贖い   作:赤穂あに

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ここだけpixivからではなく物理版からの再録です。
ささやかな書き下ろしでしたが、当時手に取って下さった方々、ありがとうございます。


エピローグ

 

 動機は不純そのものだった。顔がいい店員さんがいるからと、同僚に勧められたのが始まりだ。目の保養という名目で通い始めた喫茶店は、言葉通りに見目の良い男女の店員さんが切り盛りしていた。

 きっかけは不純の一言だったけれど、通い続けた理由に顔はあまり関係ない。食べたご飯が美味しかった、出されたコーヒーが美味しかった。それだけ。ある意味では、さらに煩悩に近づいた欲求に従い私はその店に長く通うことになった。

 しばらく通ううちに、男性の方は辞めてしまったらしく、私にとっては有難いことに若々しい客層も合わせるようにどこかに消えた。料理は変わらず美味しいままだったが、手の込んでいただろうメニューのいくつかがなくなってしまい、少しだけ落ち込んだ。

 絶対に口に出すことはないが、作れる人が限られているメニューに入れ込むものではないなとため息をついたのは、一度や二度ではない。

 とろけたクリームが美味しかったケーキに思いを馳せつつ、相変わらずの味を約束してくれているコーヒーを飲む日々を送っていると、お店には新しい店員さんが増えた。ここの店は顔採用なのだろうかと、一瞬だけ胡乱な目を向けてしまったのは致し方がないことだと思う。

 新しくやってきたその人は、以前いた店員さんと系統は異なるが、やはり目を見張るような美形だった。誰に伝えることでもないが、スタッフの顔面偏差値リレーが大変なことになっていて、一人で勝手に女性の店員さんの心の平穏を祈った。顔のいい男は、いつだって周りの女性が勝手に火種にするのである。

 新しく入った店員さんは、以前いた人とほど万能ということはなかった。……こういうとかなりの語弊を生みそうだが、思い返すと前の人がひたすらおかしかっただけな気もする。

 文字通り、客の目線から見て彼はなんでもできた。写真は嫌いなようだったが、あの外見とあのモテ具合だ。そこは察するにあまりある。それ以外は、本当に弱点などなかった。クレーム対応から魅惑の新規メニューまで……思い出したらまた少し悲しくなってきたが、ともかく。

 それと比べてしまうのは少々評価が厳しくなるが、やはり見劣りしてしまうところはある。目に見えて上達しているようなので、今後に期待したい。

 そんな私の胃袋からの欲求はさておき、繰り返すが新しい店員さんも見目は大層優れている。ので、当然の帰結とも言えるが、いわゆる固定客のような層がまた出来た。しかも、年齢層的には本気と書いてガチと読みそうな方々からの支持である。

 一度、昼ドラのような一方的な愛憎劇を目の当たりにした時は、自分がホストクラブにでも迷い込んだのかと思った。美醜に優れることはいいことばかりではないのだと悟り、親に感謝した。普通って素晴らしくて、平凡って尊い。

 ちなみに、その昼ドラの山場回のごとく一歩間違えれば死人でもできそうだった場面を鎮めたのは、彼の言葉だった。

「異性の好み? ……そうだな、黒髪で、芯が強くて、妹思いで……。死んだ後も地獄から見守っててくれるような、そういう人が好きだな」

 頭の茹ったその女性もさすがに理解したようで、その日以降見かけることはなくなった。以来、固定客は健在であるがあそこまで激しい層はいなくなった。

 故人には勝てないと悟ったのだろう。賢明な判断だと思う。あんなに優しい声色で、亡くした相手を愛しているのだと言外に伝えられてなお食い下がる気力があるのなら、いっそ別のことに向けたほうがいい。

 私には理解できない。あんなに心穏やかに語れる気持ちも、なんてことはないかのように過ごせる気持ちも。そして、理解できない幸福に感謝する。それだけだ。

「ああ、いらっしゃい。今日は食事かな? それともデザート?」

「こんにちは、ショートケーキまだありますか?」

「もちろん。好きな席で待っててくれ」

 あとコーヒーもお願いしますと、キッチンに向かう背中に頼めば、親指と人差し指で輪っかを作った左手が返事をくれた。指ですらどことなく色気があって、すごいなぁと同情してしまう。私としては、その麗しい指でよりよいメニューを開発してくれたら嬉しく思う。

 それくらいの、なんでもない悩みに唸っててくれたらいいなぁと、今後に期待して、そんなちっぽけな願いを抱いてしまうのだ。

 




本を見ながら直接打ち込んだけどついつい色々手直ししてしまいました。お付き合いくださりありがとうございました。
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