お楽しみいただければ幸いです。
麟矢視点
獪岳と犬塚氏が柱へ昇格することが内定して五日。緊急の柱合会議が開かれる日がやってきた。
耀哉様から司会進行役を仰せつかっている俺は、夜明け前に準備を整えて家を出発。産屋敷邸に入ると―
「暫くの間、この部屋でお待ちください」
「恐縮です」
あまね様に案内されて、柱合会議の会場である座敷。その2つ隣にある6畳ほどの和室へと移動する。あまね様とのやり取りもすっかり慣れたものだ。
そして、付書院にノートを置き、書き仕事をしていると…
「麟矢様。入ってもよろしいでしょうか?」
障子の外からひなきさんの声が聞こえてきた。懐中時計を見ると午前七時半ジャスト。時間通りだ。
「どうぞ」
俺の声に答えるように障子がゆっくりと開き、ひなきさんが入ってきた。部屋の外に女中さんが待機しているのもいつも通りだ。
「おはようございます。ひなきさん。良い天気になりましたね」
「おはようございます。麟矢様。お食事をお持ちしました」
「ありがとうございます」
部屋の外で待機していた女中さんから膳を受け取り、俺の前に置いてくれるひなきさん。
「それでは、いただきます」
俺はしっかりと食前の挨拶を済ませ、膳に載せられた献立を確認していく。
主食は米7麦3で炊かれた麦飯のおにぎり。皿の上に普通よりも小ぶりなサイズの物が三つ乗せられている。ひなきさんの握る技術が向上して、かなり綺麗な三角になっているな。
汁物は豆腐と椎茸の味噌汁。昆布と椎茸の合わせ出汁の良い香りが鼻を擽るな。
おかずは胡麻豆腐に、牛蒡と蓮根の金平、そして卵焼き。うん、朝からごちそうだ。
「うん、このおにぎり塩加減が抜群ですね。それに噛むと口の中でホロホロと崩れて…形もかなり綺麗な三角形。ほぼ理想的です」
「麟矢様に褒めていただけるように頑張りました」
そんな会話を交わしながら朝食を食べ終えた俺は、書き仕事を再開。ひなきさんは俺の近くに座り、ニコニコと俺を見つめている。うん、柱合会議前にこういう穏やかな時間を過ごせるのは、実にありがたいな。
杏寿郎視点
緊急で開かれることとなった柱合会議。柱九人が一人も欠ける事無くこの場に集まれたのは、実に喜ばしいことだ!
議題が何なのか、大凡の見当はついているが…いや、予断を持たずにその時を待つとしよう。心の中でそんな事を考えながら、悲鳴嶼さんや宇髄、胡蝶達と話していると―
「お館様のお成りです」
襖の向こうからひなき様の声が聞こえてきた。俺達はすぐさま姿勢を正し、頭を下げて、お館様を迎える体勢を取る。
ひなき様とかなた様の肩を借り、ゆっくりと座敷の中へと進まれるお館様。衣擦れの音から判断して…歩く速度がほんの僅かに落ちておられるな。
東雲や胡蝶は良くやってくれているが、お館様の呪いの進行を完全に食い止められている訳ではない。今のままではお館様が寝たきりになる日は必ずやってくる。お労しい限りだ。
「緊急の招集にも関わらず、よく来てくれたね。私の可愛い
「今日は雲一つ無い良い天気だね。空の青さが眩しいほどだよ」
「顔ぶれが変わらずに、今日の日を迎えられたこと、嬉しく思うよ」
「お館様におかれましてもご壮健でなによりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます!」
「ありがとう、行冥」
悲鳴嶼さんの挨拶にお館様が答えられた後、東雲の進行で柱合会議が開始された。
「本日の議題ですが、大きく二つ。まず、柱の定員を『九』から『十三』に増やすこと。次に、新たな柱を二名迎えることです」
東雲の声に、俺と悲鳴嶼さん、宇髄を除く面々が一斉にどよめく。だが、東雲はそのどよめきを敢えて無視して話を続けていく。そして―
「道理である」
「派手さはねぇが、芯が通ってる」
一通りの説明が終わったところで、悲鳴嶼さんと宇髄が賛成の意思を示した。俺も続くとしよう!
「異存なし!」
天元視点
「異存なし!」
俺と悲鳴嶼さんの声に続いて放たれた煉獄の声。それを切っ掛けに、他の奴らも口を開き始めた。
不死川は短く『賛成だ』と呟き、胡蝶は微笑で、甘露寺は周囲が明るくなるような声で、時透は曖昧な瞳のまま、それでも素直に…それぞれ賛意を示した。
そして冨岡は…
「お館様がお決めになったこと。俺ごときに口を挟む権利はない」
随分と消極的な意見だ。だが、奴なりの敬意の表れ…かもしれんな。残るは伊黒ただ一人だが…
「……反対する理由はない。ただ資格があるとはいえ、東雲と昵懇の者を二名続けて柱に据えるのは、些かどうか…と思わなくもない」
相変わらず東雲に対して当たりが強い奴だ。だが、伊黒がこのような反応をすることも東雲は予測していた。
「選定の基準は実力と実績のみ。情は私の胸の中で留めております」
伊黒の言葉に平然とした顔で答える東雲。伊黒は一瞬蟀谷をひくつかせたが、鼻を鳴らし『賛成だ』と短く締めた。
-本当に面倒くさい人ですよね-
先日の話し合いの際、東雲はそう言って苦笑いしていたが…二人の関係を放置しておくのはあまり賢明とは言えねえな。
まぁ、それは兎も角として“鳴柱・獪岳”“波柱・犬塚剣造”の就任は正式に決定。柱は総勢十一人となった。
麟矢視点
柱合会議から一週間後の夜。俺は東雲商会が経営する高級洋食店『レストラン東雲』を一晩貸し切りにして、獪岳と犬塚氏の柱就任を祝う立食パーティーを開催した。
参加者は、獪岳と犬塚氏を含む柱十一人に、炭治郎君達『離』の面々、神崎さん達蝶屋敷の面々、それから桑島様に、犬塚氏の師匠に当たる育手の方…総勢二十二人。
当然費用は全額俺持ち…と言いたいところだが、何処からか立食パーティーの話を聞きつけた耀哉様が―
-残念だが、私はその宴に参加出来ないからね。祝福の気持ちとして受け取ってほしい-
と、費用の半分を極秘で受け持ってくれている。閑話休題。
「時間となりましたので、これより新たな柱二名の就任披露祝賀会を執り行わせていただきます。この会の司会進行は僭越ながら、鬼殺隊監査役『梁』の東雲麟矢が相務めさせていただきます。若輩者の為、進行に不手際等あるとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
そんな開会の言葉で始まった祝賀会は、鳴柱となった獪岳、波柱となった犬塚氏による就任の挨拶、そして宇髄様が代理で読み上げる耀哉様の祝辞、柱を代表して悲鳴嶼様の祝辞、と順調に進行。
「皆様、飲み物は行き渡っておりますでしょうか? それでは乾杯の音頭を炎柱・煉獄杏寿郎様にお願いしたいと思います。煉獄様、お手数ですが前のほうへ」
「うむ!」
全員に飲み物の入ったコップ*1が行き渡ったところで、煉獄様による乾杯の挨拶となった。
「並べられている料理が冷めては申し訳ないので、手短に! 獪岳!犬塚! 二人が新たに柱へ就任したこと、誠に目出度い! 悪鬼の手から無辜の民を守る為、共に頑張っていこう! そして本日、祝いの席を用意してくれた東雲、料理人や給仕の皆々に心からの感謝を! それでは…乾杯!」
明朗快活な声と共に冷えた
小芭内視点
「細やかではありますがお酒と食事をご用意しております。短い時間ではありますが御堪能ください」
「……ふん」
乾杯を終え、硝子の洋盃*2に注がれた麦酒に一口だけ口をつけた俺は、洋盃を持ったまま、会場の隅へ歩き出した。
新たな柱の就任を祝う立食ぱぁてぃ。こういう賑やかな席はあまり好きではないし、そもそも東雲の奢りで飯を食うなど御免蒙りたい。出来ることなら欠席したかったが、柱という席になる立場としてはそういうわけにもいかん。
出席することで最低限の義理は果たした。きりの良いところで、中座させてもらうと―
「あ! 伊黒さん!」
その時俺に近づいて来たのは甘露寺だ。その両手には料理の盛られた皿を何枚か乗せた銀色の盆がしっかりと握られている。
「ど、どうした? 甘露寺」
「伊黒さんの分も用意してきたわ。一緒に食べましょう!」
「あ、いや、俺は…」
「大丈夫よ! 麟矢君が『伊黒様でも食べやすい料理です』って、色々見繕ってくれたの!」
甘露寺の口から東雲の名が出た瞬間、どす黒い感情が湧き上がるのを感じるが、それが表情に出るのを全力で阻止する。
「そ、そうか。なら、頂くとしよう」
何とか声を絞り出し、俺は甘露寺と共に近くの
「これが『スモークサーモンとクリームチーズのカナッペ』で、こっちが『タコとトマトのブルスケッタ』。
楽しそうに説明してくれる甘露寺を見ることが出来たのは喜ばしいが…東雲、これで俺に貸しを作ったつもりか?
麟矢視点
「なんだかなぁ」
甘露寺様の話を笑顔で聞きながら、俺に向けてピンポイントで殺気を飛ばすという…なんとも器用な真似をしている伊黒様に苦笑しつつ、俺は今回の宴席にお招きした来賓の一人…隻腕の男性に歩み寄り、頭を下げる。
「
犬塚氏の育手である柏原圓治様。鱗滝様や桑島様と同期の元鬼殺隊士であり、鱗滝様と水柱の座を争っていた…良きライバルだったそうだ。
鱗滝様が水柱に就任する直前、当時の下弦の弐を討伐したが代償として左腕を失い、育手へと転向されたが、その身に纏った威風はいまだ健在。俺としても見習うべき点が多い。
「おぉ、東雲殿。丁寧な挨拶痛み入る。こういった洋風の宴席は初めてだが、楽しませてもらっておるよ。懐かしい顔にも会えたことだしな」
「それは結構なことで。どうぞ、お時間まで存分にお楽しみください」
柏原様に一礼し、その場を後にする俺。うむ、楽しんでいただけているようで何よりだ。
獪岳視点
乾杯の後、次々とやってきた岩柱…行冥さんや
「獪岳」
先生が俺へと近づいてきた。少し酔われているのだろう。頬を僅かに赤くされている先生は、満足げな笑みを浮かべながら、俺に手にした麦酒の瓶を差し出してきた。
「頂戴します」
一礼し、硝子の洋盃に麦酒を注いで貰い…ゆっくりと飲み干していく。その姿に先生はうんうんと頷かれ…
「獪岳、そして善逸。お前達は、儂の誇りじゃ」
そう言ってくださった。そして―
「……儂には、妻も子もおらん。そのことを後悔はしておらん。じゃがのう、桑島の名がここで途絶えるのは、少しばかり惜しい気もする。獪岳、お前にその気があるのなら……“桑島”の名を継がぬか?」
当然の申し出だった。思わず行冥さんに視線を送ると、涙を流しながら合掌し…静かに頷いていた。
「………私などで宜しければ、お引き受けします」
俺の答えに、満面の笑みを見せてくれる先生。
「それでは、名前も変えてしまいましょう」
東雲が声をかけてきたのはその時だ。どういう意味かと問おうとするが―
「実は桑島様。今の件で相談を受けておりまして。獪岳が了承してくれれば今すぐにでも養子縁組が行えるよう、準備万端整えております」
いつのまに……だが、気になることを言っていたな。名前を…変える?
「獪岳。君の名前の『獪』という字には、『悪賢い』『狡い』という意味がある。正直、名前に用いる字として適しているとは言い難い」
「だから、名前を変える…と?」
「その通り。“かい”という読みはそのままに、字を変える。勿論、君にその気があれば…だが」
「………いや、柱として生まれ変わったつもりで邁進する。その決意として名前を変えるのも悪くない。東雲、手間をかけるが」
「ご安心を。手続きは粗方済んでおります」
「…そうか」
相変わらずの手際の良さに乾いた笑いが漏れる。だが、それもほんの一瞬。
「名を変えるのであれば、私から案を出した」
行冥さんの声に、その場の全員が注目した。俺の新たな名前…いったいどんな字に?
「“戒める”の戒はどうだろうか。“戒”は己と他者を戒める規範。“岳”は高く険しい山。鬼の前に高く険しく立ちふさがり、その行いを戒める柱であってほしい」
「……戒岳。桑島戒岳。行冥さん、戒岳の名前…使わせていただきます」
一礼する俺に周囲の皆が暖かい拍手をくれる。こうして俺は、鳴柱・桑島戒岳と生まれ変わることが出来たのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。恐らく今回が今年最後の更新となります。
今年一年拙作をお読みいただきありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。
※大正コソコソ噂話※
犬塚剣造の育手である柏原圓治様。
現役時代は日輪刀に加え、猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石で作られた特注の鞘も獲物として用いており、鞘による打撃で鬼を徹底的に打ちのめした後で、首を刎ねるという苛烈な戦い方で知られていたそうです。
また、何故か桑島慈悟郎様と声がよく似ており、目を瞑って聞くと区別がつかないほどだとか…