日輪円舞   作:こくとー

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弐拾壱

 雰囲気が変わる。食堂にて年下の先輩の前の席に座った姫野は、その変化を何となく感じ取っていた。

 因みに、隣でかつ丼をがっつく相方に気付いた様子はない。

 

「天沢君、何かあった?」

「はい?」

 

 声を掛けられたエニシは、首を傾げる。これは、姫野の問いが抽象的過ぎた。

 しかし、問うた姫野自身ハッキリとその違和感を感じ取れていないのだから質問も具体的なものにはならない。

 小鉢の切り干し大根を消費しながら、再度エニシは首を傾げる。

 彼自身に、自分の雰囲気が変わったという自覚は無い。そもそも周りからの視線を気にしないエニシにとって、面と向かって何か変わったか、と聞いてくる者が希少だ。

 少し考えこみ、

 

「――――あ」

 

 思い当たる。

 ここ最近の自分の変化。しかし、それは別に声を大にして言う事でもない訳で。

 

「何か思い当たった?」

「ええ、まあ……良い事?はありましたよ」

「へぇー。何というか、一皮むけた?みたいな感じだよ」

 

 そうですか?と首を傾げるエニシだが、ぶっちゃけ一皮むけるどころの話ではない。

 天国にも上る様な、しかし地獄の底にまで引き落とされてしまうかのような、そんな一夜を経験してしまえば誰しも大人になるというもの。

 一つ補足をすれば、超人(天沢エニシ)の体力は底無しであった。

 もりもりとカツ丼を食べ進める早川が、そこで声を上げる。

 

「天沢さん」

「何ですか?」

「後で、少し稽古を付けてもらって良いっすか」

「ちょっと、アキ君。君この前、その件でマキマさんに断られてたじゃん」

「でも、新しく契約したこいつ(悪魔)を使いこなすなら近接戦は必須ですし」

 

 早川が示したのは、足に立てかける様にして置かれた日本刀、のようなもの。

 一見、普通の刀だ。だが、その鞘は直刀のものの様に真っすぐでその上、円筒形。長さこそ、打刀ほどではあるが刀を見慣れた者ほど違和感を覚える形状をしていた。

 因みに、早川がエニシにさん付けと敬語を使うのは、敬意を払える年下の先輩であると認識されているから。

 スッと、姫野の目が細められる。

 

「アキ君」

「奥の手なのは、分かってます。でも、勿体ぶっていざという時使いこなせないなら、意味ないじゃないですか」

「でも……」

 

 姫野が渋るのも、無理はない。

 早川が手にしたソレは、悪魔との契約を経た結果得たものであったから。

 一度代償を支払えばいい、姫野のものとは違う。強力な一手ではあっても、その代償は余りにも大きい一品。

 しかし、彼の懸念も正しい。

 どれだけ強力な攻撃も、相手に効果を発揮できなければ意味など無い。

 最後の一口を食べ終えて、エニシは箸をおいた。

 

「稽古の件は、受けましょう。マキマさんには、僕の方から言っておきますから」

「っ、天沢君……!」

「ただし、早川さん。一つ、約束をしましょうか」

「約束?」

「はい。その剣に頼り切りにならない事」

「……」

「強力な悪魔の能力は、相応の代償を強いられます。僕は、貴方を死へと走らせるために、剣を教える訳じゃありません」

 

 きっぱり、とエニシは言い切った。

 悪魔と戦う術というのは、悪魔を殺すために有ると同時に、悪魔から生き残る為にも存在する。極論、相手を殺せたのなら自分は自然と生き残れる可能性が残るのだから。

 一般的な感性からは外れているとはいえ、エニシ自身好き好んで相手に自殺の為の手段を与えたいとは思わない。

 やるならば、生き残ってほしい。そう思う。

 黙ってしまった二人。エニシは席を立つ。

 

「それじゃあ、姫野さん、早川さん。予定が決まり次第、連絡しますから」

「……私も?」

「岸辺さんに、もし僕が誰かの面倒を見る時に巻き込んでくれ、と頼まれてましたから」

 

 存外あの人も甘い、と酒浸りのおじさんを思い浮かべながらエニシは柔らかな笑みを浮かべてお盆を手に返却口へ。

 岸辺は、優しい。その見た目や態度からは分かりにくいが、一度懐に入れたものをそう簡単に投げ捨てることが出来ない程度には。酒の量が増えるのも、偏に酒精が切れれば蹲って動けなくなってしまう頭を騙し続ける為。

 とはいえ、酒で祖父を亡くしたエニシとしては、酒浸りであり続けるのも程々にしてほしいと思ってもいる。

 口には出さないが、彼にしてみれば岸辺は、両親や祖父と比べても遥かに家族らしい扱いをしてくれた。

 褒める時には、褒めて。窘めるべき時には、窘める。デビルハンターとして、そして酒カスとして少々、いやかなり世間一般常識から外れる事もあるものの、それでもDV家族よりは遥かにマシだろう。

 食器を返して、食堂を出たエニシ。不意に、そんな彼の背後に気配が現れる。

 

「どうしました、マキマさん」

「ん……補充、かな」

 

 簡単な会話を交わしながら、エニシは自身の腰に回された腕を手に取るとスルリと手繰り寄せて、背後から抱き着いてきたマキマを自身の前へと連れてくる。

 そこから流れるような動作で、彼女の背と太ももの裏へと腕を回して抱き上げた。

 

「ふふっ……良い子だね」

「部屋まで運びますね」

「部屋でお終い?」

「……」

 

 首に腕を回して顔を近づけ微笑むマキマに、エニシは黙り込む。

 あの夜から、二人のもといマキマからの詰めてくる距離というものが更に近づいていた。精神的にも、肉体的にも。

 ソレが不快か、と問われればエニシは質問してきた相手を斬ってしまうかもしれない。要するに、不快ではないし、寧ろどこか心が震える気がする。

 問題としては、TPOを弁えない点だろうか。

 

 ただ、マキマはマキマで何の理由も無く惚気ている訳でもない。

 彼女は、凡そ十年ほど我慢し続けていたのだ。執着のキッカケは、出会った直後から。

 それから、砂に水が染み込む様に、或いは雨垂れが石を穿つ様に、彼女の中で天沢エニシという少年の存在は大きくなり続けていった。

 更に、明確な()()()()()()としての意識は、数年前の銃の悪魔襲撃だろうか。

 気紛れな拾い物は、やがて自身の懐刀となり、そして今では居て当たり前の存在へと変わっていった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 驚異的な力を有するマキマであっても、どうしようもない事というものが存在する。

 “寿命”。物理的に死ぬ姿の想像できない超人(天沢エニシ)であろうとも逃れる事の出来ない生物的な運命の終点。

 マキマは、この運命を捻じ曲げるつもりだ。

 だが、彼女が当初描いていた力は使えない。

 

 何故なら、彼女にとってエニシ以外は有象無象に過ぎないのだから。

 

 無自覚にイチャイチャと同僚その他から排出される砂糖を量産しながら辿り着くマキマの執務室。

 扉が閉まり、マキマを下すその瞬間、

 

「ん……」

 

 唇が触れ合う。

 ただ触れ合うだけのキスだ。それでも、視線が絡み合うには十分すぎる。

 

 マキマは、準備を進めている。だが、成立させるのは今じゃない。

 エニシの肉体は、年を経るごとに右肩上がりどころか、反り返ってしまいそうなほぼ垂直の成長曲線を経て強くなり続けている。

 彼女は待っている、最も実るであろうその瞬間を。そして、その時を迎えた時、

 

 天沢エニシの体は、大きく変えられる事になる

 

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