もしも竈門炭治郎のもとを訪れたのが比古清十郎だったら 作:OSR
もうすぐ6月。この小説の執筆を始めたのがちょうど年明けからだけど……1年が早いなぁ。
竈門炭治郎と上弦の壱、そして上弦の参が死闘を繰り広げるなか、空は明るみ始め──間もなく朝がやって来る。
「炭治郎!!」
「炭吾郎!!」
朝を迎えようとするなか、その場所に遅れてやって来たのは炭治郎が信頼する仲間達で、無限列車にて下弦の壱を見事に討伐した我妻善逸と嘴平伊之助、そして……炭治郎にとって何よりも大切な存在である竈門禰豆子だ。
「むう!!」
禰豆子達は、炭治郎にとって何よりも守り抜きたい存在であり、炭治郎の力の源でもある。
それを証明するかのように、三人の無事な姿を瞳に捉えた炭治郎は頬を緩ませた後に、再び力強い表情を浮かべていた。
「もうすぐ朝が来る…だから必ず…継国巌勝ッ、お前を今ここで倒す!!
(禰豆子、善逸、伊之助…無事でよかった。)」
「竈門…炭…治郎ッ!」
深い傷を負いながらも立ち上がった炭治郎は、日輪刀を握る手に力を入れ、"十二鬼月"最強である上弦の壱の頚を斬り落とすべく最後の猛攻を仕掛けるのである。
神速を最大限に発揮しての九方向からの八つの斬撃と一つの刺突を同時に繰り出す九頭龍閃を鬼を滅するまで舞い続ける。
炭治郎の師である比古清十郎が得意とする御技だからこそ、炭治郎もまた、この御技を昇華できたのだろう。
「ッ、ぐうッ…くッ、この…わ…私が…!
(竈門…炭治郎…忌々しい!
貴様は…何故ッ…縁壱…だけでは…なく…
炭治郎が負わされた傷は深く、これだけの激しい動きを続けていれば普通は、その箇所から体が裂けてしまうはずだ。それでも、炭治郎は止まらない。
上弦の壱・黒死牟は、炭治郎の神速の猛攻を刀で防いでいるが徐々に圧されつつある。
最強の上弦を追い込む存在がいるなど…。
「ッ…うおおぉぉぉ!!
(俺はまだやれる。長男なら弱音を吐くな。こんな痛み…大丈夫だ。)」
だが、先に限界を迎えようとしているのは黒死牟ではなく、炭治郎だ。
黒死牟が受けた傷も深く、まだ再生できずにいるが、やはり人間と鬼では体の性能、体力が違いすぎる。
「上弦の壱ともあろうものが…なんたるざまだ!
術式展開!!
【終式 青銀乱残光】」
しかも、この状況で上弦の参・猗窩座が戦いに介入してしまう。何としてもここで、炭治郎を葬り去るつもりなのだろう。
猗窩座は自身最強の血鬼術を、炭治郎だけではなくその場に駆けつけた禰豆子達や、戦いの行方を見守っていた煉獄に向けて放つ。猗窩座の終式は、全方向に通常より速度と威力をさらに高めた百発の乱れ打ちをほぼ同時に放つ血鬼術。それが、前方にのみに向けて放たれた。
さすがの炭治郎も黒死牟を相手にしながら、限界間近の状態で全員を守りながら捌くのは不可能……いや、炭治郎はそれでも止まらないのだろう。
「絶対ッ──守る!!
(心を熱く…明るく照らせ…日の神様になりきるんだ!
飛天御剣流は絶対に負けない!)」
「なッ!?
(は、速さが更に増した!?
上弦の壱に負わされた傷は深いはずだ!
そ、それにどういうことだ…竈門炭治郎の闘気が…完全に消えた!?)」
炭治郎はそれまで以上の神速を発揮し、猗窩座の最強の血鬼術をも全て斬り伏せるのである。
「!
(い、いかんッ、ここは陽光が差す!逃げなくては!)」
そして、炭治郎の背後から太陽の光が差し込んでくるのだ。その様はまるで、炭治郎が太陽を引き連れてきたかのようで…。
太陽を前に、黒死牟も猗窩座も取る行動は決まっている。恥も外聞もない。武士、武道家であることも関係ない。これまで多くの人間を喰らい、強大な力を持った二体の鬼ですら、太陽を前にしたら何もできない塵芥。
頭に過ったのは"撤退"の二文字のみ。
「あ!
アイツら逃げやがるぞ!!」
「おッ、おい!?待て伊之助!!」
その場から森の方向に全力で逃走する黒死牟と猗窩座。それに驚き、あとを追おうとする伊之助と、その伊之助を止めようと動く善逸。伊之助はきっと、ここで逃がしてしまっては炭治郎の努力が全て無駄になってしまうと思ってしまったのだろう。
「よせ…これ以上深追いするな、猪頭少年」
ただ、伊之助は煉獄杏寿郎によって止められてしまう。炎柱である煉獄ですら力の差を痛感し、今の己では頚を斬り落とせないと悟ったのだ。柱級の鬼狩りに成長したとはいえ、経験に乏しい伊之助では尚のこと……不可能だろう。
「た、炭治郎!?」
それに何より、今もっとも気にすべきことは、黒死牟との戦いで深手を負った炭治郎だ。
「竈門少年!大丈夫か!?
…気を失っている。いかんな…呼吸で止血はしているが、かなり傷が深い」
「紋治郎!だ、大丈夫か!?」
だがきっと炭治郎は大丈夫なのだろう。
炭治郎を優しく包み込み照らす朝陽が、そう物語っている。
「むう!むうむう!」
「禰豆子ちゃん落ち着いて!
炭治郎はきっと大丈夫だから!」
無限列車で起きた鬼狩り達と鬼達の大決戦……無限列車に巣食っていた下弦の壱の討伐は果たすことができたが、その後現れた上弦の壱と上弦の参の討伐は果たせなかった。
しかし、無限列車の乗客達は誰一人として喰われることなく、無事に守り抜くことに成功した。
これは間違いなく、鬼狩り達の勝利である。
「炭治郎…大丈夫だよな?」
「竈門少年はきっと大丈夫だ猪頭少年。
彼は強いからな!」
そして、無限列車の任務に就いていた鬼狩り達は現在、鬼殺隊の治療所"蝶屋敷"にいる。
蝶屋敷では今、重傷者一名──竈門炭治郎の緊急手術を胡蝶しのぶが行っているところだ。
上弦の壱と上弦の参との戦いで深い傷を負った炭治郎は、上弦達が夜明けと共に撤退した後に気を失い倒れてしまった。
無理もない。寧ろよく、上弦を相手に四肢の欠損すらなく夜明けまで戦い抜いたものである。
ただ、禰豆子達は己の無力さを痛感するばかりで、炭治郎の手術が終わるのを落ち着きなく待っていることしかできずにいた。
「本当に凄い人ですね…炭治郎くんは」
「胡蝶!!」
すると、炭治郎の手術を終えたしのぶが禰豆子達のもとに姿を現した。
「手術は無事に成功しました。
傷は深く、血を流しすぎていましたが、さすがの生命力です。炭治郎くんならすぐに回復するでしょう。
禰豆子さん、安心してください。あなたのお兄さんはちゃんと生きてますよ」
しのぶは炭治郎が無事であることを告げ、禰豆子達を安心させ、一番不安だったであろう禰豆子の頭を優しく撫でている。もっとも、しのぶも蝶屋敷に運ばれてきた炭治郎を目にした際は、珍しく動揺していたのだが、命を救う医者としてすぐに気持ちを切り替え、炭治郎の手術に集中し……しのぶは無事に炭治郎の手術を終えてくれたのである。
「よ、よかった…俺…今回ばかりは炭治郎が死んじゃうんじゃないかって…」
「三太郎が死ぬわけねーだろ!」
敵は上弦の鬼が二体。
善逸が最悪の結果を思い浮かべてしまったのも仕方ない。だが、それでも伊之助が炭治郎ならばと思っていたのは、炭治郎を誰よりも信頼しているからなのだろう。
「それしても…上弦の参だけではなく、上弦の壱まで。
二体の上弦の情報を得ることができたのは大きいですね。炭治郎くんでなければ不可能だったでしょう」
「その通りだ!
俺は竈門少年と上弦の戦いを見て、己の無力さを痛感した!今の俺では上弦には勝てない!だが、俺は決して諦めない!竈門少年は俺に進むべき道を示してくれた!だから俺は強くなり、上弦を倒す!!」
炭治郎と上弦の戦いが鬼狩り──鬼殺隊に与えた情報はあまりにも大きい。その反面、最強の上弦の力が公となったことで、勝てるはずがないと思ってしまった鬼狩りは少なくないはずだ。その反面、触発された者もいる。
炭治郎と上弦の戦いを目の当たりにした炎柱・煉獄杏寿郎はその内の一人だ。彼は心を燃やし、これまで以上に鍛練に励み、更なる強さを得るはずだ。
「緊急で柱合会議が開かれるはずです」
「そうだな」
上弦という嵐は去った。
だが、これはまだ序章にすぎない。これから訪れるであろう大きな嵐の…。
☆☆☆☆☆
竈門炭治郎は夢を見ていた。
竈門一族の御先祖様の夢だ。
「俺は縁壱の親友──
戦国時代を生きた竈門一族の御先祖様……竈門炭吉のもとに、一人の男が現れた日の夢である。
そして、その男こそが"飛天御剣流"を生み出した初代・比古清十郎だ。
この夢は、比古清十郎が飛天御剣流を完成させるよりも前の出来事。
「ああ、安心していい。
俺は縁壱を追放した鬼殺隊とは関係を絶った身。今はただの
竈門一族の御先祖が、初代・比古清十郎とも接点があったことを証明する夢──記憶の遺伝だ。
初代・比古清十郎は、継国縁壱と同時期に鬼殺隊に加わり、共に切磋琢磨し、"呼吸術"を昇華させ、剣士の実力向上に尽力した戦国時代最強の鬼狩りの一人。
"日柱"継国縁壱と共に多くの鬼を狩り、恐れられた"龍柱"だったのだそうだ。
日柱と龍柱。彼らは鬼殺隊最強の双剣とまで謳われ、恐れられていたのだという。
だが、鬼殺隊はとある理由から双剣の一振り──継国縁壱を追放してしまった。その愚行が、もう一振りすらも手放すことになると知らずに…。
後に完成する飛天御剣流が、どの権力、どの派閥にも属さない自由の剣としてあり続けるのは、実は継国縁壱の追放処分が深く関係しているのである。
記憶の遺伝を見た竈門炭治郎は、竈門一族と初代・比古清十郎の思わぬ繋がりを知り、驚くことだろう。その一方で、巡り巡って炭治郎が飛天御剣流とヒノカミ神楽の両方を会得したのは偶然ではなく、きっと運命だったのだろう。
時は少々遡り……太陽の光が一切届かぬ暗い洞窟にて…。
「上弦の壱…あのガキは…竈門炭治郎はいったい何者なんだ…奴は至高の領域に至っているのか?」
「竈門炭治郎…奴は恐らく…始まりの呼吸…と…戦国時代…最強…の…鬼狩り…と…恐れられた…龍柱の御技…その二つ…を…受け継いで…いる」
竈門炭治郎と死闘を繰り広げ、夜明けの到来を理由に撤退した上弦の壱・黒死牟と上弦の参・猗窩座が敗北を喫した鬼狩りについて語らっている。
遭遇した鬼狩りを悉く殺し、誰一人として逃したことがない最強の鬼達が唯一、撤退を余儀なくされた鬼狩り──竈門炭治郎。仮に、夜明けの到来まで時間に余裕があったとしても、黒死牟は刺し違えていた可能性が高いが、猗窩座は葬られていた可能性が高い。
始まりの呼吸の
「忌々しい…存在だ。
必ずや…葬り去らねば…ならない」
だからこそ、黒死牟と猗窩座は今回の敗戦を深く心に刻む。そして、更なる強さを求めこれまで以上に研鑽し、高みへと昇るのだろう。
だが、黒死牟と猗窩座は気付いてはいない。真の高みへと昇ることなどできないことを…。
☆☆☆☆☆
無限列車の一件から一週間…。
「炭治郎…目が覚めて良かった…本当に良かった」
「炭治郎くぅぅぅん、死んじゃうんじゃないないかってッひぐッ、良かったぁぁぁ!!」
竈門炭治郎は、一週間後に意識を取り戻した。
「心配かけてごめん。
けど、俺はもう大丈夫」
目が覚めた炭治郎の右手を優しく握り締め、一筋の涙を流しながら自身の想いを告げる栗花落カナヲと、すがりつくように左手を握り締め大号泣する"恋柱"甘露寺蜜璃に優しい笑みを向けているが、とても一週間の昏睡から目覚めたばかりとは思えない……炭治郎の人外ぶりは健在だ。寧ろ、上弦の鬼達との戦いで増しているかもしれない。
我妻善逸や嘴平伊之助は比較的軽傷であったこともあり、すでに鬼殺隊士として任務に出ているそうだ。無論、"炎柱"煉獄杏寿郎もである。
☆☆☆☆☆
三日後。
炭治郎はまだ完全に傷も癒えぬなか、蝶屋敷の主人である胡蝶しのぶに置き手紙を残し、自身の拠点でもあり、心の拠り所である珠世のもとへ戻っていた。
上弦の鬼について話す為だろう。
しかし……。
「た、珠世…さん?
あ、あの…」
「お願いです…少しだけ…あなたの温もりを感じさせてください。炭治郎さんが無事で本当に良かった。もう二度と…お会いできないかと…鬼殺隊の現当主からお手紙を頂き、あなたの状態を知った時…心臓が止まるかと」
冷静な珠世がすがりつく姿に、炭治郎は動揺している。
それと同時に珠世を心配させたことを痛感し、炭治郎はこの状況を受け入れ、彼女を優しく抱き締めた。
「ご心配をおかけしました。
それから…ただいま、珠世さん」
「…!
おかえりなさい、炭治郎さん」
生きているからこそ感じることができる温もり。
炭治郎と珠世は、互いにその温もりを感じ合っている。
ただ、炭治郎はしばらくの間、行動を自粛させられるはずだ。傷が完治するまでの間は、鬼殺など以ての外だと。一週間も昏睡状態にあったのだから無理もない。そもそも、一週間の昏睡から目覚め、その三日後にこうして動けているのがおかしいのだが…。
上弦の壱、上弦の参の討伐は失敗に終わるも、死者0。重傷者──1名のみ。(竈門炭治郎)
上弦の壱と上弦の参は、太陽から逃亡。
▪️日天御剣流・九頭龍 鬼滅の舞い
二十七頭龍閃を超え、可能な限り九頭龍閃を舞い続ける。
もしかしたら、存在していたかもしれないとされる龍柱。
この作品では、初代・比古清十郎が縁壱と共に鬼殺隊最強の双剣士と謳われた一人となっております。
まだ飛天御剣流が誕生する以前のことで、縁壱が追放されたことをきっかけに鬼殺隊を脱退し、流浪人となり飛天御剣流が誕生し、ひっそりと人助けをしながら生き、継承されていった。
それもあり、無惨や兄上は龍柱の存在は知っているものの、飛天御剣流までは詳しく知らないという…。