安部菜々17歳   作:hatibe

16 / 16
問十六、アイドル事務所でスカウトされる確率を求めよ。ただし、予期せぬ場面で起こるものとする

 

1/これ全部着ていいってコト……?

 

 パチクリと目を瞬かせて、橘さんは呟いた。 

「ここが……衣装部屋ですか……」

 服、服、そして服。

 そこには、ありとあらゆる衣装が並べられていた。

「すごいですね……これ」

「すごいね、ほんとに……」

 僕らは、ワァ……エーッ……凄いねェ……なんて、幼な子の感想のようなものを言い合いながら、その部屋をぐるりと見渡した。

 

 先の話の後、プロデューサーさんに連れてこられたのは、文字通り衣装部屋だった。

 そこには、ファッション雑誌の表紙モデルが着ていそうなトレンド感のある衣服があると思えば、違う棚にはステージで着飾るようなドレスのような豪華な衣装もあり、衣装部屋というよりはむしろ衣装舘でも開くつもりなのかと言いたくなるような規模だった。

 プロデューサーさん曰く、ここにあるのはあくまで所持しているものの一部だそうで、外部倉庫には使用頻度の低い衣服が更にごまんとあるという。それどころか、特定のステージ用の衣装に至っては、厳密な温度や湿度管理すら必要なものもあるらしく、その手のハレの衣装は専門業者によって特別に品質管理されているそうな。どんな世界だ。

 そういうわけで、ここにあるのは、そこそこ使いやすく使用頻度が高いものがあるそうな。

 とは言っても。

「衣装しか置いてないのに、僕の部屋が何個も入りそうなくらい広いんだけど、この部屋」

「ウォークインクローゼットのクローゼットが作れそうなくらい広いですね」

「大阪市の図書館の自習席くらい広いですね」

 などと、僕と橘さんと鷺沢さんが三者三様に好き勝手言っていると、プロデューサーさんが、

「すみません、あまり時間もないので。彼女に着いて行ってください、私のアシスタントです」

「初めまして、千川ちひろです。さあ、橘さん。こっちへどうぞ」

「あーれー」

 そうやってドナドナと声を上げながら、いつの間にか現れたアシスタントさんによって橘さんは奥へ連れられて行ったのだった。

「人攫いだったね」

「人攫いでしたね」

 僕と鷺沢文香は見合わせるとそう呟いた。

 

2/小さな妖精

 

「では写真を撮りましょうか」

「ちょっと待って待って待って待って、待ってください」

 まるでチューリップから出てきたのかと見紛うような可愛らしいドレスを着飾って、橘ありすはプロデューサーさんに待ったをかけた。

「話が!展開が!早い!です!」 

「何か小道具とかもあったほうが……」

「この苺の造花とかどうですかね」

「聞いてください!」

 まるで、今私怒っていますよ、とでも言わんばかりの表情で、腰に手を当てて橘さんはそう言った。

「ええ……嫌なの?」

「嫌ではないです! 嫌ではないですが……なんかこう、もうちょっと、心の準備というか」

「ちょっといきなりだったね」

「いきなりすぎです! ジェットコースターじゃないですか! 見学に来たと思ったらトップアイドルと出会って衣装を着て写真を撮る!? フルコースです!」

「確かにそうだけど、衣装めっちゃ悩んでたよね」

「ぐっ…‥」

 アシスタントの千川さんに連れられて衣装に着替えることになった後、どれにしようかと目をキラキラとさせながら迷っていたのは言うまでもない話である。鷺沢文香もまるで妹ができたかのように楽しげに一緒に選んでいた。僕はと言うと、その手のものには疎いので、手持ち無沙汰もあり彼女らの写真を撮っていた。良い思い出になるでしょう。

「それとこれとは話が別ですが……まあ良いです。こんな機会、願ってもあるものではないのですから」

 そう言いながら、再び千川さんに連れられて撮影スタジオとやらに橘さんは向かって行った。道中、「え!! ありすちゃんが何でこんな所に!?」という聞き覚えのある声が聞こえたが、言わずもがなである。

 

 そうやって、騒がしい集団が出来上がり、撮影スタジオが賑やかになる中、橘さんはカメラの前に立つとパシャパシャと写真を撮られていった。

 皆が「かわいいですね」「かわいいですねー!」「やめてください!」と、わいわいと話す中、少し離れた位置から皆を見守っているプロデューサーさんの姿を見つけ、声をかけた。

「あの、今日はありがとうございました」

「いえいえ、良い一日となりました」

「あの、一つ聞いても良いですか?」

「はい、どうぞ」

「……なぜここまで良くしてくれるんですか?」

「なぜ……とは?」

 プロデューサーさんは首を傾げる。

「今撮ってもらっているカメラマンさんも、おそらくプロの方ですよね」

「ああ、なるほど」

 意味は伝わったらしい。確かにそれもそうですね。そう言うと彼はしばらく無言になった後、口を開いた。

「ピンと来たから、でしょうか」

「ピンと来た……?」

「ええ」

 そう言うと、プロデューサーさんは口を閉じ、黙って彼女らの動向を見守ったのだった。

 

 

「……濃い一日でした」

「お疲れ様」

 撮影が終わり、着替えた後に橘さんは疲労困憊といった様子で、疲れ果てたようにボソリと呟いた。

「楽しかった?」

「楽しいかどうかで言われたら……楽しかったですが、疲れました」

「だろうね」

「……でも、確信しました」

「なにを?」

「私、オーディションを受けます」

 アイドルやっぱり、やってみたいです。そう言って、橘さんはニコリと笑った。

「じゃあ、親御さんに了承してもらわないとね」

「ぐう……」

「ぐうの音が出た……」

「出てしまいました」

「橘さん的には何パーくらいの勝率予想?」

「パーセンテージでは言い表せられません。……鬼が出るか、蛇が出るかですかね」

「悪い方しか想定してないじゃん」

 思わず笑ってしまった。

 すると、橘さんはムスッとした顔をしてプンスカ怒った。

「なんで笑うんですか」

「面白かったから」

「はぁ……お兄さん」

 なに?と言おうとして、思わず黙ってしまった。橘さんが本当に笑顔で言ったから、

「今日は楽しかったです」

 

 

 

5/Who prepares THE pumpkin carriage?

 

 そんな、帰り道。

 VISITORカードを返却して、さあ帰ろうとした時の出来事だった。

「清水さん、ああ良かったまだここにいましたか」

「ああ、プロデューサーさん。本日はありがとうございました。……あ、もしかして忘れ物とかしてました?」

「いえ、そういうわけではなく。折り言ってご相談がありまして」

「ええと、なんでしょうか」

「今日の姿を見て、思うところがありまして」

 そう言われた瞬間、僕はすぐにピンと来た。スカウトの話だ。やはり、橘ありすに光るものを感じたのだ。

 思わず心の中でガッツボーズをしながら、プロデューサーさんに続きを促すように頷くと、彼は言った、

「……プロデュース業務に」

「……ん?」

「プロデュース業務に、興味はありませんか?」

「……ないです」

 鬼と蛇が出ましたね。声こそ出していなかったが、隣にいた橘ありすの顔にはそう書いてあった、なぜか勝ち誇った様子で。絶対巻き込んでやるから覚えとけよ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

コナンくんがめっちゃ見てくる(作者:ラゼ)(原作:名探偵コナン)

彼は『名探偵コナン』のVRゲームを製作中、テストプレイ用のキャラでその世界へ入り込んでしまった。とはいっても特殊な能力などほとんど持ち合わせてはおらず、むしろ戸籍も経歴も金もない状態でどう生きるかを模索する──


総合評価:53878/評価:9.04/連載:10話/更新日時:2026年05月07日(木) 04:20 小説情報

神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。(作者:スレ主)(原作:幼女戦記)

「もし生まれ変わるなら、魔法少女リリカルなのは『みたいな』世界を! ついでにレイジングハート『みたいな』最高の相棒(AI)と、可愛い幼馴染もセットでお願いします!」▼死の間際、俺が神様に放った精一杯の強欲な願い。▼目覚めた俺の脳内(システム)に、聞き覚えのある凛とした声が響く。▼『……マスター。再起動を確認。……セットアップ、オールグリーン。……全力でサポー…


総合評価:25333/評価:8.67/連載:39話/更新日時:2026年05月10日(日) 12:21 小説情報

過去に戻ったので、破滅する推し箱の未来を変える。(作者:5/30更新なし)(オリジナル現代/コメディ)

 そのためなら俺はなんだってする。▼(※なお覚悟ガンギマリ主人公くんの暴走により、初手でほとんどの問題が連鎖的に解決する模様。▼ 以降は"普通にやべー奴らがもっとやべー事をしでかす"と勘違いして翻弄される主人公くんを見守ってください。この作品はそういうコメディです)▼▶キービジュラフ(雰囲気詐欺)▼【挿絵表示】▼▶Tvvltter掲載 立…


総合評価:26123/評価:8.98/連載:54話/更新日時:2026年05月29日(金) 23:00 小説情報

百式観音を背負いて。(作者:ルール)(原作:NARUTO)

▼ 憧れた姿を追い求め、▼ ただひたすら繰り返し、▼ オッサンはついにソレに辿り着く。▼ そんな狂気のオッサンが混じった忍者活劇。


総合評価:31240/評価:8.19/連載:80話/更新日時:2026年05月30日(土) 11:13 小説情報

落第騎士の英雄譚 意識低い系風味(作者:一般落第騎士)(原作:落第騎士の英雄譚)

いかなる分野においても、上に立つ者は強靭な意思を持ち、血の滲むような努力を重ねている。▼―――そんなものは幻想だ。▼真の天才には努力など必要ない。▼


総合評価:78741/評価:9.41/連載:27話/更新日時:2026年05月24日(日) 23:58 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>