石油王()に転生したので全力でメディア様に媚びる 作:Una
アメリカ、スノーフィールドのとあるホテル。
修学旅行に来ていた穂群原高校1年生の一クラス分の生徒が宿泊していた。
私立だけあって旅行先は複数の外国から選択される。観光地として新興都市であるスノーフィールドも、その旅行先として選択肢に挙げられていた。
メディアに魔術を学ぶため日本の穂村原学園に留学していた桜・ガリアスタは、スノーフィールドに到着したその日のうちに、その地に流れる地脈の乱れに気が付いていた。
そのことを自身の恩人であり保護者であるアラブの石油王に報告しようと携帯電話をポケットから取り出すが、そのとき彼女は右手に刻まれた奇妙なタトゥーに気付いた。
「なに、これ」
こんなファンキーなものがこんなわかりやすい場所に刻まれていると、アメリカへの旅行ではしゃいでヤンチャした結果と見られかねない。そんなことになれば修学旅行先としてアメリカが外されてしまうかも。
いきなり刻まれたタトゥーを左手で隠し、周りを見る。誰にも気づかれていない。
「ガリアスタさん、どうかした?」
「い、いえ、なんでもないです! ちょっと失礼します!」
声をかけてきたのは、先月の生徒会選挙で副会長となった角隈くんだ。弓道部の次期部長としてたびたび会話をする中である。今も眠そうに頭をふらふらさせながら、しょぼしょぼしている目をかろうじて開けてこちらを心配そうに見ている。
「点呼までには戻りますから!」
桜はそれだけを告げて、非常口から屋外へ出た。
ホテル17階から見下ろす非常階段は底なしの闇への入り口だった。
上を見やる。夜空を背に伸びる屋上まではほんの4階程度の高さしかない。
目に魔力を込め、瞳孔を拡大する。一瞬で暗順応を終え、夜の先にある屋上までの距離を目測で測る。
脚に強化魔術をかけながら、非常階段の手すりに飛び乗った。
ゴン、と重い音がする。常識を超えた脚力が桜の細い身体を一気に夜空へと持ち上げ、屋上のヘリポートを見下ろす高さまで届けた。
「浮遊──減速──衝撃霧散──!」
複数の魔術を同時にかけ、桜は宙で身体をひねり音もなく着地する。ハサンのお姉さんから教わった身体操作技術だった。
桜は周囲を見渡す。雑踏の気配は遥か下に感じられ、どこからも視線を感じない。色とりどりのネオンとビルの窓灯が桜の顔を照らす。今こんなところに少女がいることなんて誰にも気づかれていないに違いない。
それを確認して、桜は右手に刻まれた刻印を入念に検める。
魔術的なパスが感じられる。
いつの間に刻まれた? 効果は? 狙いは?
焦りはするも、その類まれなる魔術の才能でもってその魔術印を解析する。
ここで、彼女にとって不幸なことが複数重なった。
一つ目は、彼女が遠坂の血を引いていること。今スノーフィールドで起動しつつある聖杯は冬木のそれが元となっている。アメリカの地脈に適合する形に改造が施されていようとも、そこにある意思は冬木の御三家を優先しようとする性質がデフォとして備わっている。
二つ目は、彼女が後生大事にとある聖遺物を持ち歩いていたこと。かつて冬木で執り行われた第四次聖杯戦争にて、自分を救うために命を投げ出した男がいたことを彼女は周囲からそれとなく聞かされていた。当時のことは全く覚えていないが、ある大人の男の人に抱きしめられた温もりだけはなんとなく覚えていた。
間桐邸が燃えてしまったとき、その焼け跡から回収されたとある聖遺物を、彼の形見として桜・ガリアスタはお守りの中に入れて肌身離さず持ち歩いていたのだ。
そして三つ目は、並行世界におけるとある縁。この世界線とは異なり、エインズワースと呼ばれる置換魔術を専門とする魔術家系が聖杯戦争を主催した世界線。その世界線における間桐桜は、とあるサーヴァントの依り代となって戦いの中に身を堕とすことになったのだ。
四つ目は、彼女の姉もまた同時にとある英霊の依り代となったこと。遠坂の魔術刻印を分割して受け継いだ彼女たちは、魔術的なパスでつながっている。片方が英霊の依り代となったとき、もう片方も同様に英霊の依り代として覚醒する運命にあったのだった。
五つ目は、彼女の魔術的才覚があまりにも高く、加えてその属性が架空元素・虚数であったこと。架空元素は大雑把に言えばエーテルを扱う属性だ。その属性故に、桜は自身に刻まれた令呪を解析し、その先にある英霊の座との繋がりを把握してしまった。
これらの要素と縁が絡み合い、桜・ガリアスタはとあるサーヴァントをその身に宿してしまう。
「え、え⁉」
桜を中心に暴風が渦巻く。
その足元には幾何学的な魔法陣が描かれている。
突然の出来事に、戦闘訓練を積んでいない桜はその足をすくめさせた。これが姉である遠坂凛であれば風を知覚した時点で全身に強化魔術を施してその場から20メートルは飛びのいていただろう。
「な、なに……これ」
漆黒の魔力が自分の身体に満ちていく。それは冷水に飛び込んだ感覚に近く、肺が凍えて呼吸も止まるかのように全身が震える。
「助け、せん、ぱ……」
震える肺で吐き出せた言葉はそこまでだった。
弓道部の先輩が向けてくれる優しい笑顔を最後に思い浮かべながら、桜の意識は狂気の闇に沈んだ。
¥¥$$€€ ¥¥$$€€ ¥¥$$€€
穂村原学園高等部生徒会副会長を務める角隅は、もちろん生徒会副会長であるからして、生徒の統率の役割を担っている。
集合場所での生徒の点呼だって彼の仕事のうちであり、既に桜・ガリアスタ以外の生徒がホテル内にいることを確認していた。
点呼までには帰ってくる、と彼女は言った。
その後、彼女の姿を見た生徒はいない。同室の女生徒たちも不安そうな表情で引率の教師に桜ガリアスタの不在を報告している。
どこに向かったのだろう。
もしかしたら、自分が最後に見た非常扉の外で電話でもしているのかもしれない。
角隅はその場から離れ非常階段へ向かう。そこにまだいるなら点呼に遅れたことも教師から軽く小言を言われる程度で済む。
非常扉の外にはビルの谷間を見下ろす光景が広がっていた。
手すりから身を乗り出して見下ろせば、高さすらわからない暗がりに足がすくむ。
階段は上と下に伸びている。下を見ながら階段を下るくらいなら上に登るだろう。そんな予感を得て角隅は細い鉄の階段を甲高い音と共に上がっていった。
その時、角隅の耳が奇妙な音を捉えた。
金属と金属が激突する甲高い音。交通事故でも起こっているかのような鉄の悲鳴が、なぜか屋上から連なるように響いている。
脳が警鐘をあげている。
この先に進めば、自分は命を失いかねないことになると。当然だ。こんな音を鳴らす何かが屋上にいるのだ。それは台風か、竜巻か、それに匹敵するエネルギーでもって衝突を繰り返しているなにかだ。
だが、自分の足は階段を昇る歩を止めない。
この先に自分が求める少女がいるのだと知っているのだ。
非常階段の終点にさしかかり、角隈は身を屈め、顔を半分だけだして屋上の様子をうかがう。
そこには神話が広がっていた。
広い屋上はステージのようにナイター照明で照らされている。
ヘリポートの模様を中心に、右に立つのは角の生えた小柄な少女だ。赤い長髪を振り乱しながら振り回すその得物は、彼女の身の丈を大きく超える複雑な形状をした槍だ。その身のこなしは人間のアスリートなど目ではない速度で縦横無尽にホテルの屋上を駆けまわり槍での一撃を振るい続けている。
対して左に立つのは性別もはっきりしない、黒い甲冑に包まれた異形の存在だ。その姿はどれだけ目を凝らしても焦点があわない、蜃気楼が重なっているかのように輪郭があいまいである。
黒い甲冑が振り回しているのは、少女が振るう槍よりさらに長い、黒い棒状の何かだ。その先端は腕力で無理やりねじ切られたように先端が捻転しており、その切っ先を少女に向けて連続で突きこんでいる。
「あれは、ナイター照明?」
よく見れば甲冑が振り回すそれは、手元に真っ黒な照明ドラムがぶら下がっている。さらには屋上の四隅に設置されているはずの照明塔が一つ足りない。角隈少年から見て右手にある一本が、なにか尋常でない力でへし折られたようにぐちゃぐちゃに捻じ曲がっている。
「まさか、あの黒いヤツが?」
だとすればなんという怪力か。
しかもその鉄の塊をまるで愛用の槍のように自在に操り、角としっぽの生えた少女の繰り出す槍の連撃を捌き、突きでの反撃を返す。
少女の槍を兜の額で滑らせ、甲冑の突きを少女は踊るように身を翻して回避し続ける。
一進一退の攻防。
その拮抗を破ったのは、無粋なことに、少年が踏む非常階段の軋みだった。
涼しげな夜の中で、金属の擦れる音は驚くほどに大きく響いた。
「誰⁉」
角と尻尾の生えた少女が、爬虫類のように縦に避けた瞳を見開いてこちらを見た。
その視線に射すくめられて、角隅少年は金縛りのように身を固めてしまった。
「あーあ、折角盛り上がっていたのに、興が醒めちゃったわね」
呆れのため息を漏らし、少女は肩をすくめた。
「人避けの結界は子豚が張ってたはずなんだけど……ま、しょうがないか。聖杯戦争では目撃者は始末するのがお約束よね」
言うや否や、少女が一瞬で少年までの距離を詰めた。
少女の握る長槍が突き出される。
人外の振るう槍の軌跡など、一般人に過ぎない少年の目が捉えられるはずがない。
本来なら。
少年はそれを避けた。もんどりうって身を躱し、けたたましい音を立てながら狭い非常階段を転げ落ちる。
「ぐっ……!」
後頭部だけは打ち付けないよう両手で抱えながら踊り場に倒れこみ、角隅少年はすぐ顔を上げ屋上を見やる。そこには槍を突き出した姿勢のままの角の少女が、目を見開いてこちらを見下ろしていた。
「躱した? 手加減したとはいえ私の槍を?」
少年は起き上がり、少女を睨みつける。自分が生死の際にいたことを自覚し、全身から脂汗が滲む。シャツが張り付く気持ち悪い感覚を無視して、角隅少年は全神経を視力に注ぐ。緊張で浅くなる呼吸を、呼気を意識して深く吐き、吸う。
「……気に食わないわね、豚のくせに」
少女の姿がかき消える。目に映った光景を信じて角隅少年は全力でしゃがんだ。直前まで自身の首があった場所を少女の槍の残像が奔る。
「避けんじゃ、ないわよ!」
地団太のように少女の右足が非常階段を踏みつける。交通事故のような轟音がなり、非常階段をホテルの壁面に固定していたネジが7階下までまとめて吹き飛ぶ。
そうなれば角隅少年の重さを支える支点が失われ、非常階段の金属が耳障りな悲鳴とともに歪み、少年の足場を傾けていく。
「わああ、あ!」
ずり落ちる直前に少年の右手は階段の手すりを掴んだ。彼の体重を支えるのはその腕一本だけであり、その足は17階の高さでふらふらと宙をさまよっている。
右の指に必死に力を入れて命を長らえる少年を、槍を担ぐ少女は嗜虐的に眺めていた。
「魔力もない、身体にも特筆するようなところはない、ただの豚よね? どうやって私の槍を避けたのかは気になるけど」
「ま、待て!」
言いながら少女は黒槍を振るった。
その一振りで、少年の命を繋いでいる非常階段を切断した。
「あ」
少年の身体が宙に浮く。一瞬の浮遊感ののち、地面に引かれて階段の残骸ごと落下した。
視界の隅で、こちらにむかって手を振る少女の姿が映る。
このまま、自分は終わるのか。
……。
……否。
このまま終わるのは許されない。
恐い。痛みが怖い。死が怖い。永遠の暗闇が怖い。
そして何より、無意味に消えることが何よりも恐ろしい。
恐いままでいい、痛いままでいい。そのうえで、もう一度立たなければならない。
だってこの手はまだ一度も、自分の意志で戦ってすらいないじゃないか。
──うむ!
落ちている途中で、走馬灯ではありえない、今まで聞いたこともないはずの声が頭に響いた。
──死の淵において恐れを抱き、それを飲み込みながらも戦うか!
それは女の声だった。明朗で、快活な、少女の声。
──見事! よくぞ言った、名も知らぬ路傍の者よ!
夜闇に慣れた少年の目が、突然現れた光の束に眩み視界が閉ざされる。
閉じた瞼の向こうで、落下している自分の身体が何者かに抱き留められた感覚が伝わる。
風を切り、自分を抱える何者かがどこかに着地した。そのまま地面に転がされ、光の束が収束して光に焼かれた目をどうにかこじ開けると、そこには金髪の少女が胸を張って立っていた。
少女は赤いドレスを身に纏っていた。
少女は赤い大剣を両手で構えていた。
夜空を背負い、星屑のように輝く金髪を戴く少女は、その碧眼でこちらを見下ろして口を開いた。
「問おう。そなたが余の奏者か?」
──角隅白野、旧姓岸波白野は、この日、運命に出逢った。
岸波白野(きしなみはくの)
出典:Fate/extraシリーズ
Fate/extraおよびそのシリーズ作品の主人公およびデフォルト名。
月の聖杯戦争に参加した魔術師。ゲームではネロ・玉藻・無銘のいずれかを召喚することになるが、拙作では消去法でネロが選ばれた。
無口・無個性・中立なキャラクター。歴史マニアであり特にフランシスコ・ザビエルには一家言持ち。
角隈は『氷室の天地』で設定された彼の苗字。
2030年に行われた月の聖杯戦争に参加した彼がなぜひむてん時空に存在するかはネタバレになるので気になるなら原作ゲームをやればいいよ。
メタ的な解説
スノーフィールドの聖杯も冬木の御三家に優先的に令呪を配布するというのは成田先生がツイートしてた設定