安部菜々17歳   作:hatibe

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問十六、アイドル事務所でスカウトされる確率を求めよ。ただし、予期せぬ場面で起こるものとする

 

1/これ全部着ていいってコト……?

 

 パチクリと目を瞬かせて、橘さんは呟いた。 

「ここが……衣装部屋ですか……」

 服、服、そして服。

 そこには、ありとあらゆる衣装が並べられていた。

「すごいですね……これ」

「すごいね、ほんとに……」

 僕らは、ワァ……エーッ……凄いねェ……なんて、幼な子の感想のようなものを言い合いながら、その部屋をぐるりと見渡した。

 

 先の話の後、プロデューサーさんに連れてこられたのは、文字通り衣装部屋だった。

 そこには、ファッション雑誌の表紙モデルが着ていそうなトレンド感のある衣服があると思えば、違う棚にはステージで着飾るようなドレスのような豪華な衣装もあり、衣装部屋というよりはむしろ衣装舘でも開くつもりなのかと言いたくなるような規模だった。

 プロデューサーさん曰く、ここにあるのはあくまで所持しているものの一部だそうで、外部倉庫には使用頻度の低い衣服が更にごまんとあるという。それどころか、特定のステージ用の衣装に至っては、厳密な温度や湿度管理すら必要なものもあるらしく、その手のハレの衣装は専門業者によって特別に品質管理されているそうな。どんな世界だ。

 そういうわけで、ここにあるのは、そこそこ使いやすく使用頻度が高いものがあるそうな。

 とは言っても。

「衣装しか置いてないのに、僕の部屋が何個も入りそうなくらい広いんだけど、この部屋」

「ウォークインクローゼットのクローゼットが作れそうなくらい広いですね」

「大阪市の図書館の自習席くらい広いですね」

 などと、僕と橘さんと鷺沢さんが三者三様に好き勝手言っていると、プロデューサーさんが、

「すみません、あまり時間もないので。彼女に着いて行ってください、私のアシスタントです」

「初めまして、千川ちひろです。さあ、橘さん。こっちへどうぞ」

「あーれー」

 そうやってドナドナと声を上げながら、いつの間にか現れたアシスタントさんによって橘さんは奥へ連れられて行ったのだった。

「人攫いだったね」

「人攫いでしたね」

 僕と鷺沢文香は見合わせるとそう呟いた。

 

2/小さな妖精

 

「では写真を撮りましょうか」

「ちょっと待って待って待って待って、待ってください」

 まるでチューリップから出てきたのかと見紛うような可愛らしいドレスを着飾って、橘ありすはプロデューサーさんに待ったをかけた。

「話が!展開が!早い!です!」 

「何か小道具とかもあったほうが……」

「この苺の造花とかどうですかね」

「聞いてください!」

 まるで、今私怒っていますよ、とでも言わんばかりの表情で、腰に手を当てて橘さんはそう言った。

「ええ……嫌なの?」

「嫌ではないです! 嫌ではないですが……なんかこう、もうちょっと、心の準備というか」

「ちょっといきなりだったね」

「いきなりすぎです! ジェットコースターじゃないですか! 見学に来たと思ったらトップアイドルと出会って衣装を着て写真を撮る!? フルコースです!」

「確かにそうだけど、衣装めっちゃ悩んでたよね」

「ぐっ…‥」

 アシスタントの千川さんに連れられて衣装に着替えることになった後、どれにしようかと目をキラキラとさせながら迷っていたのは言うまでもない話である。鷺沢文香もまるで妹ができたかのように楽しげに一緒に選んでいた。僕はと言うと、その手のものには疎いので、手持ち無沙汰もあり彼女らの写真を撮っていた。良い思い出になるでしょう。

「それとこれとは話が別ですが……まあ良いです。こんな機会、願ってもあるものではないのですから」

 そう言いながら、再び千川さんに連れられて撮影スタジオとやらに橘さんは向かって行った。道中、「え!! ありすちゃんが何でこんな所に!?」という聞き覚えのある声が聞こえたが、言わずもがなである。

 

 そうやって、騒がしい集団が出来上がり、撮影スタジオが賑やかになる中、橘さんはカメラの前に立つとパシャパシャと写真を撮られていった。

 皆が「かわいいですね」「かわいいですねー!」「やめてください!」と、わいわいと話す中、少し離れた位置から皆を見守っているプロデューサーさんの姿を見つけ、声をかけた。

「あの、今日はありがとうございました」

「いえいえ、良い一日となりました」

「あの、一つ聞いても良いですか?」

「はい、どうぞ」

「……なぜここまで良くしてくれるんですか?」

「なぜ……とは?」

 プロデューサーさんは首を傾げる。

「今撮ってもらっているカメラマンさんも、おそらくプロの方ですよね」

「ああ、なるほど」

 意味は伝わったらしい。確かにそれもそうですね。そう言うと彼はしばらく無言になった後、口を開いた。

「ピンと来たから、でしょうか」

「ピンと来た……?」

「ええ」

 そう言うと、プロデューサーさんは口を閉じ、黙って彼女らの動向を見守ったのだった。

 

 

「……濃い一日でした」

「お疲れ様」

 撮影が終わり、着替えた後に橘さんは疲労困憊といった様子で、疲れ果てたようにボソリと呟いた。

「楽しかった?」

「楽しいかどうかで言われたら……楽しかったですが、疲れました」

「だろうね」

「……でも、確信しました」

「なにを?」

「私、オーディションを受けます」

 アイドルやっぱり、やってみたいです。そう言って、橘さんはニコリと笑った。

「じゃあ、親御さんに了承してもらわないとね」

「ぐう……」

「ぐうの音が出た……」

「出てしまいました」

「橘さん的には何パーくらいの勝率予想?」

「パーセンテージでは言い表せられません。……鬼が出るか、蛇が出るかですかね」

「悪い方しか想定してないじゃん」

 思わず笑ってしまった。

 すると、橘さんはムスッとした顔をしてプンスカ怒った。

「なんで笑うんですか」

「面白かったから」

「はぁ……お兄さん」

 なに?と言おうとして、思わず黙ってしまった。橘さんが本当に笑顔で言ったから、

「今日は楽しかったです」

 

 

 

5/Who prepares THE pumpkin carriage?

 

 そんな、帰り道。

 VISITORカードを返却して、さあ帰ろうとした時の出来事だった。

「清水さん、ああ良かったまだここにいましたか」

「ああ、プロデューサーさん。本日はありがとうございました。……あ、もしかして忘れ物とかしてました?」

「いえ、そういうわけではなく。折り言ってご相談がありまして」

「ええと、なんでしょうか」

「今日の姿を見て、思うところがありまして」

 そう言われた瞬間、僕はすぐにピンと来た。スカウトの話だ。やはり、橘ありすに光るものを感じたのだ。

 思わず心の中でガッツボーズをしながら、プロデューサーさんに続きを促すように頷くと、彼は言った、

「……プロデュース業務に」

「……ん?」

「プロデュース業務に、興味はありませんか?」

「……ないです」

 鬼と蛇が出ましたね。声こそ出していなかったが、隣にいた橘ありすの顔にはそう書いてあった、なぜか勝ち誇った様子で。絶対巻き込んでやるから覚えとけよ。

 

 

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