勇者「魔王、倒せたな…」聖女「二人でイケるもんなんですね」   作:匿名希望

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「夫のことを知り尽くすことは妻の勤めですから」

「それにしても良い指輪ですね。こんなところでオリハルコンとミスリルの合金という、世の王族が聞いたら失神しかねない贅沢品を手に入れられるとは」

 

「これ絶対アレックス王達には言わないようにしような。あの人たちの耳に入ったら心労で卒倒するから」

 

 

 あれから家に帰った俺たちは、イザヤさんから買い取った指輪をしげしげと見やる。

 冒険の最中はついぞお目にかかれず、魔王の武器としてでしか見たことがなかったのに、世の中が平和になってから手に入るなんてなんとも変な因果だ。

 あの武器も戦いの余波で砕け散ってしまったので、結局回収はできなかったしなぁ。

 

 

「今日も慌ただしい日でしたね。その辺りはスレイと出会ってからは、毎日が波瀾万丈だったので、もはやこの程度は慣れてしまいましたが」

 

「俺の呪いじみた宿命のせいで迷惑をかけてすまん」

 

「全くですよ。その気になれば王族以上の悠々自適な生活を送ることができる聖女様だというのに、貴方のような粗忽者との暮らしのためにそれらを投げ出して仕方なく結婚してあげたんですから、もっと私に感謝してください」

 

「感謝してるのは事実だけど、どうしても俺と暮らすのが難しいなら別居するというのも……」

 

「浮気ですか? 私がいない間に別の女を連れ込むつもりなんですか? この私達の新居に何処の馬の骨とも知らない泥棒猫を招き入れるつもりなんですか? まさかスレイがそんなはしたない真似をする人間とは思いませんでしたよ。全く見下げ果てた男です。この家から私を追い出すなんて暴挙に出ようものなら、私にも考えがありますからね。具体的には、この家の壁を破壊して無理やり侵入します。そしてその後に鼻水や涙が溢れるのも気にしないまま貴方に縋り付きますが、それでもいいんですか? 世界から称賛される勇者様からしたら、この世で最も尊ぶべき存在である聖女様が、みっともなく貴方の慈悲を乞うなんて光景見たくないでしょう。いや、聖女であるかどうか以前に貴方の愛する妻が無様な姿を晒すなんて、普通の一般的な旦那様であれば耐えられる状況ではないはずです。それともそんな尊厳を投げ捨てた私が嘆く様を拝謁したいなどという変態じみた趣向をお持ちになられたので? そういうプレイに付き合うということであればやぶさかではないですが、現実と空想をごっちゃにするのはやめましょうよ。想像上のものを実現すると危ないことなんていくらでもあるわけじゃないですか。そういう分別くらいはついてるものと思っていたのですがそうではないのですね。これはとんだ相互不理解が起きていたというものです。もしやその認識の齟齬から別居の話を持ち出した訳ですか? だとすると、その浅はかさは愚かしいと言わざるを得ません。私から離れることができると思わないことですね。例えスレイが地獄の果てまで逃げようが、どこまでも私はついていきますよ。私の執着心を舐めないでいただきたい。そうと分かったなら、今後の夫婦生活のことを考えて、今すぐ私の機嫌を取ることを最優先事項とするのです。さあさあさあ!」

 

「ジュリア、本当に俺のこと好きすぎない?」

 

 

 ちょっとした失言でここまで詰められることある?

 ……あるんだよなぁ。ジュリアに限った話では。

 ジュリアのことをここまで理解できるようになったことに喜べばいいのか、こうも重い愛をぶつけられることを恐れればいいのか分からないけれど。

 

 

「いえ、全然スレイのことは好きすぎなんてことはありませんよ。そりゃあ、結婚相手としての好意くらいはありますけど、その気持ちに自分が振り回される程じゃないですし。自分の感情くらいは理性で抑えられる女ですよ私は」

 

「俺から見たら自ら飛び込んで振り回されてるように見えるんだけど。ジュリアの理性の蓋はガタガタなの?」

 

「何を分かったような口を。その様子だと、私のことなんて何も理解できていないと見えますね」

 

「世界一可愛い俺の嫁さんだってことは分かってるぞ」

 

「ぎ゛ゃ゛ぬ゛ぇ゛っ゛で゛ぉ゛」

 

 

 毎度のことながら、どうやって発音してるんだそれは。

 本当に人間の声帯から生じることのできる音なのか?

 ……でも、実際に出てるしなぁ。

 

 

「と、ともかくスレイもまだまだだということです。もっと貴方の大切な妻のことを深く知るように努力するように」

 

「そうは言うけど、ジュリアだって俺のことを完璧に知ってる訳じゃないだろ? だったらどっこいどっこいじゃねえの?」

 

「愚問ですね。私がスレイのことで知らないことがあるとでも?」

 

 

 ドヤ顔を浮かべながら、ジュリアはそうはっきりと言い切った。

 そこまで言うなら。

 

 

「だったら俺のことでいくつか質問していいか? なんでも知ってるなら答えられるだろ?」

 

「どんと来なさい。もし答えられないようだったら、向こう一ヶ月の家事は全て私がやって差し上げましょう。もし全て答えられたら、スレイには一週間私の言いなりになってもらいますよ」

 

「おう、望むところ……」

 

 

 …………それだったら、どっちにしろ今までとほとんど変わらないのでは?

 まあいい。勝負なら真剣にやらないと。

 

 

「それじゃあ第一問。俺の好物はなに?」

 

「私のことを馬鹿にしてますか? それくらい簡単ですよ」

 

 

 こちらを小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、

 

 

「ハンバーグですね。特に中にチーズが入っているやつです。ソースはデミグラスソースであると尚よし」

 

 

 あっさりと正解を回答した。

 これくらいなら長年連れ添ってると覚えるだろうから、軽い腕試しと言ったところだが。

 

 

「じゃあ次。朝はコーヒー派か、それとも紅茶派か」

 

「何回淹れてると思ってるんですか。コーヒー派ですよコーヒー派。しかも無駄にブラックで飲みたがるタイプでしょう」

 

「無駄とはなんだ無駄とは」

 

「普段子供っぽいくせに、変なところで大人っぽい振る舞いしないでくださいよ。違和感しかないです」

 

 

 そう言われても、好きなんだからしょうがないじゃないか。

 

 

「じゃあ、小さい頃好きだった遊びは?」

 

 

 流石にこれは分からないだろう。

 言った覚えないしな。

 

 

「それは魔物退治は除いてですか?」

 

「あれは遊びじゃねーよ! もちろんそれ以外で!」

 

「だったら、かくれんぼですね。おにごっことかかけっこだったら、身体能力の差のせいであまり楽しめなかったみたいですし」

 

 

 けれど、ジュリアはなんてことないと言った様子で平然と回答した。

 理由まで添えて。

 

 

「……なんで知ってんの?」

 

「この前お義母様から聞きました。なので、スレイの小さい頃の話でも死角なしです」

 

「…………えっと、俺がおねしょしてたのは何歳までとか分かる?」

 

「二歳になるちょっと前だったそうですね。おねしょをしなくなる年齢としては結構早い方かと」

 

 

 おねしょしてた時期とか俺も覚えてないんだけど。

 まあ、でもこれなら母さんに聞いたのであれば全然あり得る範疇だ。

 多分、きっと、おそらく。

 

 

「……俺が産まれて初めて魔物を倒した時に使ってた武器は?」

 

「自身の拳で倒したから、武器は持ってなかったんじゃなかったですか? 最初の道具という意味であれば投石ですし、ちゃんとした武器なら木刀だったはずです」

 

「…………それはどこから情報を?」

 

「リオさんに訊ねました。この間ここに来た時に」

 

「……………………」

 

 

 俺は今、魔王と対峙した時以上の恐怖を、ジュリアに抱いている。

 精神的な暴力というものが、これほどまでに人間を恐れさせるとは思わなかった。

 

 

「あの……ジュリアさん? なんでそこまで、こと細やかに俺の情報を知っているので? 情報の入手経路という意味じゃなくて、そこまでの熱意がどこから出てきたのか、という意味で」

 

 

 正直に言って、ストーカーじみている。

 というか、実際ストーカーではなかろうか。

 戦々恐々としてジュリアに、その原動力について聞き出すと。

 

 

「幼い頃に出会った男の子が貴方だと気付けなかったことが、心残りだったからです。スレイは私のことをはっきりと憶えていたというのに」

 

 

 そんな、思いもよらないことを口走った。

 

 

「……それとこれがなんの関係が?」

 

「スレイは気にしていないようですが、私としては非常に後ろめたく思ってしまうんですよ。見る人が見れば、貴方との初めての出会いを忘れ去っていた悪女のようにも捉えかねません」

 

「そこまで意地の悪い人はいないだろ。俺はジュリアが俺のことをかすかに憶えていてくれただけでも、十分嬉しかったのにさ」

 

「そういう私を喜ばせるような言葉は今はやめてください。真剣な話をしているのにそんな風に優しくされたらニヤけてしまうでしょうが」

 

 

 真剣な話をしているつもりなら、そういうあざといことは言わない方がいいのでは?

 俺までニヤけるじゃないか。

 

 

「ともかく、そういった負い目から、スレイのことはなんでも把握しておこうと思ったんですよ。旦那の要望には口に出されなくとも応える。そのために夫のことを知り尽くすことは妻の勤めですから」

 

「奥さんって諜報部員の別名だったりする?」

 

 

 絶対そんな勤めはない。

 少なくとも俺の母さんはそういう情報収集はしてなかった。

 父さんとは互いに『ソレとって』とか『アレどうしたっけ』とかで会話はできてたけど、ジュリアみたいな執念じみた追跡の末に出来上がったものではないし。

 

 

「そんな必死にやらないと維持できない夫婦生活って息苦しくない?」

 

「舐めないでいただきたい。普通にスレイの過去を知っていくこと自体に喜びと快感がありましたから努力とも思っていません」

 

「尚更怖いわ!」

 

 

 どれだけの重力場を発生させるつもりだこの聖女様。

 

 

「そんな些細なことより」

 

「些細かなぁ!? これ本当に些細なことかなぁ!?」

 

「些細ですよ。今夜のことを考えたら」

 

 

 ……今夜?

 

 

「忘れたとは言わせませんよ。『今夜、俺は何も我慢せずにやりたいことやりまくるからな』と、獣欲のこもった目つきで私を見つめながら言い放った宣言を」

 

 

 あー……。

 そんなこと言ったな、確かに。

 忘れてはないけど、ジュリアからそれを言われるとは。

 

 

「いやぁ、私はどんな目に遭わされるんですかね! 本当、楽しみとかじゃないですけど。楽しみとかじゃないですけど! 楽しみとかじゃ全然ないですけど! 夫の欲望を発散させるのも妻の責務ですし、それを全うするだけですし? これは私が堕落した聖女だからではなく、欲望のあまり人の道を踏み外しかねない勇者様を正道に留めておくための言わば生贄のようなものですから、聖女的にはOKかなって思うだけですから! その辺り勘違いしないでくださいよ本当に! むしろこれだけ私を期待させておいて……もとい、覚悟を決めさせておいて肩透かしなんてさせようものなら、スレイの身に何が起きるか分かったもんじゃないですよ!? 神に愛された私を袖にするとか天罰が百回下ってもなお足りない暴挙なんですからね! その辺りをしっかりと実感しながら、」

 

「ジュリア」

 

「ひゃいっ」

 

 

 何やら恥ずかしさのあまりベラベラとくっちゃべっているジュリアの言葉を無視して、顔を真っ赤にしている聖女様の真正面に立つ。

 そして、そのままジュリアの細い腰を抱き寄せて。

 

 

「自分から言い出したんだから、逃げるなよ?」

 

「…………はぃ」

 

 

 蚊の鳴くような声ではあるもののジュリアの了承を得た俺は、硬直したままの俺の妻を抱えて寝室へと足を運んだのだった。

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