金の卵を産むガチョウの寓話がある。
この世界にガチョウという生物種が存在するかどうかはさておいて、その寓話は人間の"俺"の記憶として存在する。それは稀な幸運もしくは才能の発見を欲望と好奇心によって殺してしまう物語。
その腹を裂いてみることの愚かさはジンオウガの"俺"にも理解できる。その行動に繋がった知的好奇心と短絡的な成果主義も。欲望のままに、好奇心のままに、翳した爪を振るわなかったのはその寓話を覚えていたから。その愚かさを理解したから。
ここに居るのがふたりの"俺"でよかった。
目前に転がる、完全な光沢を持った黄金の卵を見てそう思う。
それを産み落としたのは先日感電したガーグァ。メスだったことは今更意外ではないが、金の卵を産んだからと言って本人にまったく変わったところがないのが本当に不思議だ。こんなものをこさえたのだからひどく栄養を取られるんじゃないかと何らかの代償を考え、注意深く見守っていたのだが普段と何一つ変わらない。
それが金の卵を産むからこそ寓話たりえるのか。
「グワ?」
「ぐわぐわっ」
「チピッ」
明らかに異質で先ほどから俺の視線を7割方独占している金の卵。当然ガーグァたちも気になるようで嘴を使ってカチカチと突いている。フワフワクイナも興味津々だ。響く硬質な音は明らかに卵の殻のものではないし、中が空洞ということもなさそうだ。
「????」
それに一番困惑しているのは産んだ本人のようだった。ごとりと大きな音を立てて藁の巣材に食い込んだそれを信じられないといった表情で眺め、事の次第を把握した俺が爪を翳したことに怯えて一度は逃げてしまった彼、いや彼女。
戻ってきた彼女を観察していた時も「これはいったい何なのですか」と視線で訴えかけてきていた。
「……」
満を持して軽く触れてみる。…と、重い。重いぞ。100キロはゆうに超えている。金の密度を考えると見立て通り中までしっかり詰まっていると考えた方が良さそうだ。決してそんなことはないはずだが、これが金メッキされたタングステンでない限りは。
「…ヴッ」
少しばかり歯を立ててみる。柔らかい。これは間違いなく金だ。そして卵に残った穴、牙のまるごと一本分沈み込んだそれの断面を見てもすべてが黄金色。マジか。
……ということは、だ。俺はガーグァの卵サイズの純金のカタマリを手にしたってワケだ。
「…ぐわ」
今なお自分が産み落としたものの正体を問い続けている彼女に告げる。
本当によくやったと。
「アオン!アオン!ォン!」
天才、すごい、あんたは偉い!ジンオウガが黄金を手にしたってどうするんだという話だが、こういう幸運に遭遇させてくれたこと自体に感謝したい。どちらの俺もこんな量の金を見たことなんて初めてだから。
これから何か嫌なことがあっても「でも金の卵あるもんな…」って思えば耐えきれるかもしれない。おとぎ話のドラゴンが黄金を集める理由も今ならなんとなくわかるぞ。奇麗なものを見ているとテンションが上がる。
なにか使い道はないものかと腕の毛でぬぐってみれば鏡面の輝き。曲面に引き伸ばされた俺の顔はひどく不細工で面白い。叩いて伸ばせばまともな鏡にもりそうだ。
「ピィ!」
ふいにフワフワが卵の上に飛び乗る。彼は抱卵するようにお尻を動かし、しっくりくる場所を見つけて落ち着いた。ひんやりして気持ちがいいらしい。リラックスして羽毛が膨れてゆく様子を見ていると過剰に興奮していた心が落ち着いてゆく。
どうやら気に入った様子だし金の卵は彼にあげてしまおうか。フワフワと金ピカを同時に楽しめるというのも結構な贅沢だと思う。
…うん、いい眺めだ。
「ぐわーわ」
「グワッ」
俺がフワフワクイナ観察という"いつも"の流れに戻ったことでガーグァたちも三々五々に生活へ戻ってゆく。渦中にいた彼女も俺の言葉で安心したのか今は胸を張って歩いている。そして巣に落ち着き、もぞもぞと動き始めた。目を閉じて踏ん張り…ひょいと立ち上がる。
その足元には…ほかほかのフンが!
がっかりした表情をする彼女に金の卵なんてそう何度も産まれるものではないと伝える。だからこそ目を剥いて驚いたし奇行に走りそうにもなったのだと。あまり伝わっていないようだったが納得したのか座り直してうたた寝を始めた。
「ヴルゥ…」
彼女に倣って俺も目を閉じる。眠気が来るまで考え事でもしようかね。まずは俺が動きを大きくし始めてからの周辺状況のこと。
山間部は視界が開けていてリスクが先行しているために縄張りには組み込まなかったが、ランポスのことがあったので見回りは継続しているし立体的な動きを鍛える修練場としている。監視役のジャギィからは「それは充分縄張りに組み込んだといえる」とのお言葉を頂いているがマーキングはしていないし寝泊りしているわけでもないから縄張りじゃない。
そして渓流向こうのジャギィの群れとは割と友好的な関係を維持できている。向こうからすれば大型モンスターの俺が狭い縄張りに甘んじてそれ以上侵攻してこないことがまず異例、その上で交渉に乗り気なのが理解不能、手に余りすぎて対応を保留しているに過ぎないらしいのだが、俺としては衝突が起きないのならそれでいい。ランポスのことを伝えて山間部の共有を提案したりもしている。
森の憂慮事項だったアシラは驚くほど静かで、ごくたまにハチミツ食ってるところに遭遇する程度。俺が帯電しているところを見ると興味深そうにしていたが手を上げてくることはなかった。俺の方も然り。一時は余裕で倒せるかもと思いもしたが改めてその巨体を見れば考えも変わるものだ。
最後に平原、こっち方面にはマジで進出する気がないのでそこで何が起きているかは基本的に知らない。知らないのだが、どういうわけか嫌な奴の情報だけはしっかりと拾ってしまう。
「………ヴ」
思い出すと眉間にしわが寄る。ふらっと立ち寄った森との境界線、狙いすましたかのようなタイミングで丘陵から顔を出したライゼクス。そこからは遠すぎてまだ点のようにしか見えないはずだったが、奴という存在が嫌すぎてその時点でも知覚できてしまった。
次いで我らがリオレウスも奴の存在を捉えたらしく短い助走を経て舞い上がり、平原上空でエンゲージ。そこからは激しい空中戦を繰り広げ、最後に連続で火球を叩き込んで勝利。奴は再び敗走し平原の向こうに消えていった。
のだが、奴の動きを見ているといくつか思うことがあった。
まず明らかに学習している。敗北から学び、大きな動きはすべて躱して反撃の起点にしていた。リオレウスもそれを悟ったからか大技での手っ取り早い勝利を諦めて火球での攻めを選んでいた。逆に大技を放とうとしていた奴にそれが悉く命中したことで撃退できたわけだが、また今度奴が来るとして同じ失敗はしないだろう。
次にリオレウスも何発か攻撃を貰っていたこと。初戦ではトドメの一撃を放ちに急降下した際、軌道が定まって狙いやすくなったところに雷撃を一発貰っただけだった。しかし今回は空中戦の中でも何発かブレスを被弾していた。
王者の余裕かそれでバランスを崩すことはなかったものの、ダメージを受けていないわけでもなさそうだった。未だ差は大きいが奴とリオレウスの実力は埋まり始めている。
最後に……これら戦いはどうやら2回目ではなさそうであること。俺が見ていない、知らないところで何度か、少なくとも1回リオレウスと奴は戦っている。奴の得ていた戦闘経験値、リオレウスの取った対策行動、ともに初回のそれから得たものではない、しかし既に
由々しき問題だ。未だリオレウスが負けるとは思っていないが奴の執着性は常軌を逸している。それが本当に王者を打ち負かしてしまうまでに、俺はもっと強くならなければならない。
本格的にモノにしつつある出力強化、そのほかにも何か武器が必要だ。
二の矢、三の矢が。
俺はできる、そのはずなんだ…
◆ ◆ ◆
「…ア゛ォぉ……」
大あくびをして上体を起こす。考え事をしているうちにいつの間にか寝入っていたらしい。まだお日様は中途半端な位置にあり、体は活力に溢れているとも眠いともつかない微妙な状態だ。こういう時は起きるに限る。微妙な眠気に飲まれて二度寝すれば体内時計が狂ってしまう。
二度寝マイスターの俺は詳しいんだ。
「ピッ」
つま先をコツコツと叩かれ、視線を向けてみればフワフワクイナが何か言いたげにこちらを見ている。彼は視線を合わせ、動かし、誘導の先にはいつものジャギィの姿が。
「アオンッ」
「ハオォ…アオッ」
何かあったのかと吠えてみると食い気味に自分は話をしに来ただけだという返答が返ってきた。議題は山間部のランポスのこと。俺の提案は間違いなくボスに伝えたつもりだが、いい返事は聞けなかったと。
ボス曰く共有ってなんだよ、そんなら全部よこせよ、そこまで拡張して縄張りの境界を増やすメリットがこっちにないよ、なんならお前が出て行ってくれたらそれで全部解決するんだよとのことらしい。最後の部分はだいぶ俺の顔を伺いながら伝えてくれた。
まぁそうよねという感想しか出てこないし怒ったりしないよ。ここを捨てる気はないけど。
ほっとした表情を見せるジャギィに「それならもう縄張りに組み込むことにする、ランポスの進撃も防げてそちらも損ではないだろう」と伝えると彼は真顔になって何度か聞き直し、彼の言葉でいちど復唱してから去っていった。
連絡役は大変だね。
しかし正式に編入する
まず視界が開けていること、これは一番の憂慮事項であるとともに利点でもある。木々に邪魔されずに動き回ることができ、体を慣らすにはもってこいの環境だ。現時点でもその用途で活用しているが編入すればもう少し羽を伸ばせるようになるだろう。
次にランポスの縄張りと接しているらしいこと、これもスパーリング相手として利用できなくもないし彼らと縄張りを接したくないジャギィたちに俺の価値を売り込むことにもなる。
あとは時たま発生する雷雨によって充電の機会も得られるし、わりと豊富な鉱物資源が……
つらつらと並べてみれば利の面が大きいことに気が付いた。意図して無視していたわけではない。そこはあくまで通路であって運動場であって腰を落ち着ける場所ではなかったのだ。それに今しがたとっておきのアイデアが浮かんだ。
フワフワクイナの隣で黄金に輝いている卵──非常に加工のしやすい金属でできている──を一瞥してアイデアの実現に必要な山間部の確保へ向かう。ジャギィからの返事はまだだが、既成事実化してしまえばいい。
その後数時間、要求領域へのマーキングを済ませた俺は満足して眠りについた。
……そして次の朝。
「…オオ」
「ァ-ォ?」
寝起きの俺と昨日の返事に来たジャギィの目の前で、2つ目の金の卵が産み落とされた。
1つ目と全く変わらぬ光沢と質感でそこにある。
「ぐわ」
産み落としたガーグァは得意げになって嘴で転がし、俺の前足が届く範囲へそれを寄越す。その経路上に生えていた草が倒れたままなのを見てかなりの重量があることを再度確認する。
俺はジャギィとしばらく顔を見合わせ、足で卵を手繰り寄せて。
これいる?と聞いた。
遠慮された。
・"俺"
どういうわけか値打ち物を手に入れた。今のところ使い道は無い。
色々考えていたらひらめきを得た。
・感電ガーグァ
何かのスイッチが入った。金の卵を生むガチョウ。
腹は裂かれずに済んだ。
・監視役ジャギィ
一度は戦いもした相手のことがよくわからず永遠に戸惑っている。
それから投げつけられるやたらと複雑な
なおボスは半分も理解していない。頑張れ。
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