところで、意外なことにその姿は直ぐに見つかった。
もう既に何も入れられていない古い本棚の側。そこに背を丸めて座り込んでいた。
何やらとても集中しているのか、背後に迫ったオベロンにすら気づいていない。
「ベル」
「っ!?…って、オベロンさん?」
慌てて立ち上がるベルは手に何か紙片の様なものを握っており、不意に背後の本棚へと頭をぶつけた。
「いたっ」
「ああもうそんなに慌てるから。君は日常生活だとちょっと抜けてるな。……ところで、僕はてっきりもう外に出たものだと思ってたけど、何だってまだこんなところに?戻る機会を伺っていた訳じゃあないだろう?」
そう告げると、先程の失態を思い出したのか顔を赤らめ「ちっ、違います!」と訴え、その原因の品を差し出した。
「この本棚と壁の隙間に、こんなものがあったんです」
「これは……!」
それはとある
場所はこの寂れた教会の前で、道行く人も写り込み、いつもの活気溢れるオラリオ、といった様子だ。
教会は今より苔も少なく、荒れてはいない。その写真の古さと相まって随分と前のものらしい。
それだけであれば、たまたまこの所有者が忘れてしまっただけだと推測することも出来るが、ベルはある一組の人間を指さした。
赤ん坊を抱える女性と、その隣に立つもう一人の女性の写真。
優しげに微笑む白髪の女性はとても幸せそうに笑い、並ぶ黒いドレスの女も僅かに口角を緩めていた。
白と灰という髪色の違いはあれど、二人の顔立ちはとても良く似通っている。恐らくは姉妹なのだろう。
写真機はこの二人を中心に捉えており、何も知らない人が見れば何てことない家族写真だと、疑問にすら思わないだろうそれは、しかしてベルにとってはなぜだか無視できない代物だった。
「ここに写ってるこの人達が、何だか懐かしく思えてきて……。変、ですよね。会ったこともないのに」
「……そうか。やっぱり……」
はっきりと、哀愁を漂わせて呟き、それにベルが反応する暇も与ずにオベロンは続けた。
「…実はね、僕は君に会うのはあのときが初めてじゃないんだ」
「それって…?」
「僕は君がもっと幼い頃、それこそ物心つく前から君のことを知っている。もっとも、オラリオに来るだなんて予想はしていなかったけど。……うん、はっきり言うよ。彼女達は君の家族だ」
家族。
その言葉を耳にした途端に寂寥とも困惑ともとれない顔に変わる。だがしかし、それでいて成程と納得する心境に、何よりも本人が驚いていた。
「僕の…家族」
「この赤ん坊……昔のキミを抱えているのが、実の母親であるメーテリア。そしてこっちの方はアルフィア。メーテリアの姉でキミにとっては伯母にあたる人物だ」
もう一度、何度でも。穴が空くほどに熱心に見つめ続けるベルは、どんな感情を抱いているのか、反芻するように名前を呟いている。
「これが、僕のお母さん」
ベル・クラネルは、母親というものを知らなかった。田舎の村では偶に面倒を見てくれる知り合いこそいるが、母親というには遠かった。
ベルにとっては未知の存在。それでいて幼き頃よりの羨望の一つ。
「僕にもっ…お母さんがいたんだ……!」
くしゃくしゃに。くしゃくしゃに。どれほど待ち焦がれたものだろう。かつては祖父に聞き、悲しい顔をさせてしまってからは話題に出さなかったそれ。密かに憧れていた関係があったのだと、大切に大切にその写真に想いを馳せた。
「この廃教会はね、メーテリアの好きな場所だったんだ。…まさか、時を経てキミが来るなんてね」
涙声を滲ませながら、けれど泣き顔を見せまいと堪えるベルは固い決意を宿した瞳を向けていた。
「やっぱり僕、ヘスティア・ファミリアで良かったです」
言葉はそれだけ。されど、それが何重もの意味を込めていたのかは、容易に察することができた。
「……そろそろ良い時間だ。リリルカを待たせているんじゃないかな?」
「あっ、そ、そうでした!これ、どうしたらいいんでしょう!?」
おろおろと、保管場所に困る写真を手に持ち狼狽える。
「良かったら、僕が預かってもいいかな?何、悪いようにはしない。キレイに写真立てにでも収めてみせるさ」
「ありがとうございます!じゃ、じゃあ僕行かないと」
まさに脱兎の勢いで外に駆け出そうとするベルを送り出し、言葉を投げかける。
「ヘスティアからの伝言だ!『絶対に帰ってきてくれ』だってさ。勿論僕も同じ気持ちだ。レベル2になって初の探索、十分以上に注意してくれ!」
「はいっ!ありがとうございました!」
今まで以上の速度で大通りを駆け出し、人混みに消える背中を追うと、オベロンは静かに引き下がった。
―――手に持つ写真の裏に渡る黒い染み。ベルはただの汚れだと思っているそれが、血液が凝固したモノであることを、オベロン以外は未だ知らない。
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ちなみに、No.1になれなかった蘭丸星人ととある長可星人の義兄妹がこのすば世界に不時着(誤字ではない)をする話って需要あります?
なんにちもなんにちも何もたべていない虫がいました。虫はずっと我慢していたのです。そんな虫の目の前に、美味しそうなお菓子が入ったバゲットがありました。虫はどれくらいたべたのでしょう?
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