もし銀英伝オタクがパストーレに転生して、転生後数時間で死亡するRTAを回避する事は可能なのか? 作:オラニエ公ジャン・バルジャン
同盟軍の急な人事は即座に実行され、半ば拉致同然(とは言え当の本人も軍服を着て待っていたが)の形でビュコックを本部ビルに連れてくる始末であった。
そしてパストーレは自身の手足を粛清した事と自身の暗殺を企てたとしてトリューニヒトからの復讐を全て請け負うつもりで執務室にどっかり座って待っていた。
その日の夜には緊急の議長選挙が行われ、案の定トリューニヒトは多数の票を集め最高議長に返り咲いた。
レベロ亡き和平派はまるで歯が立たず、ホアン・ルイといった一部の議員のみが議席を抑えた程度で政府は本来の歴史のヴァーミリオン会戦時に近い形になった。
そしてパストーレはトリューニヒトに呼び出されるのであった。
ジェニー
「父さん…。」
パストーレ
「母さんを頼む。」
パストーレはただ一言言い残して議長オフィスに向かった。
パストーレ
(大方、辞退の責任をとって自決したという事にされて、国民の反帝国思想を増長させる為の道具にされるのだろうなぁ。ロックウェルらの遺族は私の事が憎くて仕方あるまい。自らの権力のためのスポンサーの為なら何人だって殺すだろうよあの白アリは。)
パストーレは車内で一人独白していた。
パストーレの軍服には発信機が取り付けられている。
それはパストーレの生命反応に反応して動いており、もし彼が死ぬような事が有れば軍本部ビルに伝わる様になっている。
もしパストーレを害する様な事が有れば軍が総力を上げて復讐しに来てくれるという物だが、そうなった時同盟は滅ぶだろう。
トリューニヒトの前に立った時、パストーレは特に表情を浮かべる事なく無表情でいた。
議事堂に着いた時組み伏せられたり、脇を抱えられる事もなく普通に通されたのだ。
パストーレ
(油断させておいて殺す気か…?奴ならやりかねんが…?)
表情こそ無であったが、内心は疑心暗鬼に陥っていた。
当然だ、あの妖怪が…ある意味銀河英雄伝説の物語のなかで最も恐ろしい人物が何もしてこないなんて事は無いはずだ。
だがトリューニヒトの第一声は驚くべき事だった。
トリューニヒト
「何故宇宙艦隊司令長官と統合作戦本部長の職を両方とも手放したのかね?」
まさかの一言だった。
嫌味を言われるのかと思いきや、自身が職を辞した事を問うてきたのだ。
パストーレは呆気に取られたがそれは顔に出さない様にひたすら努力した。
そしてただ一言、適任な人間に任せた方がマシだと思ったとただ一言だけ返した。
トリューニヒトはそうかと返すとならば正式な辞令を持ってきたまえ、それが義務だろう。と言ってきたので、緊急を要する事態になると思い口頭で伝えに来たと返すと、トリューニヒトは確かにその通りだと返して、直ぐにその場で簡易的な辞令を作り自ら署名し、パストーレに手渡した。
トリューニヒトはとりあえず建前上の礼を述べると、下がってよしと言われたのでとっとと退室しようとした、その時だった。
トリューニヒト
「君が私に対してどの様な思いを抱こうと勝手だが、私は君を必要としている。私が必要としているという事は同盟市民が必要としているのだという事は忘れないでくれたまえ。」
と言ってきたのだ。
パストーレが内心焦りと恐れを抱いた。
トリューニヒトは自分を殺そうとしていた事を承知で自分を使うと言ってきているのだ。
自分を殺そうと考えていた事がバレていたのもそうだが、決してその様な器量は無いと分かっていながらも大器を思わせる口振り、もし彼の中身がもう少しマシだったら絆されていたかも知れないと恐れを抱いた。
口だけの、だが口だけで上り詰めたこの男の恐ろしさを測りきれていないのでは無いかとパストーレは思った。
何とも言えない恐ろしさがパストーレの背中を刺した気がした。
彼は今までどこに居たのか?
恐らく地球教の庇護にあったのだろう、だがそれを裏付ける証拠はない。
何処ぞの帝国の如く片っ端から粛清する訳にいかないのだ、それが民主主義国家である。
尚、それを半ば無視していたのが昨日までのパストーレだった訳だが。
兎も角五体満足で政府ビルから出してもらったパストーレはその足で軍本部ビルに帰ってきた。
同盟軍首脳部が半ば驚いたのは言うまでもない。
兎に角無事に帰ってきて、同盟軍の全権がヤンとビュコックに平和的に移譲された事を皆は喜んだ。
一先ずの安心感が同盟軍内を漂った。
さてその頃新帝都フェザーンでは、レンネンカンプ横死の報を受けて、御前会議が開かれようとしていた。
ミッターマイヤー
「同盟軍…と言うより同盟政府は自らの手で最高評議会議長を暗殺してまで我々と一戦を求めると言うのか?幾ら何でも荒唐無稽過ぎる。」
ロイエンタール
「同盟は、と言うより同盟市民はあのトリューニヒトのパフォーマンスにまたまんまと嵌っただけに過ぎんだろう。我が方と敵の艦隊戦力は、我が方が以前有利、同盟軍が何処かに予備艦隊でも隠してない限り、力の差が開いている状況での開戦など採るだろうか?」
オーベルシュタイン
「だが、これで一つはっきりしたことがある。もはや同盟に真っ当な政府は無いに等しいと言うこと、そんな国家を僭称する連中がなまじ訓練の行き届いた宇宙艦隊を保持している。もはや帝国どころか、人類の脅威と見做すべきでは無いかな?」
ロイエンタール
「そうは言うがな、軍務尚書。同盟市民百数十億人全員をテロリストとして検挙する訳には行くまい。そもそも外交的解決を図る前に軍を差し向けては、我が帝国が外交の二文字を知らぬ野蛮人だと銀河中に喧伝するようなものだ。先ずは同盟との外交的解決を図るべきでは無いか?」
オーベルシュタイン
「では聞くが、統帥本部総長。卿は今の同盟が国家としての体を成していると本当に考えているのか?もはや同盟市民は暴徒と見分けがつかんばかりかそれを統括する政府も全く無力。そんな連中の為にローエングラム王朝の威光を穢させて良い筈は無かろう。」
ミッターマイヤー
「無辜な百数十億の民を何の謂れもなく砲火に晒すなど、それこそカイザーの威光に泥を塗るどころか、ゴールデンバウム王朝の貴族と何ら変わりないでは無いか‼︎」
三長官が言い争っているなか、カイザー到着の知らせが入り、三人は立ち上がり、上座に向いた。
そして扉が開くとカイザー・ラインハルトが敬礼しながら現れ、三長官もそれを返す。
この時ラインハルトは少し髪の毛が伸びている。
ラインハルトは着席すると、三長官も着席する。
オーベルシュタインが話を切り出した。
オーベルシュタイン
「陛下、同盟からの発表ですが。」
ラインハルト
「聞いている、我が軍の将兵がテロを仕掛けたとな…。今ケスラーに調べさせているが実際どうか?」
オーベルシュタイン
「動画は合成ではなく、間違いなく録画されたものと判明致しましたが、定期報告を聞く限りではあの場にレンネンカンプ提督の護衛を務める兵以外居らず、ハイネセン市街に降りた兵もおりません。やはり同盟の過激派等の自作自演かと。或いは帝国より亡命した反ローエングラム王朝思想の叛徒の仕業か…。」
ミッターマイヤー
「思い当たる節が多過ぎて、追求してもキリがないな。マインカイザー、ここは一度外交特使を再度派遣し、同盟の釈明を聞くべきでは?」
ラインハルト
「我々の自作自演と信じて疑わぬ連中の釈明を聞く必要があるのかミッターマイヤー?」
オーベルシュタイン
「陛下、外交的解決はもはや望むべくもありませんが、現時点での出兵はあまり現実的とは思えません。我が軍の再建計画は途中であり、経済、文化的にも今は内政に注力すべき時です。既に同盟には領土侵攻能力は有りません。あくまで牽制で留めておくべきです。」
ラインハルト
「オーベルシュタイン‼︎卿は余の外交使節が害されたのに、今は国益の為と、余に水に流せと言いたいのか!」
オーベルシュタイン
「そうとは申してはおりませんが、肝心の我が方も準備が出来ておりません。それは敵とて同じでしょうが、先のマル・アデッタの様な惨事になれば、双方対消滅は避けられません。現在我が軍は血の気の多い青年将兵が多く、同盟との開戦を望む者も多い様ですからな、これも問題ですな。」
ミッターマイヤー
「問題だと!?彼らはマイン・カイザーへの忠誠心で湧き上がっているのであって、決して憎悪からでは無い‼︎それを問題視するとは軍務尚書は、その席に有りながら我が軍を愚弄するか‼︎」
オーベルシュタイン
「その行き過ぎた忠誠心の末路が、あのゴールデンバウム王朝を作り上げたのではないか。ローエングラム王朝に於いて、ゴールデンバウム王朝の故事に習うことは何一つない。それは帝国の双璧たる卿らがその範を示すべきではないのか?」
ミッターマイヤーが更に食い下がろうとするがロイエンタールが肩に手を置いて、止めた。
ロイエンタール
「確かに大将以下の将兵内に同盟との主戦論を唱えている連中が多いのは事実だ。だが純粋な忠誠心を無碍にするのも話が違うだろう、それに何より将兵の統括は憲兵総監たるケスラーと卿、軍務尚書の役目でもあるはず、我らだけに責を問うつもりは無いのだろうがその辺りは承知して頂きたいものだな。そして何より、奴らと話し合うにしても、戦うにしてもカイザーがお決めになる事だ。我らはそれに従うまで。我らの姿を見て、同盟が刃向かうにしろ、両手をあげて降伏するにしても、その結末もカイザーがお決めになれば良い。」
結局その場で出兵するか否かは決まることは無かった。
ラインハルト自身も現状での出兵が帝国にも負担を与える事は分かっていたのだ。
だが彼の矜持がそれを許さなかった…。
彼は内心では出兵の意志を固めつつあった。
そして皇妃ヒルデガルドにもその旨を伝えた。
ヒルダ
「出兵するにしてももう数年はお待ちいただけませんか?帝国も同盟も経済的な負担が強く、大規模な戦闘になれば両国の国体すら危ぶまれます。」
ラインハルト
「だが、フロイライン。私の臣下が有無を言わさず害されたのだ、戦場で散る事こそ軍人の誉であり、レンネンカンプはそれを望んでいたはずだ…だが奴ら、同盟の無思慮な策略の前に倒れてしまった。その無念を晴らさずして、彼らの忠誠に応えられようか。」
ヒルダ
「それは尤もです。でも全ての提督方が戦いを望んでいるわけではありません。それは敵も同じ事、とりわけ陛下と会談したヤン・ウェンリー等はこの事態を遺憾に思っているはずです。」
ラインハルトは一瞬考えを改めようかと思い掛けた…だが宇宙を手に入れるという亡き友との誓いがそれを阻んだ。
もはやそれは亡き友が意図せず産んでしまった呪いと化していた。
ヒルダにも、それは分かっていた。
ヒルダはこんなやり方は卑怯だ、ラインハルトの愛を失うかも知れない…それでもと奥の手を使って止める決心をした。
ヒルダ
「陛下…実は…私の…」
エミール
「お話し中失礼します、陛下。」
ラインハルト
「エミールか、どうした?」
ラインハルトは亡き友によく似た赤毛をした従僕に優しく返した。
エミール
「同盟軍の中で人事異動があったようです。宇宙艦隊司令長官にアレクサンドル・ビュコック元帥、統合作戦本部長にヤン・ウェンリー元帥が復職致しました。パストーレ大将は辞任し、第四艦隊司令官に戻ったとの事。」
これがラインハルトの決め手になった。
ビュコック、パストーレ、そしてヤンと戦えると分かった時、彼のどうしょうもない性、血を好むという性を全面に押し上げさせた。
ラインハルト
「直ぐに上級大将以上の将官を集結させよ!直ぐに軍議を開く‼︎…フロイライン、同盟は私と戦う事を選んだ様だ、ならばそれに応えねばなるまい。すまないが留守にする。女官から聞いたが、最近体が優れないと聞く、余が居ない間、に無理はしないでくれ。」
ラインハルトは去ってしまった。
ヒルダ
「ああ…陛下…。行ってしまわれるのですね…どうか無事に帰ってきて下さい…私とこの子の為に…。」
皇后ヒルダの中には新たな命が宿っていた…。
パストーレがトリューニヒトに軍権を完全に握られない様にする為の辞職は、帝国からすれば対ローエングラム体制を整える為の準備と捉えられてしまった。
そして同盟にも、帝国軍が動員体制に入った事が伝えられた。
ビュコック
「何じゃと!?」
ヤン
「情報の精査を、まだこちらは軍事的な行動を取っていないのに向こうのその動きは不自然過ぎる。国境辺境艦隊には細心の注意を払って行動する様に伝えてくれ。」
フレデリカ
「ハッ!」
ヤン
(カイザー・ラインハルトは戦いを好む…それは承知している。だけど何故?何故そんな直ぐに戦う決心がついた?帝国も決して無傷じゃ無い、経済的な負担は場合によっては同盟すら凌駕しかねないはずなのに…。まさか今回の人事で自身と戦う気があると思われたか!?…いや流石に有り得ないだろう…。)
自分自身が有り得ないと判断した原因がカイザーを引き立てたと、ヤンに至らせなかったのは、正に神のいたずらと言わずして何とするのか…。
そして第四艦隊司令部にも帝国軍動員開始の報は伝えられた。
パストーレ
「あの金髪バカ…やりやがった…。」
ジェニー
「閣下、まだ完全動員というわけでは有りませんが、帝国軍が各地での動員を進めているのは確かです。」
パストーレ
「…各艦隊一万三千弱、その内第三艦隊は完全に欠番、第十四艦隊は半数がやっとだ…。戦力的には帝国に敵う要素が無い。」
パストーレは少し考えた。
そしてその日の夕刻には結論を出した。
パストーレ
「政府の動向が外交でケリをつけるならそれで良し、だがもし戦なら…先制攻撃しか無い‼︎」
その日の夜、パストーレは、ヤン、ビュコックの元を訪れ、開戦になった際の軍事行動を説明した。
同盟軍からの先制攻撃、しかもその手段にヤンもビュコックも驚きを隠さずには居られなかった。
もはや前人未到の所業であった。
だがもし成功すれば、帝都フェザーンは戦争どころではなくなる。
そして問題はイゼルローンであった。
イゼルローンにはルッツ艦隊が駐留していた。
パストーレはイゼルローンの再奪取を模索していたが良い案が浮かばないと言った。
それに対してヤンは、イゼルローンにとある仕掛けをしてある事を白状し、再奪取は可能である事を伝えたのだ。
ビュコックはパストーレにイゼルローンは兎も角、先制攻撃案が苛烈過ぎる上に実行部隊が晒される危険性、何よりその所業そのものが到底民主主義の軍人のやることでは無いと非難した。
だがパストーレはそれも覚悟の上でやらねばならないとビュコックを説得した。
そしてその実行部隊は自分の艦隊がやると。
パストーレ
「もはや同盟が生き残るには帝国軍の侵攻能力を削ぐしか有りません。それに本気でやるつもりは有りませんし、敵も必死に止めるでしょう。それで良いんです。第二波を恐れて時間を稼げれば恩の字、怒り狂って追いかけてきたのなら追い返せば良し、同盟との戦いが自らの首を絞めるとカイザーに分からせれば良いんです。」
ビュコック
「だがなぁ…それでは貴官があまりにも…。」
パストーレ
「私はこの国の為に命を捨てております。名誉も誇りも不要。家族さえ無事ならそれで構いません。ヤン提督、イゼルローン要塞再奪還に関しては策を授けて別の艦隊に実行してもらいたいと考えています。貴方はビュコック提督と共にフェザーン方面に布陣して頂きたい。」
ヤン
「それは構いませんが、誰に実行役を?」
パストーレ
「第十三艦隊と第十五艦隊に、片方は要塞占領、もう片方は、ルッツ艦隊撃滅の為の戦力です。」
撃滅…つまりパストーレの作戦の中にルッツ艦隊を逃すという考えは無かった。帝国領側に逃がさずイゼルローン回廊内で完全に消滅させる気なのだ。
つまりそれは、逃げる艦隊を、後ろから艦砲とトゥール・ハンマーで一方的に撃つという所業をさせるという事だ。
ヤンがイゼルローンを奪取した時、帝国軍の愚を犯すまいと当時の駐屯艦隊を逃しているが、パストーレは敢えてその愚を犯せと言ってきたのだ。
パストーレ
「逃せば、合流されて面倒になる。カイザー・ラインハルトに徹底的に対消滅の危機を頭の中に叩き込んでやらねば我らの生き残る道はない!到底頼める事では無いがどうかこの作戦を了承して頂きたい。」
ヤン
「パストーレ提督、仮にその作戦を実施して、上手くいったとして、我々は虐殺者の汚名を被ることになる。そして帝国の憎悪を掻き立てることになります。それは承知しているのですね?」
パストーレ
「勿論です、だがそれでもやらねば…。この事態に同盟市民は何ら責任は無い。彼らは踊らされただけ、責任は止められなかった我ら軍部にありましょう。その責任を取らねば。」
レベロの死、トリューニヒトの再登場、パストーレは全ての責任を抱えようとしていた。
それは傲慢だ。
だがパストーレもそれは承知だった。
だが同盟には残された道は少ないのも事実、ビュコック、ヤンは同意せざるを得なかった…。
パストーレは2人にこんな決断をさせてしまったことへの自責に駆られていた。
だが全ては愛すべき民主と家族の為…。
自由惑星同盟が戦時体制に移行したのはその翌日の夕刻であった。
自由惑星同盟、ローエングラム朝銀河帝国が国交断絶、宣戦布告までの停戦期間は僅か数週間しか設けられなかった。
銀河帝国は、レンネンカンプ死亡の弁明をしない同盟政府に業を煮やし、同盟は、野蛮な帝国は、対話ではなく恫喝を持って脅してきたとトリューニヒトお得意のパフォーマンスで完全に戦争ムードに出来上がり、銀河は人類の愚かさの坩堝と化していた。
同盟軍では、対フェザーン方面軍が再編された。
構成はカールセンの第一艦隊、ホーウッドの第七艦隊、アップルトンの第八艦隊である。
構成は変わらないが、方面軍司令官を務めていたパストーレと第四艦隊の姿は無かった。
パストーレと第四艦隊は本土防衛艦隊に回されたのである…表向きは。
余談だが、この停戦期間中にユリアン・ミンツは地球から帰還している。
ユリアンが語った地球教総本山の最期、それは呆気ないものだった。
自由惑星同盟側の教徒達は帝国打倒を口々に唱え、連日デモ行為に走った。
同盟市民は彼らの行動を聖なる信徒として賞賛した。
ユリアンは、この至極真っ当な結末に何か違和感を感じていた。
この騒ぎで何かを見落としているのでは無いかと…。
一抹の不安を抱え、彼は養父ヤン・ウェンリーの元に戻り、第十三艦隊に復帰した。
そして宇宙歴802年、新帝国歴元年末。
戦端は突然開かれた。
フェザーン航路局に鳴り響く緊急警報、それはフェザーン宙域に質量10兆トンクラスの物体が突如現れたのだ。
それは資源衛星だった。
だがそれは、どこからきたのか?
帝国軍もこの突然の事態に驚愕を隠せなかった。
そして遂にその資源衛星を捉えると、何と彼ら自身が行った、ガイエスブルク要塞を移動拠点としてイゼルローンに襲い掛かった如く、資源衛星にはワープエンジンで囲われていた。
だがそのワープエンジンは役目を終えた様に回廊出口でパージされ、衛星そのものはラムジェットエンジンでフェザーンに真っ直ぐ向かってきたのだ。
宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤーは直ぐにフェザーン駐留の全艦隊の出撃を命令、そして当然カイザー・ラインハルトも総旗艦ブリュンヒルトを駆って出撃した。
ビッテンフェルト
「同盟軍め!気でも狂ったか!?隕石落としだと、よくもそんな真似が出来る。」
ミッターマイヤー
「民間人に対しての一切の配慮をしない攻撃を実行出来る覚悟と実行力…奴しかない…パストーレ‼︎」
ロイエンタール
「熱くなるなよミッターマイヤー。奴は今度何をしでかすか分かったもんじゃない。」
第四艦隊が本国防衛艦隊として回されたのはデマであった。だが帝国軍の目を欺かねばならない為、定期的に辺境守備艦隊と入れ替わり、各艦隊はバラバラに移動し、今回この作戦に使う事を選んだ廃棄資源衛星に集結し、秘密裏に工事を進めたのだ。
その為、この作戦に参加している艦隊は第四艦隊しかいなかった。
パストーレ
「艦砲で衛星は破壊不可能だ、となると、奴らは核融合炉ミサイルを雨の様に叩き込むか、衛星に取り付き、内部を破砕するか、ゼッフル粒子投射装置を使うしかない。だがそれは我が艦隊の妨害を掻い潜らねば叶わぬし、衛星には大量の無人砲台を取り付けてある。そう易々と破壊させる気はない。」
衛星が帝国軍の射程に入ったのはそこから二時間ほどである。
帝国軍十万隻に及ぶ猛烈な砲火は衛星を打ち砕かんと放たれたが、破壊する事は叶わず、寧ろ衛星は速力を上げてフェザーンに向かっていった。
帝国軍は何度か衛星を動かすラムジェットエンジンの破壊を試みたが衛星に備え付けられた防衛機構と第四艦隊の妨害に遭い、黒色槍騎兵艦隊、ミッターマイヤー艦隊の二艦隊は手痛い反撃を喰らい、後退せざるを得なかった。
ジェニー
「閣下、衛星が予定位置に到着しました。」
パストーレ
「衛星の被害状況は?」
ジェニー
「想定よりも高いですが、作戦に支障は有りません。」
パストーレ
「良し、各艦隊退却準備、資源衛星第一次爆破シークエンス開始。上手くやれよ…騙さないといかんからな。」
資源衛星が帝国軍の砲火で遂に爆発し、衛星の軌道はフェザーン直撃コースを外れた。帝国軍は歓喜に包まれたが、諸提督は訝しんでいた。
もしフェザーンを本当に破壊するつもりならより大きな衛星を動かして、その中に大量の核融合炉ミサイルを満載するはずだが、今回の衛星はまるで条件に合わない。
然もそれとは別に脆いという感想を抱かずにはいられなかった。
そして何より第四艦隊のみが作戦行動を取り、肝心の第四艦隊がとっとと引き上げ準備を開始している事であった。
ラインハルト
「まさか!?直ぐに衛星の軌道を再確認しろ‼︎急げ‼︎‼︎」
カイザー・ラインハルトがこの作戦の真の目的に最初に気づいたのはある意味一種の皮肉であったかもしれない。
帝国軍兵
「衛星の軌道は、太陽に向かっています。このままいけば、軌道に乗って、フェザーン星系の衛星になるだけですが?」
ラインハルト
「ミッターマイヤーにあの衛星に直ちに取り付き、中を調べさせろ!奴の目的は…!」
だが時既に遅し、衛星は突如連鎖爆発を起こし、それは大中小の爆炎を起こす度に衛星を削り、そして遂にはフェザーンの太陽を覆ってしまったのだ‼︎
パストーレの本当の狙いは、フェザーンから太陽エネルギーを奪う事であった。
太陽エネルギーは膨大な電力を供給しているだけでなく、電子通貨が基本のこの宇宙でそれを供給するエネルギーが不足するという事は、その惑星の資産価値を大きく落とす事に他ならない。
原子力、火力発電等が廃れたこの時代、太陽光発電の無力化は甚大な災害であった。
つまり新帝都フェザーンは事実上無力化されたのだ。
帝国軍全軍にフェザーン各地からのSOS通信と混乱具合が伝えられて来たのは言うまでもない。
ラインハルトにとっては正に自分の顔に泥を塗られた様な物であろう。
ラインハルトは激昂した。
直ぐに第四艦隊を撃滅せよと檄が飛び、それを果たすべく、黒色槍騎兵艦隊、ワーレン艦隊、ミュラー艦隊、アイゼナッハ艦隊が差し向けられたのである。
一方の第四艦隊は悠々と回廊に入っていった。
ジェニー
「敵艦隊が凄まじい勢いで追いかけて来ました…ここまでは作戦通りなの、父さん?」
パストーレ
「本当なら全軍あげて、デブリ掃除してくれると良かったんだがなぁ…。だが、敵がそう来るなら、狩らせてもらうまでだ。」
パストーレは追いかけてくる四艦隊をコンソールで眺めた。
パストーレ
「全軍に達する。これより我々は回廊出口にて待機している友軍艦隊と合流し、帝国軍艦隊を迎え撃つ!そしてその場で最低1人の上級大将を討ち取る!最優先目標は…」
自由惑星同盟の起死回生の先制攻撃…それが吉と出るか凶と出るか…それはまだ分からない。
だが一つ言える事はパストーレは銀河に悪名を着々と残した事であろう…それを精算する時が来るのか…タチの悪い悪魔がその請求書を破り捨てるかまではまた別の話である。