人曰く、「あの人」が恐れた唯二人の人物。

人曰く、タイマン最強。

人曰く、猫以外のあらゆる動物をこよなく愛する怪物的な怪物狂(モンスター・マニア)

人曰く、「愛」の体現者。



――「番人(キーパー)」、ルビウス・ハグリッド。


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ルビウス・ハグリッドと賢者の石

 

 

 ハリーにとってハグリッドは、初めての友で、初めての魔法使いで、初めての先生で、初めての親だった。

 

「オーッ、ハリーだ!――最後におまえさんを見た時にゃ、まだほんの赤ん坊だったなあ。父さんそっくりだ。でも目は母さんの目だなあ」

 

 十一歳の誕生日、最初にハグリッドと出会ったときのことはいつまでも忘れない。

 あのときは、孤児のハリーが一緒に暮らすダーズリー達(物置に閉じ込められることを「一緒に暮らす」と言えるなら)とともに、海の上の岩の小屋で、寒さに震えて毛布にくるまっていた。一家は、嵐のように届く謎の手紙から逃れるため、そんな遠くまで来ていたのだった。

 

 そしてハリーが十一歳になった瞬間、大男がドアを破って入ってきた。

 背丈は普通の二倍、横幅は五倍はある。手はバケツのふたほど大きく、革ブーツをはいた足は赤ん坊イルカぐらいある。それになんて荒々しい――ボウボウとした黒い髪と髯が、長くモジャモジャと絡まり、ほとんど顔中を覆っている。でも、毛むくじゃらの中から、黄金虫のような真っ黒な目が輝いていて、優しく笑いかけていた。ピンクの花柄の傘の水滴を落としながら言う。

 

「ハリー。――おまえは魔法使いだ」

 

 ハグリッドは、ハリーを魔法の世界に連れ出してくれた。

 家でも学校でもいじめられるハリーのみじめな人生は、その日を境に裏返った。

 

 ハグリッドは魔法の存在を教えてくれた。大きな大きな背中で魔法の横丁を案内して、魔法の杖、金貨、教科書、それから魔法界のあれこれの情報を授けてくれた。

 

 ただ、ハリーがハグリッドについて知るのは、少し先のことだった。

 

 

「ウワー、きみ、ハグリッドと知り合いなの?」

 

 魔法学校ホグワーツの朝食の席で、ハリーをお茶に誘うハグリッドからの手紙を見て、赤毛のロン・ウィーズリーは、ハリーに向かって言う。

 

「ハグリッドって言えば、『()()()()()()()()()()()()()()が唯二人恐れた人物』として有名だよ。ホグワーツを護る鉄壁の『番人』さ」

 

 尊敬したようにうなずきながら、ロンは言う。

 

「そうなんだ。でも、ハグリッドは、ヴォル――ごめん、『例のあの人』のことを心底怖がっていたよ。名前を口に出したくもないみたいだった」

 

 ロンは呆れて言う。

 

「そりゃ、『あの人』を怖がらない人なんていないよ」

 

 この「例のあの人」というのは、ハグリッド曰く「悪も悪、とことん悪、悪よりも悪」 で、その名前(「ヴォルデモート卿」という)すら恐れられた魔法使いだ。ハリーの両親も「あの人」に殺され、そして、なぜか赤ん坊のハリーは生き残って「あの人」は姿を消し、ハリーは「生き残った男の子」として魔法の世界で崇められているのだった。

 

「『番人』なら直接『あの人』と戦ってるんだから、なおさら色々あるだろ。ところで僕もハグリッドの小屋に行って良い?」

 

 ハリーがハグリッドの「番人」と呼ばれるゆえんを知るのは、さらにもう少し先のことだった。

 

 

 ☂☂☂

 

 

「走れ!走るんだ!」「やーい、ウスノロ!」

 

 ハロウィーンのお祭りの日。

 女子トイレで、ハリーとロンは、学校に侵入した怪物「トロール」相手に戦っていた。同じ寮のハーマイオニー・グレンジャーを助けるためだ(彼女が女子トイレに閉じこもったのは、ロンのせいだったけれど)。

 

 トロールは恐ろしい怪物だった。四メートルもある背丈、岩石のように固い肌、ものすごい悪臭、長い腕に握った棍棒をめちゃめちゃに振り回す。

 

「ウィンガーディアム レヴィオーサ!」

 

 ロンの「物体浮遊呪文」が、トロールの棍棒に当たり、空中を高く上がって、トロールの頭の上に落ちた。トロールがふらつく。

 

「やった!」

 

 ハリーとロンは震えながら言う。

 ……しかし。トロールは頭を押さえながら、こちらを(にら)みつける。

 トロールをノックアウトするには、高さが足らなかった。

 トロールは、()()()()()()なのだ。つまり、ホグワーツ一年生が、かなうはずのないものだ。

 怪物は棍棒を再び(つか)むと、(うな)り声をあげ、ハリーに向けて振り下ろした。

 ハリーもロンも、蒼白(そうはく)で口を開けたまま、固まった。

 

「おい、お前さん」

 

 そのとき。

 目にも止まらぬ速さで、黒い塊が駆け抜けた。

 

「ハグリッド!」

 

 棍棒に叩き潰される寸前、ハリーとトロールの間に、ホグワーツの「番人」が割って入り、そのピンクの花柄の傘で、トロールの棍棒を弾き飛ばした。

 

 ハグリッドはすさまじい形相で――ダーズリーに見せたよりも怖い――トロールを睨みつける。自分より大きな怪物を見上げ、雷のように声を(とどろ)かせる。

 

「良いか、二度とホグワーツで生徒に手出すんじゃねえ」

 

 ハグリッドの右の拳が唸り、ハリーのくしゃくしゃの髪が逆立った。

 胸に正面からパンチを喰らったトロールは、そのまま後ろに吹き飛び、トイレの壁を壊し、今度こそ気絶して伸びた。

 

 ハグリッドは拳に一息吹きかけると、にっこり笑う。

 

「無事かハリー。真っ先に友達を助けに行くたあ、お父さんそっくりだな、え?」

 

 そして手を開くと、ハリーの髪をわしゃわしゃ撫でる。

 

「でも、ちゃんと訓練しねえとだめだ。お前さんはまだ弱っちい。むざむざ立ち向かっても、あっけなく死ぬ。分かったな?」

 

 ハリーはローブで目をぬぐうと、頷いた。

 

 

 ☂☂☂

 

 

 とはいえハグリッドは、ただ優しくて強いだけの大人ではなく、理解しがたい特徴もいくつか持っていた。

 その一つは、動物をこよなく愛するということ、動物どころか「怪物」も好きだということ、それも危険な怪物であればあるほど好きだということだった。

 

「ハグリッド、ここの銀行にはドラゴンがいるって言ったね」「ああ、そう言われとる。――俺はドラゴンが欲しい。ガキのころからずーっと欲しかった」

 

 魔法の学用品をダイアゴン横丁で買い物した日にハグリッドのこの台詞を聞いたときは耳を疑ったものだったが、その台詞がまったくの本心だったのだと、イースター休暇の後にハリーは思い知った。

 

「いよいよ(かえ)るぞ」

 

 森の端の小屋で、興奮で紅潮したハグリッドが、ハリー達にささやく。

 暖炉の火にかけていた大きな黒い卵がぱっくり割れ、赤ちゃんドラゴンがテーブルに出てきた。

 

「……すばらしく美しいだろう?かわいいだろう?」

 

 かわいいとはとてもいえない。しわくちゃの黒いこうもり傘のようだった。

 

「でも、ハグリッド――その、ドラゴンって、僕らの世界じゃ、勝手に飼育するのは、『違法』だろう?それも、一七〇九年には違法だ」

 

「ハグリッド、ドラゴンって――『幻の動物とその生息地』では、『魔法省分類』でいちばん危険な『XXXXX』になってるって――」

 

 ロンとハーマイオニーが恐る恐る聞く。

 

「ああ。じゃが、もらったもんは仕方ない。捨てるわけにはいかんだろ、え?ママちゃんがいないんだ、俺が(かえ)してやらにゃ。仕方ないだろ」

 

 ハグリッドは心底嬉しそうにつぶやく。全く「仕方ない」という声色ではなかった。

 

「でも……この、ノルウェー・リッジバック種って、二週間でこの家くらいに大きくなるんでしょう?……その、いつかバレて、困ることになるわ」

 

「ああ、問題ねえ。ダンブルドア先生には話をつけてある、チャーリーに――知っとるだろ、ドラゴン使いのロンの兄貴だ――ちょっくら預けることにした」

 

「チャーリーだって?」

 

「ダンブルドア校長は()()()()()の?」

 

 ロンとハーマイオニーは叫び声をあげる。ハグリッドは暖炉の火を見ながらつぶやく。

 

「ああ。『ハグリッド』は本当に良い奴じゃが、生き物のこととなるとちぃと見境がなくなるところがあってな、生き物を可愛がりたいっちゅう気持ちがどうにも抑えられないんだ。そんでまあ、『ハグリッド』も俺もあれこれ考えるのが大得意っちゅうわけじゃないから、ダンブルドア先生にこういうことは何でも報告連絡相談をしちょる。先生に任せておけば、心配いらねえ」

 

 ハグリッドはたまに、不思議なことを言う。これもハグリッドの理解しがたい点だった。

 

「ハグリッド、あなた()ハグリッドでしょう?」

 

「うんにゃ、そうだ」

 

 ハグリッドは口をもごもごさせる。

 

「まあ、なんだ、俺は――ほれ、『占い』が得意でな。本来知っているべきでないことを知っておる。ちゅうても、何でも見通せるわけじゃないが。……それで、ダンブルドア先生は、俺の動物好きが『必要』なことだと、理解してくださる。『運命』の流れなんて俺にはさっぱり分からんが、あの方は偉大じゃ」

 

「ハグリッドが()()が得意?」

 

「ドラゴンを育てるのが()()だって?」

 

 ロンとハリーは素っ頓狂な声を上げる。

 

「いや、星ばっか見とるケンタウロス達だとか、北塔のトレローニー先生のような『占い』じゃねえぞ。……ううむ、何と言ったものか……俺はスネイプ先生が良い奴だってことと、ハッピーエンドだってことしか知らねえし言えねえ。『映画』くらい一回は見とくんだった」

 

「スネイプが()()()!?」

 

 ハリーの声がさらに上ずる。「魔法薬学」のスネイプ教授はハリーを憎んでいるのに、ハグリッドはいつだってスネイプを庇う。この前のクィディッチ(箒で飛び回る、魔法界一の人気スポーツ)でスネイプがハリーを箒から落として殺そうとしたときでさえ、「先生が生徒を殺そうとするわけねえ」の一点張りだ!

 

「ああ、ダンブルドア先生だってスネイプ先生を信用しておられる。十分だろうが?ともかく、ドラゴンをこっそり孵して、チャーリーに預けるっちゅうことはもう決まっておった。もちろん、バラすんじゃねえぞ。俺は牢獄送りは嫌だからな」

 

 そう言いながらハグリッドは、ドラゴンの頭を愛しそうに撫ぜる。

 

「チャーリー達が来るまで、ちゃんとママちゃんがお世話しまちゅからね」

 

 それから、ハグリッドを城で見かけるたび、額に生々しい傷が出来たり、傷が緑色に腫れ上がったり、包帯を巻いたりしていて、ハリー達は様々な意味で震え上がった。しかし一週間もすればチャーリーの仲間が無事に連れて行き、ハグリッドの小屋には平穏が訪れ、ハリー達は心底ほっとした。――ハグリッドを取り巻く愉快な怪物たちの中で、赤ちゃんドラゴンは間違いなく「かわいい」部類だったということを、翌年以降にたっぷり思い知ることになるのだが。

 

 

 ☂☂☂

 

 

 そして学年末試験の日の夜に、ハリーは、学校の地下深くで、トロールや赤ちゃんドラゴンとは比べ物にならない、本物の脅威と対峙(たいじ)した。

 

 それは、学校に隠された秘宝・不老不死をもたらす「賢者の石」を奪いに来た者。

 それは、「闇の魔術に対する防衛術」のクィレル教授に憑依していた者。

 それは、ハリーの両親を殺した者。 

 それは、最凶最悪の闇の魔術師。

 

「……ヴォル……デ……モート…………」

 

 ハリーはハグリッドの声を聞き、こんなときだというのに、心底驚いた。あのハグリッドが、巨体をはげしく震わせている。何かに心底恐怖するハグリッドを見るのは、これが二度目だった。

 一度目は、「例のあの人」の名前を言うとき。

 そして二度目の今は、「例のあの人」に立ち向かうとき。

 

「ああ、親愛なるハグリッド」

 

 ヴォルデモートはしわがれた声で(ささや)く。

 

「久しいな。――そして遅刻だ。小僧を先に寄越すとは」

 

 ハリーは、力尽きて横たわっていた。ヴォルデモートのほうは体中が火ぶくれだが――なぜかハリーに触れるとクィレル教授の身体は焼けただれた――ハリーを引きはがして、ハリーに「死の呪い」をかけようとしていた。

 そしてハグリッドが、ピンクの傘を携えて、部屋の入口の黒い炎を傘で吹き消し現れた。

 

「ダンブルドア先生様には、お前なんぞが理解できないお考えがあるんだ」

 

「『英雄』と『帝王』の対決――笑える幼稚な筋書きだ。……すると、お前がここにいるのは、お前の独断か?」

 

 ハリーはそこでようやく気づいた。ハグリッドが震えているのは、恐怖のためだけではない――むしろ憤怒(ふんぬ)のためだ。抑えきれない激しい怒りが、ハグリッドの全身を静かに震わせている。

 

「ごちゃごちゃと御託(ごたく)はええ。……これは、ジェームズとリリーの分だ」

 

 ハグリッドの右の拳が紅玉(ルビー)の如く(きら)めき、暴風とともに拳がヴォルデモート卿に突き出された。

 

 ヴォルデモート卿が立っていた場所の床が抉れ、一直線上の壁には穴が開いた。

 

「ふん。相変わらず、殴るだけの脳無しか」

 

「うんにゃ。……この十年、俺は拳を鍛えつづけた。ダンブルドア先生が、いつかお前が戻ってくると言いなすったからだ」

 

 ハリーは、呆気に取られて戦闘を眺めた。

 ヴォルデモート卿はハグリッドの拳をかわしながら、杖から「死の呪い」の緑の光線を連発する。ハグリッドはその巨体で光線をかわしながら――あるいは床に落ちたピンクの傘がくるくる回りながら瓦礫(がれき)をハグリッドのもとに引き寄せて光線を防ぎながら――ハグリッドは紅い拳を放ちつづけた。

 

「ふん、(なま)ってはいないか」

 

 三十秒ほど経ち。ヴォルデモート卿は首をかしげる。

 

「じきにダンブルドアが来るな。こやつの身体では、ダンブルドアも相手取るのは力不足だ」

 

 クィレル教授の体が崩れ落ちる。

 

「小僧ともども殺すのは、また先だ」

 

 ヴォルデモートは黒い霞となり、部屋を去り、消えた。

 

 ハグリッドはちらりと見やると、ハリーに駆け寄り、しゃがみこんだ。

 

「ハリー、よく頑張った、もう大丈夫だ。ダンブルドア先生もすぐおいでだ」

 

「うん。……ありがとう、ハグリッド」

 

 ハリーは上半身を起こしながら言う。

 

「それとごめんね」

 

「ええ、ええ、むざむざ立ち向かうなとは言ったが、来たもんには立ち向かわなきゃならんときもある。医務室までおぶってやるから、今は休め、な?」

 

「……それと、ゆっくり休んだ後は、良い物を渡しちゃる」

 

 ハグリッドはポケットから、こぎれいな皮表紙の本を取り出し、開いてみせた。目の色以外はハリーがそのまま大きくなったような男性と、ハリーと同じ緑色の目をした赤髪の女性が映っている。ハリーを護って死んだ、両親の写真がぎっしり。

 

「おまえさんのご両親の学友たちにフクロウを送ってどっさりかき集めた。誕生日にゃ早いが、今日はお前さんのためにこれを用意してたんじゃよ」

 

 ハリーはハグリッドの大きな片脚をぎゅっと抱き締めた。ハグリッドは大きな手でハリーの背中を愛情をこめてぽんぽん叩き、それはいつものようにとても力強く、ハリーはむせ込んだ。

 

 

 





・タイトルを書きたかっただけの一発ネタ。「最強ハグリッド」発想は二番煎じ。
・ハグリッドの一巻邦訳版の二人称「あんた」及び「おまえさん」を、「おまえさん」に統一。
・ヴォルデモート卿の一人称は、一巻旧邦訳版(わし)ではなく四巻以降・一巻新邦訳版(俺様)に準拠。

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