俺の上司共が色んな意味でブラックすぎる件 作:ギルバート
七耀暦1202年 6月16日 帝都東支部
「今の今まで散々自分たちが妨害してきたくせに、今度は犯人を捕まえろですって? ふざけているわ」
「ああ、まったくだ」
二カ月後。
貴族たちとの交渉がひとまず決着を迎え、前回と同じ顔触れで開かれた会合の席で、サラとヴェンツェルは貴族たちが追放要求を棚上げする条件として提示してきた内容に、口々に不満を漏らした。
――今回のギルド支部連続爆破事件、および遊撃士襲撃事件の首謀者を、自らの手で捕縛すること。
もちろん遊撃士協会としては最初からそのつもりでいたが、その行為を貴族たち初動で潰しておきながらどの口がという、怒りがあったのである。
そして、遊撃士たちを悩ませている存在はもう一つあった。
「……帝国政府の連中も、完全に他人事だしよ」
トヴァルのぼやきに、その場にいた全員が内心で同意した。
帝国政府――。
一連の騒動の中で、最も不可解な動きを見せている存在だった。
その方針は一貫して静観。
大規模テロ事件の直後には箝口令を敷き、貴族勢力の支配下にある領地と、生き残った遊撃士たちが集結している帝都を除く各都市へ帝国軍を派遣した。
また、支部を失いながらも現地に留まって情報収集を続けるギルドマスターや職員たちの護衛も引き受けている。
だが、それ以外――事件の調査や犯人捜索といった分野では、途端に動きが鈍くなっていた。
さらに、貴族勢力が遊撃士協会に追放要求を突き付けた際も、帝国政府はそれを妨害することなく、そのまま協会へ伝達した。
そして二カ月に及ぶ交渉の間も、遊撃士協会の排除を目指して圧力を強める貴族勢力に対し、政府はどちらの側にも立たず、終始中立の立場を維持していた。
まるで見物人のように、淡々と仲裁役に徹していたのである。
「帝国政府の連中、今回の件はこのまま傍観し続けるつもりか?
皇帝の直轄地にまで被害が出ているっていうのに」
「改革派が多数を占める今の政府からすれば、仮想敵である貴族勢力と遊撃士協会が潰し合ってくれるなら、その程度は目をつぶるということだろう。
向こうに付かれないだけマシだがな」
「……ということは、貴族勢力の要求どおり動くのは癪ですが、やはり解決の糸口を掴むためには、大規模テロ事件の犯人を捕らえるしかない、ということですか」
トヴァルのぼやきに、ヴェンツェルとギルドマスターが相づちを打った。
「だが、犯人を捕まえると言われてもな。
大規模テロ事件から、もう二カ月以上が経っている。
こっちは依頼まで断って警戒態勢を維持してきたが、その間、一度たりとも襲撃はなかったんだぞ」
「ええ、遊撃士協会の影響力を一時的にでも排除し、その隙に別の目的を果たそうとしていた可能性も考えていましたが……。
その間、相手はまったく動きを見せていません。
現地に残って情報収集を続けている各ギルドマスターたちの情報網にも、敵勢力の痕跡は一切引っかかっていない。
潜伏しているにしても、偵察や小規模な揺さぶりすらないというのは……」
「……つまり、大規模テロ事件そのものが手段ではなく目的だったってことか。
それにしても、やはり今回の件を手引きしていたのは貴族勢力ではないのか?
《結社》も、その依頼を受けて動いていたと考えれば説明はつくが……」
ギルドマスターの報告に、トヴァルとヴェンツェルはこめかみを押さえた。
先の大規模テロ事件以来、《ジェスター猟兵団》と思われる武装勢力の消息は、ほとんど途絶えていた。
それと時を同じくして始まった貴族勢力による追放要求。
さらに、その後二カ月に及んだ交渉期間中も、武装勢力による襲撃どころか、有力な目撃情報すらほとんど上がってこなかったのである。
まるで何者かに「待て」と命じられているかのように。
その一連の動きが、トヴァルとヴェンツェルには背後に貴族勢力の存在があるように思えてならなかった。
「……もう連中は手を引いたんじゃないのか?」
そしてそうならば、貴族勢力が出して来た要求自体がこちらを混乱させる為のブラフの可能性も出てきたのである。
もう既に武装勢力を引かせているにもかかわらずに。
「……それはないんじゃないかしら」
そんなトヴァルの疑問に、サラは首を横に振った。
「今回の大規模テロ事件。死者が出ていないことはひとまず置いておくとして、
仮に武装勢力が貴族たちと繋がっていたんだとしたら、今回の作戦の目的は支部の破壊そのものじゃない。
狙いは『遊撃士協会の指揮・連絡・支援機能を麻痺させること』。
そう考えると、連中は戦略的に見て明らかなミスをやらかしてるのよ。
本気で協会を潰したいなら、何を差し置いても帝国遊撃士協会の中枢――帝都の両支部だけは確実に機能停止へ追い込まなきゃならなかったはずだもの。
ところが、爆破計画は不慮の事故で失敗。その後の工作もトヴァルやヴェンツェルたちに阻止された。
おかげで帝都両支部は生き残り、協会の中枢機能も維持されたまま。
もしあそこまで潰されていたら、協会の対応力はは大幅に低下していたでしょうし、貴族たちの政治的攻勢は今の比じゃなかったはずよ」
サラの言葉に、トヴァルとヴェンツェル、そしてギルドマスターは揃って考え込んだ。。
確かに今回の大規模テロ事件による被害は甚大だった。帝都を除く帝国各地の遊撃士協会支部は次々と爆破され、多くの遊撃士が襲撃を受けて重傷を負った。並の組織であれば、それだけで壊滅的な打撃となっていただろう。
だが、遊撃士協会はゼムリア大陸全域に支部を持つ巨大組織だ。
何らかの思惑があったのか死者は出ておらず、被害も主として施設に集中している。損害は深刻ではあるものの、再建が不可能なほどではない。
しかも、エレボニア帝国における実質的な総本部ともいえる帝都両支部の破壊には失敗している。指揮系統は維持され、組織としての統制も失われなかった。
だからこそ、カシウス・ブライトの助力があったとはいえ、遊撃士協会は貴族たちの政治的圧力を跳ね返すことができたのだ。
「つまり、相手が本当に狙っていたのは……」
ヴェンツェルの呟きに、サラは静かに頷いた。
「たぶん『エレボニア帝国内における遊撃士協会の影響力の排除』よ。
指揮系統を断ち、情報網を寸断し、人員を疲弊させる。そして各地の支部を叩いて、協会そのものを『帝国内でまともに機能しない組織』に変えてしまう。
要するに今回のテロは、そのための地ならしだったってわけ。
だけど、連中は肝心なところでしくじった。帝都の両支部を落とし損ねたせいで、協会の中枢機能は生き残り。
その結果、計画は中途半端な形で終わり、貴族勢力が目論んでいた協会追放の流れも決定打を欠いたまま棚上げになった。
……でもね、それで終わったと思うほど私は楽観的じゃないわ。
もし連中の目的が本当に協会の排除にあるなら、まだ目標は何一つ達成できていないことになる。貴族勢力との交渉が一段落した今、連中は必ず次の一手を打ってくるはずよ。
今度こそ、やり残した仕事を片付けるためにね。」
◇
「……まあ、それだけではないのだろうが」
話し合いが終わり、誰もいなくなった部屋で、カシウスは静かに思考を巡らせた。
先ほどのサラの分析には概ね同意している。
大規模テロ事件を起こした武装勢力と貴族勢力の動きは連動している。そして、貴族勢力との交渉が終わった今、武装勢力が再び動き出す可能性も高いだろう。
だが、どうしても引っ掛かる点が二つあった。
一つは、武装勢力が沈黙を続けた二カ月という空白期間だ。
サラは、貴族勢力との交渉が続いていたため、武装勢力も動かなかったと考えていた。
しかし、それは不自然だった。
貴族勢力は「遊撃士協会が帝国内で武装勢力と交戦し、治安を乱している」という理屈で追放を要求していた。
ならば交渉期間中こそ襲撃は続いていた方が都合がいい。
被害が増えれば増えるほど、そして遊撃士協会が応戦すればするほど、貴族側の主張は補強されるのだから。
にもかかわらず敵は沈黙した。
まるで襲撃そのものではなく、
そしてもう一つ。
帝都両支部の爆破未遂だ。
調査の結果、爆弾が不発だった原因は起爆回路の接触不良と判明している。
だが、それでも説明のつかない点が残っていた。
それは臭いだ。
爆破された支部では例外なく、爆発直前に焦げ臭い臭いが発生していた。
おそらく建物内の人員を退避させるための工作だろう。
実際、死者がほとんど出なかったこととも符合する。
だが帝都両支部では、その臭いが確認されていない。
しかも爆弾を解析した結果、その機構は爆弾内部には存在しなかった。
つまり臭いを発生させる装置は別途設置されていたことになる。
ならば帝都両支部にも同じ工作が行われていなければおかしい。
だが存在しなかった。
導き出される結論は一つ。
――敵は最初から帝都両支部を爆破するつもりがなかった。
不発事故ですらなかったのだ。
そこまで考えた時、カシウスの脳裏にある仮説が浮かび上がった。
「……帝都支部にこちらを縛り付けるつもりか」
帝都両支部は、エレボニア帝国内における遊撃士協会の中枢だ。
本気で組織機能を奪うつもりなら、真っ先に破壊すべき標的だったのは間違いない。
だが敵はそれを意図的に残したとするならば。
敵にとっては、
もし帝都支部が失われていたなら、自分は間違いなく支部を放棄し、生き残った遊撃士たちをまとめて辺境へ潜伏し反撃の機会を窺ってただろう。
敵もそれを予測していたはずだ。
だからこそ、あえて支部を残した。
遊撃士たちを一箇所へ集め続けるために。
実際、その目論見は成功している。
帝都支部は生き残った遊撃士たちの象徴となった。
仲間が倒れ、各地の支部が失われる中で、敵の攻撃を退けた唯一の場所。
遊撃士たちは無意識のうちに、この場所へ希望を託している。
だからこそ放棄できない。たとえ軍事的には不合理だとしても、だ。
この可能性を他の遊撃士たちに話していないのは、そのためだ。
もし真実だった場合、彼らは自分たちの抵抗が最初から敵の計算の内だったと知ることになる。
それは士気を致命的に損なう。
そして敵は最初からそこまで計算していたのだろう。
思えば、ノーザンブリアでサラ・バレスタインを足止めした件にも説明がつく。
最も厄介な戦力を事前に排除する意味もあっただろう。
だが、それ以上に『最年少のA級遊撃士』という、帝都支部に代わる精神的支柱となり得る存在を遠ざけておくことが目的だったのではないか。
そして、この推論が正しいのなら。
武装勢力は貴族勢力の単なる手駒ではない。
少なくとも主従関係ではないだろう。
もし命令で動いているだけなら、交渉期間中こそ攻勢を続けていたはずだからだ。
利害は一致していても、目的までは一致していない。
そこまで考えた時、カシウスは、この盤面を組み上げたフィクサーに違和感をもった。
「随分と慎重だな……」
敵は一貫して遊撃士協会の行動を封じようとしている。
だが、それだけならやり方はいくらでもあったはずだ。
支部を徹底的に破壊し、遊撃士を容赦なく殺害し、帝都支部も消し飛ばしていれば、協会は今より遥かに深刻な状況に追い込まれていた。
それができなかったとは思えない。
これほど周到な作戦を立案した人物なら、なおさらだ。
ならば――。
「遊撃士協会を完全に崩壊させること自体は目的ではない、か」
潰せなかったのではなく、潰さなかった。
遊撃士協会は生かしておく必要があった。
そのために帝都支部を残し、遊撃士たちをここへ縛り付け、二カ月もの時間を稼いだ。
それは『時間を稼ぎながら進めている何か』と関係しているのか。
あるいは――。
「
カシウスは静かに立ち上がった。
ならば――。
「こちらも一手打たせてもらおうか」
◇
「このままダラダラと話し合いを続けさせて時間を稼ぐつもりだったが……二カ月しか持たなかったか。まったく、貴族のボンクラどもも使えねえな」
帝都ヘイムダルの地下道。
かつての災厄が生み出した瘴気から逃れるため、帝都全域に張り巡らされた地下遺構。その一室へ、一人の男が足を踏み入れた。
金髪の青年は端正な顔立ちを不快げに歪め、ぶつぶつと不満を漏らしながら、体育館ほどもある広大な室内を進む。乱雑に積まれた大型コンテナの隙間を縫うように歩き、部屋の最奥に設置されたコンソールへと向かう。
その前には、一人の男が座っていた。
生きているのか、死んでいるのかすら分からないその男は、瞳を閉じたまま微動だにせず、まるで人形のようだった。
青年はその男に見向きもせず、手元の携帯端末を操作しながら虚空へ向けて淡々と告げる。
「《グング=ニール改》、『ワンオペシステム』接続。Typeノーバディ」
『A・WnЭҐК』
その声とともに、青年の背後の空間が歪み、赤い球状の金属スライムが突如として姿を現した。
それはふわふわと宙に浮かびながら、耳障りな電子音を発し、妖しく明滅し始める。
すると、眠るように座っていた男が不意に目を開いた。
まるで見えない誰かが起動スイッチを押したかのように覚醒した男は、迷いなく目の前のコンソールへ手を伸ばし、高速で操作を開始する。
やがて通信が接続され、モニターに複数の映像が映し出された。
そこに現れたのは、大規模テロ事件の実行犯である《ジェスター猟兵団》の団長と隊長たちだった。
『首尾はどうだ、ノーバディ』
「「ええ、貴族勢力による追放要求はひとまず棚上げとなりました。これにて作戦第二段階――政治戦は一旦終了です」」
少し離れた死角で、金髪の青年が同じ言葉を口にする。
ノーバディは
通信相手は気付かない。
画面越しでは、それが自らの意思による発言にしか見えないからだ。
「「お待たせしました、《ジェスター猟兵団》の皆様。
これより作戦は第三段階へ移行。遊撃士協会に対し、本格的な攻勢を開始します」」
『やっとか』
団長が獰猛な笑みを浮かべる。
『部下どもはこの二カ月で帝都中の地形を頭に叩き込んだ。仕掛けも準備済みだ。いつでも始められる』
「了解しました。まず手始めに遊撃士たちのパトロール班への襲撃から開始しましょうか。
その後の対応次第ですが、我々は遊撃士たちに対して徹底的なゲリラ戦を展開します。同時に帝都市民への世論工作も進めます」
『帝国政府は?』
「結社経由で話は通しています。帝都守備隊であるエレボニア帝国第一機甲師団、および帝都憲兵隊は動かないでしょう」
『くくっ……貴族にも政府にも見捨てられたか』
猟兵団の団長と隊長たちは、遊撃士協会の置かれた状況を嘲笑した。
その後もいくつかの確認事項を交わし、通信が終了しモニターが暗転する。
同時にノーバディの瞳から光が消えた。
金髪の青年はいつの間にか手にしていた魔導杖を、まるで埃を払うかのように無造作に振るう。
すると、ノーバディの足元に魔法陣が出現し、、男の姿は光とともに消失した。
まるで最初から存在しなかったかのように。
そして青年は、空席となった椅子へどかりと腰を下ろし、長い足を組むと背後で待機していた《グング=ニール改》へ再び命令を下す。
「続けて『ワンオペシステム』接続。Type『メカ虫ケラ』2〜70」
命令とともに金属スライムが再び妖しく発光すると同時に、コンテナの一つの扉がひとりでに開いた。
次の瞬間。
ガサガサガサガサ――。
何かが這い回る不気味な音とともに、コンテナの奥から赤黒い影が溢れ出した。
それは一匹や二匹ではない。
夥しい数の赤黒い何かは、長い行列を作りながらも整然と部屋の出口へ向かって進んでいく。
青年はそれを横目で見送りながら、気だるげに大きな溜息をつくと、再びコンソールへ向き直った。
「さあ――ここからが本番だ」
カシウス・ブライトがアップを始めました。