その長女、憧れを以て零へと至らん   作:全智一皆

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鉄硯磨穿(てっけんません)
強い意志をもち続け、物事を達成するまで変えないこと。


第七話「鉄硯磨穿」

 

 

■  ■

 黒鉄。その名前を、小国の王の娘であり一人の伐刀者(ブレイザー)であるステラ・ヴァーミリオンは当然知っている。

 かつての大戦を止めた大英雄、黒鉄龍馬。伝説の伐刀者の一人にして、伐刀者の誰もが知っているであろう有名人。

 そして―――黒鉄天華。各国を旅し、道場破りを繰り返し続けて遂には解放軍(リベリオン)や連合にすら目を付けられた伐刀者。否―――一人の侍。

 理事長である神宮寺黒乃によれば、黒鉄一輝はその黒鉄天華の弟であり、黒鉄龍馬の孫であると。

 

「逃げずにちゃんと来たのね。逃げ出すとばかり思っていたわ」

「逃げ出す? 冗談じゃない。伐刀者として破格の力を持つ貴女と剣を交えられる…願ってもない事だ」

 

 相対する二人の剣士。二人の伐刀者。

 産まれた時より強者として在る者と生まれた時より弱者だった者。正反対とも言える二人の剣士が、此処で対峙している。

 

「傅きなさい、妃竜の罪剣(レーヴァテイン)!」」

「極めろ、陰鉄」

 

 猛る炎の柱。皇女の手元に顕現するは、日の如く輝く黄金の大剣。熱く、眩しく、そして美しい一振りの剣。

 対するは、二振りの日本刀。黒塗りの柄に納まりし大刀と小刀。変質し、変化し、黒鉄一輝という人間が剣鬼として在ろうとしているという証となった魂の具現。

 戦いの幕は、切って落とされる。

 

 鉄硯磨穿(てっけんません)、黒鉄一輝。

 紅蓮の皇女、ステラ・ヴァーミリオン。

 いざ、尋常に―――勝負ッ!

 

「さぁ、行くわよ!」

「―――参る」

 

 大剣を大きく振り翳し、ステラ・ヴァーミリオンは魔力量に物を言わせた身体能力強化によって強化された脚力で、一気に黒鉄一輝との距離を詰める。

 振り降ろされる大剣。大振りであるにも関わらず、しかしそこには攻め入る隙が存在していない。

 無闇に攻め入れば、斬られるのは必然だ。故に―――残された選択肢は、二つ。

 

「はっ!」

 

 大剣と大刀が交差する。刃と刃が打つかり合い、火花を散らす。

 大剣を大刀が受け止めた。その光景を見る誰もがそう思い、そう結論づける事だろう。だが、実際はそうではない。

 するり―――と。大刀は滑る様に大剣を流れた。

 

「なっ!?」

 

 ステラが驚きの声を上げると共に、支えを失って解き放たれた重心が一気に体へ伸し掛かる。

 受け止めたのでなく、受け流したのだ。

 西洋の剣がその重さと力で物を叩き斬るのであれば、日本刀は速さと技で物を断ち斬る剣だ。担い手が持てる技術と速さが両立する事で、刀はようやくその性能を十二分に活かす。

 真っ向から力の塊を受けるなど愚行も同然。受けるのではなく受け流し、そして弾く。隙に付け入り首を落とす。

 滑らかで、しかし硬く、鋭さを確立させた日本の技術の結晶は元よりそういう扱いを想定しているのだ。

 

「貰った」

 

 大剣を滑り流れ、鋭い刃金はステラの首へと走り出す。

 だが―――ステラとて、決して伊達で剣士という立場に立っている訳ではない。伐刀者である以前に、彼女は剣士なのだ。

 

「甘いわ!」

「っ」

 

 昇る竜の様に、下から振り上げられた大剣が大刀を弾き、一輝の体勢が僅かに崩れる。

 生まれた隙、狙うは必然。まるで竜の尾の如く鋭く素早い刺突の一撃が、一輝の心臓へと解き放たれる。

 速い。大剣から繰り出される様な速度ではない。もはや避ける事など叶わぬ一撃は、稲妻を思わせる。

 だが、一輝の武器は一つではない。

 

「やはり反応してくるか」

 

 小刀が大剣を弾き、一輝は後ろに下がって距離を整える。

 一輝は捉え、見抜いた。彼女の剣を―――皇室剣技(インペリアルアーツ)という剣技を。

 ヴァーミリオン皇国に伝わる、日輪の如き剣の軌道を描く剣技。

 伐刀者としての力と組み合わせる事で、一切全てを燃やし尽くす様に斬り捨てる、彼女が振るうに相応しい技だ。

 

成程(なるほど)、これは手強い。魔力だけでなく剣技も一流か…流石と言わざるを得ない」

「褒めても何も出ないわよ」

「欲しくて言った訳じゃない、純粋な感心だよ。決して才能だけの力じゃない、確かな努力が刻まれた剣だ」

「へぇ…ちょっと打ち合っただけで、そこまで分かるのね」

「僕は誰にも剣を教われなかったからね。だから、小手先の技術ばかり上手くなる―――あと数手打ち合えば、君の剣も()れるつもりだよ」

「面白い事を言うわね―――そんな簡単に盗める程、私の皇室剣技(インペリアル・アーツ)は安くないわよ!」

 

 大剣が日輪を描く。抗う様に、二刀が燃え盛る焔が如く攻める。

 切っ先が髪の先を撫でる。肉に届かぬ互いの剣は、やはり両者の技量の高さを表している。

 膨大な魔力による身体能力の強化。僅かな魔力による身体能力の強化。その差はまさしく歴然であり、絶対的だった。

 

「はぁっ!」

「ふっ」

 

 ステラが踏み込む。されど、一輝の間合いには届かない。

 振り降ろされた大剣を、僅かな所作で弾けば、残された大刀で腹へと薙ぎを入れる。

 凶刃が届く寸前、ステラは顔を顰めて僅かに仰け反って回避する。

 

 やり切れない、攻め切れない。なんて上手く、面倒な太刀筋だろうと、ステラはその技巧に感心せざるを得なかった。

 ステラの目には、一輝の剣筋が一つのものには見えなかった。

 攻め入る時は烈火の如く果敢で、受け流す時は流水の如くしなやかで、防ぐ時は大地の如く盤石で、凌ぐ時は疾風の如くかるやかで。

 四つの型を上手く切り替え、捌いている。この剣戟の中で、目の前の少年はそれを為すだけの技量を持っている。

 そして―――果てには。

 

「盗った」

 

 大刀と小刀を合わせて構え、一輝はステラの間合いへと一瞬にして踏み込んだ。

 同時に振り上げられた二刀と少年に、ステラ・ヴァーミリオンは―――()()()()()()()()()()()を視た。

 

「なっ…!?」

 

 受けず防がず、跳び退いて二刀を避ける。

 地面が凹み、叩きのめされた一部が崩れる。まるで大剣で強く打ち付けられたかの如き傷跡は、彼女に自分の剣技を彷彿とさせた。

 日輪の如き軌道を描く剣。当たればただでは済まない―――それは自分がよく知っている。何故なら、自分がそれを完璧に扱っているのだから。

 

「ひたすら強い攻めの型か。攻撃こそ最大の防御とは、よく言ったものだ。これはこれで扱える」

「うそ…本当に、私の皇室剣技(インペリアル・アーツ)を盗んだっていうの…!?」

「言った筈だよ、小手先の技術ばかり上手くなったって。誰にも何も教えてもらえなかったからこそ、僕は盗むしかなかった。この二天一流も、姉さんのそれとは比べ物にもならない。僕なりのアレンジを加えた単なる我流だよ、姉さんは一々型なんて切り替えずに自然のまま全てを振るう」

「我流ですって…? あの剣技が、単なる我流って」

 

 何を馬鹿な事を言っているんだ。ステラはそう思わずにはいられなかった。

 未完成だと言うのか、あの剣技が。

 一切の隙を見せず、あらゆる型をすぐに切り替えて対応するその技量が、未熟者の悪足掻きであると言うのか。

 ステラは一輝に、一撃も与えていない。額を叩き割ろうとした振り下ろし、首を落とそうとした切り上げ、それら全てがいとも容易くいなされて無駄に終わっている。

 それは一輝の技量の高さ故。目の前の少年が、自分よりも剣技において遥か上に立っているといつ何よりの証明だ。

 だが、一輝はそれを嗤った。

 

「要は、未熟者の足掻きさ。まぁ、そんな事はどうでもいいんだ―――いい加減、手の内を曝してくれないか、ステラ・ヴァーミリオン」

「…どういう意味よ」

「分からない訳じゃないだろう。君は剣士だ、けれど同時に伐刀者だ。その膨大な魔力を身体能力だけに用い、伐刀絶技(ノウブルアーツ)を使わない…僕も随分と舐められたものだ。『たかがFランクには全力を出すまでもない』―――そんな強者故の余裕かい?」

「違うわよ!……いえ、ごめんなさい。謝罪するわ。ちょっと前までは、そんな事も考えていたわ。私が貴方を侮っていたのは確かな事実よ。けど―――今は違うわ」

「全力を出すに値したかい?」

「えぇ。でも、勘違いしないで。確かに侮っていはいたけれど、決して貴方を見下して舐めていた訳じゃないわ。私が才能だけの人間じゃない、伐刀者としてだけじゃなく剣士としても努力を続けてきた事、それを証明したかっただけ。貴方を侮辱するつもりはなかったわ」

「……そうだったのか。なら、謝るのは僕もだ。煽る様な事を言って申し訳ない」

 

 ―――日輪が現出する。

 ステラの肉体を、ドレスの形を象った目には見えぬ焔の鎧が覆っている。

 温度が上がる。熱度が上がる。この空間を炎が覆う様に猛ていく。

 

「私の全身全霊を、貴方に打けてあげるわ! 覚悟しなさい!」

「受けて立とう―――一刀修羅(いっとうしゅら)

 

 瞳を閉じて、二刀を鞘に納める。

 世界が止まる。モノクロの視界で意識が醒める。

 呼び醒ませ、我が心に住まう修羅(おに)を。

 研ぎ澄まされた剣。剣の道を極める為にあらゆる全てを削ぎ落とす剣鬼としての魂を。

 

 体に掛けられた枷が外される。

 この肉体に込められた力の全てを縛る鎖が粉々に砕け散る。

 一分という僅かな時間に、己が出す事が出来る全力を使い果たす諸刃の剣の技。弱者である自分が強者に追い付く為に身に着けた小手先の絶技。

 

「《天壌焼き焦がす(カルサリティオ・)竜王の焔(サラマンドラ)》――――――!!!!!」

「この一刀修羅(みじゅく)で以て、猛る日輪の竜へと二刀を修め奉る」

 

 二刀を引き抜き、自らに振り降ろされる太陽の大剣へと真っ向から飛び込んでいく。

 勘違いするなかれ。Aランク伐刀者が放つ、太陽コロナに匹敵する温度を誇る大剣を前にして、自棄になった訳では決してない。

 勝算はある。大剣を崩す方法も、鎧を切り裂く技術も、黒鉄一輝という人間には既に揃っている。

 

「な――」

 

 一輝の姿が消え失せる。それと同時に、解き放たれた日輪が消失した。

 何処に行った? 何をされた? それを思考し始めた瞬間、動揺してしまった瞬間――――――

 

「第一秘剣、犀撃」

 

 二刀がステラの肉体を切り裂き、その意識を奪った。

 

「未熟にて、御免」




黒鉄一輝(剣鬼に近づいた男)
ステラ・ヴァーミリオンを打ち倒したFランクの少年。黒鉄家における唯二の異端、剣術だけならば黒鉄龍馬をも越える剣豪の領域に立つ者。
未だ空位には達せず、澄み渡る空の如く剣を振るう無刀の境地にも至っていない。

ステラ・ヴァーミリオン(剣の鬼を知った皇女)
ただひたすらにあらゆるものを削ぎ落とし、遥か先にある二つの頂を目指す剣の鬼を知り、敗北した。
あれ程の剣技を以てして、自らを未熟と称する異常を目の当たりにしながらも、しかし彼女は黒鉄一輝という人間に惹かれ始めている。
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