やはり俺たちの本気は間違っていない   作:健康啓涼

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この度は当作品をお読みいただきまして、ありがとうございます。
少しずつ、アクセス数もお気に入り数も増えていることに感謝申し上げます。

前回のあらすじですが、
・SNSに投稿した動画がバズりました
・ここまでバズると予想してなかった2人は対処法を考えます

今回は、菜々さんと八幡さんの距離が近くなってくれれば……。と言ったところでございます。
今後も細々と執筆してまいりますので、引き続き、私の妄想ごとにお付き合いいただければ幸いです。


青春ブタ野郎はフォロワー数の夢を見る(5)

キーンコーンカーンコーン。

 

放課後を告げるチャイムが鳴り響くと同時に、俺は重い腰を上げた。教室の喧騒を背に受けながら、いつものように同好会室へと向かう。中川は宣言通り生徒会へと向かったらしく、廊下ですれ違うこともなかった。

 

誰もいない同好会室に入り、パイプ椅子に深く腰掛ける。数時間前の熱量がまだ胸の奥に燻っているのを感じながら、俺はスマホの画面に一瞬だけ視線を落とし、すぐに鞄へしまった。

 

一緒に考える、か。そんな大層なガラじゃないんだが、あそこまで真っ直ぐな目で言われては、無下に逃げ出すこともできない。

 

「ふはははは! 待たせたな、盟友よ!」

 

静寂を切り裂くように、けたたましい音を立ててドアが開いた。現れたのは、案の定、我が物顔で胸を張る材木座義輝である。相変わらずのトレンチコートが、この季節の教室には絶望的にミスマッチだった。

 

「うるさい。静かにしろ。あとドアは静かに閉めろ」

「フッ、相変わらず冷たい男よ。だが今日の我輩は寛大だぞ? 何せ、我輩の魂の結晶たるプロットと、優木嬢の至高の演技が融合したあの動画が、ネットの海で大いなるうねりを起こしているのだからな!」

 

材木座は自身のスマホを突きつけながら、大仰な身振りを交えて捲し立てる。確かに昨日の投稿は、成功というには言いすぎだが、一定の成果を出したとは言っていい。その要因は――認めたくないが、材木座の書いた話に妙な求心力があったのも事実だ。

 

少しだけ、アイツの才能を信じてやってもいいのかもしれない。

 

 

「……で、その大いなるうねりの張本人が、俺に何の用だよ。見返りってなんだ」

「む、見返りというかだな……今日の我輩は少々困惑しているのだ! 昨日の投稿のせいで、我輩のアカウントにまでDMや過去の投稿へのリプライが殺到しているのだ!」

「何でお前のところにまで広がってるんだよ……」

 

 

これだからネットは怖いわ。

 

 

……昨日の俺に少し言ってやりたい。その場をしのぐための不用意な発言で、一定の成果は出たかもしれないが、その反動が大きすぎるぞ、と。

 

少なくとも中川だ。いや、材木座もか。この二人を振り回してしまっている。悩みの種が増えたところで俺一人で抱え込める話でもない。どうしたものかと考えようとしたときだった。

 

「……すまなかった。あまりにも良い出来であることはもちろん……」

 

……何でお前が気まずそうな顔をしてるんだ? 材木座。さては、お前、何かやらかしたな?

 

 

「その……あれじゃ。あまりにも盛り上がっておったので……」

「盛り上がっていたので?」

「……その。つい、優木嬢の投稿をリポストしてしまったのじゃ……」

「……は?」

 

リポストって、確か他人の投稿を自分も引用して拡散するアレだよな?

 

ということは……。

 

「自業自得じゃねーか。つーか、同好会のアカウントへのリアクションが爆発したのもお前のせいじゃねーの?」

「うっ!」

 

……やっぱりな。

贔屓目に見ても、優木の動画はかなり良いものだった。まぁ、材木座の考えたシーンも悪くはなかったが。それなりにコメントが返ってくるレベルだとは思っていた。

 

フォロワー数と同程度のコメントが返ってくるだけでも十分だが、今回はそれ以上だ。

 

材木座が余計な拡散をしたせいで、追い打ちをかけたというわけか。これは何か文句を言わなきゃ気が済まない……が、今はそうじゃない。呆れて膝から崩れ落ちた材木座を見下ろす。

 

「とりあえず起きろ。そのでかい図体で横たわられたら邪魔だ」

 

お前はルンバか?昨日と言い、今日と言い、床の上をゴロゴロと。

 

「で、材木座。お前は多くのコメントが返ってきた場合、どう対処してるんだ? やっぱ1つずつ返すのか?」

「ぬ? 我はそのようなリプライはせぬ。まぁ、感謝の意を込めたポストを1つするぐらいだな」

「あ? そんな簡単に済ませていいのかよ?」

「良かろうよ。我の場合、大将軍であるが故に、兵たちの前で行う演説はこちらから一方的に行うものじゃからな。SNSという戦場において、一兵卒の言葉すべてに耳を傾けていては身が持たん。」

「一方的、ねぇ……」

 

 

確かに。と納得する部分があった。こっちから一方的に伝えたい情報を発信することに徹すれば、いちいち返信する必要もなくなり、中川の負担も大きく減る。

 

だが、果たしてそれで優木が納得するかは別の話だろう。最初にアイツは、すべてのコメントへ返信しようとするほどファンを大切にしていた。

 

「そもそも、SNSを『コミュニケーションの場』と勘違いしている者が多いのだ。昔は相互でやりとりするプラットフォームだったが、今やその体裁をなしておらん。既にテレビや新聞よりも『速報性が高く、低コストで情報発信できるメディア』と変わったのじゃ」

「コミュニケーションの場じゃないなら、何のために返信機能があるんだよ?」

「簡単じゃ。アンケート機能じゃ。ポストした内容に対して好意的か否定的かそれ以外か。それを測定するための機能じゃ」

「……お前、詳しいな」

 

……なるほどな。言われてみりゃ、SNSを開けば目にするのは、店のキャンペーンやゲームの更新情報ばかり。その投稿へリアクションするのはユーザーだから、企業側からしてみれば、返信内容は『大事なお客様の声』ってか。好意的な意見が多いなら、次回も継続し、否定的な意見が多ければ見直しをする。

 

材木座の理屈で言えば、そもそも俺と中川はSNSを勘違いしていたことになる。

 

「うぉっふぉん。当たり前じゃ。これでも、既に100を超える投稿をしておるのじゃ。分析して、傾向を掴むぐらいせねばここまでフォロワー数は伸びぬよ」

 

腕を組むな。胸を張るな。ドヤ顔をするな。鬱陶しい……

 

が。少なくとも、今の話はしっかり覚えた上で、理解しなければならない内容だ。曲がりなりにも材木座はしっかりと結果を出した人間だ。……認めるのは癪だが。

 

 

……ん?そうなると、何かズレてねーか?

 

「なぁ。材木座。なら、お前は何に困ってるんだよ?」

「決まっておろう。次の動画撮影だ。既にいくつか候補を絞っておる」

「アホか。却下だ。却下」

「なぜじゃっ!」

「時間がねーんだよ。そこまで余裕がねーんだよ」

 

俺はお前と違って、SNSのノウハウがねーから、昨日の投稿への対応も終わってねーし、そもそも中川は学年1位をキープする才女。となれば最優先事項は「学業」なんだよ。テストも近いから察しろ。

 

「じゃあ、時間ができた時で構わん。それは具体的にいつじゃ」

「知らねーよ。何で俺が把握してると思ってるんだ?」

「ぬ? お主が仕切っているのではないのか?」

「ちげーよ。そんなわけないだろ……」

「じゃあ、お主は何のためにここにおるのじゃ?」

 

……コイツ。ズバズバと言いたい事を言いやがって。

 

確かに、お前の言う通りだな。このままじゃあ、俺は何のためにいるかわからん。ただの事務員でしかねーな。そして、それは優木が望んだことではないからな。

 

「少なくともマネージャーじゃねーから、スケジュールは把握してねーよ」

 

……苦し紛れの言い訳だな。ただ、間違ってはいない。

 

「ふむ。てっきり、マネージャーかと思っておったが、違うのか。確かに、アイドル業となると、役割が多いと聞くからな」

「ああ。それに、最優先はステージだ。どのフェスに出るとか、新曲はどうするとか、今はそっちが優先だからな」

「なるほど。相分かった。確かにアイドルである以上、そちらが優先であろう……が、それを分かった上で、改めて頼む。どうか、出演をお願いする」

「……分かったよ。前向きに検討するよう善処する」

 

材木座は言いたい事を言い終えたのか「では、失礼する」と、一言残してこの教室を静かに去った。

 

……なんだよ。来た時に注意したことを律儀に守りやがって。

 

「はぁー……」

 

一人残された静かな室内に、俺の深いため息が落ちる。 材木座の相手は疲れるが、コイツの言う「次回作」という言葉が、妙に頭に残った。

 

更新頻度、コメント対応、撮影、告知。でもって生徒会に学業……。

 

1つ1つは別の問題だ。だが、その全部、中川一人に集まっている。

 

「……さて、どうやってあの生真面目な委員長を救い出すかね」

 

カバンからマッカンを取り出し、プルタブを引く。甘ったるい液体が喉を通り抜けるのと同時に、俺の脳細胞は、中川菜々との「これからの約束」に向けて動き出していた。

 

****

 

「悪い。遅くなった」

「いえ。とんでもありません」

 

材木座の襲来から翌日の昼休み。2日連続で同好会室での会議になるわけだが、中川は既に昼食は済ませているようで、準備はできている。といった様子。

 

……ホントに無駄がないというか、隙がないようで。

 

「おう。悪いな。昼休みに呼び出して」

「いえ。とんでもないです」

「とりあえず資料な」

「はい。拝見します」

 

午前中の授業を自主休校にして完成させた資料を手渡す。……徹夜明けのぶっ通し作業は身体に堪えるな。とりあえず、いつもの場所に座り、持ってきたマッカンのプルタブを開け、カフェインを摂取する。

 

一方で中川は渡された資料を黙々と読み進めながらも時折「なるほど」と独り言を漏らす。

 

中川は資料の最後のページをめくり終えると、ふぅ、と小さく息を吐いて俺を見た。その瞳には、驚きと困惑、そしてどこか感心したような色が混ざり合っている。

 

「比企谷くん。資料作成、お疲れ様です」

「……おう」

 

読み終えた最初の感想が「感謝」とか予想外過ぎるわ……。何か色々と突っ込まれると思ったんですけど。

 

「色々とお伺いしたいことがありますが、その前に1つ聞いておきたいことがあります」

「まぁ……答えられる範囲で」

「こちらの資料作成ですが、どれぐらい時間かかりましたか?」

「あー……それなりに」

 

……怖っ!表情と言葉こそ柔らかいけど、視線が死線になってるからね?

 

そもそも、具体的に何時間かかったとか、測定してないんだが……。この質問はどういう意図がある?さっぱりわからん。

 

「まさかと思いますが、午前の授業中もこちらの資料を作成していませんでしたか?」

「まぁ……」

 

うーわ。バレテーラ。いつの間に見てたんだよ……。

 

「テストも近いのです。ご自身の時間を大切にしてください。同好会に本気で打ち込んで頂けるのは、非常に嬉しいことではありますが、学業が疎かになってしまっては申し訳が立ちません」

 

……どんだけ気遣いを見せるんだよ。普通、そこまで考えないよ?それに既に詰んでるからなー。特に数学とか、化学とか。

 

「まぁ……元々理系科目は俺の中では存在しないから、心配するな」

「何も安心する材料がありませんが!?」

 

……珍しいこともあるな。あの中川が立ち上がって突っ込むなんて。

 

「俺の事はいいんだよ。それよりも今はこっちだ」

「何も良くありませんよ!? 平塚先生立ち合いの下で現状の確認をしなくてはなりませんよ」

「バッカ。やめろ。そんなのヤダ。無理。やらない」

「頑なに拒否されるのですね……」

 

当たり前だ。誰が喜んで生徒会役員と担任教師と三者面談するんだよ。

 

「まぁいいです。ひとまず、こちらの資料の方に話をうつしましょう」

 

……初めからそうして?

 

「かなり詳しいことも記載されていますが、これはご自身で調べたのでしょうか?」

「多少はな。とはいえ、材木座の意見を参考にしたがな」

 

悔しいが材木座の説明は俺の知らない重要事項ばかりだった。特にSNSへの認識が根底から違うことは、今後の広報戦略の見直しが必要だ。

 

「なるほど。確かに、材木座くんはSNSを上手に使っていますからね」

「あぁ。ただのコミュニケーションや宣伝じゃないってことだな」

 

今回の動画投稿は一定の成果はあった。材木座の援護があったこともあり、優木せつ菜の認知度は上がったことは間違いない。

 

ただ、それでは失敗だ。今回の盛り上がりは一過性のものでしかなく、高速で情報が飛び交う今では、もう2、3日たてば忘れ去られてしまう。いや、既に手遅れなのかもしれない。

 

動画を投稿する前に「どのような課題を解決するか」にもっと焦点を当てるべきだった。

 

「そのようですね。私も認識が甘く、理解も浅かったようですね」

「それは仕方ないだろ? 所詮は高校生がやることだからな。材木座が異常なだけだ」

「比企谷くんの示してくださった通り、しっかりと骨組みを作ることが必要ですね」

「あぁ。そうだな」

 

広報と告知、宣伝。これらは似て非なるものだ。そもそも広報活動の中に告知や宣伝があり、大手企業に「広報部門」や「マーケティング部門」があるぐらい専門性の高い内容だ。撮影こそ問題なかったが、投稿はその点を理解してからでも良かったな。

 

「ですが、SNSへの投稿にそれらのタイムスケジュール管理などの作業を2人で行うのは無理がありませんか?」

「まぁな。だが、こっちには偶然にもその手の事を快く引き受けてくれる人間がいる」

 

中川の言う通りだ。既にSNS対応だけでも中川1人で回せていない。彼女より劣る俺が1人でやるなんてもってのほかだ。

 

「……話の流れから、私も思い当たる人物が1名いるのですが、快く引き受けて頂けるものでしょうか」

「大丈夫だ。向こうにもメリットがある」

「いえ。作業量の割には提示できるものが少ないと思いますが」

「そこは心配しなくていい。搾取したところで、心が痛まない人物だからな。なんなら、無償で働かせてもいいと思ってる」

 

まぁ、材木座だからな。何なら地下帝国で円じゃない通貨で働かしても良いと思えるヤツだからな。

 

……って中川さん?何を驚かれていらっしゃるんでしょうか?

 

「まさか比企谷くんからそのような言葉が出てくるとは思いませんでした」

「それは大いなる勘違いだ。俺はこれが素だ」

「素でこのような発想なら絶対に直すべきかと思いますよ?」

「……ほっとけ」

 

人間、そう簡単に変わらないんだよ。

 

「そもそもですが、どうしてこのような案を考えたのです?」

 

まぁ、その考えにいきつくわな。

 

「あぁ。中川、お前は昨日、学校への影響とか、今後の投稿方針とか、いくつもの難題が同時に押し寄せてるって言ったよな。だけど、それらは別個の問題じゃねぇ。……たった1つだ」

「1つ、ですか?」

 

俺はマッカンを一口すすり、甘ったるい液体で喉を潤してから言葉を続けた。

 

「出演者が運営まで全部やってるのがおかしい。個人で全てを抱え込んでいる運営構造そのものが原因だ」

「それは……」

「複数の問題は、すべて個人依存という1つの構造から生まれてる。だから、問題を個別に解決しようとするのは悪手だ。そんなことをしてたらお前の物理的な時間がいくらあっても足りない。やるべきなのは、仕組みを変える――つまり、出演者と運営を完全に分離する」

 

中川は目を見開いた。「出演者と、運営の分離……」と、その言葉をなぞるように呟く。

 

「こういうのは分担した方がいい。まず俺が、全体の面倒ごとの整理をする。中川、お前は『出演とコンテンツ制作』に専念して、上がってきた提案の最終判断だけをしてくれ。学業や生徒会、ステージ活動を最優先にした方が効率的だ」

「……仰る通りですね。ですが、そもそも材木座くんがあの程度のメリットで動くでしょうか」

「俺が提示できるメリットが、『アイツの作品に優木せつ菜を出演させる』しかなかっただけだ」

「……そうですか」

 

表面上の分かりやすいメリットならいくつでも増やそうと思えば、増やせるはずだ。だが、それで人が動くかと言えば……それは何となく違う気がした。

 

恐らく、材木座の事だ。定期的に出演するという約束だけでも、これぐらいの事は引き受けるだろう。だけど、万が一はある。

 

「まぁ……あれだ。俺の時もそうだったかな」

「比企谷くんの時も……?」

「後は優木せつ菜次第だな」

「え?」

 

あとは本人が首を縦に振るかどうか。そこだけは俺にもどうにもならない。

 

……結局、最後は優木頼みか……。

 

****

 

「よって、不等式の証明に置いて重要なのは感覚に頼るのではなく、条件を一度整理してから、見直すことにある。特に相加相乗平均が成り立つ場合は――」

 

はぁぁぁ……。何を言ってるかワカンネ。そもそも相加平均と相乗平均の関係とか高校生に必要か?そういえば、平均点とか気にするヤツが多いけど、重要なのは最頻値と中央値じゃないのかよ……。

 

もし、そうじゃなかったら中学の数学で統計とか習う意味なくね?

 

相変わらず数学の授業では魔法やら呪文が飛び交う謎の世界が繰り広げられているわけで。そもそも、2095年では詠唱は不要であり、そんな中で、俺は現代魔法師ではなく精霊魔法師だから「イメージが重要」だって、師匠が言っていたけどな。

 

……別世界の俺、再び降臨したか? そもそも、そんなシーンあったか?

 

かなり遠い未来に必要な話をされても、今の俺には目の前のことに集中したいわけで。

 

……今の台詞、なんかカッコよくね?

 

はぁ。無駄に現実逃避をしていたところで、どうせ来ちゃうんだよな。放課後が。

 

貴重な昼休みの時間を潰してまで行った中川との打ち合わせは、あの後は結局、時間となってしまい、お互いどこか気まずいまま、同好会室を後にしたわけで。

 

教室に戻るまでの間に材木座は連絡を入れ、放課後に呼び出す準備は整えた。

 

本当に後は優木頼みだ。俺に人を動かす力はない。

 

「では、中間テストの範囲は本日の問題までとする。各自、問題集を使って理解を深めておくように」

 

先生が授業をまとめたところで、終了のチャイムが鳴り響く。この瞬間、教室はリア充の教室となり、俺みたいな陰キャはお呼びでないので、カバンを掴む。

 

中間テストかー。マジで今回は理系科目以外も赤点を覚悟しないと、乗り切れない。それよりも今は目の前のことだ。そう考えると、気分に加えて足取りも重いまま同好会室へと向かった。

 

「悪い、待たせたな」

「気にしないでください!」

 

ノックを済ませ、ガラリとドアを開けると、そこにはいつもの優木せつなと、いつも見えるアレが……。アレだな。こうやって情報深度が深まっていくんだな。また1つ経験でしか学べないものを学んでしまった……。

 

「むしろ、時間をどこかで潰してから来てくださったんですよね? いつもすいません」

「……別に、そんなんじゃねーよ」

 

優木にだって万が一はある。鍵をかけ忘れてしまい、誤って着替えを見られてしまうリスクが。この大事故を俺が起こしたら、どうなるかなんて考えるまでもない。

 

……小町は定期的に面会に来てくれるかな。

 

「ふふっ。相変わらずですね。ですが、そうであっても、いつもありがとうございます」

「……お礼を言われる筋合いはないからな」

 

……色んな意味で何か調子狂うな。てっきり昼休みの事を引きずると思っていたが。杞憂だったか?

 

とはいえ、優木さん。何を嬉しそうに「その素直じゃないところは、主人公属性ですからね」とか言ってくれちゃっうわけ?本人に聞こえてるよ?それにさ、前にも言ったよね?どこにも需要ないからね。

 

……とまぁ、俺の事はいいんだよ。

 

「なぁ、中川。マネージャー気取りをするつもりはねぇんだけどよ。……お前の大まかな1日のスケジュール、少しは共有しておいてもらえると助かる」

 

言葉にしてみると、めっちゃキモいな。何時に起きて、何時に寝て。自由時間はどれだけあって……。これ、ストーカーを通り過ぎて、犯罪者じゃねぇか……。

 

「いいですよ? 確かに、比企谷くんは把握しておいた方がいいですよ」

 

……マジか。そんな簡単に教えちゃっていいものなのか?

 

「今、比企谷くんのアカウントを追加したので、カレンダーで確認してもらえませんか?」

 

アカウントを追加した?カレンダーで確認?優木の言っていることがなに1つわからん。数学の授業の延長戦だったのか?

 

「すまん。どうやって見ればいいんだ?」

「いいですよ。教えますので、スマホを出してください」

 

優木に言われるままに机の上にスマホを出したはいいが……。長押しタップとかガジェットをドラッグだとか、良く分からん言葉が。しかも英語ばかり。

 

……これならまだ数学の方が日本語なだけ、分かる可能性があるかもしれん。

 

「……おぉ!」

「できましたね! これで、いつでも確認できますので、何か予定を共有したいときは、先ほどの「招待」機能を使ってください」

 

説明通り操作したところで、ホーム画面上にカレンダーが表示されると、そこには優木のスケジュールが反映されていた。

 

……週3で予備校通いか。既に受験勉強を始めているとか、意識高ぇな。コイツ。一方で俺のスケジュールといえば、そもそもカレンダー機能を使い始めたのが5分前ということもあって何もない。

 

暇人というか惨めさが際立つ……。

 

「てっきり、効率さを求める比企谷くんなら既に使っていると思いましたよ?」

「……あぁ。別にこういうのに登録してないだけだ」

「そうですか。手帳派でしたか?」

「いや……そうじゃないけど」

 

……今後の事を考えると、こうして可視化して、並行して進めないとダメなんだろうな。言われてみれば、1つのタスクをいかに効率よく処理するかは考えていたが、抱えているタスクを効率よくこなすことは考えてこなかったな。

 

……これが出来たら、シャチクジンゴットにでもなれるんじゃね?

 

何となく、優木のスケジュールに目を通す。平日の朝は体力作りを、休みの日は作詞やボイトレ、ダンスをこなすなど「具体的なアイドル活動」を目にする。

 

……俺が入る前は、ここに書類仕事があったことを考えると、1人でアイドル活動はできるわけねーな。

 

「ふはははは! 待たせたな、盟友よ! そして優木嬢!」

 

ったく、邪魔すんなよ。材木座。今、考え事をしている最中だろうが。

 

「うるさい。静かにしろ。あと入る時はノックしろ」

「アハハ……。こんにちは。材木座くん」

「……!」

 

来て早々、たじろぐなよ。で、よそよそしく入室するな。だったら、初めから、おかしな入り方するなよ。

 

入って5秒で借りて来た猫状態の材木座は大人しく椅子に座ると、ずっと下を見てモジモジしている。

 

優木が本来の位置から俺が座る椅子に座ったところで、ホワイトボード前に俺が立つ。

 

「材木座。ここに呼び出した理由はおおよそ分かるだろ?」

「勿論じゃ! で、いつ撮影をするのだ?」

「……はぁ。お前、メール見たのか?」

「スマン!謝るのじゃ。申し訳なかった。冗談じゃ。大人しく話を聞くので許してたもぅ~」

 

……始めからそうしろ。じゃなきゃ、呼び出した意味がないだろうが。

 

「とりあえず、読め。10分で」

「分かったのじゃ!」

 

準備した「企画書」を材木座に渡すと、一目散に読み始める。最初は流し読みをしていたのだろうか、ページをただただめくっていたが、途中から目つきが変わると、真剣に読みだしたのか、時折「ふむ」と考え事をする様子がうかがえる。

 

そもそもコイツを呼び出した理由は、昼休みに優木にも説明した「広報活動の業務委託」を材木座にするため。

 

もちろん、俺や優木が1から勉強してやる方法もある。が、そんなものをする時間があれば優木は曲作りなどステージでのパフォーマンスを少しでも上げる時間に費やした方が効率的だ。

 

じゃあ、俺はその時間で何をするか……。決まっている。ラブライブで優勝するためにやるべきことを片っ端から片付ける。そもそも、何をやればいいかさえ、分かってないけどな。だから、まずはやるべきことを探すところから始めなきゃいけないんだが……。自分で自分の仕事を増やすとか、面倒な役回りじゃね?

 

「……ふむ。読み終えたぞ。八幡」

「おう。で、どうだ」

「うむ。非常に面白いことをしておるのぅ」

「……そうか」

 

材木座が珍しく冷静に、そして、真剣な表情で考える姿勢を崩さない。……違和感だらけだ。

 

「確かに我にとって、優木嬢が我の作品を実演してもらえるのは、我の創作意欲をさらに掻き立てられる。……が、これだけでは足りぬよ。八幡」

「……っ!」

 

材木座が机の上に企画書を放り投げた瞬間、この部屋の空気が一気に重くなる。

 

この現象を引き起こした張本人は腕を組み、ずっと何を考えている。

 

……ったく、何を考えているんだ? 想像がつかねーな。

 

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