銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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自由惑星共和国の混乱の中、異様な存在感を放つ一人の男がいた。
腹黒流通代表、アドリアン・ルビンスキー(偽)
胡散臭いタレント商人として笑われるその男に、共和国首脳部が目をつける。


死刑だと思ったら出世だった

【自由惑星共和国 イゼルローン要塞】

 

 天井を埋め尽くす照明が瞬き、観覧席からは歓声と拍手が巻き起こる。

 

 熱狂の中心に鎮座しているのは、光を反射して眩しさを放つ頭部である。

 

「さあさあさあ!今夜も始まりました、共和国激動のニュースをぶった斬る生放送バラエティ!本日のスペシャルゲストコメンテーターは、もはやお茶の間の顔と言っても過言ではないこの方です!」

 

 ストライプのスーツを着込んだアナウンサーがカメラに向かって身振り手振りを交える。

 画面の右下には派手なフォントでテロップが表示されている。

 

『コメンテーター:アドリアン・ルビンスキー(偽)※腹黒流通代表』

 

「ガハハハハハ!いやあ、どうもどうも!皆さんこんばんは、腹黒流通代表のアドリアン・ルビンスキー(偽)ですぞ!」

 

 本物の元フェザーン自治領主であるアドリアン・ルビンスキーは、愛嬌たっぷりに頭を撫で回す。観覧席からはドブ黒い声援が飛び交う。

 

「いやはや、ルビンスキー(偽)さん!今日も一段と頭頂部が輝きを放っていますね!さて、早速ですが本日のメインテーマに参りましょう。今回の『第二の長征一万光年』について、ズバリどう思われますか!?」

 

 マイクを向けられたルビンスキーは殊勝な面持ちを作り、わざとらしく大きく頷いてみせる。

 

「うむ。今回のヤン総統とトリューニヒト氏の決断は、見事という以外にはありませんな。まさに歴史に残る大英断ですぞ!」

 

「故郷であるハイネセンを捨てるというのは並大抵の覚悟ではできないことです。しかし彼らは民の命を最優先にした!権力にしがみつくことなく、ただただ市民の安全と未来のために一万光年もの果てしない脱出劇を指導しているのです!いやあ、素晴らしい!感動的ですらありますな!」

 

「……そして手前味噌ではありますが!我々『腹黒流通』はその偉大なる脱出劇を陰から支えるべく、脱出用の宇宙船から仮設住宅の建築資材、さらには日々のトイレットペーパーに至るまでありとあらゆる物資を全面提供させていただいております!」

 

親指を突き立てる。

 

「おかげさまで我が社は空前の大パニック需要に乗じて丸儲けというわけです!ガハハハハハハハハハ!!いやあ、難民ビジネス最高!!」

 

「ちょっ、ルビンスキー(偽)さん!生放送!生放送ですよ!」

 

アナウンサーが慌てて制止するが、観覧席からは爆笑と拍手喝采が巻き起こる。隠し立て一切なしの守銭奴ぶりが大衆の心を掴んで離さない。

 

「流石は自称・元フェザーン自治領主のそっくりさんですねえ!商魂逞しいにもほどがありますよ!」

 

『ふん、フェザーン人という出自まで自称の偽物扱いか……。天下の自治領主であったこの俺が、まさか三流タレントのような扱いを受ける日が来るとはな』

 

 内心で毒づきながらも、顔面には満面の笑みを貼り付けている。

 

『まあよい。正体がバレて戦犯として処刑されるより、胡散臭いタレントのそっくりさんとして共和国の国家予算を吸い上げる方がよほど安全で儲かるというものだ。ヤンの奴もまさかテレビで毎日バカをやっているこの男が本物のルビンスキーだとは夢にも思うまい。木を隠すなら森、自治領主を隠すならバラエティ番組というわけだ』

 

「商機というものは決して逃してはなりませんからな!我が腹黒流通はこれからも共和国の皆様のために、そして何より我が社の利益のために粉骨砕身いたしますぞ!仮設住宅の雨漏り修理ならぜひ腹黒流通のオプションパックをご利用くだされ!今ならなんと手数料たったの三百パーセント増しで即日対応いたします!」

 

「ぼったくりじゃないですか!!」

 

スタジオは今日一番の大爆笑に包まれる。タレントとしての株はまたしてもストップ高を記録する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【腹黒流通 仮設本社オフィス】

 

 テレビ局での生放送を終え、ルビンスキーはリムジンに揺られて仮設の本社オフィスへと帰還する。仮設とはいえ、内部は絨毯が敷き詰められ黄金の壺がいくつも並べられている。

 

「ふう、今日もよく稼いだわ。大衆というものはわかりやすい悪党をエンターテインメントとして消費したがるものだ。その心理を利用すれば金などいくらでも湧いてくる」

 

 そこへ実質的なナンバーツーにして優秀な補佐役であるルパート・ケッセルリンクが入室してくる。片手には情報端末タブレットが握られている。

 

「お帰りなさい、大人気タレントの偽物殿。今日もブラウン管の向こうの愚民どもを大いに沸かせてきたようですね」

 

声には棘と皮肉が含まれている。気にも留めず豪快に笑い飛ばす。

 

「ガハハハ!ルパートよ、嫉妬は見苦しいぞ。お前もあの番組に出て、その甘いマスクで腹黒流通青年部でもアピールしてくればよいのだ」

 

「お断りします。父さんのようにピエロを演じる趣味はありませんので。それよりも緊急の報告があります」

 

 ルパートはタブレットの画面を指先で弾く。空間にホログラムのグラフやデータが次々と浮かび上がる。

 

「報告だと?またどこかの星系で仮設住宅の資材が足りなくなったか?それなら価格を五倍に釣り上げてから売ってやれ」

 

余裕たっぷりに葉巻をふかすと、無表情のまま事実を突きつけられる。

 

「いいえ。我々の独占状態を快く思わない勢力が台頭してきているのです。しかもただの競合他社ではありません。国家レベルの介入です」

 

「……なんだと?」

 

「公国、つまりマルガレータ側と、帝国、アルブレヒト側のアクションです。彼ら両国が我々腹黒流通を市場から引き離すための具体的な動きを見せています」

 

「何!!公国も帝国も我々を締め出すというのか!!?」

 

驚愕のあまり葉巻を床に落とす。絨毯に焦げ跡がつくが気にする余裕はない。

 

「正確には締め出すという乱暴な手段ではありません。合法的な経済政策です」

 

「あちらの国がそれぞれ国営の貿易商会を独自に設立するとのことです。そして今後は民間企業との取引を制限し、国営商会と我々での直接取引に限定するという通達が来ています」

「直接取引に限定……だと?」

 

「はい。つまりこれまで我々が自由に設定していた法外なマージンや価格吊り上げが不可能になるということです。彼らは国営組織として厳格な価格統制を行い、自由市場へ強引に介入してくる構えです。我々の暴利を貪るビジネスモデルはこれで完全に崩壊します」

 

「むううう……。戦争の混乱に乗じた物資不足、そして圧倒的な供給力を背景にした独占故の好景気であったが……やはり国家という巨大なシステムが相手では分が悪いか……」

 

 歯ぎしりをする。テレビ番組で見せる愛嬌たっぷりの顔はない。利益を奪われようとしている商人の顔である。

 

「どうやら帝国のアルブレヒトも公国のマルガレータも、我々が難民ビジネスで肥え太るのを指をくわえて見ているほど甘くはないようです。このままでは腹黒流通はただの下請け運送業者に成り下がりますよ」

 

 言葉が胸に突き刺さる。下請け運送業者。自らを宇宙の影の支配者と自負していた男にとってこれほどの屈辱はない。

 

 その時である。オフィスのドアが開きボルテックが駆け込んでくる。彼もまた幹部として危機的状況に居ても立っても居られなくなったのだ。

 

「大変です!あちらの国営商会の代表として出張ってくる連中の名前が判明しました!」

 

手にした資料を振るう。

 

「それぞれの代表にはなんと帝国側ならあのシルヴァーベルヒが!公国側ならあのリヒテンラーデといったバリバリの閣僚クラスが直接出張ってきているとの情報が入っております!」

 

「なんだと!?シルヴァーベルヒにリヒテンラーデだと!?」

 

 どちらも一筋縄ではいかない政治家であり官僚である。そんな連中が直接交渉のテーブルに出てくるとなれば、民間企業など赤子を捻るように丸め込まれてしまうのは火を見るより明らかである。

 

「お、終わりだ……。あんな連中に経済闘争を仕掛けられては我が社はひとたまりもない……。テレビでぼったくり最高などと浮かれている場合ではなかった……!」

 

「閣下、ここで泣き寝入りする我々ではありませんぞ。逆に考えるのです。相手が閣僚クラスを出してくるということは、裏を返せばそれだけ我々との取引を重要視しているという証拠でもあります!」

 

「何をバカなことを言うか。向こうは我々を国営商会の枠組みに押し込めて利益を搾取しようとしているだけだぞ」

 

「だからこそです!」

 

「ならばいっそのこと、我々がただの民間企業の社長ではなく本物のフェザーン自治領主であることを向こうに大々的にアピールするのです!」

 

「な、なんだと……?」

 

ルパートも予想外の提案に眉をひそめる。

 

「正気ですか、ボルテック。我々は今、身分を隠してこの共和国に潜伏している身ですよ。正体を明かせば拘束の対象になります」

 

「ふふふ、ルパート殿は頭が固いですな。よく考えるのです。相手はあの帝国と公国ですよ?彼らは今、物資の安定供給を何よりも求めているはずです。我々が単なる腹黒流通であれば強気の姿勢で我々を服従させようとするでしょう。しかし!」

 

「我々がフェザーン自治領主という国家元首レベルの存在であると知ればどうでしょう?相手が閣僚クラスなら必ず国家間の外交交渉としてのテーブルにつかざるを得なくなります!つまり対等の交渉のテーブルにつく絶好の好機ではないですか!」

 

みるみるうちに目が見開かれていく。絶望が嘘のように瞳の中に野心の炎が燃え上がる。

 

「……そ、それだ!!!」

 

「その手があったか!相手が為政者であれば必ずや国家間のパワーバランスというものを考慮するはずだ!単なる悪徳商人として潰されるくらいなら、いっそ一国の主として堂々と正面から渡り合ってやればいいのだ!」

 

「その通りでございます!我々はフェザーン!宇宙の経済を牛耳る誇り高き群れでございますぞ!」

 

 二人の頭の中では帝国や公国の首脳陣と対等に渡り合い、莫大な利益を再び手中に収めるバラ色の未来図が展開されている。

 

「お、おい……ちょっと待ってください二人とも」

 

ルパートが止めに入る。

 

「相手は我々を自由市場を荒らす害虫として駆除しに来ているんですよ?そこで本物のフェザーン自治領主ですなどと名乗り出たら、指名手配中の国家元首としてまとめて捕縛されるのが関の山ではありませんか!?」

 

しかし思考が飛躍している二人の耳には一ミリも届かない。

 

「ガハハハハ!ルパートよ、お前は相変わらず肝が小さい!政治というものはハッタリだ!シルヴァーベルヒやリヒテンラーデが相手なら、我々が本物の自治領主だと名乗り出れば必ずや交渉に乗ってくるに決まっている!」

 

根拠のない自信がどこから湧いてくるのかルパートには理解できない。

「よし、善は急げだ!ボルテック、直ちに帝国と公国の国営商会代表に向けて極秘のコンタクトを取るのだ!名義はもちろん、アドリアン・ルビンスキー本物としてな!」

 

「ははっ!直ちに手配いたします!」

 

「ま、待ちなさい!せめて代理人を通じてとか保険をかけて……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

【イゼルローン要塞 総統府執務室】

 

 

「総統、紅茶を嗜むのも結構ですがこちらの書類にも目を通していただけますか」

 

促すとヤンは申し訳なさそうに肩をすくめる。

 

「いや、済まないね、レベロ委員長。どうしてもこの一杯を飲まないと頭が働かなくてね。それにしても我が国の財政状況は相変わらず綱渡りのようだな」

 

「ええ、その通りです。ハイネセンとフェザーンいう最大の生産拠点と経済基盤を失い、文字通り着の身着のままでこの辺境に逃れてきたのですから。インフラ整備から仮設住宅の建設、食糧の調達までいくら資金があっても足りません」

 

沈鬱な面持ちのレベロに対し、ヤンはカップを置いて顔を上げる。

 

「しかしあの腹黒流通のルビンスキーさんは本当に我々に多大な貢献をしてくれているね」

 

 飛び出した名前にレベロは複雑な表情を浮かべる。

 

「ルビンスキー(偽)氏ですか。確かに彼が代表を務める腹黒流通の存在は現在の我が国にとって無視できない規模になっています。胡散臭い名前とテレビのバラエティ番組で見せるタレント活動とは裏腹に、彼の経営手腕と実務能力は極めて高いと言わざるを得ません」

 

タブレット端末を操作しデータグラフを提示する。

 

「結果的には金儲け第一の悪徳商人だと言ってしまえばそれまでなのですが……。我々がハイネセンを脱出しこの仮首都に到着してすぐさま開発とインフラ整備に注力できたのも、すべては彼の異常なまでの流通網と物資調達力のおかげなのです。どこからどうやってあんな大量の資材をかき集めてくるのか首を傾げるほどの手際です」

 

「なるほど、見事なものだ。民の不安を煽ることなく必要な物資を必要な場所に届ける。まさにロジスティクスの鑑だね」

 

感心したように頷くとレベロは少しだけ苦い顔をする。

 

「まあその分、請求書の額面も目玉が飛び出るほど請求されているわけですが。しかし今の我々には背に腹は代えられませんし、彼らが独占的に市場を回しているおかげで経済の血液が循環しているのも事実です」

 

「それに税金もきちんと納めてくれているのだろう?」

 

「はい。彼らは法外な利益を上げていますが、その分法人税として天文学的な額を国庫に納入しています。さらに言えばあのランズベルク伯爵先生の出版事業の元締めをやっているのも腹黒流通です。国民の間で爆発的なベストセラーとなっている小説の印税からも莫大な税収が入ってきています。もはや腹黒流通は我が共和国の非公式な第二の財務省と言っても過言ではない状態です」

 

「決まりだね、レベロ委員長。現在の我が共和国には帝国や公国という巨大な国家を相手にして対等以上に渡り合える経済交渉の窓口となるタフな人材が圧倒的に不足している」

 

「そ、総統?まさかとは存じますが……」

 

「うん。そのまさかだよ。彼、ルビンスキー(偽)さんを新設する外交・貿易委員長のポストに抜擢するのはどうかな?」

 

爆弾発言にレベロはあやうく椅子から転げ落ちそうになる。

 

「なっ……!み、民間からの一本釣りですか!?しかもよりによってあの胡散臭いタレントを国家の最高幹部である閣僚に任命すると!?正気ですか、総統!」

 

「私はいつだって正気だよ、レベロ委員長。考えてもみてほしい。これから私たちが相手にするのは帝国のシルヴァーベルヒや公国のリヒテンラーデといった海千山千の政治家や官僚たちだ。生半可な外交官では骨の髄までしゃぶり尽くされてしまう」

 

真剣な眼差しでレベロを見つめる。

 

「しかしルビンスキーさんほどの図太さと強かさ、そしてあの腹黒流通を一代で築き上げた計算高さがあればどうだろう。閣僚相手でも決して引けを取らないどころか、向こうの財布の底までむしり取ってくるくらいのことはやってのけるんじゃないかな」

 

 妙に説得力のある言葉にレベロは反論の糸口を失い沈黙する。脳内でルビンスキーの笑顔がチラつく。確かにあの男なら一切物怖じせずに商談を成立させそうな謎の信頼感がある。

 

「……なるほど。毒を以て毒を制すというわけですか。……しかし彼ほどの強かさがあれば確かに相手が誰であろうと一歩も引かないでしょう。タレント活動で鍛えたあの図太い神経も外交の場では最強の武器になるかもしれません。……わかりました。よろしいのではと私も思えてきました」

 

 同意するとヤンは満足そうに微笑む。

 

「よし、決まりだ。では早速彼に総統府へ来てもらうように手配してくれ。もちろん正式な出頭命令としてね。彼も忙しい身だろうから少々強引にでも来てもらわないと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

【腹黒流通 仮設本社オフィス】

 

 先程まで帝国や公国への対応策で大騒ぎしていたルビンスキーたちの前にさらなる爆弾が投下されようとしている。

 

 愛人であるドミニクが、呆れたような、そしてどこか面白がっているような顔でオフィスに入ってくる。指先には一通の封筒がつままれている。

 

「ねえ、あなた。ちょっと表の郵便受けを見てきたんだけどなんだか物々しいものが届いていたわよ。宛名は腹黒流通代表・アドリアン・ルビンスキー(偽)殿ってなっているけど」

 

封筒をデスクに放る。

 

「なんだ、ファンレターか?タレント活動も板についてくるとこういう直筆の手紙が嬉しいものだぞ。ガハハハ!」

 

 能天気に笑いながら封筒を手に取るが、表面に押された真紅のスタンプを見た瞬間、笑い声がピタリと止まる。

 

「なになに〜……って、ひっ!!」

 

 弾かれたように封筒をデスクへ放り出す。全身から冷や汗が噴き出す。

 

「ど、どうしました!?」

 

 ボルテックが慌てて駆け寄り表書きを覗き込む。そこには厳格な紋章とともに恐るべき文字が刻まれている。

 

「こ、これは……内容証明郵便!!しかも差出人は共和国総統・ヤン・ウェンリー!!?中身は……総統府への出頭命令だと!!?」

 

「わ、我々が一体何をしたと言うんだ!!こ、心当たりが全くないぞ!!」

 

パニックを起こして声を荒げると、ドミニクが冷ややかな目で見下ろす。

 

「心当たりがない?よく言うわね。心当たりが多すぎて一体どれのことで呼び出されたのかがわからないの間違いでしょ。配給物資の大規模な横流し、テレビ局からのギャラの不正着服、ランズベルク伯の原稿料の九割にも及ぶピンハネ、仮設住宅の建設における手抜き工事と不当請求……。ちょっと数えただけでも懲役百年分くらいは軽くあるわよ」

 

 指折り数えながら悪事の数々を列挙していくたびに、ルビンスキーの顔色は青から白へと変化していく。

 

「ぐ……むうう。これは間違いない、特高警察の罠だ!!」

 

「特高警察?」

 

ルパートが怪訝な顔で聞き返す。

 

「そうだ!!あのヤン・ウェンリーの懐刀にして特別高等警察のトップ、ユリアン・ミンツの差し金に決まっている!!あいつはついに俺を切り捨てることに決定したんだ!!」

 

脳内ではすでにヤンとユリアンが冷酷な独裁者と秘密警察の長として君臨している。

 

「あの魔術師ヤンめ……テレビでバカなタレントを演じている私を見てさぞかし腹を抱えて笑っていたことだろう!泳がせるだけ泳がせて証拠を完全に固めてから一網打尽にする気だ!恐ろしい男だ!!」

 

完全に被害妄想のどん底に叩き落とされている。

 

「ここでモタモタしている暇はありません!今すぐ逃げるのです!直ちに荷物をまとめて帝国か公国に亡命しましょう!!」

 

ボルテックが現金や貴金属をかき集めながら促す。

 

「そうだ、逃げるぞ!フェザーンの黒狐の逃げ足の速さを舐めるなよ!!」

 

しかしそこでルパートの氷のように冷たい声が行動を制止する。

 

「だめです。無駄な足掻きはやめなさい」

 

「なぜだ、ルパート!!お前は親父が処刑されてもいいのか!!」

 

「物理的に不可能です。先ほどの会議の内容をもう忘れたのですか?帝国と公国の二国は先ほどの政策で我々腹黒流通を激しく敵視し警戒しています。そんな状況下で向こうに亡命したところで保護される保証などどこにもありません。むしろ向こうの国営商会に身柄を拘束されて全財産を没収された上に炭鉱送りになるのがオチです」

 

完璧な論理による状況分析が逃げ道を完全に塞ぐ。

 

「そ、そんな……」

 

「どうやら逃げることもできないようですな。我々は完全に袋のネズミ、チェックメイトというわけです」

 

ボルテックも集めていた札束を力なく床に落とし、へなへなとその場にへたり込む。

 

「なに?どういうことだ?じゃあ俺はどうすればいいんだ!!ここで大人しく処刑されるのを待てと言うのか!!」

 

コンコン。

 

 オフィスのドアから控えめで上品なノックの音が響き渡る。

 室内にいる全員の肩が大きく跳ね上がる。ルビンスキーに至ってはデスクの下に潜り込もうとする。

 

「は、はい……ど、どちら様でしょうか……」

 

ボルテックが震える声で尋ねるとドアがゆっくりと開き一人の好青年が姿を現す。

 

「こんにちは。ルビンスキーさん。お邪魔します」

 

 そこに立っていたのは爽やかな満面の笑みを浮かべたユリアン・ミンツである。

 

「ひぃぃぃぃっ!!!」

 

 目にはこの好青年の背後に巨大な死神の幻影がハッキリと見えている。その屈託のない笑顔すらも獲物をいたぶる笑みにしか見えない。

 

「お迎えにあがりました。今日はとても良い日ですね」

 

「……死ぬにはいい日だ、ということか……」

 

ガチガチと歯の根を鳴らしながらかすれ声で呟く。

 

「え?」

 

ユリアンはきょとんとした顔になり小首を傾げる。

 

「ルビンスキーさん、もしかして体調が悪いのですか?なんだか顔色がひどく青いですが……それにひどく汗をかいていらっしゃる。冷や汗ですか?」

 

心配そうに一歩近づくと、体を震わせて後ずさりする。

 

『白々しい特高め!!体調を気遣うふりをして私の隙を窺っているのだな!ここで少しでも抵抗のそぶりを見せれば容赦なくその懐に忍ばせたブラスターで私を射殺する気だな!!恐ろしい小僧だ!!』

 

 脳内はすでにパニックの限界を突破している。必死に平静を装い震える声で答える。

 

「あ、ああ……いや……その、なんだ。頭が最近ひどく痛くてな。テレビのバラエティ番組のひな壇でツッコミ役におもちゃのハンマーで叩かれすぎたせいかもしれん。ハ、ハハハ……」

 

引き攣った笑いを浮かべるルビンスキーに対し、ユリアンは本当に心配そうな純粋無垢な顔になる。

 

「それはいけませんね。素人相手に容赦のない番組スタッフには私から後で注意しておきましょう。それにしても頭痛がひどいのは心配です。この後、総統府での用事が済んだらすぐに共和国の軍属病院に行きましょう。私が手配しますから」

 

優しく提案するがそれすらも恐ろしい罠に聞こえる。

 

『総統府での用事……つまり処刑か。そしてその後に病院へ行くということは……』

 

絶望の表情を浮かべポツリと漏らす。

 

「……死亡診断書をもらいにか?」

 

その言葉に一瞬キョトンとした後、我慢しきれないというようにクスクスと笑い出す。

 

「もう、ルビンスキーさんったら。本当にテレビのタレントさんみたいに冗談がお上手ですね。死亡診断書だなんてそんなブラックジョーク、ヤン提督の前では言わないでくださいね。提督が困ってしまいますから」

 

朗らかに笑いながら背中を叩く。

 

「さあ、ヤン提督がお待ちです。総統府へ参りましょう」

 

 背中を押され、ルビンスキーはされるがままに力なく歩き出す。その後ろ姿を三人がそれぞれ複雑な表情で見送るのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルビンスキーは激しく震えながらヤンのデスクの前に引き出されている。隣にはニコニコと爽やかな笑顔を浮かべるユリアンが立っている。

 

 ヤンは手元の書類から目を上げ、異様な震えっぷりを見て不思議そうに首を傾げる。

 

「どうしたんだい、ルビンスキーさん。随分と寒そうに震えているがここの空調の温度設定が低すぎるかな?」

 

「ひっ!!い、いえ!!滅相もございません!!温度設定は完璧でございます!!むしろ私の存在そのものがこの世から寒々と消え去るべきなのでございます!!」

 

意味不明なことを口走りながら深々と頭を下げる。心は完全に闇に包まれている。

 

『ああ、ついに終わる。私の栄光の人生がこんな辺境でこの昼行燈のような顔をした魔術師の手によって終わるのだ。せめて苦しまない方法でお願いしたいものだ……』

 

 心の内で遺言を唱え始めていると、ヤンがコホンと一つ咳払いをする。

 

「さて、今日君を呼び出した理由だがね」

 

『ついに死刑宣告か!!』

 

 ギュッと固く目を閉じ、全身の筋肉を硬直させる。

 

「君のこれまでの共和国に対する多大な貢献、そして類まれなるその実務能力を我々政府は高く評価している」

 

『な、なんだと?死刑の前にとりあえず褒めて落とすという心理トリックか!?』

 

「そこでだ。現在の我が国が直面している帝国および公国との複雑な経済問題を解決するために、君のその力をぜひ国政の場で振るってほしいのだ」

 

真剣な眼差しで真っ直ぐに見つめ、決定的な一言を放つ。

 

「……というわけで、貴方に新設する外交・貿易委員長のポストをお願いしたい。受けてもらえるだろうか」

 

「…………………………は?」

 

 固く閉じていた目をパチクリと見開き口を動かす。優秀な脳細胞が言葉の意味を必死に解析しようとフル稼働するが、処刑されるという強固な思い込みとの間に激しいエラーを引き起こしている。

 

「えっ……?あ、私、処刑されるのでは……なく……?」

 

「処刑?何を言っているんだい。君のような優秀な人材を処刑するなど国家にとって最大の損失だよ」

 

 苦笑いしながら否定する。

 

「い、いいんちょう……?私が、共和国の、閣僚……?」

 

「そうだ。全権を委任する。君の好きなように帝国や公国からふんだくって……いや、対等な交渉をしてきてほしい」

 

言葉が鼓膜を通り抜け脳の奥深くに到達する。

その瞬間。

 

「あ、アヒャ……」

 

後ろに向かって倒れ込む。完全に卒倒している。

 

「ああっ!ルビンスキーさん!!」

 

「やっぱり具合が悪かったんですね!僕がもっと早く気づいてあげていれば!すぐに救急車を!ヤン提督、救急車です!」

 

 執務室は一転して大パニックに陥り、ルビンスキーはサイレンを鳴り響かせる救急車に乗せられ軍属の総合病院へと緊急搬送されていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【軍属総合病院】

 

「……ここは?」

 

 かすれた声で呟きながら視線を巡らせると、ベッドの脇には満面の笑みを浮かべたユリアンと珍しく神妙な顔つきをしたルパートが立っている。

 

「ルビンスキーさん!気がついたんですね!!本当に良かったです!!」

 

 ユリアンが顔を輝かせ手を握りしめる。その温かい感触に自分がまだ生きていることを実感する。

 

「私はいったい……どうなったのだ……」

 

「総統府の執務室で突然卒倒してしまわれたのです。そのまま私が付き添ってこの病院へ救急搬送してきました。そして念のためにと精密検査を行ったところ……」

 

 少しだけ顔を曇らせ言葉を区切る。

 

「……かなりたちの悪い、悪性の脳腫瘍が発見されたんです」

 

「の、脳腫瘍……?」

 

 自分の耳を疑う。タレント活動で酷使しているダメージならともかく、脳の中にそんな恐ろしい病魔が潜んでいたとは思いもしなかった。

 

「ええ。医者の話では自覚症状が出にくい場所にできていたそうで。あなたが最近感じていた頭痛はまさにその初期症状だったようです」

 

「本人の意識が全く戻らない危険な状態でしたのでこのままでは命に関わると判断しました。ですから私が新任の外交・貿易委員長に対する特別権限を発動し、私とヤン提督の責任においてサインをしすぐさま緊急の摘出手術を行わせました。共和国が誇る最高の医療チームを編成しての大手術です」

 

「しゅ、手術……」

 

「はい!結果は大成功で腫瘍は完全に取り除かれました。完治です!医者の話だと腫瘍の進行スピードが異常に早く、あと一ヶ月発見が遅れていたら手遅れになって命を落としていたかも知れないとのことでした。本当に間一髪だったんですよ」

 

 言葉を聞き自分の頭部に手を伸ばす。そこには幾重にも包帯が巻かれている。感触が今聞いた話がすべて真実であることを物語っている。

 

「あと一ヶ月……発見が遅れていたら……」

 

「お前が……いや、ヤン総統からのあの呼び出しがなければ私は……」

 

 脳裏にこれまでの出来事が駆け巡る。

 出頭命令を処刑の合図だと勘違いし逃げ出そうとした自分。迎えに来たユリアンを死神だと恐れ震えていた自分。そして執務室で要職を告げられ極度の緊張と驚きで卒倒してしまった自分。

 

 すべては勘違いから始まったことだ。しかしその勘違いによる卒倒があったからこそ病院に運び込まれ、命に関わる脳腫瘍を奇跡的なタイミングで発見してもらうことができたのだ。

 

 もしあのままオフィスで逃亡計画を企てていたら。呼び出しを無視して密航していたら。誰にも看取られることなく孤独に命を落としていたことだろう。

 

「………………」

 

「ルビンスキーさん……?」

 

「…………………。感謝します。ヤン総統に、そしてユリアン殿に。命を救っていただき本当に……ありがとうございます」

 

「この救われた命、もはや私個人のものではありません。この命、そして私が培ってきたすべての知識と手腕を……我が祖国たる自由惑星共和国の未来に捧げましょう。外交・貿易委員長の職、謹んで、そして命懸けでお受けいたします!!」

 

 

 

 

 

 

 

 後に自由惑星共和国・財政の父と呼ばれ建国初期の絶望的な経済危機を幾度も救うことになる偉人、アドリアン・ルビンスキー(偽)。彼がどのようにしてその地位に上り詰めたのか、前半生については歴史上多くの謎に包まれている。

 

 共和国の公式な歴史記録においては、あくまでフェザーン陥落後に同盟領へと逃れてきた元自治領主のそっくりさんとして活動していたタレントとされている。

 

 一部のゴシップ紙や好事家の間では彼こそが本物の自治領主であったのではないかとの俗説も根強く存在している。しかし大半の権威ある歴史家たちはこの説を完全に否定している。

 

『宇宙中から恐れられた男が、ヤン・ウェンリーという一介の軍人に心酔し、自身の正体を隠したまま無私の精神で共和国の財政再建に命を懸けて尽くすなどどう考えても論理的にあり得ない』

 

 歴史家たちは皆自信満々にそう断言し俗説を一笑に付しているのである。

 その真偽のほどを確かめるすべは遥かなる後世を生きる我々にはもはやない。

 

 ただ一つ確固たる歴史的事実として分かっていることがある。息子のルパート・ケッセルリンクもまた父親譲りの辣腕を振るう優秀な官僚として育ち、第2代総統ユリアン・ミンツの時代においても外交・貿易委員長として国家の重枢を担ったということである。彼ら親子は二代にわたって誠心誠意、共和国の目覚ましい発展に大いなる貢献を果たしたのだ。

 

 彼が残した数々の経済政策と、テレビ局に保管されているバラエティ番組のアーカイブ映像は、今もなお共和国の市民たちに笑いと豊かさをもたらし続けている。




ここまで読んでいただきありがとうございました。
今回はルビンスキー(偽)の大暴走と、まさかの共和国閣僚就任までを書いてみました。
黒狐のこのルート、アリかナシか、ぜひ感想をいただけると嬉しいです。
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